スラムダンク夢
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本能
初めて彼を見た瞬間に
『この人を好きになる』
何故だかそう確信めいたものを感じた。
元々男の人が怖かった。
幼い頃は単純に低い声と大きな体が怖かった。
大きくなってからも、低く大きな声で話をされると体が竦んだ。
身体が女性らしい丸みを帯びてくる頃には、声を掛けられる事も増えてきて、嫌だって言ったのにしつこくされて困った事がある。
何度か腕を掴まれて怖い思いをした事だってあった。
それでも苦手なままなのもよくはないと、出来るだけ努力はしてきたつもりだ。
付き合ってみれば苦手じゃなくなるかもと友達に言われて付き合った始めての彼氏は優しくて、このまま苦手も克服できそうだと思った。
けれどある日突然、人が変わったかのように襲い掛かってきて。
それから私はもっと男の人が怖くなってしまった。
「だははははは!!」
「うるせぇ!洋平!」
教室に大きい笑い声と怒鳴り声が響く。
その度に私の肩は小さく跳ねてしまう。
よりによって、私の席は不良と言われる人の前の席になってしまった。
公平に行われた席替えのクジ運の悪さを、これ程までに恨んだ事はない。
「やめろって花道!…あ!ゴメン!夢野さん」
「イ、イエッ!」
ドン、と背中に衝撃が走り、一際大きく体が跳ねてしまった。
振り向いた先には後ろの席の男の子、水戸くんがいて。
きっと背中に当たったのは水戸くんの肘だろう。
そんなには痛くなかったけど、後ろの席の水戸くんは凄く申し訳なさそうに謝ってきた。
後ろの席だから一言二言話した事があるだけで、男子が苦手且つ相手は不良という事もあり怖くて仕方がなかった。
急に態度を変えて怒り出したりするかもと思った私は、何ともなかったとブンブンと首を横に振る。
「ゴメンな。痛くなかった?ホント、ゴメン」
「本当に大丈夫なんで…」
俯く私に、水戸くんは何度も謝ってきて。
取り敢えずは怒鳴られたり殴りかかられたりする事はないだろうと安心した。
それと同時にチャイムが鳴って、この居た堪れない空気から解放されると、そそくさと黒板へと向き直った。
カツカツとチョークが黒板に当たる音と先生の話をぼんやりと聞きながら、頭の片隅で初めて水戸くんと見た時を思い出していた。
あの時に感じたあの感覚は、幻だと思う。
私はこの人を好きになる、なんて、どうしてあんな事を思ったんだろう。
だって水戸くんは私が最も苦手とする不良と呼ばれる人達なのに。
黒板の内容をノートに書き写しながら、早く席替えがしたいと小さく溜め息を吐いた。
「ねぇ夢野さん。もしかしてオレ達の事、怖かったりする?」
授業が終わって教科書をしまっていると、トントンと軽く肩を叩かれてまた体が跳ねた。
恐る恐る振り向いて、唐突に言われた問いかけに驚き、瞬きを繰り返す。
水戸くんの言うオレ達というのは、桜木くんの周りに集まっている桜木軍団とかいう、水戸くんを含む男子達のことだろう。
水戸くんが後ろの席という事もあって、必然的に彼らとの距離も近くなる。
すぐに驚いたりしてしまうので、毎回ビクビクとしていれば、怖がっていると思われても不思議はない。
「えっ…と……その…、水戸くん達が怖いんじゃなくて、あの…男の人がちょっと、苦手、で…」
嘘だ。
正直、水戸くん達は怖い。
見た目もまんま不良だし、体も大きいし、声だって大きい。
目線は外して、顔は俯いたまま、しどろもどろになりながら震える声で答えた。
「…あー、そう、なんだ?…そっかぁ…」
聞こえた声の優しさに、思わず顔を上げてしまった。
ホッとした様子で、へにゃりとした顔をして笑った水戸くんを見て、嘘を吐いた事にチクリと胸が痛んだ。
「けど、苦手だったらオレ等が
「へ?あ、いや、別に私が…何かされたりした訳じゃないから、大丈夫…です」
「なんで敬語?クラスメイトだろ」
ハハッっと声を出して笑う水戸くんなんて初めて見る。
というか普段は俯いてしまい、水戸くんの顔自体あまり見る事はない。
笑うと意外と幼く見えるんだ、なんて、頭の片隅でぼんやりと思った。
「そっかー、男が苦手かー…」
ぼんやりとしている私を他所に水戸くんは何かを考えるように視線を逸らした。
ジッと水戸くんを見てしまっていた事に気づいて、私も視線を逸らす。
「……オレの事は、苦手?こうやって話しかけるのって、怖い?」
頭上から降ってきた言葉に、さっき見た水戸くんの顔が脳裏に過ぎる。
さっきは怖くないと嘘を吐いた。
水戸くんの格好は見るからに不良と言えるし、態度も…水戸くんを怒鳴りつけた先生の方が時折怯んでいるから、怖いとも思う。
けど、桜木くん達と一緒の時は別として、私に話しかける時に大きな声を出したりしてないし、ぶつかった時だって謝ってくれたし、さっき見た笑顔を思い出せば。
「…水戸くんは、あまり…怖くない、かな?」
「……そう?」
私の答えが予想外だったのか、水戸くんはとても驚いた顔をした。
それから口元を手で覆い隠すようにして肘を机について顔を逸らした。
「……オレだって男だよ?」
「?…う、うん、そうだね」
「………はぁ〜〜……」
独り言のように小さく聞こえた水戸くんの声に、どこからどう見ても男の子だと首を捻って返せば、水戸くんは大きく息を吐いて項垂れてしまった。
もしかして独り言に返事をしてしまったのかとオロオロしていると、水戸くんは少し困ったように笑って、授業始まるよと教えてくれて。
前を向けば、もう先生が教室に入って来ているのが見え、慌てて次の授業の教科書を机から出した。
静かな教室にチョークの音が響く。
サラサラと黒板の文字をノートに書き写してはみたものの、内容は全くと言っていい程に入らず目を滑っていく。
「〜〜であるから、ここは…」
先生の声も耳に入ったそばから、反対の耳から抜けていく。
つい頭に過ぎるのは、さっきの水戸くんの優しい声と優しい表情。
それと少し子供っぽい笑い顔。
(ちょっと、可愛かったな…)
ふと過った思考にハッとした。
不良って呼ばれてる人に可愛いって何。
慣れない事に頭が混乱しているだけだと、消されそうになっている黒板の文字を書き写す事に集中した。
「じゃあこのプリントは宿題だからなー。ちゃんとやってこいよー」
前から回ってきたプリントを受け取って、自分の分を1枚取る。
振り向いたら後ろに水戸くんがいると思うと、何だが少しだけ緊張するようだった。
小さく息を吐いて振り返れば、本来水戸くんの顔がある場所にその姿はなくて。
あれ、と視線を下におろせば、机に突っ伏して寝ている水戸くんの姿。
「水戸…くん?」
小さく声をかけるも、起きる様子はない。
いつもキリッとしてる眉は少しだけ垂れていて、気持ちよさそうに閉じられた目の縁の睫毛は意外と長い。
鼻と口は、腕に隠れてしまって見えないけれど、何だか綺麗だなと思った瞬間、
「起立」
「!!」
日直の声が響いて慌てて立ち上がる。
後ろで水戸くんが起きたのかは分からないが、何だかいけないものを見てしまった気がして、心臓はバクバクとけたたましく鳴り響いていた。
礼をした時、2枚のプリントが視界に入って、そろり、と後ろを振り返れば、伸びをしている水戸くんがいて。
「ん?どしたの?夢野さん」
「プリント!渡してなくて」
「そっか。サンキュ」
めんどくせぇなぁ、なんて笑う水戸くんは、ペラペラの鞄にプリントを入れて欠伸をした。
「フンヌー!部活の時間だぁぁーー!」
突然聞こえた桜木くんの大きな声に肩がビクリと跳ねる。
その大きな声が自分に向けられたものじゃないと分かっていても、つい身が竦んでしまう。
「花道ぃ、もっと静かに行けよ」
水戸くんが桜木くんに声を掛けるも、最早そこに桜木くんの姿はなく。
桜木くんの大きな声だけが廊下に響いていた。
「ゴメンな夢野さん」
「う、ううん!大丈夫」
「じゃあね」
そう言って水戸くんはペラペラの鞄を持って教室を出て、やって来た桜木軍団の人達と廊下を歩いていった。
騒がしかったのが急に静かになって、何だか少しだけ寂しく感じた事に驚く。
早く私も帰ってしまおう。
「お、すまん夢野!ちょっと手伝ってくれないか?」
荷物をまとめて教室を出たら、すぐに先生に声を掛けられてしまって。
両手いっぱいで困り顔の先生を見捨てることは出来なくて、資料の片付けを手伝う事になった。
「…失礼します」
鍵を返した職員室のドアを閉めて、今度こそ帰路につく。
部活動に励む声を遠くに聞きながら取り出した靴を履いて正面玄関から出た時、ジャリっと誰かが土を踏む音に、思わず音の方を見た。
「あれ、夢野さん?まだ帰ってなかったんだ?」
そこには鞄を肩に担いで少しだけ驚いたような顔をした水戸くんが居て。
教室から出て行った時に一緒だった桜木軍団の人達の姿は周囲にはなかった。
「あ、うん。ちょっと、先生に頼まれ事して…」
水戸くんが歩いてきた方には体育館があるから、言わずもがな桜木くんがいるバスケ部を見てきたのだろう。
「そっか。… 夢野さんって電車通学?すぐに暗くなるし送ってくよ」
「そんなっ!徒歩だけどちょっと遠いし、悪いからいいよ!」
「いーっていーって。あ、男が怖いんだったっけ?」
じゃあ俺と一緒じゃ嫌か、なんて言って寂しそうに水戸くんが笑うから、思わず首を横にブンブンと振ってしまった。
「うっし、じゃあ決まり!帰り道こっち?」
頷いた私を見て、それからスタスタと歩き出した水戸くんの後ろを慌てて着いて行く。
何だか騙されたように感じるのは気の所為かと思うも、今日は色々な事が次々と起こって頭がパンクしそうだった。
少し早足で私が水戸くんに追いつけば、自然と横に並ぶ形になった。
「……水戸くんは優しいね」
水戸くんはきっとゆっくりと歩いてくれている気がして、小さい声だったが思わず口から思った事がそのまま溢れ出てしまった。
「そりゃ好きな子には優しく…って…」
水戸くんが手で口元を覆う。
今、なんて?
『私は、この人を、好きになる』
頭の中で、あの時の言葉が蘇る。
頰に熱が集まるのが分かる。
「…ゴメン。変なこと言った。…忘れて」
顔を逸らした水戸くんの耳が真っ赤で。
それは夕陽の所為ではなくて。
そしてきっと、私の顔も真っ赤に染まっているんだろう。
「…わ、…私、も、変なこと…言っていい?」
心臓の音が体中に響いて、水戸くんにまで聞こえてしまっているのではないかと思う。
『この人を好きになる』なんて、こんなオカルトじみた事、友達に話したらきっと馬鹿みたいだと笑われるだろう。
けれどきっと、水戸くんは馬鹿にしないで聞いてくれる。
「…初めて、水戸くんを見た時…私、この人を好きになるって…思った、の……」
恥ずかしくて声が震えて、最後の方なんて音にもなってないと思う。
このまま消えてしまいたいと思う程に恥ずかしくて泣きそうで、俯いた視界に映る私の爪先に、ジャリっと音を立てて水戸くんの靴の爪先が映って。
目の前すぐ近くに、水戸くんの気配がする。
「…オレも」
そう言って、意外にもゴツゴツした水戸くんの大きな手が私の小さな手を包んで。
男の人だとハッキリと分かるのに、ちっとも怖くはなくて。
勇気を出して顔を上げた先、耳を真っ赤にして泣きそうで、それでもどこか嬉しそうな、複雑な表情で笑う水戸くんを見て気付いた。
『この人を好きになる』
あれは、きっと、そう。
本能が叫んだんだ。
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