露草を抱く
* * *
一週間というのは長いようでいて、ほんの瞬きのうちに過ぎてしまうほどに短い。己の鍛錬に勤しみながら、引率としてプロとして同行する先生方と詳細を詰める日々が続いていく。
小平太と彼女の手合わせの次の日から、いつもならふらりと現れる彼女が同級生である六年生の前に姿を見せることはぷつりとなくなり、大方忍務で出ているのだろうとさして気にも留めていなかった。
というのも、日に一度は遊びに姿を見せる彼女が、ぱったりと来なくなることもままあるのだ。そんな時は決まって少しの間を空けてまたふらりと現れるようになるのだから、忍務であることを疑わずに六人は話題にも上げずにいた。
そんな折に、とあるくノたまが潜入忍務中に負傷し担ぎ込まれたと聞き、自然と医務室へと足が向かっていた。五人の行動を見透かしたかのように医務室の前で待っていたのは伊作であり、やっぱりと言うような顔をして苦笑する。
「あの子では無いよ、後輩だ。こら文次郎、そんなに露骨に安堵してはいけないよ、怪我人に対して失礼だ」
見るからにほっと胸を撫で下ろした表情をする文次郎を、目敏くも保健委員長として伊作は咎める。
確かに彼女でないことは喜ばしいが、その後輩が怪我をしたところで喜ぶのは些か道理に反する。
すまない、と素直に謝る文次郎に伊作はそれなら見舞いをしてやってと戸を開ける。薄く開けた戸に伊作は確認をしてから文次郎に目を向ける。
「この子、文次郎が憧れなんだって。鍛錬の仕方を教えてやってよ」
「ああ任せろ、ギンギンな忍者にしてみせよう」
そう言って文次郎が中に入って行くと、中から保健委員の一年生の声が聞こえてくるも、閉められた戸にその声は遠くなる。
伊作は残り四人に向き直ると、ほらと手を軽く叩いてさっさっと振ってみせる。
「こんなところにたむろってても仕方ないよ。彼女は無事にやっていると教えてくれたあの子に感謝したら、さっさと戻ってくれないかい?」
保健委員会委員長として患者に障るようなことは少しでも見過ごせない伊作は、ずっと部屋の外に六年生がたむろっていては休まるものも休まらないと背を押した。
伊作の言葉は至極最もだが、彼女の安否をもう少し詳しくと食い下がろうとした留三郎に、伊作のびしりとした指がその口を縫い付ける。
「ここに残りたければ僕の作った特製の痺れ薬を飲むことだよ。でもねぇ、その薬が抜けるのは一週間掛かる。忍務には行けないから、試験にも受からない。落第したいのかい?」
留三郎がごくりと生唾を飲み込み、ゆっくりと首を振る留三郎に伊作は笑顔になる。
怪我人や病人に無体を働こうものならいつも穏やかな伊作とて、鬼にもなろうというもの。
四人は伊作がこれ以上鬼になる前にと退散し、自然とい組の部屋に集まっていた。
焙烙火矢の手入れを慰めにしようとしていたところをぞろぞろと後を着いて来た三人に、仙蔵は目を細めて呟く。
「なにも集まっている必要はないだろうに」
「仙蔵は不安じゃないのかよ!」
「何がだ?」
飄々とした口調で返す仙蔵に、留三郎は言葉を詰まらせる。
——彼女が心配で不安じゃないのか。
そう言葉にしようとも、何故だか下手な現実味を帯びそうで続きを言葉にして紡ぐのに躊躇してしまう。
「大丈夫だ、留三郎。仙蔵も不安に手が震えてる!」
「……もそ、いつもよりも髪の艶が弱い」
そう指摘するのは小平太と長次であり、見透かされたことに羞恥が込み上げる仙蔵の頬に朱が差した。
良かったと、座り直す留三郎には何も良くないと仙蔵が睨み付ける。
「良いものか。あれがそう易々と窮地に陥るとは言い難いが、あの後輩が下手をしたことで危険な状況に身を投じているのは事実だ」
「後輩を責めるのは違うだろう」
「責めてはいない、事実を述べたのだ。言葉をどれだけ飾ろうと、事実を偽ることは出来ない。だが、後輩の失態を補うのは先輩の務め。あれの奮闘を祈るしか出来まいよ」
仙蔵が焙烙火矢を再度磨き始めると、留三郎は小平太と長次と顔を見合わせる。
どれだけ言葉を飾ろうと、事実は偽れない。
それは心配している仙蔵の胸中をよく表しており、ふっと笑い合う三人に訝しげな目を向ける仙蔵だが、小平太が勢い良く飛び付いた。
「わはは! 素直じゃない奴だお前は! だが一等心配性なのもお前だな!」
机に広げていた焙烙火矢がごろごろと転がり落ち、それを拾い上げる長次も頷いた。
「……友を案じるのは皆同じだ」
「小平太! 分かったから離れろ! 留三郎、見ていないで引き剥がしてくれ!」
「むんっ!? 伊作の不幸の気配だ!」
仙蔵の助けを求める声よりも、伊作の助けを求める声を聞きつけた留三郎は、突如立ち上がったかと思えば、そんなことを口走りながら外へ駆け出して行く。
「なにが“むんっ”だ、この阿呆! 戸は閉めて行けーっ!」
仙蔵が怒りに小平太を引き剥がして絶叫するのを、長屋中に響き渡らせるのは申し訳ないと長次が戸を閉めたのだが、盛大な声量は戸を突き破って長屋中に響き渡った。
一週間というのは長いようでいて、ほんの瞬きのうちに過ぎてしまうほどに短い。己の鍛錬に勤しみながら、引率としてプロとして同行する先生方と詳細を詰める日々が続いていく。
小平太と彼女の手合わせの次の日から、いつもならふらりと現れる彼女が同級生である六年生の前に姿を見せることはぷつりとなくなり、大方忍務で出ているのだろうとさして気にも留めていなかった。
というのも、日に一度は遊びに姿を見せる彼女が、ぱったりと来なくなることもままあるのだ。そんな時は決まって少しの間を空けてまたふらりと現れるようになるのだから、忍務であることを疑わずに六人は話題にも上げずにいた。
そんな折に、とあるくノたまが潜入忍務中に負傷し担ぎ込まれたと聞き、自然と医務室へと足が向かっていた。五人の行動を見透かしたかのように医務室の前で待っていたのは伊作であり、やっぱりと言うような顔をして苦笑する。
「あの子では無いよ、後輩だ。こら文次郎、そんなに露骨に安堵してはいけないよ、怪我人に対して失礼だ」
見るからにほっと胸を撫で下ろした表情をする文次郎を、目敏くも保健委員長として伊作は咎める。
確かに彼女でないことは喜ばしいが、その後輩が怪我をしたところで喜ぶのは些か道理に反する。
すまない、と素直に謝る文次郎に伊作はそれなら見舞いをしてやってと戸を開ける。薄く開けた戸に伊作は確認をしてから文次郎に目を向ける。
「この子、文次郎が憧れなんだって。鍛錬の仕方を教えてやってよ」
「ああ任せろ、ギンギンな忍者にしてみせよう」
そう言って文次郎が中に入って行くと、中から保健委員の一年生の声が聞こえてくるも、閉められた戸にその声は遠くなる。
伊作は残り四人に向き直ると、ほらと手を軽く叩いてさっさっと振ってみせる。
「こんなところにたむろってても仕方ないよ。彼女は無事にやっていると教えてくれたあの子に感謝したら、さっさと戻ってくれないかい?」
保健委員会委員長として患者に障るようなことは少しでも見過ごせない伊作は、ずっと部屋の外に六年生がたむろっていては休まるものも休まらないと背を押した。
伊作の言葉は至極最もだが、彼女の安否をもう少し詳しくと食い下がろうとした留三郎に、伊作のびしりとした指がその口を縫い付ける。
「ここに残りたければ僕の作った特製の痺れ薬を飲むことだよ。でもねぇ、その薬が抜けるのは一週間掛かる。忍務には行けないから、試験にも受からない。落第したいのかい?」
留三郎がごくりと生唾を飲み込み、ゆっくりと首を振る留三郎に伊作は笑顔になる。
怪我人や病人に無体を働こうものならいつも穏やかな伊作とて、鬼にもなろうというもの。
四人は伊作がこれ以上鬼になる前にと退散し、自然とい組の部屋に集まっていた。
焙烙火矢の手入れを慰めにしようとしていたところをぞろぞろと後を着いて来た三人に、仙蔵は目を細めて呟く。
「なにも集まっている必要はないだろうに」
「仙蔵は不安じゃないのかよ!」
「何がだ?」
飄々とした口調で返す仙蔵に、留三郎は言葉を詰まらせる。
——彼女が心配で不安じゃないのか。
そう言葉にしようとも、何故だか下手な現実味を帯びそうで続きを言葉にして紡ぐのに躊躇してしまう。
「大丈夫だ、留三郎。仙蔵も不安に手が震えてる!」
「……もそ、いつもよりも髪の艶が弱い」
そう指摘するのは小平太と長次であり、見透かされたことに羞恥が込み上げる仙蔵の頬に朱が差した。
良かったと、座り直す留三郎には何も良くないと仙蔵が睨み付ける。
「良いものか。あれがそう易々と窮地に陥るとは言い難いが、あの後輩が下手をしたことで危険な状況に身を投じているのは事実だ」
「後輩を責めるのは違うだろう」
「責めてはいない、事実を述べたのだ。言葉をどれだけ飾ろうと、事実を偽ることは出来ない。だが、後輩の失態を補うのは先輩の務め。あれの奮闘を祈るしか出来まいよ」
仙蔵が焙烙火矢を再度磨き始めると、留三郎は小平太と長次と顔を見合わせる。
どれだけ言葉を飾ろうと、事実は偽れない。
それは心配している仙蔵の胸中をよく表しており、ふっと笑い合う三人に訝しげな目を向ける仙蔵だが、小平太が勢い良く飛び付いた。
「わはは! 素直じゃない奴だお前は! だが一等心配性なのもお前だな!」
机に広げていた焙烙火矢がごろごろと転がり落ち、それを拾い上げる長次も頷いた。
「……友を案じるのは皆同じだ」
「小平太! 分かったから離れろ! 留三郎、見ていないで引き剥がしてくれ!」
「むんっ!? 伊作の不幸の気配だ!」
仙蔵の助けを求める声よりも、伊作の助けを求める声を聞きつけた留三郎は、突如立ち上がったかと思えば、そんなことを口走りながら外へ駆け出して行く。
「なにが“むんっ”だ、この阿呆! 戸は閉めて行けーっ!」
仙蔵が怒りに小平太を引き剥がして絶叫するのを、長屋中に響き渡らせるのは申し訳ないと長次が戸を閉めたのだが、盛大な声量は戸を突き破って長屋中に響き渡った。