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『夏休み番外編① 余計な親切心』
忍術学園に、夏が来た。
長期の休み期間に入り、生徒も教職員も殆ど全員が学園を離れる、この時期。
実家に帰らず学園に残った陽太は、同じく残っている他の同級生たちと共に鍛錬に励んでいた。
基本は各自でメニューをこなす自主トレ形式だが、時には互いに手合わせをして切磋琢磨することもある。
そんな中、現在陽太は、ーーーーーーーー医務室に寝かされていた。
医務室の隅に敷いてもらった布団の上に仰向けになって、少し虚ろ気味な目線を横へ遣る。
「ごめん、伊作……」
「びっくりしたよ、急に倒れるんだもの。」
団扇で煽がれながら、そばに座っている伊作に苦笑される。
陽太は、熱中症になってしまったのだった。
それは少し前の時間のこと。
日差しの照りつける校庭に、木刀がぶつかり合う音が響く。
文次郎と留三郎の勝負が、正に佳境に入っていた時だった。
その勝負の行方を、一息つく傍ら小平太や仙蔵たちと眺めていた長次は、ふと、すぐ隣に立っていた陽太の様子に気付いて声をかける。
「…陽太、大丈夫か…?」
いつも覆面をしている頭巾は、今日は長次たちと同様暑いので着けていなかったが。元気の無さそうなその顔が、ゆるりと見上げる。
「う、うん。平気、…ちょっとふらついただけ……っ」
ちょっと、どころか、長次が声をかけた時には既に目は虚ろで。顔全体も、火照っていて。
「お前、汗凄いぞ。水ちゃんと飲んでるか?」
小平太に、そう話しかけられた瞬間。ふらり、とその体が傾いだ。
幸い長次が片腕で抱き止めて、地面に倒れることはなかったが。
「…ん?長次、陽太どうした?」
流石に気付いた留三郎が、勝負を中断して声を張って訊いてきた。
仙蔵が、浅く息をする陽太の火照った頬に手を当てて診ている。
「もしかして、熱中症になったんじゃないのか?」
「はあ?だらしねえな、もっとシャキッとしろ。」
木刀を肩にかける文次郎が半ば説教するように言うが、どうやらそれに噛み付くほどの元気もないらしい。
長次は、ぐったりしている陽太を支え直した。その時は丁度離れた場所にいて、気付いて慌てて駆け寄ってきた伊作に、その体を引き渡す。
「伊作、医務室に。」
「うん。ほら陽太、掴まって。」
陽太の片方の腕を、伊作は自分の肩に回させ、覚束ない足取りに合わせてゆっくり歩いていった。
「…抱えてやればいいものを。」
その背中を見送りながら、呆れたようにそう呟く仙蔵の声には、気付く事なく。
医務室に着き、伊作は一旦陽太を壁に寄りかからせるように座らせて、布団を敷いてから戻ってきた。再び体を支えられ、布団まで誘導される。
「大丈夫、陽太?」
「きもちわるい……」
「ゆっくり、横になって。今、水用意してくるから…。」
「おい伊作、水なら持ってきたぞ。」
開け放したままだった医務室の入り口から、水を張った手桶と、飲む用の水が入っている竹筒を抱えた留三郎が、顔を覗かせる。
「ああ、留三郎すまない。」
「他に何か、要るか?」
「食堂裏の倉庫に、食材保管用の氷がもしあったら、少し持ってきてくれないか?」
「分かった。」
桶と竹筒を伊作の近くに置き、留三郎は踵を返して出て行った。
「陽太、水は飲めそう?」
「ん…」
体を起こすと、飲み口を開けた竹筒を渡され、陽太は、ゆっくりと水を摂る。少し、気分が落ち着いた。
「とりあえず汗拭かないと。上だけ制服脱げる?」
「んー…」
のろのろと、制服の袖から腕を抜く間、伊作は医務室に置いている新しい手ぬぐいを取りに一旦立ち上がる。
「でも良かったよ、まだ意識がある方で……」
と言いかけながら振り返った伊作が、驚いたように目を見開いた。
「ちょっと陽太、これ…?!」
伊作に、手首から、肩口付近まで、少しの隙間もなく包帯を巻きつけた腕を取られる。
「うー、あつい……」
「当たり前だよ、こんなにきっちり巻いたりなんかして!ほら、早く外して。」
男装をしている手前、体の線の細さをカバーしようと、包帯を巻きつけて少しでも厚みを持たせていたのだった。
「もう、これじゃ暑いはずだよ…。」
「か、嵩増しっていうか…つい、いつもの癖で……。」
「いつもそうしてるのは知ってるけどさ…。こんな日にまで巻かなくてもいいだろう?今は夏休みで、君が女の子だって知らない人は殆ど帰ってていないんだからさ。」
包帯と制服の上半身だけ取り外して、インナーのみの姿になる。
伊作から手ぬぐいを受け取って汗を拭き取り、もう一度水を飲んでから再び布団に横になると、桶の水で濡らした別の手ぬぐいを、小さく折り畳んだものを額に乗せられた。
「ごめん伊作…」
心配をかけてしまったことを謝ると、医務室に置いてあった団扇で風を送ってくれながら伊作は、びっくりしたよ、と苦笑していた。肌に当たる風が心地良くて、陽太は、目を閉じる。
しばらくそうして、団扇を煽ぐ微かな音しか耳に入らない時間が流れた。
風が少し緩くなったような気がして、目を開けると、伊作は、そわそわと入り口の方を見遣っていた。
「留三郎、氷やっぱり無かったのかな?ちょっと、僕も見てくるから。」
伊作が腰を上げかけた瞬間、「あ、」と思わず声をあげてしまった。
そばにいてほしいと、思った。
「どうしたの?」
「…ううん、何でもない。」
すると伊作は、ほんの少し困ったように眉尻を下げて、それでも微笑んだ。
「分かった。ここにいるよ。」
また煽がれて、涼しい風が頬に当たる。
「……何で分かったの。」
「ん、何となく、だよ。」
また火照りそうな頬に、団扇のそよ風じゃ冷ますのは追いつかない気がした。
「失礼しまーす、氷お持ちしました!上町先輩、大丈夫ですかぁ?」
やけに明るい声が、そのささやかな幸せを噛みしめる時間を強制的に終わらせた。
加えて、覗いた顔に、げ、と陽太は声はあげなかったものの顔を思いっきりしかめてしまった。
「あれ?」
「あ、どうも善法寺先輩。不破雷蔵です!」
中の氷がカラン、と音を立てる手桶を抱えているその相手に対し、伊作は呆れたように笑った。
「もう、君、鉢屋三郎だろ?わざわざ名乗るなんて、不自然だもの。」
「すぐ見抜くなんて流石、善法寺先輩!どこかの先輩とは大違いですねぇ。」
「…悪かったな。」
自分が倉庫ですぐ見破れなかったことへの嫌味を言われ、もう遠慮なく眉間に皺を寄せてみせた。
「…あれ?陽太、喋って大丈夫なの?というか、えっと……」
伊作が心配そうな顔をする。伊作はまだ、陽太の正体が鉢屋三郎にバレたことを知らなかった。
「いやぁそれが、つい、見破っちゃいまして。僕、変装名人なものですから。男装だって分かっちゃったんですよねぇ。」
「へえ、そうだったのか…。流石だねえ。」
何素直に感心してんだよ……と、あまり喋る元気の無い陽太は警戒心の欠片もない様子の伊作に、心の中でつっこんでおいた。
「さっきそこで偶然、食満先輩とお会いしまして。事情をお聞きして、丁度僕が手が空いてたので、代わりに。」
「そうか、それはすまないね。どうもありがとう。」
伊作は三郎から手桶を受け取り、手のひらに収まるくらいの大きさの氷を、肌に当ててもいいように手ぬぐいに包みながら話し続ける。
「でも鉢屋も、学園に残っていたんだね。実習か何か、あるのかい?」
「まあ、そんなとこですね。」
「そっかぁ、大変だねぇ。はい陽太、包んだからこれ、体に当てて。」
「ありがと…あー冷た…」
「善法寺先輩、僕、今は時間がありますので、上町先輩には僕がついてますよ。食満先輩に、鍛錬の途中だってお聞きしてますから。」
首筋に当てた氷の冷たさに気分を落ち着けていると、三郎が、陽太にとってだいぶ余計な申し出をしてきて。
遠慮してくれたらいいものを、伊作も、さっきはここにいるって言ったくせに、あっさりその申し出を快諾して。
「そう?じゃあ、悪いけどお願いするよ。陽太、無理しちゃ駄目だからね?」
「……」
返しを無言にして、不満を表現したつもりだったがどうやら伝わらなかったらしい。伊作は、医務室を後にしていった。
ーーーーーーーーそりゃ、伊作だって鍛錬の途中だし、それを邪魔するのは悪いとは思うけれども。
伊作を見送って手を軽く振っていた三郎に、背を向けるように寝返りをうった。
「上町先輩、何、怒った顔してるんですか?」
「…別に。」
「あ、さては善法寺先輩に甘えて、色々してもらおうとしてたんじゃないですか?」
「色々って何だよ…お前何でそういう言い方ーーーーーーーー」
氷で少し回復して、多少元気が戻ってきた。思わず、ぐるっと反転して三郎の方に向き直ると。
三郎は、妙に納得したような表情をしていた。
「…そりゃ善法寺先輩、距離置きたがりますよ。」
「はあ…?」
「そんな染まった顔で、こういう所まで、見えてしまっているんですから。」
そう言って三郎は。
喉元から、インナーから覗く鎖骨の下まで、地肌に指先をつぅ、と滑らせてきた。
「なっ…?!」
「…なーんて、冗談ですよ。」
「…お前なぁ!」
手を捕まえてつねってやろうとしたが、先に引っ込められてしまい空振りに終わる。
「さ、おふざけはこのくらいにしておいて、少し休んだらいかがですか?僕ここにいますから、何かあれば声かけていただければすぐに、」
「不安しかない…!お前、そっちの壁の方にいろ!手の届く範囲に来るなっ!」
「そんなに警戒しなくてもいいじゃないですか。いくら悪戯好きの僕でも、病人に何もしませんって。」
病人じゃなかったら何かするのかよ、と言いそうになったが、むしろそれに対する返答の内容を聞きたくないと思ってやめた。
「もーなんか疲れた…寝るからほんと、何もするなよ?」
「分かってますって。僕、嘘つきませんから。」
どうだか、と思いつつ、まぶたを閉じる。だんだん、意識が暗い海に潜るように落ちていく。
落ちきる直前、三郎が何か言ったような気がしたけれど、まぶたを開ける気力は無かった。
まさか、こう呟いていたとは思いもよらない陽太である。
「まあ、実習、のとこだけは嘘なんですけどね。」
その聞こえるか聞こえないか、くらいの呟きに飛び起きる気配もない陽太が完全に寝落ちたらしいことを確認して、三郎は。
「今年で最後の夏休みなんですから、楽しくいきましょう。ひまり先輩?」
その無防備な寝顔に、ニコッと笑いかけたのだった。
あとがき。
彼らの夏休みが今年で最後かどうかは知らん。笑
不穏なオチでしたが、流石に病人相手なので三郎は本当に何もしてこない。はず。
そんなわけで番外夏休み編、第一弾でした。
熱中症にはご注意を!
忍術学園に、夏が来た。
長期の休み期間に入り、生徒も教職員も殆ど全員が学園を離れる、この時期。
実家に帰らず学園に残った陽太は、同じく残っている他の同級生たちと共に鍛錬に励んでいた。
基本は各自でメニューをこなす自主トレ形式だが、時には互いに手合わせをして切磋琢磨することもある。
そんな中、現在陽太は、ーーーーーーーー医務室に寝かされていた。
医務室の隅に敷いてもらった布団の上に仰向けになって、少し虚ろ気味な目線を横へ遣る。
「ごめん、伊作……」
「びっくりしたよ、急に倒れるんだもの。」
団扇で煽がれながら、そばに座っている伊作に苦笑される。
陽太は、熱中症になってしまったのだった。
それは少し前の時間のこと。
日差しの照りつける校庭に、木刀がぶつかり合う音が響く。
文次郎と留三郎の勝負が、正に佳境に入っていた時だった。
その勝負の行方を、一息つく傍ら小平太や仙蔵たちと眺めていた長次は、ふと、すぐ隣に立っていた陽太の様子に気付いて声をかける。
「…陽太、大丈夫か…?」
いつも覆面をしている頭巾は、今日は長次たちと同様暑いので着けていなかったが。元気の無さそうなその顔が、ゆるりと見上げる。
「う、うん。平気、…ちょっとふらついただけ……っ」
ちょっと、どころか、長次が声をかけた時には既に目は虚ろで。顔全体も、火照っていて。
「お前、汗凄いぞ。水ちゃんと飲んでるか?」
小平太に、そう話しかけられた瞬間。ふらり、とその体が傾いだ。
幸い長次が片腕で抱き止めて、地面に倒れることはなかったが。
「…ん?長次、陽太どうした?」
流石に気付いた留三郎が、勝負を中断して声を張って訊いてきた。
仙蔵が、浅く息をする陽太の火照った頬に手を当てて診ている。
「もしかして、熱中症になったんじゃないのか?」
「はあ?だらしねえな、もっとシャキッとしろ。」
木刀を肩にかける文次郎が半ば説教するように言うが、どうやらそれに噛み付くほどの元気もないらしい。
長次は、ぐったりしている陽太を支え直した。その時は丁度離れた場所にいて、気付いて慌てて駆け寄ってきた伊作に、その体を引き渡す。
「伊作、医務室に。」
「うん。ほら陽太、掴まって。」
陽太の片方の腕を、伊作は自分の肩に回させ、覚束ない足取りに合わせてゆっくり歩いていった。
「…抱えてやればいいものを。」
その背中を見送りながら、呆れたようにそう呟く仙蔵の声には、気付く事なく。
医務室に着き、伊作は一旦陽太を壁に寄りかからせるように座らせて、布団を敷いてから戻ってきた。再び体を支えられ、布団まで誘導される。
「大丈夫、陽太?」
「きもちわるい……」
「ゆっくり、横になって。今、水用意してくるから…。」
「おい伊作、水なら持ってきたぞ。」
開け放したままだった医務室の入り口から、水を張った手桶と、飲む用の水が入っている竹筒を抱えた留三郎が、顔を覗かせる。
「ああ、留三郎すまない。」
「他に何か、要るか?」
「食堂裏の倉庫に、食材保管用の氷がもしあったら、少し持ってきてくれないか?」
「分かった。」
桶と竹筒を伊作の近くに置き、留三郎は踵を返して出て行った。
「陽太、水は飲めそう?」
「ん…」
体を起こすと、飲み口を開けた竹筒を渡され、陽太は、ゆっくりと水を摂る。少し、気分が落ち着いた。
「とりあえず汗拭かないと。上だけ制服脱げる?」
「んー…」
のろのろと、制服の袖から腕を抜く間、伊作は医務室に置いている新しい手ぬぐいを取りに一旦立ち上がる。
「でも良かったよ、まだ意識がある方で……」
と言いかけながら振り返った伊作が、驚いたように目を見開いた。
「ちょっと陽太、これ…?!」
伊作に、手首から、肩口付近まで、少しの隙間もなく包帯を巻きつけた腕を取られる。
「うー、あつい……」
「当たり前だよ、こんなにきっちり巻いたりなんかして!ほら、早く外して。」
男装をしている手前、体の線の細さをカバーしようと、包帯を巻きつけて少しでも厚みを持たせていたのだった。
「もう、これじゃ暑いはずだよ…。」
「か、嵩増しっていうか…つい、いつもの癖で……。」
「いつもそうしてるのは知ってるけどさ…。こんな日にまで巻かなくてもいいだろう?今は夏休みで、君が女の子だって知らない人は殆ど帰ってていないんだからさ。」
包帯と制服の上半身だけ取り外して、インナーのみの姿になる。
伊作から手ぬぐいを受け取って汗を拭き取り、もう一度水を飲んでから再び布団に横になると、桶の水で濡らした別の手ぬぐいを、小さく折り畳んだものを額に乗せられた。
「ごめん伊作…」
心配をかけてしまったことを謝ると、医務室に置いてあった団扇で風を送ってくれながら伊作は、びっくりしたよ、と苦笑していた。肌に当たる風が心地良くて、陽太は、目を閉じる。
しばらくそうして、団扇を煽ぐ微かな音しか耳に入らない時間が流れた。
風が少し緩くなったような気がして、目を開けると、伊作は、そわそわと入り口の方を見遣っていた。
「留三郎、氷やっぱり無かったのかな?ちょっと、僕も見てくるから。」
伊作が腰を上げかけた瞬間、「あ、」と思わず声をあげてしまった。
そばにいてほしいと、思った。
「どうしたの?」
「…ううん、何でもない。」
すると伊作は、ほんの少し困ったように眉尻を下げて、それでも微笑んだ。
「分かった。ここにいるよ。」
また煽がれて、涼しい風が頬に当たる。
「……何で分かったの。」
「ん、何となく、だよ。」
また火照りそうな頬に、団扇のそよ風じゃ冷ますのは追いつかない気がした。
「失礼しまーす、氷お持ちしました!上町先輩、大丈夫ですかぁ?」
やけに明るい声が、そのささやかな幸せを噛みしめる時間を強制的に終わらせた。
加えて、覗いた顔に、げ、と陽太は声はあげなかったものの顔を思いっきりしかめてしまった。
「あれ?」
「あ、どうも善法寺先輩。不破雷蔵です!」
中の氷がカラン、と音を立てる手桶を抱えているその相手に対し、伊作は呆れたように笑った。
「もう、君、鉢屋三郎だろ?わざわざ名乗るなんて、不自然だもの。」
「すぐ見抜くなんて流石、善法寺先輩!どこかの先輩とは大違いですねぇ。」
「…悪かったな。」
自分が倉庫ですぐ見破れなかったことへの嫌味を言われ、もう遠慮なく眉間に皺を寄せてみせた。
「…あれ?陽太、喋って大丈夫なの?というか、えっと……」
伊作が心配そうな顔をする。伊作はまだ、陽太の正体が鉢屋三郎にバレたことを知らなかった。
「いやぁそれが、つい、見破っちゃいまして。僕、変装名人なものですから。男装だって分かっちゃったんですよねぇ。」
「へえ、そうだったのか…。流石だねえ。」
何素直に感心してんだよ……と、あまり喋る元気の無い陽太は警戒心の欠片もない様子の伊作に、心の中でつっこんでおいた。
「さっきそこで偶然、食満先輩とお会いしまして。事情をお聞きして、丁度僕が手が空いてたので、代わりに。」
「そうか、それはすまないね。どうもありがとう。」
伊作は三郎から手桶を受け取り、手のひらに収まるくらいの大きさの氷を、肌に当ててもいいように手ぬぐいに包みながら話し続ける。
「でも鉢屋も、学園に残っていたんだね。実習か何か、あるのかい?」
「まあ、そんなとこですね。」
「そっかぁ、大変だねぇ。はい陽太、包んだからこれ、体に当てて。」
「ありがと…あー冷た…」
「善法寺先輩、僕、今は時間がありますので、上町先輩には僕がついてますよ。食満先輩に、鍛錬の途中だってお聞きしてますから。」
首筋に当てた氷の冷たさに気分を落ち着けていると、三郎が、陽太にとってだいぶ余計な申し出をしてきて。
遠慮してくれたらいいものを、伊作も、さっきはここにいるって言ったくせに、あっさりその申し出を快諾して。
「そう?じゃあ、悪いけどお願いするよ。陽太、無理しちゃ駄目だからね?」
「……」
返しを無言にして、不満を表現したつもりだったがどうやら伝わらなかったらしい。伊作は、医務室を後にしていった。
ーーーーーーーーそりゃ、伊作だって鍛錬の途中だし、それを邪魔するのは悪いとは思うけれども。
伊作を見送って手を軽く振っていた三郎に、背を向けるように寝返りをうった。
「上町先輩、何、怒った顔してるんですか?」
「…別に。」
「あ、さては善法寺先輩に甘えて、色々してもらおうとしてたんじゃないですか?」
「色々って何だよ…お前何でそういう言い方ーーーーーーーー」
氷で少し回復して、多少元気が戻ってきた。思わず、ぐるっと反転して三郎の方に向き直ると。
三郎は、妙に納得したような表情をしていた。
「…そりゃ善法寺先輩、距離置きたがりますよ。」
「はあ…?」
「そんな染まった顔で、こういう所まで、見えてしまっているんですから。」
そう言って三郎は。
喉元から、インナーから覗く鎖骨の下まで、地肌に指先をつぅ、と滑らせてきた。
「なっ…?!」
「…なーんて、冗談ですよ。」
「…お前なぁ!」
手を捕まえてつねってやろうとしたが、先に引っ込められてしまい空振りに終わる。
「さ、おふざけはこのくらいにしておいて、少し休んだらいかがですか?僕ここにいますから、何かあれば声かけていただければすぐに、」
「不安しかない…!お前、そっちの壁の方にいろ!手の届く範囲に来るなっ!」
「そんなに警戒しなくてもいいじゃないですか。いくら悪戯好きの僕でも、病人に何もしませんって。」
病人じゃなかったら何かするのかよ、と言いそうになったが、むしろそれに対する返答の内容を聞きたくないと思ってやめた。
「もーなんか疲れた…寝るからほんと、何もするなよ?」
「分かってますって。僕、嘘つきませんから。」
どうだか、と思いつつ、まぶたを閉じる。だんだん、意識が暗い海に潜るように落ちていく。
落ちきる直前、三郎が何か言ったような気がしたけれど、まぶたを開ける気力は無かった。
まさか、こう呟いていたとは思いもよらない陽太である。
「まあ、実習、のとこだけは嘘なんですけどね。」
その聞こえるか聞こえないか、くらいの呟きに飛び起きる気配もない陽太が完全に寝落ちたらしいことを確認して、三郎は。
「今年で最後の夏休みなんですから、楽しくいきましょう。ひまり先輩?」
その無防備な寝顔に、ニコッと笑いかけたのだった。
あとがき。
彼らの夏休みが今年で最後かどうかは知らん。笑
不穏なオチでしたが、流石に病人相手なので三郎は本当に何もしてこない。はず。
そんなわけで番外夏休み編、第一弾でした。
熱中症にはご注意を!