露草を抱く
* * *
偵察忍務を終えた翌日は一日の休みを得られた六年生だが、そこへ現れたのは神出鬼没かつ自由奔放な彼女である。
い組の部屋の中、どうやって自身らも忍務続投させて貰えるかとの案を出し合っていたところ、がらりと長屋の戸を断りもなく開け放って現れた彼女はむすりとした顔をしていた。
「誰か相手して」
機嫌の悪さを少しも隠さない彼女は、入って来るなりそう言い放って仁王立ちする。
相手とは手合わせという意味であり、彼女はむしゃくしゃする思いを発散したいのだろう。
しかし、今は彼らにとっての大事な話し合いの最中であり、仙蔵が顰めた眉のままに吐き捨てる。
「お前の目は節穴か? 私たちが暇をしているように見えるのか?」
「……分かった」
仙蔵の突き放す物言いに、彼女は六人の顔を順に見てから広げられた合戦場の記録を見て、そしてこくりと頷いて静かに戸を閉めた。
案外素直に受け入れたその様に呆気に取られたのは仙蔵の方で、もっと食い下がるかと思っていたからか、目を見開いて豆鉄砲を食らったかのような衝撃を受けた。
もちろんそれは仙蔵だけではない。追い掛けた方が良いのではと立ち上がろうとするのは小平太と伊作で、文次郎と留三郎もどこかバツが悪そうに眉を顰め、長次は仙蔵と同じような顔をしていた。
不気味な程に殊勝な態度を見せた彼女が、仙蔵に少しの罪悪感をもたらすが、けれど試験の再考のためには今は彼女に構っていられない。
「話を戻すぞ。小平太も伊作も座れ」
部屋から顔を出した小平太と伊作は既に姿のない彼女を探していたが、仙蔵の声にぱたりとまた戸を閉めて元の場所へと座り直す。
どこか雰囲気が暗くなったが、それでも仙蔵は些細なことだと切り捨てて口火を切る。
「先の合戦場で用いられた火縄銃はおそらく、オシロイシメジ城に関わる商人から流れたものと推測する」
「合戦に一揆をぶつけたところでいたずらに混戦を招くだけだろうに、なにが目的だ?」
仙蔵の言葉に文次郎が顎に手を当て首を傾げる。
引き継ぐのは長次であり、もそと小さく頷いた。
「……オシロイシメジ城の城主に対する謀反が絡んでいる、と推測する。商人は内部の家臣の指示で一揆を起こさせ、さらに合戦場へと誘導して混戦へ持ち込んだ」
「撹乱、か」
面倒だな、と留三郎がそれきり口を噤めば室内にはしんとした空気が濁るようで、それを散らして声を上げるのは小平太だった。
「ではその家臣の炙り出しが最優先になるか?」
「けれど、商人も押さえないといけないよ。下手に金のある商人を野放しにしては、またどこぞで似たようなことを始めるかもしれない」
伊作が顔を顰めて苦々しい思いを吐き出すようにそう告げる。
確かに忍びといえど、その卵である彼らだけで出来るとは到底思えない。それでも、自分たちは忍びであるという自負から拭えないのは闘争心であり、こんなことも出来なくては立派な忍びにはなれないという思いだ。
オシロイシメジ城が他領地に戦を仕掛けるとなれば、またも一揆が起こり、その一揆が合戦場へと雪崩込んで無意味な乱戦が始まり、それによって多くの命が失われる。
火縄銃は簡単に他者の命を奪えるというのに、呆気なくも簡単にその引き金を引いてしまえる。素人にだって撃つだけならば出来てしまう。
合戦場での濃い人の死の香りが脳内を過ぎり、仙蔵はふぅと溜息を吐いた。
「積める経験は、積めるべき時に積むべしだが、どう先生方を説得するかだな」
結局どれだけのことをここで話し合おうと、先生方の許可が出ない限りには動けない。そこは主に仕える忍びと同じであり、勝手な行動は許されない。
六人がああでもないこうでもないと頭を突き付けあっている中、戸の前に気配を感じて振り返る。
「へムゥ……」
という鳴き声のあとすぐに気配が消え、そっと開けた戸の前には書状があった。
そこには一週間後の忍務まで、各々の研鑽に努めるようにとの文言があり、六人は顔を見合わせあって頷いた。
それが今回の試験となること、そしてオシロイシメジ城に関する忍務であることは直感で悟っていた。
認められたかのような思いが六人の胸中に浮かぶのと同時、ふと彼女も同じ六年生である。くノたまの六年生として参加するのかという疑念が浮かぶ。
だが、当然のように忍務先で顔を見せてくる姿が容易に想像出来、六人とも同じ考えに至ったことを目を見れば分かるもので笑い合う。
「でも、なんだかあの子ぶすくれてなかったかい?」
「どうせいつもの退屈しのぎだろ」
「そうそう、仙蔵にあしらわれたからぶすくれたんだろうよ」
伊作が首を傾げれば、留三郎がやれやれと首を振り、文次郎が腕組みをして頷いた。
そうかなぁ、と入って来た時から浮かない顔をしていたと思い、伊作が首を傾げると小平太が突然立ち上がって外へ飛び出す。
「直接聞けば良いのだ! いけいけどんどーん!」
開け放たれたままの戸は今にも外れそうで、長次が無言で立ち上がりそれを直してから部屋に戻って行く。
残された四人は顔を見合わせあうと、各々の部屋に戻ったり、委員会の仕事を引っ張り出したりと、それぞれの準備をし始める。
仙蔵が広げていた資料やらをしまっていると、算盤を弾きながら文次郎が口を開く。
「……なんか本当に嫌なことがあったんじゃないか?」
「なんだ、私が間違っていたと言いたいのか?」
互いに手を止めることも、顔を見合わせることもない。
背中越しに掛け合う言葉は、同室というこれまで長くも短い時間を掛けて築いたものであり、決して信頼の表れだ。
「いや、間違っては無い。ただ、あいつもあの合戦場にいたのだから、何か得られるものがあったかもしれないとな」
「一理あるな。だが、あの様子では何も喋りはしないだろうな。なんせお前に似て頑固だからな」
「他者に話さんのはお前に似て自信が有り余っているせいだ」
「ふん、不毛だな。どちらにせよ、本当に何かあれば小平太が抱えて来るだろう」
違いない、と再び算盤を弾く音が部屋に響く中、仙蔵は己の胸中に張り付く罪悪感を拭おうと部屋を出る。
そこへ伊作が待っていたとばかりににっこりとした笑みで迎えるもので、気恥ずかしさから思わず目を逸らす。
「別に私はあれのことなど——」
「うんうん、僕はまだ何も言ってないよ。けれど、仙蔵が謝りたいっていうなら僕も一緒に行ってあげるよ」
小平太と手合わせしてたら怪我もするかもしれないしね、と付け加える伊作は愛用の薬箱を掲げた。
眉を寄せて呻く仙蔵に、伊作は早くと急かして促せば、どこか腑に落ちない表情で歩き出す仙蔵。
くすくすと笑う伊作に連れられた仙蔵が、小平太と彼女が手合わせを良くしている開けたところへ近づくと、前からしていた金属がぶつかり合う音がより鮮明に聞こえ始める。
二人の前で小平太と彼女が苦無を打ち付け合い、一瞬近付いた互いの顔は笑みを浮かべているのが見て取れた。
繰り出される小平太の攻撃を、見ているこっちがハラハラするような際どさで躱す彼女には、他の見学者の下級生たちが震え上がる。
一歩間違えれば即大怪我な手合わせは、刃を潰したような模擬用の武器などではない。触れれば容易く相手を傷付けられる真剣だ。
ビュッと空気を割く音を伴い迫り来る小平太の薙ぎ払いに、彼女は軽業師の如くその腕の上で逆立ちし、次いで背後を取ったかと思えば小平太の首を躊躇なく狙う。瞬時に身を低くした小平太の頭上を苦無が通り過ぎ、その腕を掴んだ小平太は背負い投げの要領で投げ付けるも、ストンと両足を着いた彼女は逆に小平太を勢いのままに投げ付ける。
ヒィッと悲鳴が上げるのは見ていた忍たま下級生の群れであり、ピューッと口笛付きの歓声を上げるのは上級生とくノたまの集団だ。
二人の手合わせは忍術学園では名物であり、手合わせと呼ぶには死闘とも呼べる真剣勝負は彼らにとっては格好の娯楽となる。
体勢を立て直し駆け出す小平太へ、彼女は懐から取り出した手裏剣を投げ付ける。小平太はそれを難なく苦無で弾くも、一つの影にもう一つの手裏剣を同じ軌道で投げるという、器用にも姑息な技を出す彼女に、小平太はニッと一層笑みを深めるとそれを首を曲げて避ける。
避けた先にいたのは二年生であり、反応出来ない彼らに代わり、五年生の尾浜勘右衛門と鉢屋三郎が手裏剣を捌いていた。
避け際に頬を掠めて血が流れるのも、お構い無しに小平太は彼女へと飛び掛り、ガードで視界が塞がったところを足払いに切り替える。彼女は足を払われ尻餅をつくも、そのまま後転するように足を小平太の腹に押し付け持ち上げ後方へと蹴り飛ばす。
小平太は宙でくるりと体勢を直すと、懐から棒手裏剣を投げ出すと、それは彼女の頭へと一直線に飛んで行く。即座にごろりと身を起こすそこへ、深々と突き刺さる棒手裏剣を見た彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「小平太のくせに投げ物〜?」
「わははっ、いつも同じでは詰まらんだろう!」
二人は再度互いの間合いをはかりながら苦無を構え直す。
じりじりとした張り詰めた空気に周囲の歓声すらも息を潜め、互いに息を吐いたところで再度距離が詰まる。
キンッという甲高い音に次ぎ、ゴッという鈍い音には全員が眉を顰める。
「あっは! 石頭が!」
「わはははは! お前もなかなかに良い頭蓋をしている!」
彼女は距離が縮まったと同時にその勢いのままに小平太へと頭突きをしており、たらりと垂れるのは額が勢いに負けて割れた証拠だ。
小平太の額も少し割れたのか、彼女ほどではないものの血が薄らと滲んでいる。
目に入る血が鬱陶しく片目を瞑ったところに小平太が懐に飛び込み、下から突き上げるようにして鋭い刺突が喉を狙う。
だが後ろへと身を逸らした彼女は倒れ込み、手をついたかと思えば小平太の顎を蹴り上げる。
足が顎に当たると同時に後方へと飛んでその衝撃を和らげていた小平太に、額の血を拭った彼女は体勢を直される前に切り掛る。
しかし、間に割って入った仙蔵の手が目の前に現れると、ピタリとその手の前で停止する。
「そこまでだ。熱が入り過ぎだ、愚か者どもめ」
仙蔵がそうぴしゃりと言い放つと、ぶーぶーとブーイングが上級生たちから上がる。
最上級生の手合わせは良い勉強の機会にもなり、それが唐突に終わりとなれば決着がつくまで拝みたいと思うのは自然な事だ。しかし、仙蔵は笑みを深めて懐に手を入れる。
「ふむ、娯楽を求めるのなら私がお前たちの相手となろう。不足であればギンギン鳴く奴と勝負勝負と鳴く奴、もそもそ鳴く奴も付けてやろう」
仙蔵の笑みには皆が首をぶるぶると左右に振り、各々散っていく。
ふんっと鼻を鳴らした仙蔵の脇を抜け、彼女は小平太に駆け寄ると手を差し出した。
「ごめんね、小平太。はしゃぎ過ぎちゃった、頭くらくらしてない?」
「私よりお前の方が酷いだろう。伊作によく診て貰え」
彼女の手を借りて立ち上がる小平太はそう言うと、直ぐに駆け付けた伊作が二人の額を診る。
二人で伊作が診やすいように前髪を上げている姿は、まるで兄妹に見えなくもないほどだ。というのも、伊作に頭がどれだけ大事かを懇々と説かれては、同じような顔になるのも無理はない。
次第に二人は正座になっていくのを、伊作が二人の額の手当てを終え、さらにどれだけ危ないのかをひたすらに説くのには、あまりにも我慢が足らなかった。
「よし、分かった、鍛錬が足りないということだな! 走り込みに行ってくる、いけいけどんどーん!」
小平太がそう言って駆け出したのを見て、彼女はその手があったかと目を輝かせる。
「私も鍛錬が足りないんだね! いけいけどんどーん!」
追い掛けるように立ち上がろうとする彼女だが、伊作の手がそれよりも早かった。
肩を押さえつけるようにしてその場に縫い止めた伊作は、ぐっと顔を寄せていつもより真剣な顔で言う。
「こら、頭を怪我しているのだから急に立ち上がらない!」
小平太は止めなかったじゃんと零す彼女に、伊作は小平太は小平太だから良いのと、訳の分からないことを続ける。
項垂れる彼女に仙蔵が近寄ると、額に包帯を巻く彼女が顔を上げた。
「……鬱憤は晴れたか?」
仙蔵のどこか後ろめたさに歯切れの悪い言い方に、彼女は目を瞬かせる。
伊作が仙蔵を小突くようにすれば、観念したように眉を下げた仙蔵が手を差し出した。
「さっきはすまない、お前の話も聞かずに追い出して」
仙蔵の手を取り立ち上がる彼女は、見開いていた目を次第に細めると、首を振って笑う。
「私も自分の憂さ晴らしのことしか考えていなかったから、悪かったのはおあいこだよ。ごめんね、仙蔵。伊作もありがとう」
「手合わせも良いけれど、あんまり自分を傷付けるような戦い方は見直してよね」
にぎにぎと仙蔵の手を握りながら手を振ってそれは無理と言う彼女に、伊作は即答するなとその頬を伸ばす。
へらへらと笑う彼女に伊作も肩を落として諦め、彼女は握ったままの仙蔵の手をするりと離して後ろ手に組んで距離をとる。
「勘右衛門と三郎にお礼言いそびれちゃった」
「下級生にはまだ避けられないのだから、飛び道具の取り扱いには気を付けるべきとようやく学んだか」
「仙蔵に言われたくないよ、たまに頭ボサボサにしてるじゃん」
「あれは私が悪いわけではないだろう!」
「どう思いますか、伊作さん。仙蔵さんはああ言っておりますが」
「んー、まぁ相性っていうのはあるよねぇ」
「こらそこ! こそこそ話すな!」
肩をいからせる仙蔵に落ち着いてと宥める伊作に、けらけらと笑い声を上げる。
可愛げのない奴だと零した仙蔵が呆れに頭を押さえると、彼女の顔が下から覗き込んで来た。
にまにまとした笑みは仙蔵の小言が全く効いていない証拠で、怒られるのを楽しんでいる彼女の頭を鷲掴みにしてやろうと伸ばした手は空を切る。
「怒った顔も綺麗だよ、仙蔵! それじゃあ私お礼参りに行かなきゃだから!」
頭に巻いた包帯から薄らと血が滲んでいるのが目に入り、言葉を詰まらせた仙蔵に彼女は手を振って去って行く。
言葉は正しく使いなさいと伊作がその背に声を掛けると、はーいと元気な声で手を振っていた。
「私はあいつを時折憎らしく思う時がある」
「可愛いってこと?」
「曲解をするな」
肩を竦めて笑う伊作に、仙蔵はじとりとした目を向けた。
そうではないというのに、下手に言葉を重ねても適当にあしらわれるのが目に見えた仙蔵は、撤回を諦めて伊作の好きに思わせることにする。
遠くから五年生の「よろしくお願いします!」との元気な声に、仙蔵は伊作に目を向ければ、彼は苦笑とともに頷くとその声の方へと走って行く。
どうせ手合わせを申し込まれて受け入れたのだろうと、仙蔵はさてと考える。
頭に怪我をしたばかりの彼女を連戦させるのはやめさせたいのだが、ギンギン鳴く奴か勝負勝負と鳴く奴か、はたまたもそもそ鳴く奴のどれを送り込むか。十分に吟味しながら歩くと既に六年生の長屋の前に着いており、仙蔵は笑顔で手を叩く。
「よし、一人を選ぶのも面倒だ。三人とも行かせよう」
先ずは同室のギンギン鳴く奴を引っ張り出そうと戸に手をかけた仙蔵は、いけいけどんどーんと微かに風に乗って聞こえた気がして、やはり気のせいだと算盤を弾く音が響く部屋へと入って行った。
偵察忍務を終えた翌日は一日の休みを得られた六年生だが、そこへ現れたのは神出鬼没かつ自由奔放な彼女である。
い組の部屋の中、どうやって自身らも忍務続投させて貰えるかとの案を出し合っていたところ、がらりと長屋の戸を断りもなく開け放って現れた彼女はむすりとした顔をしていた。
「誰か相手して」
機嫌の悪さを少しも隠さない彼女は、入って来るなりそう言い放って仁王立ちする。
相手とは手合わせという意味であり、彼女はむしゃくしゃする思いを発散したいのだろう。
しかし、今は彼らにとっての大事な話し合いの最中であり、仙蔵が顰めた眉のままに吐き捨てる。
「お前の目は節穴か? 私たちが暇をしているように見えるのか?」
「……分かった」
仙蔵の突き放す物言いに、彼女は六人の顔を順に見てから広げられた合戦場の記録を見て、そしてこくりと頷いて静かに戸を閉めた。
案外素直に受け入れたその様に呆気に取られたのは仙蔵の方で、もっと食い下がるかと思っていたからか、目を見開いて豆鉄砲を食らったかのような衝撃を受けた。
もちろんそれは仙蔵だけではない。追い掛けた方が良いのではと立ち上がろうとするのは小平太と伊作で、文次郎と留三郎もどこかバツが悪そうに眉を顰め、長次は仙蔵と同じような顔をしていた。
不気味な程に殊勝な態度を見せた彼女が、仙蔵に少しの罪悪感をもたらすが、けれど試験の再考のためには今は彼女に構っていられない。
「話を戻すぞ。小平太も伊作も座れ」
部屋から顔を出した小平太と伊作は既に姿のない彼女を探していたが、仙蔵の声にぱたりとまた戸を閉めて元の場所へと座り直す。
どこか雰囲気が暗くなったが、それでも仙蔵は些細なことだと切り捨てて口火を切る。
「先の合戦場で用いられた火縄銃はおそらく、オシロイシメジ城に関わる商人から流れたものと推測する」
「合戦に一揆をぶつけたところでいたずらに混戦を招くだけだろうに、なにが目的だ?」
仙蔵の言葉に文次郎が顎に手を当て首を傾げる。
引き継ぐのは長次であり、もそと小さく頷いた。
「……オシロイシメジ城の城主に対する謀反が絡んでいる、と推測する。商人は内部の家臣の指示で一揆を起こさせ、さらに合戦場へと誘導して混戦へ持ち込んだ」
「撹乱、か」
面倒だな、と留三郎がそれきり口を噤めば室内にはしんとした空気が濁るようで、それを散らして声を上げるのは小平太だった。
「ではその家臣の炙り出しが最優先になるか?」
「けれど、商人も押さえないといけないよ。下手に金のある商人を野放しにしては、またどこぞで似たようなことを始めるかもしれない」
伊作が顔を顰めて苦々しい思いを吐き出すようにそう告げる。
確かに忍びといえど、その卵である彼らだけで出来るとは到底思えない。それでも、自分たちは忍びであるという自負から拭えないのは闘争心であり、こんなことも出来なくては立派な忍びにはなれないという思いだ。
オシロイシメジ城が他領地に戦を仕掛けるとなれば、またも一揆が起こり、その一揆が合戦場へと雪崩込んで無意味な乱戦が始まり、それによって多くの命が失われる。
火縄銃は簡単に他者の命を奪えるというのに、呆気なくも簡単にその引き金を引いてしまえる。素人にだって撃つだけならば出来てしまう。
合戦場での濃い人の死の香りが脳内を過ぎり、仙蔵はふぅと溜息を吐いた。
「積める経験は、積めるべき時に積むべしだが、どう先生方を説得するかだな」
結局どれだけのことをここで話し合おうと、先生方の許可が出ない限りには動けない。そこは主に仕える忍びと同じであり、勝手な行動は許されない。
六人がああでもないこうでもないと頭を突き付けあっている中、戸の前に気配を感じて振り返る。
「へムゥ……」
という鳴き声のあとすぐに気配が消え、そっと開けた戸の前には書状があった。
そこには一週間後の忍務まで、各々の研鑽に努めるようにとの文言があり、六人は顔を見合わせあって頷いた。
それが今回の試験となること、そしてオシロイシメジ城に関する忍務であることは直感で悟っていた。
認められたかのような思いが六人の胸中に浮かぶのと同時、ふと彼女も同じ六年生である。くノたまの六年生として参加するのかという疑念が浮かぶ。
だが、当然のように忍務先で顔を見せてくる姿が容易に想像出来、六人とも同じ考えに至ったことを目を見れば分かるもので笑い合う。
「でも、なんだかあの子ぶすくれてなかったかい?」
「どうせいつもの退屈しのぎだろ」
「そうそう、仙蔵にあしらわれたからぶすくれたんだろうよ」
伊作が首を傾げれば、留三郎がやれやれと首を振り、文次郎が腕組みをして頷いた。
そうかなぁ、と入って来た時から浮かない顔をしていたと思い、伊作が首を傾げると小平太が突然立ち上がって外へ飛び出す。
「直接聞けば良いのだ! いけいけどんどーん!」
開け放たれたままの戸は今にも外れそうで、長次が無言で立ち上がりそれを直してから部屋に戻って行く。
残された四人は顔を見合わせあうと、各々の部屋に戻ったり、委員会の仕事を引っ張り出したりと、それぞれの準備をし始める。
仙蔵が広げていた資料やらをしまっていると、算盤を弾きながら文次郎が口を開く。
「……なんか本当に嫌なことがあったんじゃないか?」
「なんだ、私が間違っていたと言いたいのか?」
互いに手を止めることも、顔を見合わせることもない。
背中越しに掛け合う言葉は、同室というこれまで長くも短い時間を掛けて築いたものであり、決して信頼の表れだ。
「いや、間違っては無い。ただ、あいつもあの合戦場にいたのだから、何か得られるものがあったかもしれないとな」
「一理あるな。だが、あの様子では何も喋りはしないだろうな。なんせお前に似て頑固だからな」
「他者に話さんのはお前に似て自信が有り余っているせいだ」
「ふん、不毛だな。どちらにせよ、本当に何かあれば小平太が抱えて来るだろう」
違いない、と再び算盤を弾く音が部屋に響く中、仙蔵は己の胸中に張り付く罪悪感を拭おうと部屋を出る。
そこへ伊作が待っていたとばかりににっこりとした笑みで迎えるもので、気恥ずかしさから思わず目を逸らす。
「別に私はあれのことなど——」
「うんうん、僕はまだ何も言ってないよ。けれど、仙蔵が謝りたいっていうなら僕も一緒に行ってあげるよ」
小平太と手合わせしてたら怪我もするかもしれないしね、と付け加える伊作は愛用の薬箱を掲げた。
眉を寄せて呻く仙蔵に、伊作は早くと急かして促せば、どこか腑に落ちない表情で歩き出す仙蔵。
くすくすと笑う伊作に連れられた仙蔵が、小平太と彼女が手合わせを良くしている開けたところへ近づくと、前からしていた金属がぶつかり合う音がより鮮明に聞こえ始める。
二人の前で小平太と彼女が苦無を打ち付け合い、一瞬近付いた互いの顔は笑みを浮かべているのが見て取れた。
繰り出される小平太の攻撃を、見ているこっちがハラハラするような際どさで躱す彼女には、他の見学者の下級生たちが震え上がる。
一歩間違えれば即大怪我な手合わせは、刃を潰したような模擬用の武器などではない。触れれば容易く相手を傷付けられる真剣だ。
ビュッと空気を割く音を伴い迫り来る小平太の薙ぎ払いに、彼女は軽業師の如くその腕の上で逆立ちし、次いで背後を取ったかと思えば小平太の首を躊躇なく狙う。瞬時に身を低くした小平太の頭上を苦無が通り過ぎ、その腕を掴んだ小平太は背負い投げの要領で投げ付けるも、ストンと両足を着いた彼女は逆に小平太を勢いのままに投げ付ける。
ヒィッと悲鳴が上げるのは見ていた忍たま下級生の群れであり、ピューッと口笛付きの歓声を上げるのは上級生とくノたまの集団だ。
二人の手合わせは忍術学園では名物であり、手合わせと呼ぶには死闘とも呼べる真剣勝負は彼らにとっては格好の娯楽となる。
体勢を立て直し駆け出す小平太へ、彼女は懐から取り出した手裏剣を投げ付ける。小平太はそれを難なく苦無で弾くも、一つの影にもう一つの手裏剣を同じ軌道で投げるという、器用にも姑息な技を出す彼女に、小平太はニッと一層笑みを深めるとそれを首を曲げて避ける。
避けた先にいたのは二年生であり、反応出来ない彼らに代わり、五年生の尾浜勘右衛門と鉢屋三郎が手裏剣を捌いていた。
避け際に頬を掠めて血が流れるのも、お構い無しに小平太は彼女へと飛び掛り、ガードで視界が塞がったところを足払いに切り替える。彼女は足を払われ尻餅をつくも、そのまま後転するように足を小平太の腹に押し付け持ち上げ後方へと蹴り飛ばす。
小平太は宙でくるりと体勢を直すと、懐から棒手裏剣を投げ出すと、それは彼女の頭へと一直線に飛んで行く。即座にごろりと身を起こすそこへ、深々と突き刺さる棒手裏剣を見た彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「小平太のくせに投げ物〜?」
「わははっ、いつも同じでは詰まらんだろう!」
二人は再度互いの間合いをはかりながら苦無を構え直す。
じりじりとした張り詰めた空気に周囲の歓声すらも息を潜め、互いに息を吐いたところで再度距離が詰まる。
キンッという甲高い音に次ぎ、ゴッという鈍い音には全員が眉を顰める。
「あっは! 石頭が!」
「わはははは! お前もなかなかに良い頭蓋をしている!」
彼女は距離が縮まったと同時にその勢いのままに小平太へと頭突きをしており、たらりと垂れるのは額が勢いに負けて割れた証拠だ。
小平太の額も少し割れたのか、彼女ほどではないものの血が薄らと滲んでいる。
目に入る血が鬱陶しく片目を瞑ったところに小平太が懐に飛び込み、下から突き上げるようにして鋭い刺突が喉を狙う。
だが後ろへと身を逸らした彼女は倒れ込み、手をついたかと思えば小平太の顎を蹴り上げる。
足が顎に当たると同時に後方へと飛んでその衝撃を和らげていた小平太に、額の血を拭った彼女は体勢を直される前に切り掛る。
しかし、間に割って入った仙蔵の手が目の前に現れると、ピタリとその手の前で停止する。
「そこまでだ。熱が入り過ぎだ、愚か者どもめ」
仙蔵がそうぴしゃりと言い放つと、ぶーぶーとブーイングが上級生たちから上がる。
最上級生の手合わせは良い勉強の機会にもなり、それが唐突に終わりとなれば決着がつくまで拝みたいと思うのは自然な事だ。しかし、仙蔵は笑みを深めて懐に手を入れる。
「ふむ、娯楽を求めるのなら私がお前たちの相手となろう。不足であればギンギン鳴く奴と勝負勝負と鳴く奴、もそもそ鳴く奴も付けてやろう」
仙蔵の笑みには皆が首をぶるぶると左右に振り、各々散っていく。
ふんっと鼻を鳴らした仙蔵の脇を抜け、彼女は小平太に駆け寄ると手を差し出した。
「ごめんね、小平太。はしゃぎ過ぎちゃった、頭くらくらしてない?」
「私よりお前の方が酷いだろう。伊作によく診て貰え」
彼女の手を借りて立ち上がる小平太はそう言うと、直ぐに駆け付けた伊作が二人の額を診る。
二人で伊作が診やすいように前髪を上げている姿は、まるで兄妹に見えなくもないほどだ。というのも、伊作に頭がどれだけ大事かを懇々と説かれては、同じような顔になるのも無理はない。
次第に二人は正座になっていくのを、伊作が二人の額の手当てを終え、さらにどれだけ危ないのかをひたすらに説くのには、あまりにも我慢が足らなかった。
「よし、分かった、鍛錬が足りないということだな! 走り込みに行ってくる、いけいけどんどーん!」
小平太がそう言って駆け出したのを見て、彼女はその手があったかと目を輝かせる。
「私も鍛錬が足りないんだね! いけいけどんどーん!」
追い掛けるように立ち上がろうとする彼女だが、伊作の手がそれよりも早かった。
肩を押さえつけるようにしてその場に縫い止めた伊作は、ぐっと顔を寄せていつもより真剣な顔で言う。
「こら、頭を怪我しているのだから急に立ち上がらない!」
小平太は止めなかったじゃんと零す彼女に、伊作は小平太は小平太だから良いのと、訳の分からないことを続ける。
項垂れる彼女に仙蔵が近寄ると、額に包帯を巻く彼女が顔を上げた。
「……鬱憤は晴れたか?」
仙蔵のどこか後ろめたさに歯切れの悪い言い方に、彼女は目を瞬かせる。
伊作が仙蔵を小突くようにすれば、観念したように眉を下げた仙蔵が手を差し出した。
「さっきはすまない、お前の話も聞かずに追い出して」
仙蔵の手を取り立ち上がる彼女は、見開いていた目を次第に細めると、首を振って笑う。
「私も自分の憂さ晴らしのことしか考えていなかったから、悪かったのはおあいこだよ。ごめんね、仙蔵。伊作もありがとう」
「手合わせも良いけれど、あんまり自分を傷付けるような戦い方は見直してよね」
にぎにぎと仙蔵の手を握りながら手を振ってそれは無理と言う彼女に、伊作は即答するなとその頬を伸ばす。
へらへらと笑う彼女に伊作も肩を落として諦め、彼女は握ったままの仙蔵の手をするりと離して後ろ手に組んで距離をとる。
「勘右衛門と三郎にお礼言いそびれちゃった」
「下級生にはまだ避けられないのだから、飛び道具の取り扱いには気を付けるべきとようやく学んだか」
「仙蔵に言われたくないよ、たまに頭ボサボサにしてるじゃん」
「あれは私が悪いわけではないだろう!」
「どう思いますか、伊作さん。仙蔵さんはああ言っておりますが」
「んー、まぁ相性っていうのはあるよねぇ」
「こらそこ! こそこそ話すな!」
肩をいからせる仙蔵に落ち着いてと宥める伊作に、けらけらと笑い声を上げる。
可愛げのない奴だと零した仙蔵が呆れに頭を押さえると、彼女の顔が下から覗き込んで来た。
にまにまとした笑みは仙蔵の小言が全く効いていない証拠で、怒られるのを楽しんでいる彼女の頭を鷲掴みにしてやろうと伸ばした手は空を切る。
「怒った顔も綺麗だよ、仙蔵! それじゃあ私お礼参りに行かなきゃだから!」
頭に巻いた包帯から薄らと血が滲んでいるのが目に入り、言葉を詰まらせた仙蔵に彼女は手を振って去って行く。
言葉は正しく使いなさいと伊作がその背に声を掛けると、はーいと元気な声で手を振っていた。
「私はあいつを時折憎らしく思う時がある」
「可愛いってこと?」
「曲解をするな」
肩を竦めて笑う伊作に、仙蔵はじとりとした目を向けた。
そうではないというのに、下手に言葉を重ねても適当にあしらわれるのが目に見えた仙蔵は、撤回を諦めて伊作の好きに思わせることにする。
遠くから五年生の「よろしくお願いします!」との元気な声に、仙蔵は伊作に目を向ければ、彼は苦笑とともに頷くとその声の方へと走って行く。
どうせ手合わせを申し込まれて受け入れたのだろうと、仙蔵はさてと考える。
頭に怪我をしたばかりの彼女を連戦させるのはやめさせたいのだが、ギンギン鳴く奴か勝負勝負と鳴く奴か、はたまたもそもそ鳴く奴のどれを送り込むか。十分に吟味しながら歩くと既に六年生の長屋の前に着いており、仙蔵は笑顔で手を叩く。
「よし、一人を選ぶのも面倒だ。三人とも行かせよう」
先ずは同室のギンギン鳴く奴を引っ張り出そうと戸に手をかけた仙蔵は、いけいけどんどーんと微かに風に乗って聞こえた気がして、やはり気のせいだと算盤を弾く音が響く部屋へと入って行った。