そのうすべに色を隠して。
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『九頁 うすべにいろのあの子』
※伊作目線で一年生の時の回想。
※(夢主以外の)全員、同じクラス。の脳内設定でお送りいたします。
※安定の捏造満載。
※モブも若干いる。
※幼少期男ども、かなり悪ガキ。少々(というか、だいぶ)カッコ悪いので、苦手な方はお戻りください。
※幼少期長次が普通に喋ってます。それも苦手な方は戻ってください。
※他にも、それぞれ性格・言動が今と若干違う所がある(台詞に子どもっぽさが出るようにしている等)ので、苦手な方は以下略
僕、善法寺伊作がこの忍術学園に入学したばかりの、一年生だった頃。
普段は男子禁制だという、くの一教室がある敷地内に、クラスの皆で招待されたことがあった。
その時に、僕が出会った女の子は、六年生になった今でも、僕らと同じようにこの学園で、忍者となるべく日々精進している。
その子は、上町ひまり、という名前だった。
「先生ぇ、くの一教室の女の子たち、ヒドイですよぉ…」
「僕さっき、池に落とされました…」
「木の上に引っかかった帯を、親切で取ってあげようとしたら梯子を取り外されちゃって…おまけに枝も折れて……」
招待された女の子たちから"手厚い歓迎"を受けて戻ってきたクラスメイトたちは、引率の先生に向かって口々に文句をこぼしていた。
「な、だからさっき出発する前に、先生が忠告しておいただろう?『くの一は、男の忍者よりもコワイ』って。」
笑いながら、当時の僕らの教科担当だった新任教師の土井先生が、そう言うのを聞いて皆、項垂れていた。
「せんせーい、文次郎なんか、畳返しされてました!」
「ああ?留三郎、お前こそさっき女の子に、一本背負いで投げ飛ばされてたじゃないか!」
「なんだと?!」
「やるかあ?!」
そうかと思えば、たちまち取っ組み合いの喧嘩を始める者もいて。その二人には、土井先生からのきついゲンコツが落とされていた。
そんな光景を眺めながら、僕はと言えば。
皆、そんなに女の子たちから酷い目に遭わされていたのかと、内心驚いていた。
というのも、僕がその日一緒にいた、上町ひまりと名乗った女の子は、全然、そんな意地悪をしてくるような子ではなかったからだ。
でも、普段からよくつまづいたり、転んだりしている僕と一緒にいたせいで、逆にその子には、怪我を負わせてしまって。…何であんな所に落とし穴があったのか、それが謎ではあるんだけれども。
とにかく、つまづいた僕が後ろから彼女の背中にぶつかって、丁度落とし穴があったところに倒してしまって、二人して一緒に穴に落ちて。
幸い、そこまで深い穴じゃなかったおかげか、医務室に運び込まれるほどの怪我にはならなかったけれど。
僕が一人で勝手に転んだ時に、立つのに貸してくれたあの手を、擦りむかせてしまった。
僕が手当てしたその手を、「これでおあいこ、だもんね」と振ってみせてくれた、あの時の彼女は笑っていたけれど。
やっぱり、怒っていないだろうか。
「ーーーーーーーー伊作、おい、伊作!」
呼ばれていたことに漸く気付き、僕は、同じクラスの立花仙蔵を振り返る。
「ごめん、何だい?」
「…何だお前、話を聞いていなかったのか?」
「ごめん、ちょっと考え事しててさ…。で、何?」
「だから、くの一の子から、お前は何されたんだよ?って。」
「僕?僕は、…何も。」
そこまで大きな声で話したつもりはなかったのに、何故か僕のその一言で、クラスメイト全員が振り返った。
「は?」
「何も?」
「どゆこと?」
皆に急に詰め寄られ、僕は若干後退りながら、
「い、いや…だから、僕が一緒にいた子は、何もしてこなかったから…」
「えー、何だよそれ!」
「伊作だけ、ずりぃぞ!」
「そんなぁ…」
口々に文句を言われて、どうしたらいいのか分からず困ってしまった。すると、土井先生が「こら、お前たち」と、手を叩いて皆の注目を集めた。
「あんまり騒いでいると、また酷い目に遭わされるぞ?早く、教室に戻りなさい。」
クラスの皆は、はぁーい……、と力無く返事をして、とぼとぼ歩き始めた。
戻る途中で、例の女の子たちが教室から出てくる様子が見えた。時間帯的に、お昼ご飯を食べに食堂へ向かっているのだろうか。
彼女たちが歩きながら何やらクスクス笑っているのが、クラスの皆には面白くないようだった。
僕も何となくその女の子たちの方を見ていたけれど、ふとその中に、さっきまで一緒だった子の顔を見つけて、あ、と思わず声をあげてしまった。
向こうも気付いたのか、僕と、目が合った。
僕が小さく手を振ると、彼女は遠慮がちな様子で苦笑し、ちょっと手をあげて二、三回振ると、すぐに他の女の子たちの中に戻っていった。
「…伊作?どうしたの。」
近くにいた中在家長次に不思議そうに訊かれ、僕は振り返った。さっき皆に詰め寄られてた中で、彼だけあまり詰め寄ってこなかったので、答えてもいいかな、と思った。
「さっき一緒だった子がいたから、挨拶してたんだ。」
「ふうん。」
「ーーーーーーーーさっきの、手ちょっと上げた子か?」
「うん、そうその子……」
訊かれたのが、長次とは別の声だったのに、ついそっちにも返事をしてしまってから気付いた。
じーーっと、僕を見ている食満留三郎と、潮江文次郎と、七松小平太に。
「ほう…」
「あいつか…」
「へぇ…」
僕を、というより、女の子の一団に最後尾辺りでついていく彼女を、皆は目ざとく見ていた。
「なるほど。確かに、ちょっと大人しそうだよな。」
「なあ、あの子だったら、俺たちでも…」
「ああ。やり返してこなさそうだしな。」
だんだんと、彼らの顔が何かを企むように悪い表情になっていく。
「えっと、あの、皆……?」
僕は、皆の雰囲気が怖くて、おっかなびっくり声をかけたりもしたけれど。
"あの事件"が起きてしまったことを、結局は止めることができなかった。
留三郎や文次郎だけでなく、仙蔵と小平太、それに他にも当時のクラスメイト何人かが、その"計画"に加担していた。
くの一教室の女の子たちにさんざんイタズラされたことで、その腹いせの矛先に、どういうわけか僕が一緒だった女の子が選ばれてしまって。皆が大人しそうだと口々に評するその子を、罠に嵌めてやろうという計画だと聞いて、勿論、僕はやめるよう説得し続けていたんだけれど、憂さ晴らしに躍起になっている彼らは全く聞く耳持たずだった。
大体、彼女は何もしていないのに、大人しそうだとか他の女の子と同じ"くのたま"だからだとか、そんな理由でターゲットにするなんて、完全にとばっちりじゃないか。
最早ほとんど、悪ふざけの、面白半分だったのだろう。
多勢に無勢で、そのイタズラ計画を止めることはできなかったけれど。せめて、様子が見える所から事の顛末を見届けようと、僕はその計画が実行されるという場所の、少し離れた茂みのそばにしゃがんでいた。…あまり近付くと、計画している奴らに「邪魔すんな!」と追い返されてしまうから。
すると、ガサ、と足音が聞こえ、振り返ると長次の姿がそこにあった。彼も、僕がしゃがんでいる隣にあぐらをかいて座った。
「…長次は、参加しなかったんだね。」
「だって、興味ない。」
「でも、こうして来てくれたじゃないか。」
「女の子をいじめるの、良くない。せめて、その子が怪我した時、助けてあげようと思って。」
「僕も一応、医務室から救急箱借りてきた。……でも、僕、あいつらのこと止められなかった…。」
「伊作…。」
「ひまりちゃん…ごめんね。」
僕が名前を呟いていた、その子は、もうすぐ、この近くまで来るところだった。
そして、何も知らない彼女は、忍術学園の校庭からくの一教室のある敷地へと繋がる道を歩いていき、
悲鳴と共に落とし穴に落ちてしまった。
すぐに、穴の淵に手をかけて這い出た彼女は、穴を避けて通ろうとした、その先でもまた落とし穴に落ちてしまい。
「やった、大成功!」
「やーい!」
「引っかかったな!」
その"二重の罠"に嵌ったところを、実行犯の文次郎たちが、隠れていた塀の外側から顔を覗かせて笑っていた。
「皆、ひどいよ…。ひまりちゃん、怪我してないかな?」
「まだ、出てこないな。」
一方的に意地悪されて、もしかして、泣いたりしていないだろうか。
なかなか出てこなくて、まさか足を挫いたのかと、僕が腰を上げかけた時。やっと顔を出し、地上に上がってスッと立ち上がった姿に、怪我はなさそうだと、僕がひとまず安堵していると。
塀の上でまだ笑っていた彼らを見上げて、彼女はこう言った。
「ねえ。あんたたちさ、
そんなに私と遊びたかったの?」
彼女のその台詞を聞いて、それまで笑っていた全員が、一瞬にして青ざめた。
いや、台詞だけじゃなくて、僕と長次の側からは見えなかったけれど多分その時の彼女の表情と、その手に持った、点火済みの焙烙火矢を見て。
「なら、たっぷり遊んでやるよ。ーーーーーーーーほぅらお返しだ!!」
その直後、投げた焙烙火矢の爆発音と複数人の悲鳴を皮切りに。
彼女と、実行犯の彼らとの、怒涛の鬼ごっこが始まってしまった。
ある者はかぎ縄で捕まり、ある者は手裏剣を雨のようにくらい、またある者は背中からドロップキックを受け、撒菱を撒かれ、池に蹴り落とされ、追加の焙烙火矢をお見舞いされ。
「……」
僕と一緒に様子を見ていた長次が、阿鼻叫喚のその光景に、ドン引きして絶句していた。
結局、日が暮れる頃には計画に加担した全員が満身創痍で、皆ボロボロの格好で僕の元に詰めかけて、
「あれのどこが大人しい子なんだよ!!」
と、文句を言ってきた。
僕はそんなこと、一言も言ってないのに。
その翌日、例の女の子、上町ひまりの姿を見つけた僕は、前日のことについて深く頭を下げた。
「本当に、ごめんなさい!」
「いや、だから別に、あんたに謝ってもらう必要ないし…。悪いの、あいつらじゃん。」
「でも、クラスメイトとして、止められなかったのも事実だから……。」
「まあ、もういいよ。あいつらがあんなことした理由が分かったしさ。……にしてもほんと、」
と、会話している途中で、少し離れた所から僕らにわざと聞こえるようにヒソヒソ話す者がいた。
「見ろよ、あいつら、今日も一緒にいるぜ!」
「よっ、そこの二人。仲がよろしいことで!」
見ると、昨日の今日でまだ怪我の包帯が取れていない文次郎、留三郎、小平太が僕らを見て、囃し立てていた。
「こ、こら皆…」
と、僕が慌てて止めようとした時、上町ひまりは黙ったまま彼らに向けて、何かを素早く投げた。
竹筒のようなもので、投げる直前に点火されていたそれは、破裂して中から何か煙のようなものを出して彼らを一瞬にして包む。やがて、三人は激しく咳き込み始め、鼻水や涙を大量に流してその場でのたうちまわっていた。
「……ひまりちゃん、何投げたの?」
「もっぱん。いわゆる、催涙弾みたいなやつよ。」
「そ、そうなんだ…。」
苦しそうに息をしながら、留三郎が「お前、いきなり何するんだ!」と抗議してきたのを、彼女は鼻で笑った。
「そっちこそ、男が揃いも揃って、陰湿なやり方ばっかり。カッコ悪いと思わないの?」
「う、うるせー!」
「覚えてろ!」
三人は捨て台詞を吐きながら、そしてまだ咳き込みながら一目散に、井戸のある方へと走り去っていった。
それからまた後日。
文次郎たちは今度は、バスケで勝負しようと彼女に持ちかけたらしい。
話を聞きつけて、その勝負が行われる校庭に、僕や長次、それに仙蔵もその様子を見に来ていた。
「仙蔵は、あっちのチームに加わらなかったの?」
"二重の落とし穴計画"に彼も加担していた記憶から、僕がそう訊くと、すました顔で、
「もうバカには付き合わないことにした。」
との返事だった。他の何人かのクラスメイトと同様、彼も、あの一件で懲りていたらしい。
でも、相変わらず文次郎、留三郎、小平太の三人はまだ上町ひまりに突っかかっていた。
留三郎が、声を張っている。
「よーし、シュートは任せたぞ小平太!」
「おう!楽しみだー!」
…小平太はどっちかというと、単にバスケで遊びたかったみたいだったけれど。
勝負が始まって、ボールを奪った文次郎が小平太にパスする。
「いっけいけ、どんどー……んお?」
そして、シュート、ーーーーーーーーしたはずのボールは、ゴール用に用意した的には当たらず、高くジャンプした上町ひまりの手の中に収まっていた。
その次の瞬間。
閃光の如く放たれたボールは、真っ直ぐ、小平太の顔面に吸い込まれるように直撃した。
仰向けに倒れた小平太は、気絶していた。
「…ってオイ!お前それ反則だろ!」
「卑怯だぞ!バスケやれバスケ!」
とっくに着地していて、涼しい顔をしていた彼女は、抗議する文次郎と留三郎に向かって、べー、と舌を出す。
「大勢でコソコソ、女一人を罠に嵌めようとする奴らなんかに、言われたくないもんねーだ。」
と、続けてバッサリ。
二人は悔しそうにしていたが、彼女の言うことにも理があるので言い返せずにいる。このバスケの勝負自体も、そもそも三対一だから、余計にそうだったらしい。
「……あいつほんと、悪の権化みたいな女だな…。」
「でもそれ、皆がいじめるからじゃないの?」
「まあそれは、……そうかもしれないが。」
「皆もっと、仲良くしたらいいのに。」
横で仙蔵と長次が会話する一方で、僕は、彼女のその堂々とした姿や態度に、なんだかすっかり、感心してしまっていた。
「ひまりちゃんって、すごいなぁ。」
「何よ、急に。」
校庭に、傾きかけた夕日の光が差し込む時間帯。他に誰もいなくなり、置き忘れられたバスケットボールでリフティングをする彼女を近くで眺めながら、僕は素直にそう口にしていた。
「男にもあんなに堂々としてて。立ち向かってて。それが、かっこいいなと思ってさ。」
彼女は、返事を返さず、膝で交互にリフティングを繰り返している。
「…僕は、言いたいこともハッキリ言えないから。」
トン、とボールを大きく頭上に上げて、そのままヘッドリフティングに切り替えた。そして、
「あんたも言ってやればいいじゃない、堂々と。…私に、問答無用で怪我の手当てした時みたいにさ。」
何でもないことのように、そう言いながらひたすらボールを一定のリズムで打ち上げ続ける。
「え…?」
「それに言いたいことが言えない、って言うけど、それってさ、あんたが周りを気遣ってるってことでしょ?」
最後に、ポン、と大きく真上に弾いて、手の中に収めた。
「人一倍、誰かのことを心配して、周りのこと傷付けないようにしてて。……あんた、本当に優しいのね。」
気付くと不意に、距離が縮まっていた。苦笑したような、眉尻を下げた表情の彼女の顔が、すぐ目の前にあって。
「えっ……ひまりちゃ……?!」
「………ふふっ、ばーか。」
小さく吹き出した彼女に、デコピンをくらってしまった。
額を押さえて呆然とする間に、上町ひまりは僕の顔を覗き込んでいた体勢から体を起こして、笑っていた。
くの一は、男の忍者よりもコワイ。
先生がおっしゃっていたことも、それなりに分かる。でも、その時の僕は、
煌めく夕日に照らされた彼女の、悪戯っぽい、楽しそうなその笑顔を、
とても綺麗だと、思ったのだった。
後書き。
幼少期男ども、10歳のはずだが小学四年生という感じよりは、低学年みあるなこれ。
以下、それぞれの幼少期設定です(※拙宅脳内における)。
文次郎・留三郎→悪ガキその1・その2。どっちもガキ大将みたいな感じ。この頃からお互い喧嘩三昧だが、現在よりはもうちょっと協力関係にあったのかもしれない。共通の敵(=夢主)を倒すという目的がある時とか。そののち、留三郎と夢主の共通の敵が文次郎へとシフトしていき、現在に至る。
小平太→悪ガキその3。どちらかというと、楽しそうだから、などのような理由で悪だくみに参加している。イタズラ感覚。冒険心の塊で、罪の意識はあまりない。その代わり、やり返されてもあまり根に持たないタイプ。
仙蔵→当初はやや悪ガキ寄りだったが、夢主から手酷い報復を受けたことで理性がはたらき、無計画的に無闇に、悪だくみに加担することはなくなった。以降はクール優等生街道をひた走ることになる。
長次→良心担当。物静かで、悪だくみなどにはあまり興味を示さない。幼い頃から常識的な思考を持ち、芯がある。普通に喋る。ハッキリと物申す。表情も現在より柔らかかったはず。
※現在の彼のキャラクター(無口、仏頂面)になった理由が公式設定で明かされているので、それより以前ならこんな感じで喋ったりするかな、という勝手な妄想でこうなりました。
伊作→もう一人の良心担当。保健委員としてのスイッチが入った時以外は、基本的に気弱な言動が多い。血気盛んな文次郎や留三郎とは、当初そこまで仲良くなかった(半年後くらいには仲良くなってるかもしれない)。自分と対照的な、つよつよ女子の夢主に憧れている節がある。
※伊作目線で一年生の時の回想。
※(夢主以外の)全員、同じクラス。の脳内設定でお送りいたします。
※安定の捏造満載。
※モブも若干いる。
※幼少期男ども、かなり悪ガキ。少々(というか、だいぶ)カッコ悪いので、苦手な方はお戻りください。
※幼少期長次が普通に喋ってます。それも苦手な方は戻ってください。
※他にも、それぞれ性格・言動が今と若干違う所がある(台詞に子どもっぽさが出るようにしている等)ので、苦手な方は以下略
僕、善法寺伊作がこの忍術学園に入学したばかりの、一年生だった頃。
普段は男子禁制だという、くの一教室がある敷地内に、クラスの皆で招待されたことがあった。
その時に、僕が出会った女の子は、六年生になった今でも、僕らと同じようにこの学園で、忍者となるべく日々精進している。
その子は、上町ひまり、という名前だった。
「先生ぇ、くの一教室の女の子たち、ヒドイですよぉ…」
「僕さっき、池に落とされました…」
「木の上に引っかかった帯を、親切で取ってあげようとしたら梯子を取り外されちゃって…おまけに枝も折れて……」
招待された女の子たちから"手厚い歓迎"を受けて戻ってきたクラスメイトたちは、引率の先生に向かって口々に文句をこぼしていた。
「な、だからさっき出発する前に、先生が忠告しておいただろう?『くの一は、男の忍者よりもコワイ』って。」
笑いながら、当時の僕らの教科担当だった新任教師の土井先生が、そう言うのを聞いて皆、項垂れていた。
「せんせーい、文次郎なんか、畳返しされてました!」
「ああ?留三郎、お前こそさっき女の子に、一本背負いで投げ飛ばされてたじゃないか!」
「なんだと?!」
「やるかあ?!」
そうかと思えば、たちまち取っ組み合いの喧嘩を始める者もいて。その二人には、土井先生からのきついゲンコツが落とされていた。
そんな光景を眺めながら、僕はと言えば。
皆、そんなに女の子たちから酷い目に遭わされていたのかと、内心驚いていた。
というのも、僕がその日一緒にいた、上町ひまりと名乗った女の子は、全然、そんな意地悪をしてくるような子ではなかったからだ。
でも、普段からよくつまづいたり、転んだりしている僕と一緒にいたせいで、逆にその子には、怪我を負わせてしまって。…何であんな所に落とし穴があったのか、それが謎ではあるんだけれども。
とにかく、つまづいた僕が後ろから彼女の背中にぶつかって、丁度落とし穴があったところに倒してしまって、二人して一緒に穴に落ちて。
幸い、そこまで深い穴じゃなかったおかげか、医務室に運び込まれるほどの怪我にはならなかったけれど。
僕が一人で勝手に転んだ時に、立つのに貸してくれたあの手を、擦りむかせてしまった。
僕が手当てしたその手を、「これでおあいこ、だもんね」と振ってみせてくれた、あの時の彼女は笑っていたけれど。
やっぱり、怒っていないだろうか。
「ーーーーーーーー伊作、おい、伊作!」
呼ばれていたことに漸く気付き、僕は、同じクラスの立花仙蔵を振り返る。
「ごめん、何だい?」
「…何だお前、話を聞いていなかったのか?」
「ごめん、ちょっと考え事しててさ…。で、何?」
「だから、くの一の子から、お前は何されたんだよ?って。」
「僕?僕は、…何も。」
そこまで大きな声で話したつもりはなかったのに、何故か僕のその一言で、クラスメイト全員が振り返った。
「は?」
「何も?」
「どゆこと?」
皆に急に詰め寄られ、僕は若干後退りながら、
「い、いや…だから、僕が一緒にいた子は、何もしてこなかったから…」
「えー、何だよそれ!」
「伊作だけ、ずりぃぞ!」
「そんなぁ…」
口々に文句を言われて、どうしたらいいのか分からず困ってしまった。すると、土井先生が「こら、お前たち」と、手を叩いて皆の注目を集めた。
「あんまり騒いでいると、また酷い目に遭わされるぞ?早く、教室に戻りなさい。」
クラスの皆は、はぁーい……、と力無く返事をして、とぼとぼ歩き始めた。
戻る途中で、例の女の子たちが教室から出てくる様子が見えた。時間帯的に、お昼ご飯を食べに食堂へ向かっているのだろうか。
彼女たちが歩きながら何やらクスクス笑っているのが、クラスの皆には面白くないようだった。
僕も何となくその女の子たちの方を見ていたけれど、ふとその中に、さっきまで一緒だった子の顔を見つけて、あ、と思わず声をあげてしまった。
向こうも気付いたのか、僕と、目が合った。
僕が小さく手を振ると、彼女は遠慮がちな様子で苦笑し、ちょっと手をあげて二、三回振ると、すぐに他の女の子たちの中に戻っていった。
「…伊作?どうしたの。」
近くにいた中在家長次に不思議そうに訊かれ、僕は振り返った。さっき皆に詰め寄られてた中で、彼だけあまり詰め寄ってこなかったので、答えてもいいかな、と思った。
「さっき一緒だった子がいたから、挨拶してたんだ。」
「ふうん。」
「ーーーーーーーーさっきの、手ちょっと上げた子か?」
「うん、そうその子……」
訊かれたのが、長次とは別の声だったのに、ついそっちにも返事をしてしまってから気付いた。
じーーっと、僕を見ている食満留三郎と、潮江文次郎と、七松小平太に。
「ほう…」
「あいつか…」
「へぇ…」
僕を、というより、女の子の一団に最後尾辺りでついていく彼女を、皆は目ざとく見ていた。
「なるほど。確かに、ちょっと大人しそうだよな。」
「なあ、あの子だったら、俺たちでも…」
「ああ。やり返してこなさそうだしな。」
だんだんと、彼らの顔が何かを企むように悪い表情になっていく。
「えっと、あの、皆……?」
僕は、皆の雰囲気が怖くて、おっかなびっくり声をかけたりもしたけれど。
"あの事件"が起きてしまったことを、結局は止めることができなかった。
留三郎や文次郎だけでなく、仙蔵と小平太、それに他にも当時のクラスメイト何人かが、その"計画"に加担していた。
くの一教室の女の子たちにさんざんイタズラされたことで、その腹いせの矛先に、どういうわけか僕が一緒だった女の子が選ばれてしまって。皆が大人しそうだと口々に評するその子を、罠に嵌めてやろうという計画だと聞いて、勿論、僕はやめるよう説得し続けていたんだけれど、憂さ晴らしに躍起になっている彼らは全く聞く耳持たずだった。
大体、彼女は何もしていないのに、大人しそうだとか他の女の子と同じ"くのたま"だからだとか、そんな理由でターゲットにするなんて、完全にとばっちりじゃないか。
最早ほとんど、悪ふざけの、面白半分だったのだろう。
多勢に無勢で、そのイタズラ計画を止めることはできなかったけれど。せめて、様子が見える所から事の顛末を見届けようと、僕はその計画が実行されるという場所の、少し離れた茂みのそばにしゃがんでいた。…あまり近付くと、計画している奴らに「邪魔すんな!」と追い返されてしまうから。
すると、ガサ、と足音が聞こえ、振り返ると長次の姿がそこにあった。彼も、僕がしゃがんでいる隣にあぐらをかいて座った。
「…長次は、参加しなかったんだね。」
「だって、興味ない。」
「でも、こうして来てくれたじゃないか。」
「女の子をいじめるの、良くない。せめて、その子が怪我した時、助けてあげようと思って。」
「僕も一応、医務室から救急箱借りてきた。……でも、僕、あいつらのこと止められなかった…。」
「伊作…。」
「ひまりちゃん…ごめんね。」
僕が名前を呟いていた、その子は、もうすぐ、この近くまで来るところだった。
そして、何も知らない彼女は、忍術学園の校庭からくの一教室のある敷地へと繋がる道を歩いていき、
悲鳴と共に落とし穴に落ちてしまった。
すぐに、穴の淵に手をかけて這い出た彼女は、穴を避けて通ろうとした、その先でもまた落とし穴に落ちてしまい。
「やった、大成功!」
「やーい!」
「引っかかったな!」
その"二重の罠"に嵌ったところを、実行犯の文次郎たちが、隠れていた塀の外側から顔を覗かせて笑っていた。
「皆、ひどいよ…。ひまりちゃん、怪我してないかな?」
「まだ、出てこないな。」
一方的に意地悪されて、もしかして、泣いたりしていないだろうか。
なかなか出てこなくて、まさか足を挫いたのかと、僕が腰を上げかけた時。やっと顔を出し、地上に上がってスッと立ち上がった姿に、怪我はなさそうだと、僕がひとまず安堵していると。
塀の上でまだ笑っていた彼らを見上げて、彼女はこう言った。
「ねえ。あんたたちさ、
そんなに私と遊びたかったの?」
彼女のその台詞を聞いて、それまで笑っていた全員が、一瞬にして青ざめた。
いや、台詞だけじゃなくて、僕と長次の側からは見えなかったけれど多分その時の彼女の表情と、その手に持った、点火済みの焙烙火矢を見て。
「なら、たっぷり遊んでやるよ。ーーーーーーーーほぅらお返しだ!!」
その直後、投げた焙烙火矢の爆発音と複数人の悲鳴を皮切りに。
彼女と、実行犯の彼らとの、怒涛の鬼ごっこが始まってしまった。
ある者はかぎ縄で捕まり、ある者は手裏剣を雨のようにくらい、またある者は背中からドロップキックを受け、撒菱を撒かれ、池に蹴り落とされ、追加の焙烙火矢をお見舞いされ。
「……」
僕と一緒に様子を見ていた長次が、阿鼻叫喚のその光景に、ドン引きして絶句していた。
結局、日が暮れる頃には計画に加担した全員が満身創痍で、皆ボロボロの格好で僕の元に詰めかけて、
「あれのどこが大人しい子なんだよ!!」
と、文句を言ってきた。
僕はそんなこと、一言も言ってないのに。
その翌日、例の女の子、上町ひまりの姿を見つけた僕は、前日のことについて深く頭を下げた。
「本当に、ごめんなさい!」
「いや、だから別に、あんたに謝ってもらう必要ないし…。悪いの、あいつらじゃん。」
「でも、クラスメイトとして、止められなかったのも事実だから……。」
「まあ、もういいよ。あいつらがあんなことした理由が分かったしさ。……にしてもほんと、」
と、会話している途中で、少し離れた所から僕らにわざと聞こえるようにヒソヒソ話す者がいた。
「見ろよ、あいつら、今日も一緒にいるぜ!」
「よっ、そこの二人。仲がよろしいことで!」
見ると、昨日の今日でまだ怪我の包帯が取れていない文次郎、留三郎、小平太が僕らを見て、囃し立てていた。
「こ、こら皆…」
と、僕が慌てて止めようとした時、上町ひまりは黙ったまま彼らに向けて、何かを素早く投げた。
竹筒のようなもので、投げる直前に点火されていたそれは、破裂して中から何か煙のようなものを出して彼らを一瞬にして包む。やがて、三人は激しく咳き込み始め、鼻水や涙を大量に流してその場でのたうちまわっていた。
「……ひまりちゃん、何投げたの?」
「もっぱん。いわゆる、催涙弾みたいなやつよ。」
「そ、そうなんだ…。」
苦しそうに息をしながら、留三郎が「お前、いきなり何するんだ!」と抗議してきたのを、彼女は鼻で笑った。
「そっちこそ、男が揃いも揃って、陰湿なやり方ばっかり。カッコ悪いと思わないの?」
「う、うるせー!」
「覚えてろ!」
三人は捨て台詞を吐きながら、そしてまだ咳き込みながら一目散に、井戸のある方へと走り去っていった。
それからまた後日。
文次郎たちは今度は、バスケで勝負しようと彼女に持ちかけたらしい。
話を聞きつけて、その勝負が行われる校庭に、僕や長次、それに仙蔵もその様子を見に来ていた。
「仙蔵は、あっちのチームに加わらなかったの?」
"二重の落とし穴計画"に彼も加担していた記憶から、僕がそう訊くと、すました顔で、
「もうバカには付き合わないことにした。」
との返事だった。他の何人かのクラスメイトと同様、彼も、あの一件で懲りていたらしい。
でも、相変わらず文次郎、留三郎、小平太の三人はまだ上町ひまりに突っかかっていた。
留三郎が、声を張っている。
「よーし、シュートは任せたぞ小平太!」
「おう!楽しみだー!」
…小平太はどっちかというと、単にバスケで遊びたかったみたいだったけれど。
勝負が始まって、ボールを奪った文次郎が小平太にパスする。
「いっけいけ、どんどー……んお?」
そして、シュート、ーーーーーーーーしたはずのボールは、ゴール用に用意した的には当たらず、高くジャンプした上町ひまりの手の中に収まっていた。
その次の瞬間。
閃光の如く放たれたボールは、真っ直ぐ、小平太の顔面に吸い込まれるように直撃した。
仰向けに倒れた小平太は、気絶していた。
「…ってオイ!お前それ反則だろ!」
「卑怯だぞ!バスケやれバスケ!」
とっくに着地していて、涼しい顔をしていた彼女は、抗議する文次郎と留三郎に向かって、べー、と舌を出す。
「大勢でコソコソ、女一人を罠に嵌めようとする奴らなんかに、言われたくないもんねーだ。」
と、続けてバッサリ。
二人は悔しそうにしていたが、彼女の言うことにも理があるので言い返せずにいる。このバスケの勝負自体も、そもそも三対一だから、余計にそうだったらしい。
「……あいつほんと、悪の権化みたいな女だな…。」
「でもそれ、皆がいじめるからじゃないの?」
「まあそれは、……そうかもしれないが。」
「皆もっと、仲良くしたらいいのに。」
横で仙蔵と長次が会話する一方で、僕は、彼女のその堂々とした姿や態度に、なんだかすっかり、感心してしまっていた。
「ひまりちゃんって、すごいなぁ。」
「何よ、急に。」
校庭に、傾きかけた夕日の光が差し込む時間帯。他に誰もいなくなり、置き忘れられたバスケットボールでリフティングをする彼女を近くで眺めながら、僕は素直にそう口にしていた。
「男にもあんなに堂々としてて。立ち向かってて。それが、かっこいいなと思ってさ。」
彼女は、返事を返さず、膝で交互にリフティングを繰り返している。
「…僕は、言いたいこともハッキリ言えないから。」
トン、とボールを大きく頭上に上げて、そのままヘッドリフティングに切り替えた。そして、
「あんたも言ってやればいいじゃない、堂々と。…私に、問答無用で怪我の手当てした時みたいにさ。」
何でもないことのように、そう言いながらひたすらボールを一定のリズムで打ち上げ続ける。
「え…?」
「それに言いたいことが言えない、って言うけど、それってさ、あんたが周りを気遣ってるってことでしょ?」
最後に、ポン、と大きく真上に弾いて、手の中に収めた。
「人一倍、誰かのことを心配して、周りのこと傷付けないようにしてて。……あんた、本当に優しいのね。」
気付くと不意に、距離が縮まっていた。苦笑したような、眉尻を下げた表情の彼女の顔が、すぐ目の前にあって。
「えっ……ひまりちゃ……?!」
「………ふふっ、ばーか。」
小さく吹き出した彼女に、デコピンをくらってしまった。
額を押さえて呆然とする間に、上町ひまりは僕の顔を覗き込んでいた体勢から体を起こして、笑っていた。
くの一は、男の忍者よりもコワイ。
先生がおっしゃっていたことも、それなりに分かる。でも、その時の僕は、
煌めく夕日に照らされた彼女の、悪戯っぽい、楽しそうなその笑顔を、
とても綺麗だと、思ったのだった。
後書き。
幼少期男ども、10歳のはずだが小学四年生という感じよりは、低学年みあるなこれ。
以下、それぞれの幼少期設定です(※拙宅脳内における)。
文次郎・留三郎→悪ガキその1・その2。どっちもガキ大将みたいな感じ。この頃からお互い喧嘩三昧だが、現在よりはもうちょっと協力関係にあったのかもしれない。共通の敵(=夢主)を倒すという目的がある時とか。そののち、留三郎と夢主の共通の敵が文次郎へとシフトしていき、現在に至る。
小平太→悪ガキその3。どちらかというと、楽しそうだから、などのような理由で悪だくみに参加している。イタズラ感覚。冒険心の塊で、罪の意識はあまりない。その代わり、やり返されてもあまり根に持たないタイプ。
仙蔵→当初はやや悪ガキ寄りだったが、夢主から手酷い報復を受けたことで理性がはたらき、無計画的に無闇に、悪だくみに加担することはなくなった。以降はクール優等生街道をひた走ることになる。
長次→良心担当。物静かで、悪だくみなどにはあまり興味を示さない。幼い頃から常識的な思考を持ち、芯がある。普通に喋る。ハッキリと物申す。表情も現在より柔らかかったはず。
※現在の彼のキャラクター(無口、仏頂面)になった理由が公式設定で明かされているので、それより以前ならこんな感じで喋ったりするかな、という勝手な妄想でこうなりました。
伊作→もう一人の良心担当。保健委員としてのスイッチが入った時以外は、基本的に気弱な言動が多い。血気盛んな文次郎や留三郎とは、当初そこまで仲良くなかった(半年後くらいには仲良くなってるかもしれない)。自分と対照的な、つよつよ女子の夢主に憧れている節がある。