そのうすべに色を隠して。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※各自エピソード編、第四回目
※夢主視点→小平太視点
あいつの隣に、君はいる。其ノ肆
『友達。だけど、大好きな』
忍術学園の鍛錬場に鳴り響く、焙烙火矢の爆発音。
「今日という今日は絶対に許さんぞ小平太ああああああああ!!!!!」
「待て待て待て話せば分かるから!」
叫ぶ、その時の私は、怒りがピークに達していた。
「何でお前はことごとく私の楽しみにしていたおやつを食べるんだ、しかも食い尽くすんだ!?食べる前に所有権の所在くらい確認しろ!!せめて最後の一つくらい残そうとか思わないのか!?」
「なっ、とにかく落ち着けって陽太…!」
「誰のせいだと思ってるんだよ!!?」
留三郎と長次、それに救急箱を携えた伊作に少し離れた場所から喧嘩の行く末を見守られる中、小平太に雨あられと手裏剣も投げつけるが辛うじて避けられてしまうばかりで、余計にイライラする。
「…あいつら、毎回似たようなことで喧嘩してるよな?」
「食べ物の恨みは怖い。もそ…」
「まあ、そうは言うけどよ。それにしたって激しいな、今回はまた。」
「あぁあ… 陽太も小平太も、怪我だけはしないで……!」
「どっちかというと小平太の方が怪我しそうだけどな、あれだと。」
そして仙蔵と文次郎も、鍛錬場の辺り一帯に侵入防止用の罠を仕掛けて更に『この先危険地帯につき立ち入り禁止』の立て看板を設置し終えて戻ってくる途中、私と小平太の攻防によるその喧騒を聞きながら、
「…まあ残したところで怒りの度合いは、ほぼ変わらんだろうがな。」
「いや、とは言え零と一はかなり違う気もするが?」
「そう思うならその台詞、今の陽太に言ってみるといい。」
「やだよ、矛先が俺になるだろうが。」
という会話をしていたらしいけれど。
しかしながらそんな周りのことを気にする余裕もないほど、今の私は怒りを抑えることができなかった。
これまでに幾度も人の楽しみを許可なく奪い尽くし、その上問い詰めても、
「いやー、丁度腹が減ってたもんでついつい!はははは!」
…などとまるで反省の色ゼロで笑われるとこちらとしても二言三言文句を言いたくもなるもので。…いや、言いたいことは最早山のようにある。
これ以上被害が広がらないようにと長次に腕を抑え込まれながら、それでも私は小平太にかみつく。
「ほんの一瞬目を離した隙に毎回これだよ!今日のだって折角楽しみにしてたのに、ホントいい加減にしろよ!」
今日の分は殊に、乱太郎、きり丸、しんべヱが食堂のおばちゃんに貰ったという栗を、この前宿題を(筆談で)教えてもらったお礼にとお裾分けされたものだ。わざわざ自分で焼いて、冷まそうと置いていたのを全部食べられたのだと知った時の絶望感と言ったら無い。
なのに、元凶の本人が、いかにも呆れたというような表情でいるのが余計にこちらの神経を逆撫でする。
「そんなに怒らなくたって、栗だってまた焼けばいいじゃないか。」
その言い草に、頭に更に血が昇った。
「また焼けば、っつったか?!じゃあ今までにお前がお詫びに焼いてくれたことあるのかよ!?何なんだよその、他人事みたいな言い方は!!」
抑えようとする長次の腕を振り払い、その胸倉をガッと掴み上げる。
「お前のそういう、何っにも気にしない所ホント嫌いだよ!真面目に謝りもしないで、いっつもヘラヘラして!少しは、伊作とかを見習ったらどうなんだよッ!?」
いつもそうだ。
もしこれが伊作や長次だったら、…そもそもこんなことしないけど、万が一こういうことになったとしても、ちゃんと謝ってくれるはずだ。大体、小平太は自分が悪いと思っていないんじゃないのか。
勢いのまま啖呵を切った時、私はそんな気持ちでいっぱいだった。
ーーーーーーーけど。
そう口にした、その瞬間を境に。空気は一変する。
「…そうかよ。伊作みたいじゃなくて、悪かったな。」
低い声に、しまった、と思った時には胸倉を掴んでいた手を強く払われた。そして、詰め寄られて。
「私も、陽太なんか大っ嫌いだ!!」
ぶつけられたその言葉が、耳の中にこだまする。
「……う、ッるせー逆ギレしてんじゃねえええええええ!!!!!!!!」
筆談のための立て札(喧嘩用、ほぼ使わず)を、小平太の顔面めがけてぶん投げ。
見事に、クリーンヒットした。
仰向けに倒れて気絶した小平太を放置し、私は沸騰する怒りのまま足を踏み鳴らしてその場を後にする。
同級生たちは、そんな私たちを最後まで遠巻きに見守っていた。
「…何で僕が引き合いに…?」
「とりあえず小平太の方には今は近付くな、伊作。八つ当たりされるぞ、間違いなく。」
「き、気を付ける…」
仙蔵から忠告を受ける伊作の横で、文次郎が呆れ返ったように腕を組んで。
「なんというか、どっちもどっちという感じがするけどなあ。」
「おーい陽太、文次郎が、そんなに食われたくないなら栗に名前書いとけってよ。」
「おい留三郎!俺はそんなこと一言も言ってなボゴム!!」
私の投げた渾身の豪速球石つぶてが文次郎の顔面にめり込み、石が刺さったまま倒れてこちらも気絶した。
それから以降しばらく、私も小平太も、同級生たちに腫れ物に触るように接されることになり。
そして当然その間、私と小平太はお互いに、廊下ですれ違おうがそれぞれの実習や外出などの予定を人伝てに聞こうが、そっぽを向いて知らんぷりを決め込むのだった。
…意地を張っていた、のだと思う。
きっと、お互いにそれは分かっていたけれど。
そんな状態のまま、かれこれ一週間は経とうか、という頃だった。
「…もそ。陽太。今、時間は空いているか?」
授業終わりの放課後、私は長次に呼び止められた。
「今日は何も予定無いけど…どうしたの?」
「今、学園の外れの調理場で菓子を作っているから、行ってくれ。」
「えっホント?!行く行く、…うん?長次が作ってるんじゃなくて?」
「行けば分かる、もそ…」
長次はそれだけ伝えると、踵を返して行ってしまった。
首を傾げつつ、とりあえず言われた通り素直にその、遠くて使う者があまりいない調理場へ私は向かうことにした。
そして辿り着いて、開いている出入り口から中を覗くとーーーーーーー
「おっ、来たな。見ろ、丁度できたぞ!」
バンダナと割烹着に身を包んだ格好で、調理台の前に立つ小平太が、私に気付いて顔を上げる。
知らない間に、実習先から戻って来ていたらしい。私を呼ぶよう長次に頼んだのも、小平太だったのだ。
見ろ、と言うので入口をくぐって中に入り、調理台の上に並べられたものを見てみる。
「……これ、全部小平太が?」
やっと、そう言うと。小平太は得意げに笑った。
「桂男の実習で、菓子職人のところに行ってきたんだ。けっこう楽しかったなー。で、早速作ってみたんだ。」
桂男、というのは忍者として活動をするにあたり町中などで怪しまれないよう、別の職業の人間になりすますことを指す。忍術学園では高学年になると、卒業までにそのための職を身につけることが課されている。
人伝てで、小平太が今回そういう所に行っているというのは聞いていたけれど。私は呆気にとられて、大量に並べられた饅頭と小平太の顔とを交互に見てしまった。
「ここなら他に人もそうそう来ないだろうし、覆面外しても大丈夫だろ。遠慮しないで食えよ!」
戸惑って目線を泳がせていると、ふと、目に入ってきたものが。
恐らくレシピのメモか何かなのだろう、……けど。『混ぜる!』とか『水加える たぶん』みたいな、すごい雑な内容がところどころに見えて。
……既に嫌な予感しかしなかった。
ーーーーーーーーーー
「どうだ、美味いか?」
頭巾を外したひまりに、笑顔で「うん、おいしい!」…と返されることを期待して訊いたのに。一口目から彼女の眉間にははっきりとした深い皺が刻まれた。
「………なんか、ジャリジャリする。」
「ええっ?何で?!」
「こっちが訊きたいよ……砂糖入れ過ぎどころじゃないでしょ、これ。皮ボッソボソだし…。」
「おっかしいなー、たくさん入れたら美味しくなると思ったんだけどな…。」
あれじゃないこれじゃないとメモをくる私に、ひまりはあからさまに呆れたようなため息をついた。
「あんた一体何学んできたのよ?これだったら、ド素人の私が作った方がまだマシだわ。」
「何だとっ?!」
「何よ!」
また、喧嘩になりそうになる。頭では違う違う、と止めにかかるのに。
「……ぷっ、あはは…!」
すると、睨み合っていたひまりが、突然吹き出した。
「小平太は絶対向いてないよ、菓子職人なんか。だって細かいこと気にしないんだもん。結構繊細なのよ?お菓子作るのって。」
「……ふーんだ。どうせ私は、」
伊作みたいじゃない、…とか。そんな捻くれた台詞が、突き出した唇から出るより前に。
彼女の手が、酷評したはずの饅頭をまた一つ掴む。
私は驚いて、不貞腐れていた気持ちすらも忘れて、彼女がやや顔をしかめつつも、それを食べているのを見つめていた。
「…不味いんじゃ、なかったのか?」
「うん。美味しくない。」
「なら別に、」
「でも、おいしい。」
美味しくないのに美味しい、って、何を言っているんだろう?
「だって、私のために作ってくれたんでしょ?…そんなのさ、初めてだよね。」
饅頭を立て続けに食べて、茶を飲んで喉を潤したひまりは笑いながらそう言う。
「だって絶対、こんなことするはずないよね。細かいこと、本当に気にしてないんだったら、さ。」
その声が、だんだん、湿っていく。
「……気にしてたってことでしょ?私と、喧嘩した、こと…」
目の前で、こんなにはっきりと泣いてる所を見たのは、もしかしたら今が初めてかもしれない。
以前星を見に誘ったあの時さえ、何とか泣かないようにしていたのに。
…つまり、それだけ、私との喧嘩が嫌だったということだろうか。
いや、それはそうだ。確かに、私はひまりに酷いことを言った。
大嫌い、なんて。
「…ごめん、あんなこと言って。」
「わ、たし、も…嫌いとかっ、伊作のこと、見習えとか、言っ……」
そこまで口にして急に止まったかと思うと、子供のように声を上げてまた更に泣き出した。
あやすように、頭をぽんぽんと叩く。しゃくりあげながら、ごめんと言い続けるひまりに、私は顔を覗き込むようにして笑いかけた。
「ごめん、こへ、た……ごめん…っ」
「良かった、これで仲直りだな。…鼻水出てるぞ?ほら紙。」
「んえ?!あ、ありがど…。」
「何でそんなに驚くんだ?」
「いや、紙、って……気遣いするの珍しいなと…」
「ん…まあ、伊作を見習ってみただけだ。」
「っ、いいよぉ小平太はそのままで〜!」
一度止まったと思っていた涙が、またブワッと湧いて。しがみつくように、ひまりは私の胸に額を預ける。
ーーーーーーー"私であること"が望まれている、ということが、こんなにも嬉しいなんて。
喩えそれが"誰よりも一番"な気持ちではなかったとしても。今は、これでいいんだと自分に言い聞かせて、純粋な嬉しさだけを噛みしめて、体を離す。
「うん。ありがとな。」
笑っていた私を見て、ひまりもまた笑う。涙の跡を拭ってから彼女は、また手を伸ばして、私が饅頭とは別の皿に置いてた、作り過ぎて余った餡子を指に取って食べた。
「…あ、でもこの餡単体は美味しい。」
「お、そうか?」
「……つーか、人に食べさせる前に味見しなさいよ、せめて。」
「失礼だなー、味見ならちゃんとしたぞ?」
「ああ分かった、カラクリが今見えた。あんたの性格じゃ"味見"というプロセス自体が無駄ってことね…。もう、餡だけ専門に作ったら?」
クスクス笑っている顔を見ていると、ふと気付く。
「あ、顔に餡付いてるぞ。」
「えっウソ、どこ……」
「ここ。」
動かないように両手で顔を固定して。
鼻の先についた餡を、舌先でさらう。口の中にほんの少し、甘い味が一瞬だけ広がった。
驚いたように目をまんまるくさせた顔が、視界一杯に映って。
それが、どうしてもたまらなく可愛い。
…やっぱり、好きだな。ひまりのこと。
「ちょっ、今、舐めた…!?」
また怒っているのか、赤い顔で、鼻先を押さえている。
「何だ、何かマズかったか?細かいことは…」
「気にする!馬鹿…!」
口を尖らせて、怖い顔で睨んでくるけど。叩いてくるけれど。
本当は、笑った顔の方が好きだけど。
私に目を向けてくれているのなら。
今だけでも、独り占めさせてくれるのなら。
やっぱり、怒っててもいいよ。
だってそれでも、笑みも、愛おしさも、いっぱい込み上げてくるんだ。
何するんだと、突き飛ばされるのは覚悟の上で。
「ひまりっ、大好きだ。」
それでも今はどうしてもそうしたくて。彼女の体を正面から抱きしめる。気持ち、ほんの少し、強く。
抱きしめた瞬間、菓子とも違う、ちょっとだけ甘い香りがした。
いつからなんだろう。
この匂いが好きだって、思うようになったのは。
「…ふふっ、小平太ってホント謎だなー。」
予想は外れて、ひまりはよく分からない、というような調子で笑いつつも私の腕を振り解くことはしなかった。
それをいいことに、私も、まだ手を離さない。
大好きなんだ、ひまり。
大好きだけれど、
ーーーーーーー分かっている。
これ以上はダメだ。
彼女は、私のものにはならない。
そのことだけはいつの頃からか、よく、分かっている。
だけど、あと少しだけ。
あともう少しの間だけ。
次に彼女に声をかけられるまでは、ずっと、このままでいてしまおう。
そして、その間ずっと。
好きだって分かった時にはきっともう遅かったんだろうなあ、なんて。
柄にもなく、細かいことを私は考えてしまっていた。
後書き。
行動も気持ちもストレートなんですけど、かと言って何も考えずに言うということはしないのが、七松小平太という男だと思っています。喧嘩の時はさておきまして…。
そんなこへちゃん、お菓子作るよりガテン系みたいな職の方が合ってそうだね。まあ以前アルバイトシリーズで特大団子作ってましたけど。食べた人もマズイとは言ってなかったから、味はいけたんでしょうかね…。サイズだけが圧倒的にガテン系。笑
※夢主視点→小平太視点
あいつの隣に、君はいる。其ノ肆
『友達。だけど、大好きな』
忍術学園の鍛錬場に鳴り響く、焙烙火矢の爆発音。
「今日という今日は絶対に許さんぞ小平太ああああああああ!!!!!」
「待て待て待て話せば分かるから!」
叫ぶ、その時の私は、怒りがピークに達していた。
「何でお前はことごとく私の楽しみにしていたおやつを食べるんだ、しかも食い尽くすんだ!?食べる前に所有権の所在くらい確認しろ!!せめて最後の一つくらい残そうとか思わないのか!?」
「なっ、とにかく落ち着けって陽太…!」
「誰のせいだと思ってるんだよ!!?」
留三郎と長次、それに救急箱を携えた伊作に少し離れた場所から喧嘩の行く末を見守られる中、小平太に雨あられと手裏剣も投げつけるが辛うじて避けられてしまうばかりで、余計にイライラする。
「…あいつら、毎回似たようなことで喧嘩してるよな?」
「食べ物の恨みは怖い。もそ…」
「まあ、そうは言うけどよ。それにしたって激しいな、今回はまた。」
「あぁあ… 陽太も小平太も、怪我だけはしないで……!」
「どっちかというと小平太の方が怪我しそうだけどな、あれだと。」
そして仙蔵と文次郎も、鍛錬場の辺り一帯に侵入防止用の罠を仕掛けて更に『この先危険地帯につき立ち入り禁止』の立て看板を設置し終えて戻ってくる途中、私と小平太の攻防によるその喧騒を聞きながら、
「…まあ残したところで怒りの度合いは、ほぼ変わらんだろうがな。」
「いや、とは言え零と一はかなり違う気もするが?」
「そう思うならその台詞、今の陽太に言ってみるといい。」
「やだよ、矛先が俺になるだろうが。」
という会話をしていたらしいけれど。
しかしながらそんな周りのことを気にする余裕もないほど、今の私は怒りを抑えることができなかった。
これまでに幾度も人の楽しみを許可なく奪い尽くし、その上問い詰めても、
「いやー、丁度腹が減ってたもんでついつい!はははは!」
…などとまるで反省の色ゼロで笑われるとこちらとしても二言三言文句を言いたくもなるもので。…いや、言いたいことは最早山のようにある。
これ以上被害が広がらないようにと長次に腕を抑え込まれながら、それでも私は小平太にかみつく。
「ほんの一瞬目を離した隙に毎回これだよ!今日のだって折角楽しみにしてたのに、ホントいい加減にしろよ!」
今日の分は殊に、乱太郎、きり丸、しんべヱが食堂のおばちゃんに貰ったという栗を、この前宿題を(筆談で)教えてもらったお礼にとお裾分けされたものだ。わざわざ自分で焼いて、冷まそうと置いていたのを全部食べられたのだと知った時の絶望感と言ったら無い。
なのに、元凶の本人が、いかにも呆れたというような表情でいるのが余計にこちらの神経を逆撫でする。
「そんなに怒らなくたって、栗だってまた焼けばいいじゃないか。」
その言い草に、頭に更に血が昇った。
「また焼けば、っつったか?!じゃあ今までにお前がお詫びに焼いてくれたことあるのかよ!?何なんだよその、他人事みたいな言い方は!!」
抑えようとする長次の腕を振り払い、その胸倉をガッと掴み上げる。
「お前のそういう、何っにも気にしない所ホント嫌いだよ!真面目に謝りもしないで、いっつもヘラヘラして!少しは、伊作とかを見習ったらどうなんだよッ!?」
いつもそうだ。
もしこれが伊作や長次だったら、…そもそもこんなことしないけど、万が一こういうことになったとしても、ちゃんと謝ってくれるはずだ。大体、小平太は自分が悪いと思っていないんじゃないのか。
勢いのまま啖呵を切った時、私はそんな気持ちでいっぱいだった。
ーーーーーーーけど。
そう口にした、その瞬間を境に。空気は一変する。
「…そうかよ。伊作みたいじゃなくて、悪かったな。」
低い声に、しまった、と思った時には胸倉を掴んでいた手を強く払われた。そして、詰め寄られて。
「私も、陽太なんか大っ嫌いだ!!」
ぶつけられたその言葉が、耳の中にこだまする。
「……う、ッるせー逆ギレしてんじゃねえええええええ!!!!!!!!」
筆談のための立て札(喧嘩用、ほぼ使わず)を、小平太の顔面めがけてぶん投げ。
見事に、クリーンヒットした。
仰向けに倒れて気絶した小平太を放置し、私は沸騰する怒りのまま足を踏み鳴らしてその場を後にする。
同級生たちは、そんな私たちを最後まで遠巻きに見守っていた。
「…何で僕が引き合いに…?」
「とりあえず小平太の方には今は近付くな、伊作。八つ当たりされるぞ、間違いなく。」
「き、気を付ける…」
仙蔵から忠告を受ける伊作の横で、文次郎が呆れ返ったように腕を組んで。
「なんというか、どっちもどっちという感じがするけどなあ。」
「おーい陽太、文次郎が、そんなに食われたくないなら栗に名前書いとけってよ。」
「おい留三郎!俺はそんなこと一言も言ってなボゴム!!」
私の投げた渾身の豪速球石つぶてが文次郎の顔面にめり込み、石が刺さったまま倒れてこちらも気絶した。
それから以降しばらく、私も小平太も、同級生たちに腫れ物に触るように接されることになり。
そして当然その間、私と小平太はお互いに、廊下ですれ違おうがそれぞれの実習や外出などの予定を人伝てに聞こうが、そっぽを向いて知らんぷりを決め込むのだった。
…意地を張っていた、のだと思う。
きっと、お互いにそれは分かっていたけれど。
そんな状態のまま、かれこれ一週間は経とうか、という頃だった。
「…もそ。陽太。今、時間は空いているか?」
授業終わりの放課後、私は長次に呼び止められた。
「今日は何も予定無いけど…どうしたの?」
「今、学園の外れの調理場で菓子を作っているから、行ってくれ。」
「えっホント?!行く行く、…うん?長次が作ってるんじゃなくて?」
「行けば分かる、もそ…」
長次はそれだけ伝えると、踵を返して行ってしまった。
首を傾げつつ、とりあえず言われた通り素直にその、遠くて使う者があまりいない調理場へ私は向かうことにした。
そして辿り着いて、開いている出入り口から中を覗くとーーーーーーー
「おっ、来たな。見ろ、丁度できたぞ!」
バンダナと割烹着に身を包んだ格好で、調理台の前に立つ小平太が、私に気付いて顔を上げる。
知らない間に、実習先から戻って来ていたらしい。私を呼ぶよう長次に頼んだのも、小平太だったのだ。
見ろ、と言うので入口をくぐって中に入り、調理台の上に並べられたものを見てみる。
「……これ、全部小平太が?」
やっと、そう言うと。小平太は得意げに笑った。
「桂男の実習で、菓子職人のところに行ってきたんだ。けっこう楽しかったなー。で、早速作ってみたんだ。」
桂男、というのは忍者として活動をするにあたり町中などで怪しまれないよう、別の職業の人間になりすますことを指す。忍術学園では高学年になると、卒業までにそのための職を身につけることが課されている。
人伝てで、小平太が今回そういう所に行っているというのは聞いていたけれど。私は呆気にとられて、大量に並べられた饅頭と小平太の顔とを交互に見てしまった。
「ここなら他に人もそうそう来ないだろうし、覆面外しても大丈夫だろ。遠慮しないで食えよ!」
戸惑って目線を泳がせていると、ふと、目に入ってきたものが。
恐らくレシピのメモか何かなのだろう、……けど。『混ぜる!』とか『水加える たぶん』みたいな、すごい雑な内容がところどころに見えて。
……既に嫌な予感しかしなかった。
ーーーーーーーーーー
「どうだ、美味いか?」
頭巾を外したひまりに、笑顔で「うん、おいしい!」…と返されることを期待して訊いたのに。一口目から彼女の眉間にははっきりとした深い皺が刻まれた。
「………なんか、ジャリジャリする。」
「ええっ?何で?!」
「こっちが訊きたいよ……砂糖入れ過ぎどころじゃないでしょ、これ。皮ボッソボソだし…。」
「おっかしいなー、たくさん入れたら美味しくなると思ったんだけどな…。」
あれじゃないこれじゃないとメモをくる私に、ひまりはあからさまに呆れたようなため息をついた。
「あんた一体何学んできたのよ?これだったら、ド素人の私が作った方がまだマシだわ。」
「何だとっ?!」
「何よ!」
また、喧嘩になりそうになる。頭では違う違う、と止めにかかるのに。
「……ぷっ、あはは…!」
すると、睨み合っていたひまりが、突然吹き出した。
「小平太は絶対向いてないよ、菓子職人なんか。だって細かいこと気にしないんだもん。結構繊細なのよ?お菓子作るのって。」
「……ふーんだ。どうせ私は、」
伊作みたいじゃない、…とか。そんな捻くれた台詞が、突き出した唇から出るより前に。
彼女の手が、酷評したはずの饅頭をまた一つ掴む。
私は驚いて、不貞腐れていた気持ちすらも忘れて、彼女がやや顔をしかめつつも、それを食べているのを見つめていた。
「…不味いんじゃ、なかったのか?」
「うん。美味しくない。」
「なら別に、」
「でも、おいしい。」
美味しくないのに美味しい、って、何を言っているんだろう?
「だって、私のために作ってくれたんでしょ?…そんなのさ、初めてだよね。」
饅頭を立て続けに食べて、茶を飲んで喉を潤したひまりは笑いながらそう言う。
「だって絶対、こんなことするはずないよね。細かいこと、本当に気にしてないんだったら、さ。」
その声が、だんだん、湿っていく。
「……気にしてたってことでしょ?私と、喧嘩した、こと…」
目の前で、こんなにはっきりと泣いてる所を見たのは、もしかしたら今が初めてかもしれない。
以前星を見に誘ったあの時さえ、何とか泣かないようにしていたのに。
…つまり、それだけ、私との喧嘩が嫌だったということだろうか。
いや、それはそうだ。確かに、私はひまりに酷いことを言った。
大嫌い、なんて。
「…ごめん、あんなこと言って。」
「わ、たし、も…嫌いとかっ、伊作のこと、見習えとか、言っ……」
そこまで口にして急に止まったかと思うと、子供のように声を上げてまた更に泣き出した。
あやすように、頭をぽんぽんと叩く。しゃくりあげながら、ごめんと言い続けるひまりに、私は顔を覗き込むようにして笑いかけた。
「ごめん、こへ、た……ごめん…っ」
「良かった、これで仲直りだな。…鼻水出てるぞ?ほら紙。」
「んえ?!あ、ありがど…。」
「何でそんなに驚くんだ?」
「いや、紙、って……気遣いするの珍しいなと…」
「ん…まあ、伊作を見習ってみただけだ。」
「っ、いいよぉ小平太はそのままで〜!」
一度止まったと思っていた涙が、またブワッと湧いて。しがみつくように、ひまりは私の胸に額を預ける。
ーーーーーーー"私であること"が望まれている、ということが、こんなにも嬉しいなんて。
喩えそれが"誰よりも一番"な気持ちではなかったとしても。今は、これでいいんだと自分に言い聞かせて、純粋な嬉しさだけを噛みしめて、体を離す。
「うん。ありがとな。」
笑っていた私を見て、ひまりもまた笑う。涙の跡を拭ってから彼女は、また手を伸ばして、私が饅頭とは別の皿に置いてた、作り過ぎて余った餡子を指に取って食べた。
「…あ、でもこの餡単体は美味しい。」
「お、そうか?」
「……つーか、人に食べさせる前に味見しなさいよ、せめて。」
「失礼だなー、味見ならちゃんとしたぞ?」
「ああ分かった、カラクリが今見えた。あんたの性格じゃ"味見"というプロセス自体が無駄ってことね…。もう、餡だけ専門に作ったら?」
クスクス笑っている顔を見ていると、ふと気付く。
「あ、顔に餡付いてるぞ。」
「えっウソ、どこ……」
「ここ。」
動かないように両手で顔を固定して。
鼻の先についた餡を、舌先でさらう。口の中にほんの少し、甘い味が一瞬だけ広がった。
驚いたように目をまんまるくさせた顔が、視界一杯に映って。
それが、どうしてもたまらなく可愛い。
…やっぱり、好きだな。ひまりのこと。
「ちょっ、今、舐めた…!?」
また怒っているのか、赤い顔で、鼻先を押さえている。
「何だ、何かマズかったか?細かいことは…」
「気にする!馬鹿…!」
口を尖らせて、怖い顔で睨んでくるけど。叩いてくるけれど。
本当は、笑った顔の方が好きだけど。
私に目を向けてくれているのなら。
今だけでも、独り占めさせてくれるのなら。
やっぱり、怒っててもいいよ。
だってそれでも、笑みも、愛おしさも、いっぱい込み上げてくるんだ。
何するんだと、突き飛ばされるのは覚悟の上で。
「ひまりっ、大好きだ。」
それでも今はどうしてもそうしたくて。彼女の体を正面から抱きしめる。気持ち、ほんの少し、強く。
抱きしめた瞬間、菓子とも違う、ちょっとだけ甘い香りがした。
いつからなんだろう。
この匂いが好きだって、思うようになったのは。
「…ふふっ、小平太ってホント謎だなー。」
予想は外れて、ひまりはよく分からない、というような調子で笑いつつも私の腕を振り解くことはしなかった。
それをいいことに、私も、まだ手を離さない。
大好きなんだ、ひまり。
大好きだけれど、
ーーーーーーー分かっている。
これ以上はダメだ。
彼女は、私のものにはならない。
そのことだけはいつの頃からか、よく、分かっている。
だけど、あと少しだけ。
あともう少しの間だけ。
次に彼女に声をかけられるまでは、ずっと、このままでいてしまおう。
そして、その間ずっと。
好きだって分かった時にはきっともう遅かったんだろうなあ、なんて。
柄にもなく、細かいことを私は考えてしまっていた。
後書き。
行動も気持ちもストレートなんですけど、かと言って何も考えずに言うということはしないのが、七松小平太という男だと思っています。喧嘩の時はさておきまして…。
そんなこへちゃん、お菓子作るよりガテン系みたいな職の方が合ってそうだね。まあ以前アルバイトシリーズで特大団子作ってましたけど。食べた人もマズイとは言ってなかったから、味はいけたんでしょうかね…。サイズだけが圧倒的にガテン系。笑