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バレンタインエピソード(2022)
『その口実は、きっと甘い。』
※一年生の年のバレンタインの話。
※現代日本の文化が逆輸入した室町時代後期の設定でお送りいたしております。
※ほのぼの切ない。一部ギャグあり。
伊作が、くの一教室の女の子に告白された、とか何とか。
そんな噂話を耳にしてから、もう三ヶ月くらいが経とうとしている。
伊作はその子と、今も付き合っているのだろうか。
……今日のバレンタイン、その子からチョコを貰うのかな。
いざとなると臆病になってしまって、当事者にも、或いは周りにも真相を訊くことができずに時間だけが経ってしまっていた。
積極的に渡す勇気も無いくせに、つい、用意してしまったチョコの包み。
それを手に、登った屋根の上でぼーっとしていると、遠目に、仙蔵が歩いているのが見えて。
すると、その後ろからくのたまの子が追いかけていった。
「あっあの!立花君、これ……受け取ってくださいっ」
呼び止められた仙蔵は、その子から差し出された包みを受け取ると、
「ありがとう。」
と、完璧スマイルを見せてお礼を述べていた。
流石だなあ……と、感心して見ている内にチョコを渡した女の子が真っ赤になって走り去っていく。
「七松うぅうううううう!!!あんたほんといい加減にしなさいよ!!!」
「誰が食べて良いって言ったのよ!!返しなさいよ私たちが作ったチョコ!!」
そうかと思えば、遠く別の場所では、手作りチョコのつまみ食いがバレて女子たちに鬼の形相で追いかけられる小平太が、必死で逃げている光景が広がっていたり。
……小平太の場合、つまみ食いの域を遥かに超えて最早、窃盗だもんな。小平太は死にそうな顔で逃げているけれど、自業自得だ。
因みに、どうして私が今手に持っているチョコは無事なのかというと、これは作ったんじゃなくて、外でこっそり買ってきたものだから。
食堂でバレンタインのチョコを作る会が催されていたのは知っていたし、楽しそうだな、とは思ったけれど、私はどうしてもその輪に参加することができなかった。
大体、渡すかどうかも怪しいのに一人で勝手に盛り上がって手作りを作るなんて、何だか気恥ずかしくて。相手だって、喜ぶかどうか分からないのに。
……それに、私じゃなくても誰か別の子から貰うかもしれないし。
そう思ったら、渡さなかった時のことを考えると、あげる用として作ったチョコを最終的に自分が食べる、というのは独特の切なさがあってそれだけは避けたいような気がして。買ったものなら、まだ、自分へのご褒美、みたいな言い訳ができると思って。…我ながら情けないけど。
それでも渡す用にしっかりラッピングされたそれを、手にしたまま私はまたため息をついていた。
「ーーーーーーーひまり?何してるんだい、そんな所で。」
声をかけられて我に返ると、下の方から、伊作がこちらを見上げていた。ドキ、と心の臓が跳ねる。
「べ、別にっ、何でもない…。」
慌てて包みを隠す。…本当は密かにずっと探していた、なんて口が裂けても言えない。歩いて探し回るほどの勇気もないくせに。貰って、って言って渡せないくせに。
自分に呆れていると、くしゃみをしてしまった。最悪だ。伊作が、優しく笑っている。
「ほら、風邪ひいちゃうよ。降りてきなよ。」
「ん…」
仕方なく、屋根から降りて伊作が立っている側に着地する。
「鼻先、赤いね。いつからあそこにいたの?」
「うるさいなぁ、もう。ほっといてよ…何となく登りたくなっただけだし。」
「もう、ひまりってば。…あ、そうだ。これ貸してあげるよ。ちょっと待ってね。」
防寒用に羽織っていたらしいはんてんを私に貸そうとしてくれているのか、肩から外す伊作。ーーーーーーーでも私は、その手にある、既に誰かから貰ったらしい包みに気付いてしまって。
ズキン、と痛む胸。予想はつけていたはずなのに、いざ本当に目にするとこんなにも痛いのか。
誰からなんだろう。告白してきた子かな、それとも、今付き合ってる子?そもそも、本命?義理?
気になって仕方ないのに。
気にしてない、なんて意地を張って。
何も意識なんか全然してないみたいに、そして本当に何でもないことのように、渡されたはんてんを受け取る。
「ありがと。借りるね。」
「うん。……そういえばさ、今日、バレンタインだよね。」
肩に羽織ると、伊作の匂いがかすかにする。それと同時に、不意にその話題に触れられて。
心の臓は、ドキドキ鳴りっぱなしだ。
鼻先だけじゃなく顔全体、赤くなってないだろうか。
「そう、だね。」
「ひまりはもう、誰かにあげたの?」
そう言う伊作は、それを誰から貰ったの?
…いや、気にしてない気にしてない。
「……あげてない。」
「そうなんだ。」
「というか、喜ぶかどうか分かんないし。」
「そうかなぁ。貰ったら、誰だって嬉しいと思うけどなぁ。」
「…い、伊作こそ、もう誰かから貰ってるんじゃない。それ。」
あ、私の馬鹿。言葉に詰まって、咄嗟に振った話題が気にしてないはずの"それ"なんて。
次の言葉を聞くのが怖いのに。
「え?ああ、これは全員に配られてる分だから。」
…何だ、そうだったのか。義理チョコだと分かって、少し安堵する。
「…それに僕、欲しいなって思ってる人からはまだ貰ってないんだよね。今日、ずっと会えなくて。もしかしたら用意されてない、…とかね。でも僕不運だからありえそう、なんて。あはは…」
「…私が代わりに、あげようか?」
そんな提案を、してしまっていた。我ながら随分と上から目線な、と思ったけれど。
伊作は、弱く笑っていた顔を驚かせて、私を見た。
「えっ…いいの?」
「私じゃ、嬉しくないかもしれないけど。」
「そんなことないよ、嬉しいよ。言ったじゃないか、貰ったら嬉しくない奴なんかいないって。……ひまりなら、尚更嬉しい…」
「ん?何か言った?」
「あぁいや、何でもない!」
さっき隠した包みをそっと取り出すタイミングだったので、伊作が何か呟いてたのを聞き逃した。訊き返しても、慌てて首を横に振るだけで何故か誤魔化されてしまった。
「…でも、本当にいいの?誰かにあげるんだったんじゃ…」
「別に、予定してたわけじゃないから。…買ったものだけど、どうぞ。」
せめて、笑顔で渡せないのか。素直になれない自分が、つくづく嫌になる。
それでも、伊作は本当に嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとう。大事に食べるよ。」
「いや、だからそれ、作ったやつじゃないから…。ある意味、味の保証はあるけども。」
「それでも、ひまりがくれたものだから僕、すごく嬉しいよ……あっ。」
「……ん?」
私がくれたものだから、嬉しい?
その言葉に、思考を巡らせる。
言葉を発した伊作自身も、何故だか顔を赤くして、どこか焦っているように次の言葉を探している。
「ねえ、伊作。それってどういう…」
「あーーー!!伊作のやつ、ひまりからチョコ貰ってるぞ!!」
よく分からなくて訊き出そうとした、その矢先。近くの茂みから喚く声と共に姿を現したのは、追いかけてくる女子を何とか振り切った様子の小平太。
驚いて、伊作と一緒にそちらを振り返る。
すると、声を聞きつけたのか何だ何だといつものうるさい連中が集まってきて。
「何だとぉお?!伊作っ、忍者の三禁を忘れたのかあ?!」
「文次郎、仙蔵も既に五個貰ってるの知らないのか?全員共通で食堂のおばちゃんから貰ったやつ除いて。」
「なっ…?!どいつもこいつも、浮き足立ちやがって…!!」
留三郎の補足情報に、文次郎が目をひん剥く。留三郎はそれを適当に無視して、私に向き直った。
「というかひまり、伊作にだけ用意して、俺たちには何もナシってことか?」
「ほう。それは見過ごせないな。」
「ずるいぞー!伊作だけ贔屓だー!」
「…私も欲しい。」
仙蔵、小平太、長次まで続けて。ぶーぶー、とブーイングが始まり、私は慌てて弁解する。
「いっ、伊作にはいつもお世話になってるから、そのお礼だもん!」
「へえー、ふうん?綺麗にラッピングもしたチョコを、ねえ?」
「だからこれはっ…」
留三郎に、どこか分かったふうにニヤニヤと指摘されて、言い返そうとした時。
「もう皆、いい加減にしなよ。ひまりは優しいから、たまたま、僕にくれただけなんだよ。ね、ひまり?」
伊作の執り成すような、その言葉に。
ーーーーーーー涙が滲みかけた。
「……そうだよっ!」
それを見られたくなくて。叫んで、走ってその場から離れてしまった。
木陰に身を隠し、膝を抱えて堪えきれなかった涙を何とか止めようと鼻を啜っていると。気配で、誰かが近付くのを感じた。
「……ひまり。」
長次の、落ち着いた静かな声が呼びかける。でも私は、身を強ばらせて、顔も上げないで。
「皆なんか、嫌いだもん。」
「……すまん。」
「長次も嫌い。文次郎も、仙蔵も、小平太も、留三郎も、みんなみんな嫌いっ…!」
「……ごめん。」
「…伊作のばかぁ…!」
止めようと思っていたのに、また、泣いてしまった。
どうして、たまたまくれた、なんて。
伊作だから、あげるのに。
伊作だから、好きなのに。
渡せて良かったはずなのに。
心が、こんなにもキツい。
どうせ後できっと、私なんかより可愛い、ずっとずっと素直な女の子から貰うに決まってるんだ。
私の隣に、長次がしゃがんできた。
「ごめん、ひまり。私たちが悪かった。悪ノリが過ぎた。…泣かないで。」
「……ごめん。」
「え?」
「嫌いだなんて酷いこと言っちゃった。私、やな奴だ…。」
ヤケを起こした勢いで、友達に暴言を吐くなんて。こんなんじゃ、…伊作にだって本当に嫌われちゃうのに。
制服の袖で涙を拭っていると、長次が、そっと頭を撫でてきて。思わずそちらを振り返ると、彼の優しい目が、慰めるように私を見つめていた。
「私は、ひまりの笑った顔が好きだ。」
「…?」
「ちゃんと謝る所も。だから、自分のことやな奴だなんて、言わないでいい。」
「長次…」
「人間そういう時だってある。だから、気にしなくていい。私は謝りに来たんだから。」
ふっと綻ぶ、優しい顔。「…ありがとう」と、掠れた声で呟く私に、彼はぽんぽん、と軽く頭を叩く。
目尻に残った涙を拭っていると、仙蔵が追いかけてくる声がした。
「おーい、長次!こんな所にいたのか、ちょっと来てくれ!」
「どうした?仙蔵。」
「小平太と伊作が、大喧嘩を始めてしまって。お前も二人を止めるの、手伝ってくれ。」
その台詞に、涙が完全に引っ込んでしまった。
「け、喧嘩って、何で?!」
驚いて思わず訊くと、仙蔵は呆れたように肩をすくめた。呆れたのは、私に対して、ではないらしい。
「いや、お前がさっき伊作にあげたチョコを、小平太が横から勝手に取って食べたのが原因でな。伊作が怒って揉み合う内に、顔に手が当たったか何かで小平太の方も手が出て、そこから取っ組み合いになってしまって。」
「…!それ、早く言ってよ!」
私は叫んで、長次たちよりも先に駆け出していた。
ーーーーーーー取っ組み合いの喧嘩、なんて。
たかだかチョコ一個くらいで、何でそんな馬鹿なことになるのよ!
さっきいた場所まで戻ると、小平太と伊作が、それぞれ文次郎と留三郎に殆ど羽交い締めの状態で抑えられながらもお互いを睨みつけていて。
「伊作!小平太!今すぐ喧嘩やめないと、宝碌火矢投げるわよ!!」
「…!」
「ひまり…っ」
「おいお前、俺たちもいるんだぞ?!巻き込むつもりか!」
「うるさいっ!文次郎ちょっと黙ってて!」
「なっ…!」
「小平太、伊作。ちょっとそこ座りなさい。…三秒以内に座らないと宝碌火矢。」
本当に宝碌火矢をチラつかせると、該当者二人は慌てて私の前に並んで正座した。その時には長次と仙蔵も追いついていて、二人が顔を見合わせて肩を竦めているのが見える。私はそれには構わず、ブスッとしている小平太にまず声をかけた。
「小平太。これは私があげたからとかいう話じゃなくてそもそも一般論として、人のものを勝手に取って食べちゃ駄目でしょ?大体あんた、さんざんつまみ食いしてた癖にまだ食べる気だったの?」
「…だって、伊作ばっかずるい…」
…子供か。……いや、元々子供だわ。バリバリの十歳児。
呆れながら私は、今度は伊作の方に向き直る。
「伊作も伊作よ。チョコくらいで、あそこまで怒ることないじゃない。」
「…だって、僕が折角、ひまりから貰ったのに…」
こちらも、珍しく不貞腐れたように口を尖らせる表情を見せる。
……見たことない、そんな顔を見たら。なんだか、さっきまで泣いてたのが嘘みたいに、可笑しくなってきた。
「…もう、分かったわよ。みんなの分用意すればいいんでしょ?一日遅れにはなっちゃうけど、明日買ってくるから。」
俯いていた目の前の二人が、驚いたように顔を上げる。
「その代わり全員分なんだから、一人分が小さくなっても文句言わないのよ?」
「おっ、全員分ってことは俺たちもか?やった、ラッキー。」
その提案を聞いた留三郎が、指を鳴らす。その横で、文次郎はそっぽを向いていた。
「お…俺は別に、欲しいなんて言ってねーからな?」
「あっそ。じゃあ、文次郎だけナシね。一人分浮くから助かるわ。」
「なっ…貰わねえとは言ってねぇだろ!」
どうせ後々が面倒そうなので、文次郎も一応用意してやるか、と考えながら。私はさっきまで泣いていたことなんて、もうすっかり忘れたような気分になってしまっていた。
一日遅れでも、チョコが確約されたことに機嫌を良くした小平太や留三郎たちがガヤガヤと校舎の方に戻るのを、少し後ろから控えめについていく伊作に、私はそっと耳打ちする。
君の言葉一つで、行動一つで、私は落ち込んだり、嬉しくなったり。
なんだか振り回されているようで、悔しくなるけれど。
「…伊作がそんなに欲張りだなんて知らなかったなあ。」
「っ、もうっ、ひまり…!」
「ふふ、冗談だよ。」
その困ったような赤い顔で、全部チャラにしてあげる。
だから義理だなんて口実だけれど、他に誰かから貰っても、それでもいいから。…来年からも、渡させてね。
ーーーーーーーと、心の中でそっと呟いた。
※おまけ・同室組の会話
①文次郎&仙蔵
「…俺、ずっと気になってることがあるんだけどよ。」
「何だ、藪から棒に。」
「…………あいつ、伊作のこと好きだよな?」
「急に何かと思えば、今更なことを。」
「お前、気付いてたのか?」
「少なくとも、お前よりは前から。うっかり茶化したりするなよ、またもっぱんを投げられるぞ?」
「?!また、って、お前何で知ってるんだよ?!」
「さあ、何でだろうな。」
「あっ、おい!ちょっと待てって!」
(ーーーーーーー彼女のその目線の先を知った時、一方自分は果たして、自身の気持ちに気付いていたのかどうか。)
②小平太&長次
「なあ長次、ひまりのこと好きか?」
「……それは、どういう類の"好き"の意味で?」
「私は、ひまりが好きだぞ!良い奴だからな!」
「……訊いたんじゃなかったのか。」
「勿論、訊いてるんだぞ。長次は、どうなんだ?」
「……嫌いではない。……好き、だとしたら、友達として、だと思う。」
「なんだ、じゃあ私と一緒だな!」
「どうして急に、そんなことを訊く?」
「好き、ってなんなんだろうなーって思って。私だけなのかと思ってたから、長次と同じで、少し安心したぞ!」
「……同じかどうかは、分からないと思うけど。」
「そんな、細かいことは気にするなって!」
(ーーーーーーー自分が最初にこの気持ちに気付いた時には、彼女はもう、自分じゃない別の相手に心を寄せていた。)
③留三郎&伊作
「伊作、お前ひまりのこと好きだろ。」
「なっ、急に何言い出すんだよ…?!」
「道理で、こないだ女の子に告られたのにフった訳だ。」
「いや、あれは単純に、僕と付き合ったら不運が移るから、ごめんねって言っただけで…。」
「じゃあ、ひまりとは付き合わないのか?」
「だから、何でそこでひまりが出てくるんだよ…?」
「まあ、そうだよな。あんな女っ気も可愛げもねえ、ガサツで怒ると手がつけられないような奴なんか、付き合いたくは…」
「留三郎っ!ひまりのこと悪く言うんなら怒るよ!?それに、ひまりはちゃんと女の子だし優しいし、笑ったらすごく可愛い………あ!」
「今の、本人に聞かせてやりてぇもんだな。」
「い、言わないで!内緒にしてて、お願い…!」
「…はあ、全く。そんなんじゃいつまで経っても進展しねーだろ。」
(ーーーーーーーこのままでいるつもりならいっそ、自分が言ってしまおうかなんて。いつもそんな冗談を頭の中で繰り返してしまうばかりなんだ。)
後書き。
拙宅伊作氏、語るに落ちるタイプのようです。
因みに事の真相は、
告白されて一度断った後、そんなの気にしないからと女の子に強引に押し通され、伊作も断りきれないまま一旦付き合うことになる→直後、すぐに積極的に手を繋いだりしてくる彼女に内心あまりいい思いはしていなかったものの、傷付けるのも気が引けて我慢していた→ところが一刻も経たないうちに穴に落ちたり物が飛んできたり転んだりしてしまい、幸い怪我を負うことはなかったが伊作の不運を身を以て知った彼女の方から「ごめん、やっぱやめとく」とフラれてしまう
という。
エピソード自体が不運でごめんな…。
無限胃袋・小平太は書いてて面白かったです。笑
一年生の時点では、クール優等生街道まっしぐらな仙蔵が一番人気のようですね。周りより大人っぽい奴がモテる法則。管理人個人的には長次の優しさにも一票入れたい。
『その口実は、きっと甘い。』
※一年生の年のバレンタインの話。
※現代日本の文化が逆輸入した室町時代後期の設定でお送りいたしております。
※ほのぼの切ない。一部ギャグあり。
伊作が、くの一教室の女の子に告白された、とか何とか。
そんな噂話を耳にしてから、もう三ヶ月くらいが経とうとしている。
伊作はその子と、今も付き合っているのだろうか。
……今日のバレンタイン、その子からチョコを貰うのかな。
いざとなると臆病になってしまって、当事者にも、或いは周りにも真相を訊くことができずに時間だけが経ってしまっていた。
積極的に渡す勇気も無いくせに、つい、用意してしまったチョコの包み。
それを手に、登った屋根の上でぼーっとしていると、遠目に、仙蔵が歩いているのが見えて。
すると、その後ろからくのたまの子が追いかけていった。
「あっあの!立花君、これ……受け取ってくださいっ」
呼び止められた仙蔵は、その子から差し出された包みを受け取ると、
「ありがとう。」
と、完璧スマイルを見せてお礼を述べていた。
流石だなあ……と、感心して見ている内にチョコを渡した女の子が真っ赤になって走り去っていく。
「七松うぅうううううう!!!あんたほんといい加減にしなさいよ!!!」
「誰が食べて良いって言ったのよ!!返しなさいよ私たちが作ったチョコ!!」
そうかと思えば、遠く別の場所では、手作りチョコのつまみ食いがバレて女子たちに鬼の形相で追いかけられる小平太が、必死で逃げている光景が広がっていたり。
……小平太の場合、つまみ食いの域を遥かに超えて最早、窃盗だもんな。小平太は死にそうな顔で逃げているけれど、自業自得だ。
因みに、どうして私が今手に持っているチョコは無事なのかというと、これは作ったんじゃなくて、外でこっそり買ってきたものだから。
食堂でバレンタインのチョコを作る会が催されていたのは知っていたし、楽しそうだな、とは思ったけれど、私はどうしてもその輪に参加することができなかった。
大体、渡すかどうかも怪しいのに一人で勝手に盛り上がって手作りを作るなんて、何だか気恥ずかしくて。相手だって、喜ぶかどうか分からないのに。
……それに、私じゃなくても誰か別の子から貰うかもしれないし。
そう思ったら、渡さなかった時のことを考えると、あげる用として作ったチョコを最終的に自分が食べる、というのは独特の切なさがあってそれだけは避けたいような気がして。買ったものなら、まだ、自分へのご褒美、みたいな言い訳ができると思って。…我ながら情けないけど。
それでも渡す用にしっかりラッピングされたそれを、手にしたまま私はまたため息をついていた。
「ーーーーーーーひまり?何してるんだい、そんな所で。」
声をかけられて我に返ると、下の方から、伊作がこちらを見上げていた。ドキ、と心の臓が跳ねる。
「べ、別にっ、何でもない…。」
慌てて包みを隠す。…本当は密かにずっと探していた、なんて口が裂けても言えない。歩いて探し回るほどの勇気もないくせに。貰って、って言って渡せないくせに。
自分に呆れていると、くしゃみをしてしまった。最悪だ。伊作が、優しく笑っている。
「ほら、風邪ひいちゃうよ。降りてきなよ。」
「ん…」
仕方なく、屋根から降りて伊作が立っている側に着地する。
「鼻先、赤いね。いつからあそこにいたの?」
「うるさいなぁ、もう。ほっといてよ…何となく登りたくなっただけだし。」
「もう、ひまりってば。…あ、そうだ。これ貸してあげるよ。ちょっと待ってね。」
防寒用に羽織っていたらしいはんてんを私に貸そうとしてくれているのか、肩から外す伊作。ーーーーーーーでも私は、その手にある、既に誰かから貰ったらしい包みに気付いてしまって。
ズキン、と痛む胸。予想はつけていたはずなのに、いざ本当に目にするとこんなにも痛いのか。
誰からなんだろう。告白してきた子かな、それとも、今付き合ってる子?そもそも、本命?義理?
気になって仕方ないのに。
気にしてない、なんて意地を張って。
何も意識なんか全然してないみたいに、そして本当に何でもないことのように、渡されたはんてんを受け取る。
「ありがと。借りるね。」
「うん。……そういえばさ、今日、バレンタインだよね。」
肩に羽織ると、伊作の匂いがかすかにする。それと同時に、不意にその話題に触れられて。
心の臓は、ドキドキ鳴りっぱなしだ。
鼻先だけじゃなく顔全体、赤くなってないだろうか。
「そう、だね。」
「ひまりはもう、誰かにあげたの?」
そう言う伊作は、それを誰から貰ったの?
…いや、気にしてない気にしてない。
「……あげてない。」
「そうなんだ。」
「というか、喜ぶかどうか分かんないし。」
「そうかなぁ。貰ったら、誰だって嬉しいと思うけどなぁ。」
「…い、伊作こそ、もう誰かから貰ってるんじゃない。それ。」
あ、私の馬鹿。言葉に詰まって、咄嗟に振った話題が気にしてないはずの"それ"なんて。
次の言葉を聞くのが怖いのに。
「え?ああ、これは全員に配られてる分だから。」
…何だ、そうだったのか。義理チョコだと分かって、少し安堵する。
「…それに僕、欲しいなって思ってる人からはまだ貰ってないんだよね。今日、ずっと会えなくて。もしかしたら用意されてない、…とかね。でも僕不運だからありえそう、なんて。あはは…」
「…私が代わりに、あげようか?」
そんな提案を、してしまっていた。我ながら随分と上から目線な、と思ったけれど。
伊作は、弱く笑っていた顔を驚かせて、私を見た。
「えっ…いいの?」
「私じゃ、嬉しくないかもしれないけど。」
「そんなことないよ、嬉しいよ。言ったじゃないか、貰ったら嬉しくない奴なんかいないって。……ひまりなら、尚更嬉しい…」
「ん?何か言った?」
「あぁいや、何でもない!」
さっき隠した包みをそっと取り出すタイミングだったので、伊作が何か呟いてたのを聞き逃した。訊き返しても、慌てて首を横に振るだけで何故か誤魔化されてしまった。
「…でも、本当にいいの?誰かにあげるんだったんじゃ…」
「別に、予定してたわけじゃないから。…買ったものだけど、どうぞ。」
せめて、笑顔で渡せないのか。素直になれない自分が、つくづく嫌になる。
それでも、伊作は本当に嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとう。大事に食べるよ。」
「いや、だからそれ、作ったやつじゃないから…。ある意味、味の保証はあるけども。」
「それでも、ひまりがくれたものだから僕、すごく嬉しいよ……あっ。」
「……ん?」
私がくれたものだから、嬉しい?
その言葉に、思考を巡らせる。
言葉を発した伊作自身も、何故だか顔を赤くして、どこか焦っているように次の言葉を探している。
「ねえ、伊作。それってどういう…」
「あーーー!!伊作のやつ、ひまりからチョコ貰ってるぞ!!」
よく分からなくて訊き出そうとした、その矢先。近くの茂みから喚く声と共に姿を現したのは、追いかけてくる女子を何とか振り切った様子の小平太。
驚いて、伊作と一緒にそちらを振り返る。
すると、声を聞きつけたのか何だ何だといつものうるさい連中が集まってきて。
「何だとぉお?!伊作っ、忍者の三禁を忘れたのかあ?!」
「文次郎、仙蔵も既に五個貰ってるの知らないのか?全員共通で食堂のおばちゃんから貰ったやつ除いて。」
「なっ…?!どいつもこいつも、浮き足立ちやがって…!!」
留三郎の補足情報に、文次郎が目をひん剥く。留三郎はそれを適当に無視して、私に向き直った。
「というかひまり、伊作にだけ用意して、俺たちには何もナシってことか?」
「ほう。それは見過ごせないな。」
「ずるいぞー!伊作だけ贔屓だー!」
「…私も欲しい。」
仙蔵、小平太、長次まで続けて。ぶーぶー、とブーイングが始まり、私は慌てて弁解する。
「いっ、伊作にはいつもお世話になってるから、そのお礼だもん!」
「へえー、ふうん?綺麗にラッピングもしたチョコを、ねえ?」
「だからこれはっ…」
留三郎に、どこか分かったふうにニヤニヤと指摘されて、言い返そうとした時。
「もう皆、いい加減にしなよ。ひまりは優しいから、たまたま、僕にくれただけなんだよ。ね、ひまり?」
伊作の執り成すような、その言葉に。
ーーーーーーー涙が滲みかけた。
「……そうだよっ!」
それを見られたくなくて。叫んで、走ってその場から離れてしまった。
木陰に身を隠し、膝を抱えて堪えきれなかった涙を何とか止めようと鼻を啜っていると。気配で、誰かが近付くのを感じた。
「……ひまり。」
長次の、落ち着いた静かな声が呼びかける。でも私は、身を強ばらせて、顔も上げないで。
「皆なんか、嫌いだもん。」
「……すまん。」
「長次も嫌い。文次郎も、仙蔵も、小平太も、留三郎も、みんなみんな嫌いっ…!」
「……ごめん。」
「…伊作のばかぁ…!」
止めようと思っていたのに、また、泣いてしまった。
どうして、たまたまくれた、なんて。
伊作だから、あげるのに。
伊作だから、好きなのに。
渡せて良かったはずなのに。
心が、こんなにもキツい。
どうせ後できっと、私なんかより可愛い、ずっとずっと素直な女の子から貰うに決まってるんだ。
私の隣に、長次がしゃがんできた。
「ごめん、ひまり。私たちが悪かった。悪ノリが過ぎた。…泣かないで。」
「……ごめん。」
「え?」
「嫌いだなんて酷いこと言っちゃった。私、やな奴だ…。」
ヤケを起こした勢いで、友達に暴言を吐くなんて。こんなんじゃ、…伊作にだって本当に嫌われちゃうのに。
制服の袖で涙を拭っていると、長次が、そっと頭を撫でてきて。思わずそちらを振り返ると、彼の優しい目が、慰めるように私を見つめていた。
「私は、ひまりの笑った顔が好きだ。」
「…?」
「ちゃんと謝る所も。だから、自分のことやな奴だなんて、言わないでいい。」
「長次…」
「人間そういう時だってある。だから、気にしなくていい。私は謝りに来たんだから。」
ふっと綻ぶ、優しい顔。「…ありがとう」と、掠れた声で呟く私に、彼はぽんぽん、と軽く頭を叩く。
目尻に残った涙を拭っていると、仙蔵が追いかけてくる声がした。
「おーい、長次!こんな所にいたのか、ちょっと来てくれ!」
「どうした?仙蔵。」
「小平太と伊作が、大喧嘩を始めてしまって。お前も二人を止めるの、手伝ってくれ。」
その台詞に、涙が完全に引っ込んでしまった。
「け、喧嘩って、何で?!」
驚いて思わず訊くと、仙蔵は呆れたように肩をすくめた。呆れたのは、私に対して、ではないらしい。
「いや、お前がさっき伊作にあげたチョコを、小平太が横から勝手に取って食べたのが原因でな。伊作が怒って揉み合う内に、顔に手が当たったか何かで小平太の方も手が出て、そこから取っ組み合いになってしまって。」
「…!それ、早く言ってよ!」
私は叫んで、長次たちよりも先に駆け出していた。
ーーーーーーー取っ組み合いの喧嘩、なんて。
たかだかチョコ一個くらいで、何でそんな馬鹿なことになるのよ!
さっきいた場所まで戻ると、小平太と伊作が、それぞれ文次郎と留三郎に殆ど羽交い締めの状態で抑えられながらもお互いを睨みつけていて。
「伊作!小平太!今すぐ喧嘩やめないと、宝碌火矢投げるわよ!!」
「…!」
「ひまり…っ」
「おいお前、俺たちもいるんだぞ?!巻き込むつもりか!」
「うるさいっ!文次郎ちょっと黙ってて!」
「なっ…!」
「小平太、伊作。ちょっとそこ座りなさい。…三秒以内に座らないと宝碌火矢。」
本当に宝碌火矢をチラつかせると、該当者二人は慌てて私の前に並んで正座した。その時には長次と仙蔵も追いついていて、二人が顔を見合わせて肩を竦めているのが見える。私はそれには構わず、ブスッとしている小平太にまず声をかけた。
「小平太。これは私があげたからとかいう話じゃなくてそもそも一般論として、人のものを勝手に取って食べちゃ駄目でしょ?大体あんた、さんざんつまみ食いしてた癖にまだ食べる気だったの?」
「…だって、伊作ばっかずるい…」
…子供か。……いや、元々子供だわ。バリバリの十歳児。
呆れながら私は、今度は伊作の方に向き直る。
「伊作も伊作よ。チョコくらいで、あそこまで怒ることないじゃない。」
「…だって、僕が折角、ひまりから貰ったのに…」
こちらも、珍しく不貞腐れたように口を尖らせる表情を見せる。
……見たことない、そんな顔を見たら。なんだか、さっきまで泣いてたのが嘘みたいに、可笑しくなってきた。
「…もう、分かったわよ。みんなの分用意すればいいんでしょ?一日遅れにはなっちゃうけど、明日買ってくるから。」
俯いていた目の前の二人が、驚いたように顔を上げる。
「その代わり全員分なんだから、一人分が小さくなっても文句言わないのよ?」
「おっ、全員分ってことは俺たちもか?やった、ラッキー。」
その提案を聞いた留三郎が、指を鳴らす。その横で、文次郎はそっぽを向いていた。
「お…俺は別に、欲しいなんて言ってねーからな?」
「あっそ。じゃあ、文次郎だけナシね。一人分浮くから助かるわ。」
「なっ…貰わねえとは言ってねぇだろ!」
どうせ後々が面倒そうなので、文次郎も一応用意してやるか、と考えながら。私はさっきまで泣いていたことなんて、もうすっかり忘れたような気分になってしまっていた。
一日遅れでも、チョコが確約されたことに機嫌を良くした小平太や留三郎たちがガヤガヤと校舎の方に戻るのを、少し後ろから控えめについていく伊作に、私はそっと耳打ちする。
君の言葉一つで、行動一つで、私は落ち込んだり、嬉しくなったり。
なんだか振り回されているようで、悔しくなるけれど。
「…伊作がそんなに欲張りだなんて知らなかったなあ。」
「っ、もうっ、ひまり…!」
「ふふ、冗談だよ。」
その困ったような赤い顔で、全部チャラにしてあげる。
だから義理だなんて口実だけれど、他に誰かから貰っても、それでもいいから。…来年からも、渡させてね。
ーーーーーーーと、心の中でそっと呟いた。
※おまけ・同室組の会話
①文次郎&仙蔵
「…俺、ずっと気になってることがあるんだけどよ。」
「何だ、藪から棒に。」
「…………あいつ、伊作のこと好きだよな?」
「急に何かと思えば、今更なことを。」
「お前、気付いてたのか?」
「少なくとも、お前よりは前から。うっかり茶化したりするなよ、またもっぱんを投げられるぞ?」
「?!また、って、お前何で知ってるんだよ?!」
「さあ、何でだろうな。」
「あっ、おい!ちょっと待てって!」
(ーーーーーーー彼女のその目線の先を知った時、一方自分は果たして、自身の気持ちに気付いていたのかどうか。)
②小平太&長次
「なあ長次、ひまりのこと好きか?」
「……それは、どういう類の"好き"の意味で?」
「私は、ひまりが好きだぞ!良い奴だからな!」
「……訊いたんじゃなかったのか。」
「勿論、訊いてるんだぞ。長次は、どうなんだ?」
「……嫌いではない。……好き、だとしたら、友達として、だと思う。」
「なんだ、じゃあ私と一緒だな!」
「どうして急に、そんなことを訊く?」
「好き、ってなんなんだろうなーって思って。私だけなのかと思ってたから、長次と同じで、少し安心したぞ!」
「……同じかどうかは、分からないと思うけど。」
「そんな、細かいことは気にするなって!」
(ーーーーーーー自分が最初にこの気持ちに気付いた時には、彼女はもう、自分じゃない別の相手に心を寄せていた。)
③留三郎&伊作
「伊作、お前ひまりのこと好きだろ。」
「なっ、急に何言い出すんだよ…?!」
「道理で、こないだ女の子に告られたのにフった訳だ。」
「いや、あれは単純に、僕と付き合ったら不運が移るから、ごめんねって言っただけで…。」
「じゃあ、ひまりとは付き合わないのか?」
「だから、何でそこでひまりが出てくるんだよ…?」
「まあ、そうだよな。あんな女っ気も可愛げもねえ、ガサツで怒ると手がつけられないような奴なんか、付き合いたくは…」
「留三郎っ!ひまりのこと悪く言うんなら怒るよ!?それに、ひまりはちゃんと女の子だし優しいし、笑ったらすごく可愛い………あ!」
「今の、本人に聞かせてやりてぇもんだな。」
「い、言わないで!内緒にしてて、お願い…!」
「…はあ、全く。そんなんじゃいつまで経っても進展しねーだろ。」
(ーーーーーーーこのままでいるつもりならいっそ、自分が言ってしまおうかなんて。いつもそんな冗談を頭の中で繰り返してしまうばかりなんだ。)
後書き。
拙宅伊作氏、語るに落ちるタイプのようです。
因みに事の真相は、
告白されて一度断った後、そんなの気にしないからと女の子に強引に押し通され、伊作も断りきれないまま一旦付き合うことになる→直後、すぐに積極的に手を繋いだりしてくる彼女に内心あまりいい思いはしていなかったものの、傷付けるのも気が引けて我慢していた→ところが一刻も経たないうちに穴に落ちたり物が飛んできたり転んだりしてしまい、幸い怪我を負うことはなかったが伊作の不運を身を以て知った彼女の方から「ごめん、やっぱやめとく」とフラれてしまう
という。
エピソード自体が不運でごめんな…。
無限胃袋・小平太は書いてて面白かったです。笑
一年生の時点では、クール優等生街道まっしぐらな仙蔵が一番人気のようですね。周りより大人っぽい奴がモテる法則。管理人個人的には長次の優しさにも一票入れたい。