そのうすべに色を隠して。
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『二十五頁 予防線』
※仙蔵視点で一年生回想。
※時間軸は『二十三頁』の少し後。
※女装描写あり。
遠く校庭の方から、無駄に元気な声が響く。
「上町!てめぇ今日こそ負かしてやるからな!覚悟しろよ!」
「はーん?そういうことは先に負かしてから言ってくれる?」
「うっせー!減らず口叩けんのも今のうちだぞ!」
…また、やっているな。
文次郎と、くの一教室のくのたま、上町ひまりが言い合っているのを思わず立ち止まって見てしまった。
留三郎が、伊作の肩に腕を回して強引に文次郎とのチームの中に引っ張っていく。
「おい伊作、お前今日はこっちのチームだからな。」
「えぇ…でも、そしたらひまりと長次の二人だけになっちゃうじゃないか。」
最初の頃は文次郎、留三郎、小平太、そして上町ひまりの間だけでバレーやらサッカーやらで勝負が行われていたのが、いつの間にか、長次や伊作も加わるようになったらしい。
勝負というか、側から見ても最早普通に遊んでいる状況に近いのだが。
しかし今日は、委員会活動に駆り出されているのか小平太の姿が見当たらない。これでは三対三にならないと、伊作が困ったように渋ると上町ひまりがこんなことを提案する。
「じゃあ、もう一人誰か適当に呼んでチームに入れよう。長次も、それでいい?」
「ん…。ひまりがそう言うなら。」
……というかあいつら、いつの間に名前呼び捨てし合うようになったんだ?
そんな、正直どうでもいいようなことを考えているうちに。
「それじゃ誰か適当に……」
辺りを見回し始めた彼女と、目が合ってしまった。まずい。
巻き込まれる前に、と立ち去ろうとしたが。文次郎が「おーっ、仙蔵じゃねーか!」と声をかけてきた。
あいつ…今度絶対、試作の宝碌火矢を試し撃ちしてやる…!!
心の中で文次郎を恨む間に、上町ひまりが歩いて近付いて来ていた。
「ねえ、もし時間あったらなんだけど今からサッカーやるから、うちのチームに入ってくれない?ちょっとだけだから。」
「…私は、」
「丁度良いところにいたぜ、お前今日委員会の用事無ぇんだろ?たまには付き合えよ。」
文次郎…!火薬の量を今までの倍にしてやるからな…!!
密かに文次郎を呪っていることを気取られないよう、表向き平静さを保つ。
だが奴のせいで差し当たって断る理由が無くなってしまったことに変わりはなく。
付き合わざるを得ない状況に溜め息をついた。
「…少しだけだぞ。」
「ありがとう!……えーっと、名前何だっけ、あんた。」
私が文次郎たちと同じ"落とし穴の罠に嵌めた奴ら"だと、気付かれるかと思っていたが。気付かれて、思い出されて、再び怒りに火が付かないかと警戒していたが。
「……立花仙蔵。」
「立花ね。よろしく!」
印象に残っていなかったのが幸か不幸か。地味な再会は、あまりにもあっさりしていた。
拍子抜け、ほどのことではない。ましてや、がっかりなど。文次郎じゃあるまいし。
私は平静を保った顔のまま、勝負が行われるフィールドに向かった。
サッカーなんてそんなにやったことないと、言い出せないまま。
結果から言うと、その勝負はこちら側のボロ負けに終わった。
…というか、小平太ほどではなくても文次郎たちの体力が私からすれば化け物レベルで、こちらがついていけない。
大量の汗と共に息を切らして倒れ込むと、上町ひまりも少し上がった息で、足を投げ出すようにして近くに座ってきた。
「あはは、あーあ負けちゃった…。もう!ダメじゃん、あそこは走り込んできてくれないと。」
…私の体力が無いのを馬鹿にしているのか。
こっちが時間を割いてやったというのに。
どう動いたらいいかも、よく分かっていないのに。それでも走ってやったのに。
笑いながらのその言い草に、ムッとした気持ちを抑えられなかった。
「それは悪かったな。お役に立てなくて。」
息を落ち着けて、冷静を保った声でそれだけ言う。キョトンとした顔に何か言われる前に起き上がり、さっさと立ち去ろうと足を踏み出した。
「ま、気にすんなよ。仙蔵はいつもああいう感じだから。」
その立ち去り際、留三郎が笑いながら彼女に言うのが耳にしっかり届いた。
どういう感じだと言うんだ?……と、食ってかかりそうになるのを堪えて、聞こえないフリをする。
くだらないことで喧嘩するのはいかにも非効率というもの。それに、馬鹿馬鹿しい。
立ち去る間、後方ではまた賑やかな言い合いが再開される。
「負かしてから言えって言ったの誰だったっけなーあ?」
「はー、一回勝てたくらいでニヤニヤしちゃって気味悪いわねえ。」
「ほんとほんと、文次郎君てば気味悪ーい。」
「やかましい!つーか、留三郎てめぇこっちのチームだったろうがよ!何なら今度はそれぞれサシで勝負してやってもいいんだぜ?!」
「喧嘩、良くない…」
「長次の言う通りだよ、もういい加減やめなよ…。」
…相手にするだけ、時間の無駄だ。
それから数日後。
授業の終わり、自室に向かう途中で小平太に呼び止められた。
「俺たち今日バレーやるけど、仙蔵も来ないか?」
「悪いが、今日は当番の日なんだ。」
「ああ、食堂のか。分かった、じゃーまた今度な!」
合点がいったように頷いて、踵を返して校庭に向かっていく姿を見送る。
会いたくない奴ほど会ってしまうものだ。…小平太のことではない。
外出用の私服に着替えて食堂に向かうと、もう一人の当番である"そいつ"は既にいた。
「あ、立花じゃん。今日あんたが買い出しのペアだったんだね。」
こちらも私服姿の上町ひまりはそう言いながら、食堂のおばちゃんから受け取った買い物メモを手にこちらに近付いてくる。
思わず目を逸らすと、
「ねえ。流石にそれってご挨拶なんじゃないの。返事くらいしたらどうなのよ?」
ムッとしたような声に文句を言われ。何か言い返すのも面倒で、そのまま出かけるべく足を踏み出した私の腕を「ちょっと…!」と強めに掴んでくる。
「……気安く触るな。」
手を振り払った直後、焦った。
二回落とし穴に嵌めた時のこいつのブチギレ具合を思い出して、警戒する。
けど。「…それもそうね。ごめんなさい。」と予想とは違いあっさりと謝られる。
「それじゃ、用事さっさと済ませよっか。」
そうして何事も無かったかのように私の隣に来て歩き始めた。
……一瞬、別人かと疑ったが。
町中で、買ったものを抱えつつ並んで歩きながら。
ポツリと訊いてしまっていた。
「…お前、"あの時"のこと覚えていないのか?」
「『お前』じゃない。知ってるはずでしょ、私の名前。」
…やっぱり覚えているのか?
「で、"あの時"って?」
「……文次郎とかと一緒に、」
「潮江?あんた誰かと一緒だったっけ?」
「……覚えてないなら別にいい。」
「ーーーーーーー二回落とし穴に嵌めてきた時のことなら覚えてるけど。それがどうかした?」
思わず弾かれたように大きな声が出てしまった。
「覚えてるんじゃないかッ!」
「だからあ、それが何よ?」
「……いや、別にもういい。」
話を畳むと、ふうん、と相槌を打つ彼女はそれ以上追及してくることはなかった。
私の方ばかり気にしているみたいになっているのが、ひどく馬鹿馬鹿しく思えてくる。
顔を逸らした、その目線の先をふと、私は足を止めて見てしまった。
「何見てるの?」
「っ…」
「あ、この赤いの可愛い!……って、立花?」
色とりどりの簪が並べられている店先から、足早に立ち去る。
今度行われる女装の実技の授業で使う用に、……などと一瞬思ってしまっていたが。
「もう見なくていいの?」
隣にこの女がいることを思い出して、さっさと離れた。
どうせ、「えー男のくせに簪ぃ?やっぱ見た目通り、なよっとしてるんだね」…とか。サッカーの時よろしく、馬鹿にしてくるに決まってる。
ならばその前に距離を置くのが正しい。どうせ買い物の用事は済んでいるのだから、さっさと帰るに限る。
この女も、他のくのたまと同じようにどうせ私に「男」を要求するに違いない。
この女だけじゃない。
どいつもこいつも、勝手なことばかり。
ーーーーーーーーーー「…まあ化粧だけ上手くても、なあ。」
ひょろいだの、弱そうだの。
ーーーーーーーーーー「知らなかった。仙蔵君て、そういう趣味なんだね…」
私とて別に、女になりたいとかじゃない。
色白で、すらりと細くて、どちらかと言えば女顔で、それこそ女顔負けのストレートヘア。
それらの何がいけないのかと問い質したくなるくらい、周りの人間は大抵の場面で、私に「男らしさ」を求めてくる。ーーーーーーーーーー"あの時の彼女"にしてもそうだ。
幻滅したらしいのを、隠そうともしない表情。
付き合いたいと言ってきたのはあちらの方なのに。
もう思い出したくもない顔と声が、いつまでも記憶に居座っている。
そうやって、否定されるくらいなら。
誰にも見せなければいいんだ。
「……あの、どなたかのご家族の方ですか?」
校庭の隅の木陰に座って物思いに耽っていた私に、声をかけてきたのは例によって、上町ひまりだった。
女装の実技授業の後、そのままの格好でクラスの輪から一人離れてきた私に。
マズい、と顔が引きつる。
絶対、馬鹿にされるに決まってる。
「私、この学園のくの一教室に通っている生徒です。良ければ、ご案内しましょうか?」
上町ひまりはまだ気付いていないのか、外面のいい笑顔で私に話しかけてきている。
「い、いえあの、結構ですから……っ」
すぐ立ち上がって顔をあまり見られないように俯きつつ、その場を離れようとして。
普段の制服とも私服とも違う、女物の着物だったことも忘れて、走りかけて転けてしまった。自分を殴りたい。
「だ、大丈夫ですか?立てますか…?」
いやに親切な。……こいつ、外面だけはいいんだな。キレたら、あんな鬼みたいになるくせに。
なんて余計なことを考える自分に「いいから早く逃げろ」と内心で叱咤していると。
「あれ?これ、落としましたよ。……『忍たまの友』…?」
しまった、と青くなった時には遅くて。転んだはずみで、懐からこぼれ落ちてしまった「忍たまの友」を彼女に拾われていて。
「あ、ーーーーーーーーーー」
「……立花?」
取り返す前に、裏表紙に刻まれている名前を、読まれた。
目を見開いた表情で、彼女はバッと顔を上げて私を見た。
「…え……ほんとに、立花…なの?」
……見るな。
舌打ちしたいのをグッと堪え、もう遅いと分かっていても顔を逸らす。
そして肯定の返事の代わりに、「笑いたければ笑え」と吐き捨てようとした。
「えっ、女装めっちゃ上手くない…?!」
やや紅潮した頬の色は、興奮していると見て良さそう………は?
「えーやだビックリ。何その完成度の高さ!忍たまでも女装上手い奴とかいるんだ!みーんなヘタクソだと思ってた…。」
……何を、言っているのだろう?
何をそんなに、楽し気にしているのだろうか?
こんな表情をする彼女は初めて見たし、……理解できなかった。
だって、私は男なのに。
「いやー、遠目で見かけた時、くの一教室では見たことない顔だなーって思って、てっきり誰かの家族かと。ごめんごめん。」
女装が似合うなんて、おかしいはずなのに。
「あ、そーだ。丁度持ってたんだけどこれ、使う?紅なんだけどさ、私の肌じゃ合わなくて、色浮いちゃうんだよね…。あんたの方が似合いそうだし。あげるよ。」
小さな、白い二枚貝でできた紅入れを差し出され。彼女のその、何でもないような軽いノリに流されるままに受け取ってしまった。
そっと開けると、少し青みがかった赤が覗く。私が持っているのと近い色をしていた。
「えーもう、めっちゃ羨ましいんですけどー。ホントは私もこの色好きなのに…」
「ーーーーーーーーーーおかしいだろう」
「ん?」
「紅が似合う男なんか、おかしいと思わないのか?」
俯いたまま、絞り出すようにそう口にする私に。
「そう?キレイなのって、悪いことじゃないと思うけど。いいじゃない、似合ってても。」
ぜんぶ。
今まで私が言いたかったことを全部。
言いたかったけれど呑み込んでいたことを全部。
彼女は、当たり前のように簡単に言ってのける。
「それにしても……さっきの転び方って言ったら……!」
「っ、何笑ってる…!!」
「いひゃっ!!」
そうかと思えば悪戯っぽく、私の失敗を思い出し笑いして。苛ついた私は反射的にその腹立たしい両頬を引っ張った。思わず小さく吹き出す。
「っは、すごいブス。」
「いひゃいっへば!…もうっ!!」
振り上げられた手が当たる前に両頬を解放する。流石に今度こそキレ散らかすか、と身構えていたが。
「…ねえ。あんたさ、そっちの方がいいよ。」
笑いながら、そう言われた。
「……は?」
「だから、今みたいに。」
何のことを言っているのか、分からなくて一瞬口籠る私に、彼女は続ける。
「だって周りと、いつも壁作ってるみたいなんだもん。そういうの、他の皆にも素直に見せたら?意地張ってないで。」
女装のことか。
それとも、感情を表に出すことか。
どちらの意味だったのか。或いは、両方だったのかもしれないけれど。
……馬鹿じゃないのか、と心の中で毒吐く。
傷付けられる前に、予防線を張らなきゃいけないんだ。
簡単に心を許してなるものか。
「……余計なお世話だ。」
「あ、ほら。また意地張ってる。」
「うるさい、ブス。」
「ブスブス言うなし。ってか、両頬引っ張られたら誰だってブチャイクになるっちゅーの!」
歩き始めた私に、しつこく付きまとってくる彼女の声は表面上は怒っていたけれど、どこか、楽しそうにも聞こえた。
確かに上町ひまり、彼女は美人の部類だ。それは、認めよう。
だが、騙されてはいけない。
この女は、悪の権化だ。
人の失敗を遠慮無く笑うし、
気安く話しかけてくるし、
勝手に距離を詰めた気になってるし、
すこぶるお節介で、
そして。
当たり前のように、私を褒める。
それを嬉しいだなんて思ってはいけない。舞い上がってはいけない。
私は、他の奴らとは違う。
私は騙されない。
どうせ、特別な意味などあるわけがないのだから。
「……ふん。伊作のこと好きな癖に。」
「は…はあ?!べ、別に好きとかそんなん違うし…!急に変なこと言うなっ!!」
私は手加減をしてやったというのに容赦なく頭をポカポカ叩いてくる。
「やめろ、髪が乱れる…!」
やっぱり鬼みたいな女だと思いつつ、ーーーーーーーーーー成る程、"ここ"が弱点かと。
密かにほくそ笑む私が、予防線を張ろうとしても最早意味を成さないのだと、気付くことができるのはもう少し後になってからの話だった。
後書きです。
読後で今更ですが、解釈違いな仙蔵だったらすみません。
拙宅の彼は、昔ちょっと嫌な思い出があって自分の容姿にあまり自信がないという設定です。
プライド高くて口も悪い、まるで心を閉ざした野生動物みたいに(笑)頑なな感じになってしまいましたが。夢主との交流で、それがちょっとばかしほぐれていってたらいいなと思います。
そして買い出し当番設定、よく登場させてしまう…けっこう便利な設定。笑
※拙宅のオリジナル設定です。
因みに管理人脳内では、使う食材の大部分は学園の敷地内にある菜園で育てたものだったり、業者?に頼んで学園に届けてもらってたりするものだと考えているので、拙宅の買い出し当番はそれ以外のこまごましたもの(ちょっとだけ必要なものとか調味料とか)を買いに行ってる、というイメージで書いてます。
全校生徒&教職員全員の分の食材なんて、喩え荷車使っても多分二人じゃ無理ですよね…笑
※仙蔵視点で一年生回想。
※時間軸は『二十三頁』の少し後。
※女装描写あり。
遠く校庭の方から、無駄に元気な声が響く。
「上町!てめぇ今日こそ負かしてやるからな!覚悟しろよ!」
「はーん?そういうことは先に負かしてから言ってくれる?」
「うっせー!減らず口叩けんのも今のうちだぞ!」
…また、やっているな。
文次郎と、くの一教室のくのたま、上町ひまりが言い合っているのを思わず立ち止まって見てしまった。
留三郎が、伊作の肩に腕を回して強引に文次郎とのチームの中に引っ張っていく。
「おい伊作、お前今日はこっちのチームだからな。」
「えぇ…でも、そしたらひまりと長次の二人だけになっちゃうじゃないか。」
最初の頃は文次郎、留三郎、小平太、そして上町ひまりの間だけでバレーやらサッカーやらで勝負が行われていたのが、いつの間にか、長次や伊作も加わるようになったらしい。
勝負というか、側から見ても最早普通に遊んでいる状況に近いのだが。
しかし今日は、委員会活動に駆り出されているのか小平太の姿が見当たらない。これでは三対三にならないと、伊作が困ったように渋ると上町ひまりがこんなことを提案する。
「じゃあ、もう一人誰か適当に呼んでチームに入れよう。長次も、それでいい?」
「ん…。ひまりがそう言うなら。」
……というかあいつら、いつの間に名前呼び捨てし合うようになったんだ?
そんな、正直どうでもいいようなことを考えているうちに。
「それじゃ誰か適当に……」
辺りを見回し始めた彼女と、目が合ってしまった。まずい。
巻き込まれる前に、と立ち去ろうとしたが。文次郎が「おーっ、仙蔵じゃねーか!」と声をかけてきた。
あいつ…今度絶対、試作の宝碌火矢を試し撃ちしてやる…!!
心の中で文次郎を恨む間に、上町ひまりが歩いて近付いて来ていた。
「ねえ、もし時間あったらなんだけど今からサッカーやるから、うちのチームに入ってくれない?ちょっとだけだから。」
「…私は、」
「丁度良いところにいたぜ、お前今日委員会の用事無ぇんだろ?たまには付き合えよ。」
文次郎…!火薬の量を今までの倍にしてやるからな…!!
密かに文次郎を呪っていることを気取られないよう、表向き平静さを保つ。
だが奴のせいで差し当たって断る理由が無くなってしまったことに変わりはなく。
付き合わざるを得ない状況に溜め息をついた。
「…少しだけだぞ。」
「ありがとう!……えーっと、名前何だっけ、あんた。」
私が文次郎たちと同じ"落とし穴の罠に嵌めた奴ら"だと、気付かれるかと思っていたが。気付かれて、思い出されて、再び怒りに火が付かないかと警戒していたが。
「……立花仙蔵。」
「立花ね。よろしく!」
印象に残っていなかったのが幸か不幸か。地味な再会は、あまりにもあっさりしていた。
拍子抜け、ほどのことではない。ましてや、がっかりなど。文次郎じゃあるまいし。
私は平静を保った顔のまま、勝負が行われるフィールドに向かった。
サッカーなんてそんなにやったことないと、言い出せないまま。
結果から言うと、その勝負はこちら側のボロ負けに終わった。
…というか、小平太ほどではなくても文次郎たちの体力が私からすれば化け物レベルで、こちらがついていけない。
大量の汗と共に息を切らして倒れ込むと、上町ひまりも少し上がった息で、足を投げ出すようにして近くに座ってきた。
「あはは、あーあ負けちゃった…。もう!ダメじゃん、あそこは走り込んできてくれないと。」
…私の体力が無いのを馬鹿にしているのか。
こっちが時間を割いてやったというのに。
どう動いたらいいかも、よく分かっていないのに。それでも走ってやったのに。
笑いながらのその言い草に、ムッとした気持ちを抑えられなかった。
「それは悪かったな。お役に立てなくて。」
息を落ち着けて、冷静を保った声でそれだけ言う。キョトンとした顔に何か言われる前に起き上がり、さっさと立ち去ろうと足を踏み出した。
「ま、気にすんなよ。仙蔵はいつもああいう感じだから。」
その立ち去り際、留三郎が笑いながら彼女に言うのが耳にしっかり届いた。
どういう感じだと言うんだ?……と、食ってかかりそうになるのを堪えて、聞こえないフリをする。
くだらないことで喧嘩するのはいかにも非効率というもの。それに、馬鹿馬鹿しい。
立ち去る間、後方ではまた賑やかな言い合いが再開される。
「負かしてから言えって言ったの誰だったっけなーあ?」
「はー、一回勝てたくらいでニヤニヤしちゃって気味悪いわねえ。」
「ほんとほんと、文次郎君てば気味悪ーい。」
「やかましい!つーか、留三郎てめぇこっちのチームだったろうがよ!何なら今度はそれぞれサシで勝負してやってもいいんだぜ?!」
「喧嘩、良くない…」
「長次の言う通りだよ、もういい加減やめなよ…。」
…相手にするだけ、時間の無駄だ。
それから数日後。
授業の終わり、自室に向かう途中で小平太に呼び止められた。
「俺たち今日バレーやるけど、仙蔵も来ないか?」
「悪いが、今日は当番の日なんだ。」
「ああ、食堂のか。分かった、じゃーまた今度な!」
合点がいったように頷いて、踵を返して校庭に向かっていく姿を見送る。
会いたくない奴ほど会ってしまうものだ。…小平太のことではない。
外出用の私服に着替えて食堂に向かうと、もう一人の当番である"そいつ"は既にいた。
「あ、立花じゃん。今日あんたが買い出しのペアだったんだね。」
こちらも私服姿の上町ひまりはそう言いながら、食堂のおばちゃんから受け取った買い物メモを手にこちらに近付いてくる。
思わず目を逸らすと、
「ねえ。流石にそれってご挨拶なんじゃないの。返事くらいしたらどうなのよ?」
ムッとしたような声に文句を言われ。何か言い返すのも面倒で、そのまま出かけるべく足を踏み出した私の腕を「ちょっと…!」と強めに掴んでくる。
「……気安く触るな。」
手を振り払った直後、焦った。
二回落とし穴に嵌めた時のこいつのブチギレ具合を思い出して、警戒する。
けど。「…それもそうね。ごめんなさい。」と予想とは違いあっさりと謝られる。
「それじゃ、用事さっさと済ませよっか。」
そうして何事も無かったかのように私の隣に来て歩き始めた。
……一瞬、別人かと疑ったが。
町中で、買ったものを抱えつつ並んで歩きながら。
ポツリと訊いてしまっていた。
「…お前、"あの時"のこと覚えていないのか?」
「『お前』じゃない。知ってるはずでしょ、私の名前。」
…やっぱり覚えているのか?
「で、"あの時"って?」
「……文次郎とかと一緒に、」
「潮江?あんた誰かと一緒だったっけ?」
「……覚えてないなら別にいい。」
「ーーーーーーー二回落とし穴に嵌めてきた時のことなら覚えてるけど。それがどうかした?」
思わず弾かれたように大きな声が出てしまった。
「覚えてるんじゃないかッ!」
「だからあ、それが何よ?」
「……いや、別にもういい。」
話を畳むと、ふうん、と相槌を打つ彼女はそれ以上追及してくることはなかった。
私の方ばかり気にしているみたいになっているのが、ひどく馬鹿馬鹿しく思えてくる。
顔を逸らした、その目線の先をふと、私は足を止めて見てしまった。
「何見てるの?」
「っ…」
「あ、この赤いの可愛い!……って、立花?」
色とりどりの簪が並べられている店先から、足早に立ち去る。
今度行われる女装の実技の授業で使う用に、……などと一瞬思ってしまっていたが。
「もう見なくていいの?」
隣にこの女がいることを思い出して、さっさと離れた。
どうせ、「えー男のくせに簪ぃ?やっぱ見た目通り、なよっとしてるんだね」…とか。サッカーの時よろしく、馬鹿にしてくるに決まってる。
ならばその前に距離を置くのが正しい。どうせ買い物の用事は済んでいるのだから、さっさと帰るに限る。
この女も、他のくのたまと同じようにどうせ私に「男」を要求するに違いない。
この女だけじゃない。
どいつもこいつも、勝手なことばかり。
ーーーーーーーーーー「…まあ化粧だけ上手くても、なあ。」
ひょろいだの、弱そうだの。
ーーーーーーーーーー「知らなかった。仙蔵君て、そういう趣味なんだね…」
私とて別に、女になりたいとかじゃない。
色白で、すらりと細くて、どちらかと言えば女顔で、それこそ女顔負けのストレートヘア。
それらの何がいけないのかと問い質したくなるくらい、周りの人間は大抵の場面で、私に「男らしさ」を求めてくる。ーーーーーーーーーー"あの時の彼女"にしてもそうだ。
幻滅したらしいのを、隠そうともしない表情。
付き合いたいと言ってきたのはあちらの方なのに。
もう思い出したくもない顔と声が、いつまでも記憶に居座っている。
そうやって、否定されるくらいなら。
誰にも見せなければいいんだ。
「……あの、どなたかのご家族の方ですか?」
校庭の隅の木陰に座って物思いに耽っていた私に、声をかけてきたのは例によって、上町ひまりだった。
女装の実技授業の後、そのままの格好でクラスの輪から一人離れてきた私に。
マズい、と顔が引きつる。
絶対、馬鹿にされるに決まってる。
「私、この学園のくの一教室に通っている生徒です。良ければ、ご案内しましょうか?」
上町ひまりはまだ気付いていないのか、外面のいい笑顔で私に話しかけてきている。
「い、いえあの、結構ですから……っ」
すぐ立ち上がって顔をあまり見られないように俯きつつ、その場を離れようとして。
普段の制服とも私服とも違う、女物の着物だったことも忘れて、走りかけて転けてしまった。自分を殴りたい。
「だ、大丈夫ですか?立てますか…?」
いやに親切な。……こいつ、外面だけはいいんだな。キレたら、あんな鬼みたいになるくせに。
なんて余計なことを考える自分に「いいから早く逃げろ」と内心で叱咤していると。
「あれ?これ、落としましたよ。……『忍たまの友』…?」
しまった、と青くなった時には遅くて。転んだはずみで、懐からこぼれ落ちてしまった「忍たまの友」を彼女に拾われていて。
「あ、ーーーーーーーーーー」
「……立花?」
取り返す前に、裏表紙に刻まれている名前を、読まれた。
目を見開いた表情で、彼女はバッと顔を上げて私を見た。
「…え……ほんとに、立花…なの?」
……見るな。
舌打ちしたいのをグッと堪え、もう遅いと分かっていても顔を逸らす。
そして肯定の返事の代わりに、「笑いたければ笑え」と吐き捨てようとした。
「えっ、女装めっちゃ上手くない…?!」
やや紅潮した頬の色は、興奮していると見て良さそう………は?
「えーやだビックリ。何その完成度の高さ!忍たまでも女装上手い奴とかいるんだ!みーんなヘタクソだと思ってた…。」
……何を、言っているのだろう?
何をそんなに、楽し気にしているのだろうか?
こんな表情をする彼女は初めて見たし、……理解できなかった。
だって、私は男なのに。
「いやー、遠目で見かけた時、くの一教室では見たことない顔だなーって思って、てっきり誰かの家族かと。ごめんごめん。」
女装が似合うなんて、おかしいはずなのに。
「あ、そーだ。丁度持ってたんだけどこれ、使う?紅なんだけどさ、私の肌じゃ合わなくて、色浮いちゃうんだよね…。あんたの方が似合いそうだし。あげるよ。」
小さな、白い二枚貝でできた紅入れを差し出され。彼女のその、何でもないような軽いノリに流されるままに受け取ってしまった。
そっと開けると、少し青みがかった赤が覗く。私が持っているのと近い色をしていた。
「えーもう、めっちゃ羨ましいんですけどー。ホントは私もこの色好きなのに…」
「ーーーーーーーーーーおかしいだろう」
「ん?」
「紅が似合う男なんか、おかしいと思わないのか?」
俯いたまま、絞り出すようにそう口にする私に。
「そう?キレイなのって、悪いことじゃないと思うけど。いいじゃない、似合ってても。」
ぜんぶ。
今まで私が言いたかったことを全部。
言いたかったけれど呑み込んでいたことを全部。
彼女は、当たり前のように簡単に言ってのける。
「それにしても……さっきの転び方って言ったら……!」
「っ、何笑ってる…!!」
「いひゃっ!!」
そうかと思えば悪戯っぽく、私の失敗を思い出し笑いして。苛ついた私は反射的にその腹立たしい両頬を引っ張った。思わず小さく吹き出す。
「っは、すごいブス。」
「いひゃいっへば!…もうっ!!」
振り上げられた手が当たる前に両頬を解放する。流石に今度こそキレ散らかすか、と身構えていたが。
「…ねえ。あんたさ、そっちの方がいいよ。」
笑いながら、そう言われた。
「……は?」
「だから、今みたいに。」
何のことを言っているのか、分からなくて一瞬口籠る私に、彼女は続ける。
「だって周りと、いつも壁作ってるみたいなんだもん。そういうの、他の皆にも素直に見せたら?意地張ってないで。」
女装のことか。
それとも、感情を表に出すことか。
どちらの意味だったのか。或いは、両方だったのかもしれないけれど。
……馬鹿じゃないのか、と心の中で毒吐く。
傷付けられる前に、予防線を張らなきゃいけないんだ。
簡単に心を許してなるものか。
「……余計なお世話だ。」
「あ、ほら。また意地張ってる。」
「うるさい、ブス。」
「ブスブス言うなし。ってか、両頬引っ張られたら誰だってブチャイクになるっちゅーの!」
歩き始めた私に、しつこく付きまとってくる彼女の声は表面上は怒っていたけれど、どこか、楽しそうにも聞こえた。
確かに上町ひまり、彼女は美人の部類だ。それは、認めよう。
だが、騙されてはいけない。
この女は、悪の権化だ。
人の失敗を遠慮無く笑うし、
気安く話しかけてくるし、
勝手に距離を詰めた気になってるし、
すこぶるお節介で、
そして。
当たり前のように、私を褒める。
それを嬉しいだなんて思ってはいけない。舞い上がってはいけない。
私は、他の奴らとは違う。
私は騙されない。
どうせ、特別な意味などあるわけがないのだから。
「……ふん。伊作のこと好きな癖に。」
「は…はあ?!べ、別に好きとかそんなん違うし…!急に変なこと言うなっ!!」
私は手加減をしてやったというのに容赦なく頭をポカポカ叩いてくる。
「やめろ、髪が乱れる…!」
やっぱり鬼みたいな女だと思いつつ、ーーーーーーーーーー成る程、"ここ"が弱点かと。
密かにほくそ笑む私が、予防線を張ろうとしても最早意味を成さないのだと、気付くことができるのはもう少し後になってからの話だった。
後書きです。
読後で今更ですが、解釈違いな仙蔵だったらすみません。
拙宅の彼は、昔ちょっと嫌な思い出があって自分の容姿にあまり自信がないという設定です。
プライド高くて口も悪い、まるで心を閉ざした野生動物みたいに(笑)頑なな感じになってしまいましたが。夢主との交流で、それがちょっとばかしほぐれていってたらいいなと思います。
そして買い出し当番設定、よく登場させてしまう…けっこう便利な設定。笑
※拙宅のオリジナル設定です。
因みに管理人脳内では、使う食材の大部分は学園の敷地内にある菜園で育てたものだったり、業者?に頼んで学園に届けてもらってたりするものだと考えているので、拙宅の買い出し当番はそれ以外のこまごましたもの(ちょっとだけ必要なものとか調味料とか)を買いに行ってる、というイメージで書いてます。
全校生徒&教職員全員の分の食材なんて、喩え荷車使っても多分二人じゃ無理ですよね…笑