— 約束の指輪. . . .



『失礼します』

『なぁ、A子。なんなんだ?このメンバーは』

俺は康二に呼び出され訳もわからず、渋々四人がけの席の唯一空いているSさんの隣に座る。 

……早く説明しろというSさんの圧がすごい。

『彼はSnow Manの目黒蓮さん』

今にもA子さんに掴みかかりそうなSさんをものともせず、A子さんはニコニコと話し出す。

俺は微笑む彼女から正妻の余裕を感じ取り、俺の心は曇り……どころか災害を起こさんばかりの豪雨だ。

しかし、

『そんなことを聞いてるんじゃない!』

案の定、Sさんは立ち上がり机を両手で叩き怒鳴り声を上げた。 

その拍子で椅子が後ろに倒れ大きな音を立てる。

『(前から思ってたけど、この人こわっ……!)』

俺よりも怒りの態度を露骨に現すSさんに俺は後ずさり、もし彼女の手が出るようなら俺が止めねばと身構えた。

流石、海外でも先人を切って活躍しているグループのリーダーだけあって、存在感と威圧感が半端ない。

それこそ穏やかで、守ってあげたくなってしまう康二が好きそうなA子さんとは対照的な女性だ。

なんていうか、霊長類最強?と言っても過言ではないような力強さを彼女からは感じる。

彼女はA子さんと接点があるように思えないが、なぜここにいるのだろうか。

『Sちゃんは嫉妬深くてすぐ怒る。初めから話をしたら絶対に反対をして、なにがなんでも聞かないと思ったから言えなかったのよ。

この方は康二君の恋人、目黒蓮さん』

『え?』

嫉妬深いというワードとA子さんから”康二の恋人”だと紹介され、俺は固まる。

『そして、目黒さん。驚かせて本当にごめんなさい。 彼女は私の恋人のSです』

『…………』

正直意味がわからない。
二人が結婚し、俺は康二の恋人という立場から不倫相手に降格したのだと思っていたが、どうやら真実は違ったらしい。

『えーと……』

相変わらず正面の二人をキツく睨むSさん。
現状が理解出来ず、戸惑う俺に康二が口を開く。

『実はA子さんとの結婚は俺たち四人がこの先の人生においてなんのしがらみもなく、付き合っていけるように計画したものやったんや。

……今では同性愛もLGBTQも徐々に受け入れられて来とるけど、俺らの存在はまだまだ異質なものとして扱われるよな』

俯き静かに語る康二。
いつだか、康二は俺と付き合っていることに深く悩んでいた時期があった。

それこそ精神を病んでしまうくらいに。

——二人のこの関係を続けるのは良くないのではないかと。

それもなんとか二人で乗り越えられたと思っていたのに、康二の中にはまだ蟠りがあったのか。

『俺は康二を愛してるって、自信を持って全世界に言えるよ』

『そんな奴らは放っておけばいい』

Sさんと話すタイミングが重なってしまい、俺は気まずくなり、

『………』

俺とSさん、恐らく康二とA子さん。

双方の考え方の違いに黙り込み、康二は困った時の癖である自身の耳たぶを触る。

そんな俺たちを見て、この四人の中で一番歳上であるA子さんが真っ先に口を開く。

『Sちゃんだって分かってるでしょ?そう簡単には行かないのよ。特にうちは父も母も官僚で、私は一人娘。私たちの関係を公表すればどうなるか……本当はね、私だってSちゃんは私だけの人だって世界中に叫びたいよっ……!』

『っ』

力強く言い放ち、話の途中で涙を溢すA子さんをSさんは立ち上がり、すぐにキツく抱きしめる。

『Sちゃん。結婚して、子どもを産んで、裏では本当に愛する人と一緒に過ごす……そんな選択は許されないの?

康二君と目黒さんがSnow Manじゃなければ、Sちゃんが世界的パフォーマーじゃなければ、私の両親が官僚じゃなければ……同じ性を持った私たちは堂々と幸せになれた?

きっと違うよね?
世界は非道徳的な私たちをどうしたって除け者にする。私と康二君はSちゃんと目黒さんみたいに強くない。

もう、それに耐えられないのよ。

……私は私の遺伝子をこの世界に遺したい』

『A子、そんな風に思ってたなんて知らず、守ってあげられなくてごめん……お願いだから、泣かないで。A子の望みが叶うようにこれからちゃんと一緒に考えよう?』

A子さんの頬を大粒の涙がボロボロと伝い、先ほどまでの鬼の形相はどこへやら、SさんはそんなA子さんの背中を優しく撫でて必死で宥める。

……寄り添う二人からはとても強い絆を感じる。

『…………』

『……康二もそういう風に考えてたんだ』

眉を垂れ下げ、悲しげな雰囲気を纏う康二。
俺はテーブルに乗せられた康二の右手に自身の左手を重ね、康二が俺との交際で精神を病んでしまった時のことを思い出す。

あれは俺がドラマで初めて父親役を演じた数年前の出来事。

もちろん結婚や子どもに夢見ていたことはある。

でも、それは康二と出逢う前の話で康二と出会ってからはそんなのはただの建前だった。

俺は康二と一緒にいれれば、それだけで幸せだったから。

でも康二は違った。

ドラマの撮影が進むにつれ、子役と接する機会が多くなり、康二との会話に自然と子どもの話も多くなる。

なぜなら時を同じくして、康二も別のドラマで父親役を演じていたからだ。

その時の康二が放った言葉が今、鮮明に甦る。

『めめは本当に子どもが好きなんやね。

きっと、ええ旦那、お父さんになれると思うわ』

康二の心が支障をきたしたのは

このドラマの放送が終わったすぐ後のことだ。

——笑顔で言われたあの言葉。

康二は自分では俺と結婚が出来ないこと、
そして、なにより子どもが出来ないことを後ろめたく思い、自分を責め、きっと俺との別れも考えていて……


“俺は康二がこの世界にいてくれるだけでいい”

俺が康二を安心させたくて放った本心は康二にはなにも届いていなかったんだね。

『めめに普通の人生を送らせてやれない心苦しさが、あの後もずっと心にあった……』

『……気付いてあげられなくてごめん。辛かったでしょ?でも、俺はこんな形は望んでなかったよ』

康二に自分を責めて欲しくはないが……
正直、二人の結婚で俺が康二と結婚出来る立場にないことを強く思い知らされ、俺だってかなり苦しい日々を過ごしたのだ。

しかも、結婚しても俺と康二の交際は続き、不倫関係にまでなってしまったと。

少し口調が強くなってしまった俺に康二は目を伏せ、唇を結んで考え込む。

『ほんまにごめんな……

でも、俺はどうしてもめめの子どもが欲しい』

『俺の……子どもが欲しいの?』

俺は濁りのない真っ直ぐな康二の瞳に見つめられ、康二の揺るぎない気持ちを知る。

『めめが子どもと触れ合っているのを見て、俺もめめの子どもをめめと一緒に育てたいと思って……俺はどうして子どもを産めへんのやろ?ってめちゃ悩んだ』

『……っ』

康二が真剣に話しているというのに俺は

康二が俺のことをそこまで想ってくれているという事実がただただ嬉しく、空いている右手で口元を押さえて緩む口元を隠す。

——そうして、俺にも康二と同じ気持ちが芽生えるのだ。

『おとん!みてみて!これなこーじがつくりかたおしえてくれたんよ!じょーずにできたからおとんにプレゼントやでっ』

突如脳裏に現れた関西弁を話す康二と瓜二つの愛くるしい女の子。

俺にくしゃくしゃの折り紙の鶴を差し出す、康二そっくりの遺伝子を持った存在しないその子に俺は狂おしいほどの愛情が湧く。

……俺も康二の子どもが欲しい。

『分かったよ康二。

その……Sさんが良いといってくれるなら、二人に俺たちの子どもを産んでもらおう』

『めめ……』

俺は握った康二の手をそのままに、立ち上がり康二を強く抱きしめる。

『………』

『………』

Sさんに抱きしめられたA子さんと目が合う。
細い腕に包まれた彼女はとても幸せそうで、その表情は康二が俺に抱きしめられた時と全く同じものだった。

そして、ぷっくりとした女性らしい唇が声を発することなく小さく動いた。

“ゴ メ ン ナ サ イ”

“イ イ ヨ”

愛おしくて堪らない存在を胸にキツく抱く。
この温もりを手放すことなど出来るわけがない。

しかし、俺たちの関係のその先はイメージや強い願望はあるのに先は全く見えない。

——そうして俺たちは自分たちのアイデンティティのために不義を犯すのだ。




「……な!?目黒、お前どこ触って!!」

「黙って……俺は愛する人を抱くようにSさんのことを抱く。俺たちは四人は共犯者。そして、もうみんな家族みたいなもんでしょ?」

「……っ」

暗闇の中、触れた康二にはない柔らかな感触。
突然のことに驚いたSさんは声を上げ、俺の言葉に眉根を寄せる。

「大切な人を乱暴に扱いたくない。し、子どもをつくる行為は愛を持ってするのが普通じゃない?

だから、俺をA子さんだと思って今日は俺に丁寧に抱かれて下さい。……いい? 」

かっこよく決めたかったが、やはり無理強いはしたくない。

だけど、

「……分かった。目黒の言う通りだ。 
お前もあたしを向井だと思って思う存分に抱け」

薄明かりの中、男らしくかっこよく微笑む姿は康二とは全然違う。

でも、そんな彼女の新たな魅力を知れたことがなんだか少し嬉しかった。

「じゃあ、始めるよ」

「あぁ」

どうか、俺たちも早く子どもを授かりますように。

心でそう願い、涙を流し俺の遺伝子を持った子を抱く康二が脳内に現れて胸が熱くて堪らなかった。

不道徳じゃない、不義なんかじゃない。
これが俺たちなりの愛の形なんだ。





S.


『A子。他になにを隠してる』

目黒蓮と向井康二と別れ、二人きりになった控え室。

至極幸せそうにあたしの胸の中に収まるA子。
一見、大人しい女かと思えば、こいつは昔からとんだ策略家だ。

こんな偽装結婚や出産計画を思い付くなんてどうかしている。


『……Sちゃんは本当に疑り深いなぁ』

困った顔をし、あたしを見上げるA子。

そんなものにはもう誤魔化されない。

『言え』

『実はね……』

愛する人に告げられた衝撃的な事実。
それはなによりも受け入れ難く、そして、それが嘘ではないとよくわかっているからこそ、あたしの世界は大きく崩れていき……

この世でたった一人。

愛する人の願いを、どんな苦しいことも辛いことを我慢してでも叶えてあげたいと涙を堪えながら切実に思った。


『A子さんと康二は結婚式を挙げたけど、俺たちはどうします?』

『世間体で必要ならすればいい。だけど、あたしはウエディングドレスを着たくない』

都内の有名な中華店の個室を目黒蓮は予約し、二人で今後のことを中華を食べながら話し合う。

—A子から真実を告げられ、その後すぐにあたしと目黒蓮は婚約をし、その事実を世間に公表した。

正直世間では目黒蓮の歳も歳だし、さらに仲のいい向井康二も結婚をしたため、目黒蓮が他の女優と結婚間近なのではないかと騒がれていたが……

噂ほど当てにならないものはないとこの身を持って思い知る。

そして、一番理解が得難く難関だと思っていた

長いことあたしに酔狂しているグループのメンバーたちはあたしに

『Sちゃんはこの先も絶対結婚しないで!』

『ずっと私たちだけのSちゃんでいてよね!』

と言っていたにも関わらず、

『え……?目黒蓮ってあのSnow Manの?』

『確かSnow ManにSに猛アタックしてた人いたよね?』

『私、相手が目黒蓮なら……Sちゃんの結婚許せる』

あたしの夫となる人物を知って、意外と簡単に納得をしてくれた。



『A子さんはSさんのウエディングドレス姿を見てみたいと言ってたよ』

『……身内だけの簡単な式にしろ。日時や段取りはお前が決めてくれ』

A子の名前を出せばあたしが自分の意志を変えることを目黒蓮はよく知っている。

まぁ、ここの中華が好きだというのもどうせA子の入れ知恵だろうが。

『……Sさんはこの選択をして後悔してない?』

醬大骨を無心で貪るあたしに目黒蓮は静かに問いかける。

馬鹿な質問だ。
そんな小さな気持ちでよく人を愛せたもんだ。

『あたしはA子を幸せにする為だけに生きている。
A子の幸せに足りないものがあるなら、どんなものだって補う。

それが、例え世界のルールに外れていてもな。

そして、A子を不幸にする奴がいるなら、そいつを殺す覚悟もある』

目を細め、手の中の醬大骨を握りつぶす。

『……それ美味しいの?』

馬鹿な質問だ。
何事も挑戦。
恐れがあっては大切な人を守ることは出来ない。

『可愛いA子の旦那になったお前の恋人がチキン野郎ではないことを祈るよ』

粉々になった醬大骨を見て目黒蓮は苦笑いをする。

康二は意外とチキン野郎なんだけど、大丈夫かなという目黒蓮の心の内を読むことは出来なかった。


—恐れがあっては大切な人を守ることが出来ない

じゃあ、

“実はね、私もう先が長くないんだって”

その守りたい人を守ることすら出来ず、
愛する人がこの世からいなくなってしまう

それが『恐れ』となった今。
あたしはどうすりゃいい。




「っ、ウッ…うぅう!!」

「ご、ごめん、痛かった?いや、嫌だったよね……?今抜くから」

目黒蓮と子づくりを終えた後、滝のように溢れる涙。
まさかあたしが泣き出すとは思っていなかった目黒蓮が中に入っている性器を慌てて抜こうとする。

「まだ抜くな!!違うっ……!違うんだ、目黒蓮」

「Sさん……どうしたの?」

泣きじゃくるあたしに目黒蓮は戸惑い、動揺する。

「……嫌ではなかったし、痛くもなかった。
なんなら初めてが、すごく気持ちも良かった。
だから、そこはあたしの言葉を信じて安心してくれ。

あたしが泣いているのは違う理由だ」

愛するA子がいてもなお男とする日が来るなんて思ってもいなかった。

目黒蓮は壊れ物を扱うようにとても優しくあたしを抱いた。

『康二君にはね荒々しく抱いて貰った』

『…………』

突拍子もなくA子から聞かされた話は全く持って聞きたくもない報告だった。

額に筋を浮かべるあたしにA子は笑って続ける。

『康二君がねSさんに抱かれている想像をして、抱かれてって言うから、じゃあ、少し荒っぽく抱いて欲しいってお願いしたの』

そう言ったら彼、すごく戸惑ってたと笑うA子にあたしは唇を尖らせる。

『……下手で悪かったな』

『私、本当にSちゃんとしてるのかなって思った。
今までそんな想像一回もしたことないんだけど、

もし、Sちゃんが男性だったら、こんな感じなのかなって、思ったら終わった後に泣いちゃった』

目に涙を溜めるA子にあたしも涙を必死で堪える。

泣いては駄目だ。

弱さを見せるな。

『……来世ではA子と本当の夫婦になりたい』

『うん、Sちゃん。絶対に約束だよ』

何度も絡めあった

あたしの左手の薬指にはシルバーの指輪。
A子の左手の薬指にはゴールドの指輪。

目黒蓮から受け取ったシルバーの結婚指輪の内側には

——Sky Love

そして、A子が最初に向井康二から受け取ったゴールドの結婚指輪にも同じ文字が彫られている。

これは向井康二の発案らしい。

さぁ、ここまで言えばあたしの名前とA子の名前。

そして、男連中の指輪の内側は想像が付くだろうか。




「お前がすごく優しく触れるから、まるでA子に抱かれているんじゃないかって思って、初めてなのにすごく幸せだった」

A子の気持ちが今、よくわかる。
A子が男だったら、こんなふうにあたしは抱かれるのかなんて想像をした。

「それなら良かったよ」

「目黒つらい思いをさせて悪かった」

目黒蓮にも大きな不安や緊張を抱かせてしまったことに今更だが、申し訳なくなる。

そして、
もし、仮に。

“私の遺伝子を遺したいの”

A子が私の前からいなくなってしまったとしても、

“Sちゃんを一人残して死ぬなんて絶対に嫌だから”

あたしは一人ではないことが分かった。

それに安心して涙が溢れてしまったのだ。

「ううん。俺たち四人と生まれてくる子どもたちで幸せになろう」

「……あぁ」

目黒の言葉に頷き、あたしは一緒に暮らすマンションの一室で楽しそうに絵を描くA子を脳裏に浮かべる。

『青空、夜、夕陽、私の愛するものは全て”空”にあるね』

目黒。
そこにきっと、愛子はいない。
だけど、お前と向井康二は愛子の望む世界を
このあたし、空と一緒に作ってくれるだろう?

——差別も偏見もない誰もが愛し、認め合える平等な世界を。


続く
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