スラムダンク夢
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貴方だけ、見つめてる
この恋を、手に入れようなんて思っていない。
恋をしていると自覚はしている。
ただ、その存在が余りにも大き過ぎて、遠過ぎる。
私は、太陽に近づき過ぎて翼が溶けて落ちたイカロスにはなりたくない。
なんて、尤もらしい事を言ってはいるが、要は、ただ怖いのだ。
私の好きな人は、とても有名な人で、神奈川No. 1プレイヤーなんて呼ばれていて。
文武両道で、性格も良く、背も高く、顔も整っている。
それはもう完璧な人間だ。
ただ、若干、その、大人びて見えるというか、年相応には見られない事が多いけれど。
そんな彼に、大して可愛くもなく平凡な、同じクラスでもない只の図書委員の女が釣り合う訳もなく私は、ただ毎日、彼を見つめて日々過ごす。
彼はとても忙しい人で、とても人気な人で、一人で居る所を見た事がない気がする。
もしかしたら彼は私の事を認識すらしていないかもしれない。
たまに廊下や図書室で彼を見かける事があるが、後輩だったりクラスメイトだったり…とにかく彼は、常に誰かと一緒だった。
一度だけ、彼が一人で居るところに遭遇した。
いつも通り私が図書室で一人、本を読んでいた時のこと。
誰も居なかった筈の静かな図書室に、低い声が響いた。
「これ、借りたいんだが、いいか?」
突然現れた牧くんに心底驚いた。
誰も居ないと思い込んでいて、本の中の物語に没頭していた私は物語の中の魔法にかかってしまったのかと思った。
「え、あ、はい、えっと…」
ハッと我に返った私は、ワタワタと貸し出しカードを用意する。
ペンを持つ手が若干震えているのには気づかないでほしいと願った。
「じゃあ、ここに名前を書いて下さい」
「これでいいか?」
サラサラと流れるように書かれていく文字を目だけで追って見ていた。
差し出されたカードに書かれた名前は、確かに牧紳一と書かれていて、彼が名前を書いている間、ずっと、夢じゃないのか?と思っていたが、どうやら夢ではなさそうだ。
「あ、はい。貸し出し期限は一週間です」
「分かった。ありがとな」
少しだけ本をヒョイと上げて、牧くんは図書室から去って行った。
本を上げる仕草も、去っていく姿も、絵に描いたようにカッコよかった。
それが一週間と二日前の事。
牧くんが借りて行った本は、まだ図書室に返ってきてはいない。
何度、貸し出しカードを見ても返却の判子はない。
「まいったなぁ…」
放課中に返して貰えばよかったのだが、彼の教室に行って彼を呼び出したら注目の的になってしまう。
図書委員の仕事だとはいっても、過度に注目を集め噂の的になるのは勘弁願いたい。
「仕方がない…」
部活中ならば、周りに居るのはバスケ部員だけだろう。
大事な部活の練習中に手を止めさせてしまうのは申し訳ないが、致し方ない。
尤も、牧くんが忘れずに返してくれていればよかった話だ。
まあ、そんな事を言っても、彼は忙しく、返すのを忘れてしまったんだろう。
好きな人に会えるのは嬉しいが、話しかけるとなると少し気が重い。
嬉しい気持ちと血の気が引くような気持ちが入り混じり、体育館へと足を進めた。
体育館へ近づくと、キュッキュッとシューズが鳴る音とダムダムとボールが跳ねる音、そしてバスケ部員の掛け声が聞こえてくる。
おずおずと覗き込み、扉の近くにいた部員に声をかけた。
「練習中すみません、あの、牧くんいますか?」
「あ、はい、いますよ、牧さーん!」
大きな声で呼ばれて、コートの中の牧くんが振り向く。
ああ、ゲームを中断させてしまった。
休憩に入ってから声をかければよかった。
申し訳なさと緊張で指先が冷たくなっていく。
「どうした?」
「お客さんです」
息を弾ませて牧くんがこちらにやって来た。
ペコリ、と頭を下げる。
私の顔を見て、牧くんは、あ、という顔をした。
「牧くん、図書室の本の貸出期限が過ぎてます」
「スマン!忘れてた、ちょっと待ってくれ」
牧くんは慌ててロッカールームに走っていった。
暫く待つと、申し訳ないと顔全体に書いてある表情の牧くんが戻ってきた。
その手に本は無い。
「悪い…家に置いてきた」
「そうですか、では、明日持ってきて下さい」
無いものは仕方ない。
明日は忘れずに持ってきてもらおう。
牧くんは見た事がないくらいに、シュンとした顔をしていた。
「わかった。わざわざ悪かったな」
「いいえ、練習中失礼しました」
ペコリと頭を下げて体育館を後にした。
初めて間近で見た部活中の牧くんと、初めて見た数々の表情に、心臓は早鐘のように鳴り響いていた。
次の日、いつも通りの時間に登校し、教室の花瓶の水を換える。
綺麗に咲いている花を見て、今日も一日平和に過ごせる予感がした。
だが、その予感は見事に打ち砕かれる。
一限目の授業も終わり、騒がしい教室の中、教科書を片付けて次の授業の教科書を出す。
次の授業が始まるまで借りた本を読もうと取り出し、栞が挟んである場所までパラパラとページを捲っていたら、大きな声で名前を呼ばれた。
驚いて、呼ばれた先、教室のドアの方を見れば、私を呼んだクラスメイトと居る筈のない牧くんが居て、よぉ、と言わんばかりに手を挙げていた。
「まっ…!?」
一気に血の気が引いて、急いでドアの方へ向かった。
牧くんは私を呼んだクラスメイトに、ありがとな、とお礼を言っていた。
背中にクラス中の視線が突き刺さる。
「ど、うして此処に!?」
「本を返しに来たんだ」
ホイ、と渡されたのは確かに返却期限が過ぎた貸し出し図書だった。
返ってきたのは有難い。
だが、この背中に突き刺さる視線の後始末をどうしてくれる。
「図書室が空いてる時間にして下さいよ!」
「す、すまん」
「いや、あ、まあ、いいんですけど…」
小声だが、私の剣幕に牧くんはたじろいだ。
いや、牧くんは悪くはない。
いや、図書を忘れて期限を過ぎたのは悪いが。
彼は目立ちたくて目立っている訳ではない。
これは私の問題だった。
ペコリと頭を下げる。
「すみません。確かに返却してもらいました。カードには私が記載しておきます」
「悪かったな、宜しく頼む」
じゃあな、と牧くんは廊下を歩いて行った。
本を持って席に戻ると、どうしたのか友人に聞かれたが、貸し出し図書を返してもらったと言えば、わざわざ返しに来るなんて、何かあるんじゃないかと更に聞かれた。
何かある訳なんてない。
昨日の出来事を少し話し、申し訳なくて早く返しにきたのだろうと言えば納得していた。
これでまた接点のない只の図書委員に戻るだけだと、少し安心し、少し寂しく思った。
しかし、それから、牧くんは本を借りに度々図書室を訪れるようになった。
そして、時々、返却期限を過ぎるようになった。
「休憩!」
「牧さーん!図書委員さんです!」
「今行く!」
牧くんを呼んでくれる後輩くんとは顔見知りになって、最近では休憩時間まで待っているようになった。
後輩くんはいい人で、待っている間にバスケのルールなどを教えてくれたりした。
汗だくの牧くんが走ってくる。
「牧くん、返却期限を過ぎてます」
「スマン。今持ってくる」
タオルで汗を拭いながら牧くんはロッカールームまで走っていく。
戻ってきた彼の手には貸し出し図書。
「はい、確かに受け取りました」
「いつも来てもらって悪いな」
差し出された本を手に取り、胸に抱える。
悪いと言いながら、その顔はどこか笑っている。
「悪いと思うなら期限内に返してください」
「そうだな、気をつける」
「……それ、何度目ですか?」
「ハハッ、すまんな!」
ジト目で見る私に、声を出して笑う牧くん。
貸し出し図書が返却されないのは問題だが、好きな人の顔が見られるのは嬉しい。
こんな風に笑顔を見せて話ができるなんて思ってもみなかった。
「それでは、失礼します」
「ああ、またな」
ペコリと頭を下げた私に牧くんが声をかける。
またな、って、また借りて期限を忘れる気じゃないでしょうね…。
そう思うけれども、忘れて、またここで話が出来たら、なんて少し期待しているのは内緒だ。
何となく振り返れば、私に気づいて牧くんは小さくヒラヒラと手を振った。
私も小さく振り返し、なんだかちょっと恥ずかしくなって足早に廊下を歩いた。
図書室に戻り、返却作業をする。
返却の判子を押して、牧くんが書いた綺麗な文字を、そっと指でなぞった。
好き。
牧くんが好き。
あれから、牧くんと接する機会が増えて、気持ちがドンドン大きくなっていった。
牧くんも廊下で私と会ったりすると、よぉ、なんて気軽に声をかけてくれるようになった。
太陽に近づき過ぎれば、蝋で固めた翼が溶けてしまう。
期待して、舞い上がって、落とされるのは嫌だ。
嬉しいのに苦しい。
矛盾した苦い想いに、そっと本を閉じた。
それから、別の図書委員の子に返却図書を取りに行ってもらったりして、少しずつ牧くんと距離を取るようにした。
いきなり全く会わないとなると、なんだか怪しまれる気がして、忙しいフリをして。
分からないように、気づかれないように、少しずつ少しずつ接点を減らして行った。
これでいい筈なのに、胸が苦しかった。
知らなければ、こんなに苦しくなかった。
一度、あの幸せな気持ちを知ってしまったら、気持ちを押し込めるのは難しかった。
図書室の窓から見える、どんよりとした雲が、私の心を表しているようだった。
楽しい筈の本の中の物語も、面白くなくて閉じたままだ。
腕を組んで、机の上に突っ伏した。
視界の端に牧くんが借りている本の貸し出しカードが見えた。
貸し出しの期限は今日までだ。
また牧くんは期限を忘れるのだろうか。
そして私はまた誰かに頼んで牧くんを避けるのだろう。
そんな自分に嫌気がさして、堪らずギュッと目を閉じた。
「ーーい、…おい、起きろよ」
低く、けれども優しい声が聞こえる。
牧くんの声に似ているなんて、都合のいい夢だろうか。
夢が覚めるのが残念に思いながら目を開けた。
ぼんやりとした視界に目を擦り顔を上げる。
「……牧、くん?」
目の前には図書カウンター越しに立つ、牧くんが居た。
まだ私は夢を見ているのだろうか?
「ああ、返却しにきたぞ」
呆然とする私に本を差し出してきた。
指先に本が当たって、夢ではないと一気に目が覚めた。
慌てて机の上にあった貸し出しカードを手にする。
「す、すみません…」
「……前も居眠りしてたな」
「え?」
「いや、何でもない………雨降ってきたな」
牧くんは視線を外し、窓の外を見て呟いた。
前も居眠りをしていた?
私が図書室で居眠りをしてしまったのは今日と、二年の時の二回だけ。
今日みたいに誰も居ない図書室で窓から射し込む暖かな日差しに、つい、うたた寝してしまった。
その時、カーディガンが私の肩にかかっていて、ぼんやりとした思考で羽織ったまま寝たっけ?と、疑問に思ったことがあった。
ただ自分が寝ぼけていて、羽織ったのを忘れていただけだろうと思っていたけれど。
まさか、それ、牧くんが?
…いや、そんな都合のいい事がある訳がない。
都合のいい解釈をして、勘違いだったら恥ずかしい事この上ない。
牧くんだって、何でもないって言っていたじゃないか。
黙々と図書の返却手続きをしていく。
なるべく、彼の顔は見ないように。
「ずっと、見てたんだ」
「え?」
声をかけられて、思わず顔を上げた。
牧くんは、柔らかい表情で笑っていた。
「毎日、花瓶の水を換えてるよな」
確かに毎朝、教室の花瓶の水を換えている。
同じクラスの人ならば知っているだろうが、何故、離れたクラスの牧くんが知っているのか?
顔に出てたのだろう、牧くんは、フッ…と笑った。
「断らないから、よく先生にプリント持たされてたな」
よくプリントを持たされると思っていたが、そういう理由だったのか?
先生に頼まれて断る方が難しいと思うのは私だけ?
「知らないヤツが倒したゴミ箱も片付けてたよな」
廊下にゴミが散らばっていたら嫌だろうと思って片付けた事があった。
だって、誰も片付けようとはしなかったから。
牧くんは、どうしてそれを知っているの?
ずっと見てたって、何を?
面白がって、私を見てたの?
呆然と、目の前の牧くんを見ていた。
思考がぐるぐると迷子になって、言葉が出てこない。
牧くんは優しい微笑みを浮かべたままだ。
ううん。違う。
こんなに優しく笑う人が、そんな事をする筈がない。
じゃあ、何故?
答えを出してしまうのが怖い。
「今度の試合、見に来いよ」
じゃあな、と言って、牧くんは背中を向けて歩き始める。
コートの中、見つめた背中。
牧くんを好きになってから、行ける試合は全部見に行っている。
それは気づかなかった?
端っこで、ずっと牧くんだけ見てたんだよ。
「牧くん!」
翼が溶けて落ちるのが怖かった。
今なら、翼が溶けて落ちてもきっと、牧くんが私の手を掴んでくれる。
「試合!ずっと見に行ってましたよ!」
私の声が静かな図書室に響く。
初めて、こんなに大きな声出した。
足を止めて振り向いた牧くんは、少し驚いた顔をしていた。
図書室には、私と牧くんだけ。
いつだって、ずっと、貴方だけ見つめてた。
牧くんが、こちらに近づいてくる。
私の目の前で牧くんは止まって、私は静かに彼を見上げていた。
牧くんの目に私が映っている。
「……少し、待っててくれるか?」
柔らかく笑って見つめてくる、その瞳の熱に、急に恥ずかしくなって顔を伏せた。
私は、何て大胆な事をしてしまったのか。
緊張と恥ずかしさで足が震える。
「一緒に帰ろう」
頭の上から降ってきた言葉に、嬉しくて泣きそうになりながら
私は静かに頷いた。
〜おまけ〜
とある日、部活休憩中。
「牧さんワザと本返してないっスね」
「やる事が子供みたいだな」
「オレ、牧さんのあんな顔初めて見ました」
「あれ、脈あると思うか?」
「あの先輩、あんま表情変わらないっスよね」
「わざわざ体育館まで取りに来てるって事は、脈アリじゃないか?」
「そういえば、あの先輩、いつも試合見に来てますよね」
「「「脈アリ決定」」」
「くっついたらお祝いパーティーしますか?」
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