そのうすべに色を隠して。
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※各自エピソード編、第三回目
※留三郎視点
※いつもより強めの幻覚を見ているため、食満留三郎の家族構成を勝手に捏造してます(公式設定は反映してます)
※喋って動き回る捏造ご家族
※キャラが濃い
あいつの隣に、君はいる。其ノ参
『願わくば、誰かと共に。』
「ーーーーーーーでもさあ、ホントにいいのかな?急にお邪魔しちゃって。ご家族にご迷惑じゃない?」
遠慮するようなその表情に、俺は笑いながら。
「お前それ、去年も同じこと訊いてたよな。」
「え、そうだっけ?」
「誰も迷惑だなんて思ってねえよ。遠慮されるよりむしろ来てもらった方がいいって。」
「…えへへ、そっか。そう言ってもらえるの嬉しいな。」
「そうこうしているうちに、着いてしまったしな。」
二人一組の実習を終えてから、帰りのルートがたまたま俺の実家近くを通るため、ついでに顔を出して行こうかと思い立ち。
時間も既に夕刻に近くなっていたのでどうせなら泊まっていくか、と軽い気持ちで提案すると陽太も野宿じゃなくなったことに喜んでついてきた、という次第で。
そして陽太が、ーーーーーーーひまりが俺の実家に寝泊まりするのはこれが二度目である。
白壁に囲まれた家の門をくぐると、庭で遊んでいた幼い弟妹たちが顔を上げる。
「兄上おかえりなさ…あ!ひまりおねーちゃんだ!」
そして、俺の隣で手を振ってみせるひまりの姿を認めて、更に目を輝かす。ひまりの今の格好は私服の男装だったが、家に着く前に私服の時用の覆面を外していたので奴らもすぐに分かったらしい。
一番下の弟が、「ははうえー!ひまりねーちゃんきたあ!」と家の中にいる母を呼びに行く背中に、俺は呆れる。
「兄上よりひまりねーちゃんかよ…」
「あはは…」
苦笑するひまりに、妹ともう一人の弟がはしゃいだ様子で駆け寄ってきた。
去年も似たような事情で一晩だけ泊まっていった際、ひまりはすっかり弟妹たちに懐かれてしまっていた。
「ひまりお姉ちゃん!」
「ねーちゃん、あそぼー!」
「こらこら、俺たちは実習帰りで疲れてるんだぞ?こいつも休ませてやれよ…」
制しかけた俺を「いいよいいよ」とひまりは笑って、サッと覆面を結び直す。
「…だぁれがひまりおねーちゃんだってぇ?ワシは子供を拐う悪い妖怪だぞお〜!」
わざと作った声音と大袈裟に覆い被さるような挙動に、弟たちがきゃーきゃー騒ぎながら逃げていく。
「…ったく、後でぶっ倒れても知らねえぞ?」
「まあまあ、賑やかな声がすると思ったら。」
楽しそうに遊ぶ弟たちと一緒になって笑うひまりの顔に呆れつつも見入りかけた時、呼びかけられた声に意識を戻されて振り返った。
「母上、ただいま帰りました。」
「あら、長期休みはまだ先じゃなかったかしら。」
首を傾げるその人、俺の母親と話す合間に彼女と手を繋いで戻ってきた弟もパッと手を離してひまりたちの追いかけっこに加わっていった。
「実習帰りに寄らせていただきました。今日一晩だけ、泊まっていきます。」
「まああんたは前の休みもろくに帰ってこなかったんだから、一晩と言わずいっそひと月ほどいなさいな。」
「そういうわけには…あ、あと今日はあいつも一緒です。」
苦笑しながら、チラリとひまりの方に目線を遣ると母も頷く。
「ええ分かっていますよ、声も聞こえてきましたから。」
くすぐったそうに身を捩る一番下の弟を抱き上げていたひまりも、漸く俺の母親が出てきていることに気付いて慌てて頭を下げた。
「あっ、すみません。ご挨拶もしないで…ご無沙汰しております。」
「いらっしゃい!ゆっくりしていってちょうだいね。…あんたたち、お姉ちゃんは疲れてるんだから遊ぶのはほどほどになさい!」
「はぁーい!」
叱咤されて返事をする弟たちは、それでも家の中に入る前に井戸で手を洗うのにもひまりを引っ張っていく始末で。改めて、奴らの中での"ひまりねーちゃん"の存在の強力さを思い知らされる。
幸い、ひまりも子どもが好きらしく、……というか、以前『私の弟も、昔こんなだったなあと思って』と言っていたので、あいつにとってもうちの弟たちとの交流は願ったり叶ったり、といった所なのだろう。
急に静けさを取り戻した庭先で、母に笑顔のまま「…で?」と振り返られる。
「で、とは…?」
「まあ鈍感。どのくらいまで進んだのか訊いてるんでしょうが。」
「母上…ですから私とあいつはそういう関係ではなくてですね…」
「そんな言い方がありますかッ!将来のお嫁さんに対して…あんたはもっと男を見せなさいな!」
「ですから母上ぇええええええええ」
…このやり取り、実はほぼデジャヴ、なのである。
俺の家族はひまりが去年泊まった際、彼女の学園での事情を聞いていた。…と同時に、全員、会った時からずっとひまりを俺の恋人と勘違いしているのだった。
去年泊まった時も、
「馬鹿ねぇあんた、ウチ来るんじゃなくて宿くらい取ってやりなさいよ、二人きりになれるように。女心の一つくらい察することができなくてどうするの。」
「母上………?」
そんなことを耳打ちしてくる母親に俺は頬が引き攣った笑顔しか返せず。
そして、好奇心旺盛な弟たちを発端にひまりの顔の傷のことに話題が行くと、
「だーいじょうぶよっ、そんな顔の傷なんてどーでもいいの。女はね、"ここ"で勝負すんのよ!」
「母上ぇええええええええええ」
激励するかのようにひまりの下腹辺りを、ッパァン!と景気良く叩く母親に俺のツッコミの手も止まらなかったものだ。無論、後でひまりに平謝りしたことは言うまでも無い。流石に俺の家族という手前か、彼女は苦笑いで済ませてくれていたが。
去年ですら、そんなノリだった。
今回はせめてもの兄二人や、父親が仕事の都合でたまたま不在だったことに安堵する。この場にいたら確実に、母と同じように唆したり囃し立てたりしてくるに決まっている。
だが。
そんなことで安心する俺は甘かったと後に思い知らされるのだった。
夕餉をとり、風呂を済ませて寝床へとやって来た時俺は頭を抱えた。
完全に油断していた、と。
せまっ苦しい部屋に、くっ付けて並べられた二組の布団を目の前にそう思った。
そんな俺の背中に、いかにも楽しそうな母から、
お客様用の部屋が"今日だけ"無くなったから二人で同じ部屋で寝てね〜あ、それから衝立も今修理に出してて"今日だけ"無いからね〜
……などという声がかけられる。
去年より世話焼きのレベルが爆上がりしてしまっている。余計なお世話、…どころかこれは、あってはならないお世話だ。
ため息をついて、片方の敷布団の端を掴んで引っ張っていると風呂から戻ってきたひまりがひょこっと顔を覗かせる。
「何してんの?」
「何ってお前、衝立没収されちまったんだからせめて距離取ってんだろーが。」
「はあ…?気にしなくていいのに、そんなの。」
ああそうだな、お前は、至って気にしないだろうよ。
そんなガキじみた台詞しか思い浮かばなくて、開きかけていた口をつぐむ。
「ほら、昔野営訓練とかでも皆と雑魚寝してたじゃん。あんな感じよ。」
馬鹿。あの時とは状況が違いすぎるだろ。
ーーーーーーー言ったところで、どうせ何も。
母が若い時に着ていたという服を着替えに身につけたひまりが部屋に入ると共に、仄かに湯の香りがするのを、気付かないフリをする。
野営訓練の雑魚寝の時と、今とで、自分の格好がまるで違うことにも何故思い至らないのだろうか、こいつは。
…尤もその答えは、分かりきっているが。
「ひまりお姉ちゃん、いっしょにねよー!」
バタバタと、急に騒がしい足音と声がしたかと思うと件の弟たちが寝巻き姿で部屋に雪崩れ込んできた。これは恐らく、母の制止などほぼ無意味だったのだろう。
これも、親の心子知らず、…というものなのだろうか。
「あらら、みんな自分のお布団じゃなくていいの?」
「いいの!おれ、ひまりねーちゃんのとなりがいい!」
「あーっ、おまえズルいぞ!ならオレ、こっちにする!」
ひまりを両側から占拠する形で弟たちが取り合う。二人きりだといよいよ気まずいと思っていたところに思いがけず割り込んできた乱入者はある意味で青天の霹靂と言ったところだろうが、
同時に、心のどこかで何か、苛立ちのようなものも覚えてしまっていることに気付かされる。
遠慮なくひまりにまとわりつける、こいつらの無邪気さを見ていると。
「もー!それじゃあたしがおふとんから落ちちゃうっ。あにうえ、おふとん、こっち!」
「わっ、バカ引っ張るな!つーかお前ら、狭いんだから元の部屋で寝ろっての…!」
折角空けた、なけなしの距離を妹に無くされて焦る。そんな俺に、ひまりはただ笑っていた。
「もーいいじゃん別に、みんなで一緒に寝よ?」
「はあ、お前なあ…」
弟妹たちに囲まれてデレデレしているひまりは、もう俺の反論など聞きやしないだろう。
「…ったく、勝手にしろ。」
布団の上で団子のように固まったそいつらに背を向ける格好で、俺は自分の布団に体を横たえる。なるべく、端の方で。
「お姉ちゃん、本よんで!」
「いいよー。今日は何かな……おっ、竹取物語だね。私も好きなんだ、このお話。」
妹が持ってきたらしい本を受け取る様子が背中越しに知れる。
じゃあ読むね、とページをめくるひまりは、俺が寝ると思って気を遣ったのか声のトーンを少し落として、読み始めた。
かぐや姫が月を恋しく見上げる場面に差し掛かった時、ふと、読み上げるその声が止む。すうすうと、弟妹たちの寝息がかすかに聞こえるだけの空間には、ひまりが体を起こして彼らに自分の布団をかけ直してやる気配がする。
「あ、起こした?ごめん。」
俺が上体を起こすので、目を覚まさせてしまったと思ったらしい。
つい俺も聞き入ってしまったなんて、口が裂けても言えない。気がする。
「…何か、悪かったな。結局ずっとこいつらの相手させることになって。」
「えー全然。むしろ嬉しいし。」
正直、帰り道が俺の実家近くだなどとあまり深く考えずに口にしてしまったことを今更ながら後悔していたが。それでも、こいつが楽しそうならそれでもいいかと、思い直すことにする。
妹が寝返りを打ち、俺の服の端を掴んで「あにうえー…」と寝言を呟く。
それを見たひまりはそっと笑って、妹の寝乱れた髪を指先で丁寧に梳いてくれた。
格子窓の間から遅れて漸く差してきた月明かりと、本を読むのに消さずにおいた少し頼りない灯りが、ひまりの表情を映し出している。
その顔を見つめ続けていると、ーーーーーーーつい錯覚しそうになる。
こいつが"母"というものになった時、やはりこんなふうに、優しく愛おしげに幼子の寝顔を見つめるのだろうと。
"本当にそうなった時"、その顔を見られるのは恐らく自分ではないのだと頭で分かっていても。
…お膳立てされた状況というのは怖いものだ。
するとそんな慈愛に満ちた眼差しが、ふと、思い巡らすように色が沈む。
「…うちの方は帰りづらいんだ。いつになったら辞めるんだ、ってそればっかり。」
心配してくれているんだとは思うけどね、と苦笑する顔。
そういえば、と俺は三年生の時の彼女が、親と一悶着あったことを思い出す。
丁度、彼女がくのたまから忍たまに移籍した頃のことだ。それ以来、ひまりは俺たちと同じように忍になることを目指して学園に通い続けているが、それでも両親はやはりそれを良く思っていないらしい。まあ、彼女自身も理解している通り、親としては心配して当然だろうが。
髪を梳いていた指が、額から離れる。
「…でもさ、たまに思うんだ。親の言う通りにした方がいいんだろうかって。…忍の道じゃなく、親が望む通りの道に。」
落とした視線の先にあるのは、先程まで読んでいた本。
老夫婦と、竹から生まれた光り輝く姫の話。
いつの日か必ず訪れる、離別の話。
あれはあくまで、創作の話ではあるが。
俺たち人間は、かぐや姫のいた世界のようにやはりいつまでも永遠に生きられるわけではない。
まして、俺たちが目指す忍の道は、時として"その時"を早めることもあるだろう。
そんな敢えて危険な道より、誰かと夫婦になって子を成し、穏やかな家の中で暮らす道を勧めるのは親心として当然だろう。
「それか、忍の道一本で、親とも完全に絶縁して、…誰とも、何の関係も持たないで。」
こいつは、伊作ほどには言われないが、それでも大概忍者に向いてないかもしれないくらいには優しい。
家族のことを思い出し、悲しませたくないと思ったのだろう。…或いは未来で夫婦の契りを交わすかもしれない誰かと、新しく誕生するかもしれない大事な誰かのことさえも。
…それでも、俺は水を差しに行く。
「どっちも、お前の本心じゃないんじゃねえか?」
「でも、……大事な人、遺して先にいくのは良くないんじゃないかって思ったんだよ。留三郎にだって分かるでしょ?」
自分のせいで悲しませたくない。
だからせめて周りが望む通りに生きていく。それができないなら、"大切な存在"をこれ以上作らない。
自分の意思を曲げてでも。
気持ちは分からなくもない。
でも、
「喩え親の思い通りの道に進んでも、…忍として生きるより長生きできる道でも、病で先に死ぬことだってあるだろ。そんなの、言い出したところでキリが無い。」
「………」
言ってから後悔した。少し、キツくなってしまっただろうか。ひまりが悩んでいるのに。折角、向こうから話そうとしてくれたというのに。彼女が口籠るのを見て、どうフォローするか悩んでいると「ごめんこんな、不毛なこと言って」とポツリと謝られた。
「こんなこと言ってちゃダメだな。自分が目指してるものが何なのか分からなくなってしまう。」
自嘲する顔は、どこまでも優しい。
「お前の気持ちが間違ってるとは思わない。……ただ、仮に縁切ったからって、それでお前のこときっぱり忘れられるというものでもないだろ。家族だけじゃない。…俺も、あいつらも。」
ひまりが、はっと気付いたような顔になる。
「…そうだった。そうだね。」
新しく作ろうが作るまいが。
お前が危険な目に遭って悲しい思いをする人間は、もう既にそばにいるんだ。きっと、本人が思っているよりもたくさん。
一方的に縁切られたって、俺だって絶対忘れてやらねぇよ。大体、そんなことする方が不毛だ。
忘れられるはずがないんだから。
「お前が危ねえ時は、俺のできる範囲で助けてやるよ。…ま、仕事の利害が一致しなかったらその時は容赦しねえけどな。」
「うわー怖。どうぞお手柔らかに…。」
「俺はお前の方がある意味怖いけどな。」
何だそれ、と眉根を寄せるひまりの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「とにかく、だからそんな顔すんな。自分で決めたんだろ?俺たちと同じ道を選ぶって。」
「…うん。」
照れたようにぎこちなくはにかむその表情に、ほんの少し胸が鳴る。…けれど。
「ふふ。やっぱり、兄みたいだ。」
その顔に、そんなことを言われて。
以前にも同じようなことを言われたことがあった。それは、俺がこいつの実の兄に似ている、という意味ではないらしい。
…何にしろ、俺にとっては同じことだ。
ひまりは掛け布団から少し這い出て、薄い灯りに息を吹きかけて消す。
「すっかり話しちゃったね、そろそろ寝よっか。あ、留三郎は寝直しか。」
「ま、何でもいいよ。…おやすみ。」
「うん、おやすみー。」
寝入りに心地良い声を頭の中で反芻しながら、再び横になって目を閉じた。
けど、しばらくしても眠れない。
弟妹たちとは別の寝息が聞こえてきた頃、そっと起き上がって、また隣を見遣った。
安心しきったように眠る顔を見て、俺は小さく吹き出す。
「は、緩みすぎだろ…。」
口の端にこぼれかけた涎を適当な懐紙で拭ってやる。
ーーーーーーーーーー『やっぱり兄みたいだ』
なら、お前は俺にとって、妹みたいなもんか?
ひまりが俺に、あんな話をこぼす理由。
俺も、頼られることが決して嫌なんじゃない。
ただ少し、もどかしくて、どこか、やるせないだけ。
格子窓の隙間から差す月明かりに、照らされるひまりの寝顔。
手を伸ばして、その額にかかる前髪を少しどかせる。
ひまりは気付かず、弟たちに抱き枕にされながら眠り続けている。
気付いてほしいような気持ちにもなるのに。
「…どうせ気付かないなら、」
あれこれ考えてないで、さっさと本当の気持ち、あいつに言ってしまえばいいのに、と。
結局は、人知れず自分を諦めるのだった。
翌朝。見送りに立つ母にひまりは改めてお礼を言う。母も笑顔で応えていた。
「お着物も、ありがとうございました。すみません、洗ってお返しすることができなくて…。」
「気にしないで良いのよ。またいつでも遊びに来てちょうだいね!」
「ひまりねーちゃん、もう行っちゃうのー?」
半べそになっている一番下の弟に、視線を合わせるようにひまりはしゃがんで頭を撫でた。
「ごめんねぇ、もう学園に帰らないと。」
「やだやだあ、もっとあそぶのぉお…!」
惜しむ弟たちにしがみつかれる彼女は、多分殆ど困っていない、困ったような苦笑を浮かべている。
もう少ししたらいいかげん引っ剥がしてやらねぇと、と考える俺の隣に母が立つ。
「あんな良い子、なかなかいないわよ。…ほんとにウチに来てくれたらいいのにねぇ。」
その様子を見ながら、そっと、惜しそうに呟く母。
俺の恋人だと勘違いしている、…のは、ひょっとしてわざとなのではないか。ふとそう思った。
あの物語の姫は何故、月へと帰らねばならなかったのだろう。
天の羽衣の力を借りてでも心を捨てなければ、別れることは辛いことだと分かっているはずなのに。
悲しみを生むくらいならばどうして。
そもそも、人間の元に生まれるべきではなかったのではないか。
けど、かぐや姫が喩え不老不死でも。
永遠に続くものなどこの世に無い。
俺たち人間同士も、誰かとの離別は、必ず訪れる。
そして忍として生きるからには、時に命の危険もあることは否めない。怪我もするだろう。
喩え忍の仕事を選ばなかったとしても、人間なんだ、いつまでも生きられる訳じゃない。
でも、そうだと分かっていても。
分かっているからこそ、なのかもしれない。
やはり俺たちは互いに関わり合うことをやめられないのだろう。
別れが辛くなると分かっているから大切な存在を作らないのではなく、
離別することを分かっているからこそ。
今、目の前にいる相手を誰しもが大事にしたいのだ。
あの物語は、もしかすると、限りある命の全てを慰めようとしているのかもしれない。
「あ。伊作、ただいま!」
「おかえり、陽太、留三郎。」
「どうだった?実習、上手くいった?」
「うーんまぁ、ぼちぼちかなぁ。そっちは?」
校門の前で、丁度同じタイミングで帰ってきていたらしい伊作に、分かりやすく嬉しそうな様子で話しかけにいくひまりの後ろ姿を。
俺は、立ち尽くして見てしまっていた。
ひまりは楽しそうに、俺の実家にまた寄らせてもらったとか弟妹たちと会えたとか、話している。そんな彼女に伊作も、穏やかな表情で相槌を打っている。
……ま、こっちはとんだ噛ませ、ってことで。
「…留三郎?どうしたの、ボーッとしちゃって。」
気付いて振り返るひまりに。
何を言ってやろうかと色々思い巡らしても、
「いーや別に?おしどり夫婦は一時も離れていられないんだなと思っただけさ。」
結局は、"これ"に落ち着いてしまう。
「だっ、誰がおしどり夫婦だよ!?」
「もう、留三郎ってば…。」
「伊作、知ってるか?こいつ寝る時涎垂らすんだぜ?」
「とめさぶろぉおおおおおおお!!!」
兄、なんて言われた仕返しだ。
真っ赤になって、鬼の形相で追いかけてくるひまりに舌を出しつつ、笑いながらそんなふうに俺は心の中で思った。
後書き。
下の兄弟・妹いる設定ですが、解釈違いだったら本当にすみません。
あくまで私個人の強めの幻覚です。(これ読んだら集団幻覚になってしまうのでは
公式は遂に兄上二人の存在を明言してしまいましたね。油断している所に急に家族構成の新情報ですからね、こいつぁやられてしまいましたよ。
でも下の兄弟がいないとは言ってませんからね…フフフ……※法律の抜け道を見つけだした犯罪者の顔
いや、留三郎の「留」が打ち止めの意味かもしれないとは思ったんですけど…ほら、その時はそう名前はつけたけどその後子どもが産まれないとは絶対的には言い切れないじゃないですか!!!(必死
家計も余裕が出てきたのかもしれないですし…?昔は子どもも全員が大きくなれるとは限らないから子沢山に越したことはないですし…?
何より留三郎は私の中では兄属性だと信じてるんです……用具委員会所属で彼がさんざん保父さん扱いされてきたの見たらそう思いますでしょ???
何しろ新しく加入した守一郎にすらお兄ちゃん呼び(間違い)されましたしね。思わずにっこり。
今回も思いの外シリアスになってしまいましたが、お兄ちゃん属性の強い留三郎が書けて良かったです。
それと竹取物語が一般家庭にあるものなのか微妙なんですが…タイトルも竹取翁物語にした方がいいのかなと考えたり。
まあ、細かいことは気にするな!!(困った時のスキル:七松小平太
※留三郎視点
※いつもより強めの幻覚を見ているため、食満留三郎の家族構成を勝手に捏造してます(公式設定は反映してます)
※喋って動き回る捏造ご家族
※キャラが濃い
あいつの隣に、君はいる。其ノ参
『願わくば、誰かと共に。』
「ーーーーーーーでもさあ、ホントにいいのかな?急にお邪魔しちゃって。ご家族にご迷惑じゃない?」
遠慮するようなその表情に、俺は笑いながら。
「お前それ、去年も同じこと訊いてたよな。」
「え、そうだっけ?」
「誰も迷惑だなんて思ってねえよ。遠慮されるよりむしろ来てもらった方がいいって。」
「…えへへ、そっか。そう言ってもらえるの嬉しいな。」
「そうこうしているうちに、着いてしまったしな。」
二人一組の実習を終えてから、帰りのルートがたまたま俺の実家近くを通るため、ついでに顔を出して行こうかと思い立ち。
時間も既に夕刻に近くなっていたのでどうせなら泊まっていくか、と軽い気持ちで提案すると陽太も野宿じゃなくなったことに喜んでついてきた、という次第で。
そして陽太が、ーーーーーーーひまりが俺の実家に寝泊まりするのはこれが二度目である。
白壁に囲まれた家の門をくぐると、庭で遊んでいた幼い弟妹たちが顔を上げる。
「兄上おかえりなさ…あ!ひまりおねーちゃんだ!」
そして、俺の隣で手を振ってみせるひまりの姿を認めて、更に目を輝かす。ひまりの今の格好は私服の男装だったが、家に着く前に私服の時用の覆面を外していたので奴らもすぐに分かったらしい。
一番下の弟が、「ははうえー!ひまりねーちゃんきたあ!」と家の中にいる母を呼びに行く背中に、俺は呆れる。
「兄上よりひまりねーちゃんかよ…」
「あはは…」
苦笑するひまりに、妹ともう一人の弟がはしゃいだ様子で駆け寄ってきた。
去年も似たような事情で一晩だけ泊まっていった際、ひまりはすっかり弟妹たちに懐かれてしまっていた。
「ひまりお姉ちゃん!」
「ねーちゃん、あそぼー!」
「こらこら、俺たちは実習帰りで疲れてるんだぞ?こいつも休ませてやれよ…」
制しかけた俺を「いいよいいよ」とひまりは笑って、サッと覆面を結び直す。
「…だぁれがひまりおねーちゃんだってぇ?ワシは子供を拐う悪い妖怪だぞお〜!」
わざと作った声音と大袈裟に覆い被さるような挙動に、弟たちがきゃーきゃー騒ぎながら逃げていく。
「…ったく、後でぶっ倒れても知らねえぞ?」
「まあまあ、賑やかな声がすると思ったら。」
楽しそうに遊ぶ弟たちと一緒になって笑うひまりの顔に呆れつつも見入りかけた時、呼びかけられた声に意識を戻されて振り返った。
「母上、ただいま帰りました。」
「あら、長期休みはまだ先じゃなかったかしら。」
首を傾げるその人、俺の母親と話す合間に彼女と手を繋いで戻ってきた弟もパッと手を離してひまりたちの追いかけっこに加わっていった。
「実習帰りに寄らせていただきました。今日一晩だけ、泊まっていきます。」
「まああんたは前の休みもろくに帰ってこなかったんだから、一晩と言わずいっそひと月ほどいなさいな。」
「そういうわけには…あ、あと今日はあいつも一緒です。」
苦笑しながら、チラリとひまりの方に目線を遣ると母も頷く。
「ええ分かっていますよ、声も聞こえてきましたから。」
くすぐったそうに身を捩る一番下の弟を抱き上げていたひまりも、漸く俺の母親が出てきていることに気付いて慌てて頭を下げた。
「あっ、すみません。ご挨拶もしないで…ご無沙汰しております。」
「いらっしゃい!ゆっくりしていってちょうだいね。…あんたたち、お姉ちゃんは疲れてるんだから遊ぶのはほどほどになさい!」
「はぁーい!」
叱咤されて返事をする弟たちは、それでも家の中に入る前に井戸で手を洗うのにもひまりを引っ張っていく始末で。改めて、奴らの中での"ひまりねーちゃん"の存在の強力さを思い知らされる。
幸い、ひまりも子どもが好きらしく、……というか、以前『私の弟も、昔こんなだったなあと思って』と言っていたので、あいつにとってもうちの弟たちとの交流は願ったり叶ったり、といった所なのだろう。
急に静けさを取り戻した庭先で、母に笑顔のまま「…で?」と振り返られる。
「で、とは…?」
「まあ鈍感。どのくらいまで進んだのか訊いてるんでしょうが。」
「母上…ですから私とあいつはそういう関係ではなくてですね…」
「そんな言い方がありますかッ!将来のお嫁さんに対して…あんたはもっと男を見せなさいな!」
「ですから母上ぇええええええええ」
…このやり取り、実はほぼデジャヴ、なのである。
俺の家族はひまりが去年泊まった際、彼女の学園での事情を聞いていた。…と同時に、全員、会った時からずっとひまりを俺の恋人と勘違いしているのだった。
去年泊まった時も、
「馬鹿ねぇあんた、ウチ来るんじゃなくて宿くらい取ってやりなさいよ、二人きりになれるように。女心の一つくらい察することができなくてどうするの。」
「母上………?」
そんなことを耳打ちしてくる母親に俺は頬が引き攣った笑顔しか返せず。
そして、好奇心旺盛な弟たちを発端にひまりの顔の傷のことに話題が行くと、
「だーいじょうぶよっ、そんな顔の傷なんてどーでもいいの。女はね、"ここ"で勝負すんのよ!」
「母上ぇええええええええええ」
激励するかのようにひまりの下腹辺りを、ッパァン!と景気良く叩く母親に俺のツッコミの手も止まらなかったものだ。無論、後でひまりに平謝りしたことは言うまでも無い。流石に俺の家族という手前か、彼女は苦笑いで済ませてくれていたが。
去年ですら、そんなノリだった。
今回はせめてもの兄二人や、父親が仕事の都合でたまたま不在だったことに安堵する。この場にいたら確実に、母と同じように唆したり囃し立てたりしてくるに決まっている。
だが。
そんなことで安心する俺は甘かったと後に思い知らされるのだった。
夕餉をとり、風呂を済ませて寝床へとやって来た時俺は頭を抱えた。
完全に油断していた、と。
せまっ苦しい部屋に、くっ付けて並べられた二組の布団を目の前にそう思った。
そんな俺の背中に、いかにも楽しそうな母から、
お客様用の部屋が"今日だけ"無くなったから二人で同じ部屋で寝てね〜あ、それから衝立も今修理に出してて"今日だけ"無いからね〜
……などという声がかけられる。
去年より世話焼きのレベルが爆上がりしてしまっている。余計なお世話、…どころかこれは、あってはならないお世話だ。
ため息をついて、片方の敷布団の端を掴んで引っ張っていると風呂から戻ってきたひまりがひょこっと顔を覗かせる。
「何してんの?」
「何ってお前、衝立没収されちまったんだからせめて距離取ってんだろーが。」
「はあ…?気にしなくていいのに、そんなの。」
ああそうだな、お前は、至って気にしないだろうよ。
そんなガキじみた台詞しか思い浮かばなくて、開きかけていた口をつぐむ。
「ほら、昔野営訓練とかでも皆と雑魚寝してたじゃん。あんな感じよ。」
馬鹿。あの時とは状況が違いすぎるだろ。
ーーーーーーー言ったところで、どうせ何も。
母が若い時に着ていたという服を着替えに身につけたひまりが部屋に入ると共に、仄かに湯の香りがするのを、気付かないフリをする。
野営訓練の雑魚寝の時と、今とで、自分の格好がまるで違うことにも何故思い至らないのだろうか、こいつは。
…尤もその答えは、分かりきっているが。
「ひまりお姉ちゃん、いっしょにねよー!」
バタバタと、急に騒がしい足音と声がしたかと思うと件の弟たちが寝巻き姿で部屋に雪崩れ込んできた。これは恐らく、母の制止などほぼ無意味だったのだろう。
これも、親の心子知らず、…というものなのだろうか。
「あらら、みんな自分のお布団じゃなくていいの?」
「いいの!おれ、ひまりねーちゃんのとなりがいい!」
「あーっ、おまえズルいぞ!ならオレ、こっちにする!」
ひまりを両側から占拠する形で弟たちが取り合う。二人きりだといよいよ気まずいと思っていたところに思いがけず割り込んできた乱入者はある意味で青天の霹靂と言ったところだろうが、
同時に、心のどこかで何か、苛立ちのようなものも覚えてしまっていることに気付かされる。
遠慮なくひまりにまとわりつける、こいつらの無邪気さを見ていると。
「もー!それじゃあたしがおふとんから落ちちゃうっ。あにうえ、おふとん、こっち!」
「わっ、バカ引っ張るな!つーかお前ら、狭いんだから元の部屋で寝ろっての…!」
折角空けた、なけなしの距離を妹に無くされて焦る。そんな俺に、ひまりはただ笑っていた。
「もーいいじゃん別に、みんなで一緒に寝よ?」
「はあ、お前なあ…」
弟妹たちに囲まれてデレデレしているひまりは、もう俺の反論など聞きやしないだろう。
「…ったく、勝手にしろ。」
布団の上で団子のように固まったそいつらに背を向ける格好で、俺は自分の布団に体を横たえる。なるべく、端の方で。
「お姉ちゃん、本よんで!」
「いいよー。今日は何かな……おっ、竹取物語だね。私も好きなんだ、このお話。」
妹が持ってきたらしい本を受け取る様子が背中越しに知れる。
じゃあ読むね、とページをめくるひまりは、俺が寝ると思って気を遣ったのか声のトーンを少し落として、読み始めた。
かぐや姫が月を恋しく見上げる場面に差し掛かった時、ふと、読み上げるその声が止む。すうすうと、弟妹たちの寝息がかすかに聞こえるだけの空間には、ひまりが体を起こして彼らに自分の布団をかけ直してやる気配がする。
「あ、起こした?ごめん。」
俺が上体を起こすので、目を覚まさせてしまったと思ったらしい。
つい俺も聞き入ってしまったなんて、口が裂けても言えない。気がする。
「…何か、悪かったな。結局ずっとこいつらの相手させることになって。」
「えー全然。むしろ嬉しいし。」
正直、帰り道が俺の実家近くだなどとあまり深く考えずに口にしてしまったことを今更ながら後悔していたが。それでも、こいつが楽しそうならそれでもいいかと、思い直すことにする。
妹が寝返りを打ち、俺の服の端を掴んで「あにうえー…」と寝言を呟く。
それを見たひまりはそっと笑って、妹の寝乱れた髪を指先で丁寧に梳いてくれた。
格子窓の間から遅れて漸く差してきた月明かりと、本を読むのに消さずにおいた少し頼りない灯りが、ひまりの表情を映し出している。
その顔を見つめ続けていると、ーーーーーーーつい錯覚しそうになる。
こいつが"母"というものになった時、やはりこんなふうに、優しく愛おしげに幼子の寝顔を見つめるのだろうと。
"本当にそうなった時"、その顔を見られるのは恐らく自分ではないのだと頭で分かっていても。
…お膳立てされた状況というのは怖いものだ。
するとそんな慈愛に満ちた眼差しが、ふと、思い巡らすように色が沈む。
「…うちの方は帰りづらいんだ。いつになったら辞めるんだ、ってそればっかり。」
心配してくれているんだとは思うけどね、と苦笑する顔。
そういえば、と俺は三年生の時の彼女が、親と一悶着あったことを思い出す。
丁度、彼女がくのたまから忍たまに移籍した頃のことだ。それ以来、ひまりは俺たちと同じように忍になることを目指して学園に通い続けているが、それでも両親はやはりそれを良く思っていないらしい。まあ、彼女自身も理解している通り、親としては心配して当然だろうが。
髪を梳いていた指が、額から離れる。
「…でもさ、たまに思うんだ。親の言う通りにした方がいいんだろうかって。…忍の道じゃなく、親が望む通りの道に。」
落とした視線の先にあるのは、先程まで読んでいた本。
老夫婦と、竹から生まれた光り輝く姫の話。
いつの日か必ず訪れる、離別の話。
あれはあくまで、創作の話ではあるが。
俺たち人間は、かぐや姫のいた世界のようにやはりいつまでも永遠に生きられるわけではない。
まして、俺たちが目指す忍の道は、時として"その時"を早めることもあるだろう。
そんな敢えて危険な道より、誰かと夫婦になって子を成し、穏やかな家の中で暮らす道を勧めるのは親心として当然だろう。
「それか、忍の道一本で、親とも完全に絶縁して、…誰とも、何の関係も持たないで。」
こいつは、伊作ほどには言われないが、それでも大概忍者に向いてないかもしれないくらいには優しい。
家族のことを思い出し、悲しませたくないと思ったのだろう。…或いは未来で夫婦の契りを交わすかもしれない誰かと、新しく誕生するかもしれない大事な誰かのことさえも。
…それでも、俺は水を差しに行く。
「どっちも、お前の本心じゃないんじゃねえか?」
「でも、……大事な人、遺して先にいくのは良くないんじゃないかって思ったんだよ。留三郎にだって分かるでしょ?」
自分のせいで悲しませたくない。
だからせめて周りが望む通りに生きていく。それができないなら、"大切な存在"をこれ以上作らない。
自分の意思を曲げてでも。
気持ちは分からなくもない。
でも、
「喩え親の思い通りの道に進んでも、…忍として生きるより長生きできる道でも、病で先に死ぬことだってあるだろ。そんなの、言い出したところでキリが無い。」
「………」
言ってから後悔した。少し、キツくなってしまっただろうか。ひまりが悩んでいるのに。折角、向こうから話そうとしてくれたというのに。彼女が口籠るのを見て、どうフォローするか悩んでいると「ごめんこんな、不毛なこと言って」とポツリと謝られた。
「こんなこと言ってちゃダメだな。自分が目指してるものが何なのか分からなくなってしまう。」
自嘲する顔は、どこまでも優しい。
「お前の気持ちが間違ってるとは思わない。……ただ、仮に縁切ったからって、それでお前のこときっぱり忘れられるというものでもないだろ。家族だけじゃない。…俺も、あいつらも。」
ひまりが、はっと気付いたような顔になる。
「…そうだった。そうだね。」
新しく作ろうが作るまいが。
お前が危険な目に遭って悲しい思いをする人間は、もう既にそばにいるんだ。きっと、本人が思っているよりもたくさん。
一方的に縁切られたって、俺だって絶対忘れてやらねぇよ。大体、そんなことする方が不毛だ。
忘れられるはずがないんだから。
「お前が危ねえ時は、俺のできる範囲で助けてやるよ。…ま、仕事の利害が一致しなかったらその時は容赦しねえけどな。」
「うわー怖。どうぞお手柔らかに…。」
「俺はお前の方がある意味怖いけどな。」
何だそれ、と眉根を寄せるひまりの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「とにかく、だからそんな顔すんな。自分で決めたんだろ?俺たちと同じ道を選ぶって。」
「…うん。」
照れたようにぎこちなくはにかむその表情に、ほんの少し胸が鳴る。…けれど。
「ふふ。やっぱり、兄みたいだ。」
その顔に、そんなことを言われて。
以前にも同じようなことを言われたことがあった。それは、俺がこいつの実の兄に似ている、という意味ではないらしい。
…何にしろ、俺にとっては同じことだ。
ひまりは掛け布団から少し這い出て、薄い灯りに息を吹きかけて消す。
「すっかり話しちゃったね、そろそろ寝よっか。あ、留三郎は寝直しか。」
「ま、何でもいいよ。…おやすみ。」
「うん、おやすみー。」
寝入りに心地良い声を頭の中で反芻しながら、再び横になって目を閉じた。
けど、しばらくしても眠れない。
弟妹たちとは別の寝息が聞こえてきた頃、そっと起き上がって、また隣を見遣った。
安心しきったように眠る顔を見て、俺は小さく吹き出す。
「は、緩みすぎだろ…。」
口の端にこぼれかけた涎を適当な懐紙で拭ってやる。
ーーーーーーーーーー『やっぱり兄みたいだ』
なら、お前は俺にとって、妹みたいなもんか?
ひまりが俺に、あんな話をこぼす理由。
俺も、頼られることが決して嫌なんじゃない。
ただ少し、もどかしくて、どこか、やるせないだけ。
格子窓の隙間から差す月明かりに、照らされるひまりの寝顔。
手を伸ばして、その額にかかる前髪を少しどかせる。
ひまりは気付かず、弟たちに抱き枕にされながら眠り続けている。
気付いてほしいような気持ちにもなるのに。
「…どうせ気付かないなら、」
あれこれ考えてないで、さっさと本当の気持ち、あいつに言ってしまえばいいのに、と。
結局は、人知れず自分を諦めるのだった。
翌朝。見送りに立つ母にひまりは改めてお礼を言う。母も笑顔で応えていた。
「お着物も、ありがとうございました。すみません、洗ってお返しすることができなくて…。」
「気にしないで良いのよ。またいつでも遊びに来てちょうだいね!」
「ひまりねーちゃん、もう行っちゃうのー?」
半べそになっている一番下の弟に、視線を合わせるようにひまりはしゃがんで頭を撫でた。
「ごめんねぇ、もう学園に帰らないと。」
「やだやだあ、もっとあそぶのぉお…!」
惜しむ弟たちにしがみつかれる彼女は、多分殆ど困っていない、困ったような苦笑を浮かべている。
もう少ししたらいいかげん引っ剥がしてやらねぇと、と考える俺の隣に母が立つ。
「あんな良い子、なかなかいないわよ。…ほんとにウチに来てくれたらいいのにねぇ。」
その様子を見ながら、そっと、惜しそうに呟く母。
俺の恋人だと勘違いしている、…のは、ひょっとしてわざとなのではないか。ふとそう思った。
あの物語の姫は何故、月へと帰らねばならなかったのだろう。
天の羽衣の力を借りてでも心を捨てなければ、別れることは辛いことだと分かっているはずなのに。
悲しみを生むくらいならばどうして。
そもそも、人間の元に生まれるべきではなかったのではないか。
けど、かぐや姫が喩え不老不死でも。
永遠に続くものなどこの世に無い。
俺たち人間同士も、誰かとの離別は、必ず訪れる。
そして忍として生きるからには、時に命の危険もあることは否めない。怪我もするだろう。
喩え忍の仕事を選ばなかったとしても、人間なんだ、いつまでも生きられる訳じゃない。
でも、そうだと分かっていても。
分かっているからこそ、なのかもしれない。
やはり俺たちは互いに関わり合うことをやめられないのだろう。
別れが辛くなると分かっているから大切な存在を作らないのではなく、
離別することを分かっているからこそ。
今、目の前にいる相手を誰しもが大事にしたいのだ。
あの物語は、もしかすると、限りある命の全てを慰めようとしているのかもしれない。
「あ。伊作、ただいま!」
「おかえり、陽太、留三郎。」
「どうだった?実習、上手くいった?」
「うーんまぁ、ぼちぼちかなぁ。そっちは?」
校門の前で、丁度同じタイミングで帰ってきていたらしい伊作に、分かりやすく嬉しそうな様子で話しかけにいくひまりの後ろ姿を。
俺は、立ち尽くして見てしまっていた。
ひまりは楽しそうに、俺の実家にまた寄らせてもらったとか弟妹たちと会えたとか、話している。そんな彼女に伊作も、穏やかな表情で相槌を打っている。
……ま、こっちはとんだ噛ませ、ってことで。
「…留三郎?どうしたの、ボーッとしちゃって。」
気付いて振り返るひまりに。
何を言ってやろうかと色々思い巡らしても、
「いーや別に?おしどり夫婦は一時も離れていられないんだなと思っただけさ。」
結局は、"これ"に落ち着いてしまう。
「だっ、誰がおしどり夫婦だよ!?」
「もう、留三郎ってば…。」
「伊作、知ってるか?こいつ寝る時涎垂らすんだぜ?」
「とめさぶろぉおおおおおおお!!!」
兄、なんて言われた仕返しだ。
真っ赤になって、鬼の形相で追いかけてくるひまりに舌を出しつつ、笑いながらそんなふうに俺は心の中で思った。
後書き。
下の兄弟・妹いる設定ですが、解釈違いだったら本当にすみません。
あくまで私個人の強めの幻覚です。(これ読んだら集団幻覚になってしまうのでは
公式は遂に兄上二人の存在を明言してしまいましたね。油断している所に急に家族構成の新情報ですからね、こいつぁやられてしまいましたよ。
でも下の兄弟がいないとは言ってませんからね…フフフ……※法律の抜け道を見つけだした犯罪者の顔
いや、留三郎の「留」が打ち止めの意味かもしれないとは思ったんですけど…ほら、その時はそう名前はつけたけどその後子どもが産まれないとは絶対的には言い切れないじゃないですか!!!(必死
家計も余裕が出てきたのかもしれないですし…?昔は子どもも全員が大きくなれるとは限らないから子沢山に越したことはないですし…?
何より留三郎は私の中では兄属性だと信じてるんです……用具委員会所属で彼がさんざん保父さん扱いされてきたの見たらそう思いますでしょ???
何しろ新しく加入した守一郎にすらお兄ちゃん呼び(間違い)されましたしね。思わずにっこり。
今回も思いの外シリアスになってしまいましたが、お兄ちゃん属性の強い留三郎が書けて良かったです。
それと竹取物語が一般家庭にあるものなのか微妙なんですが…タイトルも竹取翁物語にした方がいいのかなと考えたり。
まあ、細かいことは気にするな!!(困った時のスキル:七松小平太