太陽と月

「蓮、もう無理して俺に付き合わんでもいいんやで」

「……ッ、でも!」

優しく微笑む彼が床に崩れ落ちた俺をそっと抱き締める。

「今までずっと付き合うてくれてありがとう」

「康二……待ってよ、俺が”無力”だから?そんなことを言うの?」

涙を溜めた目で康二を見上げれば、康二はゆっくりと首を振る。

「ちゃう。俺はもう蓮に自分を追い込んで欲しくないんよ。なぁ、いい加減気付けって」

「なに、を……」

俺の頬に触れた手は出会った時より細く、刻まれた皺は互いに歳を重ねたことを表している。

しかし、康二のその手の温かさも
そして、陽だまりのような心の柔らかさも
まだ青かった俺たちの出会いから、なに一つ変わってなどいない。

「お前は誰もが認める最高の男。それでいて向井康二の唯一無二の存在であることに、や。俺たちはもうとっくに対等の立場やろ?」

——だから、例えSnow Manでなくても俺たちはずっと一緒にいられる。

「ほんとうに…………?」

康二の言葉に溜まっていた涙が右頬に溢れ落ち、それとは別の雫が俺の左頬を伝っていく。

「あぁ、俺もな今さらやけど蓮のことを愛しとる。だから、これからはどちらかが死ぬまで一緒にいよう」

俺を見下ろす康二も泣いてたのだ。

「あぁっ……康二、本当に?本当に俺のことを」

「ほんまやで……俺は出会った頃から蓮のことを片時も忘れたことはない。

蓮はこれからは俺だけの”月”でいて」

康二は縋るような俺に切なげに微笑み、俺のおでこにキスをした。

俺は心がポカポカと満たされていくのを感じ、そっと目を閉じる。

瞼の裏に思い浮かぶのは出会った頃の太陽のように燦々と輝く若い君。





『太陽と月』








当たり前の話だが、陽の光は俺たち人間にはなくてはならないものだ。

春の陽射しは心地よく、
夏はギラギラとこの身を熱らせ、
秋晴れは心をすっきりと清らかなものにさせてくれ、
冬の日向はどこか切ない寂しさを抱いた自分を明るく照らしてくれる。

俺にとって向井康二は『太陽』

初めて出会った時、目を開けていられないほど眩しい光を放つ康二に俺は釘付けとなり、その輝きを掴んでみたくなって必死に手を伸ばす。

空に浮かぶ太陽に手が届くわけなんてないのに。

でも、その誰をも照らす君の側で俺も煌めくことが出来たなら……

俺はなれるだろうか?

太陽の対である君だけの月に。










「れんっ、あぁ……っ!んんっ、気持ちいいぃ……!!」

「康二……可愛いっ」

胡座をかいた俺と向かい合い、俺のモノを無我夢中に咥える康二の綺麗な首筋を何度も啄ばめば、そんな刺激にも感じた康二が俺の固くたぎった肉棒をギュッと締め付ける。

好きな人の痴態に初っ端からイキそうな自分に焦り、急いで康二の小さな乳首を指でやんわりと撫で回し、もう片方を俺の口内に含んでは水音が鳴るくらい強めに吸い付く。

「あ!そこは、やっ!!
あんっ、ハァ……ンんんんッッ!!!」

「ンッ!」

服が擦れただけでも感じてしまうくらい、胸の刺激に弱い康二は俺に綺麗な喉仏を見せて絶頂を迎えた。

その美しい姿と康二の腹に放たれた卑猥な白い液体に俺の男根も一回り大きく膨張し、康二のナカに子種を注いでいく。

「はぁっ、はぁっ、蓮……チュウして」

「ん……」

俺の首に腕を回し、トロンとした目でキスを強請る康二。

そんな康二を見上げ、俺は目を閉じる。

「んっ、ふぅ……」

薄いのにそれでいて柔らかな唇が触れた瞬間。

俺はいつものように心で唱える。

「(康二、俺は君が好きだよ)」

何百回抱いても飽きる事のない康二の体はむしろ俺を悦ばせる為に日々進化しているのではないかと思う。

いや、違うな。
おれにとって康二はお米や水、酸素そういうものと同じ。あるのが当たり前の存在なのだ。

今年で康二と出会ってもう何年経つだろう?
俺は彼を養分に生きている。

あれはデビューするうんと前。
俺が康二と仲良くなり始めた頃のことだ。

「ねぇ、康二君」

「ん?」

「康二君は結婚とか考えたことある?」

二人で劇場の近くの公園を散歩しながら、男の俺が恋愛対象になることはないとわかっていて、なんとなく康二君の恋愛観について尋ねてみた。

『目黒君お疲れ!今日もよく出来てたで!自分めっちゃカッコええやん』

大先輩なのに出会ったばかりの日陰の存在の俺を彼はよく気にかけてくれ、俺はそんな彼をただ”人”として尊敬するだけではなかった。

舞台終わり、浴室で彼のしなやかな裸体を初めて目の当たりにした時。

ムクリと体の中心が唐突に起き上がるのを感じ、俺は康二君を恋愛対象として見ていることに気付く。

そんな俺の気持ちを見透かしたかのように康二君は夕暮れを眺めてポツリと呟いた。

『俺のこの先の人生、誰かを愛することはないやろな』

「っ、まだ若いんだし悟には早くない?」

恋を自覚したのも束の間、あっという間の失恋。
俺の康二君への気持ちが露骨で、気を使わせてしまったのだろうか。

「俺はな、誰に囚われることなくいつまでもみんなの心の太陽でいたいんよ。 もちろん、目黒君のことも照らしたるで!」

微動だにせず沈む夕日を見て康二君は静かに語り、最後に俺の方を向いてニカッと笑う。

「うん、康二君はいつもお日様のように温かいよ」

真っ暗な夜道をただ一人呆然と歩いていた俺。
そんな俺をあるべき場所に導いてくれた、たった一つのオレンジの灯火。

康二君は誰にでも優しく、とても真っ直ぐで努力家で、どんな人よりも美しい純粋な心の持ち主……

そんなあなたを俺だけのモノに出来たなら、それはどれだけ幸せなことなんだろう。

「もうすぐお別れやな。俺、目黒君と出会えてほんま良かったわ」

なんて、この公演が終わればこんな気持ちも儚く消えて行くんだろう。

人の心は移ろいやすい。

「俺もだよ。康二君の存在に何度も救われた。ありがとう。絶対デビューして、また二人で同じステージに立とう」

「こちらこそ。約束やで」

そう思っていたのに、神様は本当に気まぐれだ。

この別れから数年後。
俺は康二君のことを忘れることが出来ず、いつか果たす約束の日を胸に自分を磨き続けていた。

「嘘、康二君……?」

「目黒君やん!久しぶり。またカッコよくなったんちゃう?」

まさか、あの時康二君と約束したデビューが同じグループのメンバーとなって果たされるなんて少しも思いもせずに。


「まさか目黒君もSnow Manとしてデビューするなんてな。今日は雪も降っとるしなんか運命感じるわ〜」

粉雪の舞う東京都内。
この地をよく知らない康二君の為に俺は康二君が泊まるホテルまでの道案内を買って出た。

これから吹雪く予報が出ており、電車も早々に運休が決まったので温かい缶コーヒーを口に含みながら、ホテルまでの道を二人で歩く。

「俺は康二君のことを片時も忘れたことはないよ。
あの時康二君と出会えたから、ここまで頑張れた。これは神様が俺にくれたご褒美だと思う」

昨日から出ていた雪の予報に都内を歩く人はまばらで、デビューが決まってもまだそんなに有名ではない俺たちを気にかける人なんて誰一人としていない。

だからか、いつもは表に出さない本音がどんどんと漏れ、康二君が隣にいる喜びに口角も自然と上がってゆく。

空気は冷たく、吐く息は白い。
だけど、不思議と寒くは無かった。

「ふふっ、目黒君はロマンチストやねぇ。
俺も目黒君との約束忘れてなかったで!

これからは俺っていう強い味方がおるから心強いやろ?あっ、でも俺はこっちに友人がおらへんから目黒君も俺を支えてくれな?」

何故ならこの数年、心に思い描くだけだった愛しい人が俺のすぐ隣をともに歩き、手を伸ばせば触れられる距離にいるのだから。

「康二君……!」

あの時と変わらぬ屈託のない笑顔で微笑む康二君に俺はたまらなくなって、思わず康二君を俺の腕の中に閉じ込める。

「うわっ!目黒君ここ外やで……」

「雪も強くなってきたし、もう誰もいないよ。

康二君、ずっと会いたかった」

一緒に公演をしていた間はよくこうしてスキンシップを取っていたのだが、久しぶりの触れ合いに康二君の顔が真っ赤に染まる。

俺は照れる康二君を可愛く思いながら、夢のような現実を噛み締め、康二君の言葉を思い出す。

『俺の人生、誰かを愛することはないやろな』

あの時の気持ちは今も変わらないのだろうか……

例えそうであっても、俺は康二君とSnow Manのメンバーとしてともにいられる。

それだけでいいじゃないか。

「なぁ、目黒君」

「ん?」

俺が康二君の温もりを味わっていると、康二君が上目遣いで俺を見上げ、その愛らしい姿に俺は思わず発狂しそうだった。

康二君に対する恋心は康二君に会えない間、消えるどころか大きく膨れ上がっていた。

俺は考えていることが顔に出やすい為、これから康二君と活動するにあたりこの感情を隠すのは至難の業だなと頭で考える。

「雪も強うなってきたし、タクシーも通らんけど歩いて帰るん?」

首を傾げる男性って世の中にいるんだな。
その姿も康二君だから、愛おしく思える。

「うん。歩いて帰るから大丈夫だよ」

俺は雪の中歩いて帰るよりも今ここで康二君と別れることの方が辛い。

「家はここから近いん? 」

「六駅くらい」  

なんて事のないように言う俺に康二君は驚く。

「いやいや、徒歩の距離じゃないやろ!こんな中歩いて帰ったら風邪引くで?俺の部屋で良ければ今日は泊まってき!」

「えっ、いいの?」

思ってもいない康二君の申し出に俺の心が浮き足立ち、

「ええよ、でもな……」

さらに続く康二君の言葉に心臓がパンクしそうになった。




「……本当にダブルベッドだ」

「社長がメンバーに遊びに来てもらえって気を遣って広い部屋取ってくれたんやけど、そんな毎日のように誰か来るわけないやん?しかもツインじゃなくて、ダブルベッド……逆に寂しくて堪らへん」

——俺の部屋ダブルでベッド一個しかないねん。

康二君は困ったように笑ったが、俺からすれば康二君と一つのベッドで眠れるなんて願ったり叶ったりだ。 

「今日は俺がいるよ」

近くのコンビニで買った酒とつまみを適当にテーブルに並べ、なんとか高鳴る胸の鼓動を抑える。

男女であればこの後の展開はただ一つなのだろうが、俺たちは男同士。 

通常であれば意識することなど何一つないはずだ。

「今まで会えなかった分たくさん話そうな」

「うん……」

それなのに屈託なく笑う姿に何度も心を揺さぶられるなんて。


「後輩たちのグループ結成が決まった時はなぁ、全身を槍で貫かれたんじゃないかっていうくらいしんどかった。嬉しい気持ちと、なんで俺はデビュー出来ないん?ていう苦しみがごちゃ混ぜになって……」

「分かるよ。どれだけ必死で努力しても認められず、俺に足りないものはなんなのか毎日考える日々ばかりで、その感情が精神を削って……そんな自分のことをどんどん嫌いになってくんだよね」

ダブルベッドのへりに二人で腰掛けて缶チューハイを飲みながら、デビューまでの苦悩を二人で語り合う。

俺は割とプライドが高い方で人前で弱音を吐くのは
正直好きじゃない。

でも、俺と同じく何度も挫折を味わい、その度に立ち上がった康二君には俺の心内を話すことや情け無い姿だって見せることが出来る。

そう。
康二君の前では俺はありのままの目黒蓮でいられるんだ。


「……あんな、俺がここまで頑張ってこれたんは目黒君の存在がめちゃくちゃ大きいんやで」

「……俺?」

缶チューハイの蓋を撫でながら、俺が康二君と出会った日をしみじみと思い出していると、すぐ隣にいる康二くんの右手が俺の左手に重なり、俺は康二君へと視線を向けた。

「目黒君と仲良くなったあの時期は実は俺にとって精神的に一番キツい時期やった」

きっと酒だけのせいではない。  
至近距離で眉を垂れ下げながら、涙目で俺を見つめる康二君にドクンと胸が打たれ、その姿が俺を切なくさせる。

「あの時、康二君になにがあったの?」

俺は右手に持っていた缶チューハイをテーブルに置き、空いた右手を康二君の手の甲に重ね、真剣な眼差しで問う。

身長は俺の方が高いのに康二君の手は俺と同じ大きさでピッタリ重なり合う、ただそれだけの共通点がなんだか少し嬉しかった。

「…………」

「……?」

そして、康二君は重なりあった俺たちの手を見つめた後、そっと目を閉じ言葉を紡ぐ。

「……目黒君にならいつか話せるかもしれへん。そん時が来たら聞いてくれるか?」

「もちろんだよ」

「ありがとう」

俺がしっかり頷けば康二君は目を開き、そんな俺にやんわりと微笑んだ。

それは俺が康二君に恋に落ちた時の柔らかな表情。

その笑顔に目が離せなくなるほど、俺は康二君のことが本当に好きなんだよ。







「今日は目黒君もおるし、よく眠れそうや。って、なんでそんなに端っこにおるん?落ちてまうやん」

「いや、なんとなく……」

二人で飲み終わったテーブルを片付けた後、シャワーを浴びて嬉々として戻ってきた康二君。

初めて見るバスローブを纏う姿は色気がダダ漏れで、俺は恥ずかしくなり布団で顔を隠す。

「なに照れてるん?俺たち男同士やろ」

「……俺は誰かと同じベッドで寝たことないから」

康二君はあと少しでベッドから落ちてしまう位置で縮こまる俺に呆れた顔をした。

最初は康二君と一つのベッドで眠れることに喜んでいたが、その時が来るとやはり緊張する。

「それじゃあ俺が気になって眠れへんやろ?あと俺、冷え性やから、今日の目黒君は俺専用の湯たんぽやで!」

「っ、」

布団をめくりベッドに入った康二君が俺の腕を引っ張る。 

そんなことを言われたら康二君の隣に行くしかない。

俺は意を決して康二君の寝そべるベッドの真ん中へと移動する。

「目黒君ってほんまにあったかいよな」

先程お酒を飲んでいた時よりも距離は近くなり、ふわりと微笑む康二君の愛くるしい表情、そして触れ合った少し冷たい康二君のつま先が俺の体の熱を上げていく。

「……おやすみ康二君」

「おやすみ目黒君」

再会してからずっと笑顔を絶やさない康二君の頭をぽんぽんと撫でれば、康二君の顔がくしゃっと綻ぶ。

愛おしくて堪らない。
一緒に舞台に出ていた時に何度も感じたときめきは俺の胸をキツく締め上げる。




「……すーっ」


「(……康二君。
男同士でも君は俺の想い人なんだ。
君がそれに気付いているかはわからないけど、もうこの時点で俺の心はパンクしそうだよ) 」

俺の胸に寄り添いすやすやと寝息を立てる康二君。

目鼻立ちの整った顔をそっと撫でる。
俺と同じ男なのに触れた頬は弾力がありしっとりとしていて、さらに俺の視線を奪うのはぷっくりとした赤い唇。

「…………」

ゴクリと唾を飲み込み、親指で唇の輪郭をなぞってみた。

「ん……」

「ッ…………」

くすぐったさに身を捩る康二君。
高く艶のあるくぐもった声に俺はその手を止めることが出来ず、あろうことか康二君の口内に親指の先を押し進めてしまう。

そして、

「…………」

——クチュッ

「!!」

俺の暴走に目を覚ました康二君が上目遣いで俺を見上げ、俺の指に舌を這わした。

俺は驚きで思わず康二君の体を突き放す。

「……目黒君、こんなことされたらいくら眠りの深い俺でもさすがに起きるわ」

「ご、ごめんっ!」

康二君にも聞こえるんじゃないかと言うほど心臓がバクバクと音を立て、俺の脳内もパニックになる。

「…………」

動揺する俺に困ったようにポリポリと頬をかく康二君。

……康二君に気持ち悪いと思われただろうか。

「……嫌な思いさせて本当ごめん。俺、帰るよ」

康二君に頭を下げ、俺は急いでベッドから降り逃げるように帰り支度をする。

「待って、帰らんで」

そんな俺の腕を康二君は掴んで引き寄せ、ベッドの上から俺の腰に縋り付く。

「え、と……」

背中に擦り寄せられた頬にどうすればいいのか分からず、俺はただただその場に立ちすくむことしか出来ない。

「一緒におって」

強く言い放たれた言葉に俺の顔が歪む。

「……康二君はさ、気付いてるんでしょ?俺の気持ち。このまま一緒にいたら、さっきみたいに俺なにするかわからないよ」

俺が回された両腕を離そうとすると、それを拒むようにその腕に力が込められ、そして、

「目黒君になら……ええよ」

「………え」

聞き間違いだろうか?
康二君がポツリと呟いた言葉に今度こそ康二君の腕を引き離し、康二君の表情を窺う。

「…………」

「本当に……いいの?」

潤んだ瞳で俺を見上げる康二君はコクリと無言で頷く。

その目にはどこか寂しさと期待が込められ、俺はその姿に狂おしいほどの感情が溢れ、気付けば彼をベッドに押し倒し、夢中で掻き抱いていた。

外の猛吹雪のようにこの日以降、

俺の心は康二君への愛で荒れ狂うのだ。


続く
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