メイン番外編〜シリーズ・茶屋〜
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嘘も方便、とは言えど。 ー開店前②ー
※夢主視点→後半一部、伊作視点。
文次郎の号令で、集まっていた全員が各自担当のブースに戻っていく。それぞれお弁当、お茶、団子等茶菓子と担当が割り当てられていて、皆、準備の大詰めに入っていた。
私だけは、手伝いで来ているという設定上決まった位置にはおらず、適宜手の足りない所のヘルプに回ることになっていた。
「ひまり。今手空いてる?お茶の味、見てもらってもいいかな?」
「うん、いいよ。」
厨房から顔を覗かせた伊作に呼ばれて、私はそちらに行きかけた。伊作は、お茶を提供するブースの担当だった。
「ひまりちゃん。」
「ん、何?タカ丸。」
その途中で、同じくお茶担当のタカ丸に声をかけられる。
「ちょっとさ、話があるんだけど。」
「話?ここじゃ駄目なの?」
「ちょっとだけだから、来て。」
でも…と、チラッと伺うと伊作は遠慮がちに笑った。
「こっちは、大丈夫だから。」
「うん…ごめん。」
「ううん、気にしないで。」
手を振る伊作に、ごめんと顔の前で両手を合わせてから先に立ったタカ丸の後ろについていく。
彼の後から、お店の奥に作られた休憩室に入ると、準備の喧騒が少し遠のいたように感じられた。
振り返ったタカ丸の表情は、怪訝そうだった。
「ひまりちゃんてば、双子だなんて…わざわざ嘘つかなくたっていいんじゃないの?」
「いやーでも、何の関係性も無いのにフラッと手伝いに来る方が変かと思って。…まあ流石に、不審な感じは拭いきれてない気がするけど。」
「…僕の恋人ってことにしたら良かったのに。」
「しーまーせーんー。」
キッパリと断ると、タカ丸はむうっと不満そうに私を見る。それが、小さい子供が拗ねてるみたいで、なんかちょっと可愛いかも?…なんてのんきなことを思っていたら、ズイッと近付かれた。
「…バレたらマズいんだよね?学園で、男装してるって。僕言わないからさ、その代わり…」
「な…何よ。」
「髪結いさせて!アレンジだけ。ね、いいでしょ?」
顔の前で手まで合わせて。一体何を要求されるのかと思っていたから、何だそんなことかと少しホッとする。
「そんなに髪結いしたかったの?分かった、じゃあ、今日だけお願い。」
「やった!任せて、もっと可愛くしてあげる。」
はいはい、と適当に受け流しながら近くの椅子に座る私の後ろに立つタカ丸は、本当に嬉しそうだった。早速、髪を一本に括っていた紐を外してアレンジに取り掛かる。
サイドを編み込みながらまとめた髪に、彼がいくつか持ち歩いているらしい簪の内の一つを刺してくれた。
「…よし、できた!ほら見て、どう?」
流石の手際の良さに感心していると、携帯用の小さい手鏡を渡された。
「うん、流石、やっぱりカリスマ髪結いの息子ね。」
「えへへ、ずっと髪結い修行してたもん。気に入ってくれた?」
「うん。ありがとう。」
…って、正体バラさない交換条件としての髪結いだったっけ。ありがとうっていうか……まあ、いいけど。
複雑な気持ちになりつつ、手鏡の角度を変えて髪を鑑賞していると。
ふと、タカ丸の指が耳に触れて。
「うひあ!?」とそっくり返ったような声が出た。
「…やっぱり。耳、昔から弱いよね。」
「っ、んッ…ちょ、ちょっと!ふっ、くすぐった…や、やめっ…」
「やーだ。ひまりちゃん、かわいーんだもん。」
「いっ、いい加減に…!」
指先で耳たぶを弄られて、全身がぞわぞわする。手にも力が入らなくて、思わず手鏡を取り落としてしまった。幸い割れなかったけど、それを気にする余裕も無く。
「タカ丸さーん?そろそろ準備に戻って下さ、い……?!」
「あ。」
「た、助け、て…!」
くすぐったさに耐えられず、その時丁度タカ丸を呼びに来たらしい四年生の面々が顔を覗かせたので、私は思わず助けを求めていた。
…多分この時の私が、くすぐった過ぎて、顔も赤くて涙目で、息も若干上がっていたから、彼らには盛大に誤解されてしまっていたと思う。タカ丸が。
「タカ丸さん〜〜〜!女性に一体何て事してるんですかッ?!」
「ちょっと待って、誤解だよ滝夜叉丸…」
やや赤い顔で詰め寄る平滝夜叉丸に、タカ丸は慌てて弁解しようとする。
「何がどう誤解なんですかっ。彼女、さっき助けてって言ってましたよねえ?!」
「滝夜叉丸と同じこと言うのは癪ですが、私も確かに聞きましたよ?!」
「三木ヱ門まで…お、落ち着いてよぉ…」
「いいから早くッ、こっち、来て下さいッ!!」
「わっ、ちょっと、引っ張んないでってば!あーひまりちゃんー!」
滝夜叉丸と田村三木ヱ門に両側からホールドされて、タカ丸が悲痛な声を上げながら休憩室の外に強制連行されていく。
「っはあ、もう…」
「だいじょーぶですか?」
気を許したらすぐこれなんだから、とため息を吐く私に、残っていた浜守一郎が心配してくれているのか、声をかけてくる。
「う、うん。…なんか、騒ぎにしちゃったみたいで、ごめんね。」
「いえ、全然!俺たち、いつもこんな感じですから。賑やかなのは慣れてます!な、喜八郎。」
「んー?まあ、守一郎は、そーなんじゃない?」
休憩室の入り口に寄りかかったまま興味なさそうにそう返す綾部喜八郎に、浜が苦笑する。
「相変わらずマイペースだなあ、喜八郎は。…あ、俺、浜守一郎っていいます。よろしくお願いします!」
「あ、うん。よろしくね。」
「あっちが綾部喜八郎、さっきタカ丸さんと一緒に行ったのが平滝夜叉丸と田村三木ヱ門です!俺たち四年生で…」
「う、うん…。」
「守一郎、そんないっぺんに言ったって覚えらんないでしょ。」
「ああそっか。すみませんつい…」
「ううん、いいの。ありがとう。」
大丈夫大丈夫、知ってるから。…などとうっかり言わないように気を付けながら、私は気にしないでと手を振ってみせる。
そろそろ戻らないと文次郎辺りがうるさいだろうな、と私は立ち上がって、休憩室を後にする。浜と綾部も、元々はタカ丸を呼びに来ただけらしいので、同じく部屋を出た。
「タカ丸さんとお知り合いだったんですか?」
歩く途中で、好奇心旺盛らしい浜にそう訊かれ。まあ、その情報くらいならいいかと私は頷く。
「まあ一応…幼馴染っていうか、」
「だから、ひまりちゃんと僕は結婚を前提に付き合ってるの!邪魔しないでよ!」
私の台詞に被るタイミングで、少し行った先でタカ丸がそう叫ぶのが聞こえて。ーーーーーーープチ、ときた私は唖然とした浜と、あまり興味なさそうな綾部とを残して一瞬にして詰め寄り、彼の胸倉を掴んだ。
「…嘘つくのは良くないよねえ、タカ丸君?私、あなたと付き合った覚えないんだけど?」
「ちょ、ひまりちゃん。そんな怒らなくても…」
滝夜叉丸も田村も、私のその勢いに流石にぎょっとしている。
抑えろ抑えろスペックを発揮するな。心の中でそう念じ続けないとタカ丸を一本背負いで投げ飛ばしそうだった。というかむしろ、堪えた私を褒めて欲しい。
すると。「……もそ。」と、聞き慣れた小声が聞こえて。
「ひッ……な、中在家先輩…!!」
「早く準備に戻れ。もそ…」
「すすす、すみませんー!!」
怒っている、……ようにしか見えない長次に注意され、タカ丸含む四年生の五人が慌てて店の方へ走っていく。それを確認すると、長次は私の方に向き直った。
「…ごめん、ありがとう。助けてくれて。」
「……スペックを、」
「分かってる…気を付けるから。」
助け舟を出してくれた長次に苦笑してから、私は。
「……私だって皆に嘘ついてるくせに、タカ丸に偉そうなこと言っちゃったな。」
ぽつりとこぼしてしまった。
そんな私を、長次は髪型を崩さないように気遣いながら頭をポンポンと叩く。
「全員に、ついてる訳ではない。それに、お前の場合は不可抗力だ。」
「…ん。ありがとう、長次。」
怒っている、ように見えるだけで本当は、励ましてくれている。
その思いやりにも、応えるためにやっぱり頑張らなきゃ。私は、気持ちを切り替えた。
「ごめんね、しばらく準備抜けてて。すぐ戻るね。」
「…ひまり。」
「ん、何?」
「……似合ってる。髪。」
「…へへ、ありがと。じゃ、先行ってるね!」
急に褒められて少し照れ臭くなり、私は準備手伝いを口実に彼より先に店へと戻った。
ーーーーーーーだから、褒めた時の長次の耳が赤くなっていたことには、全然気付いていなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
斉藤タカ丸に呼ばれて休憩室に引っ込んでいたひまりが、戻ってきた時のその姿を目にして。一瞬、手が止まった。
ーーーーーーーいつもと違う髪型に。
遠目で、つい、見惚れてしまった。
…火にかけていた急須の湯気が指にかかるまで、気付かないほどに。
「あっっつ!」
「どうした?伊作。」
偶然近くを通りかかった仙蔵に声をかけられて、湯気に襲われた指を耳たぶに当てながら僕は慌てて誤魔化す。
「あ、いや…その、びっくりして。つい。」
「ん?」
「えっと……あの二人、知り合いだったんだね。」
僕と同じ方向に目線を向けた彼は、ああ、と合点したように相槌を打つ。
「あいつら、幼馴染らしいぞ。」
「え、仙蔵、知ってたの?」
「まあ、風の噂でな。」
「…そう。」
驚いて仙蔵の方を振り返っていた僕はもう一度、ひまりのいる方に目を向ける。何があったのかよく分からないけれど、口論している様子の滝夜叉丸、三木ヱ門、タカ丸を彼女が何とか宥めようとしているらしかった。
と、そんな彼女の頭を文次郎が後ろから拳の甲でコンと叩いた。
「何髪で遊んでんだお前、時間ねぇんだぞ?サボってんじゃねえよ。」
「べー、サボってませんー。」
「潮江先輩!折角僕が髪結いしたんですから、崩さないで下さいっ!」
「分ーかったから斉藤も、自分の担当のとこ戻れ!」
一喝されて渋々、という様子でそれぞれが持ち場に戻っていく。ひまりは、開店直後はお弁当を販売するブースのヘルプに回ることになっているため、文次郎と言い合いつつもそちらの方へ向かっていった。
「そろそろ開店するぞー!」
掛け声に合わせるように、店の入り口に暖簾が出され、のぼりが外に掲げられる。
人の往来が多くある街道だけあって、早速何人かお客さんが顔を覗かせていた。
「いらっしゃいませー、お弁当いかがですか?」
お弁当を買おうか、迷っている様子のお客さんにひまりは笑顔で勧めている。
「伊作先輩、お客様ご案内してきますね!」
「あ、うん。お願い。」
乱太郎に声をかけられて、ハッと我に返る。いけない、僕も仕事しなきゃ。
学園長先生から無茶振りされても、それを一所懸命にこなそうとする彼女に負けないように。僕も声を張った。
やるからには、全力で。
「いらっしゃいませ!」
※夢主視点→後半一部、伊作視点。
文次郎の号令で、集まっていた全員が各自担当のブースに戻っていく。それぞれお弁当、お茶、団子等茶菓子と担当が割り当てられていて、皆、準備の大詰めに入っていた。
私だけは、手伝いで来ているという設定上決まった位置にはおらず、適宜手の足りない所のヘルプに回ることになっていた。
「ひまり。今手空いてる?お茶の味、見てもらってもいいかな?」
「うん、いいよ。」
厨房から顔を覗かせた伊作に呼ばれて、私はそちらに行きかけた。伊作は、お茶を提供するブースの担当だった。
「ひまりちゃん。」
「ん、何?タカ丸。」
その途中で、同じくお茶担当のタカ丸に声をかけられる。
「ちょっとさ、話があるんだけど。」
「話?ここじゃ駄目なの?」
「ちょっとだけだから、来て。」
でも…と、チラッと伺うと伊作は遠慮がちに笑った。
「こっちは、大丈夫だから。」
「うん…ごめん。」
「ううん、気にしないで。」
手を振る伊作に、ごめんと顔の前で両手を合わせてから先に立ったタカ丸の後ろについていく。
彼の後から、お店の奥に作られた休憩室に入ると、準備の喧騒が少し遠のいたように感じられた。
振り返ったタカ丸の表情は、怪訝そうだった。
「ひまりちゃんてば、双子だなんて…わざわざ嘘つかなくたっていいんじゃないの?」
「いやーでも、何の関係性も無いのにフラッと手伝いに来る方が変かと思って。…まあ流石に、不審な感じは拭いきれてない気がするけど。」
「…僕の恋人ってことにしたら良かったのに。」
「しーまーせーんー。」
キッパリと断ると、タカ丸はむうっと不満そうに私を見る。それが、小さい子供が拗ねてるみたいで、なんかちょっと可愛いかも?…なんてのんきなことを思っていたら、ズイッと近付かれた。
「…バレたらマズいんだよね?学園で、男装してるって。僕言わないからさ、その代わり…」
「な…何よ。」
「髪結いさせて!アレンジだけ。ね、いいでしょ?」
顔の前で手まで合わせて。一体何を要求されるのかと思っていたから、何だそんなことかと少しホッとする。
「そんなに髪結いしたかったの?分かった、じゃあ、今日だけお願い。」
「やった!任せて、もっと可愛くしてあげる。」
はいはい、と適当に受け流しながら近くの椅子に座る私の後ろに立つタカ丸は、本当に嬉しそうだった。早速、髪を一本に括っていた紐を外してアレンジに取り掛かる。
サイドを編み込みながらまとめた髪に、彼がいくつか持ち歩いているらしい簪の内の一つを刺してくれた。
「…よし、できた!ほら見て、どう?」
流石の手際の良さに感心していると、携帯用の小さい手鏡を渡された。
「うん、流石、やっぱりカリスマ髪結いの息子ね。」
「えへへ、ずっと髪結い修行してたもん。気に入ってくれた?」
「うん。ありがとう。」
…って、正体バラさない交換条件としての髪結いだったっけ。ありがとうっていうか……まあ、いいけど。
複雑な気持ちになりつつ、手鏡の角度を変えて髪を鑑賞していると。
ふと、タカ丸の指が耳に触れて。
「うひあ!?」とそっくり返ったような声が出た。
「…やっぱり。耳、昔から弱いよね。」
「っ、んッ…ちょ、ちょっと!ふっ、くすぐった…や、やめっ…」
「やーだ。ひまりちゃん、かわいーんだもん。」
「いっ、いい加減に…!」
指先で耳たぶを弄られて、全身がぞわぞわする。手にも力が入らなくて、思わず手鏡を取り落としてしまった。幸い割れなかったけど、それを気にする余裕も無く。
「タカ丸さーん?そろそろ準備に戻って下さ、い……?!」
「あ。」
「た、助け、て…!」
くすぐったさに耐えられず、その時丁度タカ丸を呼びに来たらしい四年生の面々が顔を覗かせたので、私は思わず助けを求めていた。
…多分この時の私が、くすぐった過ぎて、顔も赤くて涙目で、息も若干上がっていたから、彼らには盛大に誤解されてしまっていたと思う。タカ丸が。
「タカ丸さん〜〜〜!女性に一体何て事してるんですかッ?!」
「ちょっと待って、誤解だよ滝夜叉丸…」
やや赤い顔で詰め寄る平滝夜叉丸に、タカ丸は慌てて弁解しようとする。
「何がどう誤解なんですかっ。彼女、さっき助けてって言ってましたよねえ?!」
「滝夜叉丸と同じこと言うのは癪ですが、私も確かに聞きましたよ?!」
「三木ヱ門まで…お、落ち着いてよぉ…」
「いいから早くッ、こっち、来て下さいッ!!」
「わっ、ちょっと、引っ張んないでってば!あーひまりちゃんー!」
滝夜叉丸と田村三木ヱ門に両側からホールドされて、タカ丸が悲痛な声を上げながら休憩室の外に強制連行されていく。
「っはあ、もう…」
「だいじょーぶですか?」
気を許したらすぐこれなんだから、とため息を吐く私に、残っていた浜守一郎が心配してくれているのか、声をかけてくる。
「う、うん。…なんか、騒ぎにしちゃったみたいで、ごめんね。」
「いえ、全然!俺たち、いつもこんな感じですから。賑やかなのは慣れてます!な、喜八郎。」
「んー?まあ、守一郎は、そーなんじゃない?」
休憩室の入り口に寄りかかったまま興味なさそうにそう返す綾部喜八郎に、浜が苦笑する。
「相変わらずマイペースだなあ、喜八郎は。…あ、俺、浜守一郎っていいます。よろしくお願いします!」
「あ、うん。よろしくね。」
「あっちが綾部喜八郎、さっきタカ丸さんと一緒に行ったのが平滝夜叉丸と田村三木ヱ門です!俺たち四年生で…」
「う、うん…。」
「守一郎、そんないっぺんに言ったって覚えらんないでしょ。」
「ああそっか。すみませんつい…」
「ううん、いいの。ありがとう。」
大丈夫大丈夫、知ってるから。…などとうっかり言わないように気を付けながら、私は気にしないでと手を振ってみせる。
そろそろ戻らないと文次郎辺りがうるさいだろうな、と私は立ち上がって、休憩室を後にする。浜と綾部も、元々はタカ丸を呼びに来ただけらしいので、同じく部屋を出た。
「タカ丸さんとお知り合いだったんですか?」
歩く途中で、好奇心旺盛らしい浜にそう訊かれ。まあ、その情報くらいならいいかと私は頷く。
「まあ一応…幼馴染っていうか、」
「だから、ひまりちゃんと僕は結婚を前提に付き合ってるの!邪魔しないでよ!」
私の台詞に被るタイミングで、少し行った先でタカ丸がそう叫ぶのが聞こえて。ーーーーーーープチ、ときた私は唖然とした浜と、あまり興味なさそうな綾部とを残して一瞬にして詰め寄り、彼の胸倉を掴んだ。
「…嘘つくのは良くないよねえ、タカ丸君?私、あなたと付き合った覚えないんだけど?」
「ちょ、ひまりちゃん。そんな怒らなくても…」
滝夜叉丸も田村も、私のその勢いに流石にぎょっとしている。
抑えろ抑えろスペックを発揮するな。心の中でそう念じ続けないとタカ丸を一本背負いで投げ飛ばしそうだった。というかむしろ、堪えた私を褒めて欲しい。
すると。「……もそ。」と、聞き慣れた小声が聞こえて。
「ひッ……な、中在家先輩…!!」
「早く準備に戻れ。もそ…」
「すすす、すみませんー!!」
怒っている、……ようにしか見えない長次に注意され、タカ丸含む四年生の五人が慌てて店の方へ走っていく。それを確認すると、長次は私の方に向き直った。
「…ごめん、ありがとう。助けてくれて。」
「……スペックを、」
「分かってる…気を付けるから。」
助け舟を出してくれた長次に苦笑してから、私は。
「……私だって皆に嘘ついてるくせに、タカ丸に偉そうなこと言っちゃったな。」
ぽつりとこぼしてしまった。
そんな私を、長次は髪型を崩さないように気遣いながら頭をポンポンと叩く。
「全員に、ついてる訳ではない。それに、お前の場合は不可抗力だ。」
「…ん。ありがとう、長次。」
怒っている、ように見えるだけで本当は、励ましてくれている。
その思いやりにも、応えるためにやっぱり頑張らなきゃ。私は、気持ちを切り替えた。
「ごめんね、しばらく準備抜けてて。すぐ戻るね。」
「…ひまり。」
「ん、何?」
「……似合ってる。髪。」
「…へへ、ありがと。じゃ、先行ってるね!」
急に褒められて少し照れ臭くなり、私は準備手伝いを口実に彼より先に店へと戻った。
ーーーーーーーだから、褒めた時の長次の耳が赤くなっていたことには、全然気付いていなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
斉藤タカ丸に呼ばれて休憩室に引っ込んでいたひまりが、戻ってきた時のその姿を目にして。一瞬、手が止まった。
ーーーーーーーいつもと違う髪型に。
遠目で、つい、見惚れてしまった。
…火にかけていた急須の湯気が指にかかるまで、気付かないほどに。
「あっっつ!」
「どうした?伊作。」
偶然近くを通りかかった仙蔵に声をかけられて、湯気に襲われた指を耳たぶに当てながら僕は慌てて誤魔化す。
「あ、いや…その、びっくりして。つい。」
「ん?」
「えっと……あの二人、知り合いだったんだね。」
僕と同じ方向に目線を向けた彼は、ああ、と合点したように相槌を打つ。
「あいつら、幼馴染らしいぞ。」
「え、仙蔵、知ってたの?」
「まあ、風の噂でな。」
「…そう。」
驚いて仙蔵の方を振り返っていた僕はもう一度、ひまりのいる方に目を向ける。何があったのかよく分からないけれど、口論している様子の滝夜叉丸、三木ヱ門、タカ丸を彼女が何とか宥めようとしているらしかった。
と、そんな彼女の頭を文次郎が後ろから拳の甲でコンと叩いた。
「何髪で遊んでんだお前、時間ねぇんだぞ?サボってんじゃねえよ。」
「べー、サボってませんー。」
「潮江先輩!折角僕が髪結いしたんですから、崩さないで下さいっ!」
「分ーかったから斉藤も、自分の担当のとこ戻れ!」
一喝されて渋々、という様子でそれぞれが持ち場に戻っていく。ひまりは、開店直後はお弁当を販売するブースのヘルプに回ることになっているため、文次郎と言い合いつつもそちらの方へ向かっていった。
「そろそろ開店するぞー!」
掛け声に合わせるように、店の入り口に暖簾が出され、のぼりが外に掲げられる。
人の往来が多くある街道だけあって、早速何人かお客さんが顔を覗かせていた。
「いらっしゃいませー、お弁当いかがですか?」
お弁当を買おうか、迷っている様子のお客さんにひまりは笑顔で勧めている。
「伊作先輩、お客様ご案内してきますね!」
「あ、うん。お願い。」
乱太郎に声をかけられて、ハッと我に返る。いけない、僕も仕事しなきゃ。
学園長先生から無茶振りされても、それを一所懸命にこなそうとする彼女に負けないように。僕も声を張った。
やるからには、全力で。
「いらっしゃいませ!」