そのうすべに色を隠して。
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『五頁 偶然の出会いと、やっかみと。』
※三年生の時の話。
※捏造満載の過去編。
※方言はなるべく"それっぽく"してるつもりです。拙くてすみません…
※女装あり。
※いじめ描写あり。苦手な方ご注意。
大きく、
売女
と、書き殴られた紙が、自室の畳の上に投げられているのを見つけた。
すぐに障子を閉めて、それを拾い上げながらぐしゃぐしゃに丸めて、部屋の奥のくずかごに投げ捨てる。既に入っていた、いくつかの丸められた"仲間"たちが、新たな"仲間"を受け止める小さな音がした。
閉めたはずの障子が、スパン!と勢い良く開けられて、思わず体がビクッとした。
「ひまりー、いるか?」
「……っ、小平太!?…って、あんたここ、男子禁制!」
「そんな細かいこと気にするなよー。」
同い年の三年生忍たま、七松小平太が頓着もせず笑っているので、ひまりは呆れてしまう。
「あんたねぇ…私じゃなかったら今頃殺されてるわよ?」
「それより、今日は校庭でバレーする約束だろ?」
「あ、そうだった…。ごめんごめん、忘れてた。」
「早く来いよー。あ、それと来る時ついでに、伊作を探してきてくれないか?」
「伊作もまだなの?分かった、探してくる。」
「頼んだぞ!じゃ、また後で!」
言い置くが早いか、小平太はさっさと校庭のある方へと行ってしまった。
嵐のように過ぎ去っていく彼の姿に、呑気なヤツだなあ、と苦笑をこぼしていたが、やがてひまりも、皆で一緒に遊ぶ約束をしていた伊作を探しに、部屋を出た。
とりあえず校庭に行くまでの道すがら、手当たり次第に探すことに。
「伊作ー、どこー?……もー、またあの綾部って一年生の子が掘った穴に、落ちてんじゃないでしょうね……」
「おめー、ここのモンか?」
呼びかけつつ、嫌な予感を呟いていると突如、頭上の方から声をかけられた。
反射的にその方向へ顔を上げると、学園の高い塀の上に、外からよじ登って顔を覗かせる者を発見した。
「なっ、く、曲者!?これでもくらえ!」
すぐさま、懐の手裏剣を投げるが、惜しくも避けられてしまった。相手は、山伏のような格好をしているが、よく見ると自分と同い年くらいの子どもの顔だった。
「おっとっと、おら、別に怪しくねーがよー。」
「思いっきり怪しいでしょーが!!何、学園の中じろじろ見てるのよ!あんたが子どもだからって、こっちが油断すると思わないで!」
「おめーも、子どもじゃんかよ。」
「う、うるさいわね!先生呼ぶわよ!」
いきり立つひまりとは対照的に、その男の子は、のらりくらりと受け答えする。
「まーまー、ちょっと教えてほしいことがあってよ。それ聞いたら、すぐに消えっから。」
「……何よ?」
「この辺で、釣りができそうな場所、知らねーか?」
「釣り?…川なら、あそこに見える山の麓が一番近いけど?」
「そっか、ありがとな!」
ニパッ、と屈託なく笑う彼に、一体何者なのか、訊こうとした時。
「誰かぁあ…助けて〜」
聞き覚えのある声が、助けを求めるのがかすかに聞こえて、慌ててひまりはその方向に急いで走っていった。
そして、
「伊作ってば、やっぱり落とし穴に落ちてた!」
地面にぽっかり空いた穴の淵から見下ろすと、深い落とし穴に難儀する伊作を見つけた。伊作は、少しホッとした顔になる。
「ひまり、お願い手を貸して…」
「もう、しょうがないんだから。」
幸い、前の授業で使ったかぎ縄をまだ持っていたので、縄を垂らして、伊作が登るのを手伝った。
「ごめんね、ありがとう。」
「いいって、いつものことよ。」
かぎ縄をしまっていると、伊作がまた話しかけてくる。
「ねえ、そういえばさっき、誰かと話してた?」
「あ、うん。変な子どもでさ、…って、あれ?いない……本当にすぐ消えたな…」
さっきの、山伏の格好をした男の子が顔を覗かせていた場所を振り返るが、塀の上には、もう誰もいなかった。
「どうしたの?」
「うーん、まあ、いっか。ほら、そんなことより早く校庭行こう!」
「うん。分かった。」
いちいち気にしててもしょうがないか、とひまりは、その男の子のことを忘れることにした。
友達と早く遊びたくて、伊作の腕を引っ張って走っていくひまりを、
ーーーーーーーー複数人の鋭い目が見ていた。
それから、数日後。
大きく売女と書き殴られた紙が、自室の畳の上に投げられているのを見つけた。すぐに障子を閉めて、それを拾い上げながらぐしゃぐしゃに丸めて部屋の奥のくずかごに投げ捨てる。既に入っていたいくつかの丸められた"仲間"たちが、新たな"仲間"を受け止める音がした。
今度は、もう一つ。
授業用の、新しい筆記帳の表紙に、大きく、憎々しく、同じ文言が刻まれていた。
別にいいやまだ何も書いてなかったし、と心の中でぐるぐる言い聞かせながら、
力強く、くずかごに投げてしまった。くずかごが倒れて、中身がいくつか外に投げ出される。
くすくす、と笑う声がしたような気がして閉めたはずの障子を振り返るけれど、誰の影も写っていない。障子も、閉めた時のまま。
目線を、力無く落とす。
筆記帳を投げた時に一瞬で上がった自分の息づかいだけが、耳に入る時間が、ずっと続いていたようにも感じられる。
「ひまりちゃーん。」
鈴のような声が、障子の向こうから自分を呼んだ。開けると、
「仙ぞ、……仙子、ちゃん。」
危うく、本名を呼んでしまいそうになったが、相手の姿に合わせた呼び名で声をかけ直す。
「ひまりちゃん、支度できた?」
「……あのさ、一つ訊いていい?」
「あら、何かしら。」
「食堂で使う食材の買い出し当番の時、何でいつも女装するの?」
買い出しは、主に忍たまやくのたまの下級生が当番になっている。今日は、ひまりと、今は女装している立花仙蔵が行くことになっていた。校外に出るのでひまりも外出着に着替えていたが、何故か仙蔵はいつも女装をしてくるので、その疑問を口にすると。
「だって、女の子の格好の方が、値切る時都合が良いんですもの。おまけしてくれる人もいるし。」
「ははは……そうですか……」
完全に女の子モードに入っている立花仙蔵、もとい立花仙子に、裏声できゃるん、と答えられて。
乾いた笑いしか出ないひまりは、
ーーーーーーーーこれくらい気楽に女でいられるなら、いっそいいのにな。
などと考えてしまっていた。
「あら?そういえば、買い物リストはどこ?」
「え?…あ!ゴメン、食堂に置いてきちゃった!すぐ取ってくるから!」
「全くもう、相変わらずドジなんだから。早くして頂戴よ。」
「分かってるってば…!」
振る舞いが女の子になっても、毒舌は健在らしい。どやされる前に、とひまりは急いで食堂へリストを取りに向かった。
後に残された仙蔵、いや仙子は呆れたため息をついていたが、ふと、障子を開け放したままのひまりの部屋の中を見て。
「…ん?くずかごが、倒れているじゃないか。中身まで……全く、だらしない女だな。」
思わず地声に戻ってそうぼやきながら、ただ待つのも手持ち無沙汰だしと、くずかごを直してやることにした。草履を脱ぎ、縁側から上がって部屋に入る。ーーーーーーーーくずかごに近付く途中で、気付いた。
使い古した感じのない筆記帳の表紙に、品のない言葉が荒々しく刻まれているのを。
表紙の隅には、持ち主の自筆で名前が書いてある。
しばしそれを見つめて、何か思い直したように仙蔵は踵を返して、何も動かさず、何も触れることなく、そっと部屋から出た。
黙って草履を履き直していると、ようやくひまりが、買い物リストを持って戻ってきた。
「ごめんごめん、お待たせ。」
「遅いわよ、もう。さ、早く出発しましょ。」
「はいはい…。」
ひまりは、一旦縁側から上がって自室の障子を閉めてから、再び降りて、仙子と連れ立って買い出しに出かけた。
「…あのさ、仙子ちゃん。」
帰り道、買った食材の入った袋をそれぞれ持って、二人で並んで歩いている時。ひまりはふと、隣に声をかけた。
「なあに?」
「……私たちって、友達……」
だよね?と隣を改めて伺うと、相手はぱちくり、とひまりを見返していた。
「急に友情ごっこを始めるな、気持ち悪い。」
仙蔵の声で、突然返された。
「き、きも……?!」
「いちいち確認しなければ安心できない関係性など、所詮ごっこ遊びと同じ類いだ。」
「…気持ち、悪い…私、気持ち、悪……」
「あーもう、……悪かったわ、つい言葉がキツくなってしまって。そんな泣きそうな顔しないでよ。」
ショックのあまり、うわ言を呟いていると彼の声はまた仙子のトーンに戻った。
「だからつまり、今更なのよ、そんなこと訊くの。友達じゃなかったら私たち、何だっていうのよ?勿論、あのアホ共も含めて、ね。」
「アホって…」
その呼称が指す"友達たち"の顔が頭に浮かんで、彼のその言い草に、泣きそうだったひまりはちょっと笑ってしまった。
「なりたくてなった、とかでもないでしょ。ただそうなったから、私たちはそうなのよ。…多分、この先も。」
「うん。そうだね…。」
「もう泣かない?」
「うん。仙子ちゃんが言いたいこと、ちゃんと分かった。」
「なら、よろしい。」
先生みたいなその言い方に、また、笑った。
そうしてまた並んで歩いていると、その途中、道の端にしゃがみ込んで、何やら地面を見つめているらしい者の姿が目に入った。
「…あれ?おめー、こないだの。」
「あ…。あんた、あの時の…」
ひまりは驚いた。こちらに気付いて立ち上がった彼は、先日、学園の塀の上から顔を覗かせていた、山伏の格好をした男の子だったからだ。
その子は、ひまりが前に会った相手だと分かると、ニコッと笑い、駆け寄ってきた。
「ありがとなぁ!あん時教えてくれたおかげで、いっぺー、魚が取れてよー。腹減ってたもんで、助かっただぁよ。」
「は、はあ…それは、良かったね。」
どうやら、空腹を凌ぎたくて川釣りができる場所を探していたらしい。同い年くらいに見えるけれど、逞しいもんだなあ、と内心でちょっとだけ感心していると。
「行こう。」
仙子が、有無を言わさない雰囲気で、ひまりにだけ声をかけた。
「あ、うん…。それじゃあ、ね。」
「えー?もう、行っちまうのか?」
「ごめん、急いでるから。」
名残惜しそうにしている彼を置いて、先に立った仙子を小走りで追いかけた。
山伏の男の子に声が聞こえないくらいの距離まで歩いた先で、小声で話しかける。
「…仙子ちゃん、あの、」
「あれは風魔流派の忍だ。」
再び仙蔵が、低い声で、耳打ちしてきた。
「え…そ、そうなの?」
「風魔流では、山伏の格好をするからな。さっき、あいつ、耆著を使っていた。」
「…ああ、それで地面に…。」
仙蔵が口にしたのは、忍者が使う道具の名前だった。
「確か、風魔の本拠地は相模国の、足柄山の筈だ。何故、こんな所に……あまり、関わるなよ。」
「う、うん。………仙子ちゃん、顔、怖くなってるよ?」
「…あら、私としたことが。」
おどけたような声音で返され、思わず、くすりと笑ってしまった。
※三年生の時の話。
※捏造満載の過去編。
※方言はなるべく"それっぽく"してるつもりです。拙くてすみません…
※女装あり。
※いじめ描写あり。苦手な方ご注意。
大きく、
売女
と、書き殴られた紙が、自室の畳の上に投げられているのを見つけた。
すぐに障子を閉めて、それを拾い上げながらぐしゃぐしゃに丸めて、部屋の奥のくずかごに投げ捨てる。既に入っていた、いくつかの丸められた"仲間"たちが、新たな"仲間"を受け止める小さな音がした。
閉めたはずの障子が、スパン!と勢い良く開けられて、思わず体がビクッとした。
「ひまりー、いるか?」
「……っ、小平太!?…って、あんたここ、男子禁制!」
「そんな細かいこと気にするなよー。」
同い年の三年生忍たま、七松小平太が頓着もせず笑っているので、ひまりは呆れてしまう。
「あんたねぇ…私じゃなかったら今頃殺されてるわよ?」
「それより、今日は校庭でバレーする約束だろ?」
「あ、そうだった…。ごめんごめん、忘れてた。」
「早く来いよー。あ、それと来る時ついでに、伊作を探してきてくれないか?」
「伊作もまだなの?分かった、探してくる。」
「頼んだぞ!じゃ、また後で!」
言い置くが早いか、小平太はさっさと校庭のある方へと行ってしまった。
嵐のように過ぎ去っていく彼の姿に、呑気なヤツだなあ、と苦笑をこぼしていたが、やがてひまりも、皆で一緒に遊ぶ約束をしていた伊作を探しに、部屋を出た。
とりあえず校庭に行くまでの道すがら、手当たり次第に探すことに。
「伊作ー、どこー?……もー、またあの綾部って一年生の子が掘った穴に、落ちてんじゃないでしょうね……」
「おめー、ここのモンか?」
呼びかけつつ、嫌な予感を呟いていると突如、頭上の方から声をかけられた。
反射的にその方向へ顔を上げると、学園の高い塀の上に、外からよじ登って顔を覗かせる者を発見した。
「なっ、く、曲者!?これでもくらえ!」
すぐさま、懐の手裏剣を投げるが、惜しくも避けられてしまった。相手は、山伏のような格好をしているが、よく見ると自分と同い年くらいの子どもの顔だった。
「おっとっと、おら、別に怪しくねーがよー。」
「思いっきり怪しいでしょーが!!何、学園の中じろじろ見てるのよ!あんたが子どもだからって、こっちが油断すると思わないで!」
「おめーも、子どもじゃんかよ。」
「う、うるさいわね!先生呼ぶわよ!」
いきり立つひまりとは対照的に、その男の子は、のらりくらりと受け答えする。
「まーまー、ちょっと教えてほしいことがあってよ。それ聞いたら、すぐに消えっから。」
「……何よ?」
「この辺で、釣りができそうな場所、知らねーか?」
「釣り?…川なら、あそこに見える山の麓が一番近いけど?」
「そっか、ありがとな!」
ニパッ、と屈託なく笑う彼に、一体何者なのか、訊こうとした時。
「誰かぁあ…助けて〜」
聞き覚えのある声が、助けを求めるのがかすかに聞こえて、慌ててひまりはその方向に急いで走っていった。
そして、
「伊作ってば、やっぱり落とし穴に落ちてた!」
地面にぽっかり空いた穴の淵から見下ろすと、深い落とし穴に難儀する伊作を見つけた。伊作は、少しホッとした顔になる。
「ひまり、お願い手を貸して…」
「もう、しょうがないんだから。」
幸い、前の授業で使ったかぎ縄をまだ持っていたので、縄を垂らして、伊作が登るのを手伝った。
「ごめんね、ありがとう。」
「いいって、いつものことよ。」
かぎ縄をしまっていると、伊作がまた話しかけてくる。
「ねえ、そういえばさっき、誰かと話してた?」
「あ、うん。変な子どもでさ、…って、あれ?いない……本当にすぐ消えたな…」
さっきの、山伏の格好をした男の子が顔を覗かせていた場所を振り返るが、塀の上には、もう誰もいなかった。
「どうしたの?」
「うーん、まあ、いっか。ほら、そんなことより早く校庭行こう!」
「うん。分かった。」
いちいち気にしててもしょうがないか、とひまりは、その男の子のことを忘れることにした。
友達と早く遊びたくて、伊作の腕を引っ張って走っていくひまりを、
ーーーーーーーー複数人の鋭い目が見ていた。
それから、数日後。
大きく売女と書き殴られた紙が、自室の畳の上に投げられているのを見つけた。すぐに障子を閉めて、それを拾い上げながらぐしゃぐしゃに丸めて部屋の奥のくずかごに投げ捨てる。既に入っていたいくつかの丸められた"仲間"たちが、新たな"仲間"を受け止める音がした。
今度は、もう一つ。
授業用の、新しい筆記帳の表紙に、大きく、憎々しく、同じ文言が刻まれていた。
別にいいやまだ何も書いてなかったし、と心の中でぐるぐる言い聞かせながら、
力強く、くずかごに投げてしまった。くずかごが倒れて、中身がいくつか外に投げ出される。
くすくす、と笑う声がしたような気がして閉めたはずの障子を振り返るけれど、誰の影も写っていない。障子も、閉めた時のまま。
目線を、力無く落とす。
筆記帳を投げた時に一瞬で上がった自分の息づかいだけが、耳に入る時間が、ずっと続いていたようにも感じられる。
「ひまりちゃーん。」
鈴のような声が、障子の向こうから自分を呼んだ。開けると、
「仙ぞ、……仙子、ちゃん。」
危うく、本名を呼んでしまいそうになったが、相手の姿に合わせた呼び名で声をかけ直す。
「ひまりちゃん、支度できた?」
「……あのさ、一つ訊いていい?」
「あら、何かしら。」
「食堂で使う食材の買い出し当番の時、何でいつも女装するの?」
買い出しは、主に忍たまやくのたまの下級生が当番になっている。今日は、ひまりと、今は女装している立花仙蔵が行くことになっていた。校外に出るのでひまりも外出着に着替えていたが、何故か仙蔵はいつも女装をしてくるので、その疑問を口にすると。
「だって、女の子の格好の方が、値切る時都合が良いんですもの。おまけしてくれる人もいるし。」
「ははは……そうですか……」
完全に女の子モードに入っている立花仙蔵、もとい立花仙子に、裏声できゃるん、と答えられて。
乾いた笑いしか出ないひまりは、
ーーーーーーーーこれくらい気楽に女でいられるなら、いっそいいのにな。
などと考えてしまっていた。
「あら?そういえば、買い物リストはどこ?」
「え?…あ!ゴメン、食堂に置いてきちゃった!すぐ取ってくるから!」
「全くもう、相変わらずドジなんだから。早くして頂戴よ。」
「分かってるってば…!」
振る舞いが女の子になっても、毒舌は健在らしい。どやされる前に、とひまりは急いで食堂へリストを取りに向かった。
後に残された仙蔵、いや仙子は呆れたため息をついていたが、ふと、障子を開け放したままのひまりの部屋の中を見て。
「…ん?くずかごが、倒れているじゃないか。中身まで……全く、だらしない女だな。」
思わず地声に戻ってそうぼやきながら、ただ待つのも手持ち無沙汰だしと、くずかごを直してやることにした。草履を脱ぎ、縁側から上がって部屋に入る。ーーーーーーーーくずかごに近付く途中で、気付いた。
使い古した感じのない筆記帳の表紙に、品のない言葉が荒々しく刻まれているのを。
表紙の隅には、持ち主の自筆で名前が書いてある。
しばしそれを見つめて、何か思い直したように仙蔵は踵を返して、何も動かさず、何も触れることなく、そっと部屋から出た。
黙って草履を履き直していると、ようやくひまりが、買い物リストを持って戻ってきた。
「ごめんごめん、お待たせ。」
「遅いわよ、もう。さ、早く出発しましょ。」
「はいはい…。」
ひまりは、一旦縁側から上がって自室の障子を閉めてから、再び降りて、仙子と連れ立って買い出しに出かけた。
「…あのさ、仙子ちゃん。」
帰り道、買った食材の入った袋をそれぞれ持って、二人で並んで歩いている時。ひまりはふと、隣に声をかけた。
「なあに?」
「……私たちって、友達……」
だよね?と隣を改めて伺うと、相手はぱちくり、とひまりを見返していた。
「急に友情ごっこを始めるな、気持ち悪い。」
仙蔵の声で、突然返された。
「き、きも……?!」
「いちいち確認しなければ安心できない関係性など、所詮ごっこ遊びと同じ類いだ。」
「…気持ち、悪い…私、気持ち、悪……」
「あーもう、……悪かったわ、つい言葉がキツくなってしまって。そんな泣きそうな顔しないでよ。」
ショックのあまり、うわ言を呟いていると彼の声はまた仙子のトーンに戻った。
「だからつまり、今更なのよ、そんなこと訊くの。友達じゃなかったら私たち、何だっていうのよ?勿論、あのアホ共も含めて、ね。」
「アホって…」
その呼称が指す"友達たち"の顔が頭に浮かんで、彼のその言い草に、泣きそうだったひまりはちょっと笑ってしまった。
「なりたくてなった、とかでもないでしょ。ただそうなったから、私たちはそうなのよ。…多分、この先も。」
「うん。そうだね…。」
「もう泣かない?」
「うん。仙子ちゃんが言いたいこと、ちゃんと分かった。」
「なら、よろしい。」
先生みたいなその言い方に、また、笑った。
そうしてまた並んで歩いていると、その途中、道の端にしゃがみ込んで、何やら地面を見つめているらしい者の姿が目に入った。
「…あれ?おめー、こないだの。」
「あ…。あんた、あの時の…」
ひまりは驚いた。こちらに気付いて立ち上がった彼は、先日、学園の塀の上から顔を覗かせていた、山伏の格好をした男の子だったからだ。
その子は、ひまりが前に会った相手だと分かると、ニコッと笑い、駆け寄ってきた。
「ありがとなぁ!あん時教えてくれたおかげで、いっぺー、魚が取れてよー。腹減ってたもんで、助かっただぁよ。」
「は、はあ…それは、良かったね。」
どうやら、空腹を凌ぎたくて川釣りができる場所を探していたらしい。同い年くらいに見えるけれど、逞しいもんだなあ、と内心でちょっとだけ感心していると。
「行こう。」
仙子が、有無を言わさない雰囲気で、ひまりにだけ声をかけた。
「あ、うん…。それじゃあ、ね。」
「えー?もう、行っちまうのか?」
「ごめん、急いでるから。」
名残惜しそうにしている彼を置いて、先に立った仙子を小走りで追いかけた。
山伏の男の子に声が聞こえないくらいの距離まで歩いた先で、小声で話しかける。
「…仙子ちゃん、あの、」
「あれは風魔流派の忍だ。」
再び仙蔵が、低い声で、耳打ちしてきた。
「え…そ、そうなの?」
「風魔流では、山伏の格好をするからな。さっき、あいつ、耆著を使っていた。」
「…ああ、それで地面に…。」
仙蔵が口にしたのは、忍者が使う道具の名前だった。
「確か、風魔の本拠地は相模国の、足柄山の筈だ。何故、こんな所に……あまり、関わるなよ。」
「う、うん。………仙子ちゃん、顔、怖くなってるよ?」
「…あら、私としたことが。」
おどけたような声音で返され、思わず、くすりと笑ってしまった。