そのうすべに色を隠して。
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『三十三頁 譲れない気持ち 前編』
※各自、キャラ崩壊気味かもしれない
※ギャグ感が強い
※モブの腐女子が出現する
※やや微妙に流血あり
忍たま長屋の、六年生が使う区画。
その内の、僕、善法寺伊作と食満留三郎が使う部屋に今日はたまたま予定のない同級生全員が集まっていて、
ーーーーーーー現在、ピリピリとした空気が流れていた。
「よ、与四郎、とにかく落ち着きなよ…」
「伊作!落ち着いてなんかいられっかよ!」
今日は与四郎も忍術学園に遊びに来ていて、それだけなら別にそんな緊張した空気になる訳がないのだけれど、今日は違った。
彼は見上げていた僕から、留三郎に再び目線を移す。
「おめーは人を騙すような奴じゃねーと思ってたのによ!留三郎、見損なったべ!」
「だから、それは誤解だってさっきから言ってるだろ…。」
陽太を大事そうに抱きしめたまま、彼は留三郎を怒ったように睨んでいる。そして当の陽太はと言えば、苦しそうに眉根を寄せているけれど、与四郎の腕の力が強いせいなのか振り解けないでいるようだった。
実習や就職活動の話を、お互いの情報交換としての意味でも最近よくする僕たちだけれど、今日はその中でふと、留三郎と陽太が少し前に合同実習に出かけた時の話になって。
その流れで、陽太、…というかひまりが留三郎の実家に泊まった、という話が何気なく出た事が全ての発端となってしまった。
「ひまりとはただの腐れ縁でそういう気持ちは無いって、前に言ってたくせに!なのに家にまで泊めて、お…おんなじ布団でっ…!」
留三郎と陽太の「いや、布団は同じじゃない」の声が綺麗にハモる。
「てか、俺よりむしろ俺の弟たちの方がそいつにベッタリくっ付いて離れなかったというか…」
「同じことだべ!こうなったら、俺は今すぐひまりを風魔の里に連れて行く!裏切り者のおめーの側になんか居させてたまるか!」
どうやら、与四郎はかなり誤解してしまっているようだった。
「ちょっ、与四郎…そんな勝手に決めるなよ!私はここにいたいんだってば…!」
必死で腕を突っ張って拒否する陽太に、与四郎は詰め寄る。
「ひまりっ!おめーも留三郎のことが好きだから、そうせってんのか?」
「だからそういうんじゃないって、違うったら!」
「じゃあ、学園に、おめーの好きな奴がいるからか?」
「…!」
陽太は覆面でも分かるほど、顔に朱が差した。
僕はそれを見た瞬間。前に、与四郎とひまりとの三人でいる時にそんな話もあったような、と記憶が蘇る。結局あの時も、それが誰なのか話の中ではっきりと判明した訳ではなかったけれど。
少なくとも、彼女は、それを周りに知られるのを避けたがっている。それだけは分かるから、今も、もしかしたらあの時のようにまた怒ってしまうかもしれないと僕は内心で一瞬身構えた。
けど予想に反して、彼女は静かに首を振る。
「…違うよ、そういうんじゃない。風魔に行ったらここを中退することになる、それが嫌なんだ。与四郎、私はここをちゃんと卒業したいんだよ。」
「でも俺は、おめーを嫁にしたいくらい好きだってずっとせってんべ!」
「っ…」
いつも大らかそうな彼だけれど、今日はどこか、少し違って見える気がした。そして同時に、改めて彼の、ひまりへの気持ちの強さを知る。
その勢いに押されて彼女も、すぐに言葉を返せずにいるようだった。
「与四郎、陽太の気持ちも大事にしてやるべきだ。もそ…」
「そうだぞー、お前ちょっとワガママなんじゃないのか?」
「けどっ…」
成り行きを見守っていた長次や小平太に指摘されても、与四郎が引き下がる様子はなく。改めて、真剣な顔で陽太に向き直る。
「…ひまり、それなら…俺がもし留三郎との勝負に勝ったら、俺について来てくれねーか?」
彼のそんな提案に、「はあ?」と文次郎が片眉を上げる。…と、同時に聞こえてきた留三郎の、
「…勝負…?」
という呟きに僕は、嫌な予感がした。
「全く、何を言い出すかと思えば。こんな所で、軽々しくプロポーズなどするんじゃない。」
「仙蔵、俺は本気だべ!なあ、ひまり!いいだろ?俺、このまま諦めたくねーんだ!」
詰め寄る与四郎に、陽太は困り果てた表情で首を振る。
「何言ってるんだよ、勝負だなんて…とにかく一旦落ち着いて、」
「はっ、勝負を吹っかけられちゃしょうがねえ。謂れのねぇ裏切り者呼ばわりされたままなのも癪だしな。なら俺が勝てば今回は、素直に引き下がってもらうことにするぜ!」
「って、いや乗るなお前も!!」
嫌な予感的中。留三郎ってば、勝負って聞くと絶対反応するんだから…。
陽太のツッコミにもお構い無しで、勝負にすっかり乗り気になっている様子だった。
「…ねえ仙蔵、何とか止められない?」
呆れたようにため息をついている仙蔵に耳打ちで相談しても、諦めろと言わんばかりに首を振られる。
「あの状態になったあいつを止められないことはお前もよく知っているだろう。こうなったら、好きにやらせるしかあるまい。」
僕らがこっそり話す間も、留三郎と与四郎、それに陽太は、
「一対一ってのも面白くねえ、いっそのことチーム戦といこうじゃねえか!」
「おーよ、何だってやってやろーじゃんかよ!」
「面白味を追求してどうするんだよぉお!!」
という噛み合わない会話を続けていたのだった。
「えー、おせんにキャラメル、いかがっすかー!」
「ねえねえ、この勝負って、勝ったチームが上町先輩を獲得できるんだって。」
「えっ、何?じゃあ錫高野与四郎さんと食満先輩が、上町先輩を取り合ってるってこと…?」
「え、何それ詳しく」
「え…食満先輩ってそういう…?」
「駄目よッ!上町先輩は立花先輩とのカプしか私は認めな」
「与四郎せんぱーい!頑張ってください、僕応援してますー!」
「喜三太ぁ、同じ用具委員会の食満先輩の応援はどうするの〜?」
「上町先輩が風魔に行ってしまったら、火薬委員会の委員長としてお迎えできなくなってしまう……もう何でもいいからそれだけは阻止して頂かないと…!」
「右に同じくだ!生物委員会にお迎えするためにも、食満先輩とにかく頑張ってください!」
「うぁあああ風魔になんか行かないでよひまりちゃ…じゃなかった陽太くんー!!」
「タカ丸さんどうしてそんなに泣いてるんですかあ?」
「……で、その勝負の話を聞きつけたきり丸が観戦チケットを販売して、観客がこんなにたくさん集まっちゃった、と。」
試合前。勝負が行われることになった校庭に集まるギャラリーのあまりの多さに、たまたま通りがかった鉢屋三郎を捕まえてその理由を訊いてみたところ彼の回答から導かれる結果に僕は呆れるしかなかった。
「そういうわけです。あ、因みに僕、善法寺先輩がいらっしゃるチームに賭けといたんで。応援してますよ!」
しかも賭け事になってるのか…。ただでさえ、殆ど全校生徒が集まるほどの大事になっているというのに。頭が痛くなってくる。
…まあその件は、いずれ土井先生辺りからきり丸にお叱りがあるだろうからお任せしておこう。そんなことより、すっかり大変なことになってしまった。
この勝負に勝たなければ、陽太は、本当に風魔の里に…。
彼女自身がそれを望んでいるとは思えない。
けれど、律儀で真面目な彼女のことだ。渋々ながらでも一旦勝負が行われることを認めた以上は、約束を反故にするようなことはしたくないはず。彼女は、そういう人だ。
「…そろそろ時間だから、とにかく行ってくるよ。」
「はーい、お気をつけて。ひまり先輩のためにも頑張ってくださいねー。」
…言われなくても。
僕はぎこちなく手を振って鉢屋と別れ、勝負が行われるフィールドに向かった。
勝負の種目は、サッカーだ。当事者の与四郎と留三郎だけでなく、何故かチーム戦にするということで僕たち他の六年生も参加することになっていた。
フィールドに試合に参加する皆が集まったのを確認して、実況席として少し離れた場所に設けた机に座る仙蔵が、マイクを取る。
「それでは、上町陽太争奪戦サッカー対決をいよいよ開催いたします。審判及び実況はわたくし立花仙蔵、そして解説は喋らない解説でおなじみの上町陽太さんでお送りいたします。」
『どうしてこうなった?』
「尚、上町さんはタイトルにもある通り今回のサッカー対決の優勝賞品となっております。つまり、この勝負に勝ったチームが上町さんを獲得できる、という訳ですね。」
『こいつら頭おかしいのか?』
「仰る通り、この状況は相当頭がおかしいものと思われますねー。」
陽太は人目がある以上喋る訳にはいかないからか、解説でも筆談に徹するらしい。筆談用のノートの見開き分いっぱいに書きつけては、隣の仙蔵に相槌を打つようなタイミングで文面をこちらに向けている。
「というかちょっと待て、何で二人してちゃっかり放送席に着いてるんだよ!?お前らも参加しろ!」
「おっと潮江文次郎選手、試合もまだ始まらないうちから我々、審判兼実況&解説担当に対しいちゃもんをつけてきています。これはスポーツマンシップの精神に反するのではないでしょうか?」
『文次郎、個人的にマイナス一点です』
「何だ個人的にって!?」
「さて、上町解説員も少しノってきたところで選手の紹介をいたしましょう。まず今回の騒動の元凶である食満留三郎選手、そして彼が率いるチームのメンバーは不運大魔王・善法寺伊作選手、いけどん大魔王・七松小平太選手の二人となっております。」
名前を読み上げられ盛り上がるギャラリーから拍手や歓声が上がる中、腰に手を当てて留三郎がぼやく。
「元凶扱いは納得いかねぇが、まあとにかく、勝負とあれば絶対負けねえぜ!」
「というか仙蔵、そんな紹介の仕方しないでよ…」
「なはははっ。細かいことは気にするな伊作!」
小平太に背中を叩かれる中、仙蔵がまた名前を読み上げる。
「対するはもう一人の元凶、風魔流忍術学校六年生の錫高野与四郎選手、チームメイトとしてギンギン潮江文次郎選手ともそもそ中在家長次選手を引き入れた模様です。それにしてもこのチーム分け、これは作戦なのでしょうか?」
与四郎は、僕に向けて口を尖らせている。
「伊作ー、何で俺のチームに入ってくれねーんだよ?」
「いやぁ何と言うかその、流れで…?」
「悪いな与四郎、伊作は俺と同室だからな。今日は、お前とは敵同士ってことで。」
「彼らの様子から、どうやら互いにチームメイトの取り合いがあった模様です。上町さん、これらの人選についてどう思われますか?」
『文次郎は留三郎チームと敵対している与四郎チームに、必然的に回ることになったのでしょう。そして留三郎が体力バカの小平太を引き入れたのは長年の付き合いに基づく計算が働いたものと思われます。正直そんなのすげーどうでもいいですけど。』
「優勝賞品でもある上町さんですが、そのせいか受け答えに苛立ちが見られますねー。」
与四郎は息を一つついて、気を取り直したように顔を上げる。
「ちぇ、まあ決まったモンは仕方ねーべな。なんにせよ、俺は負けねーだぁよ!ひまりー、そこから応援してゴホァッ!?」
手を振っていた彼の顔面に、陽太がごくたまに使う筆談用の立て看板が投げられて命中する。
「もそ。与四郎、いい加減あの格好のあいつを本名で呼んでやるな…」
「ただでさえいつにも増して気が立ってるようだしな。障らぬ神に何とやら、だぜ。」
文次郎の言う通り、今日の陽太はかなり機嫌が悪そうだった。…これ、僕らが勝たないと色々本当にまずいかもしれない。
仙蔵のアナウンスが再び入る。
「それではルールを説明しましょう。試合は三対三のミニゲーム形式、先に三点先取したチームの勝利となります。尚、反則のあった場合にはその場で反則を受けたチームによるフリーキックで、試合再開となります。」
じゃんけんの結果、先攻は僕らのチームだった。キックオフで、いよいよ試合がスタートする。
自陣で留三郎からのパスを受けた小平太が、前に駆け出す。
「よーし!それっ!」
「……?」
が。ドリブルから蹴り出したボールは長次の足元に転がっていった。
…というより、どう考えてもパス。
観客さえ、唖然として静まり返っていた。
「……あぁーッ!しまった!いつものボール回しのクセでつい…!」
「うぉおおお馬鹿小平太何やってんだ!?」
カバーに回ろうと焦る留三郎だけど、時既に遅しで。
あまり本気では蹴り出してない長次のボールを、与四郎が受けに行き、そして。
「そぉれっ!」
ディフェンスする暇もなく、殆どカウンターのような状態からシュートが決められてしまった。仙蔵がホイッスルを鳴らし、マイクを取る。
「最初の得点は錫高野与四郎チームです!何ということでしょうか、七松選手のまさかの凡ミスが得点を許してしまったー!」
観客のあちこちからも、落胆の声やブーイングが巻き起こる。
「先制されちゃったね…。」
「何やってんだよお前、あり得ねーだろあんなの!」
「いやあ、長次とはいつも同じチーム組んでたからついクセで…。まずいなーこれ、流石に陽太も怒ってるよな…」
さぞかし(無言で)怒り狂っているだろう、…と思ったら、実況席に座ったまま両肘をついて指を組んだ手で口元を隠し、じっ………と小平太を見つめている陽太。
「えっ、なんかキレ散らかしてるより怖い……もしかしてあれ、私のこと後でどう処すか考えてる…?」
「考えてるな、恐らく。」
「ヒィッ…!」
「と、とにかくこれ以上点を取られないようにしなくちゃ。ほら、小平太も切り替えて。」
「お…おぉおう…!」
僕は、青ざめてガクガク震える小平太を落ち着かせるため、肩を叩いて気持ちを切り替えるよう言う。
これ以上取られるのは、チームのメンタル的にも良くないだろう。
二回目のキックオフも、僕らのチームからだ。
「さあ一点を追うケマトメチーム、次はどう攻めていくのでしょうか?」
『得点以外に勝ち無し』
「流石は上町解説員、これは『勝ち無し』と『価値なし』がかかっているんですねー。いやー実に上手い!」
『うるせーよ、かけてねぇわ』
……何となく気付いてたけど仙蔵、もしかしなくてもこの状況実は楽しんでるよね…?
…もう、気が散るから無視しよう。
「留三郎!」
僕からのパスを受けて前を向いた留三郎に、文次郎が立ちはだかる。
「へっ、ここは通さねえぜ!」
「ンだとぉお?!やれるもんならやってみやがれ!」
留三郎が熱くなる。文次郎も、相手が留三郎だからか躍起になってるみたいだ。
「ボールをキープする食満選手、そして奪いに行く潮江選手、チーム戦というより最早いつもの犬猿二人組によるただのイザコザと化しております。」
『文次郎と留三郎、個人的にそれぞれマイナス二十点』
埒があかないと、僕は空いたスペースに走り込みながら声を張る。
「留三郎、こっち!」
「そーはいかねーべ、伊作!」
「っ与四郎…!」
「今日は敵同士、だもんよ。」
留三郎からのパスは繋がったけど、既に与四郎が詰めてきていた。
「伊作!」
逆サイドで、小平太が手を挙げて呼ぶのが見える。
大きくパスを出した。
「あっ、…!」
けどトラップをミスしたのか、ボールは小平太の足元から大きく浮いてしまった。その隙をついた長次にボールをカットされてしまう。
小平太がすぐ取り返しに行こうと、足を出したのが引っかかったようで長次が倒れてしまい、ホイッスルが鳴る。
「おっとこれは七松選手、危険なプレーによりファールです!思わず焦りが出てしまったか?」
小平太が長次に手を貸しながら、謝る。
「悪い、大丈夫か?」
「もそ…平気だ。」
幸い、捻ったりなどの怪我は無かったようだ。立ち上がって制服に付いた土埃を払う長次の様子を見て、僕もホッとする。
ルールでは、長次が倒された場所からフリーキックで試合再開だ。
位置は、僕らが守るゴールにかなり近かった。
キッカーの長次が短く蹴り出したボールを文次郎が繋ぐ。決められる前にと、僕は急いでカバーに回る。
「文次郎!」
与四郎が裏に抜けようとする。まずい、またシュートを打たれる…!
与四郎へのパスコースを潰す。すると逆サイドの長次に再びボールが渡った。
彼が打ったシュートは、ゴール前にいた小平太が何とかブロックしてくれた。けれど宙に遊んだボールを、留三郎に競り勝った与四郎にヘディングで押し込まれる。
「またしても得点を許してしまったケマトメチーム、後が無くなりました!」
「よっしゃあ!」
再びホイッスルが鳴り、実況席の陽太が頭を抱えているのが見えた。それとは対照的に、与四郎は嬉しそうにガッツポーズをしている。
「ああ、くっそー…!」
「ごめん小平太、折角止めてくれたのに…」
「あいつ、前あんな上手かったか…?くそ、次は絶対取らねぇと。」
三回目のキックオフ。
ボールはこちらがキープしているのに、喰らいつく与四郎に阻まれて突破口を開けない。
「伊作!」
「おっと、コースは見切ってんべーよ!」
攻めきれないまま、留三郎からのパスを奪われてしまった。
「!しまった…!」
「これで、三点目だべ!」
与四郎の右足が、振りかぶる。
シュートが、決まってしまう。
ーーーーーーー誰もが、そう思った。
まるで放たれた弾丸のように、実況席から飛び出した陽太が、そのシュートを必死に伸ばした足でディフェンスする瞬間まで。
打ち上がって滞空するボールと、地面を蹴って跳び上がり、腰を捻ってボールを蹴る体勢に入る彼女。
その動きの全てが、まるで時間がゆっくりと流れているように。
僕らも、与四郎も、そして観客さえ。
誰もがただ見つめてしまっていた。
そして時間の流れが元に戻るように、そのシュートは、真っ直ぐ放たれた。
ーーーーーーーーーー留三郎の顔面、真正面に。
倒れる留三郎。
着地する陽太。
呆気に取られ、静まり返る会場全体。
「上町解説員の強烈なシュートが決まったー!これには流石の食満選手も一発KOです!」
そしてその中で唯一冴え渡る、仙蔵の実況。
「と…留三郎!大丈夫?」
僕は鼻血を出して倒れた留三郎に急いで駆け寄る。気絶しているけど骨は、…折れてない。良かった。いや、良くはないけど。
すると仙蔵のマイクから放送が入った。
「…そして試合の途中ではありますが、ここで上町さんからお預かりした伝言を読み上げさせていただきます。」
仙蔵が彼女の伝言というそのメモを読み上げる時。
着地の際の低い姿勢から立ち上がって背筋を伸ばした陽太は、与四郎に鋭く視線を送る。
「『与四郎。ここからは、私が相手だ。』」
【ーーーーーーーーーー後編に続く。】
※2022/12/29 注意書き追記しました。
(流血=鼻血)
※各自、キャラ崩壊気味かもしれない
※ギャグ感が強い
※モブの腐女子が出現する
※やや微妙に流血あり
忍たま長屋の、六年生が使う区画。
その内の、僕、善法寺伊作と食満留三郎が使う部屋に今日はたまたま予定のない同級生全員が集まっていて、
ーーーーーーー現在、ピリピリとした空気が流れていた。
「よ、与四郎、とにかく落ち着きなよ…」
「伊作!落ち着いてなんかいられっかよ!」
今日は与四郎も忍術学園に遊びに来ていて、それだけなら別にそんな緊張した空気になる訳がないのだけれど、今日は違った。
彼は見上げていた僕から、留三郎に再び目線を移す。
「おめーは人を騙すような奴じゃねーと思ってたのによ!留三郎、見損なったべ!」
「だから、それは誤解だってさっきから言ってるだろ…。」
陽太を大事そうに抱きしめたまま、彼は留三郎を怒ったように睨んでいる。そして当の陽太はと言えば、苦しそうに眉根を寄せているけれど、与四郎の腕の力が強いせいなのか振り解けないでいるようだった。
実習や就職活動の話を、お互いの情報交換としての意味でも最近よくする僕たちだけれど、今日はその中でふと、留三郎と陽太が少し前に合同実習に出かけた時の話になって。
その流れで、陽太、…というかひまりが留三郎の実家に泊まった、という話が何気なく出た事が全ての発端となってしまった。
「ひまりとはただの腐れ縁でそういう気持ちは無いって、前に言ってたくせに!なのに家にまで泊めて、お…おんなじ布団でっ…!」
留三郎と陽太の「いや、布団は同じじゃない」の声が綺麗にハモる。
「てか、俺よりむしろ俺の弟たちの方がそいつにベッタリくっ付いて離れなかったというか…」
「同じことだべ!こうなったら、俺は今すぐひまりを風魔の里に連れて行く!裏切り者のおめーの側になんか居させてたまるか!」
どうやら、与四郎はかなり誤解してしまっているようだった。
「ちょっ、与四郎…そんな勝手に決めるなよ!私はここにいたいんだってば…!」
必死で腕を突っ張って拒否する陽太に、与四郎は詰め寄る。
「ひまりっ!おめーも留三郎のことが好きだから、そうせってんのか?」
「だからそういうんじゃないって、違うったら!」
「じゃあ、学園に、おめーの好きな奴がいるからか?」
「…!」
陽太は覆面でも分かるほど、顔に朱が差した。
僕はそれを見た瞬間。前に、与四郎とひまりとの三人でいる時にそんな話もあったような、と記憶が蘇る。結局あの時も、それが誰なのか話の中ではっきりと判明した訳ではなかったけれど。
少なくとも、彼女は、それを周りに知られるのを避けたがっている。それだけは分かるから、今も、もしかしたらあの時のようにまた怒ってしまうかもしれないと僕は内心で一瞬身構えた。
けど予想に反して、彼女は静かに首を振る。
「…違うよ、そういうんじゃない。風魔に行ったらここを中退することになる、それが嫌なんだ。与四郎、私はここをちゃんと卒業したいんだよ。」
「でも俺は、おめーを嫁にしたいくらい好きだってずっとせってんべ!」
「っ…」
いつも大らかそうな彼だけれど、今日はどこか、少し違って見える気がした。そして同時に、改めて彼の、ひまりへの気持ちの強さを知る。
その勢いに押されて彼女も、すぐに言葉を返せずにいるようだった。
「与四郎、陽太の気持ちも大事にしてやるべきだ。もそ…」
「そうだぞー、お前ちょっとワガママなんじゃないのか?」
「けどっ…」
成り行きを見守っていた長次や小平太に指摘されても、与四郎が引き下がる様子はなく。改めて、真剣な顔で陽太に向き直る。
「…ひまり、それなら…俺がもし留三郎との勝負に勝ったら、俺について来てくれねーか?」
彼のそんな提案に、「はあ?」と文次郎が片眉を上げる。…と、同時に聞こえてきた留三郎の、
「…勝負…?」
という呟きに僕は、嫌な予感がした。
「全く、何を言い出すかと思えば。こんな所で、軽々しくプロポーズなどするんじゃない。」
「仙蔵、俺は本気だべ!なあ、ひまり!いいだろ?俺、このまま諦めたくねーんだ!」
詰め寄る与四郎に、陽太は困り果てた表情で首を振る。
「何言ってるんだよ、勝負だなんて…とにかく一旦落ち着いて、」
「はっ、勝負を吹っかけられちゃしょうがねえ。謂れのねぇ裏切り者呼ばわりされたままなのも癪だしな。なら俺が勝てば今回は、素直に引き下がってもらうことにするぜ!」
「って、いや乗るなお前も!!」
嫌な予感的中。留三郎ってば、勝負って聞くと絶対反応するんだから…。
陽太のツッコミにもお構い無しで、勝負にすっかり乗り気になっている様子だった。
「…ねえ仙蔵、何とか止められない?」
呆れたようにため息をついている仙蔵に耳打ちで相談しても、諦めろと言わんばかりに首を振られる。
「あの状態になったあいつを止められないことはお前もよく知っているだろう。こうなったら、好きにやらせるしかあるまい。」
僕らがこっそり話す間も、留三郎と与四郎、それに陽太は、
「一対一ってのも面白くねえ、いっそのことチーム戦といこうじゃねえか!」
「おーよ、何だってやってやろーじゃんかよ!」
「面白味を追求してどうするんだよぉお!!」
という噛み合わない会話を続けていたのだった。
「えー、おせんにキャラメル、いかがっすかー!」
「ねえねえ、この勝負って、勝ったチームが上町先輩を獲得できるんだって。」
「えっ、何?じゃあ錫高野与四郎さんと食満先輩が、上町先輩を取り合ってるってこと…?」
「え、何それ詳しく」
「え…食満先輩ってそういう…?」
「駄目よッ!上町先輩は立花先輩とのカプしか私は認めな」
「与四郎せんぱーい!頑張ってください、僕応援してますー!」
「喜三太ぁ、同じ用具委員会の食満先輩の応援はどうするの〜?」
「上町先輩が風魔に行ってしまったら、火薬委員会の委員長としてお迎えできなくなってしまう……もう何でもいいからそれだけは阻止して頂かないと…!」
「右に同じくだ!生物委員会にお迎えするためにも、食満先輩とにかく頑張ってください!」
「うぁあああ風魔になんか行かないでよひまりちゃ…じゃなかった陽太くんー!!」
「タカ丸さんどうしてそんなに泣いてるんですかあ?」
「……で、その勝負の話を聞きつけたきり丸が観戦チケットを販売して、観客がこんなにたくさん集まっちゃった、と。」
試合前。勝負が行われることになった校庭に集まるギャラリーのあまりの多さに、たまたま通りがかった鉢屋三郎を捕まえてその理由を訊いてみたところ彼の回答から導かれる結果に僕は呆れるしかなかった。
「そういうわけです。あ、因みに僕、善法寺先輩がいらっしゃるチームに賭けといたんで。応援してますよ!」
しかも賭け事になってるのか…。ただでさえ、殆ど全校生徒が集まるほどの大事になっているというのに。頭が痛くなってくる。
…まあその件は、いずれ土井先生辺りからきり丸にお叱りがあるだろうからお任せしておこう。そんなことより、すっかり大変なことになってしまった。
この勝負に勝たなければ、陽太は、本当に風魔の里に…。
彼女自身がそれを望んでいるとは思えない。
けれど、律儀で真面目な彼女のことだ。渋々ながらでも一旦勝負が行われることを認めた以上は、約束を反故にするようなことはしたくないはず。彼女は、そういう人だ。
「…そろそろ時間だから、とにかく行ってくるよ。」
「はーい、お気をつけて。ひまり先輩のためにも頑張ってくださいねー。」
…言われなくても。
僕はぎこちなく手を振って鉢屋と別れ、勝負が行われるフィールドに向かった。
勝負の種目は、サッカーだ。当事者の与四郎と留三郎だけでなく、何故かチーム戦にするということで僕たち他の六年生も参加することになっていた。
フィールドに試合に参加する皆が集まったのを確認して、実況席として少し離れた場所に設けた机に座る仙蔵が、マイクを取る。
「それでは、上町陽太争奪戦サッカー対決をいよいよ開催いたします。審判及び実況はわたくし立花仙蔵、そして解説は喋らない解説でおなじみの上町陽太さんでお送りいたします。」
『どうしてこうなった?』
「尚、上町さんはタイトルにもある通り今回のサッカー対決の優勝賞品となっております。つまり、この勝負に勝ったチームが上町さんを獲得できる、という訳ですね。」
『こいつら頭おかしいのか?』
「仰る通り、この状況は相当頭がおかしいものと思われますねー。」
陽太は人目がある以上喋る訳にはいかないからか、解説でも筆談に徹するらしい。筆談用のノートの見開き分いっぱいに書きつけては、隣の仙蔵に相槌を打つようなタイミングで文面をこちらに向けている。
「というかちょっと待て、何で二人してちゃっかり放送席に着いてるんだよ!?お前らも参加しろ!」
「おっと潮江文次郎選手、試合もまだ始まらないうちから我々、審判兼実況&解説担当に対しいちゃもんをつけてきています。これはスポーツマンシップの精神に反するのではないでしょうか?」
『文次郎、個人的にマイナス一点です』
「何だ個人的にって!?」
「さて、上町解説員も少しノってきたところで選手の紹介をいたしましょう。まず今回の騒動の元凶である食満留三郎選手、そして彼が率いるチームのメンバーは不運大魔王・善法寺伊作選手、いけどん大魔王・七松小平太選手の二人となっております。」
名前を読み上げられ盛り上がるギャラリーから拍手や歓声が上がる中、腰に手を当てて留三郎がぼやく。
「元凶扱いは納得いかねぇが、まあとにかく、勝負とあれば絶対負けねえぜ!」
「というか仙蔵、そんな紹介の仕方しないでよ…」
「なはははっ。細かいことは気にするな伊作!」
小平太に背中を叩かれる中、仙蔵がまた名前を読み上げる。
「対するはもう一人の元凶、風魔流忍術学校六年生の錫高野与四郎選手、チームメイトとしてギンギン潮江文次郎選手ともそもそ中在家長次選手を引き入れた模様です。それにしてもこのチーム分け、これは作戦なのでしょうか?」
与四郎は、僕に向けて口を尖らせている。
「伊作ー、何で俺のチームに入ってくれねーんだよ?」
「いやぁ何と言うかその、流れで…?」
「悪いな与四郎、伊作は俺と同室だからな。今日は、お前とは敵同士ってことで。」
「彼らの様子から、どうやら互いにチームメイトの取り合いがあった模様です。上町さん、これらの人選についてどう思われますか?」
『文次郎は留三郎チームと敵対している与四郎チームに、必然的に回ることになったのでしょう。そして留三郎が体力バカの小平太を引き入れたのは長年の付き合いに基づく計算が働いたものと思われます。正直そんなのすげーどうでもいいですけど。』
「優勝賞品でもある上町さんですが、そのせいか受け答えに苛立ちが見られますねー。」
与四郎は息を一つついて、気を取り直したように顔を上げる。
「ちぇ、まあ決まったモンは仕方ねーべな。なんにせよ、俺は負けねーだぁよ!ひまりー、そこから応援してゴホァッ!?」
手を振っていた彼の顔面に、陽太がごくたまに使う筆談用の立て看板が投げられて命中する。
「もそ。与四郎、いい加減あの格好のあいつを本名で呼んでやるな…」
「ただでさえいつにも増して気が立ってるようだしな。障らぬ神に何とやら、だぜ。」
文次郎の言う通り、今日の陽太はかなり機嫌が悪そうだった。…これ、僕らが勝たないと色々本当にまずいかもしれない。
仙蔵のアナウンスが再び入る。
「それではルールを説明しましょう。試合は三対三のミニゲーム形式、先に三点先取したチームの勝利となります。尚、反則のあった場合にはその場で反則を受けたチームによるフリーキックで、試合再開となります。」
じゃんけんの結果、先攻は僕らのチームだった。キックオフで、いよいよ試合がスタートする。
自陣で留三郎からのパスを受けた小平太が、前に駆け出す。
「よーし!それっ!」
「……?」
が。ドリブルから蹴り出したボールは長次の足元に転がっていった。
…というより、どう考えてもパス。
観客さえ、唖然として静まり返っていた。
「……あぁーッ!しまった!いつものボール回しのクセでつい…!」
「うぉおおお馬鹿小平太何やってんだ!?」
カバーに回ろうと焦る留三郎だけど、時既に遅しで。
あまり本気では蹴り出してない長次のボールを、与四郎が受けに行き、そして。
「そぉれっ!」
ディフェンスする暇もなく、殆どカウンターのような状態からシュートが決められてしまった。仙蔵がホイッスルを鳴らし、マイクを取る。
「最初の得点は錫高野与四郎チームです!何ということでしょうか、七松選手のまさかの凡ミスが得点を許してしまったー!」
観客のあちこちからも、落胆の声やブーイングが巻き起こる。
「先制されちゃったね…。」
「何やってんだよお前、あり得ねーだろあんなの!」
「いやあ、長次とはいつも同じチーム組んでたからついクセで…。まずいなーこれ、流石に陽太も怒ってるよな…」
さぞかし(無言で)怒り狂っているだろう、…と思ったら、実況席に座ったまま両肘をついて指を組んだ手で口元を隠し、じっ………と小平太を見つめている陽太。
「えっ、なんかキレ散らかしてるより怖い……もしかしてあれ、私のこと後でどう処すか考えてる…?」
「考えてるな、恐らく。」
「ヒィッ…!」
「と、とにかくこれ以上点を取られないようにしなくちゃ。ほら、小平太も切り替えて。」
「お…おぉおう…!」
僕は、青ざめてガクガク震える小平太を落ち着かせるため、肩を叩いて気持ちを切り替えるよう言う。
これ以上取られるのは、チームのメンタル的にも良くないだろう。
二回目のキックオフも、僕らのチームからだ。
「さあ一点を追うケマトメチーム、次はどう攻めていくのでしょうか?」
『得点以外に勝ち無し』
「流石は上町解説員、これは『勝ち無し』と『価値なし』がかかっているんですねー。いやー実に上手い!」
『うるせーよ、かけてねぇわ』
……何となく気付いてたけど仙蔵、もしかしなくてもこの状況実は楽しんでるよね…?
…もう、気が散るから無視しよう。
「留三郎!」
僕からのパスを受けて前を向いた留三郎に、文次郎が立ちはだかる。
「へっ、ここは通さねえぜ!」
「ンだとぉお?!やれるもんならやってみやがれ!」
留三郎が熱くなる。文次郎も、相手が留三郎だからか躍起になってるみたいだ。
「ボールをキープする食満選手、そして奪いに行く潮江選手、チーム戦というより最早いつもの犬猿二人組によるただのイザコザと化しております。」
『文次郎と留三郎、個人的にそれぞれマイナス二十点』
埒があかないと、僕は空いたスペースに走り込みながら声を張る。
「留三郎、こっち!」
「そーはいかねーべ、伊作!」
「っ与四郎…!」
「今日は敵同士、だもんよ。」
留三郎からのパスは繋がったけど、既に与四郎が詰めてきていた。
「伊作!」
逆サイドで、小平太が手を挙げて呼ぶのが見える。
大きくパスを出した。
「あっ、…!」
けどトラップをミスしたのか、ボールは小平太の足元から大きく浮いてしまった。その隙をついた長次にボールをカットされてしまう。
小平太がすぐ取り返しに行こうと、足を出したのが引っかかったようで長次が倒れてしまい、ホイッスルが鳴る。
「おっとこれは七松選手、危険なプレーによりファールです!思わず焦りが出てしまったか?」
小平太が長次に手を貸しながら、謝る。
「悪い、大丈夫か?」
「もそ…平気だ。」
幸い、捻ったりなどの怪我は無かったようだ。立ち上がって制服に付いた土埃を払う長次の様子を見て、僕もホッとする。
ルールでは、長次が倒された場所からフリーキックで試合再開だ。
位置は、僕らが守るゴールにかなり近かった。
キッカーの長次が短く蹴り出したボールを文次郎が繋ぐ。決められる前にと、僕は急いでカバーに回る。
「文次郎!」
与四郎が裏に抜けようとする。まずい、またシュートを打たれる…!
与四郎へのパスコースを潰す。すると逆サイドの長次に再びボールが渡った。
彼が打ったシュートは、ゴール前にいた小平太が何とかブロックしてくれた。けれど宙に遊んだボールを、留三郎に競り勝った与四郎にヘディングで押し込まれる。
「またしても得点を許してしまったケマトメチーム、後が無くなりました!」
「よっしゃあ!」
再びホイッスルが鳴り、実況席の陽太が頭を抱えているのが見えた。それとは対照的に、与四郎は嬉しそうにガッツポーズをしている。
「ああ、くっそー…!」
「ごめん小平太、折角止めてくれたのに…」
「あいつ、前あんな上手かったか…?くそ、次は絶対取らねぇと。」
三回目のキックオフ。
ボールはこちらがキープしているのに、喰らいつく与四郎に阻まれて突破口を開けない。
「伊作!」
「おっと、コースは見切ってんべーよ!」
攻めきれないまま、留三郎からのパスを奪われてしまった。
「!しまった…!」
「これで、三点目だべ!」
与四郎の右足が、振りかぶる。
シュートが、決まってしまう。
ーーーーーーー誰もが、そう思った。
まるで放たれた弾丸のように、実況席から飛び出した陽太が、そのシュートを必死に伸ばした足でディフェンスする瞬間まで。
打ち上がって滞空するボールと、地面を蹴って跳び上がり、腰を捻ってボールを蹴る体勢に入る彼女。
その動きの全てが、まるで時間がゆっくりと流れているように。
僕らも、与四郎も、そして観客さえ。
誰もがただ見つめてしまっていた。
そして時間の流れが元に戻るように、そのシュートは、真っ直ぐ放たれた。
ーーーーーーーーーー留三郎の顔面、真正面に。
倒れる留三郎。
着地する陽太。
呆気に取られ、静まり返る会場全体。
「上町解説員の強烈なシュートが決まったー!これには流石の食満選手も一発KOです!」
そしてその中で唯一冴え渡る、仙蔵の実況。
「と…留三郎!大丈夫?」
僕は鼻血を出して倒れた留三郎に急いで駆け寄る。気絶しているけど骨は、…折れてない。良かった。いや、良くはないけど。
すると仙蔵のマイクから放送が入った。
「…そして試合の途中ではありますが、ここで上町さんからお預かりした伝言を読み上げさせていただきます。」
仙蔵が彼女の伝言というそのメモを読み上げる時。
着地の際の低い姿勢から立ち上がって背筋を伸ばした陽太は、与四郎に鋭く視線を送る。
「『与四郎。ここからは、私が相手だ。』」
【ーーーーーーーーーー後編に続く。】
※2022/12/29 注意書き追記しました。
(流血=鼻血)