そのうすべに色を隠して。
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『十一頁 恋敵の邂逅』
※方言は雰囲気です。(ごめんなさい
ある、天気の良い日。
風魔流忍術学校の六年生、錫高野与四郎は合戦場での実習を終えた後、想い人、ひまりに会うために関西地方のとある山奥、忍術学園のある方角を目指していた。
その途中、ふと立ち止まって、自分の姿を改めて見る。合戦場に数日潜り込んでいたので、近場の川で水浴びをしていたとは言え。
想い人に会うのに適切な格好かと、もし問われたとすれば、自信は無かった。
「んー…やっぱ、流石にこんな、ぶしょってー格好じゃアなあ。よし、ひとっ風呂浴びてくっか。」
長旅で少し疲れてもいた与四郎は、近くの山の中を少し行けば温泉があるらしいことを噂で耳にしていたので、先にそちらを目指す事にした。
行く先々で会う人に道を尋ねながら、山の奥へ奥へと進んでゆき、漸くそれらしい場所に辿り着く。
「おっ。あれだんべな。…ん?」
遠く、岩陰越しに湯気が立ち上るのが見えて、近付いて行く途中。一瞬、水の波立つ音が聞こえて。
「誰か、先に入ってんべーな。どうすっかな…」
忍という職業柄、人の気配を掴むのには長けてはいるが、相手の性別までは分からない。
近付くのに躊躇していると、ふとその近くに、綺麗に折り畳まれた着物が置かれているのに気付く。男物だった。
「…そこに、誰かいるのか?」
丁度、湯に浸かっていたその相手も与四郎の側の気配を感じたのか、岩陰から少しばかり顔を覗かせて伺っていた。
「ああ、わりーな驚かせちまって。ここに温泉があるって聞いたもんでよ。おらも、一緒に入っていーか?」
警戒心を解こうと、笑顔を見せてそう訊くと、向こうもホッとしたらしい。
「全然、構いませんよ。どうぞどうぞ。」
「すまねぇな。んじゃ、失礼して。」
いい人そうで良かったなと思いながら、与四郎も荷物を降ろし、身につけている衣服を外していく。
ゆっくり、足先から湯に浸かっていき、その熱さに体が慣れたところで岩肌に背を預けた。
「あー。何かやっぱ、沁み渡るって感じすんべなぁ。」
「ここは、湯治場としても有名ですから。」
「おー、道理で。何かこう、ピリピリと効く感じがするだぁよ。あんた、よくここ来るのか?」
「よく、ではないですけれど。…まあ、たまに。」
「そんな、緊張しなくていいだよー。歳、もしかしておらと、おんなじくれぇじゃねえか?」
「えっと僕は、十五だけど…」
「おっ!おんなじだべ!じゃー、堅苦しーことは無しだんべ。な?」
「あ、うん…。」
あっけらかんと笑う与四郎に、合わせるように、ーーーーーーー善法寺伊作は、遠慮がちではあったが笑った。
「それにしても、やっぱ温泉はあったまるべぇなー。」
「……君、聞き慣れない言葉だけどもしかして、遠くの人?」
「おー。相模から、ちっと用があってよ。」
「ええ?!そんな遠くから…。」
「んーで、用も済んだし、ひとっ風呂浴びっかと思って。アンタぁ、この辺の人か?」
「あぁ、うん。まあ…。」
お互いが"忍たま"であることは知らない二人であるが、ともかく伊作は、自分の身分が割れない程度に、と気を付けながら相槌を打つ。
伊作が今日この温泉に寄ったのも、実習のために外出して、忍術学園までの帰り道に近いということもあって、たまたま訪れていたのだった。
すると、相模の方から来たという彼が、少しばかり身を乗り出すようにして、こんなことを訊いてきた。
「なー、この近くで、おいしい甘味処かなんか、ねーか?」
「甘味処?何故だい?」
「いやァ、おらこの後、会いてぇ人いんだけどもよ、連れ出す口実にと思って。つっても、会うってお互い決めてきたわけじゃねーから、都合がつくか分かんねーけどよ。」
まるで思い出すように、遠くに目を遣りながら、彼は続ける。
「いつも遠くて会えねーから、せめて、ちっとでも顔見てーんだけど。…ま、顔見たら見たで、つい、好きだーって言っちまって、恥ずかしいからって、いっつも怒られんだけどな。」
「そ、そうなんだね…。」
どうやら彼の会いたい人というのは恋慕う人らしいと、笑っている相手を見ながら伊作が理解していると。ふと、彼の二の腕に傷があるのが目についた。
「君、右腕の所…」
「ん?…あー、…かすり傷だべ、こんぐれぇ。」
「僕、傷によく効く薬を持ってるんだ。よかったら、手当てさせてくれないかな?」
「いいのか?」
「勿論だよ。」
伊作はそう言いながら、湯から先に上がって体を拭き、衣服を身に着けてから荷物の中を傷薬を探す。
相手も湯船を出て、伊作とは少し離れた所に置いたらしい荷物の近くで、服を着ていた。その背中に、声をかける。
「薬、あったよ。じゃあ、手当てするから、ちょっと動かないで。」
「何か、わりーな…。」
「気にしないで。怪我した人を放っておけないだけだから。」
テキパキと手当てをして、その合間、先程訊かれた甘味処について伊作が知っている店の場所を教えて。
「はい、終わったよ。」
相手は綺麗に巻かれた包帯を見て感心し、ありがとな、と伊作に向けて笑う。
「おら、錫高野与四郎ってんだ。えっと…」
「ああ、僕、善法寺伊作。よろしくね。」
「おーよー。善法寺君、おめー、いい人だんべなあ!ほんと、かたじけねぇ!」
「そんな大袈裟だよ…。薬も、たまたま持ってただけだし。」
「いや、こういうことは、なかなかできることじゃねぇべよ。」
「そ、そうかな…。」
「なー、善法寺君も、好きな人とかいるのか?」
「えっ?……っと、僕は、…」
「お、その顔は、いるな!」
「ええっ?!い、いや、でも…」
"好きな人"、という言葉に対して。
どう答えるか、迷っている内に。
ーーーーーーー少し前に学園で、投げ焙烙が飛んできたのを庇った時の、その相手の顔が思い浮かんで。そして、
いつも、そんなことないと何故か本人は言い張るけれど、それでも本当は優しい心の持ち主である"彼女"の、いつもどこまでも自分を心配してくれている、あの顔を。
昔も、今も、絶対に曇らせたくないのだと願ってやまないことを、同時に思い出す。
「……巻き込んでしまうからなぁ。」
その気持ちがつい、たった今知り合った相手の前で、そんな台詞を零させてしまった。
「ん?どういう意味だべ?」
「あっ、ごめん……いや僕、自他共に認める不運体質でさ。」
「不運体質?」
「普段から、何かと不運なことに見舞われやすくて。落とし穴に落ちるとか、頭の上に何か物が落ちてくるとか。」
会ったばかりの人に何を吐露しているんだろう、とは思うものの、ここで言葉を切るのも気まずいような気がして、最後まで続けた。
「一緒にいる人も、その不運に巻き込んでしまうから、……喩え好きな人でも、大事な人だったら尚更、僕なんかが側にいない方がいいんじゃないかなって。」
「そんな、まさか……」
ああやっぱり、困らせてしまったよな……、と相手の戸惑ったような顔を見て、謝ろうとした時。
二人の近くの、大きな岩の上に載っていた小ぶりの岩が、突如、崩れてきた。
「ーーーーーーーっと、あぶねー。」
お互い、幸い避けることはできたので、怪我を負うことはなかったが。伊作は、弱く笑うしかなかった。
「…ね、言った通りでしょ?いつも、こうなんだ。」
すると、錫高野与四郎は。
「何言ってんだべ、こんぐれぇ、全然大したことじゃねーべ!」
ズイッと、また身を乗り出すようにして、真剣な表情でそう言い切った。
「いや、大したことはあると思うけど…」
「喩え不運に見舞われるとしても、本当に好きな相手同士なら、そんなこと気にするはずがねぇだよ!…それに、不運に巻き込んでしまうんなら、それ以上にその子を、守ってやればいいだけの話だべ?」
「錫高野君…」
「少なくとも、おらだったら、そうする。」
どこか、怒ってもいるような。そんな彼の表情が、ふと、ハッと気付いたように眉尻が下がる。
「…わりー、つい熱くなっちまって。善法寺君、いい奴なのにそんな風に言うの、勿体ねーと思ってよ…。」
「ううん、いいんだ。ありがとう。」
後ろ頭を掻いて項垂れる様子に、悪いとは思いつつ、つい、小さく笑ってしまった。
「どした?急に笑ったりなんかして。」
「ああごめん、…いや実はさ、錫高野君似てるんだ、僕の友達と。見た目も、僕が落ち込んでたら励ましてくれる優しい所も。」
「そうなのか?優しい、って、何か照れるべな…。」
今度は別の意味で後ろ頭を掻いていたが、そんな彼も、一緒に笑っていた。そして、ゆっくりと立ち上がり。
「じゃあ、その友達にも、よろしく言っといてくれんせ。あと、善法寺君の好きな子にも、な。」
「う、うん…分かったよ。」
「それじゃ、おら、そろそろ行くな。本当に色々と、ありがとな!」
「こちらこそ。またね、錫高野君。」
手を振って立ち去っていく与四郎に、伊作も立ち上がって手を振り返す。
思いがけず芽生えた、仄かな友情のようなものを、それでも胸に確かに感じながら、それぞれは道を違えていった。
そして、その翌日。
その日は忍術学園の休みの日で、伊作は朝から町へ一人外出していた。用事は長くはかからず、帰路についていると。
「…ん、あれ?善法寺君じゃねーか。」
「錫高野君?」
「すげーな、また会えたべぇよ!」
昨日知り合ったばかりの、錫高野与四郎が、道の反対側から歩いてやって来るのが見えて、声をかけられた。
「てっきり、昨日言ってた人と会って、今日はもう帰ってるのかと。」
「いやぁ、流石に昨日は、遅くなっちまうと思ってなー。宿泊まって、昨日の内に、馬借の速達便に頼んでそいつ宛ての文を届けてもらっただぁよ。多分、来てくれると思うんだけどな。」
「この辺りで、待ち合わせているのかい?」
「そーだべ。善法寺君こそ何してんだ、こんな所で?」
「今日は、町の方で市が開かれてたから、珍しい薬が無いか見に行ってたんだよ。」
「へー。やっぱ、薬のこと詳しいんだべな。」
「そんなことは…。」
「……あ、そうだ!」
与四郎が、急に思いついたように、声を上げた。
「丁度いいべ、用事済んだんだろ?善法寺君も一緒に来ねーか?」
「えっ?いや、でも…」
「善法寺君には、色々と世話ンなったし、お礼してーなと思ってよ。」
「だけど、それじゃ僕、君たちの邪魔になっちゃうから…」
「そう遠慮すんなって。…折角、友達ができてもおらン所、遠いからよ。会える時に会っておきてぇだぁよ。」
ああそういえば、相模の方から来たって言ってたっけ、と。伊作は思い出しながら、そのどこか寂しそうな笑顔に、折れることにした。確かに彼の言う通り、また次に会えるとは限らないと思ったのだ。
「分かった。じゃあ、今回だけ。」
「よーし、決まりだべ!ほんと、遠慮しねぇでいーからな?」
別の道を選んでおけば良かった、悪いことしたなと、伊作が内心尚も後悔していると。
「与四郎!遅くなってごめん…」
聞こえてきた、彼の名前を呼びかけるその声が。
"いつも聞く声"だと気付いた時には、もう遅くて。
「おー、ひまり!いさしかぶりだべ!」
与四郎が後ろを振り返ったことで、その相手にも伊作の顔が見えたらしい。隠れる時間は無かった。
お互いの顔を見て、ーーーーーーーきっと自分の方も、今の相手と同じような表情をしていたのだろうなと、頭のどこかで考えていたように思う、伊作であった。
それほどに驚いて、そしてやはり、誘いを断るべきだったと後悔した。それは、そうだろう。
自分のよく知る人だったのだから。
昨日出会ったばかりの友達の、想い人だという、その相手というのが。
※方言は雰囲気です。(ごめんなさい
ある、天気の良い日。
風魔流忍術学校の六年生、錫高野与四郎は合戦場での実習を終えた後、想い人、ひまりに会うために関西地方のとある山奥、忍術学園のある方角を目指していた。
その途中、ふと立ち止まって、自分の姿を改めて見る。合戦場に数日潜り込んでいたので、近場の川で水浴びをしていたとは言え。
想い人に会うのに適切な格好かと、もし問われたとすれば、自信は無かった。
「んー…やっぱ、流石にこんな、ぶしょってー格好じゃアなあ。よし、ひとっ風呂浴びてくっか。」
長旅で少し疲れてもいた与四郎は、近くの山の中を少し行けば温泉があるらしいことを噂で耳にしていたので、先にそちらを目指す事にした。
行く先々で会う人に道を尋ねながら、山の奥へ奥へと進んでゆき、漸くそれらしい場所に辿り着く。
「おっ。あれだんべな。…ん?」
遠く、岩陰越しに湯気が立ち上るのが見えて、近付いて行く途中。一瞬、水の波立つ音が聞こえて。
「誰か、先に入ってんべーな。どうすっかな…」
忍という職業柄、人の気配を掴むのには長けてはいるが、相手の性別までは分からない。
近付くのに躊躇していると、ふとその近くに、綺麗に折り畳まれた着物が置かれているのに気付く。男物だった。
「…そこに、誰かいるのか?」
丁度、湯に浸かっていたその相手も与四郎の側の気配を感じたのか、岩陰から少しばかり顔を覗かせて伺っていた。
「ああ、わりーな驚かせちまって。ここに温泉があるって聞いたもんでよ。おらも、一緒に入っていーか?」
警戒心を解こうと、笑顔を見せてそう訊くと、向こうもホッとしたらしい。
「全然、構いませんよ。どうぞどうぞ。」
「すまねぇな。んじゃ、失礼して。」
いい人そうで良かったなと思いながら、与四郎も荷物を降ろし、身につけている衣服を外していく。
ゆっくり、足先から湯に浸かっていき、その熱さに体が慣れたところで岩肌に背を預けた。
「あー。何かやっぱ、沁み渡るって感じすんべなぁ。」
「ここは、湯治場としても有名ですから。」
「おー、道理で。何かこう、ピリピリと効く感じがするだぁよ。あんた、よくここ来るのか?」
「よく、ではないですけれど。…まあ、たまに。」
「そんな、緊張しなくていいだよー。歳、もしかしておらと、おんなじくれぇじゃねえか?」
「えっと僕は、十五だけど…」
「おっ!おんなじだべ!じゃー、堅苦しーことは無しだんべ。な?」
「あ、うん…。」
あっけらかんと笑う与四郎に、合わせるように、ーーーーーーー善法寺伊作は、遠慮がちではあったが笑った。
「それにしても、やっぱ温泉はあったまるべぇなー。」
「……君、聞き慣れない言葉だけどもしかして、遠くの人?」
「おー。相模から、ちっと用があってよ。」
「ええ?!そんな遠くから…。」
「んーで、用も済んだし、ひとっ風呂浴びっかと思って。アンタぁ、この辺の人か?」
「あぁ、うん。まあ…。」
お互いが"忍たま"であることは知らない二人であるが、ともかく伊作は、自分の身分が割れない程度に、と気を付けながら相槌を打つ。
伊作が今日この温泉に寄ったのも、実習のために外出して、忍術学園までの帰り道に近いということもあって、たまたま訪れていたのだった。
すると、相模の方から来たという彼が、少しばかり身を乗り出すようにして、こんなことを訊いてきた。
「なー、この近くで、おいしい甘味処かなんか、ねーか?」
「甘味処?何故だい?」
「いやァ、おらこの後、会いてぇ人いんだけどもよ、連れ出す口実にと思って。つっても、会うってお互い決めてきたわけじゃねーから、都合がつくか分かんねーけどよ。」
まるで思い出すように、遠くに目を遣りながら、彼は続ける。
「いつも遠くて会えねーから、せめて、ちっとでも顔見てーんだけど。…ま、顔見たら見たで、つい、好きだーって言っちまって、恥ずかしいからって、いっつも怒られんだけどな。」
「そ、そうなんだね…。」
どうやら彼の会いたい人というのは恋慕う人らしいと、笑っている相手を見ながら伊作が理解していると。ふと、彼の二の腕に傷があるのが目についた。
「君、右腕の所…」
「ん?…あー、…かすり傷だべ、こんぐれぇ。」
「僕、傷によく効く薬を持ってるんだ。よかったら、手当てさせてくれないかな?」
「いいのか?」
「勿論だよ。」
伊作はそう言いながら、湯から先に上がって体を拭き、衣服を身に着けてから荷物の中を傷薬を探す。
相手も湯船を出て、伊作とは少し離れた所に置いたらしい荷物の近くで、服を着ていた。その背中に、声をかける。
「薬、あったよ。じゃあ、手当てするから、ちょっと動かないで。」
「何か、わりーな…。」
「気にしないで。怪我した人を放っておけないだけだから。」
テキパキと手当てをして、その合間、先程訊かれた甘味処について伊作が知っている店の場所を教えて。
「はい、終わったよ。」
相手は綺麗に巻かれた包帯を見て感心し、ありがとな、と伊作に向けて笑う。
「おら、錫高野与四郎ってんだ。えっと…」
「ああ、僕、善法寺伊作。よろしくね。」
「おーよー。善法寺君、おめー、いい人だんべなあ!ほんと、かたじけねぇ!」
「そんな大袈裟だよ…。薬も、たまたま持ってただけだし。」
「いや、こういうことは、なかなかできることじゃねぇべよ。」
「そ、そうかな…。」
「なー、善法寺君も、好きな人とかいるのか?」
「えっ?……っと、僕は、…」
「お、その顔は、いるな!」
「ええっ?!い、いや、でも…」
"好きな人"、という言葉に対して。
どう答えるか、迷っている内に。
ーーーーーーー少し前に学園で、投げ焙烙が飛んできたのを庇った時の、その相手の顔が思い浮かんで。そして、
いつも、そんなことないと何故か本人は言い張るけれど、それでも本当は優しい心の持ち主である"彼女"の、いつもどこまでも自分を心配してくれている、あの顔を。
昔も、今も、絶対に曇らせたくないのだと願ってやまないことを、同時に思い出す。
「……巻き込んでしまうからなぁ。」
その気持ちがつい、たった今知り合った相手の前で、そんな台詞を零させてしまった。
「ん?どういう意味だべ?」
「あっ、ごめん……いや僕、自他共に認める不運体質でさ。」
「不運体質?」
「普段から、何かと不運なことに見舞われやすくて。落とし穴に落ちるとか、頭の上に何か物が落ちてくるとか。」
会ったばかりの人に何を吐露しているんだろう、とは思うものの、ここで言葉を切るのも気まずいような気がして、最後まで続けた。
「一緒にいる人も、その不運に巻き込んでしまうから、……喩え好きな人でも、大事な人だったら尚更、僕なんかが側にいない方がいいんじゃないかなって。」
「そんな、まさか……」
ああやっぱり、困らせてしまったよな……、と相手の戸惑ったような顔を見て、謝ろうとした時。
二人の近くの、大きな岩の上に載っていた小ぶりの岩が、突如、崩れてきた。
「ーーーーーーーっと、あぶねー。」
お互い、幸い避けることはできたので、怪我を負うことはなかったが。伊作は、弱く笑うしかなかった。
「…ね、言った通りでしょ?いつも、こうなんだ。」
すると、錫高野与四郎は。
「何言ってんだべ、こんぐれぇ、全然大したことじゃねーべ!」
ズイッと、また身を乗り出すようにして、真剣な表情でそう言い切った。
「いや、大したことはあると思うけど…」
「喩え不運に見舞われるとしても、本当に好きな相手同士なら、そんなこと気にするはずがねぇだよ!…それに、不運に巻き込んでしまうんなら、それ以上にその子を、守ってやればいいだけの話だべ?」
「錫高野君…」
「少なくとも、おらだったら、そうする。」
どこか、怒ってもいるような。そんな彼の表情が、ふと、ハッと気付いたように眉尻が下がる。
「…わりー、つい熱くなっちまって。善法寺君、いい奴なのにそんな風に言うの、勿体ねーと思ってよ…。」
「ううん、いいんだ。ありがとう。」
後ろ頭を掻いて項垂れる様子に、悪いとは思いつつ、つい、小さく笑ってしまった。
「どした?急に笑ったりなんかして。」
「ああごめん、…いや実はさ、錫高野君似てるんだ、僕の友達と。見た目も、僕が落ち込んでたら励ましてくれる優しい所も。」
「そうなのか?優しい、って、何か照れるべな…。」
今度は別の意味で後ろ頭を掻いていたが、そんな彼も、一緒に笑っていた。そして、ゆっくりと立ち上がり。
「じゃあ、その友達にも、よろしく言っといてくれんせ。あと、善法寺君の好きな子にも、な。」
「う、うん…分かったよ。」
「それじゃ、おら、そろそろ行くな。本当に色々と、ありがとな!」
「こちらこそ。またね、錫高野君。」
手を振って立ち去っていく与四郎に、伊作も立ち上がって手を振り返す。
思いがけず芽生えた、仄かな友情のようなものを、それでも胸に確かに感じながら、それぞれは道を違えていった。
そして、その翌日。
その日は忍術学園の休みの日で、伊作は朝から町へ一人外出していた。用事は長くはかからず、帰路についていると。
「…ん、あれ?善法寺君じゃねーか。」
「錫高野君?」
「すげーな、また会えたべぇよ!」
昨日知り合ったばかりの、錫高野与四郎が、道の反対側から歩いてやって来るのが見えて、声をかけられた。
「てっきり、昨日言ってた人と会って、今日はもう帰ってるのかと。」
「いやぁ、流石に昨日は、遅くなっちまうと思ってなー。宿泊まって、昨日の内に、馬借の速達便に頼んでそいつ宛ての文を届けてもらっただぁよ。多分、来てくれると思うんだけどな。」
「この辺りで、待ち合わせているのかい?」
「そーだべ。善法寺君こそ何してんだ、こんな所で?」
「今日は、町の方で市が開かれてたから、珍しい薬が無いか見に行ってたんだよ。」
「へー。やっぱ、薬のこと詳しいんだべな。」
「そんなことは…。」
「……あ、そうだ!」
与四郎が、急に思いついたように、声を上げた。
「丁度いいべ、用事済んだんだろ?善法寺君も一緒に来ねーか?」
「えっ?いや、でも…」
「善法寺君には、色々と世話ンなったし、お礼してーなと思ってよ。」
「だけど、それじゃ僕、君たちの邪魔になっちゃうから…」
「そう遠慮すんなって。…折角、友達ができてもおらン所、遠いからよ。会える時に会っておきてぇだぁよ。」
ああそういえば、相模の方から来たって言ってたっけ、と。伊作は思い出しながら、そのどこか寂しそうな笑顔に、折れることにした。確かに彼の言う通り、また次に会えるとは限らないと思ったのだ。
「分かった。じゃあ、今回だけ。」
「よーし、決まりだべ!ほんと、遠慮しねぇでいーからな?」
別の道を選んでおけば良かった、悪いことしたなと、伊作が内心尚も後悔していると。
「与四郎!遅くなってごめん…」
聞こえてきた、彼の名前を呼びかけるその声が。
"いつも聞く声"だと気付いた時には、もう遅くて。
「おー、ひまり!いさしかぶりだべ!」
与四郎が後ろを振り返ったことで、その相手にも伊作の顔が見えたらしい。隠れる時間は無かった。
お互いの顔を見て、ーーーーーーーきっと自分の方も、今の相手と同じような表情をしていたのだろうなと、頭のどこかで考えていたように思う、伊作であった。
それほどに驚いて、そしてやはり、誘いを断るべきだったと後悔した。それは、そうだろう。
自分のよく知る人だったのだから。
昨日出会ったばかりの友達の、想い人だという、その相手というのが。