露草を抱く
* * *
「ほぅ、なるほどのぅ」
学園長先生の部屋にて六年生は片膝をつき、忍務の報告に上がっていた。
仙蔵の記録した紙束と、文次郎と留三郎、小平太に伊作が潜入して得た情報を細かに説明すると、学園長先生は顎を摩ってから頻りにふむふむと零す。
「……試験にするはちと重いのではないですか?」
学園長先生の脇に控えていた山田先生が固く閉じていた口を開くと、学園長先生は片目を開いて唸る。
未だ忍びの卵である忍たまには荷が重いことは確かだ。しかし、これを看過するには今は手隙の者がいないのも事実。
腕を組み唸る学園長先生だが、そこで仙蔵が顔を上げた。
「我々にお任せください、学園長先生、山田先生。どのような忍務であろうと、我々もまた忍びの端くれ。命じていただければ必ずやご期待に添えるよう、奮迅して参ります」
「そうは言ってもなぁ……」
渋る山田先生はやる気に満ち溢れた表情で顔を上げる六年生を宥めようと、両手でどうどうとしてみせるが、なおのこと任せて欲しいとキラキラとした目を向けてくる。
はぁ、と肩を落としていた山田先生だが、不意に学園長先生と目を合わせたかと思えば、後に深く頷き合う。
「どうするかはまた追って報せることにしよう。今回の忍務、ご苦労であった」
はっ、と短く承知の声を上げた六年生は、休んで良いという学園長先生の言葉に部屋を後にする。
文次郎はぞろぞろと連なって長屋へと戻ろうとする中、十分に学園長先生の部屋から離れたあとで口を開く。
「追い出されてしまったな」
確かに難しい忍務であるとは思うが、自分たちもまた忍びとして一人前になるには積まなくてはならない経験だと思った。それ故に皆がやる気を見せて食い下がってみたものの、来訪者が現れたのでは抗議し続けるわけにもいかず、こうしておめおめと引き下がって来たのだが、不服が腹のうちに巣食っているようで気分が悪い。
「へっ、文次郎がギンギンにやれますなんて訳の分からんことを言うからだろ」
「なにおう!? お前だって意味もなく筋肉を自慢するようにしていたじゃないか!」
「わははっ、私も筋肉には自信があるぞ!」
「もー、やめなよみっともない。下級生が起きちゃうから静かにしないと」
未だ早朝の中連なる六年生たちの声は静かな長屋の中では響いてしまい、咄嗟に文次郎と留三郎は小平太の口を塞いでから余った手で互いの口を塞ぐ。
仲が良いのか、悪いのか。息はぴったりな二人の行動に伊作が呆れていると、ふと前を歩く仙蔵と長次が頷きあっているのに気が付いた。
「どうしたの? 仙蔵、長次」
「ん? ああいやなに、先のあれはきっと山本シナ先生だろうとな」
「……もそ、恐らくくノたまも帰還したのだろう」
二人は前方から走って来る人影をほら、と身を避けた。
駆けて来るのはやはり先程も会った彼女であり、六人の前に来るとからりと笑顔を見せる。
「伊作、軟膏一つ忘れてたよ。足軽のおじさんが若い子が落として行ったって言ってたから、はいこれ」
「わっ、本当!? ありがとう、助かるよ!」
小さなその軟膏は落としてしまえば気付かなかったのだろうが、どこで見ていたのか足軽と気軽に話して預かって来るのは、生来の人懐っこさのおかげなのか。
伊作にもう忘れ物はないかと一緒に薬箱を覗き込む彼女に、伊作がないよと微笑むと花が舞うように穏やかな空気が流れる。
「うーん、可愛い。伊作ってばすんごく可愛い」
しゃがむ伊作の頭を抱き込み撫でくりまわす彼女に、慌てふためく伊作の声が下から聞こえる。
「留三郎、伊作ちょうだい? ちゃんとお世話するから!」
「駄目だ、伊作の同室は俺だ!」
伊作の頭を抱えたままに留三郎にケチと零す彼女だが、その脇を小平太が抱えて抱き上げれば、ようやく解放された伊作が力なく倒れそうになるのを留三郎が支える。
「なら私を飼うか!? 今なら長次も付いてくるぞ!」
「えー、小平太をお世話するんじゃなくて、小平太にお世話されそうだから嫌かなぁ」
「……人を飼育するという思考は良くない」
彼女を抱き上げたままにぐるぐると回る小平太を、やめなさいと長次が諫めれば地面に下ろされる。
しかし、ぐるぐると回って平衡感覚が狂ったせいか、おっとっとともつれる足に落ち着いた先には文次郎がおり、硬い筋肉質なその身体に彼女は悲しげな声を上げた。
「なんて寝心地の悪い……」
「お前はなんて失礼な奴だ、胸筋に謝れ。俺の弛まぬ鍛錬の証に褒め称えるどころか嘆くとは」
「あんなに小さくて可愛かったのに」
文次郎の腕から離れしくしくと泣き真似をする彼女に、震えた拳を振り上げそうになる文次郎だが、もちろん彼女にその拳を落とすわけもない。ただ行き場のない怒りに唸る文次郎に、けろりとした顔をして笑う彼女に、けれど別の鉄槌が落ちた。
仙蔵の手刀が彼女の頭に落とされ、痛みに肩を竦ませた彼女が振り向いた。
「下級生が起きてしまうだろう、あまり騒ぐんじゃない」
「酷い! 私より声が大きいのは文次郎と留三郎と小平太なのに!」
「元はと言えばお前が騒がせたのだろう」
仙蔵の言葉に唸る彼女は頭を抑えていた手を退けると、痛がっていた素振りも嘘だったのだろう。申し訳なさの欠けらも無い態度でごめんなさーいとけらけらと笑う。
その様子には頭を抱える仙蔵だが、彼女はそれじゃあ帰ると言い残して踵を返す。
「あの子が来ると、本当に一層賑やかさが増すよねぇ」
伊作が薬箱を抱え直し仙蔵の横に立つと、視線の先には彼女の背中がある。
途中長屋から顔を出した五年生に会うと、気さくに話し掛ける横顔に、皆がやれやれと首を振る。そのまま挨拶だけして帰るのかと思いきや、長屋の中へと足を踏み入れようとし始める彼女に、全員が制止の声を上げて駆け始めるのだから、下級生たちはその声で目を覚ますこととなった。
「ほぅ、なるほどのぅ」
学園長先生の部屋にて六年生は片膝をつき、忍務の報告に上がっていた。
仙蔵の記録した紙束と、文次郎と留三郎、小平太に伊作が潜入して得た情報を細かに説明すると、学園長先生は顎を摩ってから頻りにふむふむと零す。
「……試験にするはちと重いのではないですか?」
学園長先生の脇に控えていた山田先生が固く閉じていた口を開くと、学園長先生は片目を開いて唸る。
未だ忍びの卵である忍たまには荷が重いことは確かだ。しかし、これを看過するには今は手隙の者がいないのも事実。
腕を組み唸る学園長先生だが、そこで仙蔵が顔を上げた。
「我々にお任せください、学園長先生、山田先生。どのような忍務であろうと、我々もまた忍びの端くれ。命じていただければ必ずやご期待に添えるよう、奮迅して参ります」
「そうは言ってもなぁ……」
渋る山田先生はやる気に満ち溢れた表情で顔を上げる六年生を宥めようと、両手でどうどうとしてみせるが、なおのこと任せて欲しいとキラキラとした目を向けてくる。
はぁ、と肩を落としていた山田先生だが、不意に学園長先生と目を合わせたかと思えば、後に深く頷き合う。
「どうするかはまた追って報せることにしよう。今回の忍務、ご苦労であった」
はっ、と短く承知の声を上げた六年生は、休んで良いという学園長先生の言葉に部屋を後にする。
文次郎はぞろぞろと連なって長屋へと戻ろうとする中、十分に学園長先生の部屋から離れたあとで口を開く。
「追い出されてしまったな」
確かに難しい忍務であるとは思うが、自分たちもまた忍びとして一人前になるには積まなくてはならない経験だと思った。それ故に皆がやる気を見せて食い下がってみたものの、来訪者が現れたのでは抗議し続けるわけにもいかず、こうしておめおめと引き下がって来たのだが、不服が腹のうちに巣食っているようで気分が悪い。
「へっ、文次郎がギンギンにやれますなんて訳の分からんことを言うからだろ」
「なにおう!? お前だって意味もなく筋肉を自慢するようにしていたじゃないか!」
「わははっ、私も筋肉には自信があるぞ!」
「もー、やめなよみっともない。下級生が起きちゃうから静かにしないと」
未だ早朝の中連なる六年生たちの声は静かな長屋の中では響いてしまい、咄嗟に文次郎と留三郎は小平太の口を塞いでから余った手で互いの口を塞ぐ。
仲が良いのか、悪いのか。息はぴったりな二人の行動に伊作が呆れていると、ふと前を歩く仙蔵と長次が頷きあっているのに気が付いた。
「どうしたの? 仙蔵、長次」
「ん? ああいやなに、先のあれはきっと山本シナ先生だろうとな」
「……もそ、恐らくくノたまも帰還したのだろう」
二人は前方から走って来る人影をほら、と身を避けた。
駆けて来るのはやはり先程も会った彼女であり、六人の前に来るとからりと笑顔を見せる。
「伊作、軟膏一つ忘れてたよ。足軽のおじさんが若い子が落として行ったって言ってたから、はいこれ」
「わっ、本当!? ありがとう、助かるよ!」
小さなその軟膏は落としてしまえば気付かなかったのだろうが、どこで見ていたのか足軽と気軽に話して預かって来るのは、生来の人懐っこさのおかげなのか。
伊作にもう忘れ物はないかと一緒に薬箱を覗き込む彼女に、伊作がないよと微笑むと花が舞うように穏やかな空気が流れる。
「うーん、可愛い。伊作ってばすんごく可愛い」
しゃがむ伊作の頭を抱き込み撫でくりまわす彼女に、慌てふためく伊作の声が下から聞こえる。
「留三郎、伊作ちょうだい? ちゃんとお世話するから!」
「駄目だ、伊作の同室は俺だ!」
伊作の頭を抱えたままに留三郎にケチと零す彼女だが、その脇を小平太が抱えて抱き上げれば、ようやく解放された伊作が力なく倒れそうになるのを留三郎が支える。
「なら私を飼うか!? 今なら長次も付いてくるぞ!」
「えー、小平太をお世話するんじゃなくて、小平太にお世話されそうだから嫌かなぁ」
「……人を飼育するという思考は良くない」
彼女を抱き上げたままにぐるぐると回る小平太を、やめなさいと長次が諫めれば地面に下ろされる。
しかし、ぐるぐると回って平衡感覚が狂ったせいか、おっとっとともつれる足に落ち着いた先には文次郎がおり、硬い筋肉質なその身体に彼女は悲しげな声を上げた。
「なんて寝心地の悪い……」
「お前はなんて失礼な奴だ、胸筋に謝れ。俺の弛まぬ鍛錬の証に褒め称えるどころか嘆くとは」
「あんなに小さくて可愛かったのに」
文次郎の腕から離れしくしくと泣き真似をする彼女に、震えた拳を振り上げそうになる文次郎だが、もちろん彼女にその拳を落とすわけもない。ただ行き場のない怒りに唸る文次郎に、けろりとした顔をして笑う彼女に、けれど別の鉄槌が落ちた。
仙蔵の手刀が彼女の頭に落とされ、痛みに肩を竦ませた彼女が振り向いた。
「下級生が起きてしまうだろう、あまり騒ぐんじゃない」
「酷い! 私より声が大きいのは文次郎と留三郎と小平太なのに!」
「元はと言えばお前が騒がせたのだろう」
仙蔵の言葉に唸る彼女は頭を抑えていた手を退けると、痛がっていた素振りも嘘だったのだろう。申し訳なさの欠けらも無い態度でごめんなさーいとけらけらと笑う。
その様子には頭を抱える仙蔵だが、彼女はそれじゃあ帰ると言い残して踵を返す。
「あの子が来ると、本当に一層賑やかさが増すよねぇ」
伊作が薬箱を抱え直し仙蔵の横に立つと、視線の先には彼女の背中がある。
途中長屋から顔を出した五年生に会うと、気さくに話し掛ける横顔に、皆がやれやれと首を振る。そのまま挨拶だけして帰るのかと思いきや、長屋の中へと足を踏み入れようとし始める彼女に、全員が制止の声を上げて駆け始めるのだから、下級生たちはその声で目を覚ますこととなった。