そのうすべに色を隠して。
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『八頁 お面の罠』
※鉢屋三郎メイン。
※鉢屋三郎の性格があまりよろしくない。
※彼の一人称は、拙宅では目上に対しては「僕」統一とさせていただきます。より後輩感を出したかったので。笑
六年い組、上町陽太は、現在、二人の五年生の後輩に猛追されていた。
「待って下さい、上町先輩!今日こそ、正式に、我ら生物委員会の委員長になっていただきますよ!」
「何を言うんだ、八左ヱ門!上町先輩は我々、火薬委員会に入って頂くのだぞ!」
「勝手に決めるなよ、兵助!先輩を先に捕まえた方が入れるって約束だろうが!」
その二人とは、陽太に生物委員会の委員長になってもらいたい委員長代理・竹谷八左ヱ門と、火薬委員会の委員長になってもらいたい委員長代理・久々知兵助だった。
遥か遠くから聞こえてくる彼らの言い合う声に、私はそんな約束をした覚えは無いんだが、と心の中でつっこみながら、ひたすら逃げる。
この二つの委員会は、六年生が不在の中、学年が最も上の竹谷と久々知が委員長代理としてそれぞれの委員会をまとめている状態だった。
そこで、現在どこの委員会にも所属していない陽太を、委員長として迎え入れようと争奪戦を繰り広げているのだ。
陽太自身は、虫が大の苦手で毒虫の世話ができないため、生物委員会の勧誘を断り続けており、更に毒虫対策の火薬を常に携帯していることからルール上、火薬委員にもなれない、ということで、そもそもこの戦いはゴールが見えてこないのである。
とは言え、彼らの争奪戦勃発の責任も感じており、手が空いている時にはできる範囲の仕事を手伝うことにしていた。
具体的には、硝煙蔵での作業や火薬を使った実験以外の仕事(書類整理など)と、菜園の世話を手伝っている。
しかしそれが、逆に二人の争奪戦を更に加熱させる要因ともなっているようで。
「この間、菜園の野菜の収穫を手伝って頂いたんだぞ!」
「こっちは火薬の仕入れを手伝って頂いたぞ!」
「それでもメインの硝煙蔵での作業は、火種をお持ちだからできないじゃないか!」
「そっちこそ、メインは毒虫の世話だろう!上町先輩は、虫が苦手でいらっしゃるんだぞ!?」
…それぞれに申し訳ないとは思いつつ、結論としては、どちらにも入ることができないので、ひたすら逃げ続け、諦めてもらうしかなかった。
「ーーーーーーーー先輩、上町先輩!」
逃げる途中、どこかの古い木造の倉庫の前を通りかかった時、誰かに呼ばれたような気がして陽太は一旦立ち止まった。
キョロキョロと辺りを見回していると、倉庫の扉が少し開いた。
「兵助と、八左ヱ門に追われているんでしょう?早く、こっちに隠れて下さい。」
顔を見せて、手招きをする人物の姿に、陽太は一瞬、迷いかけた。
何故、"彼"が自分を助けようとしてくれるのか。いやそもそも、ーーーーーーーー"彼"なのか、それとも"彼"なのか。
が、今はこの際、竹谷と久々知でさえなければ誰でもいい。今日は、結構長い時間追いかけられていて、そろそろ息も限界だった。
手招かれるまま、陽太は、するりと猫のように扉の中へ。
相手は、扉を閉めてから、膝に手をついて息を整えている陽太を振り返った。
「大丈夫ですか?今日は随分長いこと、追われていたみたいですけれど。」
この目の前の相手は、一体"どちら"なのか。
図りかねていると、相手は陽太の心を読んだように、
「僕は、鉢屋三郎ですよ、先輩。」
と、笑いかけた。
彼がわざわざ、自分の名前を改めて名乗ったのは、彼が現在、級友である五年ろ組の不破雷蔵とそっくりに変装しているからであった。
倉庫の中はそこまで暗くなかったので、まあギリギリ読めるか、と陽太はいつものように筆談用の手帳と筆を取り出し、サッと書いて相手に見せた。
『すまない 分からなかった』
「いえいえ。それだけ、僕の変装が上手いってことですからね。」
『しばらくここに居ていいのか?』
「どうぞ、構いませんよ。ここなら、殆ど人も来ないですし。あの二人も、しつこいですよねぇ。」
全くだ、との意味を込めて肩をすくめて見せる。それから陽太は、その場に座り込んで、無音で一つ大きく息をついた。
鉢屋三郎も、一応外を伺う為か、閉めた扉の少し手前に腰を降ろした。
「ところで上町先輩って、女ですよね?」
突然、突きつけられた。
それは、まるで、明日って休みですよね?みたいな、どうでもないような訊き方で。
その前に何かしらの腹の探り合いがあったとかでもなく、本当に、唐突に。
さしもの陽太も一瞬固まったが、頭巾で覆面しているから、表情は見えていないはず。
そう思いながら手帳を再び開き、サラサラと書きつける。
『一体何のことだ?』
「あーはいはい、それももうまどろっこしいんで、やめてくださいね。だって先輩、本当は、喋れるんでしょう?」
鉢屋はにこやかな表情を崩すことなく、陽太が掲げて見せた文面を手で押さえて、降ろさせた。
「……」
「平気ですよ。今ここ僕しかいないですし。」
「……」
しばしの沈黙。すると鉢屋は「そうですか。分かりました」と、膝に手を置いて立ち上がった。
「兵助と八左ヱ門に、居場所を教えますね。先輩、ここに居たくないみたいなんでーーーーーーーー」
踵を返して扉の方に手を伸ばす彼を、咄嗟に腰を上げ、服の裾を掴んで止めた。
「………何故、知っている?」
鉢屋は、扉の取っ手にかかる途中だった手を降ろして、後ろを振り返って困ったように笑う。
「先輩。手を離してください。制服が崩れちゃいます。」
彼の目をじっと見据えていたが、やがて、裾を掴む指をゆっくりと離した。
鉢屋は、再び先程と同じように、陽太の方を向いて座った。陽太も、改めて座り込む。
「ご存知なかったですか?僕が、変装の名人であると同時に、他人の変装を見破るのも得意だって。先輩のは、変装というよりは、性別を隠している、の方が正しいですけどね。」
それに、と彼は続ける。
「僕、覚えてるんですよ。あなたが、くの一教室にいた女子生徒だってこと。」
そんなことまで。ーーーーーーーー不審の目が強まったのを、相手も感じ取ったらしい。
「ご心配なく。別にあなたを尾けていたわけではないですから。覚えているのも、せいぜい僕くらいですよ。ほら、僕、いつも変装の研究してるんで、他人のことは特に記憶に残っているんです。顔とか、その人の雰囲気とか。」
「……恐ろしいものだな、それは。」
正に、バレるのも時間の問題だった、というわけだ。
「……それで?」
「はい?」
「私が女だということを突き止めて、満足か?学園中にバラすつもりか、それとも、交換条件を突き出すか?」
「上町先輩、いくらなんでもその言い方は酷いですよぉ。そんな怖い目、しないで下さいってば。」
まあでも、と一度下げた眉尻をパッと戻し、ニコニコ顔になる。
「僕とここでお話して下されば、それでいいですよ。」
それ、色々と聞いて他のこと探るつもりなんじゃないのか、とまだ勘繰ってしまう。そんな陽太を他所に、鉢屋は勝手に話を続けた。
「でもどうして、顔を、覆面で隠されてるんですか?」
「…何でそんな事、君に話さなくちゃいけないんだよ。」
「いいじゃないですか。僕こう見えて、人の秘密は絶対守る方ですよ。折角こうしてお話できるんですから、教えて下さいよ。」
「………」
折角、って、最初からこのつもりでこの倉庫の中に招き入れたくせに、とジト目を作るが、相手は構う様子もなく、少しだけ身を乗り出してきた。
「気になるんですよ。だって、皆の前で話さないのは声で女だとバレるから、って分かりますけど、顔は、むしろ覆面で隠すよりもいっそ、男に変装した方がバレないんじゃないかなって。」
「私は、君みたいに変装が上手くないからね。」
「またまたぁ、そんな事言って。」
「それに、毎朝いちいち変装する方が、面倒だし。」
「毎回筆談するのも面倒そうですけどね。」
「…第一、体のつくりは変えられないからな。」
「上町先輩、他の六年生の先輩方より背も低いですもんね。」
ニッコニコしながらいちいち棘のある言い方をする鉢屋に、だんだんイライラしてきた。最初の、親切そうな言動はやはり、猫を被っていたものらしい。
陽気な性格で、いたずら好き、だという話は聞いたことはあるが、どうやら、少し捻くれてもいるようだった。
「…すみません、ちょっと、言い過ぎましたね。」
そこで初めて、申し訳なさそうな苦笑を見せる。
「ごめんなさい。ずっと、あなたと話してみたくて、今日、話せたから、つい……。」
根は、悪い奴ではないのかもしれない。と、陽太は思った。
後輩達の噂話、特に、最近たまに話す(※但し筆談で)、乱太郎、きり丸、しんべヱからも、意地悪だという話は聞かない。むしろ、頼りになる先輩だと彼らも嬉しそうに話すのだった。いたずら好きがやはり玉に瑕、なのだそうだが。
「……君も、物好きだな。」
ここは年上の余裕で、溜飲をさげてやるか、なんて自分も思いながら、そう返した。
「見破ったのは確かにすごいけれど、でも私なんかに、わざわざ話しかけるなんて。」
「言ったじゃないですか、気になるって。僕、先輩に興味があるんですよ。」
よく分からんな、と思っていると、鉢屋は座ったまま、またズイッと、少し距離を詰めてきた。
「お願いが、あるんですが。」
「何?」
「ひまり先輩って、お呼びしてもいいですか?」
「……?!」
「いや、そんな身構えないで下さい。だから覚えてるんですってば、くの一教室にいらっしゃった上町ひまり先輩を。」
陽太が驚いた顔のまま見つめ返す中、鉢屋は思い出すように言った。
あなたは、あの時のことは、もう覚えていないのかもしれないんでしょうけど。
僕が一年生の頃、悪戯好きの女の子たちに、変装を解かされそうになっていた時、その逃げる途中で、僕をかくまってくれたのがあなたでした。
だから、よく覚えています。上町ひまり先輩を。
そこまで言われて、ーーーーーーーー陽太は、ハッと倉庫の中を一瞬見回した。
自分が、女の子たちに追われている一年生を、助けようとして腕を引き、この倉庫の中に引き込んだことが、記憶の、遥か彼方のほうに。
ここなら大丈夫。暗くて怖いかもしれないけど、あんたの顔、私にはよく見えないから。…不安なら、後ろ向いとくからさ。早く直しなよ、お面。
ん?だって君、有名だよ?いつも誰かに変装しているーーーーーーーー
「…あと、一つだけ、お願いしてもいいですか?」
ふと追憶から呼び戻されると、鉢屋は、いやに真剣な顔で真っ直ぐこちらを見ていた。
「まだ、何か?」
「お顔を、見せてください。」
「……どうしても、か?」
「…やっぱり、嫌ですよね。噂でお聞きしてます、頬に傷があるって。」
でも、僕は絶対に笑ったりしません。だから、見せてください。
真っ直ぐ、ーーーーーーーー恐らく目そのものは、本人のもので。真っ直ぐ見つめられながら、ここまで言われると、流石に折れざるを得ない。
どの道、女であることはバレてしまっているのだから、今更顔を隠すことにあまり重要性はないような気もしてきた。
彼の言葉を信じるならば、陽太の秘密を、学園中にバラそうとしているわけではないはずなのだから。多分、純粋に興味なのだろう。そう思った。
「………分かった。」
陽太は、目の下まで覆っている頭巾を、縁に指をかけて顎の下まで降ろした。
ーーーーーーーー見られている。顔を、そして傷を。
相手の視線から逃げたら何となく負けのような気がして、陽太は内心必死で、顔を背けずにいた。鉢屋は、笑ったり、或いは引いたりすることもなく、ただじっと、見つめてくる。
「目を、少しだけ、閉じてもらっていいですか?」
「…お願い、一つじゃなかったっけ?」
ジト目で陽太が睨むと、ここで彼はまた先程のように笑った。
「いいじゃないですか、もうここまで来たら。変装の研究として、色んな表情を見ておきたいんですよ。」
「変装の研究、ねぇ…。」
「変装名人は、どんな人物にだって変装できてこそ、名人と呼ばれるに値すると思うので。今度、あなたにも変装してみせますよ。」
「いや、それはしなくていいから…全く、これで最後だぞ?」
せいぜい勝手に研究しろ、と半ば諦めて、陽太は目を閉じた。
「ねえ、いつまで閉じてればいいーーーーーーーー」
しばらく何もリアクションが無くて、流石に気まずくなり、そう声をかける。
その唇の動きを、止められた。
「…っ?!」
体の距離が近付いた気配、僅かな相手の匂いを感じ取り。反射的に目を開けてバシ、と平手打ちする。
「いきなり何する……」
ガランと音を立てて転がった、白い狐のお面。
ニマ、と笑う、鉢屋三郎。
それぞれを、陽太は目を丸くして交互に見た。
「可愛いですね、先輩。」
お面を拾い、顔の前でかざして見せる、鉢屋。彼が立ち上がって扉の前に立った時、ようやく我に返って。
「………鉢屋!!お前なぁ…!!」
すると鉢屋は振り返って、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「三郎、です。それじゃまた、ひまり先輩。」
「あっ、おい!この格好の時は上町か陽太で………!」
言い終わる前に、鉢屋三郎は扉の外へ出て行ってしまった。
「………んなんだよ、あいつ……」
気が抜けたように呆然としていた陽太だったが、やがてばたり、と床に仰向けになって倒れた。
意地悪だ、という話は聞かない。
否、あれは、根底まで捻くれている。
また厄介な後輩と関わってしまったものだと、今日一番の大きなため息を吐いた陽太であった。
※鉢屋三郎メイン。
※鉢屋三郎の性格があまりよろしくない。
※彼の一人称は、拙宅では目上に対しては「僕」統一とさせていただきます。より後輩感を出したかったので。笑
六年い組、上町陽太は、現在、二人の五年生の後輩に猛追されていた。
「待って下さい、上町先輩!今日こそ、正式に、我ら生物委員会の委員長になっていただきますよ!」
「何を言うんだ、八左ヱ門!上町先輩は我々、火薬委員会に入って頂くのだぞ!」
「勝手に決めるなよ、兵助!先輩を先に捕まえた方が入れるって約束だろうが!」
その二人とは、陽太に生物委員会の委員長になってもらいたい委員長代理・竹谷八左ヱ門と、火薬委員会の委員長になってもらいたい委員長代理・久々知兵助だった。
遥か遠くから聞こえてくる彼らの言い合う声に、私はそんな約束をした覚えは無いんだが、と心の中でつっこみながら、ひたすら逃げる。
この二つの委員会は、六年生が不在の中、学年が最も上の竹谷と久々知が委員長代理としてそれぞれの委員会をまとめている状態だった。
そこで、現在どこの委員会にも所属していない陽太を、委員長として迎え入れようと争奪戦を繰り広げているのだ。
陽太自身は、虫が大の苦手で毒虫の世話ができないため、生物委員会の勧誘を断り続けており、更に毒虫対策の火薬を常に携帯していることからルール上、火薬委員にもなれない、ということで、そもそもこの戦いはゴールが見えてこないのである。
とは言え、彼らの争奪戦勃発の責任も感じており、手が空いている時にはできる範囲の仕事を手伝うことにしていた。
具体的には、硝煙蔵での作業や火薬を使った実験以外の仕事(書類整理など)と、菜園の世話を手伝っている。
しかしそれが、逆に二人の争奪戦を更に加熱させる要因ともなっているようで。
「この間、菜園の野菜の収穫を手伝って頂いたんだぞ!」
「こっちは火薬の仕入れを手伝って頂いたぞ!」
「それでもメインの硝煙蔵での作業は、火種をお持ちだからできないじゃないか!」
「そっちこそ、メインは毒虫の世話だろう!上町先輩は、虫が苦手でいらっしゃるんだぞ!?」
…それぞれに申し訳ないとは思いつつ、結論としては、どちらにも入ることができないので、ひたすら逃げ続け、諦めてもらうしかなかった。
「ーーーーーーーー先輩、上町先輩!」
逃げる途中、どこかの古い木造の倉庫の前を通りかかった時、誰かに呼ばれたような気がして陽太は一旦立ち止まった。
キョロキョロと辺りを見回していると、倉庫の扉が少し開いた。
「兵助と、八左ヱ門に追われているんでしょう?早く、こっちに隠れて下さい。」
顔を見せて、手招きをする人物の姿に、陽太は一瞬、迷いかけた。
何故、"彼"が自分を助けようとしてくれるのか。いやそもそも、ーーーーーーーー"彼"なのか、それとも"彼"なのか。
が、今はこの際、竹谷と久々知でさえなければ誰でもいい。今日は、結構長い時間追いかけられていて、そろそろ息も限界だった。
手招かれるまま、陽太は、するりと猫のように扉の中へ。
相手は、扉を閉めてから、膝に手をついて息を整えている陽太を振り返った。
「大丈夫ですか?今日は随分長いこと、追われていたみたいですけれど。」
この目の前の相手は、一体"どちら"なのか。
図りかねていると、相手は陽太の心を読んだように、
「僕は、鉢屋三郎ですよ、先輩。」
と、笑いかけた。
彼がわざわざ、自分の名前を改めて名乗ったのは、彼が現在、級友である五年ろ組の不破雷蔵とそっくりに変装しているからであった。
倉庫の中はそこまで暗くなかったので、まあギリギリ読めるか、と陽太はいつものように筆談用の手帳と筆を取り出し、サッと書いて相手に見せた。
『すまない 分からなかった』
「いえいえ。それだけ、僕の変装が上手いってことですからね。」
『しばらくここに居ていいのか?』
「どうぞ、構いませんよ。ここなら、殆ど人も来ないですし。あの二人も、しつこいですよねぇ。」
全くだ、との意味を込めて肩をすくめて見せる。それから陽太は、その場に座り込んで、無音で一つ大きく息をついた。
鉢屋三郎も、一応外を伺う為か、閉めた扉の少し手前に腰を降ろした。
「ところで上町先輩って、女ですよね?」
突然、突きつけられた。
それは、まるで、明日って休みですよね?みたいな、どうでもないような訊き方で。
その前に何かしらの腹の探り合いがあったとかでもなく、本当に、唐突に。
さしもの陽太も一瞬固まったが、頭巾で覆面しているから、表情は見えていないはず。
そう思いながら手帳を再び開き、サラサラと書きつける。
『一体何のことだ?』
「あーはいはい、それももうまどろっこしいんで、やめてくださいね。だって先輩、本当は、喋れるんでしょう?」
鉢屋はにこやかな表情を崩すことなく、陽太が掲げて見せた文面を手で押さえて、降ろさせた。
「……」
「平気ですよ。今ここ僕しかいないですし。」
「……」
しばしの沈黙。すると鉢屋は「そうですか。分かりました」と、膝に手を置いて立ち上がった。
「兵助と八左ヱ門に、居場所を教えますね。先輩、ここに居たくないみたいなんでーーーーーーーー」
踵を返して扉の方に手を伸ばす彼を、咄嗟に腰を上げ、服の裾を掴んで止めた。
「………何故、知っている?」
鉢屋は、扉の取っ手にかかる途中だった手を降ろして、後ろを振り返って困ったように笑う。
「先輩。手を離してください。制服が崩れちゃいます。」
彼の目をじっと見据えていたが、やがて、裾を掴む指をゆっくりと離した。
鉢屋は、再び先程と同じように、陽太の方を向いて座った。陽太も、改めて座り込む。
「ご存知なかったですか?僕が、変装の名人であると同時に、他人の変装を見破るのも得意だって。先輩のは、変装というよりは、性別を隠している、の方が正しいですけどね。」
それに、と彼は続ける。
「僕、覚えてるんですよ。あなたが、くの一教室にいた女子生徒だってこと。」
そんなことまで。ーーーーーーーー不審の目が強まったのを、相手も感じ取ったらしい。
「ご心配なく。別にあなたを尾けていたわけではないですから。覚えているのも、せいぜい僕くらいですよ。ほら、僕、いつも変装の研究してるんで、他人のことは特に記憶に残っているんです。顔とか、その人の雰囲気とか。」
「……恐ろしいものだな、それは。」
正に、バレるのも時間の問題だった、というわけだ。
「……それで?」
「はい?」
「私が女だということを突き止めて、満足か?学園中にバラすつもりか、それとも、交換条件を突き出すか?」
「上町先輩、いくらなんでもその言い方は酷いですよぉ。そんな怖い目、しないで下さいってば。」
まあでも、と一度下げた眉尻をパッと戻し、ニコニコ顔になる。
「僕とここでお話して下されば、それでいいですよ。」
それ、色々と聞いて他のこと探るつもりなんじゃないのか、とまだ勘繰ってしまう。そんな陽太を他所に、鉢屋は勝手に話を続けた。
「でもどうして、顔を、覆面で隠されてるんですか?」
「…何でそんな事、君に話さなくちゃいけないんだよ。」
「いいじゃないですか。僕こう見えて、人の秘密は絶対守る方ですよ。折角こうしてお話できるんですから、教えて下さいよ。」
「………」
折角、って、最初からこのつもりでこの倉庫の中に招き入れたくせに、とジト目を作るが、相手は構う様子もなく、少しだけ身を乗り出してきた。
「気になるんですよ。だって、皆の前で話さないのは声で女だとバレるから、って分かりますけど、顔は、むしろ覆面で隠すよりもいっそ、男に変装した方がバレないんじゃないかなって。」
「私は、君みたいに変装が上手くないからね。」
「またまたぁ、そんな事言って。」
「それに、毎朝いちいち変装する方が、面倒だし。」
「毎回筆談するのも面倒そうですけどね。」
「…第一、体のつくりは変えられないからな。」
「上町先輩、他の六年生の先輩方より背も低いですもんね。」
ニッコニコしながらいちいち棘のある言い方をする鉢屋に、だんだんイライラしてきた。最初の、親切そうな言動はやはり、猫を被っていたものらしい。
陽気な性格で、いたずら好き、だという話は聞いたことはあるが、どうやら、少し捻くれてもいるようだった。
「…すみません、ちょっと、言い過ぎましたね。」
そこで初めて、申し訳なさそうな苦笑を見せる。
「ごめんなさい。ずっと、あなたと話してみたくて、今日、話せたから、つい……。」
根は、悪い奴ではないのかもしれない。と、陽太は思った。
後輩達の噂話、特に、最近たまに話す(※但し筆談で)、乱太郎、きり丸、しんべヱからも、意地悪だという話は聞かない。むしろ、頼りになる先輩だと彼らも嬉しそうに話すのだった。いたずら好きがやはり玉に瑕、なのだそうだが。
「……君も、物好きだな。」
ここは年上の余裕で、溜飲をさげてやるか、なんて自分も思いながら、そう返した。
「見破ったのは確かにすごいけれど、でも私なんかに、わざわざ話しかけるなんて。」
「言ったじゃないですか、気になるって。僕、先輩に興味があるんですよ。」
よく分からんな、と思っていると、鉢屋は座ったまま、またズイッと、少し距離を詰めてきた。
「お願いが、あるんですが。」
「何?」
「ひまり先輩って、お呼びしてもいいですか?」
「……?!」
「いや、そんな身構えないで下さい。だから覚えてるんですってば、くの一教室にいらっしゃった上町ひまり先輩を。」
陽太が驚いた顔のまま見つめ返す中、鉢屋は思い出すように言った。
あなたは、あの時のことは、もう覚えていないのかもしれないんでしょうけど。
僕が一年生の頃、悪戯好きの女の子たちに、変装を解かされそうになっていた時、その逃げる途中で、僕をかくまってくれたのがあなたでした。
だから、よく覚えています。上町ひまり先輩を。
そこまで言われて、ーーーーーーーー陽太は、ハッと倉庫の中を一瞬見回した。
自分が、女の子たちに追われている一年生を、助けようとして腕を引き、この倉庫の中に引き込んだことが、記憶の、遥か彼方のほうに。
ここなら大丈夫。暗くて怖いかもしれないけど、あんたの顔、私にはよく見えないから。…不安なら、後ろ向いとくからさ。早く直しなよ、お面。
ん?だって君、有名だよ?いつも誰かに変装しているーーーーーーーー
「…あと、一つだけ、お願いしてもいいですか?」
ふと追憶から呼び戻されると、鉢屋は、いやに真剣な顔で真っ直ぐこちらを見ていた。
「まだ、何か?」
「お顔を、見せてください。」
「……どうしても、か?」
「…やっぱり、嫌ですよね。噂でお聞きしてます、頬に傷があるって。」
でも、僕は絶対に笑ったりしません。だから、見せてください。
真っ直ぐ、ーーーーーーーー恐らく目そのものは、本人のもので。真っ直ぐ見つめられながら、ここまで言われると、流石に折れざるを得ない。
どの道、女であることはバレてしまっているのだから、今更顔を隠すことにあまり重要性はないような気もしてきた。
彼の言葉を信じるならば、陽太の秘密を、学園中にバラそうとしているわけではないはずなのだから。多分、純粋に興味なのだろう。そう思った。
「………分かった。」
陽太は、目の下まで覆っている頭巾を、縁に指をかけて顎の下まで降ろした。
ーーーーーーーー見られている。顔を、そして傷を。
相手の視線から逃げたら何となく負けのような気がして、陽太は内心必死で、顔を背けずにいた。鉢屋は、笑ったり、或いは引いたりすることもなく、ただじっと、見つめてくる。
「目を、少しだけ、閉じてもらっていいですか?」
「…お願い、一つじゃなかったっけ?」
ジト目で陽太が睨むと、ここで彼はまた先程のように笑った。
「いいじゃないですか、もうここまで来たら。変装の研究として、色んな表情を見ておきたいんですよ。」
「変装の研究、ねぇ…。」
「変装名人は、どんな人物にだって変装できてこそ、名人と呼ばれるに値すると思うので。今度、あなたにも変装してみせますよ。」
「いや、それはしなくていいから…全く、これで最後だぞ?」
せいぜい勝手に研究しろ、と半ば諦めて、陽太は目を閉じた。
「ねえ、いつまで閉じてればいいーーーーーーーー」
しばらく何もリアクションが無くて、流石に気まずくなり、そう声をかける。
その唇の動きを、止められた。
「…っ?!」
体の距離が近付いた気配、僅かな相手の匂いを感じ取り。反射的に目を開けてバシ、と平手打ちする。
「いきなり何する……」
ガランと音を立てて転がった、白い狐のお面。
ニマ、と笑う、鉢屋三郎。
それぞれを、陽太は目を丸くして交互に見た。
「可愛いですね、先輩。」
お面を拾い、顔の前でかざして見せる、鉢屋。彼が立ち上がって扉の前に立った時、ようやく我に返って。
「………鉢屋!!お前なぁ…!!」
すると鉢屋は振り返って、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「三郎、です。それじゃまた、ひまり先輩。」
「あっ、おい!この格好の時は上町か陽太で………!」
言い終わる前に、鉢屋三郎は扉の外へ出て行ってしまった。
「………んなんだよ、あいつ……」
気が抜けたように呆然としていた陽太だったが、やがてばたり、と床に仰向けになって倒れた。
意地悪だ、という話は聞かない。
否、あれは、根底まで捻くれている。
また厄介な後輩と関わってしまったものだと、今日一番の大きなため息を吐いた陽太であった。