そのうすべに色を隠して。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『三頁 空気を読め』
ある日の午後のことだった。
陽太は自室で読書の途中、読むのに熱中してかなり時間が経っていたことに気付いた。そこで一旦休憩にして、お茶でも貰おうと食堂に向かった。
食堂が近くなると、中から話し声が聞こえてきた。六年間も一緒に学園生活を送っていると、姿を見なくても分かる。六年は組の善法寺伊作と、ろ組の七松小平太だ。
「おー、陽太じゃないか。」
「やあ。」
陽太が食堂の中に入ると、その二人が気付いて声をかけてきた。御飯時でないからか、その他には誰もいない。
二人が向かい合って座っている席まで歩き、陽太は手帳をいつものように取り出した。筆談するためだ。
とは言っても、いつもいつも、白紙のページを開いて筆を取り出し台詞を書いている訳ではない。
例えば、
『何をしている?』
このように、使う頻度の高い台詞はテンプレとして、既に書いてあるページを開いて見せることにしている。小平太が答えた。
「私たちは今、おやつを食べているんだ。」
見ると、机の中央にお皿に載った団子があった。
「さっきまで、小平太に、医務室で使う薬草の採取を手伝ってもらってたんだ。お腹も空いたし、お礼も兼ねてね。」
「おばちゃんに頼んで、団子を作ってもらったんだ。うまいぞ!お前も食べろよ。」
「……」
勧められるが、陽太は少し躊躇した。
「遠慮するなって。な、伊作!」
「うん。陽太、ほら。」
普段の食事は、生徒が誰も使わない時間帯に摂ったり、持ち運びできるものであれば自室に持っていって食べるなど、覆面を外して顔を見られることのないようにしている陽太である。
今の時間は、夕食にはまだ早いけれど、誰かが来る可能性が全くないわけではない。そう思って、躊躇ったのだ。
が、何というタイミングの悪さか、はたまた、美味しそうな団子を目にしたせいか。腹の虫が鳴ってしまった。
「……………」
「あっはっはっは!何だ、腹減ってるんじゃないか、お前も!」
伊作は、気遣っているのか遠慮がちに苦笑している。陽太は、無駄にでかい声で笑う小平太を赤い顔で睨みながら、バッと、テンプレのページを開いた。
『うるさい』
「まあまあ、いいじゃないか。いけいけどんどんで食え!」
こうなると、二人と同じように席に着くしかない。
陽太は小平太の隣の空いたスペースに座って、目の下まで覆っている頭巾を顎まで下げた。二人を含む六年生の面々には、事情を知られているので、傷を見られてもさほど抵抗は無い。
いただきます、と呟き、団子を一つ取る。以降は黙って、もぐもぐと食べていると、
「小平太、こんな所にいたのか。」
陽太と同じい組の、立花仙蔵が入り口から顔を覗かせた。
「仙蔵、お前も団子食べるか?」
「今は要らん。というか、お前を探していたんだぞ。」
「私?何で?」
「長次が呼んでいるんだ、自室にいるからすぐに行ってやれ。」
「そうか、分かった。それじゃあな、伊作、陽太!…あ、もう一つ貰っていこっと。」
去り際、小平太は団子を一つ取って、歩きながら頬張った。それを見て、思わず陽太は声をあげる。
「あっ、小平太!歩きながらものを食べるな、行儀の悪い!」
「もごもご…細かいことは気にするな。」
「口にものを入れて喋るな!…全く、もう。」
小平太は頓着する様子も無く、先に姿を消した仙蔵に続いて食堂を後にしていった。
呆れた様子の陽太を見て、伊作が笑っている。
「つい喋っちゃったね。筆談じゃなくて。」
「だって、咄嗟だったし。」
陽太も、もう一つ団子を取る。残りは、そんなに数は多くはないが、食べ切ってしまうと夕食が入らなくなるかもしれない。
「伊作はもう食べないの?」
「うーん、もうお腹いっぱいかな。結構たくさんあったから。後で、留三郎たちにも持っていってあげようかな。」
「そうだね。私も持っていくの手伝うよ。」
ありがとう、と返した伊作は、湯呑みのお茶を一口飲んだ。陽太はキョロキョロと厨房の方を見回す。
「おばちゃんは?」
「さっき、学園長先生の所へ行かれたよ。」
「あー、じゃあ水でいいや。」
席を立ち、食堂で使われる湯呑みの洗い終わって乾かされていたのを一つ取って、瓶の水を汲んでから、戻った。
再び席に着くと、「そういえば、」と伊作に声をかけられる。
「陽太って、普段外出する時は男装していないんだっけ?」
今更なことを訊かれた気もしたが、よく思い返してみれば、最近は私服での外出は殆ど一人で行くことが多く、その辺りの事情は同級生にもあまり知られてはいなかった。
「うん。私服じゃ、流石に頭巾の覆面をするわけにはいかないし。」
「そっか…。でも…傷、やっぱり、見られたくないよね。」
「まあでも、女の格好なら化粧するし、それである程度は隠せるから。」
そう言ってから、少しだけ伊作の顔を覗き込むように、伺う。
「ひょっとして、まだ気にしてるんじゃないでしょうね?傷のこと。」
伊作は、陽太の目を真っ直ぐ見た。
「それは…、…そうだよ。覆面までしなきゃいけなくなったんだから。」
「気にしないでいいって、ずっと言ってるのに。」
「でも、……女の子の、大事な顔なのに。」
「なら、男だったら気にしないってわけ?」
「い、いや、そうじゃなくて…」
「……ううん。私が男でも、伊作は同じこと言うんだろうね。」
陽太は、湯呑みの中の水に浮かぶ自分の顔が、ゆらゆらと揺れているのをじっと見つめた。
「逆に、ごめん。私が顔を隠しているから、伊作だってそりゃずっと気にするよね…。」
「陽太…」
「でも、これは私が選んだ道だから。くの一としてじゃなくて、プロの忍者を目指すって。」
陽太は自分の湯呑みを、少し強めに握る。
「途中で悩んだりすることもあるけどさ、それでも選んだのは私なんだから。私以外の誰のせいってわけじゃないよ。」
「……陽太は、強いなあ。」
「誰かさんがずっと悩んでるんだもん。前向きにならざるを得ないでしょ。」
素直な言い方ができないのは、昔からの性分だった。それがいつも、自分でじれったく感じられてしまう。
話題を変えようと、提案を口にする。
「また、前みたいに、一緒に出かけようよ。」
「…うん。そうだね。」
久しぶりに皆で、何か美味しいものを食べに行きたいね、と言われてしまい。
つい、口を尖らせてしまう。
「…伊作と、二人でって意味なんだけど。」
「……うん?」
伊作は、何度か瞬きした。
「えっと、つまり、その……」
そして、少し赤らんだ顔で、次の言葉を探し始め。
その顔を真っ直ぐ見られなくて、逸らしてしまう。
提案じゃなくて、本当は誘いだって気付いてほしい。
自分で言ったことを、果たして言って良かったのかどうか、と不安に思ってしまう。沈黙のせいで、この鼓動が聞こえてしまわないだろうか。
…その心配は、食堂の外から聞こえてきた慌ただしげな足音で掻き消えていった。
「俺が先だ!」
「いや、俺の方が先に着いた!」
「いや俺の足の方が先に食堂に入った!」
「何を?!」
「やるか?!」
ほぼ同時に食堂の入り口をくぐった、同級生二人はそのまま戸口付近で睨み合いを始める。
「…文次郎、留三郎?どうしたんだ、そんなに急いで走ってきたりして。」
声をかけた伊作に気付き、文次郎が答える。
「いや、さっき小平太から、食堂に団子があるって言われたから。」
「どっちが先に食堂に着くか勝負していたんだ。なあ、俺の方が先に入ってきたよな?」
「だから俺だって言ってるだろ!」
「…飽きないねぇ、二人とも。ね、陽太……」
話しかけられた陽太だったが、その時には既にゆらり、と立ち上がり、団子を両手に持てるだけ持っていた。
そして、
「…ん、陽太?」
「どうした?」
まだ睨み合っていた文次郎と、留三郎のすぐ側に立つ。
気付いた二人が、同時に振り返った瞬間。団子を、二人の口に叩きつけた。
「……!!」
「ゴフッ……!?」
空気読めよ、と低く呟きながら。
静かな怒りを秘めながら、ズンズンと歩き去っていく陽太の姿を見送る文次郎と留三郎は、団子を口に詰まらせたまま、目配せで、
何であいつ怒ってるんだ?
分からん…
と、首を捻っていた。
ただ一人、伊作だけが陽太のその苛立ちの理由を理解していたが、それを二人には言えず、ただ少し赤い顔で、二人と同じように彼女を見送ることしかできなかった。
ある日の午後のことだった。
陽太は自室で読書の途中、読むのに熱中してかなり時間が経っていたことに気付いた。そこで一旦休憩にして、お茶でも貰おうと食堂に向かった。
食堂が近くなると、中から話し声が聞こえてきた。六年間も一緒に学園生活を送っていると、姿を見なくても分かる。六年は組の善法寺伊作と、ろ組の七松小平太だ。
「おー、陽太じゃないか。」
「やあ。」
陽太が食堂の中に入ると、その二人が気付いて声をかけてきた。御飯時でないからか、その他には誰もいない。
二人が向かい合って座っている席まで歩き、陽太は手帳をいつものように取り出した。筆談するためだ。
とは言っても、いつもいつも、白紙のページを開いて筆を取り出し台詞を書いている訳ではない。
例えば、
『何をしている?』
このように、使う頻度の高い台詞はテンプレとして、既に書いてあるページを開いて見せることにしている。小平太が答えた。
「私たちは今、おやつを食べているんだ。」
見ると、机の中央にお皿に載った団子があった。
「さっきまで、小平太に、医務室で使う薬草の採取を手伝ってもらってたんだ。お腹も空いたし、お礼も兼ねてね。」
「おばちゃんに頼んで、団子を作ってもらったんだ。うまいぞ!お前も食べろよ。」
「……」
勧められるが、陽太は少し躊躇した。
「遠慮するなって。な、伊作!」
「うん。陽太、ほら。」
普段の食事は、生徒が誰も使わない時間帯に摂ったり、持ち運びできるものであれば自室に持っていって食べるなど、覆面を外して顔を見られることのないようにしている陽太である。
今の時間は、夕食にはまだ早いけれど、誰かが来る可能性が全くないわけではない。そう思って、躊躇ったのだ。
が、何というタイミングの悪さか、はたまた、美味しそうな団子を目にしたせいか。腹の虫が鳴ってしまった。
「……………」
「あっはっはっは!何だ、腹減ってるんじゃないか、お前も!」
伊作は、気遣っているのか遠慮がちに苦笑している。陽太は、無駄にでかい声で笑う小平太を赤い顔で睨みながら、バッと、テンプレのページを開いた。
『うるさい』
「まあまあ、いいじゃないか。いけいけどんどんで食え!」
こうなると、二人と同じように席に着くしかない。
陽太は小平太の隣の空いたスペースに座って、目の下まで覆っている頭巾を顎まで下げた。二人を含む六年生の面々には、事情を知られているので、傷を見られてもさほど抵抗は無い。
いただきます、と呟き、団子を一つ取る。以降は黙って、もぐもぐと食べていると、
「小平太、こんな所にいたのか。」
陽太と同じい組の、立花仙蔵が入り口から顔を覗かせた。
「仙蔵、お前も団子食べるか?」
「今は要らん。というか、お前を探していたんだぞ。」
「私?何で?」
「長次が呼んでいるんだ、自室にいるからすぐに行ってやれ。」
「そうか、分かった。それじゃあな、伊作、陽太!…あ、もう一つ貰っていこっと。」
去り際、小平太は団子を一つ取って、歩きながら頬張った。それを見て、思わず陽太は声をあげる。
「あっ、小平太!歩きながらものを食べるな、行儀の悪い!」
「もごもご…細かいことは気にするな。」
「口にものを入れて喋るな!…全く、もう。」
小平太は頓着する様子も無く、先に姿を消した仙蔵に続いて食堂を後にしていった。
呆れた様子の陽太を見て、伊作が笑っている。
「つい喋っちゃったね。筆談じゃなくて。」
「だって、咄嗟だったし。」
陽太も、もう一つ団子を取る。残りは、そんなに数は多くはないが、食べ切ってしまうと夕食が入らなくなるかもしれない。
「伊作はもう食べないの?」
「うーん、もうお腹いっぱいかな。結構たくさんあったから。後で、留三郎たちにも持っていってあげようかな。」
「そうだね。私も持っていくの手伝うよ。」
ありがとう、と返した伊作は、湯呑みのお茶を一口飲んだ。陽太はキョロキョロと厨房の方を見回す。
「おばちゃんは?」
「さっき、学園長先生の所へ行かれたよ。」
「あー、じゃあ水でいいや。」
席を立ち、食堂で使われる湯呑みの洗い終わって乾かされていたのを一つ取って、瓶の水を汲んでから、戻った。
再び席に着くと、「そういえば、」と伊作に声をかけられる。
「陽太って、普段外出する時は男装していないんだっけ?」
今更なことを訊かれた気もしたが、よく思い返してみれば、最近は私服での外出は殆ど一人で行くことが多く、その辺りの事情は同級生にもあまり知られてはいなかった。
「うん。私服じゃ、流石に頭巾の覆面をするわけにはいかないし。」
「そっか…。でも…傷、やっぱり、見られたくないよね。」
「まあでも、女の格好なら化粧するし、それである程度は隠せるから。」
そう言ってから、少しだけ伊作の顔を覗き込むように、伺う。
「ひょっとして、まだ気にしてるんじゃないでしょうね?傷のこと。」
伊作は、陽太の目を真っ直ぐ見た。
「それは…、…そうだよ。覆面までしなきゃいけなくなったんだから。」
「気にしないでいいって、ずっと言ってるのに。」
「でも、……女の子の、大事な顔なのに。」
「なら、男だったら気にしないってわけ?」
「い、いや、そうじゃなくて…」
「……ううん。私が男でも、伊作は同じこと言うんだろうね。」
陽太は、湯呑みの中の水に浮かぶ自分の顔が、ゆらゆらと揺れているのをじっと見つめた。
「逆に、ごめん。私が顔を隠しているから、伊作だってそりゃずっと気にするよね…。」
「陽太…」
「でも、これは私が選んだ道だから。くの一としてじゃなくて、プロの忍者を目指すって。」
陽太は自分の湯呑みを、少し強めに握る。
「途中で悩んだりすることもあるけどさ、それでも選んだのは私なんだから。私以外の誰のせいってわけじゃないよ。」
「……陽太は、強いなあ。」
「誰かさんがずっと悩んでるんだもん。前向きにならざるを得ないでしょ。」
素直な言い方ができないのは、昔からの性分だった。それがいつも、自分でじれったく感じられてしまう。
話題を変えようと、提案を口にする。
「また、前みたいに、一緒に出かけようよ。」
「…うん。そうだね。」
久しぶりに皆で、何か美味しいものを食べに行きたいね、と言われてしまい。
つい、口を尖らせてしまう。
「…伊作と、二人でって意味なんだけど。」
「……うん?」
伊作は、何度か瞬きした。
「えっと、つまり、その……」
そして、少し赤らんだ顔で、次の言葉を探し始め。
その顔を真っ直ぐ見られなくて、逸らしてしまう。
提案じゃなくて、本当は誘いだって気付いてほしい。
自分で言ったことを、果たして言って良かったのかどうか、と不安に思ってしまう。沈黙のせいで、この鼓動が聞こえてしまわないだろうか。
…その心配は、食堂の外から聞こえてきた慌ただしげな足音で掻き消えていった。
「俺が先だ!」
「いや、俺の方が先に着いた!」
「いや俺の足の方が先に食堂に入った!」
「何を?!」
「やるか?!」
ほぼ同時に食堂の入り口をくぐった、同級生二人はそのまま戸口付近で睨み合いを始める。
「…文次郎、留三郎?どうしたんだ、そんなに急いで走ってきたりして。」
声をかけた伊作に気付き、文次郎が答える。
「いや、さっき小平太から、食堂に団子があるって言われたから。」
「どっちが先に食堂に着くか勝負していたんだ。なあ、俺の方が先に入ってきたよな?」
「だから俺だって言ってるだろ!」
「…飽きないねぇ、二人とも。ね、陽太……」
話しかけられた陽太だったが、その時には既にゆらり、と立ち上がり、団子を両手に持てるだけ持っていた。
そして、
「…ん、陽太?」
「どうした?」
まだ睨み合っていた文次郎と、留三郎のすぐ側に立つ。
気付いた二人が、同時に振り返った瞬間。団子を、二人の口に叩きつけた。
「……!!」
「ゴフッ……!?」
空気読めよ、と低く呟きながら。
静かな怒りを秘めながら、ズンズンと歩き去っていく陽太の姿を見送る文次郎と留三郎は、団子を口に詰まらせたまま、目配せで、
何であいつ怒ってるんだ?
分からん…
と、首を捻っていた。
ただ一人、伊作だけが陽太のその苛立ちの理由を理解していたが、それを二人には言えず、ただ少し赤い顔で、二人と同じように彼女を見送ることしかできなかった。