露草を抱く

* * *

 眼下に広がる合戦場の様子を、詳細に書き綴った紙を束ね、口元の布を下ろして顔を上げた。
 鼻をつくのは人の血と脂の混ざった生々しくも、そして最早嗅ぎ慣れた香りだ。実践的な忍務ばかりが課題となる六年生において、今更心が動くようにはもう出来ていない。
 すんっ、と小さく鼻を鳴らすと風上から流れてくる香りに口布を上げ、立ち上がったかと思えば足場の木の枝を蹴った。
 軽い身のこなしで木々から木々へと移り、場所を移動していく。
 耳に響くのは火薬が爆ぜるような音であり、先程までいた地点にも微かに響いてきていたものが、振動を伴って空気を揺らしていた。
 幾つ目かも数えていない木の枝を再度蹴り、さらに上へと登って行けば、そこには既に学友の姿があった。

「——あまり、芳しくないな」

 合戦場より遠く、本陣があると思われる場所へと目を向ける学友に倣い、口布を下げながら視線を向けて零したのは、苦々しい事実だ。

「奴らどこで仕入れたのやら……それに、ただの一揆にしては統率力もある。きな臭いことこの上ないな」

「……もそ、撤収か?」

「ああ、十分とは言い難いが、それでも長居して気付かれるよりはマシだろう。長次は小平太に、私は文次郎を」

 頷く中在家長次に自身も頷いた立花仙蔵は、口布を上げると先に降りて行った長次を追い掛けようとし、そして感じていた気配に振り向いた。
 途端視線の先ではみ出た布を目敏く見つけると、仙蔵は冷めた目を細めた。

「盗み聞きとは趣味の悪い」

「勝手にべらべら喋ったのはあんただよ、仙蔵。私は長次と仲良くお喋りしていたのに、あんたが邪魔をしたの」

「忍務中にお喋りに興じるとは、随分とたるんだ思考だな」

 仙蔵は腕を組むと眉を持ち上げ、わざとらしくも首を振る。大仰に呆れたと態度で示す仙蔵に、彼女は木の影から出てくるとけらけらと笑ってから仙蔵の目の前へと降り立った。

「仙蔵たちも私たちと同じような忍務?」

「話すと思うか?」

 ぐっと顔を近付けて上目遣いに覗き込む彼女に、仙蔵は余裕のある笑みで一歩も引くことなく受けて立つ。
 くノたまの六年生として研鑽を積んできた彼女の誘いに、下級生であるならばいざ知らず、共に育って来た忍たま六年生である仙蔵に効果はない。
 パッと離れた彼女はつまらないと零してそのまま後ろ向きに枝から足を離すと、そのまま落下していくのを目で追う。そんな仙蔵に彼女は手を振ったかと思えば、いつの間に持っていた鉤縄で別の木へと移っていき、満面の笑みで手を振って行く彼女に呆れてものも言えない。
 くノ一らしいくノたまとも言えるが、その実単に適当なだけの部分が多い彼女に、仙蔵は溜息を吐いてからやがて顔を上げると、無駄なことに時間を割いたと自身も木から空へと身を投げた。
 一瞬の内臓が浮き上がる感覚は、何度経験しても好ましいものではない。
 長次は仙蔵が彼女に捕まることを予見し、既に全員を集めているだろうと集合場所に赴くと、やはり忍たま六年生全員が集まっており、仙蔵の到着と同時に集団は合戦場から身を隠しながらその場を後にする。
 最後尾についている仙蔵は、ちらりと後ろへ視線をやれば、遠くの茂みの影に手を振る彼女が見えた気がしたが、敢えて無視をしてまた前を向き直る。

「彼女、一向に大人しくならないよね」

 善法寺伊作も後方に目を向けていたのか、困ったように笑う様に全員が頷いた。
 一年生の頃から見知った仲であり、そして成長の兆しの見えない落ち着きの無さに全員が溜息を零す。

「文次郎の頑固さと留三郎の負けず嫌いに」

「……もそ、小平太の奔放さが加わった」

 伊作の言葉に長次が続けると、潮江文次郎と食満留三郎は眉間に皺を寄せ、七松小平太が常よりも抑えながら笑い声を零した。
 仙蔵はまだ忍務が終わっていないというのに、どうしてこうも彼女の話になると弛むのかと頭を悩ませる。

「伊作の我の強さと長次の優しさ、それに仙蔵の自信もあるぞ! 私たち六人分の厄介さだ!」

「ちょっと小平太、僕の我の強さってなに!?」

 わははっと小平太の笑い声に伊作の抗議の声が上がるが、伊作が小石に蹴躓いたことでさらに前にいた留三郎を押してしまう形になり、留三郎が転ぶ拍子に文次郎を巻き添えにする。
 巻き込まれた文次郎は留三郎に掴みかかり、留三郎はその喧嘩を買うかたちになるのだが、元凶の伊作は打ち付けた額に若干頭がくらくらとするのか、覇気のない声で喧嘩はやめてよと呟いている。
 小平太が仲裁に、長次が伊作を起き上がらせている中、仙蔵は盛大な溜息を吐いてから手を叩く。

「無駄口はやめだ。それどころではないことは皆も承知のはず。一刻も早く戻り、報告を済ませた後でなら存分にはしゃげ。だが今は、忍務の最中ということを忘れるな」

 懐から宝禄火矢をチラつかせる仙蔵に、文次郎と留三郎は互いの襟首を掴んでいた手を離し、伊作も落ち着いたのか散らばった荷物を纏める。
 仕切り直して学園へと戻る足を早めると、遠くの方で一際大きな音が聞こえてきた。
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