短編集
「ねぇ、俺と長い夜に呑まれてみない?」
「蓮、それは冬至や。明日は昼が一番長い夏至やで」
ソファーに押し倒された康二がクスクスと笑う。
あぁ、せっかくの雰囲気がぶち壊しだ。
——君の存在を一番長く、感じられる日。
「21621っと……」
「蓮、やるならもう少しこっそりやってくれへん?」
風呂上がり、濡れた髪をタオルで拭きながらタンクトップにハーフパンツ姿の康二が己のスマホのロックを解除する俺を見てリビングのドアで立ちすくみ、溜息をつく。
「ちょっと……出てくるの早くない?」
一緒に暮らすようになりもうかなりの年月が経つが、康二のスマホをチェックするのが俺の毎日の日課だ。
パスワードは21621。
康二のスマホのロックがTouch IDではなくパスコードなのはプライバシーの塊のスマートフォンを俺らの誕生日にすることで特別な気分を味わえるからなのだという。
それを初めて聞いた時、俺はすごくこそばゆい気持ちになり、そして、俺に自身のスマホのパスワードを教えることに抵抗がないのは康二が俺に後ろめたいことが一つもないからということだ。
俺は康二からお咎めがないのをいい事に一緒にいられる時は隈なくスマホをチェックさせてもらっているが、これまで気になる点は一つもなかった。
彼はずっと、俺だけを一途に見てくれている。
「蓮、俺はいつまでもお前の愛が重すぎて怖い」
「康二のこと24時間見られるカメラがあればいいのに」
「…………」
ニッコリ笑う俺に康二の顔が引き攣り、続く俺の言葉に康二はさらにドン引きする。
「康二もいい加減俺のスマホチェックしてよ。パスワード知ってるでしょ?俺に興味ないの?」
ちなみに俺も言わずもがな康二と同じパスコード派で、パスワードは21621。
俺が康二に隠すことなど何一つない。
「チェックもなにもこんなに毎日チェックされて、俺はお前のなにをチェックすればええの?たまにはチェックじゃなくて、その疑り深い目と口にチャックでもしてくれ 」
「ふふっ」
康二の言葉遊びに俺が手を叩いて笑うと、康二はそんな俺に呆れ、冷蔵庫からビールを二缶取り出し、ふぅと息を吐いて俺の隣に座る。
「蓮も飲むやろ?」
「うん」
ほれとビールを俺に渡した後、康二はビールのタブをプシュッと開ける。
乾杯をしようとこちらに缶を向けるが、ビールを持ったままニコニコする俺に康二が困った表情を浮かべ、俺の頭を軽く叩く。
「……俺の口移しを待つなぁぁあ!!」
「だって、康二の口移しから飲むビールが一番美味いんだもん 」
「蓮、お前いくつや。ええ歳したおっさんがだもんとかキモいわ」
これまでいくつもの飲料のCMに起用され、色んな飲料を飲んできたが、一番美味いのは康二の唾液。
重度の康二病の俺は康二がいないと多分すぐ死ぬ。
「なんか、ムラムラしてきた」
風呂上がりの康二のシャンプーの香りが鼻腔をくすぐって、俺の欲望のスイッチが入り、康二の右肩に寄りかかり、甘えてみる。
「まだ仕事から帰ってきたばっかや。少し休ませてくれ」
持っていたビールの缶を左手に持ち変える辺り、口ではツンケンするものの、俺の全力の愛情表現になんだかんだ康二も満更でもない。
空いた康二の右手の甲に俺の左手をそっと重ねる。
同じ手の長さなのに康二の手は指が長くてしなやかで、俺の手は反対に男らしくゴツゴツしている。
共通するのは互いの左手の薬指にはめられたお揃いの結婚指輪。
この日本で同性同士の結婚が認められた時、俺と康二は生涯の伴侶となった。
俺の名前は向井蓮。
『目黒康二やなくて、向井蓮?』
康二と婚姻届を書く時、俺は向井姓になりたいと言った。
なぜなら、
『向井康二とこの先の人生いつまでも向かい合って生きていたいなって』
『自分ほんまにくっさいやつやな〜』
俺の言葉に耳まで真っ赤になる可愛い康二を見て、俺も改めて自分が放った言葉に恥ずかしくなる。
それが、今でも鮮明に思い出せる十五年前の今日の出来事。
俺たちが籍を入れたのも結婚式を挙げたのも康二の誕生日である六月二十一日。
ロマンチストでちょっぴり女々しい俺が康二と結婚するなら絶対にこの日と決め、そして、憧れていた『ジューンブライド』
一句一句、綺麗に間違いがないようにと手に汗をかきながら書いた婚姻届、お揃いの白いタキシード。
『康二、本当に俺でいいの……っ?』
『お前ほんまに女々しいやっちゃな……こんなところで泣くなや〜』
神聖な教会で俺に永遠の愛を誓う康二が息を呑むほど純粋で無垢で美しく、俺は康二の前でボロボロと涙を流した。
ここぞという時に情け無い俺に釣られて康二も泣き出し、神父はそんな俺たちを見て苦笑いをしていたな。
互いのおでこに誓いのキスをし、その後、速攻市役所に婚姻届を提出し、今や国民アイドルとなった俺たちの同性婚は世間を大きくざわつかせ、ビッグニュースとなったが、そんなものは俺たち二人の愛のスパイス程度に過ぎなかった。
今では二人ともいい歳したおじさんだが、康二と俺のラブラブ度はその辺の若いカップルに負けていない自信がある。
「明日は康二の誕生日だね」
「歳を重ねるごとに一年が早く感じるわ。でも、そう思うんは蓮が俺の隣におって毎日楽しく過ごせてるからなんやろな」
ビールを口に含み、俺が重ねた手に自身の指を絡め、康二は俺の頭に頬を擦り寄せる。
まだ少し、康二の濡れた髪の毛先がくすぐったく、康二の頬と体温の高さに情欲が掻き立てられ、俺は康二がビールの缶をテーブルに置いたのを見届け、康二をソファーに押し倒す。
「ねぇ、俺と長い夜に呑まれてみない?」
「蓮、それは冬至や。明日は昼が一番長い夏至やで」
康二がうっとりするほど、男らしい眼差しで俺なりの最高の誘い文句を決めたと思ったのだが、俺はこの歳になっても夏至というものをちゃんと理解していなかった。
ソファーに押し倒された康二がクスクスと笑う。
せっかくの雰囲気がぶち壊しだ。
「でも、明日は二人ともオフやから蓮と長い夜を過ごすのも悪くないかもな 」
お互いの誕生日は夫婦で過ごすので、仕事はしません!社長の開いた口が塞がらないという姿に腹を抱えて笑ったのがつい最近のようだ。
「たくさんの快感を康二にプレゼントするよ」
康二の首筋に強く吸い付き、紅い跡を残す。
昔はよく見える場所にキスマークをつけたらアカンと怒られていたが、今ではなにも言われない。
「んっ、……こんなおっさんによう欲情するな 」
「おっさんとか関係ないよ。俺の身も心も何年経っても向井康二にだけ強く惹きつけられてる。……出逢った頃からずっと、康二が好きだ」
「蓮……俺も蓮が好き」
康二の瞳に映る真剣な俺の眼差し。
嘘偽りのない俺の真っ直ぐな言葉に康二は切な気に微笑んだ後、そっと目を閉じた。
「………」
「ふ……ん、はぁっ……」
俺はそれを合図に康二の唇に己の唇を重ね、角度を変えてはチュッチュと康二にわざと聞こえるように音を立て吸い付いていく。
俺の舌先で羞恥心で固く結ばれた康二の唇を割り開けば、触れ合った俺の舌から逃れるように康二が自身の舌を喉奥に引っ込め、これはわざと煽っているのだと俺は熟知している。
——どうやら今日の康二はとことん言葉で、体でイジメ抜かれたい日らしい。
「こーら、ちゃんと康二の可愛い舌を見せて。ほら」
差し込んだ舌を引き抜けば、康二は眉を寄せ、もっとキスして欲しいとその目で訴え、赤い舌を俺の前にチラつかす。
「ん……」
「いい子だね」
差し出された長い舌に俺の唾液をたっぷり流し込んでやると康二は恍惚した表情を浮かべ、俺の唾液を飲み込む。
「あっ、ふうっ!……め、めぇっ」
従順な康二の頭を撫で、おでこにキスをし、今度は舌を深く絡め、互いの酸素を奪うほど濃厚なキスを康二に贈り、とろけるような甘い声で数年ぶりに呼ばれためめという愛称に俺の腹の下がズクンと重くなるのを感じた。
「……今日はやけに煽ってくるね」
「……蓮はいじらしい俺が好きやろ?」
ニヤリと微笑む姿はいじらしいどころか小悪魔だ。
今夜は足腰が立たなくなるくらい、たっぷり可愛がってあげなければならない。
「うん、好き。今後そんな質問をしなくてもいいよう、俺が康二をどれだけ好きかこの体に叩き込もうか」
「っ、うん……早く、シて」
「あ、ンッ、やぁ……!れん……ふぅッ!!」
「こーじ、きもち?」
「ひゃ、ンッ!…喋っちゃ、やぁっ!!」
康二をソファーに座らせ、俺が膝立ちで康二の天を仰ぐ男根に舌を這わせ、先っぽを口内に招き入れれば康二が艶を含んだ声を高らかに上げる。
「こーじのおいしいよ……?」
「あぁ、ッや……!馬鹿なこと言うなッ、
は……ぁァ、ンンッ……!!!」
亀頭の裏側を舌の表面で何度も強く擦れば、康二の尿道から我慢汁がドプッと溢れ、俺がそれを一滴も漏らさぬように強く吸い付き、飲み干すと康二の上半身が弓形となり、それにより康二の逸物が俺の喉奥に刺さった。
「……っ、」
「あっ、んっ!気持ちいいッ!!めめっ、めめぇ!! 」
そのまま根元まで咥え込み、ゆっくりストロークしてやると、もっと刺激が欲しいとでもいうように康二の腰が揺れ、俺はそれに合わせて康二の竿にキツく吸い付いてはカリを舌先で突き、俺は康二が乱れる姿を見たくて何度も深い快感を与えてやる。
「(名前で呼んで欲しいって言ったのは俺だけど、久しぶりにめめって呼ばれるとなんか来るものがあるな……っ) 」
康二と駆け抜けた淡く若い日々を思い出すのか、康二にめめと呼ばれる度、俺の股間は数え切れないほど自身の腹を叩き、早く早くと解放を待ち望む。
「——アァアンッ…!めめっ、イクッ!!」
康二を一度昇天させようと、張り詰めた康二の竿をさらに俺の手で包み、擦り上げれば康二は俺の口の中にねっとりと熱い液体を放つ。
「…………」
「はぁっ、はぁ……ッ、……ふぅ、ぅぅんっ!!!」
息を上げ、射精の余韻に浸る康二を俺が下からジッと見つめるとその視線に気付いた康二が目を逸らし、俺はそれを咎めるように康二の小さくなっていく陰茎に強く吸い付きながら、康二の中に残ったモノも含めて口内の精子をすべて飲み干していく。
「さすがに最近毎晩ヤってるから、薄いね」
口の周りを手で拭い、愉快に笑う俺に康二はげっそりとする。
「……毎日蓮に精を吸い取られてる俺の身にもなってくれ」
「体がキツイなら、康二が俺に挿れてもいいんだよ?」
愛する康二になら、俺は全てを差し出せる。
自信満々な俺に康二は頭を抱えた。
「そっちの方がキツイわ……男の尻穴に突っ込んで興奮出来る自信がない」
「俺は康二の尻にめちゃくちゃ興奮するけどね 」
「…………」
顔を真っ赤にし俺の言葉に照れ、顔を背ける康二。
先程年齢は関係ないと言ったが、実はいい年齢になった康二は渋みを増して、イケオジとなり、さらにイヤらしくなり、そんな康二に俺は毎日欲情していて、この康二に対するときめきと康二と行う頻繁な営みが元気の秘訣だと思っている。
「じゃあ、今度は俺を魅了する康二のお尻を解していかないとね」
こちらを見ていないことをいいことに俺は康二の両方の太ももの裏に腕を差し込み、康二の腰を引っ張り上げ、そして俺の手で康二の膝裏に手を添え両脚を天井に向かって伸ばさせた。
「うわっ……!!」
……康二の尻穴がじっくり見える、まんぐりがえしという奴だ。
「イイ眺め」
「なっ……!!」
急なことにパクパクと口を震わせ、固まる康二のこの数十年、何百回と俺の竿を飲み込み広がった卑猥な第二の性感帯に舌を差し込めば、康二の目がカッと見開き、彼の思考がショートした。
「アっ、ぁアァンッ!!蓮っ、気持ちイイッ!!」
「くっ、はぁ……康二、締め付けすぎだって… 」
場所をベッドに移し、バックで康二に覆い被さり何度も腰を打ち付ける。
深く挿入する度に康二の締め付けがキツくなり、康二の感じる姿に、声に、熱い体に俺も頭がおかしくなりそうだ。
「れんっ、蓮も気持ち、ええのっ……」
振り返り、俺を必死で見つめる康二に悩殺され、危うくイきそうになる。
「うん、すごくイイよ。……うっ、今日は特に、ね」
だが、まだまだ。
日付が変わり、康二の誕生日を迎えるまでは康二と裸で深く愛し合いたい。
「ああッ、れんっ!——めめっ、めめっ好き、好きやッ!!」
「ッ、くっぅ……!!」
何度シたところで男である康二が孕むことはないが、俺たち夫婦の愛は確かにここに存在している。
俺は射精の余韻に浸りながら、康二に想いを初めて伝えた時のことを思い出す。
『えっと、俺は初めて出逢った頃から向井康二さん、貴方のことが大好きです……。俺とゲームではなく本当に結婚してくれませんか?』
『…………』
酷く緊張し、途切れ途切れで言葉を紡ぎ右手を差し出す俺に康二は直立不動となり、しばし二人の時間が止まる。
『ごめん、今のは冗談、忘れてほ』
いくら男同士で結婚が出来るようになったとしても、付き合っている訳でもないのにいきなりこんなことを言って引かれただろうか。
俺が今の告白を必死で無かったことにしようと慌てて差し出した手を引っ込めようとすると、康二が両手でその手を掴む。
『……ほんまに?それ本気で言うてる?』
わなわなと手が震え、涙を浮かべる姿をなんだか可愛いと思ってしまう。
康二も俺と同じ気持ちでいてくれているのだろうか。
『え、うん。……俺は康二が昔からずっと好きだよ。だから、俺だけの康二になってくれませんか?』
真っ直ぐに康二を見つめ、俺の手を包む柔らかな手にもう片方の手を重ね、俺の気持ちが届きますようにと祈りを込める。
『はい……俺も目黒蓮のことが大好きです。俺をめめだけの男にして下さい』
『ッ、康二!愛してる……』
涙を溢し、安心しきった顔で微笑む康二を俺は強く抱きしめ、この時、俺の一生をかけて康二を幸せにすると誓った。
「…………」
十二時ピッタリ。
激しいSEXにより意識を飛ばした康二の首に六月の誕生石である一粒の真珠が付いたネックレスをかけてやる。
「ねぇ、康二。今日は夕日を長く見れる日なんでしょ?」
夕日が落ちれば夜を迎える。
そんな日々を重ねて、次は真珠婚を迎えようね。
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