— 約束の指輪. . . .
「愛子さん!しっかり!!」
「……目黒さん。短い間だったけど、目黒さんと康二くんと空ちゃんみんなで家族になれて嬉しかった」
大きく膨らんだお腹に手を当て、俺の腕の中でどんどん真っ青になっていく愛子さんの声は次第に小さくなっていく。
「そんな最期みたいな言い方しないでよ……」
目に涙を浮かべる俺に愛子さんは小さく微笑む。もう、自分の命が長くないとわかっているように。
「私たちの子どもたちが誰かを好きになって、結婚して、子どもが生まれて、そうして魂が巡り合って、誰もが自由で平和な世界でいつかまた空ちゃんと出逢って恋をしたい……あぁ、空ちゃんが赤ちゃんを抱っこする姿を見たかったな」
——ねえ、あなたが望む世界をつくろうと空さんは今、とても頑張っているよ。
だから、その世界で愛子さんも一緒に生きてよ!!
「愛子さん、愛子さんもうすぐ救急車が来るから、お願いだから、諦めないで!!」
「……あのね、目黒さんにお願いがあるの」
—約束の指輪…
「ほら、めめアーン」
「あつっ!ちょっと、まだ熱いって。ちゃんとフーフーして」
大阪の中心ミナミにある黒門市場。
多くの人が行き交う中、俺が息を吹きかけ熱を冷ましたたこ焼きをめめの口もとに持っていくと、まだ熱かったのかめめが軽く怒る。
「だったら自分で食べればええやろ〜」
「俺は康二にアーンしてもらいたいの!
あれ?ねぇ、あそこにいるの愛子さんじゃない? 」
「え?ほんまや。愛子さん!どないしたん?」
「あっ、康二君、目黒さん……」
めめが指差す方向を振り向けば通路の片隅で茶髪のウェーブの可愛らしい女性が不安そうに辺りを見回しているのが視界に入る。
俺の友人である愛子さんや。
「こんなところでキョロキョロしてたら変な男にナンパされるで」
「ナンパ……?」
難波でナンパと俺が洒落を言うと、意味の分かっていない愛子さんが首を傾げ、隣にいるめめがしょーもねーと苦笑いをする。
「今がまさにその最中じゃん」
「誰が変な男やねん! 」
「ふふっ、二人は本当に仲がいいのね」
俺がめめの肩を叩き、ツッコミを入れると愛子さんはクスクスと笑う。
「実は私がよそ見をしている間に空ちゃんとはぐれてしまったの。大阪って広くて人が多いのね」
「電話は繋がらないんですか?」
めめの問いに愛子さんは困ったように微笑む。
「空ちゃん私と出掛ける時は二人きりの時間を邪魔されたくないと、スマホを持たないのよ。そして、あの子すごい方向音痴だから、今頃どこにいるのか……」
「それじゃあ、空さん見つからへんやん」
俺たちが道の端で頭を悩ませていると、
「あっ、めめこじデート中?!大阪来てたんだ〜っ 」
「あれ?一緒にいるの美術家の愛子さんだよね?うちめっちゃファンなんです」
「いつも応援してくださりありがとうございます」
俺らの後ろを通り過ぎる多くの観光客はデート中の俺らに気付き俺がそれに会釈し、手を振り返せばキャー!と歓声が上がる。
そして、愛子さんを見てその中の一人が思い出したように話し出す。
「じゃあ、もしかしてさっき駅で歩いてたのって本物のLove &Peaceの空!?」
「あっ、空ちゃん駅にいたんですか?」
「誰か探してるみたいで、改札内に入って行きましたよ」
「なんで、改札に?方向音痴にも程がある…… 」
Love&Peaceの空といえば、脳天が突き抜けるような桁外れの歌唱力と破壊力抜群のダンスパフォーマンス、さらにメンバーは語学が堪能で一人一人の個性も際立っており、今や世界で注目されている女性七人のグループや。
中でもリーダーの空は175cmの高身長で高学歴、多方面の才能に優れており、まさにトップに立つ為に生まれてきたと言っても過言ではない人物なのだが、彼女が重度の方向音痴であることは全世界で有名だ。
事情を察したファンの子たちは苦笑いをし、愛子さんは深いため息を吐く。
「このままじゃ空さん電車に乗ってどんどんミナミから離れてってまうんやない?」
「スマホを持たない人はこれだから……」
大人しい性格の愛子さんの表情がどんどん険しくなり、空さんを本気で心配しているのがわかる。
そんな愛子さんを見ていたファンの子が
「じゃあSNSに愛子さんが空を探してるって投稿しよ!」
「そうだね!見つけたらその場で引き止めておおいてもらおう」
「あ、ありがとうございます」
“ラブピの空を恋人である愛子さんが探してます。空を見かけた人はこれを伝えてね!あと、どこにいるのか教えて!そして、空に今いる場所から動かないように念押しして!笑”
ファンの子が黒門市場で愛子さんが困っているという文と画像を投稿すれば、すぐさま
“ラブピの空が通天閣で恋人の愛子さんを探してます!あいつはすぐ迷子になるんだからだって笑 ”
「おっ、同時進行やん」
こちらと同じように空さんが迷子になっていることを察したファンがSNSで呼びかけてくれていた。
「空、自分が方向音痴なの分かってないんだね〜!」
空さんが通天閣の前で大勢のファンに囲まれ、怒っている写真が上げられ、愛子さんは溜息を吐く。
「そうなんです。ミラノのファッションショーに行った時も迷子になって騒動を起こしたのに、それは自分のせいじゃないって言うんです」
その時、ミラノで空さんとファッションショーに一緒に参加しためめは後にも先にもあんなに焦ったことはないとビデオ通話で言っていたのを思い出す。
「唯我独尊、猪突猛進、勇往邁進、万里一空、力積奮闘、勤倹力行、不撓不屈の空。かっこいいなぁ〜!そんな人の恋人になれて羨ましいです」
「空さん、俺たちより大人気だね 」
「ふっかさんも熱狂的な空さん信者やからな」
一応俺らも今や世界で活躍し、TVで見ない日はないSnow Manなんやけど、この地球で愛と平和を訴え活動する影響力のあるグループにはどうしたって敵わない。
そして、
『私は同性愛者ではありません。たまたま好きになった人が女性だっただけです。今の私をつくりあげたのは間違いなく愛子さんという存在が私の世界にあったから。みんなが応援してくれる空は愛子さんなしでは生まれていなかった。だから、どうかこの先も私たちを温かく見守っていただけないでしょうか』
真剣交際と題して、行われた記者会見では愛子さんとの交際を臆することなく堂々と発表する姿に全世界から歓声と祝福を受け、それ以降多くの芸能人が空さんに感化され自分の隠していた”性”の部分をカミングアウトするものが増えた。
もちろん俺とめめも付き合っていることを世界に公表していて、それからはこうやってめめと公にデートする機会も増え、今はありのままの俺たちでいることが出来て幸せいっぱいや。
「私が通天閣に向かうので、待ってるように伝えてもらえますか」
「分かりました!愛子さん空とお幸せに。いつまでも応援してます」
「……ありがとうございます。本当に助かりました」
ファンの子たちと握手をし、深々とお辞儀をする愛子さんはとても嬉しそうで俺もその姿に自然と笑顔になり、隣にいるめめが俺の手を握る。
「め、めめっ!」
「なんか、俺らの愛が空さんたちに負けてるような気がして」
「まぁ、」
「きゃ〜!!突然のめめこじ来た!!」
照れた俺の手の甲にめめがキスをすれば、あたりはピンクの歓声に包まれ、騒ぎとなる。
「まさか警察が出動するほどの騒ぎになるとは思わんかったな」
「空さんたちが注目されてるおかげで俺たちはこうやって堂々とデートが出来るわけだ」
通天閣の真下で人が群れをなし、パトカーが数台ランプを点灯させている。
愛子さんは空さんと無事再会できたんやけど、SNSで呼びかけた為に、空さんが通天閣にいるという情報が広まり、空さんを一目見ようと日本人のみならず、海外の観光客までもが通天閣に押し寄せ混乱を招いている。
俺らは人っこ一人いない夕暮れ時の通天閣の展望台から苦笑いをしながら、それを見下ろす。
「大阪っていいね、俺好きだよ」
「賑やかで、関西人って押しが強いと思われるけど、意外と人も親切やろ?」
めめが俺の背中に抱きつき、俺越しに大阪の景色を見渡す。
俺の故郷でめめとこうしてデートが出来るなんて夢にも思わなかった。
「康二見て、チュー通天閣の思い出に♡だって」
「あぁ、あそこな……」
看板見たで!特典ありまっせと建物の真上からしか見えないラブホテルの看板をめめが見つけ、俺の耳元でわざとらしく囁く。同性愛のカップルの利用も多いみたいやで。と俺が小さく呟けば「いいね、この後イっちゃう?」とめめに耳を齧られる。
「や、くすぐった……!今日はこの後俺の実家に行くんやろっ」
「今日は康二の家族に挨拶して、その後は康二の部屋でエッチかぁ……燃えるね」
ガラス越しに映るめめの顔が緩み、激しい夜を想像した俺の顔が真っ赤に染まる。
「もうなに言ってん…!引っ付きすぎ!そろそろ離してや」
「だーめ。康二は俺のって大阪の人たちに教えて上げなくちゃ」
俺が弱いのを知っていながら、めめは首筋をチュッ、チュッと何度も啄み、その刺激に俺の膝がガクンと落ちる。
「……ッ、やぁ」
思わず漏れた甘い声に、俺の背中にあたるめめのものがムクリと目を覚ます。
「あー、そんなエロい声出したら、ここで康二のこと犯しちゃうよ?」
「うるさいっ、誰のせいや!!!」
身の危険を感じ、勢いよくめめを振り払う俺にめめはとても楽しそうに笑った。
—♩——♩
「大阪ってどこに行っても人が多いんだね」
「場所によっては東京よりも多く感じるな 」
康二が運転する車内では俺たちのデビュー曲が流れ、康二と初めて出会った日を思い出す。
『いつもとは違うスローなダンスで観客をアッ!と沸かせたいから、目黒くんちょっと練習に付き合ってくれへん?』
『あ、うん。俺でよければ喜んで!』
関西Jr.として先人を切っていた人気者の康二と日陰の存在であった俺。
スポットライトを浴びることに慣れている康二が初めて見せたスロウなダンスと表情に俺は魅せられ、一瞬で恋に落ちたのだ。
「俺なめめと大阪でデートするのが夢やった。今めっちゃ楽しい」
「……俺もだよ」
この広い世界で康二と出逢えたことは偶然。
それだけじゃない。同じグループになれて、愛し会えていることはまさに奇跡。
康二が俺の隣にいるから、俺の毎日は楽しく輝いている。
何度世界が回っても、なにに生まれ変わってもまた君に巡り逢いたい。
——君がいる世界はこんなにも素晴らしい。
A.
『通天閣私も見てみたいな……』
『みんなで行こう。俺と蓮、愛子さんと空さん。生まれてくる子どもたちと一緒に』
康二くんに抱かれた後。
ベッドの中で康二くんが少年時代を過ごした大阪の話を聞く。
体の弱い私は遠出することが難しく、東京以外に行ったことはない。
康二くんや空ちゃんがいる華やかな世界に私は憧れ、想像しては酷く羨ましくなってしまう。
健康で、自由で、夢に向かう私にはないものを持った真っ直ぐな人たち。
『なぁ、愛子さん約束やで?』
『……うん、約束』
ごめんね、康二くん。
その約束は叶えてあげられない。
だから、
「愛子さん!死んじゃダメだ……!!」
聞こえる救急車の音。
涙を流す康二くんの最愛の人。
そして、私のお腹を小さく蹴る愛しい命。
ごめんね、苦しいよね。
でももう少し我慢してね。
私も頑張るからっ……!
「お願い。いつか、みんなで通天閣に行こうって康二くんと約束したの。
……それを叶えて欲しい」
康二くんは私の気持ちを共有し、願いを叶えてくれた優しい人。
あなたは私にたくさんのものを与えてくれたのに、私はというと約束を守れずにごめんなさい。
「なに言ってるの?愛子さんも一緒に行こうよ!?」
「……そうだ。生まれてくる女の子の名前を決めたの。健康な花で康花(こうか)。空ちゃんのお腹にいる男の子は誰にでも手を差し伸べられるように恵蓮(えれん)。パパたちの名前を一文字入れたいい名前でしょ?二人が恋人同士になって結婚してくれたら最高ね。私たちの遺伝子がそうして一つになる……」
私の頬にポタポタと落ちる涙は温かく、この人なら私の大切な康二くん、空ちゃん、子どもたちを大事にしてくれると確信出来る。
「愛子さん、愛子さん……」
遠のいていく意識の中、感じた振動は
ありがと、ママ
かな……?
あなたをこの手で抱きしめてあげることが出来ず、ごめんなさい。
どうかあなたは健康で、目一杯空に羽ばたく自由な人生を送ることが出来ますように。
そうして、パパたちのようにたくさんの人に愛を届け、愛される子になってね。
続く
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