そのうすべに色を隠して。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『十頁 閑話 "小僧"ト"小僧"ノ共同戦線』
※夢主不在。夢要素無しの完全閑話。
火薬委員会の委員長代理を務める五年い組、久々知兵助はそれまで走っていて切れた息を、立ち止まって整えながら、
「今日も…捕まえられなかった……」
と、独り言を呟いていた。
「久々知先輩、こんな所で何をされているんですか?」
後ろから声をかけられ、振り返るとその人物は、彼愛用の、穴掘りに使う踏鋤を肩に担いで立っていた。
「…おやまぁ。そんなに息を切らして、鍛錬か何かの途中でしたか。」
「綾部、……お前、上町先輩を追いかけたこと、あるか?」
まだ少し息切れしている兵助に唐突にそう訊かれた、四年い組、綾部喜八郎はぽやん、とした表情で首を傾げた。
「上町、…って、六年い組の、上町陽太先輩ですか?追いかけるどころか、話したことすらありません。」
「まあ尤もあの人、喋らないけどな。」
「同じ六年い組の立花仙蔵先輩となら、よく話しますけど。」
思い巡らすように目線を宙にやる喜八郎に、兵助は苦笑した。
「そりゃお前は、立花先輩と同じ作法委員だからな…。でもいいよなぁ、そっちはちゃんと六年生がいて。」
「と、言いますと?」
「うちの火薬委員会は六年生がいないから、俺が委員長代理をやらないといけなくて…。」
兵助が一つ大きく息をついてその場に腰をおろすと、喜八郎もしゃがんだ。表情では何を考えているか分かりにくい彼だが、話を聞く気はあるらしい。
「それで、今はどこの委員会にも所属してない上町先輩に、是非ともうちの委員長になっていただきたいと思っているんだが…いつも逃げられてしまって。実は、さっきも…。」
「なるほど。それで、先程まで追いかけてて、息を切らしていた、というわけですね。」
「そうなんだ。あの人、足速くて…八左ヱ門と一緒に追いかけても、なかなか捕まらなくて。」
「竹谷先輩ですか?」
「あいつも、生物委員会の委員長代理だからな。……ところで、綾部?」
「はぁい?」
「話を聞いてくれるのは嬉しいんだけど、聞きながら落とし穴掘りに興じるのやめてくれないか?なんか、ついでに聞いてる、みたいな感じがして…」
「久々知先輩、これ落とし穴じゃなくて、たこツボです。一人用塹壕、たこツボのターコちゃん10号。僕、この中にいるのが一番落ち着くんです。」
みたいな感じ、というより多分もう間違いなく穴掘りついでに聞いてるなこれ。と兵助は、近くに掘ったたこツボに既に入っている喜八郎を見ながら諦めた気持ちになっていた。
「……そうだ綾部、一つ、協力してくれないか?」
「何ですか?」
「お前のその、穴掘りの腕を生かして、上町先輩を一緒に捕まえてほしいんだ。頼むよ!」
喜八郎は一瞬、パチパチと瞬きをして、「つまり、落とし穴を仕掛けて、その上町先輩を捕まえる、ってことですか?」と訊く。
たこツボの中で、いつもは無表情が多いその顔が、ニヤッと笑った。
兵助が、喜八郎に頼んで落とし穴を作ってもらったのは、普段は滅多に人の通らない、建物の裏の細い道だった。
落とし穴を隠した辺りの地面を、少し離れた茂みから目を凝らして見る兵助は、素直に感心する。
「すごいな、ここからじゃもう、落とし穴の場所が分からないよ。流石、天才的トラパーだね。」
喜八郎は、褒められて満更でもなさそうな様子だったが、ふと心配そうな顔になった。
「でもいいんでしょうか、目印置いてなくて。」
「勿論本当は、場所を知らせる目印を置いておかないといけないけど、それじゃ上町先輩にバレてしまうからね。避けられたら意味無いし。ここは、そんなに人通りの多くない場所だから、きっと大丈夫だよ。」
「だといいんですが…。」
「じゃあ俺は、上町先輩をうまくここまで誘導するから。お前は、もし誰か来そうだったら止めておいてくれ。」
「分かりましたぁ。」
茂みの陰に喜八郎を残して、兵助は立ち上がって上町陽太を探しに駆けていく。
探す相手の居る場所を見当付けながらしばらく行った先で、
遠く後ろの方で、悲鳴が上がった。
「…え?い、いやまさか…」
まさか、と思いつつ引き返すと。
茂みから出てきた喜八郎が、戻ってくる兵助に気付いて申し訳なさそうな顔で振り返る。
「久々知先輩、すみません、一瞬目を離した隙に……」
その彼が立っているそばの、落とし穴を隠していた地面はぽっかりと空いており、どうやら作戦決行を前に誰かが落ちてしまったらしい。
もしや上町先輩だろうか、と僅かに期待するも、穴から顔を出したのは。
「いてて…」
「い、伊作先輩?!」
落ちてぶつけた箇所を押さえる、善法寺伊作。そして、
「綾部ぇええッ!!!」
「食満先輩まで…?!」
鬼の形相で、穴から這い出た食満留三郎は、立ち上がるや喜八郎の胸倉を掴み上げた。
「こんな幅の狭い道に、落とし穴なんか掘りやがって!目印も置いてないとはどういうことだ!?」
その迫力に、いつもは大抵の事には動じない喜八郎も、恐怖で顔が引き攣っている。
兵助は慌てて、彼らの元に駆け寄った。
「待って下さい、食満先輩!」
「…ん?久々知?お前何でこんな所に、」
「すみませんっ!…私が綾部に、より完璧な、誰にも気付かれない落とし穴の作り方を教えてほしいと頼んだんです。ここなら人も通らないだろうと思って…。綾部は何も悪くありません、悪いのは私です!」
必死で、そう訴える兵助に、まだ喜八郎の胸倉を掴んだままだった留三郎が戸惑った顔をしている。
「久々知、お前が…?いや、しかし…」
「留三郎、もういいじゃないか。幸い、大きな怪我もしなかったし。」
漸く落とし穴から出られた伊作が、そう執り成すと。留三郎も、うーんと唸っていたが、やがて喜八郎の制服を掴む手を離した。
「まあ、俺たちもつい近道だと思って、いつも使わないこちらを選んだしな。…だが、学園の敷地は競合区域とは言え、せめて目印はちゃんと置いておけ。いいな?」
「はい。本当に、申し訳ありませんでした。」
兵助が、喜八郎と共に頭を下げると、先輩二人は頷いてから、歩いて行ってしまった。
安堵したのか、大きくため息をついた喜八郎を、兵助は振り返る。
「大丈夫か、綾部?」
「いやぁ、食満先輩いつにも増して迫力あって…びっくりしちゃいました。」
「ごめんな、巻き込んでしまって。」
謝ると、踏鋤を肩に担ぎ直した喜八郎は、飄々とした笑顔になった。
「まあ作戦は頓挫しましたけど、僕は、穴掘りができたので今日は満足です。」
「…流石、穴掘り小僧、だな。」
いつものマイペースを取り戻したらしい後輩に、呆れたような、苦笑いを浮かべる兵助であった。
※夢主不在。夢要素無しの完全閑話。
火薬委員会の委員長代理を務める五年い組、久々知兵助はそれまで走っていて切れた息を、立ち止まって整えながら、
「今日も…捕まえられなかった……」
と、独り言を呟いていた。
「久々知先輩、こんな所で何をされているんですか?」
後ろから声をかけられ、振り返るとその人物は、彼愛用の、穴掘りに使う踏鋤を肩に担いで立っていた。
「…おやまぁ。そんなに息を切らして、鍛錬か何かの途中でしたか。」
「綾部、……お前、上町先輩を追いかけたこと、あるか?」
まだ少し息切れしている兵助に唐突にそう訊かれた、四年い組、綾部喜八郎はぽやん、とした表情で首を傾げた。
「上町、…って、六年い組の、上町陽太先輩ですか?追いかけるどころか、話したことすらありません。」
「まあ尤もあの人、喋らないけどな。」
「同じ六年い組の立花仙蔵先輩となら、よく話しますけど。」
思い巡らすように目線を宙にやる喜八郎に、兵助は苦笑した。
「そりゃお前は、立花先輩と同じ作法委員だからな…。でもいいよなぁ、そっちはちゃんと六年生がいて。」
「と、言いますと?」
「うちの火薬委員会は六年生がいないから、俺が委員長代理をやらないといけなくて…。」
兵助が一つ大きく息をついてその場に腰をおろすと、喜八郎もしゃがんだ。表情では何を考えているか分かりにくい彼だが、話を聞く気はあるらしい。
「それで、今はどこの委員会にも所属してない上町先輩に、是非ともうちの委員長になっていただきたいと思っているんだが…いつも逃げられてしまって。実は、さっきも…。」
「なるほど。それで、先程まで追いかけてて、息を切らしていた、というわけですね。」
「そうなんだ。あの人、足速くて…八左ヱ門と一緒に追いかけても、なかなか捕まらなくて。」
「竹谷先輩ですか?」
「あいつも、生物委員会の委員長代理だからな。……ところで、綾部?」
「はぁい?」
「話を聞いてくれるのは嬉しいんだけど、聞きながら落とし穴掘りに興じるのやめてくれないか?なんか、ついでに聞いてる、みたいな感じがして…」
「久々知先輩、これ落とし穴じゃなくて、たこツボです。一人用塹壕、たこツボのターコちゃん10号。僕、この中にいるのが一番落ち着くんです。」
みたいな感じ、というより多分もう間違いなく穴掘りついでに聞いてるなこれ。と兵助は、近くに掘ったたこツボに既に入っている喜八郎を見ながら諦めた気持ちになっていた。
「……そうだ綾部、一つ、協力してくれないか?」
「何ですか?」
「お前のその、穴掘りの腕を生かして、上町先輩を一緒に捕まえてほしいんだ。頼むよ!」
喜八郎は一瞬、パチパチと瞬きをして、「つまり、落とし穴を仕掛けて、その上町先輩を捕まえる、ってことですか?」と訊く。
たこツボの中で、いつもは無表情が多いその顔が、ニヤッと笑った。
兵助が、喜八郎に頼んで落とし穴を作ってもらったのは、普段は滅多に人の通らない、建物の裏の細い道だった。
落とし穴を隠した辺りの地面を、少し離れた茂みから目を凝らして見る兵助は、素直に感心する。
「すごいな、ここからじゃもう、落とし穴の場所が分からないよ。流石、天才的トラパーだね。」
喜八郎は、褒められて満更でもなさそうな様子だったが、ふと心配そうな顔になった。
「でもいいんでしょうか、目印置いてなくて。」
「勿論本当は、場所を知らせる目印を置いておかないといけないけど、それじゃ上町先輩にバレてしまうからね。避けられたら意味無いし。ここは、そんなに人通りの多くない場所だから、きっと大丈夫だよ。」
「だといいんですが…。」
「じゃあ俺は、上町先輩をうまくここまで誘導するから。お前は、もし誰か来そうだったら止めておいてくれ。」
「分かりましたぁ。」
茂みの陰に喜八郎を残して、兵助は立ち上がって上町陽太を探しに駆けていく。
探す相手の居る場所を見当付けながらしばらく行った先で、
遠く後ろの方で、悲鳴が上がった。
「…え?い、いやまさか…」
まさか、と思いつつ引き返すと。
茂みから出てきた喜八郎が、戻ってくる兵助に気付いて申し訳なさそうな顔で振り返る。
「久々知先輩、すみません、一瞬目を離した隙に……」
その彼が立っているそばの、落とし穴を隠していた地面はぽっかりと空いており、どうやら作戦決行を前に誰かが落ちてしまったらしい。
もしや上町先輩だろうか、と僅かに期待するも、穴から顔を出したのは。
「いてて…」
「い、伊作先輩?!」
落ちてぶつけた箇所を押さえる、善法寺伊作。そして、
「綾部ぇええッ!!!」
「食満先輩まで…?!」
鬼の形相で、穴から這い出た食満留三郎は、立ち上がるや喜八郎の胸倉を掴み上げた。
「こんな幅の狭い道に、落とし穴なんか掘りやがって!目印も置いてないとはどういうことだ!?」
その迫力に、いつもは大抵の事には動じない喜八郎も、恐怖で顔が引き攣っている。
兵助は慌てて、彼らの元に駆け寄った。
「待って下さい、食満先輩!」
「…ん?久々知?お前何でこんな所に、」
「すみませんっ!…私が綾部に、より完璧な、誰にも気付かれない落とし穴の作り方を教えてほしいと頼んだんです。ここなら人も通らないだろうと思って…。綾部は何も悪くありません、悪いのは私です!」
必死で、そう訴える兵助に、まだ喜八郎の胸倉を掴んだままだった留三郎が戸惑った顔をしている。
「久々知、お前が…?いや、しかし…」
「留三郎、もういいじゃないか。幸い、大きな怪我もしなかったし。」
漸く落とし穴から出られた伊作が、そう執り成すと。留三郎も、うーんと唸っていたが、やがて喜八郎の制服を掴む手を離した。
「まあ、俺たちもつい近道だと思って、いつも使わないこちらを選んだしな。…だが、学園の敷地は競合区域とは言え、せめて目印はちゃんと置いておけ。いいな?」
「はい。本当に、申し訳ありませんでした。」
兵助が、喜八郎と共に頭を下げると、先輩二人は頷いてから、歩いて行ってしまった。
安堵したのか、大きくため息をついた喜八郎を、兵助は振り返る。
「大丈夫か、綾部?」
「いやぁ、食満先輩いつにも増して迫力あって…びっくりしちゃいました。」
「ごめんな、巻き込んでしまって。」
謝ると、踏鋤を肩に担ぎ直した喜八郎は、飄々とした笑顔になった。
「まあ作戦は頓挫しましたけど、僕は、穴掘りができたので今日は満足です。」
「…流石、穴掘り小僧、だな。」
いつものマイペースを取り戻したらしい後輩に、呆れたような、苦笑いを浮かべる兵助であった。