そのうすべに色を隠して。
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天辺はとうに越えているが、夕刻と呼ぶにはまだ陽は高い。
陽太は一人、忍術学園から遠く、遠く離れた人気のない草原を歩き続ける。
その足がピタ、と止まった。
見据える視線の先に、忍装束に身を包んだ男が一人、立っている。
男は陽太の姿を認めると、踵を返して更にその先を行こうとした。
「……本当に、手を出していないのだろうな?!」
冷静さを保とうと抑えたつもりでも、男の背中に問いかけるその声は僅かに上ずる。
そして、男は答えない。
陽太は聞こえないように小さく舌打ちして、その後に従った。
複数人で探しても、学園内で陽太の姿を見つけられないこと。
どこに出かけているのか、誰に会うのか、何をするのか、誰にも伝えていないらしいこと。
そして、補完するように、雑渡昆奈門がもたらした情報。
ーーーーーーーーーー『奴ら自身は"ウツシミ"と名乗っているんだけど…特定の城には属さず、暗殺や奇襲作戦を主に請け負っている集団だよ。』
その集団が身につけているのと同じ忍装束の男に連れられる、忍術学園の制服を着た者の姿が確認されたこと。
それが、頭巾で顔半分を隠した、深緑色の制服を身に纏う者だったということ。
そうした情報の全てを総合し突き詰めて出てくる答えを、与四郎が憤慨して否定する。
「そんなことあるわけねーだよ!」
上町陽太が、忍術学園を裏切った、という答えを。
守りたいものは (二)
それはあくまで予想される最悪の事態として、という前提ではあるものの。学園長室に緊急招集をかけられた教師陣の間に流れる空気がそう疑っていることを隠しきれていなかった。
怒ったように叫んだ与四郎は、部屋を荒々しく出て行く。
「……優秀とは言っても、まだまだ若造ですな。」
その様子に呆れたような目を向ける者、或いは慮るような表情の者。
咳払いをした山田伝蔵が、「ともかく、」と学園長に向き直る。
「仮に上町が我々を裏切ったのだとしても、我々が為すべきことは平時と同じく何者かが攻撃を仕掛けてくることを想定し、"学園を守ること"で変わりありません。」
「無論その通りじゃ。しかし裏切ったかどうか決めつけるのはやはり些か早計じゃろう。…潮江、立花。」
学園長に呼ばれ、「はい、」と二人分の声が揃う。当然ながら陽太以外の六年生も全員、同じく招集をかけられていた。
「おぬしらは上町と同じ組じゃ。最後に会うた時、いつもと変わった様子は見られたかの。或いは、この集団との接点があるようなことを言うてはおらなんだか?」
「特段変わった様子はありませんでした。」
「そのような怪しげな者たちからの誘いを受けたとも、聞いておりません。」
「どうでしょうねえ。学生とは言え、仮にも忍ですよ、"彼"も。」
後ろの方から聞こえてきた嫌味っぽい声に、山田伝蔵が「安藤先生、」と僅か振り返って低い声で窘める。
「忍とは情報の駆け引きでもありますから、持っている情報の全てを明かすとは限りませんよ。…そこのタソガレドキ忍者の方々と同様にねえ。」
「おや、まだまだガードが硬いようで。」
「それは当然でしょう。いくら協力的な態度を見せているとは言え、我々はあくまで同盟関係を持っていないのですから。疑うなという方が無理があるかと。」
教師の一人、安藤夏之丞の嫌味に隠れた鋭い敵意に臆することなく、この緊急会議に情報提供者として同席している雑渡昆奈門はのんびりとかわしている。その様子を尻目に、小平太がポツリと。
「…仮に隠していたのだとしても、あいつの本心ではないはずです。」
それは、小平太だけでなく他の六年生全員の共通した思いだった。
近くにいたはずなのに、気付けなかった。
後悔。疑問。憤り。それでも見出したい僅かな望み。ーーーーーーーーーーいつになく感情を押さえ込んだようなその低い声に、部屋の中は一瞬静まり返る。学園長が、再び口を開く。
「本心がどうあれ、上町本人の口からその意図を聞かねば分からぬであろう。しかし、それも叶わぬとなれば…」
「悠長にはしていられません。早く決断を下すに越したことはありませんぞ。」
別の教師からも声が上がる。
会議は、膠着状態であった。
ーーーーーーーーーーそんな会議の様子を、まさかバレているとは思いもせず(その上で見逃されているとも気付かず)、盗み聞きをしている者が三人。乱太郎、きり丸、しんべヱである。
六年生以外の生徒は全員、部屋で待機するようにと既に指示が出ているが、最後に陽太と会っていたこの三人が素直にそれに従えるはずもなく。
隠れていた庵の縁の下で、聞こえてきた話の内容にお互い顔を見合わせている。
「ど、どうしよう…俺たち、大変なこと聞いちゃったんじゃないのか?」
「上町先輩、本当に私たちのこと裏切ってしまわれたのかな…?」
「皆ひどい!僕、そんなの信じない!上町先輩がそんな悪い人のはずがないもんっ!」
「あっ、しんべヱ!?」
「待てよ!」
しんべヱは二人の制止を振り切るように、縁の下から飛び出して走った。
が、そのうち体力が尽きてしまい、しゃがんでぜぇはぁと息を整えていると学園長の忍犬、ヘムヘムがどこからともなく現れて「へむっ」と鳴いて歩み寄ってきた。
「…ヘムヘム、お前も上町先輩がそんなことするはずないって、分かってくれるよね…?」
それが肯定の意味なのか或いはそうでないのか、いずれにしてもへむっ、と再び鳴き声を上げたヘムヘムは、しんべヱの制服の裾を少し噛んで引っ張ってきた。
「わあっ、破れちゃうよお!…何?…ついてったらいいの?」
「へむ!へむへむっ!」
「分かった分かった、行くから……ん?あれ?この匂い…」
「おーい!しんべヱ!」
「何してるの、こんな所で?」
後から追いついた二人をしんべヱは振り返った。
「きり丸、乱太郎!ヘムヘムがね、こっちに来てって。…そしたらこの辺り、何となくなんだけど…」
「どうしたんだよ?」
「上町先輩の匂いがするの。」
「えっ?先輩が、この近くにいるってこと?」
「ううん、そんなハッキリとした感じじゃなくて…」
「へむ!へむへむへむぅ!」
「ヘムヘム、どうしたんだ?」
「何か、口に咥えてない?」
乱太郎が指摘したように、ヘムヘムが口に、何かの紙切れを咥えている。それを見た途端、辺りに同じような、まるで破られたような紙切れがいくつも散らばっていることに気付いた。
「なあ、これ…文字が書いてあるぞ。」
三人は、お互いに顔を見合わせる。
それは、上町、と読めたような気がした。
男子なんかに負けてらんない。絶対、プロの忍者になってやるんだ。
三年ほど前そう言っていた時のひまりの顔を、与四郎は思い出していた。
ーーーーーーーーーー『私はここをちゃんと卒業したいんだよ。』
「……そう、せってたじゃんかよ。」
いかにも陽太を疑うかのような空気に、怒りに駆られて庵を飛び出してきてしまった。
やりきれないため息が漏れる。木の幹に額を当てるように寄りかかって、ここには居ない彼女に呼びかけるように、思わず独り言を呟いていると。
「よっしろ!」
突如、腕にギュッと抱きついてきた人物に心の臓が跳ね上がる。
想い人の、顔だった。
「ッひまりっ?!」
「ごめんなさい、たくさん心配かけて。会いたかったわ。」
けれどもその顔を与四郎は、すぐに気付いたように睨みつける。
「……おめー、悪趣味だな。」
「あ、バレちゃいましたね。"千の顔を持つ男"、天才鉢屋三郎の変装だと。」
三郎は庵での会議に参加してはいないが、やはり近くで聞いていた。与四郎が飛び出して行ったのも見ている。
与四郎は、変装の面を取りながらヘラヘラと笑うその胸倉を掴んで、近くの木の幹に背中から叩きつける。
「何考えてんだべ!こんな時に、ふざけてんじゃねえ!」
叩きつけられて咳き込みはしたものの三郎は驚いた様子もなく、与四郎を静かに見据える。
「……神経逆撫でしたのは謝りますけど。お一人で、随分と深刻そうなお顔をされるものですから。」
「当たりめーだ!あいつが、…ひまりが居なくなったんだぞ?!」
「それだけですか?」
三郎の目は、怯まず真っ直ぐ向けられる。
「疑ってるんですか?あの人が僕らを裏切ったと。」
逆に、与四郎の方が胸倉を掴む手が鈍った。
「…俺はそんな事一言も、」
「疑うくらいなら、……風魔に連れて行くなんて言う資格は、」
「ーーーーーーーーーー鉢屋。」
本人さえも抑えきれない、取り返しのつかない捨て台詞が吐かれてしまうのを偶然の幸運か、遮られる。
「…善法寺先輩。」
「五年生以下生徒は全員、部屋で待機のはずだろう。もう行って。」
それまで一歩退いたように冷めた表情だった三郎の、目の下の皮膚が僅かに震える。
パッと伊作から目を逸らし、あまり目を合わせず与四郎に頭を下げ「すみませんでした」と謝罪を口にした彼は、足早に立ち去って行った。
それを見送り、伊作は与四郎に向けて謝った。
「すまない、与四郎。後輩が失礼なことを。」
「…いや、俺の方こそ。…悪い、途中で飛び出してきちまって。会議、何か進展があったのか?」
与四郎も、三郎と言い合う中で上がった息を整えて向き直る。
「君が庵を出て行った後、乱太郎たちが部屋に来てあるものを見せてくれたんだ。」
「あるもの?」
「…陽太が残していったものだ。恐らく、ここを去る前に。」
学園長の目の前で、きり丸と共に文と思しきその紙きれを復元する長次の指が、最後の一片を埋めた。
手元に、蘇ったその文面は。
彼女の実家がある場所の名前。
父親の名前。
母親の名前。
弟の名前。
そして、末尾の一文。
『血染の反物望まざれば、』
という文言に続いて、とある場所と時間が記されていた。
その時刻は、丁度、陽太が姿を見せなくなった辺りに近い。
その文面を目にした誰もが、理解する。
これは、履歴書などの類いのものではない。
脅迫状だと。
「……脅されてた…!?」
「周到な奴らみたいだ。陽太が学園を黙って出て来られるように、小松田さんの注意を逸らす工作までするくらいだから。あの子の家族のことが知られてしまったのは恐らく…面接で提出した履歴書の管理が雑な所があったのだろう。雑渡さんも、奴らが各地で情報を集めていると言っていたし。」
「…何つー奴らだべ、許せねぇ…!」
怒りに燃える表情を、伊作は見つめて言う。
「僕たちはこれから陽太を助けに行く。与四郎も、来てくれるかい?」
当たり前だ、と返事をするや否や歩き始めた彼を、伊作も追った。