そのうすべに色を隠して。
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『十九頁 双り夜語り(フタリヨガタリ)』
※鉢屋三郎メイン。
※夢主目線。
伊作、あのね。
伊作にだったら、触れてもらっても全然嫌じゃないよ、私。ーーーーーーー
私の発したその言葉に、振り返った伊作はこう答える。
「ひまり……
一体、何を言っているの?」
「いやホント何言ってんでしょうねェすいませんでした!!!」
謝罪だか、自分へのツッコミだか分からない寝言を叫びながら、私は飛び起きた。
それが夢だと安心するまでに数秒、そして、早鐘のような心の臓が収まるまでには、もう少しかかって。
そしてその間つくづく、一人部屋で本当に良かったと改めて思い、息をついた。
部屋の格子窓を見上げれば、その隙間から覗く空の色にいつもより少し早い時間に目が覚めたことを知る。ーーーーーーー今日は、校外実習の日だ。
切り替えろと、心の中で自分に言い聞かせながら両頬を手のひらでパンパン、と叩いて気合いを入れた。
忍術学園の高学年になるにつれ、授業の内容は座学よりもよりプロの忍者の仕事に近い、外での実習や実地訓練の方がその占める割合は高くなる。
そんな中、今回課されている実習の内容は、六年生と五年生が2人1組になって「指定の城の武器類の保有数を調査する事」、とされていた。
ーーーーーーー『ほら、五年生とペア組めって言われてただろ。もしかして忘れてたんじゃないだろうな?』
先日、ペアを組む五年生を誰にするか決めたのかと小平太に指摘された時、……決して忘れていた訳ではないけれど、その時私はまだ決めかねていて。
ところが二日前、授業の合間に呼び止められた木下先生から、ペア相手の申請があったからそれで組んでおいたぞ、と急に告げられ。
誰なんですかと訊いた私はその相手の名前を聞いて、物凄く複雑な気持ちになったのだった。……というのも、
「上町せーんぱい!お待たせしました、さあ出発しましょう。」
集合場所に指定された正門前で待っていた私は、ニッコニコと満面笑顔で姿を現したそのペア相手を、遠慮会釈無く思いっきり、不審なものを見るような視線を向ける。が、相手、ーーーーーーー鉢屋三郎は一向に構う様子も無く、まるで、これからピクニックにでも出かけるかのような足取りの軽さで私の隣に立った。
「どうしました?そんな複雑そうな顔をして。まあ顔というか、目ですけど。」
「……鉢屋。何故、私のペアの相手に申請してきた?」
「先輩。前にも言いましたけど、三郎、でいいですよ。」
「おい、話を逸らすなっ。」
「だって他の五年生が相手じゃ、正体隠しながらの実習になってやりにくいでしょう?木下先生に訊いたら案の定、まだ相手選んでなかったですし。僕、わざわざ立候補したんですよ?」
「…頼んでない。」
「またまたぁ。僕がペア相手だって分かって、本当は少し、気が楽になったんじゃないですか?」
ふとした瞬間に核心を衝いてくる。だから気を緩められない。…が、正体を知られている相手とそうでない相手とでは気の持ちようが違うのは、確かに否定できなかった。
「…筆談の手間が省けるってことだけ、な。後は、まっっったく気楽じゃない。」
「つれないなぁ、もう。折角ペア組むんですから、この機会に親睦深めましょうよ。」
「何が親睦だ、これは実習なんだぞ!真面目にやれ!」
「だから、その実習をやり遂げるためにもペア組む相手とは信頼関係を築かなきゃ、でしょう?ってことでとりあえず、よそよそしいので僕のことは、三郎、でいいですからね。」
「だから今その話してるんじゃ…」
「…そんなに、嫌ですか?」
さっきまでのヘラヘラとした態度と一変して、何となく寂しそうな苦笑で見つめられ。その落差に、言葉が詰まってしまった。
ーーーーーーー哀車の術をかけられているのは、分かっている。
けど、既にペアに決まってしまった相手をあまり無碍にするのも、私の本意ではない。
「…ったく、呼べばいいんだろ、呼べば。さっさと出発するぞ、…三郎。」
「はい、上町先輩。よろしくお願いします。」
というかお前は呼ばないんだな…と思いつつ、歩き始めながら私は思い出していた。以前、正体がバレた時に私が、男装の時には本名の「ひまり」で呼ぶなと彼に頼んでいたことを。あの時それについての返事は無かったが、気には留めているということなのだろうか。一応。
けど、油断できない。わざわざ私に近付いて、彼に一体何のメリットがあるというのか。…確かに、正体がバレて以降も別段それを誰かに言いふらすなどということは、していないようではあるけれど。
私は、自分のやや斜め後ろに少し間を空けてついてくる鉢屋三郎を、まだ若干訝しむようにこっそり伺ってしまっていた。
実際の城や合戦場などで行われる校外での実習は、実習、ではあるが同時に、忍術学園周辺の城の動向を探るという目的も兼ねている。だから、それなりに難易度は高いし、ヘマをするわけにはいかない。
けれど結果として、今回のその実習自体は、思っていたよりも滞りなく済ませることができた。
鉢屋三郎が得意の変装で、見張りの兵士の一人に化けて紛れ込む。彼が見張り役に立つ間に私が、武器庫に忍び込み保有する武器や、弾薬などの数を調べて記録する。そして頃合いを見て、それぞれ脱出し、城から離れた場所で落ち合う。と、いうような段取りで。
…鉢屋は、終始、真面目に実習に取り組んでいた。
それで私の警戒心の全てが取り払われる訳ではないが、それでも、少し意外ではあった。ヘラヘラしているように見えたのに、そこは流石に、五年生と言うべきなんだろうか。
上手くいきましたね、と落ち合った時に変装を解きながら話しかけてくるその顔を見ながら、そんなふうに考える。
「…どうかされましたか?」
「いや別に。…帰るぞ。」
「はい。ちょっと、曇ってきましたね。雨が降らなければいいですけど。」
「降られる前には、学園に戻れるだろ。」
けれどここで、私たちは予想外の事態に見舞われた。帰り道の途中の崖が崩れてしまっていて、周辺の城の見張りの目も避けつつ迂回するルートを探っているうちに山中に入り、おまけに懸念していた雨も降ってきてしまった。
「参ったな…。」
強くはないものの、しとしと降り続ける雨を避けようと入った木の下で、一向に明るくなる様子のない空を見上げて私はため息をつく。
別に、今日中に忍術学園に戻らねばならないという決まりではないし、不測の事態は起こりうるものだ。携帯食など、野宿できるだけの最低限の用意はしている。
けどできることならさっさと帰りたいな…と考えていると、その帰りたい要因である鉢屋が走ってこちらに戻ってきた。彼は、近くに雨を凌げる所が無いか探しに行くと言って、しばらく出て行っていた。
「先輩、あちらに、誰も出入りしてなさそうな御堂がありました。少し古びてますけど雨漏りしてませんでしたし、一晩やり過ごすのには十分かと。」
「…」
「もう夜になってしまいます。無理に動いて、もし帰れたとしても、濡れて風邪引いちゃ元も子もないですよ。」
迷う私を見抜いたように、彼はそう言い添える。
「…雨があがったら、すぐ出発するぞ。」
結局私は、案内するという鉢屋の後をついて行くことにした。
確かに外観からも古びているその御堂に辿り着き、力を入れ過ぎると外れそうな戸を引いて、中を見回して私はふと気付く。
「…誰も出入りしてない割には床が綺麗だな。お前、わざわざ拭いたのか?」
「そりゃあ、だって汚れてるところに寝転がりたくないでしょ。できることなら。」
「そんな余計な気を回さなくていい。」
「いや、僕が嫌なんで。」
「そっちかよ…。」
先輩のスペース分はついでです、と言われてガクッと肩の力が抜け落ちる。
…やっぱり、捻くれているんじゃないのか、こいつ。
けど、雨が降る中わざわざ、屋根のある場所を探してきてくれたことも事実だ。それも込みで、礼儀はきちんと弁えておきたかった。
「…まあ、ついででもいいや。ありがとう。」
「いいえ。…すみません、上だけ制服脱いで良いですか?濡れちゃったんで。」
「好きにしろ。」
私も忍足袋が濡れてしまっていたので、脱いで乾かすことにした。ついでに、頭巾も。…確かにこういう時、正体が割れている相手の方が気を張らずに済むことを改めて自覚する。鉢屋の思惑通り、みたいで少し面白くないけれど。
忍足袋と頭巾を、隅のほうの床の上に乾きやすいように広げて置いてから、寝転がるスペースに戻って腰を下ろす。
ふと、そういえば変装用の服っていつもどこに隠しているんだろうと、こちらに背を向けて上半身インナーのみの姿で制服を床に広げている鉢屋を、何となく観察してしまった。
「…あんまり見られると気まずいから一言断ったんですけど。」
視線に気付いて振り返った鉢屋は、思いの外気まずそうな顔をしていた。少し面白くなって、私はニヤリと笑って見せる。
「悪いが、こっちはそれなりに見慣れているんでね。何しろ六年間、デリカシーの無い奴らに囲まれてたもので。」
「それって、他の先輩方のことですか?」
「やれ今から勝負するからだの、暑いだのと言ってはいきなり人の目の前で脱ぎ散らかすからな。いい加減こっちも見飽きた。」
「昔から、そんな感じなんですねぇ。」
相槌を打たれ、私はつい促されるように、愚痴の口調になる。
「ほんっとに昔からそうだ、遠慮も何もあったもんじゃない。特に文次郎なんか…」
「いえ、僕が言ったのは、ひまり先輩と他の六年の先輩方との関係性の方です。」
唐突に、本名を呼ばれた。内心少し動揺したが、平静を装って「関係性?」と問い返す。鉢屋も自身の寝るスペースに胡座をかいて、改めてこちらに向き直った。
「仲、良さそうだなぁって。単純に。」
「…あぁ、まあ…仲良いっていうか、腐れ縁?みたいな感じかもしれないが。成り行き、みたいな…。」
「昔から一緒に、遊んだりしてたんですか?それこそ、くの一教室にいらっしゃる時から。」
鉢屋が、制服を脱ぐ時に取り出していた兵糧丸を袋から出して食べながら訊くので、私もそのタイミングで自分の持っていた兵糧丸をつまむ。
「遊ぶっていうか…最初はどっちかと言うと喧嘩って感じだったけど。何かっていうと、つっかかられてて。でもそのうち、バレーで勝負したりとかして、その辺りからかなぁ。遊ぶようになったの。」
「でもくの一教室に通ってたら、普通は女の子と遊ぶものなんじゃないんですか?」
「勿論遊ばないことは無かったよ。…ただ、私は外で遊びたかったんだけど、女の子の友達はあまり乗り気じゃなくて。」
側に置いていた竹筒の水を煽り、私は一息つく。
「…元々私が、男子と外で遊び回る方がどちらかと言えば性に合っていたというのもあるかもしれないな。私、兄と弟に挟まれてるから。」
「へえ、そうだったんですね。」
「…まあ今でも、同年代の女の子と話したり、出かけたりしてみたいなって思わなくもないんだけどさ。仕方ないね、機会無いし。」
「なぁんだそんなこと、そういう時こそ僕を頼ってくださいよ!」
「何で?」
「もー鈍いなぁ。だから、僕が同年代の女の子に変装すれば、好きなだけお話したり、一緒に買い物したりできるじゃないですか。」
「却下。中身があんただって分かってる時点で駄目。」
「ええー、そんなあ……」
大きく肩を落とす様子に、思わず笑ってしまった。
「変な奴だな、本当に。変装というか、そんなに女装したかったのか?」
少し意外だったが、私のその台詞に鉢屋は、どこか不満そうに口を尖らせる。
「別に、そういうわけではないです…。」
「でも前に、私にも変装するって言っていたじゃないか。」
「先輩それ、嫌なんじゃありませんでしたっけ?」
「二人だけの時だったら、別にいいよ。」
今度は、彼の方が意外そうな顔をしてこちらを見た。
「そりゃ、私の顔でウロウロ出歩かれたら困るけど、…いいよ。今みたいに、こうして二人でいる時とかは。私しか見ていないからな。」
自分がそう言った時。鉢屋は、驚き、ーーーーーーーというより、戸惑っているようにも見えた。
逆に、迷惑だっただろうかとさえ思えてくる。誰も好きこのんで、こんな、大きな傷があって再現に手間がかかる面倒な顔に、わざわざ変装したいなんて思う訳があるまい、と。あれはやっぱり、所謂社交辞令というやつだったんだと思い直しながら。
「いや、ごめん。無理にしてほしいってわけじゃないから。気にしないでくれ。」
一方的に言い置いて、明日も早いと床にごろんと横になった。
ーーーーーーー伊作、実習中にまた怪我なんかしてないといいけど。
そう思いながら目を閉じると、私は、やはり疲れていたのか、すうっと眠りについたらしかった。
また、夢を見た。
伊作が背を向けて立っていて、その少し後ろから自分はその背中を見つめている。今度は何故か、ああこれは夢だ、という意識が頭のどこかでぼんやりとあった。
呼びかけても、彼は振り返らない。
夢だ、という意識が、逆に、それなら別にいいかという気持ちにさせた。
その背中に近付いて、軽い気持ちでその手を取っても。その体に腕を回して、抱きしめても。自分の夢の中なんだから許されるような気がした。…何て卑怯な、とも思うけれど、それでも。
その背中に自分の身を預けながら、伊作、と彼の名を呟く。
けれど。次に告げようとした言葉が紡がれる前に夢の光景は、そこで途切れてしまった。
陽太、と。
誰かに呼ばれる声が、頭の中に響いている。目をゆるゆる開けると、
「陽太、起きて。」
伊作の顔が、視界いっぱいになるほど近かった。一気に、覚醒する。
「早く起きないと口吸いするよ?」
「いっいさ……ッ!?!?ままままま待て待て待て待て待て……!!!」
あと拳一つ分、という所で相手が、ぷ、と小さく吹き出す。
「ひまり先輩、すごい顔ですよ。」
意地の悪い顔で、くつくつ笑う伊作、ーーーーーーーーーーの面で変装をした、鉢屋三郎の声が。
迷わず足蹴りを喰らわせると、短い悲鳴をあげて相手が転がる。
「何するんだよいきなり!!」
「いったぁ〜…!もう、ひまり先輩ってば、折角起こしてあげたのにひどいじゃないですかぁ…」
「どんな起こし方してるんだよ!!」
「でも、ばっちり目が覚めたでしょう?それにしても面白かったですよ、さっきの顔。」
「うるさい!!人で遊ぶな!!」
その顔が、熱くなるのを感じて川の冷たい水で洗おうと、足を踏み鳴らして御堂を出た。出る時勢いをつけ過ぎて開いた戸が外れて飛んでいく音がしたが、無視した。
雨は、夜中の間に上がっていたらしい。ひんやりした空気を頬に感じながら、私は走った。
川に辿り着いても、まだ、心の臓が大きく鳴っている。
「……本っ当に伊作かと思った…」
…油断した。悔しい。
あいつはやっぱり、少しも心を許してはいけない奴だ。そのことを再度強く、強く認識しながら、掬った水を勢いよく顔にかけた。
※名前の呼び方について。夏休み番外編(食材調達に三郎がついて来るやつ)の方を先に上げてしまっていたのでややこしいですが、三郎は本編のこのペア実習のタイミングで、夢主に下の名前を強制的に呼ばせるようにしています。更新が前後してすみません…
※鉢屋三郎メイン。
※夢主目線。
伊作、あのね。
伊作にだったら、触れてもらっても全然嫌じゃないよ、私。ーーーーーーー
私の発したその言葉に、振り返った伊作はこう答える。
「ひまり……
一体、何を言っているの?」
「いやホント何言ってんでしょうねェすいませんでした!!!」
謝罪だか、自分へのツッコミだか分からない寝言を叫びながら、私は飛び起きた。
それが夢だと安心するまでに数秒、そして、早鐘のような心の臓が収まるまでには、もう少しかかって。
そしてその間つくづく、一人部屋で本当に良かったと改めて思い、息をついた。
部屋の格子窓を見上げれば、その隙間から覗く空の色にいつもより少し早い時間に目が覚めたことを知る。ーーーーーーー今日は、校外実習の日だ。
切り替えろと、心の中で自分に言い聞かせながら両頬を手のひらでパンパン、と叩いて気合いを入れた。
忍術学園の高学年になるにつれ、授業の内容は座学よりもよりプロの忍者の仕事に近い、外での実習や実地訓練の方がその占める割合は高くなる。
そんな中、今回課されている実習の内容は、六年生と五年生が2人1組になって「指定の城の武器類の保有数を調査する事」、とされていた。
ーーーーーーー『ほら、五年生とペア組めって言われてただろ。もしかして忘れてたんじゃないだろうな?』
先日、ペアを組む五年生を誰にするか決めたのかと小平太に指摘された時、……決して忘れていた訳ではないけれど、その時私はまだ決めかねていて。
ところが二日前、授業の合間に呼び止められた木下先生から、ペア相手の申請があったからそれで組んでおいたぞ、と急に告げられ。
誰なんですかと訊いた私はその相手の名前を聞いて、物凄く複雑な気持ちになったのだった。……というのも、
「上町せーんぱい!お待たせしました、さあ出発しましょう。」
集合場所に指定された正門前で待っていた私は、ニッコニコと満面笑顔で姿を現したそのペア相手を、遠慮会釈無く思いっきり、不審なものを見るような視線を向ける。が、相手、ーーーーーーー鉢屋三郎は一向に構う様子も無く、まるで、これからピクニックにでも出かけるかのような足取りの軽さで私の隣に立った。
「どうしました?そんな複雑そうな顔をして。まあ顔というか、目ですけど。」
「……鉢屋。何故、私のペアの相手に申請してきた?」
「先輩。前にも言いましたけど、三郎、でいいですよ。」
「おい、話を逸らすなっ。」
「だって他の五年生が相手じゃ、正体隠しながらの実習になってやりにくいでしょう?木下先生に訊いたら案の定、まだ相手選んでなかったですし。僕、わざわざ立候補したんですよ?」
「…頼んでない。」
「またまたぁ。僕がペア相手だって分かって、本当は少し、気が楽になったんじゃないですか?」
ふとした瞬間に核心を衝いてくる。だから気を緩められない。…が、正体を知られている相手とそうでない相手とでは気の持ちようが違うのは、確かに否定できなかった。
「…筆談の手間が省けるってことだけ、な。後は、まっっったく気楽じゃない。」
「つれないなぁ、もう。折角ペア組むんですから、この機会に親睦深めましょうよ。」
「何が親睦だ、これは実習なんだぞ!真面目にやれ!」
「だから、その実習をやり遂げるためにもペア組む相手とは信頼関係を築かなきゃ、でしょう?ってことでとりあえず、よそよそしいので僕のことは、三郎、でいいですからね。」
「だから今その話してるんじゃ…」
「…そんなに、嫌ですか?」
さっきまでのヘラヘラとした態度と一変して、何となく寂しそうな苦笑で見つめられ。その落差に、言葉が詰まってしまった。
ーーーーーーー哀車の術をかけられているのは、分かっている。
けど、既にペアに決まってしまった相手をあまり無碍にするのも、私の本意ではない。
「…ったく、呼べばいいんだろ、呼べば。さっさと出発するぞ、…三郎。」
「はい、上町先輩。よろしくお願いします。」
というかお前は呼ばないんだな…と思いつつ、歩き始めながら私は思い出していた。以前、正体がバレた時に私が、男装の時には本名の「ひまり」で呼ぶなと彼に頼んでいたことを。あの時それについての返事は無かったが、気には留めているということなのだろうか。一応。
けど、油断できない。わざわざ私に近付いて、彼に一体何のメリットがあるというのか。…確かに、正体がバレて以降も別段それを誰かに言いふらすなどということは、していないようではあるけれど。
私は、自分のやや斜め後ろに少し間を空けてついてくる鉢屋三郎を、まだ若干訝しむようにこっそり伺ってしまっていた。
実際の城や合戦場などで行われる校外での実習は、実習、ではあるが同時に、忍術学園周辺の城の動向を探るという目的も兼ねている。だから、それなりに難易度は高いし、ヘマをするわけにはいかない。
けれど結果として、今回のその実習自体は、思っていたよりも滞りなく済ませることができた。
鉢屋三郎が得意の変装で、見張りの兵士の一人に化けて紛れ込む。彼が見張り役に立つ間に私が、武器庫に忍び込み保有する武器や、弾薬などの数を調べて記録する。そして頃合いを見て、それぞれ脱出し、城から離れた場所で落ち合う。と、いうような段取りで。
…鉢屋は、終始、真面目に実習に取り組んでいた。
それで私の警戒心の全てが取り払われる訳ではないが、それでも、少し意外ではあった。ヘラヘラしているように見えたのに、そこは流石に、五年生と言うべきなんだろうか。
上手くいきましたね、と落ち合った時に変装を解きながら話しかけてくるその顔を見ながら、そんなふうに考える。
「…どうかされましたか?」
「いや別に。…帰るぞ。」
「はい。ちょっと、曇ってきましたね。雨が降らなければいいですけど。」
「降られる前には、学園に戻れるだろ。」
けれどここで、私たちは予想外の事態に見舞われた。帰り道の途中の崖が崩れてしまっていて、周辺の城の見張りの目も避けつつ迂回するルートを探っているうちに山中に入り、おまけに懸念していた雨も降ってきてしまった。
「参ったな…。」
強くはないものの、しとしと降り続ける雨を避けようと入った木の下で、一向に明るくなる様子のない空を見上げて私はため息をつく。
別に、今日中に忍術学園に戻らねばならないという決まりではないし、不測の事態は起こりうるものだ。携帯食など、野宿できるだけの最低限の用意はしている。
けどできることならさっさと帰りたいな…と考えていると、その帰りたい要因である鉢屋が走ってこちらに戻ってきた。彼は、近くに雨を凌げる所が無いか探しに行くと言って、しばらく出て行っていた。
「先輩、あちらに、誰も出入りしてなさそうな御堂がありました。少し古びてますけど雨漏りしてませんでしたし、一晩やり過ごすのには十分かと。」
「…」
「もう夜になってしまいます。無理に動いて、もし帰れたとしても、濡れて風邪引いちゃ元も子もないですよ。」
迷う私を見抜いたように、彼はそう言い添える。
「…雨があがったら、すぐ出発するぞ。」
結局私は、案内するという鉢屋の後をついて行くことにした。
確かに外観からも古びているその御堂に辿り着き、力を入れ過ぎると外れそうな戸を引いて、中を見回して私はふと気付く。
「…誰も出入りしてない割には床が綺麗だな。お前、わざわざ拭いたのか?」
「そりゃあ、だって汚れてるところに寝転がりたくないでしょ。できることなら。」
「そんな余計な気を回さなくていい。」
「いや、僕が嫌なんで。」
「そっちかよ…。」
先輩のスペース分はついでです、と言われてガクッと肩の力が抜け落ちる。
…やっぱり、捻くれているんじゃないのか、こいつ。
けど、雨が降る中わざわざ、屋根のある場所を探してきてくれたことも事実だ。それも込みで、礼儀はきちんと弁えておきたかった。
「…まあ、ついででもいいや。ありがとう。」
「いいえ。…すみません、上だけ制服脱いで良いですか?濡れちゃったんで。」
「好きにしろ。」
私も忍足袋が濡れてしまっていたので、脱いで乾かすことにした。ついでに、頭巾も。…確かにこういう時、正体が割れている相手の方が気を張らずに済むことを改めて自覚する。鉢屋の思惑通り、みたいで少し面白くないけれど。
忍足袋と頭巾を、隅のほうの床の上に乾きやすいように広げて置いてから、寝転がるスペースに戻って腰を下ろす。
ふと、そういえば変装用の服っていつもどこに隠しているんだろうと、こちらに背を向けて上半身インナーのみの姿で制服を床に広げている鉢屋を、何となく観察してしまった。
「…あんまり見られると気まずいから一言断ったんですけど。」
視線に気付いて振り返った鉢屋は、思いの外気まずそうな顔をしていた。少し面白くなって、私はニヤリと笑って見せる。
「悪いが、こっちはそれなりに見慣れているんでね。何しろ六年間、デリカシーの無い奴らに囲まれてたもので。」
「それって、他の先輩方のことですか?」
「やれ今から勝負するからだの、暑いだのと言ってはいきなり人の目の前で脱ぎ散らかすからな。いい加減こっちも見飽きた。」
「昔から、そんな感じなんですねぇ。」
相槌を打たれ、私はつい促されるように、愚痴の口調になる。
「ほんっとに昔からそうだ、遠慮も何もあったもんじゃない。特に文次郎なんか…」
「いえ、僕が言ったのは、ひまり先輩と他の六年の先輩方との関係性の方です。」
唐突に、本名を呼ばれた。内心少し動揺したが、平静を装って「関係性?」と問い返す。鉢屋も自身の寝るスペースに胡座をかいて、改めてこちらに向き直った。
「仲、良さそうだなぁって。単純に。」
「…あぁ、まあ…仲良いっていうか、腐れ縁?みたいな感じかもしれないが。成り行き、みたいな…。」
「昔から一緒に、遊んだりしてたんですか?それこそ、くの一教室にいらっしゃる時から。」
鉢屋が、制服を脱ぐ時に取り出していた兵糧丸を袋から出して食べながら訊くので、私もそのタイミングで自分の持っていた兵糧丸をつまむ。
「遊ぶっていうか…最初はどっちかと言うと喧嘩って感じだったけど。何かっていうと、つっかかられてて。でもそのうち、バレーで勝負したりとかして、その辺りからかなぁ。遊ぶようになったの。」
「でもくの一教室に通ってたら、普通は女の子と遊ぶものなんじゃないんですか?」
「勿論遊ばないことは無かったよ。…ただ、私は外で遊びたかったんだけど、女の子の友達はあまり乗り気じゃなくて。」
側に置いていた竹筒の水を煽り、私は一息つく。
「…元々私が、男子と外で遊び回る方がどちらかと言えば性に合っていたというのもあるかもしれないな。私、兄と弟に挟まれてるから。」
「へえ、そうだったんですね。」
「…まあ今でも、同年代の女の子と話したり、出かけたりしてみたいなって思わなくもないんだけどさ。仕方ないね、機会無いし。」
「なぁんだそんなこと、そういう時こそ僕を頼ってくださいよ!」
「何で?」
「もー鈍いなぁ。だから、僕が同年代の女の子に変装すれば、好きなだけお話したり、一緒に買い物したりできるじゃないですか。」
「却下。中身があんただって分かってる時点で駄目。」
「ええー、そんなあ……」
大きく肩を落とす様子に、思わず笑ってしまった。
「変な奴だな、本当に。変装というか、そんなに女装したかったのか?」
少し意外だったが、私のその台詞に鉢屋は、どこか不満そうに口を尖らせる。
「別に、そういうわけではないです…。」
「でも前に、私にも変装するって言っていたじゃないか。」
「先輩それ、嫌なんじゃありませんでしたっけ?」
「二人だけの時だったら、別にいいよ。」
今度は、彼の方が意外そうな顔をしてこちらを見た。
「そりゃ、私の顔でウロウロ出歩かれたら困るけど、…いいよ。今みたいに、こうして二人でいる時とかは。私しか見ていないからな。」
自分がそう言った時。鉢屋は、驚き、ーーーーーーーというより、戸惑っているようにも見えた。
逆に、迷惑だっただろうかとさえ思えてくる。誰も好きこのんで、こんな、大きな傷があって再現に手間がかかる面倒な顔に、わざわざ変装したいなんて思う訳があるまい、と。あれはやっぱり、所謂社交辞令というやつだったんだと思い直しながら。
「いや、ごめん。無理にしてほしいってわけじゃないから。気にしないでくれ。」
一方的に言い置いて、明日も早いと床にごろんと横になった。
ーーーーーーー伊作、実習中にまた怪我なんかしてないといいけど。
そう思いながら目を閉じると、私は、やはり疲れていたのか、すうっと眠りについたらしかった。
また、夢を見た。
伊作が背を向けて立っていて、その少し後ろから自分はその背中を見つめている。今度は何故か、ああこれは夢だ、という意識が頭のどこかでぼんやりとあった。
呼びかけても、彼は振り返らない。
夢だ、という意識が、逆に、それなら別にいいかという気持ちにさせた。
その背中に近付いて、軽い気持ちでその手を取っても。その体に腕を回して、抱きしめても。自分の夢の中なんだから許されるような気がした。…何て卑怯な、とも思うけれど、それでも。
その背中に自分の身を預けながら、伊作、と彼の名を呟く。
けれど。次に告げようとした言葉が紡がれる前に夢の光景は、そこで途切れてしまった。
陽太、と。
誰かに呼ばれる声が、頭の中に響いている。目をゆるゆる開けると、
「陽太、起きて。」
伊作の顔が、視界いっぱいになるほど近かった。一気に、覚醒する。
「早く起きないと口吸いするよ?」
「いっいさ……ッ!?!?ままままま待て待て待て待て待て……!!!」
あと拳一つ分、という所で相手が、ぷ、と小さく吹き出す。
「ひまり先輩、すごい顔ですよ。」
意地の悪い顔で、くつくつ笑う伊作、ーーーーーーーーーーの面で変装をした、鉢屋三郎の声が。
迷わず足蹴りを喰らわせると、短い悲鳴をあげて相手が転がる。
「何するんだよいきなり!!」
「いったぁ〜…!もう、ひまり先輩ってば、折角起こしてあげたのにひどいじゃないですかぁ…」
「どんな起こし方してるんだよ!!」
「でも、ばっちり目が覚めたでしょう?それにしても面白かったですよ、さっきの顔。」
「うるさい!!人で遊ぶな!!」
その顔が、熱くなるのを感じて川の冷たい水で洗おうと、足を踏み鳴らして御堂を出た。出る時勢いをつけ過ぎて開いた戸が外れて飛んでいく音がしたが、無視した。
雨は、夜中の間に上がっていたらしい。ひんやりした空気を頬に感じながら、私は走った。
川に辿り着いても、まだ、心の臓が大きく鳴っている。
「……本っ当に伊作かと思った…」
…油断した。悔しい。
あいつはやっぱり、少しも心を許してはいけない奴だ。そのことを再度強く、強く認識しながら、掬った水を勢いよく顔にかけた。
※名前の呼び方について。夏休み番外編(食材調達に三郎がついて来るやつ)の方を先に上げてしまっていたのでややこしいですが、三郎は本編のこのペア実習のタイミングで、夢主に下の名前を強制的に呼ばせるようにしています。更新が前後してすみません…