+凍 解 氷 結+
「もう俺は康二に十分依存してるよ」
「いや、してへん」
康二の頬を撫でて、微笑めば康二に俺の言葉を否定される。
俺はその言葉に首を傾げた。
「どうしてそう思うの?」
「……その割には今俺に手を出さへんやん」
蚊の鳴くような声で呟き、お酒とは別の理由で触れていた康二の頬が赤くなる。
「……康二は俺とシたいの?」
「さっきも言うたやん。ただ一人、好きな人に触れたい、シたいって思うのが恋やでって」
分かってはいるが、俺の前でいじける康二に俺は人生で初めて好きな子をいじめて見たい衝動に駆られた。
「つまりは?」
「っ〜!分かってて意地悪すんなっ、どあほ!!目黒とキスとかエッチがシたい言うことや!」
康二は照れを隠すように俺の胸をバシバシと叩き、俺はこんなに愛しいと思える存在がすぐ近くにいたことにどうして気付けなかったのかと、深く後悔をする。
「俺、キスもsexもすごく上手いらしいよ 」
だけど、俺がそれに気付いてしまった今。
この先、康二は俺から離れられなくなってしまうね。
「ついでに俺を嫉妬させるのも上手いって覚えとき 」
「ははっ、一度シたら俺から離れなくなっちゃうってこと。でも、安心して」
「……っ」
康二をソファーに押し倒し、俺は康二に馬乗りになる。
極上の笑顔で微笑む俺に康二の視線は釘付けだ。
ぜひこれを演技の練習に活かして欲しい。
「そんな俺はもうこの先の人生、向井康二ただ一人だけの男になった。サイコーじゃない?」
「……うん、サイコー。だから、早く俺を抱いて」
「っ、」
髪を掻き上げ、テストステロンを溢れさせ、康二を見下ろす俺に康二はうっとりとした甘い声を出し、俺はうっかりと康二の色香を纏うその姿に煽られハマってしまう。
「あ、そういえばゴムがない 」
吸い寄せられるように康二の唇に近付き、互いの唇が触れるか触れないか寸前の所で俺は思い出す。
「……男同士なんだから別に無くてもええやろ」
なぜ今ここでと康二がしらけた顔をする。
「俺はいいけど、康二が後から大変になるよ。……買いに行く? 」
ピルを飲んでいるから大丈夫、今日は安全日だから大丈夫という女たちの言葉は信用せず、俺はゴムを自分で用意し、自分で嵌めるというルールをしっかり守ってsexをしていた。
確かに康二は妊娠の心配はないが、中に出せばきっと、お腹を壊してしまう。
俺も康二もお互い男同士でするsexの知識は皆無。
その場の勢いだけでするにはそれなりのリスクが伴うだろう。
俺の問いかけに康二は目を伏せ少しの間考え込み、俺と目を合わせてやんわりと微笑む。
「……俺のことほんまに大切に思ってくれてるんやね」
「康二が初めてだよ。こんなに大切にしたい、優しくしたいって思える人は」
だから、するならちゃんと準備をしてからにしよう?と俺が言い聞かせれば、康二は熱を帯びた目でコクンと頷く。
「じゃあ俺汗かいてるし、シャワー浴びてくるわ」
「あっ、ちょっと待って」
浴室に行こうと起き上がる康二を俺は引き留める。
「なに?」
「……康二のエロい浴衣姿を写真に収めたいな〜って。一枚だけ写真撮ってもいいかな?」
頬を掻きながらお願いする俺に康二が腹を抱えて笑う。
「目黒、俺のことめちゃくちゃ好きやん!ええよ! 」
「やった!」
「はい、これ」
俺がテーブルの上にある自分のスマホを取ろうと立ち上がれば康二も立ち上がり、窓際に花火を撮る為にセットしていたビデオカメラを取り、俺に手渡す。
「?」
「これで俺のこと綺麗に撮ってや」
ソファーに足を開いて座り、髪を掻き上げ、男らしい笑を浮かべるノリノリな康二に俺は唾を飲む。
「じゃあ、まずは一枚 」
康二の悩ましい浴衣姿全体が映るよう、引きでシャッターを押す。
ピピッとビデオカメラの音が鳴り、その音とともに康二が開いた足の両膝に両肘を乗せ前のめりになる。
「っ、康二エロいって」
「せっかくやから、目黒を我慢できなくさせたろ思うて 」
帯が緩み、康二の浴衣がもう機能を果たしておらず、ピンクの乳首が丸見えだ。
「今さっき、準備をしてからって約束したよね……」
康二のあられもない姿に俺の腹の下が重くなるのを感じる。
「ええから早よ、シャッター押せ」
康二に急かされるまま、シャッターを押し、俺は康二へと近付く。
「……俺を我慢できなくさせる康二の顔をよく見せて」
康二の左頬に俺の右手を添え、親指を康二の唇に這わせれば康二がそっと目を伏せる。
それを一枚。
整った顔に張り付いた切なげな表情を出来ることなら、ベッドの上でもっと掻き乱してみたい。
「もう一枚撮るよ」
「ん」
今度は俺の目を見据え、さらに自身の唇に添えられた俺の親指をペロリと舐める。
「康二っ、」
いきなりのことに驚き、俺は危うくビデオカメラを落としそうになる。
「目黒シャッターチャンスを逃すな。ちゃんと撮り」
「……うん」
動揺する俺に康二はニヤリと笑い、今度は俺の右手に自分の左手を重ね、その手は俺の手を愛おしむように包む。
ピピッ。
愛くるしいその表情に俺の男根が緩く鎌首をもたげ、それに気付いた康二の手は俺の手を自身のしなやかな胸元へと誘導する。
「目黒の好きにシてええんよ」
ぷくりと立ち上がった小さな乳首に触れた瞬間、俺のモノが一気に勃ち上がった。
「ッッ…! 」
こんなにエロい恋人を前にし、理性を保てる男がいるのだろうか。
答えは————
「つまらん。もっと、こう狼みたいなんかと思ってた」
浴槽の縁に肘を付き、康二は体を洗う俺を睨む。
「……あのさ、俺がどれだけ我慢をしてるか分かる?あんまり煽らないで 」
情け無いが、康二の乱れた姿に限界を迎えた俺は脱衣所へと走り出し、直様浴衣を脱いで、浴室に滑り込み冷たいシャワーを浴びた。
康二が寝たのを見計らい、毎日自身を慰めていたが、それでも毎日勃つのは自分の性欲が強いからではなく、好きな人に対して体が興奮していたからなのだと思い知る。
全身に冷水を浴びても存在を主張する、欲望でガチガチに張り詰めた竿に手を伸ばす。
康二の伏せた目、俺を見つめる真っ直ぐな瞳、
薄い唇、俺の指を舐めた赤い舌、すらっとした長く細い足、着崩した浴衣から覗く赤く蒸気した艶のある肌、しなやかな胸についた小さな乳首。
駄目だというのに俺を求める声の全てに俺は
「康二っ……!」
すぐに張り詰め、イッてしまう。
「はぁっ、はぁっ…」
こんなに興奮し、気持ちの良いオナニーは初めてかもしれない。
康二のエッチな姿を目の当たりにし、それをおかずに自分を慰めこんなに気持ちがいいなら、康二とsexをしたら自分はどうなってしまうのか。
体の熱はまだ治らず、俺がギュッと目を瞑ると
「目黒終わった?俺も入るから湯船張ってや」
ガラッと浴室のドアが空き、康二が現れる。
「康二は悪魔かなにか……?」
一体いつからそこにいたのか、至極楽しそうな康二に俺は項垂れた。
「毎日俺で抜いてんの知ってるで 」
「……そういうことは気付いても普通言わなくない?」
広い浴槽に向かい合いながら、二人で湯船に浸かる。
康二のストレートな報告に俺は恥ずかしくなり、湯船に顔を沈めていく。
そんな俺に康二がさらなる追い討ちをかける。
「でも、目黒は俺が毎日目黒でヌいてるのは知らんやろ 」
「ぶふっ!ごほっ!ごほっ!!は……っ?!」
危うく湯船で溺れるところだった。
「ちょっ、目黒大丈夫かー 」
ニコニコしながら、俺の背中を撫でる一枚どころか二枚も三枚も上手な康二に俺は振り回されて、俺は気になったことが一つ。
「……あのさ、康二って今まで何人の人と付き合ったの?」
康二は愛嬌がありスタイルが良く、ファンも多い。
コミュニケーション能力が高いので、バラエティで重宝され、芸能界でも一目置かれていて、もちろん女性にもモテるだろう。
俺が言うのもおかしな話だが、経験人数が豊富だったらなんか嫌だな……。
「こうやって好きになったんは目黒が初めてやけど 」
康二の何食わぬ顔で放たれた言葉。
「え? 」
デジャヴのようなやり取り。
この後続く俺の言葉を康二が早々に察して、早くも俺の質問に答えてくれる。
「だからな、目黒が俺の初恋で、俺の初めての相手になるんやで」
「嘘……」
せやから、ちゃんとこの先大事にしてな?と首を傾げて微笑む恋人に俺は嘘だとしか言えなくなる。
呆気に取られる俺に康二は俯き、小さく息を漏らす。
『蓮、引っ越したら真っ先に俺にマンションの最上階の景色を見せて欲しい』
『分かった』
仕事に行く合間に新居であるマンションの部屋の東京の景色がよく一望出来る窓際に鏡を置いてから、彼は俺に姿を見せなくなり、寂しく感じていた三月末のこと。
この季節は出逢いと別れの卒業シーズン、新生活を始めるにあたって引っ越しも増える時期だ。
朝のニュースでたまたま目にした引っ越しの風習の一つ。
『関西では引っ越したら真っ先に鏡を搬入する風習が残っている地域があります。
鏡は「女性の美しさを保ち、それにより夫婦円満を続けられる」という意味合いがあるそうです』
『(康二とこれからも仲良く暮らせていけたらいいな)』
この時、ニュースを見てそんなことを思った。
彼がこの事を知っていたかどうかは分からない。
でも、俺の前に姿を現さなくなったのは、俺が自身の力で新たな人間関係を築き、長きに渡った心の病を克服する為だったのではないだろうか。
今まで誰にも言えなかったsex依存症も美しい心を持った、康二だから話せた。
——そして、今彼によって俺は深く満たされている。
そんな彼が放つ、耳を疑う言葉。
「俺は人生で誰かを愛する事は絶対ないと思ってた」
康二は向き合っていた体制から俺の脚の間に挟まり、俺の胸に背中を預ける格好となり、俺が康二の胸に手を回すと、さらに二人の体が密着する。
「どうして?」
「俺な、小さい頃からずっと人間不信やねん 」
淡々と話す康二の表情は読めないが、声のトーンはどこか寂しさが含まれていた。
「……なにかあったの?」
「嘘と欲に塗れたこの芸能界で信じられるのは家族と自分自身だけやった。
この世界は蹴落とし蹴落とされるのが当たり前やろ?そこに小さい時から片足を突っ込んで、引くに引けない所まで来た時、正直何を信じて、何を疑えばいいかわからなくなって、ただただ、自分を偽ってがむしゃらに走った結果、 俺は周囲の人間が全員敵にしか見えなくなってもうたんや……」
「……… 」
康二が過去にそんな思いをしていたのが意外だった。
彼の周りには常に人が集まり、明るい太陽のような人だと思っていたから。
「そんな俺が変わったのはSnow Manに加入して良いメンバーに恵まれたからやな」
「………」
もちろんその中に性にだらしの無い俺は入っていない。 気まずさに黙る俺を察して康二は笑い、俺に向き直る。
「目黒が同じグループやなかったら、こうして一緒に暮らしてへんし、人生で好きやと思える人に出逢えてなかったっちゅーことや。せやから、目黒と出逢えたことに今感謝しとる 」
「俺もだよ……康二に出逢えて良かった 」
俺の頬に手を当て、微笑む康二に俺はそっと、キスをする。
長いこと、冷たい空気にさらされ、凍てついた心は突如現れた日の光により、溶け始め、その芯に眠っていた本来の姿を現すこととなる。
続く