+凍 解 氷 結+



「別に片付けはすぐ終わるし、荷物が届いた後にラウの家行くんやろ? 風呂沸いてるから先に入ってったら」

「……いや、流石に片付けくらいはさせてよ 」

気を利かせたつもりやったけど、俺に距離を置かれていると勘違いしたのか目黒は少し寂しそうな顔をした。

「ほんなら、お願いな」

「うん」

手際よく片付けて行く目黒の横で、俺は愛用の珈琲メーカで食後の一杯を淹れる。

「康二って聞いてた通りすごく丁寧な暮らしをしてるんだね」

「まぁな。こういう暮らしをすることで、今まで無理をしてた自分を労ってる気持ちになれる」

「……今は無理してない?」

「血を吐きそうになるほど、苦しかった昔に比べれば今は十分幸せな方やな」

ここで一人で暮らせていれば、120%幸せだったのだが、人間欲張ると損をする。

俺は聞くまでも無く用意したカップに二人分の珈琲を淹れ、食器を洗い終えた目黒にそれを手渡す。  

「……いいの?」 

「お前っ、ふふっ!人に優しくしてもらった事ないんか?」 

「いや、そりゃあるけどさ……あんまりこういうの慣れてないんだ」

三度目の目黒の「いいの?」がツボにハマり、俺は腹を抱えて笑う。

あんなに大嫌いで仕方なかった目黒蓮が少しだけ可愛く見えた。


「そういえば、今朝鏡だけ部屋に置いてたよな。あれなにか大切なものなん?」

ふと、先程見たなんの変哲もない鏡のことが気になり目黒に問う。

「……別に?普通の鏡だよ。」

「ふぅん」

目黒は特に気にした様子もなく答える。
そこでピンポーンとベルが鳴り、どうやら目黒の荷物が届いたようだ。


「じゃあ、カレーと珈琲本当にありがとう。行ってくるね」

「いってらっしゃい」

「………」

俺がカウンターテーブルで二杯目の珈琲を飲みながら本を読んでいると、荷物を運び終え、身支度を整えた目黒が俺に声を掛ける。

目を見て、返事をしてやると目黒がスッと瞳を逸らす。

「……なに?」

「……いや、朝もそうだったけど、いってらっしゃいって言われるのなんかいいなって思って」

頬を掻きながら恥ずかしそうに言う目黒に俺は首を傾げる。 

——目黒ってこんな奴やったんか。

チャラついた第一印象が最悪で、仕事以外ではなるべく避けていたが、先輩である俺が露骨に目黒と距離を置いていたのも良くなかったのかもしれないなと俺は自分を反省した。

「これから一緒に暮らすんやし、挨拶するんは人として当たり前のルールやろ」

力強く言い放つ俺に目黒は微笑む。

「そうだね、改めて行ってきます」

「気ぃ付けてや〜」

なんだか楽しそうな目黒に手を振り、リビングのドアから出るまで視線で見送る。

誰かを見送ると言うのは家族以外では久しぶりで、なんだか新鮮だった。


「ただいま」

次の日、俺が夜遅く仕事から帰ると玄関に目黒の靴があった。

「おかえり、仕事お疲れ様」

「おおきに 」

目黒はカウンターキッチンに座り、台本を読んでいる。

「………」

横目で見た目黒の部屋はドアが開いており、ベットやテーブルが運び込まれていた。

——もしかして、俺を出迎える為にここにいるのだろうか?

俺が目黒を見ていると、視線に気付いた目黒が顔を上げて俺に問う。

「康二はご飯食べた?」

「今日は現場でドラマのメンバーと話しながらお弁当を食べて来たんや」

「そっか」

俺の返答に特に気にした様子もなく、目黒は再び台本に視線を戻す。

鞄と上着を部屋に置き、洗面台で手を洗いリビングに戻り俺は冷蔵庫を開け台本に目を通す目黒に声を掛ける。

「目黒はなんか食べたんか?」

「俺は今日は出前」

「……俺、惣菜とか結構作り置きすんねん。大きなお世話かもしれへんけど、たまにはちゃんと栄養のあるもん食べなあかんで。良ければ目黒も冷蔵庫にあるもん遠慮せずに食べてや」

俺は冷蔵庫の奥に皿に盛られたナポリタンが、俺が昨日の夜作った惣菜のタッパーの後ろに隠すように置いてあることに気付く。

出前を取ったと言いながら目黒が俺の為に夕飯を作ってくれ、ご飯を食べて帰ってくるかわからない俺に後々気を使わせないよう、奥の方にナポリタンをしまう目黒の姿が頭に浮かび、心がじんわり温まる。

「……ありがとう。康二のご飯美味しいよね」

目黒は以外と律儀な奴やった。

「こちらこそ。俺は明日の朝ナポリタンをいただくな」

「……うん。あと、お風呂沸いてるから入ってくれば」

言う方は逆やけど、昨日と同じやり取りに俺は目黒とのルームシェアも案外悪くはないんやないかと早くも思い始めていた。

「あっ、そうや!なぁ、リビングに俺が前の家で使ってたソファー置いてもええか?」

「俺は持ってないし、別にいいよ」

目黒の返答にこれで目黒もリビングで寛げるようになるだろうと俺の心はさらに高揚した。




「おはよう」

「…………おはよ」

俺がベランダで珈琲を飲みながら、おかんの名前のついた観葉植物の手入れをしていると、室内でドアの開く音がし、リビングを覗き込む。

そこには相変わらず朝は寝起きの悪い目黒がボーッと佇んでいた。

昔、ライブで地方のホテルで泊まった時にホテルで見た時と同じボサボサの髪をしており、さらに低血圧なのか顔色があまりよろしくない。

「自分顔色悪いで。ちゃんと寝れてるん?野菜のスープがあるから、飲めるなら飲んでいきや」

「……うん、ありがと。もらうね」

仕事で見る目黒はパワフルだが、グループ一激務な彼はやはり疲れが溜まっているのだろうか?

「(こうして見ると心配やな) 」


その日の夜、俺は二人分のご飯を作って新たな同居人の帰りを待っていたが、目黒は帰って来なかった。




「えーと、台本よし、ハンカチよし、財布よし、スマホよし……」

俺は早朝からドラマの撮影があり、身支度を整え忘れ物チェックをする。

外はまだ薄暗い時間帯や。

ふと、玄関のドアが開き目黒が帰って来た。
ジャケットを羽織り、入れ違いになるなと、俺がリビングのドアを開けると。

「康二、ただいま」

「おかえりって、お前また女のとこ行ってたんか……」

ニコニコしながら帰ってきた目黒は香水の匂いがキツく、あろうことか首筋にはキスマークがくっきりと一つ。

これが性に対して嫌悪感のある俺が嫌いな、目黒蓮の女にだらしない一面や。

俺がせっかく、目黒のことを見直しかけていたのに、コイツはやっぱりこれなのかと落胆する。

グループで圧倒的にファンの多い目黒の女癖の悪さはメイクさんやマネージャーを泣かせ、さらにいつか週刊誌に告発されるのではないかと俺らメンバーは毎日冷や冷やしているのだ。

もう何年も注意を施すメンバーに目黒は上手くやっているから大丈夫だと言う。

「俺はこれから少し寝るね、まだ外は暗いから気を付けていってらっしゃい」

なぜだか機嫌の良い目黒に確かに今までリークされる事はなく、上手くやっているのだろうと思っていたが……

時折見せる目黒の辛そうな表情が俺は気になって仕方がなかったが、俺たちはその理由を聞ける間柄でも無く、本当はもっと早くに目黒の話を聞いてやれば良かったのだと俺は後々後悔することになる。



目黒とルームシェアを開始して半年。

「お前っ、なんやその顔は!!」

「付き合ってって言われて、ヤるけど、誰とも付き合う気はないって言ったら女の子にグーで殴られた」

「お前はほんまにアホちゃうん!?」

相変わらず朝帰りを繰り返す目黒に俺が声を上げたのは目黒が顔に大きな青痣を作って帰って来たからだ。

イテテと頬を抑える目黒に俺は氷の入った袋を急いで用意し、頬に当てさせ、恐らく遊び相手の女のネイルで切れた頬を手当てしようと救急箱を用意する。

「康二は本当しっかりしてるよね……」

かなり痛いであろう頬に氷を当て笑う目黒に俺はイライラしていた。

ヤるけど、付き合う気はないってなんや。
性にだらしの無い人間が俺はほんま大嫌いやった。

「お前いつか刺されんで」

「じゃあ、康二が俺のセフレになって。…いててっ」

「はぁ〜?」

冷ややかな目線で言い放つ俺にいい事を思いついたと言わんばかりに、左頬に青痣を作り、どんな女の子もイチコロの目の前の国宝級イケメンは俺に微笑む。

そんな目黒蓮のエベレスの登頂よりさらにキツーい冗談に俺は耳を疑い、消毒液の染みた綿をキツく頬に押し当ててお灸を据えてやる。

「だから、俺はもう女の子は懲りごりなの。だけど、毎日sexはしたいし……そうなると相手は康二しかいなくない?」

「何言うとるん?ふざけんな。っ、わぁぁ!!!」

我儘な目の前の男のぶっ飛んだ発言に身の危険を感じ、俺は救急箱を仕舞うフリをしてそっと立ち上がったが、目黒に腕を力強く掴まれ、咄嗟のことにバランスを崩し、俺は見事に目黒の胸の中へとダイブし、救急箱は勢い余って壁へと飛んでいく。

「なにするん!?危ないやろ!! 」

俺の肩口に頭を乗せる目黒の体を突っぱね、引き剥がそうとするも目黒の馬鹿力に俺が叶う筈もなく、せめてもの抵抗にキッと睨んでやる。

「ふざけてないって。……俺、康二ならずっと、抱けるんじゃないかって思ってたんだよね」  

「いや。俺は無理」

顔を上げ、俺の唇を撫で上げるゴツゴツとした長い指と鼻がひん曲がるような香水の香りに反吐が出る。

嫌悪感丸出しの俺に目黒は傷付いた顔をし、ボソッと呟く。

「……康二聞いて。俺さsex依存症なんだ」

「……え?」

……目黒がsex依存症やって?

他のグループのメンバーが去年、sex依存症の役を映画で演じ話題となり、それがどういうものか俺も知識としてはあるが、めめから放たれた言葉に俺は耳を疑う。

「もちろん病院にもちゃんと通ってる。でも、仕事や家族との関係性が、原因なの、かな?中々良くならなくてさ……特に夜は、いつも不安で、死にそうになるんだよね」

「………」

俺を抱き締める手が震え、話す言葉も途切れ途切れになる目黒。

目黒の話は恐らく冗談ではないんやろう。

今、目黒はとても辛そうだ。

この家で朝目覚めが悪いのは、不安な夜を眠れず過ごしていたからやったんか。

それを解消するのが、女とのsex。

「……最近は不安と恐怖を解消する為にひたすらヤることしか頭に浮かばなくて、もう本当にしんどいんだ」

ポロポロと涙を溢す初めて見る目黒の姿に俺は胸が痛み、そっと抱きしめてやる。

『……いいの?』

『いってらっしゃいって言われるのなんかいいなって』

俺が目黒と暮らすようになって知った目黒蓮は人の優しさに不器用で、きっと幼い頃からなにか蟠りを抱えていたのだろう。

誰かに認められる為に彼は尋常じゃない努力をする。

それで体を壊したこともあったし、今は精神が限界のところまで来ている。

「目黒。同じグループのメンバーとして、同居人として、お前が抱えている悩みを理解したいとは思う」

「 ……本当に?俺、気持ち悪く無い……?」

俺の言葉に目黒は顔を上げ、期待の込めた目で俺を見る。

「別に気持ち悪いとは思わへん。でもな、俺はsexは好きな人としか出来へんねん。やけど、話を聞くことと、お前が眠れるまで側におることは出来る。それじゃあ、駄目か?」

「……俺の側にいてくれるの?」

縋るような目黒の瞳に俺は庇護欲が掻き立てられ、目黒を強く抱き締め直す。

「同居人のよしみや。目黒のsex依存性がよくなるまで特別に側にいたる」

「……康二、ありがとう」

俺の言葉に目黒の目からまた涙が溢れて行き、俺の肩を濡らしていく。

こんなに苦しんでいたのなら、もっと、早くに歩み寄ってやれば良かったのに。

中々、埋まらない俺との距離にも目黒は疲れていたんやろう。

「ルールその7。 

お互いこれからなんでも話すこと。
一緒に食べられる時はご飯を一緒に食べる事
!えぇな?

あと性衝動が来ても俺の事、襲うんやないで 」

「うん、頑張る」

頷く目黒蓮をしっかり見届け、目黒の為、グループの為、これからはこの家で目黒が落ち着けるように、俺も変わって行くんやと強く決心した。

続く
2/6ページ
スキ