そのうすべに色を隠して。
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『二十四頁 初対面と再会と』
※女装あり
※異文化交流あり(方言的な意味で
※だいぶおふざけ色が濃い
忍術学園の授業が無い、とある休日。学園から遠く離れたここ、裏裏裏山にて。
私、上町ひまりは『忍たまの友』を丸めたメガホンで文次郎、小平太、留三郎に向けて怒号を飛ばしまくっていた。
「頭に乗せたテキストを落とすなー!内股を意識しろー!着物を着崩すなー!己の中の男を消せー!自分は女だと暗示しろー!ガニ股になった瞬間に矢が飛んで来ると思えー!!」
その怒号の対象である先の三人は、必死の形相で、ぎこちなく"女の歩き方"を練習している。
…お世辞にも上手いとは言い難い女装の格好で。
今日は空模様も気候も良い、穏やかな日。だけどそれを楽しんだり味わったりする暇は、"私たち"には無い。
歩き方の指導が終わったら次は、一旦メイクを落としてからの化粧の反復練習。
けど、これも全くと言っていいほどすんなりとはいかなくて。
大きな布を敷いた平らな地面に、空き箱と鏡で作った即席の鏡台が三つ。その前に三人がそれぞれ座って練習をするもののーーーーーーー
「小平太、頬紅濃すぎ!もっと落とせ!」
「そうかあ?細かいことは」
「ああそう気にしないんだったら別に私の指導じゃなくてもいいって訳ね?伝子さんに、小平太だけ特別に補習受けたいそうですって言っとこうか?」
「気にしますすんません。」
小平太の持ち前の豪快さ故に為せる技、"バカの量の頬紅"にダメ出しをしてからその隣に目を移す。
「文次郎、白粉つけ過ぎ!舞台にでも上がるつもりか!」
「はあ?何言ってんだ、上がるわけねぇだろ?」
「知っとるわ!!!!」
「いって!!どこに持ってたんだそのハリセン?!」
対文次郎専用のハリセンで小気味よくスパンッ!と頭をはたいてから更にその隣に目を向ける。
「留三郎、そんなゴッテゴテに口紅を塗りたくるな!」
「いや、厚塗りの方が色っぽくなるんじゃねえかなって…」
「厚塗りどころかはみ出てんでしょうが!基礎もできてないのに色気とか上級者レベルに手を出すな!……はあ。あんたたちホント…」
朝から続けている指導に、運動したわけでも無いのに体の奥底からぐったりしてくる。
「六年生にもなって、何でそんな堂々と悲惨な女装ができるんですかね?今まで何してたのほんとに…」
「おい、言うに事欠いて悲惨とは何だ、悲惨とは!」
「だって悲惨だから、伝子さんの合格貰えなかったんじゃん!いい加減自覚しなさいよ!」
文次郎の反論を一蹴した時、丁度様子を見に来たらしい仙蔵が姿を現す。
「どうだ、進捗のほうは。」
「もうやだこの人たち…助けてください……」
「大丈夫かい?何か、急にやつれたような…?」
「もそ…」
思わず愚痴ってしまい、仙蔵と一緒に来ていた伊作と長次にも心配されてしまった。
そもそも事の発端は数日前。文次郎たち三人が、山田先生、もとい山田伝子さんに課された女装テストに揃って不合格してしまったことにある。
来週実施される追試で合格を貰えなければ、留年の上、一年間伝子さんからみっちり女装の指導を受けることになっている。
しかも何故か私までこの件に巻き込まれてしまい、伝子さんから、追試までにこの崖っぷち三人組に女装の基礎から徹底的に叩き込むよう命じられて。その上、「三人が不合格になったら連帯責任でアンタも留年してもらうわよぉ」と脅されてしまったために、私も何とかして彼らをギリギリでもいいからとにかく合格するよう指導しなければならなくなった。
…が、この三人が非常に手強いことは、喩え知らない人でも、今までの様子を見れば恐らく推し量れることと思う。
因みにわざわざ遠い裏裏裏山で指導を行っているのは、"ひまり"として行う以上学園では人の目があって不都合だから、である。
誰の目も気にせずにできるのだから、声も張りまくって、とことん指導してやらなきゃ。…とは思うものの。出る溜め息を止められない。
「ほんと、よくもまぁこれで六年間をやり過ごしてきたなというか…こいつらマジでヤバ過ぎるんですけど?」
「頑張れ。あいつらが次合格するかどうかは、お前の双肩にかかっているのだから。」
「重い……この双肩が…重い……!!」
決して甘くない仙蔵の激励に、本当に肩がズッシリと重くなったように感じた。
「なーひまり、何回やっても頬紅濃くなるぞ?」
鏡を覗き込んで唸っていた小平太が声をかけてくるので、とりあえずそっちに行く。
「もー、だから最初に取る量が多すぎるんだってば…。ほら、これくらい。で、薄く伸ばして、ぼかす感じ。一回付けたげるから動かないで。」
「ほーい。」
何回言や良いんだと呆れつつ、小平太がつけたバカ濃い頬紅を一度拭き取ってから、自分の指先に取った適量の頬紅をトントン、と馴染ませていく。
塗り終わって、出来栄えはまあまあかな、と。
「うん、まぁこんな感じかな。……って、何でそんな凝視してんの皆。」
顔を上げると、何故かその一連の流れをその場全員がじーっと注目していて。文次郎、留三郎だけでなく指導を受けていない仙蔵、長次、伊作まで。すると、仙蔵が薄く笑った。
「小平太だけしてもらうのは狡いから、平等になるよう同じように塗ってもらいたい奴がいるんじゃないのか?」
その目線の先にいた文次郎が、いきり立つ。
「はあ?別に、んなこと思ってねーし!」
「私は別にお前だとは言っていないが?」
「じゃあ何で俺の方を見て言うんだよ?!」
「あーもーうるさいったら…口じゃなくて手ぇ動かしてくれる?」
「ひまりひまりっ、口紅もこんな感じか?」
「ああ、うん。いい感じになったんじゃないの。」
小平太が塗り直したらしい口紅の具合は"さっきまでよりはマシ"というのが正直なところだったけど、まあマシになっただけ良いかと頷いてあげる。
「何となく分かってきたぞ、とにかく薄くすればいいんだな!」
「…まあ、それで全てが解決する訳じゃないけど。小平太の場合はとりあえずそれでいいわ。」
まだ悪戦苦闘している残り二人に、私は向き直る。
「仙蔵とかは例外として、女装するなら、特に留三郎や文次郎なんかは顔の作りが男過ぎるんだから、もっと女に寄せていかないと。」
そう助言すると。留三郎が顎に手を当ててフッと笑い、文次郎が赤い顔でそっぽを向く。
「何だよ急に照れるじゃねぇか、男前だなんて。」
「言ってないが?」
「ほ、褒めても何も出ねーぞ…」
「褒めてないが?」
曲解にも程がある。段々頭が痛くなってきた。けど、投げ出せば自分のためにもならない。私はアドバイスを続ける。
「ほら、伝子さんだって言ってたでしょ?相手が勝手に女と見てくれるだろう、なんて希望的観測を持たないこと。うまく化ける努力をしなくちゃーーーーーーー」
「ひまり!何してんだ、こんなとこで?」
突如声と共に頭上から、大きな影がすぐ側にザッと降りてきた。
「わっ、…与四郎?!」
「近くで可愛い声すんなーと思って来てみたら、ひまりの姿が見えたもんでよー。へへっ、会えて嬉しいべ!」
「ちょ、ちょっと…与四郎ってば…!」
敵襲だと思って防御するはずだった手を、ニコニコ満面の笑みを浮かべるその相手、与四郎に両手でギュッと握られてしまい。
ーーーーーーーその一瞬、空気がピリッとしたように感じた。
多分、与四郎のことを知らない文次郎たちが警戒心を募らせているはず。
この不穏な空気を、何とかしなくては。
「おい。うちの同級生に何か…」
「与四郎、手を離しなさい!ステイ!」
文次郎と、私の台詞が被ってしまった。
与四郎は私のコマンドの方に反応して「わんっ」とすぐさま手を離して縮こまる。…多分、言うことを聞かないと私に嫌われる、という方程式が彼の頭の中にあるのだろう。ちゃんと聞いてくれて良かった。反射で思わずヨシヨシと頭を撫でると、不安そうにしていた与四郎はへへーっと笑った。うん、これ完全に大型犬だ。可愛い。
私を庇おうとしていた文次郎は、呆気に取られたようにポカンとしている。その横から、今度は留三郎が声をかけてきた。
「何だ、与四郎じゃないか。何でここにいるんだ?」
「え?うわっ化け物!?」
「誰が化け物だ!!俺だ俺、食満留三郎だ!」
まだあの悲惨な化粧を落としていなかったから、与四郎が驚くのも無理はない。二、三度瞬きをして、漸く気付いたらしい。
「…おー、びっくりしたぁ。なんか、知らねー女だなとは思ったけどよ。」
「…!おい聞いたか、女だってよ!俺が一抜けだな!」
「え、何か競争してたっけ?」
謎の一抜け発言に、純粋に疑問を感じた小平太が首を傾げる。誰が最初にお嬢さんに間違われるか、…の勝負はしていない。ただの指導だけだ。
「…つーか何だお前ら、知り合いか?」
気を取り直したらしい文次郎だったけど、まだ不審そうに眉根を寄せて、私や留三郎、与四郎の顔を交互に見比べている。
「ああ。風魔流忍術学校の六年生だ。ほら、うちの用具委員会一年の山村喜三太いるだろ、あいつの転校前の学校の先輩だよ。」
「留三郎も、いさしかぶりだぁな。…で、何で女装してんだ?」
「練習してるのよ。女装のテストで不合格だったから、今度追試があるの。」
私が説明すると、納得したように与四郎は頷く。
「へー。…確かに、あんま、上手くねーべな!」
「うるせー、ほっとけ。」
屈託なく笑う彼に軽口を叩く留三郎は、化粧を落としながら「というか、お前こそこんな所で何してるんだよ?」と訊いた。
「ああ俺、今ある人物の行方を探っててよ。ウチの卒業生なんだが、暗殺ばっか請け負う奴で。けど、なかなか手がかりが掴めなくてよー。」
「風魔流ってことは、相模国だろ?こんな遠くまで大変だなー。」
「まーな。けど、うちのイメージ悪くなっちまうのも困るからな。野放しにはできねーしよ。」
小平太も与四郎とは初対面だったはずだけど、そうは見えないほど自然に会話している。…前にチラッと思ったことだけど、やっぱりこの二人似てる気がする。本人たちも、気が合うのかも知れない。
そんなふうに思っていると。
私のすぐ側に、仙蔵が立った。
「…お前、三年生の時もこの辺りをうろついてなかったか?」
そう言って、キョトンとしている与四郎を見据えている。
そういえば失念していたけれど、一瞬だけど仙蔵は、与四郎に会ったことがあるんだった。
「ん?…どっかで会ったか?」
「まあ、覚えていないのも無理はない。私はあの時女装していたし、お前は、"こっち"に気を取られていたようだしな。」
そう言いながら仙蔵は、私の肩を引き寄せる。与四郎は、漸く思い出したようにポンと手を叩いた。
「…あ。もしかして、ひまりと一緒にいた女か?あの、ツンとした感じの。」
仙蔵はニコリと、ーーーーーーー恐らく、本心では笑ってない笑顔になる。
「それは失礼した。あの時私はてっきり、うちの学園のことを探ろうとしている者かと思ったものでな。」
「スパイってことか?はは、そりゃー勘繰り過ぎだぁよ。あん時のは、ただの野外実習だべ。」
「まあ、疑いたくもなるだろう?忍がわざわざこんな遠くまで来て、野宿だけするなんて思う訳があるまい。…なあ、ひまり?」
「え、あ。うん…?」
「素性が知れないから私は、関わるなと言ったように思うがそれは記憶違いかな?」
「や、あの…ちが、違わ、ないです……」
肩を掴む手に加わる力と笑顔の圧に、思わず返事がしどろもどろになる。
一方の与四郎はそんな仙蔵の圧には気付かず、興味深そうに全員の顔を見回していた。
「じゃあここにいる全員、同級生か?…お!伊作っ!おめーもいたのか、いやーいさしかぶりだべ!元気だったか?」
伊作の顔を見つけて嬉しそうに手を振る彼に、伊作は戸惑ったような表情になる。
「う、うん…?えっと、錫高野、君?」
「伊作ー、与四郎でいいって言ったべ?…あれ?俺言ったかな?どーだったっけ…」
私の知る限りでは、言ってない気がする。
まあいっか!とマイペースに笑う彼に、曖昧に笑い返しつつ、伊作は私の方を見て「言われたっけ…?」という感じの目線を送ってきた。
私の時も急に距離感近くなったんだよなあ、と思い出しつつ、「言われてないと思う」、と「あまり深く考えない方がいいよ」、との意味を込めて首をそっと横に振った。
仙蔵はそんな私たちを見て、短くため息をつく。
「伊作まで、全く…。」
「仙蔵、んな怖い顔するなよ。言っただろ、喜三太の先輩だって。良い奴だぞ?与四郎は。」
「フン。別に怖い顔などしていない。」
執り成すように言う留三郎から素っ気なく顔を背ける仙蔵に、与四郎が申し訳なさそうに苦笑した。
「何か、誤解させちまったみてーですまねぇな。錫高野与四郎だ、今更ンなっちまったけど、改めてよろしくな!」
名乗りつつ差し出す手を、少しの間見つめてから。私の肩から手を離した仙蔵も「…立花仙蔵だ。こちらも、悪かった。」と握り返す。
良かった、誤解がとけて。とホッとするのも束の間。
「ところでひまり。後で話があるからそのつもりでな。」
与四郎と握手したまま、私の方を見てニッコリ笑う仙蔵。…どう考えても説教コース。詰んだ。
「んじゃ俺は、忍務もあるしそろそろ行かねーと。」
そんなこととは露知らずパッと手を離した与四郎に、留三郎が声をかける。
「また、学園の方にも寄ってけよ。」
「おー、また近いうちにな。じゃーな!…あ、そーだ。ひまりも、また一緒に出かけんべーよ!」
ーーーーーーーその発言に、また、空気がピシッとひび割れたような雰囲気に。
全く何も気付かない様子の与四郎は、最初のようにまた私の手を包み込むように握ってくる。
「う、うん。まあその、ごくたまに…ね?」
「それこそ昔よく行ってた街道沿いの団子屋、まだやってたからよ。また、行こうな!」
誤魔化そうとするも甲斐なし。与四郎…空気読んで…!
「…ほう。昔よく行ってた、か。」
すぐ隣の仙蔵からの視線が痛い…!
じゃーなー!と、ブンブン手を振って駆けていく与四郎に曖昧に小さく手を振り返して、私は、何とかして話を逸らそうと手を叩いた。
「よ、よーしそれじゃ女装指導の続きを絶賛再開…」
「そこの追試三人組は引き続き自主練を続けろ。長次、伊作、こいつらの監督を頼む。……で、ひまり?」
「…はい。座ります。」
回避失敗。
仙蔵、説教モードに移行します。
対ショック姿勢(正座)を取り、衝撃に備えて下さい。
「私の忠告などどうでもいいということだな?」
「いえあの、決してそういうわけでは……」
「ならばどういうわけだと言うんだ?私たちへの相談すら無しに、外部の、それも忍と、複数回会っていたというのはどういう理由があって?しかもそれを結果的には隠していたことになる訳だな?」
う…改めて言葉にされると、グサグサ刺さる…。
「お前のやっていることは、お前を知らない者からすれば外部に情報を流しているとさえ捉えられかねない行動だぞ。忍を目指すのなら、自覚しろ。」
「すみません反省してます…で、でも与四郎は友達だし、別に悪い奴じゃないし…」
「そうかそうか。口答えできる余裕があるとは驚きだな。」
「いひゃいいひゃいっ…!」
貼り付けた笑顔の仙蔵に片頬をつねられてしまい、私は完全に反論する意志を折られる。
「おい仙蔵、それくらいにしといてやれよ。それに、与四郎のことに関しては結果オーライで、もういいじゃねえか。」
結局女装の自主練をするような空気にはならなかったようで、仙蔵が私に説教するのを他の皆とやや遠巻きに見ていた留三郎が声をかけてきた。
幸い、喜三太繋がりで交流があったことで、こちらに味方してくれているみたいだった。
仙蔵はチラ、と留三郎の方を一瞥し、私の頬から手を離した。
「…今回はたまたまああいう奴だったから良かったようなものの。前から言おうと思っていたが、お前は無条件で他人を信用し過ぎだ。忍なら、もう少し警戒心を強く持て。」
……言い返せない。
正論が刺さるように、つねられた頬が痛み続ける。
それを押さえて黙りこくる私に、仙蔵はもう一度短いため息をついてから、それ以上は何も言わず立ち上がってその場を後にしていった。
それから、その翌週。
「陽太。」
授業の合間、私を呼び止めた仙蔵は至っていつも通りだった。
「文次郎たちは何とか合格したらしいぞ。お前の指導が、功を奏したな。」
「う、うん。そう…かな?三人が、頑張ったんじゃない?」
「まあとにかく、お前も留年せずに済んで良かったじゃないか。」
「うん、ありがとう。……あの、仙蔵?」
「何だ。」
「いやその、…怒ってない、の?」
恐る恐る訊いた相手は、一瞬キョトンとしていた。
「怒る?……ああ、先日のことか。別に、私は忠告のつもりで言っただけで、聞くも聞かないも最後はお前次第だ。」
「……ごめん。」
「何を謝る?…そうだな、私の方こそーーーーーーー」
多分、言おうとしてたのはつねった頬のことだったのだろう。
けど、仙蔵はあと少しのところで、同じ頬に伸ばしかけた手を止めた。そして、こんなことを言う。
「伊作がいる前で、安易に触れたりして悪かったな。」
「い、伊作は関係ないでしょ…」
「お前も、あまり不用意に他の男に手を握らすなよ?」
「余計なお世話だし…。」
覆面の中で口を尖らせているのが分かっているのか、仙蔵がふっと笑う。
そっぽを向きつつ、私も。いつもの雰囲気に漸く戻れた気がして、こっそり安堵してしまっていた。
※女装あり
※異文化交流あり(方言的な意味で
※だいぶおふざけ色が濃い
忍術学園の授業が無い、とある休日。学園から遠く離れたここ、裏裏裏山にて。
私、上町ひまりは『忍たまの友』を丸めたメガホンで文次郎、小平太、留三郎に向けて怒号を飛ばしまくっていた。
「頭に乗せたテキストを落とすなー!内股を意識しろー!着物を着崩すなー!己の中の男を消せー!自分は女だと暗示しろー!ガニ股になった瞬間に矢が飛んで来ると思えー!!」
その怒号の対象である先の三人は、必死の形相で、ぎこちなく"女の歩き方"を練習している。
…お世辞にも上手いとは言い難い女装の格好で。
今日は空模様も気候も良い、穏やかな日。だけどそれを楽しんだり味わったりする暇は、"私たち"には無い。
歩き方の指導が終わったら次は、一旦メイクを落としてからの化粧の反復練習。
けど、これも全くと言っていいほどすんなりとはいかなくて。
大きな布を敷いた平らな地面に、空き箱と鏡で作った即席の鏡台が三つ。その前に三人がそれぞれ座って練習をするもののーーーーーーー
「小平太、頬紅濃すぎ!もっと落とせ!」
「そうかあ?細かいことは」
「ああそう気にしないんだったら別に私の指導じゃなくてもいいって訳ね?伝子さんに、小平太だけ特別に補習受けたいそうですって言っとこうか?」
「気にしますすんません。」
小平太の持ち前の豪快さ故に為せる技、"バカの量の頬紅"にダメ出しをしてからその隣に目を移す。
「文次郎、白粉つけ過ぎ!舞台にでも上がるつもりか!」
「はあ?何言ってんだ、上がるわけねぇだろ?」
「知っとるわ!!!!」
「いって!!どこに持ってたんだそのハリセン?!」
対文次郎専用のハリセンで小気味よくスパンッ!と頭をはたいてから更にその隣に目を向ける。
「留三郎、そんなゴッテゴテに口紅を塗りたくるな!」
「いや、厚塗りの方が色っぽくなるんじゃねえかなって…」
「厚塗りどころかはみ出てんでしょうが!基礎もできてないのに色気とか上級者レベルに手を出すな!……はあ。あんたたちホント…」
朝から続けている指導に、運動したわけでも無いのに体の奥底からぐったりしてくる。
「六年生にもなって、何でそんな堂々と悲惨な女装ができるんですかね?今まで何してたのほんとに…」
「おい、言うに事欠いて悲惨とは何だ、悲惨とは!」
「だって悲惨だから、伝子さんの合格貰えなかったんじゃん!いい加減自覚しなさいよ!」
文次郎の反論を一蹴した時、丁度様子を見に来たらしい仙蔵が姿を現す。
「どうだ、進捗のほうは。」
「もうやだこの人たち…助けてください……」
「大丈夫かい?何か、急にやつれたような…?」
「もそ…」
思わず愚痴ってしまい、仙蔵と一緒に来ていた伊作と長次にも心配されてしまった。
そもそも事の発端は数日前。文次郎たち三人が、山田先生、もとい山田伝子さんに課された女装テストに揃って不合格してしまったことにある。
来週実施される追試で合格を貰えなければ、留年の上、一年間伝子さんからみっちり女装の指導を受けることになっている。
しかも何故か私までこの件に巻き込まれてしまい、伝子さんから、追試までにこの崖っぷち三人組に女装の基礎から徹底的に叩き込むよう命じられて。その上、「三人が不合格になったら連帯責任でアンタも留年してもらうわよぉ」と脅されてしまったために、私も何とかして彼らをギリギリでもいいからとにかく合格するよう指導しなければならなくなった。
…が、この三人が非常に手強いことは、喩え知らない人でも、今までの様子を見れば恐らく推し量れることと思う。
因みにわざわざ遠い裏裏裏山で指導を行っているのは、"ひまり"として行う以上学園では人の目があって不都合だから、である。
誰の目も気にせずにできるのだから、声も張りまくって、とことん指導してやらなきゃ。…とは思うものの。出る溜め息を止められない。
「ほんと、よくもまぁこれで六年間をやり過ごしてきたなというか…こいつらマジでヤバ過ぎるんですけど?」
「頑張れ。あいつらが次合格するかどうかは、お前の双肩にかかっているのだから。」
「重い……この双肩が…重い……!!」
決して甘くない仙蔵の激励に、本当に肩がズッシリと重くなったように感じた。
「なーひまり、何回やっても頬紅濃くなるぞ?」
鏡を覗き込んで唸っていた小平太が声をかけてくるので、とりあえずそっちに行く。
「もー、だから最初に取る量が多すぎるんだってば…。ほら、これくらい。で、薄く伸ばして、ぼかす感じ。一回付けたげるから動かないで。」
「ほーい。」
何回言や良いんだと呆れつつ、小平太がつけたバカ濃い頬紅を一度拭き取ってから、自分の指先に取った適量の頬紅をトントン、と馴染ませていく。
塗り終わって、出来栄えはまあまあかな、と。
「うん、まぁこんな感じかな。……って、何でそんな凝視してんの皆。」
顔を上げると、何故かその一連の流れをその場全員がじーっと注目していて。文次郎、留三郎だけでなく指導を受けていない仙蔵、長次、伊作まで。すると、仙蔵が薄く笑った。
「小平太だけしてもらうのは狡いから、平等になるよう同じように塗ってもらいたい奴がいるんじゃないのか?」
その目線の先にいた文次郎が、いきり立つ。
「はあ?別に、んなこと思ってねーし!」
「私は別にお前だとは言っていないが?」
「じゃあ何で俺の方を見て言うんだよ?!」
「あーもーうるさいったら…口じゃなくて手ぇ動かしてくれる?」
「ひまりひまりっ、口紅もこんな感じか?」
「ああ、うん。いい感じになったんじゃないの。」
小平太が塗り直したらしい口紅の具合は"さっきまでよりはマシ"というのが正直なところだったけど、まあマシになっただけ良いかと頷いてあげる。
「何となく分かってきたぞ、とにかく薄くすればいいんだな!」
「…まあ、それで全てが解決する訳じゃないけど。小平太の場合はとりあえずそれでいいわ。」
まだ悪戦苦闘している残り二人に、私は向き直る。
「仙蔵とかは例外として、女装するなら、特に留三郎や文次郎なんかは顔の作りが男過ぎるんだから、もっと女に寄せていかないと。」
そう助言すると。留三郎が顎に手を当ててフッと笑い、文次郎が赤い顔でそっぽを向く。
「何だよ急に照れるじゃねぇか、男前だなんて。」
「言ってないが?」
「ほ、褒めても何も出ねーぞ…」
「褒めてないが?」
曲解にも程がある。段々頭が痛くなってきた。けど、投げ出せば自分のためにもならない。私はアドバイスを続ける。
「ほら、伝子さんだって言ってたでしょ?相手が勝手に女と見てくれるだろう、なんて希望的観測を持たないこと。うまく化ける努力をしなくちゃーーーーーーー」
「ひまり!何してんだ、こんなとこで?」
突如声と共に頭上から、大きな影がすぐ側にザッと降りてきた。
「わっ、…与四郎?!」
「近くで可愛い声すんなーと思って来てみたら、ひまりの姿が見えたもんでよー。へへっ、会えて嬉しいべ!」
「ちょ、ちょっと…与四郎ってば…!」
敵襲だと思って防御するはずだった手を、ニコニコ満面の笑みを浮かべるその相手、与四郎に両手でギュッと握られてしまい。
ーーーーーーーその一瞬、空気がピリッとしたように感じた。
多分、与四郎のことを知らない文次郎たちが警戒心を募らせているはず。
この不穏な空気を、何とかしなくては。
「おい。うちの同級生に何か…」
「与四郎、手を離しなさい!ステイ!」
文次郎と、私の台詞が被ってしまった。
与四郎は私のコマンドの方に反応して「わんっ」とすぐさま手を離して縮こまる。…多分、言うことを聞かないと私に嫌われる、という方程式が彼の頭の中にあるのだろう。ちゃんと聞いてくれて良かった。反射で思わずヨシヨシと頭を撫でると、不安そうにしていた与四郎はへへーっと笑った。うん、これ完全に大型犬だ。可愛い。
私を庇おうとしていた文次郎は、呆気に取られたようにポカンとしている。その横から、今度は留三郎が声をかけてきた。
「何だ、与四郎じゃないか。何でここにいるんだ?」
「え?うわっ化け物!?」
「誰が化け物だ!!俺だ俺、食満留三郎だ!」
まだあの悲惨な化粧を落としていなかったから、与四郎が驚くのも無理はない。二、三度瞬きをして、漸く気付いたらしい。
「…おー、びっくりしたぁ。なんか、知らねー女だなとは思ったけどよ。」
「…!おい聞いたか、女だってよ!俺が一抜けだな!」
「え、何か競争してたっけ?」
謎の一抜け発言に、純粋に疑問を感じた小平太が首を傾げる。誰が最初にお嬢さんに間違われるか、…の勝負はしていない。ただの指導だけだ。
「…つーか何だお前ら、知り合いか?」
気を取り直したらしい文次郎だったけど、まだ不審そうに眉根を寄せて、私や留三郎、与四郎の顔を交互に見比べている。
「ああ。風魔流忍術学校の六年生だ。ほら、うちの用具委員会一年の山村喜三太いるだろ、あいつの転校前の学校の先輩だよ。」
「留三郎も、いさしかぶりだぁな。…で、何で女装してんだ?」
「練習してるのよ。女装のテストで不合格だったから、今度追試があるの。」
私が説明すると、納得したように与四郎は頷く。
「へー。…確かに、あんま、上手くねーべな!」
「うるせー、ほっとけ。」
屈託なく笑う彼に軽口を叩く留三郎は、化粧を落としながら「というか、お前こそこんな所で何してるんだよ?」と訊いた。
「ああ俺、今ある人物の行方を探っててよ。ウチの卒業生なんだが、暗殺ばっか請け負う奴で。けど、なかなか手がかりが掴めなくてよー。」
「風魔流ってことは、相模国だろ?こんな遠くまで大変だなー。」
「まーな。けど、うちのイメージ悪くなっちまうのも困るからな。野放しにはできねーしよ。」
小平太も与四郎とは初対面だったはずだけど、そうは見えないほど自然に会話している。…前にチラッと思ったことだけど、やっぱりこの二人似てる気がする。本人たちも、気が合うのかも知れない。
そんなふうに思っていると。
私のすぐ側に、仙蔵が立った。
「…お前、三年生の時もこの辺りをうろついてなかったか?」
そう言って、キョトンとしている与四郎を見据えている。
そういえば失念していたけれど、一瞬だけど仙蔵は、与四郎に会ったことがあるんだった。
「ん?…どっかで会ったか?」
「まあ、覚えていないのも無理はない。私はあの時女装していたし、お前は、"こっち"に気を取られていたようだしな。」
そう言いながら仙蔵は、私の肩を引き寄せる。与四郎は、漸く思い出したようにポンと手を叩いた。
「…あ。もしかして、ひまりと一緒にいた女か?あの、ツンとした感じの。」
仙蔵はニコリと、ーーーーーーー恐らく、本心では笑ってない笑顔になる。
「それは失礼した。あの時私はてっきり、うちの学園のことを探ろうとしている者かと思ったものでな。」
「スパイってことか?はは、そりゃー勘繰り過ぎだぁよ。あん時のは、ただの野外実習だべ。」
「まあ、疑いたくもなるだろう?忍がわざわざこんな遠くまで来て、野宿だけするなんて思う訳があるまい。…なあ、ひまり?」
「え、あ。うん…?」
「素性が知れないから私は、関わるなと言ったように思うがそれは記憶違いかな?」
「や、あの…ちが、違わ、ないです……」
肩を掴む手に加わる力と笑顔の圧に、思わず返事がしどろもどろになる。
一方の与四郎はそんな仙蔵の圧には気付かず、興味深そうに全員の顔を見回していた。
「じゃあここにいる全員、同級生か?…お!伊作っ!おめーもいたのか、いやーいさしかぶりだべ!元気だったか?」
伊作の顔を見つけて嬉しそうに手を振る彼に、伊作は戸惑ったような表情になる。
「う、うん…?えっと、錫高野、君?」
「伊作ー、与四郎でいいって言ったべ?…あれ?俺言ったかな?どーだったっけ…」
私の知る限りでは、言ってない気がする。
まあいっか!とマイペースに笑う彼に、曖昧に笑い返しつつ、伊作は私の方を見て「言われたっけ…?」という感じの目線を送ってきた。
私の時も急に距離感近くなったんだよなあ、と思い出しつつ、「言われてないと思う」、と「あまり深く考えない方がいいよ」、との意味を込めて首をそっと横に振った。
仙蔵はそんな私たちを見て、短くため息をつく。
「伊作まで、全く…。」
「仙蔵、んな怖い顔するなよ。言っただろ、喜三太の先輩だって。良い奴だぞ?与四郎は。」
「フン。別に怖い顔などしていない。」
執り成すように言う留三郎から素っ気なく顔を背ける仙蔵に、与四郎が申し訳なさそうに苦笑した。
「何か、誤解させちまったみてーですまねぇな。錫高野与四郎だ、今更ンなっちまったけど、改めてよろしくな!」
名乗りつつ差し出す手を、少しの間見つめてから。私の肩から手を離した仙蔵も「…立花仙蔵だ。こちらも、悪かった。」と握り返す。
良かった、誤解がとけて。とホッとするのも束の間。
「ところでひまり。後で話があるからそのつもりでな。」
与四郎と握手したまま、私の方を見てニッコリ笑う仙蔵。…どう考えても説教コース。詰んだ。
「んじゃ俺は、忍務もあるしそろそろ行かねーと。」
そんなこととは露知らずパッと手を離した与四郎に、留三郎が声をかける。
「また、学園の方にも寄ってけよ。」
「おー、また近いうちにな。じゃーな!…あ、そーだ。ひまりも、また一緒に出かけんべーよ!」
ーーーーーーーその発言に、また、空気がピシッとひび割れたような雰囲気に。
全く何も気付かない様子の与四郎は、最初のようにまた私の手を包み込むように握ってくる。
「う、うん。まあその、ごくたまに…ね?」
「それこそ昔よく行ってた街道沿いの団子屋、まだやってたからよ。また、行こうな!」
誤魔化そうとするも甲斐なし。与四郎…空気読んで…!
「…ほう。昔よく行ってた、か。」
すぐ隣の仙蔵からの視線が痛い…!
じゃーなー!と、ブンブン手を振って駆けていく与四郎に曖昧に小さく手を振り返して、私は、何とかして話を逸らそうと手を叩いた。
「よ、よーしそれじゃ女装指導の続きを絶賛再開…」
「そこの追試三人組は引き続き自主練を続けろ。長次、伊作、こいつらの監督を頼む。……で、ひまり?」
「…はい。座ります。」
回避失敗。
仙蔵、説教モードに移行します。
対ショック姿勢(正座)を取り、衝撃に備えて下さい。
「私の忠告などどうでもいいということだな?」
「いえあの、決してそういうわけでは……」
「ならばどういうわけだと言うんだ?私たちへの相談すら無しに、外部の、それも忍と、複数回会っていたというのはどういう理由があって?しかもそれを結果的には隠していたことになる訳だな?」
う…改めて言葉にされると、グサグサ刺さる…。
「お前のやっていることは、お前を知らない者からすれば外部に情報を流しているとさえ捉えられかねない行動だぞ。忍を目指すのなら、自覚しろ。」
「すみません反省してます…で、でも与四郎は友達だし、別に悪い奴じゃないし…」
「そうかそうか。口答えできる余裕があるとは驚きだな。」
「いひゃいいひゃいっ…!」
貼り付けた笑顔の仙蔵に片頬をつねられてしまい、私は完全に反論する意志を折られる。
「おい仙蔵、それくらいにしといてやれよ。それに、与四郎のことに関しては結果オーライで、もういいじゃねえか。」
結局女装の自主練をするような空気にはならなかったようで、仙蔵が私に説教するのを他の皆とやや遠巻きに見ていた留三郎が声をかけてきた。
幸い、喜三太繋がりで交流があったことで、こちらに味方してくれているみたいだった。
仙蔵はチラ、と留三郎の方を一瞥し、私の頬から手を離した。
「…今回はたまたまああいう奴だったから良かったようなものの。前から言おうと思っていたが、お前は無条件で他人を信用し過ぎだ。忍なら、もう少し警戒心を強く持て。」
……言い返せない。
正論が刺さるように、つねられた頬が痛み続ける。
それを押さえて黙りこくる私に、仙蔵はもう一度短いため息をついてから、それ以上は何も言わず立ち上がってその場を後にしていった。
それから、その翌週。
「陽太。」
授業の合間、私を呼び止めた仙蔵は至っていつも通りだった。
「文次郎たちは何とか合格したらしいぞ。お前の指導が、功を奏したな。」
「う、うん。そう…かな?三人が、頑張ったんじゃない?」
「まあとにかく、お前も留年せずに済んで良かったじゃないか。」
「うん、ありがとう。……あの、仙蔵?」
「何だ。」
「いやその、…怒ってない、の?」
恐る恐る訊いた相手は、一瞬キョトンとしていた。
「怒る?……ああ、先日のことか。別に、私は忠告のつもりで言っただけで、聞くも聞かないも最後はお前次第だ。」
「……ごめん。」
「何を謝る?…そうだな、私の方こそーーーーーーー」
多分、言おうとしてたのはつねった頬のことだったのだろう。
けど、仙蔵はあと少しのところで、同じ頬に伸ばしかけた手を止めた。そして、こんなことを言う。
「伊作がいる前で、安易に触れたりして悪かったな。」
「い、伊作は関係ないでしょ…」
「お前も、あまり不用意に他の男に手を握らすなよ?」
「余計なお世話だし…。」
覆面の中で口を尖らせているのが分かっているのか、仙蔵がふっと笑う。
そっぽを向きつつ、私も。いつもの雰囲気に漸く戻れた気がして、こっそり安堵してしまっていた。