— 約束の指輪. . . .


K.

ほぎゃぁあ!

「向井さん、無事赤ちゃんが産まれましたよ!最後までよく頑張りましたね……」

「ありがと、うございます……」

真っ青な顔で看護師に力無く微笑む愛子さんに

——あぁ、とうとうこの時が来てしまったのだと。

「っ、」

俺の涙は止まらない。

「ぁ、ぁ……お願いだ、神様……っ!」

そして、俺以上に愛子さんとの別れに泣き崩れる人物。

「神なんて信じない」が口癖の空さんは両手を握り、ただただ愛子さんが生きられる道を必死で祈る。

「あぁ、元気で……愛くるしい……康花ちゃん。

産まれてきてくれて、ありがとう」

へその緒が切られ、看護師に抱かれた我が子の手を握り微笑む愛子さんは母親そのものだ。

俺は涙で視界がぼやける中、カメラを構えて一枚だけシャッターを押した。

……例えどんな姿でも康花と二人の写真を残して欲しいと愛子さんから頼まれていたから。

「……そして、康花と一緒にいられなくてごめん……ね………愛してる……」

俺には分かる。

最期の言葉は間違いなく赤子越しに
空さんに向けられたものであると。

「あい、こっ……!愛子っ!!嘘だっ!!

っ、恵蓮……」

悲痛な叫びを上げる空さんに呼応するように恵蓮に強くお腹を蹴られ、手を当てうずくまる空さんにもそれは必ず伝わったはず。

分娩室には誕生したばかりの小さな命があげる母との離別を惜しむようなか細い産声とピーッという無機質な音が鳴り響き、

涙の雨が降る。

俺は愛子さんを失い、
そして康花が生まれたこの日を忘れない。

康花も空さんも

恵蓮のことも、愛子さんの分まで幸せにすると誓い、

愛子さんの死によって、愛おしい人との別れはこんなにも苦しいものなのだと初めて知り、分娩室の向こうで俺らと同じく涙を流す”最愛の人”を脳裏に浮かべた。









「…………恵蓮、お前も愛子に会いたかったんだね」

愛子さんが眠る棺桶の前で黒い喪服姿で膨らんだお腹を撫で、愛子さんを慈しむように見下ろし、生前愛子さんが好きだと言っていた自身のグループのバラードを口ずさむ空さん。

お腹を撫でる左手の薬指にはゴールドとシルバーの二つの指輪が嵌められている。

『っ、また赤ん坊がお腹を蹴った』

『やっぱり!私が撫でるとこの子はいっぱいお腹を蹴るの!』

『愛子、この子たちの名前は決まったか?』

『ふふっ、決まってるけどまだ内緒だよ』

無事に生まれますようにとお互いのお腹を撫でていた愛子さんと空さんをよく見ていた俺とめめは溢れ出る嗚咽を必死で堪える。

『愛子さんの体は出産には耐えられない。妊娠中に赤ちゃんと一緒に亡くなることだって考えられると何度言ったら……』

『それでも、私はもう長くはないんですよね。
……お願い医師。大切な人を残して死にたくないんです。たった僅かな望みでもいい、私をママにさせて下さい』

愛子さんと入籍し、すぐさま愛子さんを幼い頃から診ている医師に子どもが欲しいと希望を伝えるも、医師は頑なに首を振る。


「…………」

冷たくなった愛子さんの頬を壊れ物を扱うように撫でる空さんを見て、あの時の決断自体が間違っていたのではないかと一瞬頭の中で過るが、腕の中で眠る小さな康花を見て俺は首を振る。

「……大丈夫だよ康二。愛子さんは康二には本当に感謝してるって言ってた」

そんな俺の思考を読み取ったのか、康花を抱いた俺の肩をポンポンと叩き、めめは寄り添ってくれた。

「……めめが家におって良かった」

愛子さんが救急車に運ばれた日。
俺は何年も前から決まっていた外せない仕事があり、空さんも空さんに是非会いたいと海外からお忍びで来日するアーティストへの対応で家を空けなければならなかった。

この日、めめはオフで出産予定日が近づいた愛子さんを気に掛けていた俺たちに気を遣い、家でゆっくりしてるよと言ってくれ、自身の体の異変に気付いた愛子さんはめめに電話をして助けを求めた。

「少しでも遅かったら最悪、康花も……
俺がすぐ隣に住んでいてよかったよ」

そう。

めめが空さんと婚約をした後、俺たちは新築の最上階の二部屋しかないマンションを購入し俺はめめと、愛子さんは空さんと暮らしていた。

……表向きは同じグループとして仲の良い俺とめめの二組の夫婦が結婚後も交流を深めていくためだと思われているが、実際は違う。

俺たちは本当に愛する人と一緒にいるための”仮初の夫婦”

だけど、紛れもなく固い絆で結ばれた家族であることに違いはない。

「だけどさ、愛子さんの余命のことはちゃんと教えておいて欲しかったよ……」

めめはそっと目を閉じ、なにかを思い出すように口を紡ぐ。

「すまん、それは愛子さんから頑なに言わないで欲しいって言われてたんよ」

『もうすぐ死ぬから、
空ちゃんを一人にしたくないから、
子どもが欲しいから、
あなたの康二くんを私に下さい。

なんて、目黒さんにはなんの関係もないのにね……

私の我がままで目黒さんには辛い思いをさせて

……ずるい人間で本当に申し訳ない』

初めて彼女の気持ちを知った時、
俺は彼女の願いを叶えてあげたいと思った。

でもそれは愛子さんの命の灯火が消えかけているからと、哀れんだわけではない。

めめと死ぬまで一緒にいたい、めめの子どもが欲しいと俺の内に秘めていた想いが愛子さんの想いと共鳴したからや。

「…………」

めめが閉じていた目を開き、俺の顔を真っ直ぐに見つめた時。

——コンコン

「失礼するよ。

……康二くん、ちゃんと休めているかい?」

静かな部屋にノックが響き渡り、現れたのは愛子さんのご両親や。

「…………」

「……はい、 空さんと目黒がおりますので」

「そうか……」

俺は愛子さんの両親に深々とお辞儀をするが、空さんは愛子さんから視線を離さない。

そんな空さんをお義父さんはジッと見つめ、愛子さんのお母さんは俺の腕の中で眠る康花を見て小さく微笑む。

「……康花ちゃんよく眠っているわね」

「抱っこします?」

「いえ、先に謝らなければいけないことがあるの」

「え?」

俺が康花をお義母さんに差し出せば、お義母さんはゆっくりと首を振り、お義父さんと一緒に愛子さんの元へと歩き出す。

そして、

「…………」

「…………」

「……空さん」

二人は空さんの前で立ち止まるが、空さんは一向に顔を上げず、俺とめめはそんな空さんに違和感を覚える。

お義父さんが気まずそうに空さんの名前を呼んだ時、

「愛子がそこにいる康二さんと結婚してくれて本当に良かった。

……それでなければ私はこうして愛子の最期に立ち会うことも出来なかったでしょうから」

「っ!」

空さんはキッ!と強い瞳で愛子さんのご両親を睨み、睨まれた二人の目には涙が滲む。

「……空さん、愛子。愛し合う君たちを引き裂くような真似をして本当に悪かった」

「愛子は一人娘で、体も弱くて人並みの人生を送らせたかったの……」

「貴方たちが私たちの愛を”普通”じゃないと、引き離した時から私は血の滲むような努力を重ねて世界に存在を認められ、愛子の隣に並んでも恥ずかしくない人間になった。

それでも、貴方たちは私を愛子の家族として認めて下さらなかった!!」

空さんの強い言葉にお義母さんは泣き崩れ、お義父さんはそんな空さんに頭を下げる。

「本当に本当にすまなかった!許してくれとは言わない……だけど、愛子から最期に

私の人生で一番幸せだったのは空さんと出会えたことで、空さんと出会えたのはお父さんとお母さんが私をこの世に生んでくれたから、感謝していると」

「っ!!愛子っ……!!」

涙を流し、空さんに訴えるお義父さん。

「(愛子さんは二人の仕事柄、あまり折り合いがつかへんって言うてたけど、こういうことやったんやな……)」

せやから愛子さんは過去の出来事であんなにも世間体を気にし、普通ならせえへん選択をするしかなかったと。

「空さんと愛子には苦しい思いをさせて、本当に申し訳なく……今更だけど、空さんが愛子の側に寄り添って下さり感謝しています。

ですので、今後、私たちに康花ちゃんや空さんのサポートをさせてもらえないでしょうか」

懇願するように空さんを見上げるお義母さんに空さんはニッコリと微笑み、

「康花は康二さんだけではなく、蓮と私も一緒に育てます。

康花、そしてこのお腹にいる恵蓮は愛子が私に残してくれたかけがえのない宝物です。

お腹にいる子も含めて私たち六人は全員”家族”ですから、お二人のサポートはいりません」

お腹に手を当て自信満々に言い放つ空さんに、俺と蓮は強く頷いた。

「愛子さんのお父さん、お母さん。俺たちの関係は普通ではないかもしれません。 

でも、空さんは愛子さんを誰よりも愛し、愛子さんの望むことは全て叶えたいと。

体が弱くて遠くに行けない愛子さんの代わりに自分が愛子さんの目となり、耳となり世界の全てを見せてあげたいと空さんの中にはいつも愛子さんしかいなくて……

どんなことでも空さんは愛子さんの想い全てに共感し、普通じゃない選択も愛子さんが望めば叶える。

空さんは間違いなく、この世で愛子さんのことを一番に愛している人です」

俺の肩に手を添えたまま穏やかに語る蓮に俺はふっと小さな笑みが漏れる。

「お義父さん、お義母さん。

今からでも遅くないです。
愛子さんの伴侶は俺ではなく、空さんだと認めていただけないでしょうか。

そして、空さんと康花は血は繋がってませんが、康花は愛子さんが空さんに残した空さんの娘でもあるんです。
だから、どうか二人の愛を受け入れて下さい。俺からもお願いします」

「蓮、向井…… 」

俺がめめと二人で頭を下げれば、お義父さんとお義母さんはさらにたくさんの涙を流し、

「空さん、これからも愛子のことをどうか想い続けてくれますか……!」

「……モノクロだった私の世界を彩ってくれたのは愛子でした。私に人を愛する喜びを教えてくれた愛子の願う、誰もが平等で自由で愛に溢れた世界を私は愛子への想いと共に創っていきます。

……愛子は例え死んでも私たちの心は一つだと。

私の愛は永遠に愛子だけのもので、私の存在は愛子のためにある」

「愛子を深く愛してくれて、愛子を見つけてくれて本当にありがとうございます……っ」

愛子さんが嵌めていたゴールドの結婚指輪に手を添え、愛子さんだけをうつす瞳には空さんの愛子さんを深く愛する気持ちがこの場にいる全員に痛いほど伝わり、空さんに頭を下げる愛子さんのご両親に俺とめめは胸を撫で下ろし、健やかに眠る康花が微笑んだ。









「お前たちがいてくれて良かった。
そうでなければ私は今頃、康花に会うことも出来ず愛子を追っていたかもしれない…… 」

「俺たちやって空さんには感謝してもしきれへん」

愛子さんのご両親が空さんと和解し、目が覚めた康花のおむつを替え、ミルクをやり抱っこをし、その場には温かな空気が流れ、愛子さんの遺影が楽しそうに微笑んでいるように見えた。

二人が帰り、空さんは愛子さんの棺の前に立ち、自身の腕の中で眠る康花に頬擦りをし、そんな空さんを俺とめめで背後からそっと抱き締める。

「うん。俺たちは家族だから、空さんと支え合って生きていくよ。だから、この先も俺たちをもっと頼って欲しい」

「……もちろん頼りにしてるよ、Dad's」

『共犯者』だった俺たちは康花と恵蓮の誕生により、これから”本当の家族”へと形を成していく。

その中には幸せも喜びも、もちろん苦しみだってある。

だけど、俺たちは一人やない。

いつだって支え合える家族がいる。

—約束の指輪……

end
4/4ページ
スキ