+凍 解 氷 結+



「花火綺麗やったなー、人いっぱいやったなー、楽しかったなー!」

マネージャーにマンションのエントランスまで車で送ってもらい、缶ビールを片手に持った康二はいつにも増して饒舌だ。

「……目黒、康二を頼んだぞ」

「なんや、その言い方!まるで俺が迷惑かけとるみたいな言い方やん!」

「……?」

「じゃっ!」

車内で終始一人で意気揚々とに話す康二に疲れたのか俺たちは早々に車から降ろされ、マネージャーはそそくさと車を走らせ帰る。

「気ぃ〜つけてや〜!!」

それを二人で見送り、俺はマネージャーの車に大きく手を振る康二へと体を向けた。

「康二、酔ってるよね?」

「さっ、家のビデオカメラには花火がどう映ってるんやろなー」

俺の問いかけはスルーされ、康二はそそくさと歩き出す。

一句、一句しっかり話す康二は花火に感動して喜んでいるというよりも、どちらかというと怒っているような気がするのは俺の気のせいだろうか。

「(それと……康二の着崩れた浴衣が気になる)」

俺は康二と二人で乗り込んだエレベーターで、鼻歌を歌う康二の後ろに立ち、綺麗なうなじに息を飲んだ。

後ろから抱きしめて、その首筋に吸い付き、舌を這わせたい。

さらに康二は暑いからなのか浴衣の袖を肩まで捲り上げ、浴衣の襟はあと少しで横から乳首が見えるんじゃないかというほど大きくはだけていて、帰りの車内で飲んだビールで体全体が赤く染まっており、正直目のやり場に困る。

……こんなにも俺の体が火照るのはきっと、夏のジメッとした蒸し暑さのせいだと必死で言い聞かせた。

そもそも、真面目な康二が花火大会の渋滞でマンションに着くまでに時間がかかるだろうから、車内でビールを飲むぞと言い出したのはなぜか……

「………」

花火大会の中継では密かに好きなMちゃんとあんなに親しげに話していたのに。

正直、考えても分からず、俺は白いレジ袋に入った康二が開けたビールの空き缶の数を数える。

その数、三本、
今持っているのが四本目。
確か康二はあまり酒が強くないと言っていたような……。

「スタッフさんからいっぱい貰った露店の差し入れをつまみにまだ飲むでー!」

「康二、飲み過ぎだよ。もうやめておきなって」

それほどまでにMちゃんが隣にいたことに興奮し、アルコールでさらに気分を上げたかったのだろうかと思うと、本当に面白くない。

「ええよ、気にすんな」

エレベーターが最上階へと到着し、エレベーターから降りた康二がおぼつかない足取りで歩き出す。

俺がそんな康二を心配し、康二の腕を俺の肩に回して横に寄り添って歩けば、康二が大丈夫や!と俺を振り払う。

……やはり康二の機嫌がよろしくない。

「………」

「たっ、だいま〜!よいしょ……うわっぁあ!!」

俺が康二の先を歩き、マンションのロックを解除し、ドアを開けてやると鼻歌を歌いながら、康二は玄関に入る。

そして、康二は片足立ちで下駄を脱ごうとするも上手く脱げず、酔いも合わさってふらつき、盛大に目の前にツンのめり、そのままベタン!!と大きな音を立てて床と一体となった。

「康二!大丈夫!?」

「大丈夫やない……いひゃい 」

強く打ち付けたおでこが赤くなり、あまりの痛みに康二の目に涙が浮かぶ。

「も〜、だから飲み過ぎだよって言ったじゃん。歩ける?」

「……実は足もちょっと捻ってもうた。……痛い」

叱られた子どものように両手の人差し指をツンツンさせて、俯く康二に俺はふっと笑みが溢れる。

「……仕方ないな。今度は俺の腕を振り払わないでよね」

「はい」

素直に頷く康二を見届けた後、下駄を脱がせ、俺は康二をお姫様抱っこしリビングにある康二のお気に入りの本革のソファーまで運び、座らせる。

「めめ、おおきに。俺、重くなかった?」

リビングまで運ぶ間、康二が俺をジッと見つめ、その視線に胸がバクバクした。

「持ってるのか分からないくらい、軽かったけど、ちゃんと食べてるの?」

先程とは打って変わって、楽しそうな康二に俺もつられて笑う。

「だいたい朝と夜お前と一緒に同じもん食べてるやろ〜」

「そうだったね。おでこと膝を手当てするから待ってて」

いつもと立場が逆転し、酔って俺に甘えたり、ツンツンしたりする康二が可愛い。

赤くなったおでこと捻った足を手当てしなければと、俺が冷蔵庫へと歩き出そうとすると、康二に手を引かれ、振り返る。

「なぁ、俺、目黒に聞きたいんやけど」

「……なに?」

綺麗に潤むビー玉ような瞳に上目遣いで見つめられ、頭がクラクラし、ふと康二はこんな誘うような表情を俺以外の誰かに見せた事があるのだろうかと気になった。

「Mちゃんともシたん?」

「っ、なんで?」

今この瞬間、俺の脳内を康二に読まれたのかと思うほどのタイミングで問われ、俺の心がざわつく。

——それはどういう意図を含んだ質問なのか。

事実はMちゃんとはシていない。
そう答えれば康二は喜ぶだろう。

じゃあ、もし、シたと答えた場合は? 
康二は嫉妬し、俺のことをまたルームシェアをする前のように毛嫌いするのだろうか。

どちらの反応も俺には面白くないが。

「ええから、答えて」

腕を強く握り、真っ直ぐ見つめられ、逃げることは許されず……。

こんなやり取りをしている間も康二に触れられた場所が熱く、そこを起点に熱が体中へと広がっていく。

「Mちゃんとはシてないよ。……彼女はどちらかというと康二の方が好きだって今日会って気付かなかった?」

だから、安心してと俺が呟けば、

「……そうか、良かった」

「………」

ホッと胸を撫で下ろし、安堵する姿に俺は胸が酷く痛み、黒く渦巻く感情が俺を飲み込んで行く感覚を思い出す。

抗えなくなれば全てが終わる。
これは良くないと、必死で醜い感情を掻き消そうと俺は足掻いた。

康二の手を振り払い、この場から逃げ出したかった。
そうじゃないと、俺は康二を押し倒し、確実に最後まで欲望のまま康二を犯すだろう。

俺の不安や焦り、苛立ち、恐怖はsexをすることで一時的に消す事が出来る。

嫌というほど、この体に染み付いた習慣だ。

「康二、ごめん。俺ちょっと……っ!?」

なんとか、俺の腕を掴む康二の手を俺がやんわり離そうとすると、その手もまた康二の空いている手によって捕らわれる。

「俺さ、目黒とMちゃんが控え室で体を密着させて、話してるのを見た時、めちゃくちゃ動揺したし、あとなすごくイライラした 」

康二にもう片方の手を掴まれ、俺は康二と向き合う形となる。

「……ごめん。でもMちゃんとは本当に何にもないから」

強く言い放たれ、康二が怒っていた理由がわかり、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

……あの瞬間から、康二は俺を恋敵として見ていたのだろう。

「………」

「康二、本当に、信じて、お願い……」

Mちゃんにも俺の手垢が付いているのではないかと、花火の中継中に考えていたのか。

今、康二の何を考えているのか全く読めない目はMちゃんと同じ。

逸らす事は許されず、俺はただただ康二に許しをこう。

俺のことを嫌いにならないで。
俺のことを見捨てないで。

「……もしかして、俺が目黒に妬いてると思っとる?」

泣きそうな顔をし、懇願する俺に康二は首を傾げる。

「えっ、違うの?」

そうじゃなければ今までのやり取りはなんなのか。

「ちゃうやろ。俺がMちゃんに目黒を取られるんやないかって思ってるんやで 」

「え?え?どういうこと? 」

康二の言っている言葉の意味が理解出来ず、俺はさらにパニックに陥る。

「つまりはこういうことや」  

「うわっ!!」

俺の腕を掴んだ手に力を込め腰を浮かせ立ち上がろうとする康二。 

そして、突然のことで体が前のめりになる俺。

ちゅっ、

俺の唇に合わさるなにか。

「………」

目の前に目を閉じた康二の顔があるという事以外、なにも理解が出来なかった。












「…………」

「……えらく無反応やな。もしかして嫌やった?」

まるでスイッチの切れたロボットのように停止する俺に康二は怪訝な顔をし、唇を離す。

「……えっ、どういうこと?」

いまだに事態が飲み込めず、再度同じ事を聞き返す俺に康二がカクンとよろける。

「……察してくれぇな。俺は目黒のことが好きやって」

ギュッと両手を握られ、意識が覚醒する。

「酔ってんの?」

康二は酔うとキス魔になるんだろうなと結論付け俺がそう言うと、康二の広い範囲で赤くなったおでこの下の眉間にシワが寄る。

「お前は鈍感か!俺が酔ってこんなこと言ってると思ってるん?」

「……ごめん、俺、人を好きになったことがなくて、そういうのよく分からなくて…」

叱られた子どものように俯く、俺に今度は康二の動きが止まり、小さく息を吐き淡々と話す。

「お前は俺とシたい、俺に触れたいって思うのは俺が好きやからなんやないの?それとも俺以外の男にもそう思ってたん?」

「康二以外にそんなこと思ったことないし、最近は康二以外には誰にも触られたくないって思う」

康二とシたい、康二に触れたいのはsex依存症のせいだとばかり思っていたが、どうやら違ったらしい。

「……目黒それが好きってことや」

どこか切なげな瞳で見つめられ、胸が締め付けられる。

今この瞬間、康二を抱き締めたくて仕方がなかった

誰かを前にして今までこんなに胸がドキドキすることなんて一度も無くて、康二の言う好きの意味を理解した途端、発作が起きたかのように息が苦しくなる。

「っ、そうか……。 

俺、康二のこと好きなんだね……」

これは俺の人生初めての恋。

「ちゃんと俺のこと好きって言って」

康二が俺の両腕を掴んでいた手を離し、その手に今度は指を絡めた。 

これはいわゆる恋人繋ぎというやつだ。

俺は繋いだ手を軽く握り返し、康二の前に膝をつく。
康二が俺の言葉を待ち望み、先程まで俺を見上げていた康二が今度は俺を期待を込めた目で見下ろす。

「優しくて、いつも俺を助けてくれる、康二が俺は大好きだよ 」

康二は俺がsex依存症であることを打ち明けた時、自分は好きな人としかsex出来ないと俺に言った。

俺も今は康二としかしたくない。
それは俺も康二が好きだから。

「ほんまに?」

康二と絡めた指が温かく、心地いい。
もう見慣れてしまった康二の首を傾げる仕草が堪らなく可愛い……

その姿が愛おしくなって俺は康二と絡めあった指をそっと、解き、康二の腹に抱き着いた。

「ほんまやで。生まれて初めて今、幸せだって思える……」

「……これからは俺がたくさん与えたるから、いっぱい甘えて来い 」 

「うん……ありがと康二、ありがとう」

慣れない関西弁を真似て見れば康二がふわりと微笑む。

俺はずっと、誰かに大切にされたかった。
こんなふうに愛されたかったのだと、今初めて気付いた。

目を閉じ、引っ越す前に鏡の中で親友が俺に話したことを思い出す。

『想像してみ?帰ってきたら家は明るくて、そこに誰かがいる。寂しくないんだ』

鏡の中の俺が微笑み、俺はその景色を思い浮かべてみた。

『おかえり、目黒』

あまり見たことのない康二が笑顔で俺を迎える姿が脳内でなんとなく想像出来た。

『どうだった?悪くないだろ?』

俺の頭を撫で、髪をすく康二の手が心地よく、康二から与えられる深い愛情に俺はポロポロと涙を溢す。

悪くない……どころか、最高だよ。

康二は俺の涙が枯れるまで、昔、絵本で見た幼い我が子を寝かし付ける母のように頭を優しく撫で続けてくれた。






「……それにしても、その格好はいただけないな」

俺が落ち着き、改めてお互い康二のお気に入りのソファーで隣同士寄り添い合い、浴衣越しの康二の体温の高さにふと思い出す。

康二が側にいる安心感は絶大で、彼は俺の心の安定剤だ。 

——そして、今の俺の唯一の捕食対象である。

「……俺が暑い言うて腕を捲り上げた時から、ずっと俺の事エロい目で見てたよな」

「もしかして、わざと俺に見せ付けてた?」

なんてね、と言う俺に康二が小さく笑う。  

「Mちゃんの浴衣姿めちゃくちゃ可愛かったやろ?それに対抗して、俺なりに目黒の気を引こうと頑張ったんやけど、効果の程は?」

「絶大。でも、マネージャーもいたし、俺以外の前でそんな露出しちゃ駄目。というか、康二は浴衣を着る前からいつも可愛いよ」 
 
エプロン姿も部屋着も、衣装も私服も、俺はいつも心のシャッターに収めてるいるよと、スラスラと出てくる本心に自分が一番驚いている。

そして、マネージャーに下心は無いだろうか、この情欲をそそる康二を俺以外にも知ってる人がいると思うとモヤモヤした。 

これが俗に言う嫉妬というやつか。
それならば、俺は花火大会でMちゃんにもかなり嫉妬していた。康二をMちゃんに取られたく無いと。

困ったように笑う俺に康二は口をへの字に曲げる。

「そう思ってるわりには俺に手を出さないよな」

「……毎日喉から手が出るほど、触れたいと思ってるけど?でも、康二のことが大切だから、傷つけたくなかったし、嫌がることはしたくなかった」

俺が頭の中で康二にどんなに邪な気持ちを抱いているか知ったら、康二はどんな反応をするのだろうか。

「……性衝動を抑えるの辛かったか?」

「いや、返って心地良かったよ。今思うと、康二のことが好きって気持ちのおかげで誰かとsexしたい衝動が薄れてきたし、別にしなくても苦しく無かった。康二が親身になってくれたのと、心の中にはいつも康二がいたから俺の依存症もかなり良くなってきてると思う」

心配そうに俺の顔を見上げる康二の転んで真っ赤になったおでこにキスを贈る。

「じゃあ、これからは向井康二に依存せんとな」

くしゃっと笑うと三日月のような目が愛らしく、俺は康二とルームシェア、いや、同棲を始めた早い段階からすでに康二に依存していたと思う。

康二に手を出さなかったのも、本能で康二は今まで抱いてきた女たちとは違う存在なのだと心のブレーキが正常に働いたからだ。

sexするよりも、康二とご飯を食べたり、他愛のない話をする方が楽しく、俺の心はポカポカと満たされた。

現に今もこうして我慢が出来ている。

5/8ページ
スキ