A lump of the love


「きゃーっ!めめっ、本当にかっこいい!」

「ねっ!ずっと見てられる〜!!」

「(せやろ、せやろ?俺の蓮はほんまカッコええねん!)」

渋谷にデカデカと飾られた俺の自慢の旦那様がアンバサダーを務めているブランドのポスター。

多くの女性が蓮の姿に見惚れてはそれをパシャパシャとスマホのカメラに収めていく。

かくいう俺も変装をし、女性たちの会話に心の中で盛大に相槌を打ちながら、ササッと蓮の勇姿を動画に撮る。

「ん?なんかあの人、康二に似てない?」

「え!?嘘!どこどこ!?」

「やばっ……!」

俺がここにいることがバレると騒ぎになるので、素知らぬ顔をしながら人混みに紛れ、

『心はいつもあなたとともに』

という文字とドアップの蓮の広告を振り返り、しっかりと心のシャッターに記録しその場を後にする。

「(蓮……早く会いたい)」

仕事で海外に行っている蓮が猛烈に恋しくなって、MVの撮影前に渋谷に出てきたのはいいが、今や国民的スターの蓮は街中の至る所で俺の視界に入り、そのせいで逆に蓮に会えない寂しさが増してしまう。

「おにいちゃん!まってー!」

「ほら!早く渡らないと赤になるぞ!!」

「(……あの頃が懐かしいわ)」

渋谷のスクランブル交差点ですれ違った、小学生と幼稚園児くらいの兄弟。

それにより甦る懐かしい俺と蓮の幼き日の記憶。


——蓮との出会いは俺が四歳、蓮は恐らく二歳の時だ。


「康ちゃん、施設に新たに入所することになった子がいるの。康ちゃんはとても面倒見がいいから、その子のお兄ちゃんになってあげてね」

「わかった!」

中国地方にある山奥近くの養護施設。
物心ついた時には俺はここに住んでいた、という表現がしっくり来ると思う。

俺のおとんとおかんは交通事故で亡くなり、俺には親戚もいなかった為、ここに預けられた。

この時、俺が知っていたのは自分の名前が向井康二であること、あとは自分の誕生日、歳は四歳ってことくらいや。

俺以外の施設にいた子たちは色んな年齢層の子がおり、俺みたいに親がいない子、訳あって今は親の保護下にいられない子、中には自分の意思でここに来た子など様々だ。

俺は二つの時にはもうここに来て、この施設で生活する先生や子どもたちが俺にとって家族同然だった。

それぞれ葛藤はあるが、みんな根は優しく、同じ”心の内”を共有出来る大切な仲間や。

「せんせい、そのこのなまえは?なんさい?すきなものとかあるのかな?」

「えっとね、康ちゃん……」

つい先日、一歳になったばかりの最年少の女の子が里親に迎えられた。

嬉しい出来事ではあるが、本当の妹のように可愛がっていたその子がいなくなって俺はかなり落ち込んだ。

そんな俺に今度は弟が出来るらしい。

喜びのあまり俺は先生に矢継ぎ早に質問をするが、先生は俺の問いかけに困ったように笑う。

「なぁに?」

「康ちゃんはこの施設で太陽のように温かい子だから、先生は康ちゃんならきっと大丈夫だと思って先生はお願いするね。  

その子実はね……」








「……ん?」

時は戻り、同じ中国地方のとある県の山奥で登山をしていた男性は、ありえないものを自身の視界の端に捉えた。

それは山中の川の近く。
高さが二メートルほどある大きな岩に、体育座りで座る小さな幼児だ。

「………、」

その子のあまりの幼さと、ここまでたどり着くには慣れた登山家でも中々厳しく、子どもをこの場所に置き去りにしようとしてもそもそもかなり険しい山道だ。

子どもを連れてくること自体が困難で、例え連れて来られたとして、いくら小さな子どもでもあんな大きな岩に乗せることは不可能である。

登山家は結論づけた。
あの子は稀に見る”その手”のものなのかもしれないと。

「おーい!そこの君、大丈夫かい!!」

「…………」

念の為、大きな声を出して幼児に叫ぶが反応は無い。

やはり、彼はこの世のものではないのだと確信し、登山家は早々に山を下ることを決意した。





「ふぅ、無事戻って来られた。 

…………!」

数時間かけて山裾まで戻って来たところで登山家は信じられないものを目にする。

「…………」

「なんてことだ……」

先刻、岩の上にいた”この世のものではないもの”がしっかりとコチラを見て佇んでいるのだ。

小さな幼児は色白で真っ黒な髪と、幼さの中になにか信念を秘めた瞳で、

——あぁ、連れて来てしまったか。

「んー」

「…………」

登山家は頭を悩ませた。

幽霊か山の神か、はたまた違うモノなのか。
ここまでしっかりと自分を見ているのだから、もう素通りすることは出来ない。

「君、お父さんとお母さんは?」

意思の疎通が出来るかわからないが、登山家は幼い子どもと目を合わせて問う。

「…………」

しかし、幼児はこちらを見て無反応のままだ。

「そんなに見つめられても、俺は君のことをどうにかしてあげることは出来ないんだ……」

「…………」

ごめんなと登山家が幼児の頭に手を乗せる”フリ”をすると、思いがけず幼児の柔らかな髪に触れることが出来た。

「えっ!?……もしかして君は生きているのか」

「…………」

登山家の質問に幼児が答えることはなく、幼児は相変わらず無表情でこちらを見つめたままだ。

だが、

ぐぎゅううう〜〜

「お腹が空いているんだね!食べ物はある!だけど、まずは水を飲むんだ!はいコレ!」

幼児のお腹が盛大に鳴り、この時初めて幼児が人の子であると分かり、登山家は途端に慌て出し、まだ開けていないペットボトルのミネラルウォーターの蓋を開け、幼児へと差出す。

「…………」

目を逸らすことなくこちらを見ていた幼児が今度は目の前のペットボトルを少しの間ジッと見つめ、それを受け取りゆっくりと水を飲んでいく。

その姿に登山家は胸を撫で下ろし、

「今、レスキューを呼ぶから待っていてね」

いくつもの疑問を心に抱えながらも、レスキューを呼んだ。






———山の麓に子どもを置き去りか

数日後、幼児の発見はニュースや新聞の見出しに大きく掲載され全国を騒がせることになる。

なぜなら、山の麓で見つかった幼児は名前も年齢も分からず、言葉も発しない。

さらには行方不明の届もなければ周辺の監視カメラにも子どもを置き去りにする親の映像なんかも残っておらず、幼児がいつ山に置き去りにされ、何者なのか足取りが掴めなかったからである。

登山家は事情聴取の際、幼児が川の岩場に座っていたことは伏せた。 

幼児の身なりはとても綺麗で、親に捨てられたのであれば登山家が幼児を見つける前の数時間の出来事であるはずで、事件がさらに難解になることが予測出来たからだ。

しかし、日本全国を騒然とさせた出来事も数ヶ月で忘れられていくことになり、地域の病院に入院していた幼児は養護施設へと入所することになる。

警察も病院も役所も施設も名前も年齢も誰の子なのか分からない、幼児の存在に頭を悩ませた。


「…………」

「康ちゃん。この子が蓮君。第一発見者の登山家さんが蓮君を発見した日、自宅の近くに綺麗な蓮が咲いていたから、この子を蓮君と呼ぶことにしたのですって」

「へぇ、れんくんか。はすのはなってきれいだし、いいなまえだね!

れんくん、おれは むかいこうじ これからよろしくね!」

色白で、真っ黒な大きな眼が特徴的な幼い蓮のことは今でもはっきりと思い出せる。

そして、一番印象的だったのは
俺が差し出した手を蓮は両手で握り返し、発見から数ヶ月。

誰が話しかけても、微笑みかけても無であった蓮がなんと俺を見てニッコリ笑ったのだ。

「え、嘘っ!?蓮君が笑った?!!誰か!!
早く施設長を呼んで!!」

蓮の笑顔に先生は目を見開き、声を上げて慌て出す。

「れんくん、えがおがいいね」

「…………」

そんな先生を視界の端に俺が蓮の頭を撫でてやると、蓮は口角を上げ至極幸せそうな表情を浮かべて、俺はその姿に釘付けになった。

今まで無機質な人形だった蓮はこの日から俺にベッタリとくっつき、表情も豊かになる。

そして、大人はみな蓮を失語症だと思っていたが、たった数ヶ月で言葉も話すようになり、その姿はまさに人形に魂が入ったと言っても過言ではないくらいだった。

『こうちゃん!こうちゃん、だいすき!!』

恐らく俺と二歳くらい離れている蓮。
俺に全力で懐いてくれる蓮が本当の弟のように可愛くて大好きだった。

——しかし、俺が小学生に上がる頃。別れはやってきた。

俺は兼ねてから面会を重ねていた関西の夫婦の養子となることが決まり、蓮もまた中々子どもが授からず、長きに渡った不妊治療を終わりにすることを決意した、蓮の名付け親でもある第一発見者の登山家のご夫婦の養子となることが決まる。

「やだっ!おれ、こうちゃんとはなれたくないっ!!」

「れんくん、おれだって!」

今まで何人もの子を見送って来たが、その順番が俺と蓮に回ってきた。

見送る方も辛いが、見送られる方もこんなに辛いなんて俺は知らず、この時は幼いこともあって、この世が終わるんやないかってくらい胸が張り裂けそうやった。

四年間一緒に暮らした先生や施設長、心を通わせた兄弟たち。

みんなで別れに涙を流し、この日に俺はみんなが好きだと言ってくれた”俺の笑顔”をいつか必ず届けるからと約束を交わす。

そして、蓮には

『れんくんはおれのたいせつなかぞく。
いちばんのきょうだいだよ。
おれのこころにはいつもれんくんがいるから

わすれないでね』

『うん、うんっ……!こうちゃんもおれのことをわすれないでねっ』

蓮と抱き合い、再会を誓う。


この時はまさか、蓮と地方は違えど同じ事務所に所属し、再会して同じアイドルグループのメンバーになるなんて思いもしなかったな。

『そういえばね、蓮君が山で発見された日っていうのが康ちゃんの誕生日の日なのよ。だから、蓮君の誕生日もその日になったの』

蓮が咲き始めたあの時期。

——大きくなって先生の言ったその言葉の意味が分かるようになった時、俺は蓮に運命を感じた。









「……っ」

「康二大丈夫?」

長時間、格ユニット別で行われた新曲のMVの撮影が終わり、ホッとしたのも束の間。

血の気が引くような感覚に体がよろけたが、隣にいた舘さんが咄嗟に俺の腕を掴んで支えてくれた。

「舘さん、支えてくれてありがとう。
……ちょっと、激しい動きが続いて疲れてもうたみたい。休んでから帰るな」

「最近少しずつ暑くなってきたし、無理しないでね」

「無理しないっ、オッケーカフ!舘さんも気ぃつけてな」

ふと、天と地が逆転するような感覚を感じた俺は笑顔を貼り付け、近くのトイレへ向かう。

「(着いた……!)」

トイレに足を踏み入れた途端、ダッシュで個室へ駆け込む。 

そして、今までの人生で感じたことのない気持ち悪さに、胃から迫り上がってくるものを全てトイレに吐き出した。

「うっ……!なんやのこれ……」

実は蓮が海外に行ってから、謎の吐き気と常にのぼせているような状態が数日間続き、それにより俺の精神も少しずつ削られていき、俺の中では今色んなものが不安定な状況だ。

六月半ばだというのに暑い日が続き、熱中症気味やろかと思っていたが、やけに胃や胸がムカムカする。

「(蓮、蓮っ……会いたいっ)」

吐いても治らない上半身の違和感に悩まされ、苦しい状態が続き、海外の仕事で一週間ほど会えていない恋人が無性に恋しくなった。

と、

コンコン

「康?俺だよ蓮。大丈夫?」

「っ、蓮……おかえり。ちょっと今、まだ出れないから控え室で待っとってな 」

今まさに脳裏に想い描いていていた蓮の声に安心して、ボロボロと涙が溢れた。

「舘さんに連絡もらって急いで来たけど、ずっと調子悪そうだったって……。ねぇ、もしかして俺とビデオ通話してる時も無理してたの?」

心配そうな蓮の声に胸が痛む。

「……言ったら、蓮は仕事放って日本に帰ってくると思って言えなかったんよ、ごめんな」

あぁ、早く蓮の顔を見たい。

強く抱きしめてもらいたい。

何度も何度も愛してると囁いて欲しい。

「……いいよ。康が落ち着くまで控え室で待ってる。お水を洗面台に置いておくから、ゆっくり来なね」

「(行かないでっ、蓮っ!)」

蓮の優しい声に待っていてと言ったのは自分やのに、俺は扉越しに蓮が離れていくことに急に不安になる。

その後も何度も胃液をトイレに吐き出し、蓮が持って来てくれたミネラルウォータで口をすすぐ。

洗面台の鏡で見た自身の顔は青白く、誰が見ても具合が悪いのは一目瞭然だ。

「あぁ……これじゃあまた蓮に心配かけてまうな」

なんとか笑顔を貼り付けるがこれじゃあ誤魔化すことは不可能や。

無理せず、蓮に頼ろうと足を一本踏み出した瞬間、

「え……」

ぐらりと視界が歪む。

「もう。本当に康は辛い時に辛いって言わないんだから」

「れん、ごめん……」

ふわりと大きな胸に抱き留められ、よく知る体温に安心し、俺は腹に手を当て意識を手放す。

最後に見た蓮の顔が柔らかで、俺は彼のことを本当に心から愛しているということが薄れゆく意識の中でもハッキリと分かり、蓮に触れてぼっかりと空いた心の大きな穴が急激に満たされていくのが分かった。


「あぁ……、俺たちの真実の愛によって、
思ったよりも早く芽が出たようだ。康、愛してるよ」

俺の腹を優しく撫で上げ、蓮は俺を強く抱きしめる。








「……ん」

「おはよ、と言ってもまだ日付が変わって間もないけど」

時計の秒針が進む音に目が覚め、真っ先に視界に入った蓮の姿に安堵する。

「蓮が俺を連れ帰ってくれたんやね……ごめん」

「謝らないで。家族なんだから当たり前でしょ。具合はどう?」

優しく微笑みながら、俺の前髪をすく指が心地よく、俺は蓮が隣にいることにより最近まで感じていた調子の悪さがだいぶ和らいだことに気付く。

「俺、蓮が側におらんくて寂しくて調子を崩してもうたんかな?今はかなり楽になったで」

ストレスによる体調不良やったんやろう。
あの不快感が嘘のように解消された今現在。
楽になったどころか、頭も体も驚くほどスッキリとしている。

「俺も康に会えなくて本当死にそうだった。だから、今日はこうやって康を抱きしめてチャージさせてね」

「蓮……」

蓮にそっと抱きしめられ、目頭が熱くなり蓮のシャツが俺の涙で濡れる。

蓮のことが好き過ぎて、もう蓮と一秒たりとも離れたくない……

まるで初めて恋をする少女のような自分。 

いい大人なのだから、もっと強くならなければと思うが、中々上手くは行かないものだ。

「念の為、明日病院に行く? 」

「いや、全く問題ない」

「……無理はしちゃ駄目だよ」

俺の蓮に対する恋の病はかなり重症らしい。

「俺が無理しないように蓮が見張ってればええねん」

今回のことで分かった。

「康のことはいつも俺が見守ってるよ」

俺はこの先、蓮がいなければ確実に死んでまうって。

続く
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