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『夏休み番外編③ 離したくないだなんて思ってない』
※文次郎メイン。伊作要素少なめ。
※出現情報:モブ子供など。
※一部、時代錯誤描写ありのため、なんでも受け入れられる方のみお読み進め下さいませ。
夏休み、俺たち六年生は殆どが帰省せず、そのまま学園に残っていた。
その目的は鍛錬であったり、或いは有力な城への就職活動だったりと、皆、プロの道を目指す上での選択であった。
今日は、実習で出かけている長次以外全員、学園の校庭で自主練や互いに手合わせを行なっていた。
その、休憩中のことだった。
「行くぞ!」
真剣な表情で木刀を構える陽太に、来い、と挑発してやる。
距離を詰め、気合と共に振り下ろしたのは渾身の力ではあるだろうが、自分なら片手でも受け止められるくらいだ。
上町陽太も、女でありながらプロの忍者を志して日々鍛錬に励んでいる。実際、合同での実習で組んでみても、足を引っ張るようなことはない。
男の自分たちと同様、学園の最高学年として生き残るに足る努力だと言えるだろう。
だが自分とて、男として、そして、プロの忍者並びにいつかは忍術学園の学園長を目指す者として、負けるわけにはいかないという気持ちは強い。
「ま、お前も女にしてはやる方じゃないか?」
とりあえずその努力は褒めてやってから、手加減無しで力を入れようとした時。
どうやらカチン、ときたらしい顔に「文次郎、」と呼びかけられる。そして、自分にしか聞こえないようにひそめた声で。
「実はこないだ文次郎の部屋にこっそり入ったんだけど、……あんなの隠してたんだねぇ?」
「はッ……?!」
何勝手に、というかまさか、何か見られたんじゃ、
ーーーーーーーーと、力を入れ損ねた一瞬を突いて、逆に陽太が押し返してきた。踏ん張ろうとした足を、地面に着く前に素早く掬われ背中から転ぶ。
取り落とした木刀を拾う前に、陽太の木刀の切先が目の前に突きつけられた。
「はい、一本。」
そして木刀を引いたその顔は、笑いながら舌を見せた。
「残念でした、ウッソでーす!」
「てめえ、今の卑怯だぞコラ!!」
「何が卑怯だって?」
「…あ、いや、その…」
「よっしゃゲットぉー!」
仙蔵に横から訊かれて逆にしどろもどろになる。その間に、休憩用に用意した饅頭を手に取り、頬張る陽太。
余った最後の一つを、争奪した結果だった。
負けは負け、だとは思いつつ。
「あークソ、あいつ…!!」
「遂に一本取られたな、文次郎!」
「一体何を言われたのか、知らんがな。」
暑いしイライラするしで、井戸の近くで顔を洗っていると同じように汗を流しに来た小平太と留三郎にそう絡まれて、うるせえ、とはね返す。
「お、長次戻ったのか。おかえり。」
そこへ、実習を終えたらしい長次が姿を現し、小平太が声をかける。
「…文次郎、何かあったのか…?」
「いや、別に何もねえよ。」
「そっとしておいてやれ、さっき陽太との勝負で負けたばっかりだから。」
「てめぇわざと言ってんだろ…!」
長次の追及をかわすつもりが留三郎に余計な口を挟まれ、睨み合いが始まりかけたが、
「喧嘩は良くない…」
と、長次に止めに入られた。
「ん?長次、それ何持ってるんだ?」
ふと気付いた小平太が、長次が手に持っている紙を指摘した。長次はその畳まれていた紙を徐に開いて、俺たちに向けて見せた。
「…夏祭り?のチラシ?」
「あー、もうそんな時期か。」
毎年この時期に、近くの大きい神社が開放されて開かれるその祭りは、暑さを紛らわせたい多くの人にとって納涼の憩いとなっていた。かくいう自分たちも、縁日や屋台に惹かれて、集まれる時には全員で連れ立って出かけていた。
チラシを見せる長次も、あまり表情は変わらないが、それなりに楽しみであったようで。
「今日は皆で行こう、もそ…」
こうして、神社最寄りの河川敷で今夜同時に開かれる花火大会も見よう、ということで、全員で祭りに行くことになった。
「……あれ?ひまりは?」
殆ど夜に移り変わっていた夕刻。それぞれ浴衣やら甚平やらに召し替えた俺たちは、花火が見易いように石階段から登った先にある境内を目指して、屋台に挟まれた道を歩いていた。その途中、伊作がふと声を上げる。
皆でそれぞれ振り返ってキョロキョロ探すが、近くに見当たらない。
「はあ?あいつこの歳で迷子かよ……」
「全く、世話の焼ける…。」
留三郎、仙蔵が呆れた顔をする。
「…まあ、目的地は分かっているんだから放っておいても来るだろう。」
「でも、一人じゃ流石にちょっと……」
仙蔵と伊作のやり取りから、意見が分かれ始めたのを俺は見かねて、
「しょうがねえ、俺が探してくる。皆は先に行ってろ。」
と言い置いてから、踵を返して元来た道を戻っていった。
意外とすぐに見つかったが、
浴衣姿のひまりは、射的の店で真剣な表情で的を狙っていた。
何やってんだか、と思いつつ、
「陽太…」
つい、男装時の呼び方をしかけて、普段呼ばない方の名前を口にする。
「ひまり!」
その時、ポン、と撃たれた景品が倒された。と同時に、ひまりが振り返る。
「あれ?文次郎?」
「何してんだよ…皆先に行って、」
と言いかけた途中で、店の人が倒れた景品のおもちゃを「はい、どうぞ」とひまりに渡す。ひまりは礼を言ってから、俺が立っているのと反対側の小脇を振り返って、
「はい。取れたよ。」
そこに立っていた、小さな子どもと目線を合わせるようにしゃがんで、その男の子におもちゃを渡した。男の子は、目を輝かせて喜んでいる。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
と、元気良くお礼を言って、手を振りながら駆けて行った。
立ち上がって手を振り返すひまりも、どこか嬉しそうに笑っていた。
そして改めて、こちらを振り返る。
「ごめん、迎えに来てくれたの?ありがとね。」
優しさが残る、その顔を見ていると。
これは本当に、本当に卑怯なのではないか、と問い質しそうになるのを堪えなければならなかった。
女の格好の時にはしっかり"女"に戻る、というのは。卑怯でなければ一体何であろうか。
これがさっき、自分を騙して貶めた相手と同一人物だとは到底信じ難い。
けれど、そんな小さな憤り以上に、
皆で出かけたこの祭りに、その姿で来てくれたことをどこか嬉しく感じているらしいのだ、自分は。……来てくれた、というわけではないとは思うが。
単純に、こいつも同年代の女の子と同様、気に入った柄の浴衣で出かけたいという個人的な希望だろう。
「さっきの子、取れないって半べそだったから私が取ってあげるってつい言っちゃって、…どうかした?」
首を傾げられ、慌てて我に返る。
「いや、何でもない。…さっさと行くぞ。」
顔を見られないよう先に立って歩き始めるのを、ひまりは後ろからついてこようとした。しかし、往来は人混みで更に混雑していて、後ろからは「あっ、すみません…」と人とぶつかりかけて謝る声が聞こえてきて。
思わず、後ろ手でその細い手首を掴んだ。
「…文次郎?」
驚いたような、怪訝そうな声が自分を呼びかける。
「また、迷子になったら面倒だからな。」
人混みに飲まれないよう、その波を掻き分けるように進みながら振り返らず言うと、不満そうな声で返される。
「さっきのは、迷子じゃないもん…。」
「どっちでもいいが、ちゃんとついて来い。」
やっぱり不満なのか、押し黙った後ろ。
しばらくして、そうして引っ張っていた手を、
「…待って。」
くん、と逆に引かれた瞬間。折角それまで平常心でいようとしたのが、心の臓が大きく跳ねて台無しになってしまった。
仕方なく振り返ると、物言いたげな目に、鼓動がもっと早足になる。
「な…何だよ…」
「いや、花緒、切れちゃった。」
続けて、そうして身構えていたのが、内心ガクッと肩を落とした。何言われるのを期待したんだよ、と頭の中の自分がジト目で呆れている。
「何やってんだよ…。」
「そんなこと言われても、切れちゃったんだからしょうがないじゃん。…あーあ、お気に入りだったのになぁ。」
困ったように眉尻を下げ、花緒の千切れてしまった下駄の足先を見つめるひまり。
「ったく、しょうがねぇな。…ちょっとこっちに来い。」
手を引くと、花緒の切れた足でひょこひょこついてきながら、ひまりが意外そうな声を出す。
「えっ、おんぶしてくれるの、ありがとう。」
「するかバカタレ!…直してやるから、ここに座れ。」
手近な石段に座らせ、自分はひまりの前に向かい合うように膝をついて、花緒が切れた方の下駄を足から外す。
持っていた手ぬぐいの端を裂き、千切れないよう補強してから、紐状に編んだそれを下駄の穴に通す。
即席だが、裸足で歩くよりはマシだろう。
「ほれ。」
下駄不在でぷらぷらさせていた足の近くに置いてやると、ひまりはまた不思議そうな目をしている。
「脱がせた癖に、履かせてくれないんだね。」
「アホか!それくらい自分でやれ!」
「うわー、折角可愛いかったのに、なんか色がダサ……」
「ああ?文句あるなら返せよ!」
「返せって、元々私のだし。」
「……っかぁー!直してやるんじゃなかった!もう勝手にしてろ!」
馬鹿馬鹿しくなって、こんな恩知らずなんか置いていこうと立ち上がりかけた、
自分のその手首を、指の細い手がぎゅっと掴んだ。
「嘘うそ、冗談だって。ありがとう。」
楽しそうな顔で、そう言われ。
「……おう。」
勢いがしぼんだところで、ひまりは手を離し下駄を履き始めた。立ち上がって、足の指の間に合わせるようにつま先をトントン、と軽く地面に叩く。
「うん、大丈夫そう。痛くないし。上手いじゃん、文次郎。」
「直してもらっといて、その口ぶりかよ。」
もう、声のトーンはお互い軽口を叩く時のそれに戻っていた。
「…そういえば、二年生の時にも、こういうことあったね。皆で、お祭りに来た時。」
足先をちょっと上げて、直った下駄の先を見つめながらひまりが思い出したように言う。
「皆で一緒に歩いてる途中で、私の下駄の花緒が切れちゃって。そしたら横にいた文次郎が、履いてた下駄を貸してくれてさ。自分は裸足でも平気だから、って。」
やっと思い出したのかよ、と危うく言いそうになって、寸でのところで心の中で自分を押しとどめた。
こっちなんか、今日お前の浴衣姿を見た時に記憶が蘇ってたぞ。…いや、それも今言う台詞としては違うな。
「それ見た留三郎も、俺も平気だしとか言って自分の下駄脱いじゃって。…何故かその後二人して境内まで競走して、結局転んで、伊作と仙蔵に怒られてて。」
でもひまりの方は、余計な記憶まで呼び起こしてしまったらしい。そこは忘れろ、と思うも、思い出してクスクス笑っているその顔は、多分その願いを聞き届けてはくれないだろう。
「六年生になった文次郎君は、花緒を直せるようになったんだねぇ。いやぁ、偉い偉い。」
「なんだそりゃ。」
思わず、緩んだ笑みをこぼしてしまった。
「ほら、さっさとあいつらの所行くぞ。もうすぐ花火………」
再び、境内へと向かうため踵を返しかけた、
二人の背中を、夜空に咲く花が一瞬だけ照らしていった。
「………あ。」
「始まっちゃったね。」
後ろを振り返って見上げた先で、花火が次々と夜の帳に打ち上げられる。
ここで見ていこうか、と花火が見える方向に向き直ったひまりの顔を、刹那を彩る鮮やかな光が映し出す。
艶やかな、綺麗に結い上げた髪。白いうなじにかかる、後れ毛。花火が上がる度に、感嘆と共に輝く瞳。
花火を見ているフリをしなければいけないのに、どうしても、その見上げる横顔から目がなかなか離せない。それがあまりに、きれいで。
この瞬間しか見られないかもしれない、と思ったら、ずっと目を離すことなんてできなくてまた見てしまう。
周囲には、自分たちのようにその場に立ち止まって花火を鑑賞する人もけっこういたけれど、普通に歩いている人もいて。
小さな子どもが数人、浴衣の裾や甚平を着崩してしまいつつも楽しそうに駆けていったが、花火に見惚れていたひまりは最初は彼らに気付かなかったようで、すぐ横を通られた時、一瞬よろけた。
ぶつかった訳ではないようだったが、その時、咄嗟に、袖を掴まれた。
「あ。ごめん、つい…。」
ひまりはすぐに手を離したが、普通に歩く人との距離も、依然近くて。
「…別にいいぞ、つかまってても。」
「え、でも、皺になっちゃうし…」
「んなこと気にするか。どうせ洗うんだから。」
「…じゃあ、ちょっとだけ。」
きゅ、と少しだけ掴む指が、布越しに、腕に当たる。
分かっていたはずなのに、その瞬間、心の臓がまた少し大きく鳴った。
通行人の邪魔にならないようにか、ひまりは自分の隣ではなく斜め後ろに立って、肩越しから花火鑑賞を再開した。
横顔が見られなくなった落胆と見ていることがバレなくて済んだ安堵、
そしてそれらをいとも簡単に超えていく、近くなった距離で上がった心拍数。
花火の音で、きっと気付かれていないはずだ、と頭の中で自分に言い聞かせる。
目線は、ほぼ花火に持ってかれているだろうけれど、ほんの少し、視界の端にそれでも今は自分が映っている。
その時間が、あと少しでいいから続くように。
そう心の隅で願いながら、ひまりと同じように、夜空の華を見上げ続けた。
「……おやおや。一向に来ないから迎えに来てやったつもりだったが。」
わざとらしい声音に、舌打ちしそうになったのをグッと堪える。振り返らなくても誰なのか分かるが、ひまりと共に振り返ってその声の主の姿を認める。
仙蔵は、面白いものを見たというような顔をしてこちらを観察していた。警戒心ゼロのひまりは、掴んでいた袖から離した手を、仙蔵に向けて振る。
「ごめーん、花緒切れちゃってさ。文次郎にさっき直してもらってたんだよ。」
近寄った仙蔵が、その直した花緒を見て一言。
「色がダサいな。」
「おい。」
色々と湧き上がる思いを込めてつっこむが、向こうは平然としている。再び暗くなった夜空を見上げて、
「丁度、第一陣が終わったようだな。次が上がるまで時間があるから、今のうちに境内に行くぞ。」
と促してきた。素直に、はーい、と応じたひまりをさりげなく先に歩かせ、仙蔵は、耳打ちできるくらいの距離で俺の隣を歩き始めた。
「良かったな、良い思い出になったろう。」
「……何の話をしてるんだ。」
「何だ、自分が行く、なんて言うから、あわよくば手でも出すつもりだったのかと。」
「ばっ…バカタレ!…こんな所でそういうことを言うな…!」
前を歩くひまりに聞こえていないか、ヒヤヒヤしながら反論する俺を見据えて、仙蔵は。
「似合わん略奪など目論むな、お前らしくもない。」
「だからそういう訳では…!」
「お前らしくないから、心配で水を差したくなるんだ。」
迷惑千万な理由を言われ、ガックリと肩を落とす以外になかった。
略奪なんて、そんなことを考えていたわけでは決してない、……という主張を仙蔵は最早聞き入れてくれないだろうから、せめて、自分の中で声を大にして主張しておくことにしよう。
少し前を歩くひまりの、まとめ髪に刺した簪の飾りが小さく揺れるのを見ながら、そう思った。
(おまけ・出かける時の会話)
ひまりよりもずっと先に支度が終わって、学園の正門前で待つ男衆はぶちぶち文句を言っていた(一部を除く)。
「おっそいなー、ひまりの奴。」
「女の支度ってほんと時間かかるよな。」
小平太、留三郎のぼやきに、長次が、
「まだ時間はある、待ってやれ。」
と執りなす。やがて、ようやくひまりが到着した。
「ごめん、お待たせ!」
下駄をコロン、と鳴らしながら、浴衣を崩さないよう小走りでやって来るその姿に、さしもの同級生の男たちも、おおー、という感嘆の声を漏らす。
「……こういう時は男装じゃないんだよな…。」
文次郎がぼそっと呟くのを、耳聡く仙蔵がからかいに行く。
「何か不満でもあるのか?」
「いや、そういうことじゃねえよ…!」
「それ、去年と違う柄?」
伊作に訊かれ、気付かれたことを少し嬉しく思いながら頷くひまり。
「うん。実家の仕送りの中にあったから。…変かな?」
「ううん、とても似合ってるよ。」
「おーいそこ、勝手にバカップル劇場を始めるな。」
留三郎に囃され、伊作もひまりも同時に赤くなった顔で振り返る。
「ば、バカップルって…」
「留三郎!」
「はいそこまで、間に合わなくなるから出発するぞ。」
仙蔵が割って入り、七人で揃って学園を後にした。
後書き。
"ヒロイン、出かける度に花緒を切らす説"を検証しなければいけない気がしてくるわな。
時代錯誤ですが、打ち上げ花火が惜しみなくたくさん上がる室町後期の設定でお送りいたしました。(本当は江戸時代から盛んになるらしいっすね
だって、花火がドーン!、って言っちゃってんじゃん忍た◯音頭で……※超言い訳
そして実は甚平もまだ存在しないとか誰もつっこまないでくれ…!いいじゃん、夢と希望がいっぱいあったってさあ……(涙目
あと、拙宅における各自派閥は
甚平派→文次郎、留三郎、小平太、伊作(伊作は浴衣にもシフトチェンジする、今回は甚平)
浴衣派→仙蔵、長次
となっております。
因みに夢主は甚平も好き。涼しいから。
そんな感じです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
※文次郎メイン。伊作要素少なめ。
※出現情報:モブ子供など。
※一部、時代錯誤描写ありのため、なんでも受け入れられる方のみお読み進め下さいませ。
夏休み、俺たち六年生は殆どが帰省せず、そのまま学園に残っていた。
その目的は鍛錬であったり、或いは有力な城への就職活動だったりと、皆、プロの道を目指す上での選択であった。
今日は、実習で出かけている長次以外全員、学園の校庭で自主練や互いに手合わせを行なっていた。
その、休憩中のことだった。
「行くぞ!」
真剣な表情で木刀を構える陽太に、来い、と挑発してやる。
距離を詰め、気合と共に振り下ろしたのは渾身の力ではあるだろうが、自分なら片手でも受け止められるくらいだ。
上町陽太も、女でありながらプロの忍者を志して日々鍛錬に励んでいる。実際、合同での実習で組んでみても、足を引っ張るようなことはない。
男の自分たちと同様、学園の最高学年として生き残るに足る努力だと言えるだろう。
だが自分とて、男として、そして、プロの忍者並びにいつかは忍術学園の学園長を目指す者として、負けるわけにはいかないという気持ちは強い。
「ま、お前も女にしてはやる方じゃないか?」
とりあえずその努力は褒めてやってから、手加減無しで力を入れようとした時。
どうやらカチン、ときたらしい顔に「文次郎、」と呼びかけられる。そして、自分にしか聞こえないようにひそめた声で。
「実はこないだ文次郎の部屋にこっそり入ったんだけど、……あんなの隠してたんだねぇ?」
「はッ……?!」
何勝手に、というかまさか、何か見られたんじゃ、
ーーーーーーーーと、力を入れ損ねた一瞬を突いて、逆に陽太が押し返してきた。踏ん張ろうとした足を、地面に着く前に素早く掬われ背中から転ぶ。
取り落とした木刀を拾う前に、陽太の木刀の切先が目の前に突きつけられた。
「はい、一本。」
そして木刀を引いたその顔は、笑いながら舌を見せた。
「残念でした、ウッソでーす!」
「てめえ、今の卑怯だぞコラ!!」
「何が卑怯だって?」
「…あ、いや、その…」
「よっしゃゲットぉー!」
仙蔵に横から訊かれて逆にしどろもどろになる。その間に、休憩用に用意した饅頭を手に取り、頬張る陽太。
余った最後の一つを、争奪した結果だった。
負けは負け、だとは思いつつ。
「あークソ、あいつ…!!」
「遂に一本取られたな、文次郎!」
「一体何を言われたのか、知らんがな。」
暑いしイライラするしで、井戸の近くで顔を洗っていると同じように汗を流しに来た小平太と留三郎にそう絡まれて、うるせえ、とはね返す。
「お、長次戻ったのか。おかえり。」
そこへ、実習を終えたらしい長次が姿を現し、小平太が声をかける。
「…文次郎、何かあったのか…?」
「いや、別に何もねえよ。」
「そっとしておいてやれ、さっき陽太との勝負で負けたばっかりだから。」
「てめぇわざと言ってんだろ…!」
長次の追及をかわすつもりが留三郎に余計な口を挟まれ、睨み合いが始まりかけたが、
「喧嘩は良くない…」
と、長次に止めに入られた。
「ん?長次、それ何持ってるんだ?」
ふと気付いた小平太が、長次が手に持っている紙を指摘した。長次はその畳まれていた紙を徐に開いて、俺たちに向けて見せた。
「…夏祭り?のチラシ?」
「あー、もうそんな時期か。」
毎年この時期に、近くの大きい神社が開放されて開かれるその祭りは、暑さを紛らわせたい多くの人にとって納涼の憩いとなっていた。かくいう自分たちも、縁日や屋台に惹かれて、集まれる時には全員で連れ立って出かけていた。
チラシを見せる長次も、あまり表情は変わらないが、それなりに楽しみであったようで。
「今日は皆で行こう、もそ…」
こうして、神社最寄りの河川敷で今夜同時に開かれる花火大会も見よう、ということで、全員で祭りに行くことになった。
「……あれ?ひまりは?」
殆ど夜に移り変わっていた夕刻。それぞれ浴衣やら甚平やらに召し替えた俺たちは、花火が見易いように石階段から登った先にある境内を目指して、屋台に挟まれた道を歩いていた。その途中、伊作がふと声を上げる。
皆でそれぞれ振り返ってキョロキョロ探すが、近くに見当たらない。
「はあ?あいつこの歳で迷子かよ……」
「全く、世話の焼ける…。」
留三郎、仙蔵が呆れた顔をする。
「…まあ、目的地は分かっているんだから放っておいても来るだろう。」
「でも、一人じゃ流石にちょっと……」
仙蔵と伊作のやり取りから、意見が分かれ始めたのを俺は見かねて、
「しょうがねえ、俺が探してくる。皆は先に行ってろ。」
と言い置いてから、踵を返して元来た道を戻っていった。
意外とすぐに見つかったが、
浴衣姿のひまりは、射的の店で真剣な表情で的を狙っていた。
何やってんだか、と思いつつ、
「陽太…」
つい、男装時の呼び方をしかけて、普段呼ばない方の名前を口にする。
「ひまり!」
その時、ポン、と撃たれた景品が倒された。と同時に、ひまりが振り返る。
「あれ?文次郎?」
「何してんだよ…皆先に行って、」
と言いかけた途中で、店の人が倒れた景品のおもちゃを「はい、どうぞ」とひまりに渡す。ひまりは礼を言ってから、俺が立っているのと反対側の小脇を振り返って、
「はい。取れたよ。」
そこに立っていた、小さな子どもと目線を合わせるようにしゃがんで、その男の子におもちゃを渡した。男の子は、目を輝かせて喜んでいる。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
と、元気良くお礼を言って、手を振りながら駆けて行った。
立ち上がって手を振り返すひまりも、どこか嬉しそうに笑っていた。
そして改めて、こちらを振り返る。
「ごめん、迎えに来てくれたの?ありがとね。」
優しさが残る、その顔を見ていると。
これは本当に、本当に卑怯なのではないか、と問い質しそうになるのを堪えなければならなかった。
女の格好の時にはしっかり"女"に戻る、というのは。卑怯でなければ一体何であろうか。
これがさっき、自分を騙して貶めた相手と同一人物だとは到底信じ難い。
けれど、そんな小さな憤り以上に、
皆で出かけたこの祭りに、その姿で来てくれたことをどこか嬉しく感じているらしいのだ、自分は。……来てくれた、というわけではないとは思うが。
単純に、こいつも同年代の女の子と同様、気に入った柄の浴衣で出かけたいという個人的な希望だろう。
「さっきの子、取れないって半べそだったから私が取ってあげるってつい言っちゃって、…どうかした?」
首を傾げられ、慌てて我に返る。
「いや、何でもない。…さっさと行くぞ。」
顔を見られないよう先に立って歩き始めるのを、ひまりは後ろからついてこようとした。しかし、往来は人混みで更に混雑していて、後ろからは「あっ、すみません…」と人とぶつかりかけて謝る声が聞こえてきて。
思わず、後ろ手でその細い手首を掴んだ。
「…文次郎?」
驚いたような、怪訝そうな声が自分を呼びかける。
「また、迷子になったら面倒だからな。」
人混みに飲まれないよう、その波を掻き分けるように進みながら振り返らず言うと、不満そうな声で返される。
「さっきのは、迷子じゃないもん…。」
「どっちでもいいが、ちゃんとついて来い。」
やっぱり不満なのか、押し黙った後ろ。
しばらくして、そうして引っ張っていた手を、
「…待って。」
くん、と逆に引かれた瞬間。折角それまで平常心でいようとしたのが、心の臓が大きく跳ねて台無しになってしまった。
仕方なく振り返ると、物言いたげな目に、鼓動がもっと早足になる。
「な…何だよ…」
「いや、花緒、切れちゃった。」
続けて、そうして身構えていたのが、内心ガクッと肩を落とした。何言われるのを期待したんだよ、と頭の中の自分がジト目で呆れている。
「何やってんだよ…。」
「そんなこと言われても、切れちゃったんだからしょうがないじゃん。…あーあ、お気に入りだったのになぁ。」
困ったように眉尻を下げ、花緒の千切れてしまった下駄の足先を見つめるひまり。
「ったく、しょうがねぇな。…ちょっとこっちに来い。」
手を引くと、花緒の切れた足でひょこひょこついてきながら、ひまりが意外そうな声を出す。
「えっ、おんぶしてくれるの、ありがとう。」
「するかバカタレ!…直してやるから、ここに座れ。」
手近な石段に座らせ、自分はひまりの前に向かい合うように膝をついて、花緒が切れた方の下駄を足から外す。
持っていた手ぬぐいの端を裂き、千切れないよう補強してから、紐状に編んだそれを下駄の穴に通す。
即席だが、裸足で歩くよりはマシだろう。
「ほれ。」
下駄不在でぷらぷらさせていた足の近くに置いてやると、ひまりはまた不思議そうな目をしている。
「脱がせた癖に、履かせてくれないんだね。」
「アホか!それくらい自分でやれ!」
「うわー、折角可愛いかったのに、なんか色がダサ……」
「ああ?文句あるなら返せよ!」
「返せって、元々私のだし。」
「……っかぁー!直してやるんじゃなかった!もう勝手にしてろ!」
馬鹿馬鹿しくなって、こんな恩知らずなんか置いていこうと立ち上がりかけた、
自分のその手首を、指の細い手がぎゅっと掴んだ。
「嘘うそ、冗談だって。ありがとう。」
楽しそうな顔で、そう言われ。
「……おう。」
勢いがしぼんだところで、ひまりは手を離し下駄を履き始めた。立ち上がって、足の指の間に合わせるようにつま先をトントン、と軽く地面に叩く。
「うん、大丈夫そう。痛くないし。上手いじゃん、文次郎。」
「直してもらっといて、その口ぶりかよ。」
もう、声のトーンはお互い軽口を叩く時のそれに戻っていた。
「…そういえば、二年生の時にも、こういうことあったね。皆で、お祭りに来た時。」
足先をちょっと上げて、直った下駄の先を見つめながらひまりが思い出したように言う。
「皆で一緒に歩いてる途中で、私の下駄の花緒が切れちゃって。そしたら横にいた文次郎が、履いてた下駄を貸してくれてさ。自分は裸足でも平気だから、って。」
やっと思い出したのかよ、と危うく言いそうになって、寸でのところで心の中で自分を押しとどめた。
こっちなんか、今日お前の浴衣姿を見た時に記憶が蘇ってたぞ。…いや、それも今言う台詞としては違うな。
「それ見た留三郎も、俺も平気だしとか言って自分の下駄脱いじゃって。…何故かその後二人して境内まで競走して、結局転んで、伊作と仙蔵に怒られてて。」
でもひまりの方は、余計な記憶まで呼び起こしてしまったらしい。そこは忘れろ、と思うも、思い出してクスクス笑っているその顔は、多分その願いを聞き届けてはくれないだろう。
「六年生になった文次郎君は、花緒を直せるようになったんだねぇ。いやぁ、偉い偉い。」
「なんだそりゃ。」
思わず、緩んだ笑みをこぼしてしまった。
「ほら、さっさとあいつらの所行くぞ。もうすぐ花火………」
再び、境内へと向かうため踵を返しかけた、
二人の背中を、夜空に咲く花が一瞬だけ照らしていった。
「………あ。」
「始まっちゃったね。」
後ろを振り返って見上げた先で、花火が次々と夜の帳に打ち上げられる。
ここで見ていこうか、と花火が見える方向に向き直ったひまりの顔を、刹那を彩る鮮やかな光が映し出す。
艶やかな、綺麗に結い上げた髪。白いうなじにかかる、後れ毛。花火が上がる度に、感嘆と共に輝く瞳。
花火を見ているフリをしなければいけないのに、どうしても、その見上げる横顔から目がなかなか離せない。それがあまりに、きれいで。
この瞬間しか見られないかもしれない、と思ったら、ずっと目を離すことなんてできなくてまた見てしまう。
周囲には、自分たちのようにその場に立ち止まって花火を鑑賞する人もけっこういたけれど、普通に歩いている人もいて。
小さな子どもが数人、浴衣の裾や甚平を着崩してしまいつつも楽しそうに駆けていったが、花火に見惚れていたひまりは最初は彼らに気付かなかったようで、すぐ横を通られた時、一瞬よろけた。
ぶつかった訳ではないようだったが、その時、咄嗟に、袖を掴まれた。
「あ。ごめん、つい…。」
ひまりはすぐに手を離したが、普通に歩く人との距離も、依然近くて。
「…別にいいぞ、つかまってても。」
「え、でも、皺になっちゃうし…」
「んなこと気にするか。どうせ洗うんだから。」
「…じゃあ、ちょっとだけ。」
きゅ、と少しだけ掴む指が、布越しに、腕に当たる。
分かっていたはずなのに、その瞬間、心の臓がまた少し大きく鳴った。
通行人の邪魔にならないようにか、ひまりは自分の隣ではなく斜め後ろに立って、肩越しから花火鑑賞を再開した。
横顔が見られなくなった落胆と見ていることがバレなくて済んだ安堵、
そしてそれらをいとも簡単に超えていく、近くなった距離で上がった心拍数。
花火の音で、きっと気付かれていないはずだ、と頭の中で自分に言い聞かせる。
目線は、ほぼ花火に持ってかれているだろうけれど、ほんの少し、視界の端にそれでも今は自分が映っている。
その時間が、あと少しでいいから続くように。
そう心の隅で願いながら、ひまりと同じように、夜空の華を見上げ続けた。
「……おやおや。一向に来ないから迎えに来てやったつもりだったが。」
わざとらしい声音に、舌打ちしそうになったのをグッと堪える。振り返らなくても誰なのか分かるが、ひまりと共に振り返ってその声の主の姿を認める。
仙蔵は、面白いものを見たというような顔をしてこちらを観察していた。警戒心ゼロのひまりは、掴んでいた袖から離した手を、仙蔵に向けて振る。
「ごめーん、花緒切れちゃってさ。文次郎にさっき直してもらってたんだよ。」
近寄った仙蔵が、その直した花緒を見て一言。
「色がダサいな。」
「おい。」
色々と湧き上がる思いを込めてつっこむが、向こうは平然としている。再び暗くなった夜空を見上げて、
「丁度、第一陣が終わったようだな。次が上がるまで時間があるから、今のうちに境内に行くぞ。」
と促してきた。素直に、はーい、と応じたひまりをさりげなく先に歩かせ、仙蔵は、耳打ちできるくらいの距離で俺の隣を歩き始めた。
「良かったな、良い思い出になったろう。」
「……何の話をしてるんだ。」
「何だ、自分が行く、なんて言うから、あわよくば手でも出すつもりだったのかと。」
「ばっ…バカタレ!…こんな所でそういうことを言うな…!」
前を歩くひまりに聞こえていないか、ヒヤヒヤしながら反論する俺を見据えて、仙蔵は。
「似合わん略奪など目論むな、お前らしくもない。」
「だからそういう訳では…!」
「お前らしくないから、心配で水を差したくなるんだ。」
迷惑千万な理由を言われ、ガックリと肩を落とす以外になかった。
略奪なんて、そんなことを考えていたわけでは決してない、……という主張を仙蔵は最早聞き入れてくれないだろうから、せめて、自分の中で声を大にして主張しておくことにしよう。
少し前を歩くひまりの、まとめ髪に刺した簪の飾りが小さく揺れるのを見ながら、そう思った。
(おまけ・出かける時の会話)
ひまりよりもずっと先に支度が終わって、学園の正門前で待つ男衆はぶちぶち文句を言っていた(一部を除く)。
「おっそいなー、ひまりの奴。」
「女の支度ってほんと時間かかるよな。」
小平太、留三郎のぼやきに、長次が、
「まだ時間はある、待ってやれ。」
と執りなす。やがて、ようやくひまりが到着した。
「ごめん、お待たせ!」
下駄をコロン、と鳴らしながら、浴衣を崩さないよう小走りでやって来るその姿に、さしもの同級生の男たちも、おおー、という感嘆の声を漏らす。
「……こういう時は男装じゃないんだよな…。」
文次郎がぼそっと呟くのを、耳聡く仙蔵がからかいに行く。
「何か不満でもあるのか?」
「いや、そういうことじゃねえよ…!」
「それ、去年と違う柄?」
伊作に訊かれ、気付かれたことを少し嬉しく思いながら頷くひまり。
「うん。実家の仕送りの中にあったから。…変かな?」
「ううん、とても似合ってるよ。」
「おーいそこ、勝手にバカップル劇場を始めるな。」
留三郎に囃され、伊作もひまりも同時に赤くなった顔で振り返る。
「ば、バカップルって…」
「留三郎!」
「はいそこまで、間に合わなくなるから出発するぞ。」
仙蔵が割って入り、七人で揃って学園を後にした。
後書き。
"ヒロイン、出かける度に花緒を切らす説"を検証しなければいけない気がしてくるわな。
時代錯誤ですが、打ち上げ花火が惜しみなくたくさん上がる室町後期の設定でお送りいたしました。(本当は江戸時代から盛んになるらしいっすね
だって、花火がドーン!、って言っちゃってんじゃん忍た◯音頭で……※超言い訳
そして実は甚平もまだ存在しないとか誰もつっこまないでくれ…!いいじゃん、夢と希望がいっぱいあったってさあ……(涙目
あと、拙宅における各自派閥は
甚平派→文次郎、留三郎、小平太、伊作(伊作は浴衣にもシフトチェンジする、今回は甚平)
浴衣派→仙蔵、長次
となっております。
因みに夢主は甚平も好き。涼しいから。
そんな感じです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!