そのうすべに色を隠して。
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『一頁 あの人は何者?』
ここは忍術学園。その、敷地内の校庭。
一年は組の乱太郎、きり丸、しんベヱは授業の無い午後、何をして遊ぶか談笑しながら仲良く歩いていた。
「…あれ?」
「しんベヱ、どうかした?」
しんベヱが急に立ち止まり、前方へ目をこらすので乱太郎ときり丸も歩みを止める。
「また、お腹すいた〜とか、言うんじゃねぇだろうな?」
「違うよ!ほら、あそこ…」
きり丸に茶化されてムッとしつつも、彼は、真っ直ぐ前の方を指さした。それにつられて二人も視線を向けると。
木の幹の根元に腰を下ろして、読書をする忍たまの姿が、あった。
「あれ、忍たまの先輩だよね?」
「しんベヱ、人を指して『あれ』なんて言わないの。…でも確かに、そうだよね。あの格好は。」
その装束の色が深緑であることから、学年は六年生と推察できたが、目の下まで頭巾で覆っているため顔が分からない。
そもそも、普段から頭巾で顔を覆っている者は、この学園には殆どいない。
「誰だか、知ってる?」
「誰って…私も初めて見た。あんな人もいたんだ。」
「俺たちの知っている先輩とも、違うよな。ーーーーーーーーーーひょっとして、だけどさ…」
「え?何、きり丸?」
きり丸が声を潜めるので、乱太郎もしんベヱも、耳を寄せ合う。
「どこかの城の忍者が、六年生の先輩に変装して忍び込んでいる、とか……?」
「ええっ?まさかぁ…」
「だって見たことねーじゃん。それに、顔を隠しているのがますます怪しくないか?」
「確かにそうだけど、でも本当に先輩かもしれないし……どうする?先生を呼びに行く?」
「うーん…ここを離れている間に、移動されちゃうかもしれないし…」
「うーん……」
と、三人で顔を突き合わせて考えていると、しんベヱの腹から、虫の声が上がった。
緊張の糸が切れてしまい、乱太郎もきり丸もがっくり頭を垂れる。
「こんな時に腹空かせるやつがあるかよ!」
「もー、しんベヱったら…。」
「えへへゴメン、珍しく考えてたら、体力使っちゃって……でも大丈夫!こんなこともあろうかと、おやつのボーロを………あっ!」
おやつ用にと、懐に隠していたボーロを取り出したしんベヱだったが、うっかり手をすべらせて落としてしまい。
丸いボーロは、コロコロと転がっていって、やがて、件の謎の先輩の足元に当たって止まった。
「しんベヱ、何やってんだよ…!」
「あわわ、ど、どうしよう……!」
三人がオロオロしているうちに、足元に来たボーロに気付いたその先輩は、それを拾い上げて埃を払い、三人の姿を認めると立ち上がって歩み寄ってきた。
そして、ボーロを、黙ってしんベヱに差し出した。
「…あ、ありがとうございます…」
しんベヱが受け取ると、彼は徐に懐から、何か帳面のようなものを取り出した。
そしてそれを開いて、三人に見せる。
『こんにちは』
乱太郎たちが呆気にとられて返事もできないでいると、また、別のページをめくり、見せる。
『今日は、良い天気だね』
更に、今度は筆も取り出してサラサラと書き、その文面を見せた。
『君たちは、ここで何をしている?』
「いえあの…私たち、別に何も……」
しどろもどろに受け答えをする乱太郎の後ろで、きり丸としんベヱが
「な、何で喋らないんだ?」
「さあ…?」
と、ひそひそ話している。
おそろしく無口で、会話も全て筆談な彼に警戒心は高まる一方だった。
すると、
「おーい、陽太。ここにいたのか。」
三人の耳に、聞き慣れた声が届く。
「あっ、伊作先輩!」
「あれ?乱太郎、きり丸、それにしんベヱも。こんなところで何してるんだい?」
姿を現したのは、六年は組の善法寺伊作。
見知った先輩の顔にほっとしつつ、乱太郎が答える。
「私たち、ここを歩いていたらこの人と会って……」
「ん?陽太が、どうかしたのかい?」
「伊作先輩、お知り合いなんすか?」
内心恐る恐る、きり丸が問うと、伊作は合点がいったように笑った。
「ああそうか、三人共、会ったことないんだね。陽太、自己紹介してあげなよ。」
促された方の先輩は、またサラサラと書き綴り、三人に向けて開いて見せた。
『六年い組 上町陽太です
挨拶が遅れてすまない』
「……ということで。是非、覚えておいてあげて。」
『ところで何か用だったか?』
彼が今度はその文面を伊作に向けて見せると、
「ああそうだ。山田先生がお呼びだったよ。職員室にいらっしゃると思う。」
『ありがとう』
「どういたしまして。」
すらすらと成立する会話に、乱太郎たちが呆気にとられていると、上町陽太と名乗った先輩は立ち去る前に、三人に向けて軽く会釈した。乱太郎たちも、慌ててそれにならう。
そうして、彼が立ち去った後、伊作が三人を振り返って苦笑した。
「びっくりしたよね。彼も、悪い人じゃないんだ。」
「でも、何で喋らないんすか?」
「ちょっと、事情があってね。詳しくは言えないけど。今みたいに、筆談なら会話できるから。」
「お顔、何で隠しているんですか?」
「傷があるんだ、それを見られたくないから、隠しているんだよ。それも、あまり詮索しないであげて。」
「分かりました…。」
優しい伊作に、やんわり諭されては頷くしかない。三人は、伊作と別れて、長屋の方へ戻っていった。
一日の終わり、夜、風呂を済ませてきた上町陽太が向かったのは、忍術学園のくの一教室担任、山本シナ先生の、隣の自室。
「山本です。今、よろしいかしら。」
本を読んでいると、山本先生が訪ねてきた。部屋の戸が引かれ、明日は課外実習を行うので今日は早く休むように、と伝えられると、彼は、
「はい、先生。」
と答える。ーーーーーーーーしかしその声は、低いが明らかに女の声。
"彼"は「山本先生、」と戸が閉められる前に呼び止めた。
「今日、一年生の子達に会いました。…やはり、筆談では、あまり親しんではくれないみたいですが。私は顔も隠していますし。」
「そんなことは、ないと思うわ。」
「…そう、でしょうか。」
「そうね、確かに普通より時間はかかるかもしれないけれど、きっとだんだん、あなたの人となりも分かってくるはずよ。」
「…だと、いいです。」
「さあ、明日は早いわよ。読書はそれくらいになさい。」
「はい。おやすみなさいませ。」
"彼"は、先生に丁寧に頭を下げて挨拶をした。
先生が部屋を後にすると、"彼"はふと、部屋に置いている鏡を覗き込んだ。読書用に灯していた蝋燭の明かりが仄暗く映し出すのは、自分の顔。
ーーーーーーーー"女"である自分の、左頬に大きな刀傷の痕がある、顔だ。
「……やっぱり、顔見せないのがマズいのかなぁ…。」
傷痕を指でそっとなぞりながら、でもこの顔見られたくないしなぁ、と、上町陽太ーーーーーーーーもとい本名、ひまりは、しばしの間悩んでいた。
それから数日後。乱太郎、きり丸、しんべヱの三人組は暇を持て余していた。
忍たま長屋の、自分たちの部屋の前の縁側に並んで腰掛けて、先日遭遇した上町陽太という先輩のことが話題にあがる。
「それにしても、本当に喋らない先輩だったよなぁ。俺が所属している図書委員会の委員長、中在家長次先輩以上に無口だぜ。」
きり丸が思い出しながら言うと、乱太郎も話に応じる。
「こないだ、庄左ヱ門に会った時にあの先輩のこと訊いたんだけど、なんでも、"学園一模範的な忍者"と呼ばれているらしいんだ…。」
「"模範的"?」
「噂によると、この学園で上町先輩の声も素顔も、聞いたり見たりしたことがある人はいないんだって。」
「えーっ?それってそれって、無口な中在家先輩と、変装の名人、鉢屋三郎先輩を足して二でかけた、みたいな人ってこと?」
しんべヱのその発言に、きり丸がつっこみを入れる。
「足して二で割る、な。それじゃ増えてんぞ?」
「ま、まぁとにかく、そういうことになるのかもね。」
「ねぇねぇ、僕、良いこと思いついちゃった!」
「何だよしんベヱ、急に。」
「三人でさ、上町先輩の声、聞いてみようよ!」
「えー?」
しんべヱのその、突拍子もない提案に、乱太郎が眉を上げる。
「だってさ、誰も聞いたことが無いんでしょ?だったら、最初に聞いたら僕たち、スゴイ!ってことにならない?」
「確かに、…それ、面白そうだな!」
「きり丸まで…」
「乱太郎は?一緒にやらないの?」
「勿論、やるだろ?」
「はぁ〜もう、分かったよ…。」
「よーし、決まり!早速、作戦立てようぜ!」
「おー!」
「……いいのかなぁ。」
あまり乗り気ではない乱太郎を含む三人は、早速、上町陽太先輩を探しに学園じゅうを歩き回った。
結局、見つかったのは、先日初めて遭遇した時と同じく、校庭の外れの木陰。そこで彼はこれまた同じく、読書にいそしんでいた。
きり丸たちは、近くの茂みに隠れてその様子を伺う。
「よし、今回は気付かれてないな。じゃあ、さっき話した作戦通りに!」
「らじゃー!」
三人が考えた作戦。それは、先輩をびっくりさせて、声を聞く、というもの。
人間、驚けば咄嗟に声くらいはあげるものだ。ということで、三人は考えうる限りの驚かせ方を試してみることにしたのだった。
…とは言え、かえるのおもちゃを足元に飛ばす、大きな音を立てる、目の前で謎の物体を飛ばしてみせる、…などという、身を隠しながらの作戦では限界があった。そもそも相手が読書中なので、集中力が高まっているせいか、気付かれていない。
「うーん、手詰まりだな…。」
「ねぇ、やっぱりやめようよ。読書中なんだしさ。邪魔しちゃ悪いよ。」
乱太郎が説得しようとするが、あとの二人はなかなか引き下がらない。
「でもなぁ、ここまで来たら、ますます気になってくるし…」
「よぉし、こうなったら僕、もっと大胆にいく!」
「どうするつもりだ?」
「上町先輩に、急に、わっ!てお声かけしてみる!」
「ちょ、ちょっとしんベヱ……」
「原始的だなぁ…」
「きり丸、んなこと言ってる場合じゃないよ!あーあ行っちゃった…怒られても知らないよ?」
ズゥン、ズゥン……と、ふくよかな体型なので実際そんな音が響きそうだがとにかく、しんベヱは強い意志と共に歩みを進めて、
………いたのだが途中で草に蹴つまずき、ゴロンゴロン転がってしまった。
「うわー、しんベヱ…!」
「上町先輩とぶつかっちゃう!」
だが不幸中の幸いと言うべきか、しんベヱがぶつかって止まったのは、先輩が寄りかかっている木の幹だった。
それでも、流石の先輩も集中力が途切れたらしい。
「………!?」
木の幹と一緒に伝わった衝撃に、ビクッと体を揺らすも、すぐに身構える。が、
「あいたたた……あ、」
ぶつかってきたのが、先日会った一年生だと気付き。
両者は、しばしお互いの顔を見つめ合ったまま、固まっていた。
「ど、どうしようきり丸…?」
「どうしようって、…いや待て。」
何とかこの場を穏便にやり過ごす方法はないか、と茂みの中でオロオロしていた乱太郎ときり丸だが、きり丸が何かに気付いた。
驚いたように目を見開いていた上町先輩が、手に持っていた本を閉じて傍に置き、転んだしんベヱの制服についた埃を払っているのだった。
払い終わると、また先日のように懐から手帳を取り出し、サラサラと書きつけた文面をしんベヱに向けて見せた。
『ケガは無いか?』
「あ…はい。顔ぶつけちゃいましたけど、大丈夫です。えへへ…。」
ごまかすように、笑ってみせるしんベヱを見て、上町先輩は、頷いた。それならいい、と言っているかのように。
それから、彼はまた、別のページに書き綴ったかと思うと、再び、開いて見せた。
『今日は、おやつを持っていないのか?』
「おやつ?…ああ、今日はボーロ、持ってないんです…。」
また新しく書き綴り、見せる。
『あれは、どこのお店で売っているボーロなんだ?』
「あぁ、あれ、買ったんじゃなくて、六年ろ組の中在家先輩が作って下さったものなんです。」
『ああ、長次の。私も、食べたことがある。』
「そうだったんですか〜!美味しいですよねぇ!」
当初の目的をすっかり忘れたように、楽しそうに会話をするしんベヱを見て、乱太郎ときり丸は呆れてしまった。
「しんベヱってば、言い出しっぺのくせに…」
「すっかり打ち解けちまったみたいだな。」
「ねーねー乱太郎、きり丸!上町先輩が、中在家先輩にまたボーロ作ってもらえるよう、頼んでくれるって!」
「ってオイ!俺たちがいることバラすなよ…!」
「もー隠れててもしょうがないよ…私たちも行こう。」
観念して、残り二人も茂みから出てきて姿を現したのだった。
「……ん?あれは…」
「どうした、伊作?」
先生に用事で呼ばれて、校庭を横切っていた善法寺伊作がふと歩みを止めるので、同じく一緒に呼ばれて連れ立っていた食満留三郎が声をかける。彼も、伊作が目を凝らす方向を見遣ると、気付いた。
「あれ、陽太じゃないか。一年生たちと一緒にいるなんて、珍しいな。」
「うん。そうだね。」
「声、かけないのか?」
「うん、何だか楽しそうだからね。邪魔になったら悪いし。」
「それもそうだな。さ、早く先生の所へ行くぞ。」
「ああ。」
乱太郎たち三人の笑い声を遠くに聞きながら、伊作は再び歩き始める。
多分陽太も、隠した頭巾の中で笑っているだろうなと、思いながら。
ここは忍術学園。その、敷地内の校庭。
一年は組の乱太郎、きり丸、しんベヱは授業の無い午後、何をして遊ぶか談笑しながら仲良く歩いていた。
「…あれ?」
「しんベヱ、どうかした?」
しんベヱが急に立ち止まり、前方へ目をこらすので乱太郎ときり丸も歩みを止める。
「また、お腹すいた〜とか、言うんじゃねぇだろうな?」
「違うよ!ほら、あそこ…」
きり丸に茶化されてムッとしつつも、彼は、真っ直ぐ前の方を指さした。それにつられて二人も視線を向けると。
木の幹の根元に腰を下ろして、読書をする忍たまの姿が、あった。
「あれ、忍たまの先輩だよね?」
「しんベヱ、人を指して『あれ』なんて言わないの。…でも確かに、そうだよね。あの格好は。」
その装束の色が深緑であることから、学年は六年生と推察できたが、目の下まで頭巾で覆っているため顔が分からない。
そもそも、普段から頭巾で顔を覆っている者は、この学園には殆どいない。
「誰だか、知ってる?」
「誰って…私も初めて見た。あんな人もいたんだ。」
「俺たちの知っている先輩とも、違うよな。ーーーーーーーーーーひょっとして、だけどさ…」
「え?何、きり丸?」
きり丸が声を潜めるので、乱太郎もしんベヱも、耳を寄せ合う。
「どこかの城の忍者が、六年生の先輩に変装して忍び込んでいる、とか……?」
「ええっ?まさかぁ…」
「だって見たことねーじゃん。それに、顔を隠しているのがますます怪しくないか?」
「確かにそうだけど、でも本当に先輩かもしれないし……どうする?先生を呼びに行く?」
「うーん…ここを離れている間に、移動されちゃうかもしれないし…」
「うーん……」
と、三人で顔を突き合わせて考えていると、しんベヱの腹から、虫の声が上がった。
緊張の糸が切れてしまい、乱太郎もきり丸もがっくり頭を垂れる。
「こんな時に腹空かせるやつがあるかよ!」
「もー、しんベヱったら…。」
「えへへゴメン、珍しく考えてたら、体力使っちゃって……でも大丈夫!こんなこともあろうかと、おやつのボーロを………あっ!」
おやつ用にと、懐に隠していたボーロを取り出したしんベヱだったが、うっかり手をすべらせて落としてしまい。
丸いボーロは、コロコロと転がっていって、やがて、件の謎の先輩の足元に当たって止まった。
「しんベヱ、何やってんだよ…!」
「あわわ、ど、どうしよう……!」
三人がオロオロしているうちに、足元に来たボーロに気付いたその先輩は、それを拾い上げて埃を払い、三人の姿を認めると立ち上がって歩み寄ってきた。
そして、ボーロを、黙ってしんベヱに差し出した。
「…あ、ありがとうございます…」
しんベヱが受け取ると、彼は徐に懐から、何か帳面のようなものを取り出した。
そしてそれを開いて、三人に見せる。
『こんにちは』
乱太郎たちが呆気にとられて返事もできないでいると、また、別のページをめくり、見せる。
『今日は、良い天気だね』
更に、今度は筆も取り出してサラサラと書き、その文面を見せた。
『君たちは、ここで何をしている?』
「いえあの…私たち、別に何も……」
しどろもどろに受け答えをする乱太郎の後ろで、きり丸としんベヱが
「な、何で喋らないんだ?」
「さあ…?」
と、ひそひそ話している。
おそろしく無口で、会話も全て筆談な彼に警戒心は高まる一方だった。
すると、
「おーい、陽太。ここにいたのか。」
三人の耳に、聞き慣れた声が届く。
「あっ、伊作先輩!」
「あれ?乱太郎、きり丸、それにしんベヱも。こんなところで何してるんだい?」
姿を現したのは、六年は組の善法寺伊作。
見知った先輩の顔にほっとしつつ、乱太郎が答える。
「私たち、ここを歩いていたらこの人と会って……」
「ん?陽太が、どうかしたのかい?」
「伊作先輩、お知り合いなんすか?」
内心恐る恐る、きり丸が問うと、伊作は合点がいったように笑った。
「ああそうか、三人共、会ったことないんだね。陽太、自己紹介してあげなよ。」
促された方の先輩は、またサラサラと書き綴り、三人に向けて開いて見せた。
『六年い組 上町陽太です
挨拶が遅れてすまない』
「……ということで。是非、覚えておいてあげて。」
『ところで何か用だったか?』
彼が今度はその文面を伊作に向けて見せると、
「ああそうだ。山田先生がお呼びだったよ。職員室にいらっしゃると思う。」
『ありがとう』
「どういたしまして。」
すらすらと成立する会話に、乱太郎たちが呆気にとられていると、上町陽太と名乗った先輩は立ち去る前に、三人に向けて軽く会釈した。乱太郎たちも、慌ててそれにならう。
そうして、彼が立ち去った後、伊作が三人を振り返って苦笑した。
「びっくりしたよね。彼も、悪い人じゃないんだ。」
「でも、何で喋らないんすか?」
「ちょっと、事情があってね。詳しくは言えないけど。今みたいに、筆談なら会話できるから。」
「お顔、何で隠しているんですか?」
「傷があるんだ、それを見られたくないから、隠しているんだよ。それも、あまり詮索しないであげて。」
「分かりました…。」
優しい伊作に、やんわり諭されては頷くしかない。三人は、伊作と別れて、長屋の方へ戻っていった。
一日の終わり、夜、風呂を済ませてきた上町陽太が向かったのは、忍術学園のくの一教室担任、山本シナ先生の、隣の自室。
「山本です。今、よろしいかしら。」
本を読んでいると、山本先生が訪ねてきた。部屋の戸が引かれ、明日は課外実習を行うので今日は早く休むように、と伝えられると、彼は、
「はい、先生。」
と答える。ーーーーーーーーしかしその声は、低いが明らかに女の声。
"彼"は「山本先生、」と戸が閉められる前に呼び止めた。
「今日、一年生の子達に会いました。…やはり、筆談では、あまり親しんではくれないみたいですが。私は顔も隠していますし。」
「そんなことは、ないと思うわ。」
「…そう、でしょうか。」
「そうね、確かに普通より時間はかかるかもしれないけれど、きっとだんだん、あなたの人となりも分かってくるはずよ。」
「…だと、いいです。」
「さあ、明日は早いわよ。読書はそれくらいになさい。」
「はい。おやすみなさいませ。」
"彼"は、先生に丁寧に頭を下げて挨拶をした。
先生が部屋を後にすると、"彼"はふと、部屋に置いている鏡を覗き込んだ。読書用に灯していた蝋燭の明かりが仄暗く映し出すのは、自分の顔。
ーーーーーーーー"女"である自分の、左頬に大きな刀傷の痕がある、顔だ。
「……やっぱり、顔見せないのがマズいのかなぁ…。」
傷痕を指でそっとなぞりながら、でもこの顔見られたくないしなぁ、と、上町陽太ーーーーーーーーもとい本名、ひまりは、しばしの間悩んでいた。
それから数日後。乱太郎、きり丸、しんべヱの三人組は暇を持て余していた。
忍たま長屋の、自分たちの部屋の前の縁側に並んで腰掛けて、先日遭遇した上町陽太という先輩のことが話題にあがる。
「それにしても、本当に喋らない先輩だったよなぁ。俺が所属している図書委員会の委員長、中在家長次先輩以上に無口だぜ。」
きり丸が思い出しながら言うと、乱太郎も話に応じる。
「こないだ、庄左ヱ門に会った時にあの先輩のこと訊いたんだけど、なんでも、"学園一模範的な忍者"と呼ばれているらしいんだ…。」
「"模範的"?」
「噂によると、この学園で上町先輩の声も素顔も、聞いたり見たりしたことがある人はいないんだって。」
「えーっ?それってそれって、無口な中在家先輩と、変装の名人、鉢屋三郎先輩を足して二でかけた、みたいな人ってこと?」
しんべヱのその発言に、きり丸がつっこみを入れる。
「足して二で割る、な。それじゃ増えてんぞ?」
「ま、まぁとにかく、そういうことになるのかもね。」
「ねぇねぇ、僕、良いこと思いついちゃった!」
「何だよしんベヱ、急に。」
「三人でさ、上町先輩の声、聞いてみようよ!」
「えー?」
しんべヱのその、突拍子もない提案に、乱太郎が眉を上げる。
「だってさ、誰も聞いたことが無いんでしょ?だったら、最初に聞いたら僕たち、スゴイ!ってことにならない?」
「確かに、…それ、面白そうだな!」
「きり丸まで…」
「乱太郎は?一緒にやらないの?」
「勿論、やるだろ?」
「はぁ〜もう、分かったよ…。」
「よーし、決まり!早速、作戦立てようぜ!」
「おー!」
「……いいのかなぁ。」
あまり乗り気ではない乱太郎を含む三人は、早速、上町陽太先輩を探しに学園じゅうを歩き回った。
結局、見つかったのは、先日初めて遭遇した時と同じく、校庭の外れの木陰。そこで彼はこれまた同じく、読書にいそしんでいた。
きり丸たちは、近くの茂みに隠れてその様子を伺う。
「よし、今回は気付かれてないな。じゃあ、さっき話した作戦通りに!」
「らじゃー!」
三人が考えた作戦。それは、先輩をびっくりさせて、声を聞く、というもの。
人間、驚けば咄嗟に声くらいはあげるものだ。ということで、三人は考えうる限りの驚かせ方を試してみることにしたのだった。
…とは言え、かえるのおもちゃを足元に飛ばす、大きな音を立てる、目の前で謎の物体を飛ばしてみせる、…などという、身を隠しながらの作戦では限界があった。そもそも相手が読書中なので、集中力が高まっているせいか、気付かれていない。
「うーん、手詰まりだな…。」
「ねぇ、やっぱりやめようよ。読書中なんだしさ。邪魔しちゃ悪いよ。」
乱太郎が説得しようとするが、あとの二人はなかなか引き下がらない。
「でもなぁ、ここまで来たら、ますます気になってくるし…」
「よぉし、こうなったら僕、もっと大胆にいく!」
「どうするつもりだ?」
「上町先輩に、急に、わっ!てお声かけしてみる!」
「ちょ、ちょっとしんベヱ……」
「原始的だなぁ…」
「きり丸、んなこと言ってる場合じゃないよ!あーあ行っちゃった…怒られても知らないよ?」
ズゥン、ズゥン……と、ふくよかな体型なので実際そんな音が響きそうだがとにかく、しんベヱは強い意志と共に歩みを進めて、
………いたのだが途中で草に蹴つまずき、ゴロンゴロン転がってしまった。
「うわー、しんベヱ…!」
「上町先輩とぶつかっちゃう!」
だが不幸中の幸いと言うべきか、しんベヱがぶつかって止まったのは、先輩が寄りかかっている木の幹だった。
それでも、流石の先輩も集中力が途切れたらしい。
「………!?」
木の幹と一緒に伝わった衝撃に、ビクッと体を揺らすも、すぐに身構える。が、
「あいたたた……あ、」
ぶつかってきたのが、先日会った一年生だと気付き。
両者は、しばしお互いの顔を見つめ合ったまま、固まっていた。
「ど、どうしようきり丸…?」
「どうしようって、…いや待て。」
何とかこの場を穏便にやり過ごす方法はないか、と茂みの中でオロオロしていた乱太郎ときり丸だが、きり丸が何かに気付いた。
驚いたように目を見開いていた上町先輩が、手に持っていた本を閉じて傍に置き、転んだしんベヱの制服についた埃を払っているのだった。
払い終わると、また先日のように懐から手帳を取り出し、サラサラと書きつけた文面をしんベヱに向けて見せた。
『ケガは無いか?』
「あ…はい。顔ぶつけちゃいましたけど、大丈夫です。えへへ…。」
ごまかすように、笑ってみせるしんベヱを見て、上町先輩は、頷いた。それならいい、と言っているかのように。
それから、彼はまた、別のページに書き綴ったかと思うと、再び、開いて見せた。
『今日は、おやつを持っていないのか?』
「おやつ?…ああ、今日はボーロ、持ってないんです…。」
また新しく書き綴り、見せる。
『あれは、どこのお店で売っているボーロなんだ?』
「あぁ、あれ、買ったんじゃなくて、六年ろ組の中在家先輩が作って下さったものなんです。」
『ああ、長次の。私も、食べたことがある。』
「そうだったんですか〜!美味しいですよねぇ!」
当初の目的をすっかり忘れたように、楽しそうに会話をするしんベヱを見て、乱太郎ときり丸は呆れてしまった。
「しんベヱってば、言い出しっぺのくせに…」
「すっかり打ち解けちまったみたいだな。」
「ねーねー乱太郎、きり丸!上町先輩が、中在家先輩にまたボーロ作ってもらえるよう、頼んでくれるって!」
「ってオイ!俺たちがいることバラすなよ…!」
「もー隠れててもしょうがないよ…私たちも行こう。」
観念して、残り二人も茂みから出てきて姿を現したのだった。
「……ん?あれは…」
「どうした、伊作?」
先生に用事で呼ばれて、校庭を横切っていた善法寺伊作がふと歩みを止めるので、同じく一緒に呼ばれて連れ立っていた食満留三郎が声をかける。彼も、伊作が目を凝らす方向を見遣ると、気付いた。
「あれ、陽太じゃないか。一年生たちと一緒にいるなんて、珍しいな。」
「うん。そうだね。」
「声、かけないのか?」
「うん、何だか楽しそうだからね。邪魔になったら悪いし。」
「それもそうだな。さ、早く先生の所へ行くぞ。」
「ああ。」
乱太郎たち三人の笑い声を遠くに聞きながら、伊作は再び歩き始める。
多分陽太も、隠した頭巾の中で笑っているだろうなと、思いながら。