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バレンタインエピソード(2023)
『chocolat × portion』
※メイン本編完結後のバレンタインエピソードです。
※相変わらず現代日本の文化が逆輸入した室町時代後期の設定でお送りいたしております。
※あまあまR15、ちょっと背後注意。
毎年、強欲な腐れ縁の同級生が私からチョコレートを集りに揃ってやって来ることが通例となっている、このイベントの日。
今年は朝からその気配が一向に見えず、偶然顔を合わせてもただ普通に挨拶したり、或いはそれぞれの今日の予定の話をしたりするだけで。
ああやっぱり、遠慮されてるのかなと少し気恥ずかしく思う私も含めて、それぞれ各々の実習や実地訓練に向けて校外に出かけていった。
帰って来るタイミングも七人全員バラバラで、私より先に帰っていたらしい留三郎にたまたま会った時、何気ないことのように言われた。
「伊作なら晩飯前には帰って来れるかもって言ってたぞ。」
「ふうん、そう。あり…」
ありがとう、と言いかけて。相手の顔がニヤニヤしていることに気付く。お礼を言う義理などない。
「…帰って来る前に風呂入っといた方がいいぜ?」
「うっさい余計なお世話っ!」
「あ、俺今夜は外に出かけてるから。帰んの明日の昼になるわ。」
「だから訊いてないっつーの!!」
と返しつつ、元々会うのは夜にと約束をしていたので、私はそれまでにはお風呂と早めの夕食をしっかり済ませておいたのだった。
…とは言え。お風呂は済ませたけれど流石に薄い寝間着でうろうろするのは寒い(し、女子としては何となくはしたない気もする)ので、私も、そして伊作もそれぞれ洗った制服に着替えていた。日中と違うのは、頭巾が無いことだけ。
長屋の、伊作と留三郎の部屋の前の縁側に並んで腰掛けて。
「えっと……ど、どうぞ?」
バレンタインのチョコレートを、去年までとはお互いの関係性が変わっているのに相変わらずぎこちなく渡してしまって、自分でも呆れてしまう。
少し笑いながら、ありがとう、と受け取ってくれた伊作はその包みを見つめて、ふと。
「…ねえ、そういえばさ。訊いてもいい?」
「ん、何を?」
「一年の時のバレンタイン、もしかして…最初から僕にくれるつもりだった?」
慎重に訊いて、チラ、とこちらを伺ってくる。その顔に、わざと少しだけ、唇を尖らせて見せた。
「…いちおう毎年、本命のつもりですが?」
すると、その顔がますます申し訳なさそうな表情になる。
「僕、あの時、ひまりが義理のつもりでくれてるんだとばっかり思ってたから…たまたまくれただけ、なんて言ってしまって。ごめん…。」
「やだ、気にしてたの?もういいのに、そんなの。」
不機嫌な演技は、つい吹き出してしまったことでその仮面が剥がれる。
「それに私も、皆と同じように伊作にも義理であげてる、ってテイで渡してたし。伊作だけ多い!…とかなったら、小平太たちにまた文句言われたりからかわれたりするから、皆のと同じにせざるを得なかったけど。」
「そんなの、全然。…ごめん、気を遣わせちゃって。」
「別に、今更だしいいわよ。大体あいつらもさあ、私じゃなくたってチョコくれる女の子なんて他にいくらでもいるくせに、何で毎年毎年当然みたいな顔して貰いに来るんだか。ほんと強欲よねー。」
愚痴ると、伊作は苦笑するだけで何も言わなかった。自分も貰いに来るその中の一人だったから、何も言えないってことなのだろうか。
そう思った時、つい、くしゃみをしてしまった。
「寒い?大丈夫?」
「んー、やっぱ半纏着てくれば良かったかも…。」
冷たくなってしまった指先に息を吹きかけて温めていると。
「風邪ひいちゃマズいから、部屋、入ろっか。」
ドキン、と。胸の辺りが大きな音を立てたのが聞こえたりしなかっただろうか。
硬直する私に、縁側から上がって部屋の戸を開けた伊作が振り返って首を傾げる。
「…どうしたの?」
「いや…何というか、入っていいのかなって…。」
だって、ーーーーーーー訊かれただけでこんなに、すごいドキドキしてるのに。
躊躇する私に伊作は、良いに決まってるじゃないか、なんて言って笑いかけてくる。
「ほら、火鉢も起こしてるし。あったかいよ?」
おずおず、私もそこまで言われて漸く部屋の中に入る。
戸を閉めて、膝を下ろして、座った。
…しまった、微妙な距離を空けてしまった…!気まずい…で、でも今更にじり寄るというのも……?
「……あのさ、」
「はいぃっ?!」
「…そんなに緊張されると、こっちも何だか緊張してきちゃうよ…。」
「う……だって……」
留三郎の、でもあるけど。伊作の部屋。
しかも、二人きり。
こんなの慣れなくて、緊張しない方が変じゃない。
かちこちな私の様子に苦笑していた伊作は、話題を変えるように改めて包みを持ち直して言う。
「開けてもいい?」
「あ、うん。」
「今回は、手作りなんだね。」
「うん…。美味しくできてるか、分かんないけど。」
ラッピングからも手作り感が出ていたみたい。でも伊作は嬉しそう。
「えっと、初めて作って…一応、長次に教えてもらいながらだったから大丈夫だとは思うんだけど。味とか。」
「…そっか、うん。そうだよね。長次、お菓子作るの上手いもんね。うん…。」
その時の私は、続く緊張と、チョコレートが美味しくできているかどうかの方に意識が行ってしまっていて。伊作が、何か自分で自分を納得させるように頷いている様子だったことについては、あまり気に留める余裕が無かった。
「ね、今食べていい?」
「勿論。…っていうか、食べてくれなきゃヤダ。」
「あはは、そんな心配しなくていいのに。ひまりがくれたもの、食べないわけないだろ?」
「……ズルい。」
「ん、何?」
「何でもないっ。」
「ねえ。…食べさせてほしい、な。」
「っ!」
ドキン、と。また心の臓が飛び上がる。
いつもと変わらない伊作のはずなのに、付き合い始めてからは、ふとした瞬間に、今まで知らなかった一面が見えることがあって。
…こんな表情するなんて、聞いてない。
普段より少し近付いた顔が、じっと私を見つめている。少し、甘えるような眼差しで。
もう、それだけで顔が沸騰しそうだ。
「た、食べさせてって…」
「ダメ?」
「…ぅ…」
「ふふ、ごめんごめん。ちょっとからかっただけ。いただきまーす。」
自分でチョコをつまみ取って口に運び、「ん、美味しいよ。」と笑ってくれる伊作に。
もう、顔が沸騰しそうなのに。
私の指でつまんだチョコを、伊作の口元に持っていく。
「…いいの?」
「っ、ほら、早く口開けて…っ」
恥ずかしくて、情けなく指が震える私に、伊作は破顔する。
「わ、笑ってないで…!」
「うん。」
口を開けかけて、伊作はふと思い出したように。
「そういえばチョコレートって、媚薬効果あるらしいよ。」
「へ、へぇ。流石、薬にお詳しい天下の保健委員長ですね。ていうか、早く食べてくれない…?」
「…だから、さ。今年は、他の人には……」
え、え?と思っているうちに、頬に指先を触れられ。伊作の顔が近付く。
待っ…急にそんな、まだ心の準備が…!
「ーーーーーーーお、おいちょっと、押すなって…!」
「馬鹿、お前が押してんだよ!」
「もそ…狭い。」
「おい暴れるな、馬鹿ツートップ!」
「んだと誰が馬鹿だ……ってあぁああ!!?」
急に外が騒がしくなったと思ったら、突然、部屋の障子の戸が倒れて。
「…留三郎?!ってか、皆も…出かけてるんじゃなかったの?!」
雪崩を起こした同級生たち五人が、見つかってヤバいという顔になる。
小平太が体を起こしながら、後頭部に手をやって誤魔化すように。
「い、いやーその、毎年くれるし今年も貰っとこーかなと思って…な、なんちゃって…?」
「はぁあ?言っとくけど、私が自主的にあげてるんじゃないんだからね?!あんたたちがくれくれって毎年うるさいからーーーーーーー」
反論する途中。指先につまんだままだったチョコを、かぷっと取られた。
「皆には悪いけど、あげない。」
指にほんの一瞬触れた、伊作の唇のやわらかさにドキッとする。小平太たちがまた、ブーイングを起こす。
「えぇー何だよ、伊作だけ!」
「おーやおや、お熱いことで?」
「もう!覗いてないで早くどっか行…」
「はーもう、こんな時まで騒がしいんだから。ほら、一応用意してやってるから貰ったらさっさと出て行きなさいよ。」
「………え?」
留三郎たちが、キョトンとする。
正直、ある意味助かったなんて思ってしまった。緊張でどうにかなりそうだったから、それを紛らわすように私は立ち上がって、いつ来られてもいいように懐に持っていたなけなしのチョコの袋をとりあえず近くにいた文次郎にまとめてドサッと手渡す。
「…いやあの、…すまん、冗談のつもりだったんだが、」
「だって毎年たかるじゃん。嫌んなるよ、こういう時だけ女扱いなんだから。用意してなかった一年生の時の、皆のブーイングときたら…」
「分かった、あの時は悪かったひまり。だから、…な?」
仙蔵に、両肩を持ってぐるりと部屋の中の方に正面を向けられた私は。
…伊作がその場に座り込んだまま、こっちに背中を向けていることに気付いて。
「……まあ、すまんが…後は当人たち同士で話し合ってくれ。じゃーな。」
用具委員長の流石の手際の良さで直された障子が、静かに閉め切られる。
明らかに変わってしまった、部屋の中の空気。
ずっと黙っている伊作の背中に、私は声をかける。
「い、伊作…?」
「何?」
「…怒ってる、の?」
「当たり前だよ。」
その声音に、ギクリとしてしまう。
「僕だって怒るよ。付き合ってる子が目の前で、他の奴にチョコあげてるのなんか見たら。喩えそれが、義理だって分かってても。」
「ご、ごめん…もうしないって…」
焦って、伊作のそばに膝をついて袖に触れようとしたら、ほんの少し腕を動かして避けられてしまった。
ーーーーーーーたったそれだけなのに、まるで、頭を殴られたような衝撃。不機嫌な声のまま、伊作は続ける。
「もう、誰にもあげないって約束して。」
「す、る……からっ」
あ。駄目だヤバいこれ、ーーーーーーーーーーそう思った時にはもう既に、視界がぼやけていた。
「…き、嫌いに……なら、ないで…っ」
「…え……?」
「伊作に、嫌われたらやだ…」
「そんな、嫌いにだなんて、僕はただ…」
伊作が今度は慌てて振り返る気配。私の両肩を落ち着かせるように掴んで、首を振って言う。
「ごめん、違うんだひまり。…というか、むしろその逆っていうか…」
「……も、怒ってない……?」
「うん。本当にごめん、嫌な思いさせて。…好きだよ、ひまり。」
「…!」
頬にそっと手を触れながらそう言われて。いっそう、涙が溢れてきて。それは嬉し涙だったのに、伊作はまた慌てて。
「わっ、ひまり?!ごめん本当に、」
「伊作、」
その慌てる様子も可笑しくて、…そしてたまらなく幸せで。目尻から、ぬくい涙をこぼして、私は笑った。
「私も、伊作のこと大好きだよ。誰にも渡さない。…浮気したら許さないんだからね?」
そう言ってやったら。伊作も、赤くなった顔で照れたように笑った。
ーーーーーーーーーーそうして笑い合っていたのが、ふっと収まった一瞬。
見つめられたまま、両頬を包むように手を添えられ。唇を重ねられた。
一番強くなる、伊作の匂い。体温。
じわりと広がっていくその熱は、たちまち心拍数を上げさせる。
一度少し離れて、僅かに見つめて、また触れて。降ってくる優しい熱は何度も、私の唇の感触を確かめるように、角度を変えて、なぞって、軽く噛んで、吸って。
「…ひまり……」
匂いも、声の甘さも、指の優しさも、唇の熱も。全身に広がっていって、私はたちまちに満たされる。
胸の内に広がる幸せと嬉しさでまた涙が滲むけど、それ以上に、ドキドキと暴れる心の臓が苦しい。何とか応えるのが精一杯で。
このまま胸を突き破って出てきたりしたらどうしよう、なんて考えているうちに。
次に角度を変えられた時だった。
唇がより密着して、ーーーーーーー生温かい感触が、口の僅かな隙間を割って入ってきた。
「……んっ…?!」
幸せを噛みしめて閉じていた目を、思わずまた見開く。
初めての感触に戸惑い、固まっているうちに、差し込まれたその舌先は更に中へと入ってきて。自分の舌先を絡め取られ、上顎をなぞられ。…苦しくなる息の合間、さっき伊作が食べたチョコの味を微かに感じた。
頬に添えられていたはずの手は、いつの間にか頭を後ろから持って支えるようにして私の顔を固定していて。
…やや強引にも感じられるその力が、ほんの少し怖い。
「っん、ふ……」
口の中で動かされる度に、ちゅく、と水のような音がして。そんな音、恥ずかしくてたまらない。
空いた両手で必死に伊作の胸を押し返すと、一応は一旦解放してくれたけれど顔は近いまま。体も腕に閉じ込められてて逃げられない。
伊作の、熱に浮かされたようにほんのり染まる頬。とろんとした、愛おしげなその眼差しでじっと見つめられて、顔に熱が集まるような気がして。思わず顔をよそに背けてしまう。
「ひまり、こっち向いて。」
「や、そんな…」
「…可愛い。」
逸らしたいのに。隠したいのに。伊作は全然逃してくれない。
わざとのように、左頬の傷痕の少し上をぺろ、と舐められて、ビクリと体が揺れる。生温かいその感触に、まるで、記憶をなぞられたようで。
額、まぶた、こめかみと、寄せられた唇が耳にも触れ。耳たぶを甘噛みされ、背中をゾクゾクとした感覚が走る。
「ふ、ぁっ…」
「可愛いよ、ひまり。」
囁くように呟く声が、恥ずかしさをいっそう募らせてくる。
そのまま、耳のすぐ下の付け根に唇を落とされる。耳にかかる吐息は熱くて。目眩がしそうなほどで。
押し返す手に、うまく力が入らない。
触れられるたび、私が私じゃなくなるみたい。
「んっ…だ、め……ッ」
「やだ。やめない。」
「あっ……」
無防備な首筋に、熱い唇が吸い付く。ちくり、と小さく刺されたような痛みが走った。
「ちょ、伊作何して、」
そう言いかけた時。ーーーーーーー伊作の指が、制服の襟元の合わせから、入りかけて。
驚いたどころの話ではなく。
もうそんな、それまでの比じゃないほど、全身が強張った。
頬も、さっきまで熱かったはずなのに、まるで血の気が引いたみたいに。
その反応を、触れている伊作が気付かないはずがなく。
「……ひまり……?」
ハッキリと、怖い、と感じてしまった。
分からない、わけじゃなくて。
伊作が何をしようとしているのか。
私がどうなってしまうのか。
分かってて、ーーーーーーーだからこそ、そのことが、怖くて。
思わずギュッと目を瞑ってしまう。
上がる息は、もう、怖いという気持ちからくる鼓動の高鳴りのせいでしかなかった。
「ご、…ごめん。もう、しないよ。」
けれど伊作は、私から手を離して。距離さえ置くような気配に目を開いて見ると、俯き気味の顔はひどく後悔したような表情をしていた。
…まるで、私より怯えているような。
その表情に、私は慌てて、
「待って、…行かないで…!」
部屋の外にさえ行こうとするように腰を浮かしかけていた伊作の手を、掴んで引き止めた。
「ひまり…」
「違うの、嫌なんじゃなくて、その、……」
掴んだ反対側から、もう一方の手もそっと添えるように握る。
振り返る伊作の目を、逸らさず見つめて、私は。
「……そ、卒業したら、…私を、もらってくれる?その、時に…さ。」
女の自分から、そんなことを言うなんて。
両親が聞いたら卒倒するんだろうな、と頭の片隅で小さく苦笑する。
「…いいの?」
「当たり前じゃない。…それとも、私じゃ嫌?」
「そんなっ、そんなわけないじゃないか!」
背中が反るほど、ぎゅっと抱きしめられる。
「わっ、ちょっ…!?」
「嬉しい、僕、すっごく嬉しいよ!」
「い、伊作、苦しいって…」
「ありがとう、ひまり…絶対、絶対大事にするから…!」
「…うん。私も嬉しいよ、伊作。」
ひとしきり抱きしめた後で、伊作が腕を緩めたタイミングで私は、改まって言う。
「だからね、その…式、上げるまで待ってほしいの。それまでにはちゃんと、か……覚悟、しておく、から…っ」
それを言うのは恥ずかしかったけれど。何とか言い切って。そんな私を見て伊作も、苦笑しながら頷いてくれた。
「分かった。…そうだよね。ごめん。」
「ううん。……ところでさ、」
「うん?」
「伊作からは、言ってくれないの?」
そう訊くと伊作は、真剣な顔に。でも、緊張はしてなくて。
穏やかな笑顔で。
「ひまり。ここを卒業したら、僕の妻になってくれますか?」
「はい。喜んで、お受けいたします。」
いとおしく目を見つめ、お互いの手を握り合ったまま、重ねるだけの口吸いをする。額をくっつけ合い、二人で笑った。
その翌朝。私はすっかり幸せな気持ちに包まれて、ーーーーーーーあることをうっかり忘れてしまっていた。
全く思いも寄らず、自室を出て食堂に向かう途中、仙蔵と文次郎に会ったので「あ、おはよう」と普通に挨拶したら。
「なっ、お、お前…ッ?!!」
私の顔を見て、急に赤い顔で慌てだす文次郎と。
「良かったな。今夜は赤飯か?」
意味深な台詞を口にしながら、顎に手を当ててニヤニヤと笑い始める仙蔵。
「……何、急に。」
「伊作は、上手かったか?」
「は?」
「とぼけても無駄だぞ。こんな見える所に、"印"までつけておいて。」
言われて、そして仙蔵の白い指先でその"痕"が残っている首筋をするりと撫でられて。ーーーーーーー顔が一気に煮上がる。
「ち、違ッ、こ、これはそのっ」
「ば、ば、バカタレッ!お前らなん、なんて破廉恥なことを…!?」
「だからしてないってば!ていうか、あんま見ないで……ーーーーーーー!」
もう遅すぎるけれど痕のある辺りを手で覆って隠していると。反対の腕を急にぐいっと後ろに引かれた。驚いて、なされるがままに私は、いつの間にか後ろに来ていた伊作の方に引き寄せられる。
「仙蔵っ、もういい加減、気安く触らないでくれ!」
顔は見えないけれど、伊作の声は少し怒っていた。それに対して仙蔵は至って落ち着いて、というよりかなり余裕な声音で、薄く笑ってもいる。
「伊作、男とて嫉妬が過ぎると、あまり美しいものではないぞ?」
「だったら煽るようなことするなよ!」
「お前こそ、その腕の中のヤツを少しは気遣ってやったらどうだ?」
「何を、……ひまり?」
そこで伊作は漸く、抱きしめた私の様子に気付いたらしい。
真っ赤になっているであろう顔と、プルプル小刻みに震える肩に。
「……い、」
「え?」
伊作が聞き返そうとした、次の瞬間。
「伊作のばかぁーーーッ!!!」
「え、えぇえ?!?!」
叫んで彼を突き飛ばして、私は首の痕を隠すために手ぬぐいを取りに、自室に戻ってしまったのだった。
後書き。
勢いでプロポーズまでしてしまいましたが、今回のお話、いかがだったでしょうか。最後がどうしてもギャグ落ちになってしまって、すみません。
本当は最初からこのバレンタインの話をずっと書きたくて、この度漸く(メイン本編がちゃんと区切り着くまで出せないと思ってたので)出せて、本当に良かったです。
…というか、急にR15でごめんなさい…(??
最初はほの甘〜、な雰囲気だけで終わるつもりが、いつの間にこんなにもモリモリな内容になってしまったのか…
まあ仕方ないね、バレンタインだからね!←開き直った
そして、モリモリにはなってしまったけど、いちおうR15までで留め置くつもりだったので、ちょっとお預け状態になってしまって伊作君には申し訳ない気もしているのですが……まあそれも仕方ありません、まだ在学中だもの。頑張って卒業してくれっていうね。
というか、たぶん挨拶もまだしていないのに、うっかり先にできちゃったりしたら夢主のご両親がブチ切れると思います。笑
それでは、ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
『chocolat × portion』
※メイン本編完結後のバレンタインエピソードです。
※相変わらず現代日本の文化が逆輸入した室町時代後期の設定でお送りいたしております。
※あまあまR15、ちょっと背後注意。
毎年、強欲な腐れ縁の同級生が私からチョコレートを集りに揃ってやって来ることが通例となっている、このイベントの日。
今年は朝からその気配が一向に見えず、偶然顔を合わせてもただ普通に挨拶したり、或いはそれぞれの今日の予定の話をしたりするだけで。
ああやっぱり、遠慮されてるのかなと少し気恥ずかしく思う私も含めて、それぞれ各々の実習や実地訓練に向けて校外に出かけていった。
帰って来るタイミングも七人全員バラバラで、私より先に帰っていたらしい留三郎にたまたま会った時、何気ないことのように言われた。
「伊作なら晩飯前には帰って来れるかもって言ってたぞ。」
「ふうん、そう。あり…」
ありがとう、と言いかけて。相手の顔がニヤニヤしていることに気付く。お礼を言う義理などない。
「…帰って来る前に風呂入っといた方がいいぜ?」
「うっさい余計なお世話っ!」
「あ、俺今夜は外に出かけてるから。帰んの明日の昼になるわ。」
「だから訊いてないっつーの!!」
と返しつつ、元々会うのは夜にと約束をしていたので、私はそれまでにはお風呂と早めの夕食をしっかり済ませておいたのだった。
…とは言え。お風呂は済ませたけれど流石に薄い寝間着でうろうろするのは寒い(し、女子としては何となくはしたない気もする)ので、私も、そして伊作もそれぞれ洗った制服に着替えていた。日中と違うのは、頭巾が無いことだけ。
長屋の、伊作と留三郎の部屋の前の縁側に並んで腰掛けて。
「えっと……ど、どうぞ?」
バレンタインのチョコレートを、去年までとはお互いの関係性が変わっているのに相変わらずぎこちなく渡してしまって、自分でも呆れてしまう。
少し笑いながら、ありがとう、と受け取ってくれた伊作はその包みを見つめて、ふと。
「…ねえ、そういえばさ。訊いてもいい?」
「ん、何を?」
「一年の時のバレンタイン、もしかして…最初から僕にくれるつもりだった?」
慎重に訊いて、チラ、とこちらを伺ってくる。その顔に、わざと少しだけ、唇を尖らせて見せた。
「…いちおう毎年、本命のつもりですが?」
すると、その顔がますます申し訳なさそうな表情になる。
「僕、あの時、ひまりが義理のつもりでくれてるんだとばっかり思ってたから…たまたまくれただけ、なんて言ってしまって。ごめん…。」
「やだ、気にしてたの?もういいのに、そんなの。」
不機嫌な演技は、つい吹き出してしまったことでその仮面が剥がれる。
「それに私も、皆と同じように伊作にも義理であげてる、ってテイで渡してたし。伊作だけ多い!…とかなったら、小平太たちにまた文句言われたりからかわれたりするから、皆のと同じにせざるを得なかったけど。」
「そんなの、全然。…ごめん、気を遣わせちゃって。」
「別に、今更だしいいわよ。大体あいつらもさあ、私じゃなくたってチョコくれる女の子なんて他にいくらでもいるくせに、何で毎年毎年当然みたいな顔して貰いに来るんだか。ほんと強欲よねー。」
愚痴ると、伊作は苦笑するだけで何も言わなかった。自分も貰いに来るその中の一人だったから、何も言えないってことなのだろうか。
そう思った時、つい、くしゃみをしてしまった。
「寒い?大丈夫?」
「んー、やっぱ半纏着てくれば良かったかも…。」
冷たくなってしまった指先に息を吹きかけて温めていると。
「風邪ひいちゃマズいから、部屋、入ろっか。」
ドキン、と。胸の辺りが大きな音を立てたのが聞こえたりしなかっただろうか。
硬直する私に、縁側から上がって部屋の戸を開けた伊作が振り返って首を傾げる。
「…どうしたの?」
「いや…何というか、入っていいのかなって…。」
だって、ーーーーーーー訊かれただけでこんなに、すごいドキドキしてるのに。
躊躇する私に伊作は、良いに決まってるじゃないか、なんて言って笑いかけてくる。
「ほら、火鉢も起こしてるし。あったかいよ?」
おずおず、私もそこまで言われて漸く部屋の中に入る。
戸を閉めて、膝を下ろして、座った。
…しまった、微妙な距離を空けてしまった…!気まずい…で、でも今更にじり寄るというのも……?
「……あのさ、」
「はいぃっ?!」
「…そんなに緊張されると、こっちも何だか緊張してきちゃうよ…。」
「う……だって……」
留三郎の、でもあるけど。伊作の部屋。
しかも、二人きり。
こんなの慣れなくて、緊張しない方が変じゃない。
かちこちな私の様子に苦笑していた伊作は、話題を変えるように改めて包みを持ち直して言う。
「開けてもいい?」
「あ、うん。」
「今回は、手作りなんだね。」
「うん…。美味しくできてるか、分かんないけど。」
ラッピングからも手作り感が出ていたみたい。でも伊作は嬉しそう。
「えっと、初めて作って…一応、長次に教えてもらいながらだったから大丈夫だとは思うんだけど。味とか。」
「…そっか、うん。そうだよね。長次、お菓子作るの上手いもんね。うん…。」
その時の私は、続く緊張と、チョコレートが美味しくできているかどうかの方に意識が行ってしまっていて。伊作が、何か自分で自分を納得させるように頷いている様子だったことについては、あまり気に留める余裕が無かった。
「ね、今食べていい?」
「勿論。…っていうか、食べてくれなきゃヤダ。」
「あはは、そんな心配しなくていいのに。ひまりがくれたもの、食べないわけないだろ?」
「……ズルい。」
「ん、何?」
「何でもないっ。」
「ねえ。…食べさせてほしい、な。」
「っ!」
ドキン、と。また心の臓が飛び上がる。
いつもと変わらない伊作のはずなのに、付き合い始めてからは、ふとした瞬間に、今まで知らなかった一面が見えることがあって。
…こんな表情するなんて、聞いてない。
普段より少し近付いた顔が、じっと私を見つめている。少し、甘えるような眼差しで。
もう、それだけで顔が沸騰しそうだ。
「た、食べさせてって…」
「ダメ?」
「…ぅ…」
「ふふ、ごめんごめん。ちょっとからかっただけ。いただきまーす。」
自分でチョコをつまみ取って口に運び、「ん、美味しいよ。」と笑ってくれる伊作に。
もう、顔が沸騰しそうなのに。
私の指でつまんだチョコを、伊作の口元に持っていく。
「…いいの?」
「っ、ほら、早く口開けて…っ」
恥ずかしくて、情けなく指が震える私に、伊作は破顔する。
「わ、笑ってないで…!」
「うん。」
口を開けかけて、伊作はふと思い出したように。
「そういえばチョコレートって、媚薬効果あるらしいよ。」
「へ、へぇ。流石、薬にお詳しい天下の保健委員長ですね。ていうか、早く食べてくれない…?」
「…だから、さ。今年は、他の人には……」
え、え?と思っているうちに、頬に指先を触れられ。伊作の顔が近付く。
待っ…急にそんな、まだ心の準備が…!
「ーーーーーーーお、おいちょっと、押すなって…!」
「馬鹿、お前が押してんだよ!」
「もそ…狭い。」
「おい暴れるな、馬鹿ツートップ!」
「んだと誰が馬鹿だ……ってあぁああ!!?」
急に外が騒がしくなったと思ったら、突然、部屋の障子の戸が倒れて。
「…留三郎?!ってか、皆も…出かけてるんじゃなかったの?!」
雪崩を起こした同級生たち五人が、見つかってヤバいという顔になる。
小平太が体を起こしながら、後頭部に手をやって誤魔化すように。
「い、いやーその、毎年くれるし今年も貰っとこーかなと思って…な、なんちゃって…?」
「はぁあ?言っとくけど、私が自主的にあげてるんじゃないんだからね?!あんたたちがくれくれって毎年うるさいからーーーーーーー」
反論する途中。指先につまんだままだったチョコを、かぷっと取られた。
「皆には悪いけど、あげない。」
指にほんの一瞬触れた、伊作の唇のやわらかさにドキッとする。小平太たちがまた、ブーイングを起こす。
「えぇー何だよ、伊作だけ!」
「おーやおや、お熱いことで?」
「もう!覗いてないで早くどっか行…」
「はーもう、こんな時まで騒がしいんだから。ほら、一応用意してやってるから貰ったらさっさと出て行きなさいよ。」
「………え?」
留三郎たちが、キョトンとする。
正直、ある意味助かったなんて思ってしまった。緊張でどうにかなりそうだったから、それを紛らわすように私は立ち上がって、いつ来られてもいいように懐に持っていたなけなしのチョコの袋をとりあえず近くにいた文次郎にまとめてドサッと手渡す。
「…いやあの、…すまん、冗談のつもりだったんだが、」
「だって毎年たかるじゃん。嫌んなるよ、こういう時だけ女扱いなんだから。用意してなかった一年生の時の、皆のブーイングときたら…」
「分かった、あの時は悪かったひまり。だから、…な?」
仙蔵に、両肩を持ってぐるりと部屋の中の方に正面を向けられた私は。
…伊作がその場に座り込んだまま、こっちに背中を向けていることに気付いて。
「……まあ、すまんが…後は当人たち同士で話し合ってくれ。じゃーな。」
用具委員長の流石の手際の良さで直された障子が、静かに閉め切られる。
明らかに変わってしまった、部屋の中の空気。
ずっと黙っている伊作の背中に、私は声をかける。
「い、伊作…?」
「何?」
「…怒ってる、の?」
「当たり前だよ。」
その声音に、ギクリとしてしまう。
「僕だって怒るよ。付き合ってる子が目の前で、他の奴にチョコあげてるのなんか見たら。喩えそれが、義理だって分かってても。」
「ご、ごめん…もうしないって…」
焦って、伊作のそばに膝をついて袖に触れようとしたら、ほんの少し腕を動かして避けられてしまった。
ーーーーーーーたったそれだけなのに、まるで、頭を殴られたような衝撃。不機嫌な声のまま、伊作は続ける。
「もう、誰にもあげないって約束して。」
「す、る……からっ」
あ。駄目だヤバいこれ、ーーーーーーーーーーそう思った時にはもう既に、視界がぼやけていた。
「…き、嫌いに……なら、ないで…っ」
「…え……?」
「伊作に、嫌われたらやだ…」
「そんな、嫌いにだなんて、僕はただ…」
伊作が今度は慌てて振り返る気配。私の両肩を落ち着かせるように掴んで、首を振って言う。
「ごめん、違うんだひまり。…というか、むしろその逆っていうか…」
「……も、怒ってない……?」
「うん。本当にごめん、嫌な思いさせて。…好きだよ、ひまり。」
「…!」
頬にそっと手を触れながらそう言われて。いっそう、涙が溢れてきて。それは嬉し涙だったのに、伊作はまた慌てて。
「わっ、ひまり?!ごめん本当に、」
「伊作、」
その慌てる様子も可笑しくて、…そしてたまらなく幸せで。目尻から、ぬくい涙をこぼして、私は笑った。
「私も、伊作のこと大好きだよ。誰にも渡さない。…浮気したら許さないんだからね?」
そう言ってやったら。伊作も、赤くなった顔で照れたように笑った。
ーーーーーーーーーーそうして笑い合っていたのが、ふっと収まった一瞬。
見つめられたまま、両頬を包むように手を添えられ。唇を重ねられた。
一番強くなる、伊作の匂い。体温。
じわりと広がっていくその熱は、たちまち心拍数を上げさせる。
一度少し離れて、僅かに見つめて、また触れて。降ってくる優しい熱は何度も、私の唇の感触を確かめるように、角度を変えて、なぞって、軽く噛んで、吸って。
「…ひまり……」
匂いも、声の甘さも、指の優しさも、唇の熱も。全身に広がっていって、私はたちまちに満たされる。
胸の内に広がる幸せと嬉しさでまた涙が滲むけど、それ以上に、ドキドキと暴れる心の臓が苦しい。何とか応えるのが精一杯で。
このまま胸を突き破って出てきたりしたらどうしよう、なんて考えているうちに。
次に角度を変えられた時だった。
唇がより密着して、ーーーーーーー生温かい感触が、口の僅かな隙間を割って入ってきた。
「……んっ…?!」
幸せを噛みしめて閉じていた目を、思わずまた見開く。
初めての感触に戸惑い、固まっているうちに、差し込まれたその舌先は更に中へと入ってきて。自分の舌先を絡め取られ、上顎をなぞられ。…苦しくなる息の合間、さっき伊作が食べたチョコの味を微かに感じた。
頬に添えられていたはずの手は、いつの間にか頭を後ろから持って支えるようにして私の顔を固定していて。
…やや強引にも感じられるその力が、ほんの少し怖い。
「っん、ふ……」
口の中で動かされる度に、ちゅく、と水のような音がして。そんな音、恥ずかしくてたまらない。
空いた両手で必死に伊作の胸を押し返すと、一応は一旦解放してくれたけれど顔は近いまま。体も腕に閉じ込められてて逃げられない。
伊作の、熱に浮かされたようにほんのり染まる頬。とろんとした、愛おしげなその眼差しでじっと見つめられて、顔に熱が集まるような気がして。思わず顔をよそに背けてしまう。
「ひまり、こっち向いて。」
「や、そんな…」
「…可愛い。」
逸らしたいのに。隠したいのに。伊作は全然逃してくれない。
わざとのように、左頬の傷痕の少し上をぺろ、と舐められて、ビクリと体が揺れる。生温かいその感触に、まるで、記憶をなぞられたようで。
額、まぶた、こめかみと、寄せられた唇が耳にも触れ。耳たぶを甘噛みされ、背中をゾクゾクとした感覚が走る。
「ふ、ぁっ…」
「可愛いよ、ひまり。」
囁くように呟く声が、恥ずかしさをいっそう募らせてくる。
そのまま、耳のすぐ下の付け根に唇を落とされる。耳にかかる吐息は熱くて。目眩がしそうなほどで。
押し返す手に、うまく力が入らない。
触れられるたび、私が私じゃなくなるみたい。
「んっ…だ、め……ッ」
「やだ。やめない。」
「あっ……」
無防備な首筋に、熱い唇が吸い付く。ちくり、と小さく刺されたような痛みが走った。
「ちょ、伊作何して、」
そう言いかけた時。ーーーーーーー伊作の指が、制服の襟元の合わせから、入りかけて。
驚いたどころの話ではなく。
もうそんな、それまでの比じゃないほど、全身が強張った。
頬も、さっきまで熱かったはずなのに、まるで血の気が引いたみたいに。
その反応を、触れている伊作が気付かないはずがなく。
「……ひまり……?」
ハッキリと、怖い、と感じてしまった。
分からない、わけじゃなくて。
伊作が何をしようとしているのか。
私がどうなってしまうのか。
分かってて、ーーーーーーーだからこそ、そのことが、怖くて。
思わずギュッと目を瞑ってしまう。
上がる息は、もう、怖いという気持ちからくる鼓動の高鳴りのせいでしかなかった。
「ご、…ごめん。もう、しないよ。」
けれど伊作は、私から手を離して。距離さえ置くような気配に目を開いて見ると、俯き気味の顔はひどく後悔したような表情をしていた。
…まるで、私より怯えているような。
その表情に、私は慌てて、
「待って、…行かないで…!」
部屋の外にさえ行こうとするように腰を浮かしかけていた伊作の手を、掴んで引き止めた。
「ひまり…」
「違うの、嫌なんじゃなくて、その、……」
掴んだ反対側から、もう一方の手もそっと添えるように握る。
振り返る伊作の目を、逸らさず見つめて、私は。
「……そ、卒業したら、…私を、もらってくれる?その、時に…さ。」
女の自分から、そんなことを言うなんて。
両親が聞いたら卒倒するんだろうな、と頭の片隅で小さく苦笑する。
「…いいの?」
「当たり前じゃない。…それとも、私じゃ嫌?」
「そんなっ、そんなわけないじゃないか!」
背中が反るほど、ぎゅっと抱きしめられる。
「わっ、ちょっ…!?」
「嬉しい、僕、すっごく嬉しいよ!」
「い、伊作、苦しいって…」
「ありがとう、ひまり…絶対、絶対大事にするから…!」
「…うん。私も嬉しいよ、伊作。」
ひとしきり抱きしめた後で、伊作が腕を緩めたタイミングで私は、改まって言う。
「だからね、その…式、上げるまで待ってほしいの。それまでにはちゃんと、か……覚悟、しておく、から…っ」
それを言うのは恥ずかしかったけれど。何とか言い切って。そんな私を見て伊作も、苦笑しながら頷いてくれた。
「分かった。…そうだよね。ごめん。」
「ううん。……ところでさ、」
「うん?」
「伊作からは、言ってくれないの?」
そう訊くと伊作は、真剣な顔に。でも、緊張はしてなくて。
穏やかな笑顔で。
「ひまり。ここを卒業したら、僕の妻になってくれますか?」
「はい。喜んで、お受けいたします。」
いとおしく目を見つめ、お互いの手を握り合ったまま、重ねるだけの口吸いをする。額をくっつけ合い、二人で笑った。
その翌朝。私はすっかり幸せな気持ちに包まれて、ーーーーーーーあることをうっかり忘れてしまっていた。
全く思いも寄らず、自室を出て食堂に向かう途中、仙蔵と文次郎に会ったので「あ、おはよう」と普通に挨拶したら。
「なっ、お、お前…ッ?!!」
私の顔を見て、急に赤い顔で慌てだす文次郎と。
「良かったな。今夜は赤飯か?」
意味深な台詞を口にしながら、顎に手を当ててニヤニヤと笑い始める仙蔵。
「……何、急に。」
「伊作は、上手かったか?」
「は?」
「とぼけても無駄だぞ。こんな見える所に、"印"までつけておいて。」
言われて、そして仙蔵の白い指先でその"痕"が残っている首筋をするりと撫でられて。ーーーーーーー顔が一気に煮上がる。
「ち、違ッ、こ、これはそのっ」
「ば、ば、バカタレッ!お前らなん、なんて破廉恥なことを…!?」
「だからしてないってば!ていうか、あんま見ないで……ーーーーーーー!」
もう遅すぎるけれど痕のある辺りを手で覆って隠していると。反対の腕を急にぐいっと後ろに引かれた。驚いて、なされるがままに私は、いつの間にか後ろに来ていた伊作の方に引き寄せられる。
「仙蔵っ、もういい加減、気安く触らないでくれ!」
顔は見えないけれど、伊作の声は少し怒っていた。それに対して仙蔵は至って落ち着いて、というよりかなり余裕な声音で、薄く笑ってもいる。
「伊作、男とて嫉妬が過ぎると、あまり美しいものではないぞ?」
「だったら煽るようなことするなよ!」
「お前こそ、その腕の中のヤツを少しは気遣ってやったらどうだ?」
「何を、……ひまり?」
そこで伊作は漸く、抱きしめた私の様子に気付いたらしい。
真っ赤になっているであろう顔と、プルプル小刻みに震える肩に。
「……い、」
「え?」
伊作が聞き返そうとした、次の瞬間。
「伊作のばかぁーーーッ!!!」
「え、えぇえ?!?!」
叫んで彼を突き飛ばして、私は首の痕を隠すために手ぬぐいを取りに、自室に戻ってしまったのだった。
後書き。
勢いでプロポーズまでしてしまいましたが、今回のお話、いかがだったでしょうか。最後がどうしてもギャグ落ちになってしまって、すみません。
本当は最初からこのバレンタインの話をずっと書きたくて、この度漸く(メイン本編がちゃんと区切り着くまで出せないと思ってたので)出せて、本当に良かったです。
…というか、急にR15でごめんなさい…(??
最初はほの甘〜、な雰囲気だけで終わるつもりが、いつの間にこんなにもモリモリな内容になってしまったのか…
まあ仕方ないね、バレンタインだからね!←開き直った
そして、モリモリにはなってしまったけど、いちおうR15までで留め置くつもりだったので、ちょっとお預け状態になってしまって伊作君には申し訳ない気もしているのですが……まあそれも仕方ありません、まだ在学中だもの。頑張って卒業してくれっていうね。
というか、たぶん挨拶もまだしていないのに、うっかり先にできちゃったりしたら夢主のご両親がブチ切れると思います。笑
それでは、ここまでお読みいただき、ありがとうございました!