そのうすべに色を隠して。
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『十七頁 この声を君に聞いてほしい』
伊作の後ろ姿を見つけた時、彼は長次と話していた。
出直そうかと一瞬迷った時。こちらの気配を察したのか、そしてもし気付いたのだとしたら、わざわざ気を遣ってくれたのだろうか。
長次は、別方向へと歩き去って行った。
離れる直前に、伊作の肩にポンと手を置いてから。
「ーーーーーーー伊作、」
伊作は、私に声をかけられたことに気付いて振り返る。
「陽太…」
「……話があるんだけど、今、いい?」
学園内では滅多に外さないけれど、自分が今、陽太ではなくひまりとして話したいことを示したくて。
顔半分を隠している覆面を、下ろした。
「その……この前は、ごめん。…酷いこと言って。」
辺りに人影は無かったけれど、それでも一応あまり目立たないよう木陰に、お互い少し間を空けて座る。
謝ると、伊作の方からも、謝られた。
「僕の方こそ、知った風に言ってしまって、ごめんね。…ひまりの気持ちも考えずに。」
「ううん。…伊作が私のことを思って言ってくれてたんだって、分かってる。」
本当は伊作が謝るようなことじゃないのに。
私の方が、素直じゃないばっかりに、あんなふうに返してしまったから。
…でも、私は。
自分なんかより与四郎の方が、なんて伊作に思ってほしくなくて。
「あの時の私、多分、八つ当たりみたいなもので。…でも、ずっと押し留めてきた気持ちを、言うことができない自分に苛ついてるのに、伊作に当たるの、筋違いだよね。」
私のその言葉を聞いた伊作は、一層、優しい声になる。
「…やっぱり錫高野君のこと、ひまりは、」
「違うよ!」
誤解されてしまっていることに気付き、慌ててハッキリと否定する。勢いがつい強くなってしまって、驚かせてしまったかと、目線はまた、自分の足元に落ちる。
「……その、与四郎は、良い奴だけど、私は友達だと思っていて……私は、もっと特別な気持ちを持ってる人が別にいて、……私、」
言葉が詰まる。胸が苦しくなる。何て返されるかと考えただけで、怖くて逃げ出したくなってしまう。だけど。
このままじゃ、駄目なんだと。
気付いてほしいなら、自分から言わなきゃいけないんだって。
気持ちを伝えたら困らせるかもしれない、迷惑かもしれない、……というのは、もう私にとって、自分が傷付かないための言い訳でしかないのだということを知っていた。
困るかもしれないけれど、それでも、お願い。やっぱり君に聞いてほしい。
"特別な気持ち"の、その、目線の先を。
誤解じゃなくて、君には、本当のことを知っていてほしいから。
目眩がしそうなほどの緊張の中、上げた目線が、向かい合った相手と重なる。
「私、伊作のことーーーーーーー」
「あっ!伊作先輩、上町先輩!」
「こんにちはー!」
ごめん困るよね、私が勝手に言いたくなっただけだからやっぱり忘れて。ーーーーーーーまで用意していた台詞を、勢いで、言えるかもしれないと思った瞬間だった。
不意に遥か後方から聞き慣れた声をかけられて、本当に、口から心の臓が飛び出るかと思った。咄嗟に、下ろしていた覆面を戻す。
「や、やあ乱太郎、きり丸、しんべヱ。」
「お二人とも、何してるんすか?こんな所で。」
私越しに三人に受け答えする伊作も、私と同様驚いたのか、どことなく挙動不審になっている。
「いやその、…ひ、昼寝をしていて。ほら、ここ、すごく寝心地が良いから…っ。」
「伊作先輩、何でそんなに驚いたようなお顔をされてるんですか?」
「ね、寝起きだったから、急に声かけられて、びっくりしてしまって。あはは…。」
乱太郎もきり丸も、まだ若干訝しんでいる様子だったけれど、しんべヱだけは、大きな欠伸をしている。
「ねぇ乱太郎、きり丸。僕、さっきおやつたくさん食べたから何だか眠くなってきちゃったぁ…。」
「えー?これから三人で遊ぼうって言ってたのに。」
「折角、掃除当番も補習授業も無い、自由な放課後だってのによぉ…。」
「んーもう限界。上町先輩、お隣、失礼します………ぐぅ。」
「って、寝るの早っ!」
きり丸のツッコミもどこ吹く風、しんべヱは私のすぐ側に寝転んだかと思うとたちまちいびきをかいて眠ってしまった。
「あーもうちょっと、しんべヱってば、先輩方のご迷惑になるから…!」
乱太郎が困ったように彼の体を揺すっても、起きる気配無し。その、本当に気持ちよさそうな寝顔に、思わずクス、と笑ってしまった。
『私たちはもう行くから、ここでゆっくり寝るといい。』
いつもの筆談用のメモに書いて、乱太郎ときり丸に見せる。二人は申し訳なさそうに、私と伊作に謝った。
「すみません、先輩方…。」
「気にしないで。それじゃあね。」
苦笑しつつ手を振る伊作と一緒に、私も彼らに手を振って、その場を離れた。
だいぶ離れて、姿が見えない所で漸く一つ息をついた。
「…あの子たちが来たの、私の後ろからで良かった……。」
覆面がずれていないか、もう一度目のすぐ下の端をつまんで、位置を微修正する。
「やっぱり僕の不運のせいかな…」
「いや、むしろ不幸中の幸い、みたいなやつじゃない?」
まあ、本当は言いかけていたことが言えなくなって残念だけれど、と心の中だけでこっそり思っていたら、正にそのことを指摘された。
「そういえば、さっき言いかけた…」
「あ!その、こっ、今度でいい!また今度で……そ、それじゃ!」
「あ、ーーーーーーーちょっと、待って。」
勢いが一度止まってしまった分、更に大きくなりそうな緊張に今日はもう耐えられそうになくて。謝りたいと思っていたことは達成できていたから、一先ず今日の所はと、慌てて立ち去ろうとすると。
手首を掴んで止められた。心の臓がまたドキリ、と大きく跳ねる。
「僕も、聞いてほしいことがあって。ちょっとだけ、いい?」
「な、何…?」
振り返ると、伊作は、眉尻を下げた表情で。
「いつも、ごめん。不運なことに巻き込んだり、迷惑ばかりかけて。こんな僕に、本当だったら近寄りたくもないはずなのに、…他の皆もそうだけど、ひまりも、優しいから。いつも、側にいてくれて。」
自嘲のようなその笑顔を見た時。
それを少しでも、心から嬉しい時のような笑顔にしたいと、強く思った。
やり方は正しいか分からないけれど、今、私が伝えたいことを真っ直ぐ届けるんだ。
「私、気にしたことないよ。だって、伊作に悪気があるわけじゃないんだから。」
「ひまり…」
「私は、そんなことで離れたりしないから。…ちょっとは、私の言葉も信じてよ。」
「…うん。ありがとう。」
少しは、安心してくれたのだろうか。見上げる笑顔に、柔らかさが戻ったように感じた。
「ひまりには、いつも、助けられてばかりだね。」
「そんなの、お互い様でしょ。それに伊作の方こそ、危ない時にはいつも助けてくれるじゃない。…手当て、してくれたりとかさ。」
「そんな、大したことしてないよ、僕は…。」
思い出すのは、私と伊作が初めて出会った時のこと。あんなに、まるで怒ったみたいに有無を言わせない、強引な雰囲気で怪我の手当てをされるなんて、伊作が初めてだった。
でも伊作は、私とはまた別のことを考えていたみたいで。
「ーーーーーーーでも、"あの時"も、さ。…僕が顔の傷を舐めたの、ひまりにとってはすごく嫌だったと思うけど、……でも僕は、あの時ひまりを助けることができて、本当に良かったと思ってるんだ。…ごめん、僕の勝手な気持ちで。」
その声がまた、沈んだようなトーンになっていることに気付く。
…また勝手に、一人で、傷付いたままでいようとする。
「……嫌じゃ、ないよ。」
私がその時そう言わなかったら、きっと、握られていた手首はそのまま離されていたのだろう。
「…え?」
「あの時のこと、嫌だったとかじゃないから、……伊作にだったら、別に…嫌とか思わない、よ。」
「……それって、」
いや、ちょっと待て。私。
流石に、素直に言い過ぎたのでは…?!
覗き込まれそうになったのを、私は咄嗟に顔を背けて。
「か、顔…見ないで、今は……手、ちょっと離してくれる……?」
覆面をしていても、もう、この顔全部が薄紅色に染まりきっていることを隠しきれていないだろう。
手首を解放されたと同時に、踵を返すや走って逃げてしまった。
壁に寄りかかってずるずるとしゃがみこんで。
「………へ、変なこと…言っちゃったかも……」
覆面の中の熱くなっている顔を、両手で覆い隠す。
………ていうか何で今更その話…?!
……実はずっと気にしていたのだろうか。
話題にするのはずっと避けていて、もう向こうも、"応急処置"のことは忘れたのだろうとばかり思っていたのに。しかも、何だか小っ恥ずかしいことを自分の方から言ってしまって。
もう、忘れて、なんて、お願いしても無理そうだ。
何でも、誤解を解けば安心、……というわけにはいかないらしいと、私はつくづく思い知った。
伊作の後ろ姿を見つけた時、彼は長次と話していた。
出直そうかと一瞬迷った時。こちらの気配を察したのか、そしてもし気付いたのだとしたら、わざわざ気を遣ってくれたのだろうか。
長次は、別方向へと歩き去って行った。
離れる直前に、伊作の肩にポンと手を置いてから。
「ーーーーーーー伊作、」
伊作は、私に声をかけられたことに気付いて振り返る。
「陽太…」
「……話があるんだけど、今、いい?」
学園内では滅多に外さないけれど、自分が今、陽太ではなくひまりとして話したいことを示したくて。
顔半分を隠している覆面を、下ろした。
「その……この前は、ごめん。…酷いこと言って。」
辺りに人影は無かったけれど、それでも一応あまり目立たないよう木陰に、お互い少し間を空けて座る。
謝ると、伊作の方からも、謝られた。
「僕の方こそ、知った風に言ってしまって、ごめんね。…ひまりの気持ちも考えずに。」
「ううん。…伊作が私のことを思って言ってくれてたんだって、分かってる。」
本当は伊作が謝るようなことじゃないのに。
私の方が、素直じゃないばっかりに、あんなふうに返してしまったから。
…でも、私は。
自分なんかより与四郎の方が、なんて伊作に思ってほしくなくて。
「あの時の私、多分、八つ当たりみたいなもので。…でも、ずっと押し留めてきた気持ちを、言うことができない自分に苛ついてるのに、伊作に当たるの、筋違いだよね。」
私のその言葉を聞いた伊作は、一層、優しい声になる。
「…やっぱり錫高野君のこと、ひまりは、」
「違うよ!」
誤解されてしまっていることに気付き、慌ててハッキリと否定する。勢いがつい強くなってしまって、驚かせてしまったかと、目線はまた、自分の足元に落ちる。
「……その、与四郎は、良い奴だけど、私は友達だと思っていて……私は、もっと特別な気持ちを持ってる人が別にいて、……私、」
言葉が詰まる。胸が苦しくなる。何て返されるかと考えただけで、怖くて逃げ出したくなってしまう。だけど。
このままじゃ、駄目なんだと。
気付いてほしいなら、自分から言わなきゃいけないんだって。
気持ちを伝えたら困らせるかもしれない、迷惑かもしれない、……というのは、もう私にとって、自分が傷付かないための言い訳でしかないのだということを知っていた。
困るかもしれないけれど、それでも、お願い。やっぱり君に聞いてほしい。
"特別な気持ち"の、その、目線の先を。
誤解じゃなくて、君には、本当のことを知っていてほしいから。
目眩がしそうなほどの緊張の中、上げた目線が、向かい合った相手と重なる。
「私、伊作のことーーーーーーー」
「あっ!伊作先輩、上町先輩!」
「こんにちはー!」
ごめん困るよね、私が勝手に言いたくなっただけだからやっぱり忘れて。ーーーーーーーまで用意していた台詞を、勢いで、言えるかもしれないと思った瞬間だった。
不意に遥か後方から聞き慣れた声をかけられて、本当に、口から心の臓が飛び出るかと思った。咄嗟に、下ろしていた覆面を戻す。
「や、やあ乱太郎、きり丸、しんべヱ。」
「お二人とも、何してるんすか?こんな所で。」
私越しに三人に受け答えする伊作も、私と同様驚いたのか、どことなく挙動不審になっている。
「いやその、…ひ、昼寝をしていて。ほら、ここ、すごく寝心地が良いから…っ。」
「伊作先輩、何でそんなに驚いたようなお顔をされてるんですか?」
「ね、寝起きだったから、急に声かけられて、びっくりしてしまって。あはは…。」
乱太郎もきり丸も、まだ若干訝しんでいる様子だったけれど、しんべヱだけは、大きな欠伸をしている。
「ねぇ乱太郎、きり丸。僕、さっきおやつたくさん食べたから何だか眠くなってきちゃったぁ…。」
「えー?これから三人で遊ぼうって言ってたのに。」
「折角、掃除当番も補習授業も無い、自由な放課後だってのによぉ…。」
「んーもう限界。上町先輩、お隣、失礼します………ぐぅ。」
「って、寝るの早っ!」
きり丸のツッコミもどこ吹く風、しんべヱは私のすぐ側に寝転んだかと思うとたちまちいびきをかいて眠ってしまった。
「あーもうちょっと、しんべヱってば、先輩方のご迷惑になるから…!」
乱太郎が困ったように彼の体を揺すっても、起きる気配無し。その、本当に気持ちよさそうな寝顔に、思わずクス、と笑ってしまった。
『私たちはもう行くから、ここでゆっくり寝るといい。』
いつもの筆談用のメモに書いて、乱太郎ときり丸に見せる。二人は申し訳なさそうに、私と伊作に謝った。
「すみません、先輩方…。」
「気にしないで。それじゃあね。」
苦笑しつつ手を振る伊作と一緒に、私も彼らに手を振って、その場を離れた。
だいぶ離れて、姿が見えない所で漸く一つ息をついた。
「…あの子たちが来たの、私の後ろからで良かった……。」
覆面がずれていないか、もう一度目のすぐ下の端をつまんで、位置を微修正する。
「やっぱり僕の不運のせいかな…」
「いや、むしろ不幸中の幸い、みたいなやつじゃない?」
まあ、本当は言いかけていたことが言えなくなって残念だけれど、と心の中だけでこっそり思っていたら、正にそのことを指摘された。
「そういえば、さっき言いかけた…」
「あ!その、こっ、今度でいい!また今度で……そ、それじゃ!」
「あ、ーーーーーーーちょっと、待って。」
勢いが一度止まってしまった分、更に大きくなりそうな緊張に今日はもう耐えられそうになくて。謝りたいと思っていたことは達成できていたから、一先ず今日の所はと、慌てて立ち去ろうとすると。
手首を掴んで止められた。心の臓がまたドキリ、と大きく跳ねる。
「僕も、聞いてほしいことがあって。ちょっとだけ、いい?」
「な、何…?」
振り返ると、伊作は、眉尻を下げた表情で。
「いつも、ごめん。不運なことに巻き込んだり、迷惑ばかりかけて。こんな僕に、本当だったら近寄りたくもないはずなのに、…他の皆もそうだけど、ひまりも、優しいから。いつも、側にいてくれて。」
自嘲のようなその笑顔を見た時。
それを少しでも、心から嬉しい時のような笑顔にしたいと、強く思った。
やり方は正しいか分からないけれど、今、私が伝えたいことを真っ直ぐ届けるんだ。
「私、気にしたことないよ。だって、伊作に悪気があるわけじゃないんだから。」
「ひまり…」
「私は、そんなことで離れたりしないから。…ちょっとは、私の言葉も信じてよ。」
「…うん。ありがとう。」
少しは、安心してくれたのだろうか。見上げる笑顔に、柔らかさが戻ったように感じた。
「ひまりには、いつも、助けられてばかりだね。」
「そんなの、お互い様でしょ。それに伊作の方こそ、危ない時にはいつも助けてくれるじゃない。…手当て、してくれたりとかさ。」
「そんな、大したことしてないよ、僕は…。」
思い出すのは、私と伊作が初めて出会った時のこと。あんなに、まるで怒ったみたいに有無を言わせない、強引な雰囲気で怪我の手当てをされるなんて、伊作が初めてだった。
でも伊作は、私とはまた別のことを考えていたみたいで。
「ーーーーーーーでも、"あの時"も、さ。…僕が顔の傷を舐めたの、ひまりにとってはすごく嫌だったと思うけど、……でも僕は、あの時ひまりを助けることができて、本当に良かったと思ってるんだ。…ごめん、僕の勝手な気持ちで。」
その声がまた、沈んだようなトーンになっていることに気付く。
…また勝手に、一人で、傷付いたままでいようとする。
「……嫌じゃ、ないよ。」
私がその時そう言わなかったら、きっと、握られていた手首はそのまま離されていたのだろう。
「…え?」
「あの時のこと、嫌だったとかじゃないから、……伊作にだったら、別に…嫌とか思わない、よ。」
「……それって、」
いや、ちょっと待て。私。
流石に、素直に言い過ぎたのでは…?!
覗き込まれそうになったのを、私は咄嗟に顔を背けて。
「か、顔…見ないで、今は……手、ちょっと離してくれる……?」
覆面をしていても、もう、この顔全部が薄紅色に染まりきっていることを隠しきれていないだろう。
手首を解放されたと同時に、踵を返すや走って逃げてしまった。
壁に寄りかかってずるずるとしゃがみこんで。
「………へ、変なこと…言っちゃったかも……」
覆面の中の熱くなっている顔を、両手で覆い隠す。
………ていうか何で今更その話…?!
……実はずっと気にしていたのだろうか。
話題にするのはずっと避けていて、もう向こうも、"応急処置"のことは忘れたのだろうとばかり思っていたのに。しかも、何だか小っ恥ずかしいことを自分の方から言ってしまって。
もう、忘れて、なんて、お願いしても無理そうだ。
何でも、誤解を解けば安心、……というわけにはいかないらしいと、私はつくづく思い知った。