+凍 解 氷 結+
「お前いつか刺されんで」
「じゃあ、康二が俺のセフレになって。…いててっ」
「はぁ〜?」
そのマスクにかかればどんな女の子もイチコロの目の前の国宝級イケメンは冷ややかな目線でそう言い放つ俺に、いい事を思いついたと言わんばかりに微笑む。
左頬に大きな青痣が出来ていても男前でカッコいいなんて、正直悔しい……。
だが、そんな目黒蓮の口から放たれたエベレスの頂上よりさらにキツーい冗談に俺は耳を疑い、消毒液の染みた綿をお灸を据えるようにキツく頬に押し当ててやる。
「だから、俺はもう女の子は懲りごりなの。だけど、sexは毎日したいし……そうなるともう相手は康二しかいなくない?」
「何言うとるん?ふざけんな。っ、わぁぁ!!!」
我儘な目の前の男に身の危険を感じ、俺は救急箱を仕舞うフリをしてそっと立ち上がったが、逃がさないというように目黒に腕を力強く掴まれ、咄嗟のことにバランスを崩した俺は目黒の腕の中へとダイブする。その勢いで救急箱は壁の方へと飛んでいく。
「なにするん!?危ないやろ!! 」
俺の肩口に頭を乗せる目黒の体を突っぱね、引き剥がそうとするも目黒の馬鹿力に俺が叶う筈もなく、せめてもの抵抗にキッと睨んでやる。
「ふざけてないって。……俺、康二ならずっと、抱けるんじゃないかって思ってたんだよね」
「いや。俺は無理」
顔を上げ、俺の唇を撫で上げるゴツゴツとした長い指に反吐が出る。
やる事なす事いつも予想外で同じグループのメンバーではあるが、俺はこの目黒蓮という自由奔放な男が大嫌いやった。
そんな目黒蓮と泣く泣く同居することになったのはつい半年前のこと。
+凍 解 氷 釈+
「向井さ、俺の今住んでるマンションに立地と内装が好みだから住みたいって、ずっと言ってたよな」
「はい!先輩の家にお邪魔させてもらった時に見たあそこの夕焼けと夏に見える花火がもう最高で、俺どうしてもあの景色をカメラに収めたくって……空きが出ればすぐにでも引っ越せる様いつもチェックしてるんですけど、中々空きませんね〜」
この日はレギュラー番組で共演させてもらっている芸能界の大御所である大先輩に飲みに誘われ、俺が過去に先輩に話した内容を覚えてもらえていたことがとても嬉しかった。
「そうか、そうか〜!あのな、俺の家が近々都内に建つ予定で、今のマンションはもうすぐ退去するんだ。で、あそこは俺の知り合いがオーナーだから、可愛い後輩のお前にどうかと真っ先に声をかけたわけだ!」
「マジっすか!?せんぱ〜いっ、俺ほんまに嬉しいです!!」
「がはは!いいって事よ!! 」
本気で喜ぶ俺に先輩は豪快に笑い、ジョッキに入ったビールを飲み干す。
そして、オーナーと顔合わせの日取りを決め、迎えた当日。
「……なんでここに目黒がおるん?」
「康二こそ。ここに知り合いがいるの?」
高い天井に高級な敷石が敷かれた光沢を放つ床。
敷居の高いエントランスロビーに黒いシャツとワイドパンツを履いたラフな格好のあまりに見慣れた姿に俺は眉根を寄せる。
……なんだかものすごく嫌な予感がする。
「俺はFさんがもうすぐこのマンションから引っ越して、部屋が開くっちゅうからオーナーを紹介してもらったんや」
ちなみにFさんは目黒とも違うレギュラー番組で共演しており、目黒のことも可愛がっているとのことで、俺はそれだけが理由ではないが、目黒に強いライバル意識を持っている。
嫌な予感は見事に的中し、目黒の口から出てきた言葉に俺は立ちくらみがした。
「俺もFさんにオーナーを紹介してもらえるって、今日のこの時間にここに来る様に言われたんだけど」
「は!?」
……あの酔っ払いめ。
このイケすかない目黒にも同じことを言っていたんか。
まさかのダブルブッキングや。
「目黒ごめんな。俺な、長い事ここに住みたくて、ずっと空きが出るのを待ってたんや。だから、諦めてくれへんか」
「嫌だ。俺も初めてここに来た時から、ずっと住みたいって思ってた 」
俺が下手に出て頭を下げても、目黒は譲らない。
同じグループでも俺の方が先輩やのに、コイツはいつもこんな態度だ。
「ほんまに頼む〜っ」
「まず先輩から先に話を受けたのはどっち?」
「Fに連絡するから、ちょっと待っててね 」
後から来たF先輩の知り合いで、なんとも気の弱そうなこのマンションのオーナーは一生懸命頼み込む俺とイライラし出す目黒の間でオロオロとしだし、先輩に電話をする。
『あっ、俺、酔っ払って目黒にも話してたー?それはすまねぇな!目黒悪いな。この話は向井の方が先だったんだ』
「よしっ」
スピーカーモードにし、悪気の無さそうに謝る先輩に俺はガッツポーズをする。
そんな俺を見て目黒はさらに機嫌が悪くなり、舌打ちをし、その姿に俺は驚愕する。
「(なんやのコイツ、ほんまにありえへん)」
「先輩、そりゃないっすよ。俺ここに引っ越せるって聞いてめちゃくちゃ喜んだんですよ?」
『本当にごめんって〜』
「(どんなに駄々をこねたって、早い者勝ちや) 」
いい大人になって、感情を露わにする目黒に俺は呆れ、さっさと帰れと心の中で悪態をついた。
しかし、
「じゃあ、先輩が気になってるMちゃんの紹介は無しってことで」
「は……?」
『え?えっ、え?ちょっと目黒待って!俺、Mちゃん紹介してもらえるって言うから目黒に色々してあげたよね!?』
ツーンと言い放つ目黒にF先輩が焦り出し、なんだか雲行きが怪しくなる。
Mちゃんとは恐らく目黒がドラマで共演した、古風で奥ゆかしさがあり、共演者とも中々連絡先を交換しないことで有名な俺が密かなファンであるあのMちゃん?
……この目黒はジュニアの頃から大の女好きで有名だが、Mちゃんにまで手を出したのかと思うと沸々とジェラシーが湧き上がる。
「ここに住めないならその話は無しでお願いします」
コイツはなんて勝手な男なんや!
『ちょっと待ってよ、目黒〜っ!ごめん、向井!!引っ越しの件……向井が諦めてくれないかなぁ』
そして、言うことがコロコロ変わるえぇ格好しいの先輩にも腹が立ち、目黒が姑息な手を使うなら俺にも俺のやり方があるってもんや。
「嫌です。ここで目黒を優先するなら、俺もこの件を先輩の相方であるYさんに話させてもらいます」
ズバッと言い切る俺に目黒が目を開いてこちらを見る。
『嘘!嘘っ、えっ、本当にそれだけはマジで勘弁して!!俺、今Yにコンビ解消されたらガチで詰むからっ!!』
「………」
さらに焦り出す先輩に憎たらしげな表情を向けた、自己中国宝級イケメンに俺は勝ち誇った顔をしてやる。
「……おい、Fどうするんだよ?」
両者睨み合い、一歩も引かない戦いにオーナーはあたふたとし、この争いの原因であるF先輩に電話越しに泣きつく。
『ん〜と……。まず、向井、目黒。俺が悪かった。ここで提案だが、俺の家の間取りはリビングを挟んで部屋が二つ、リビングの前には和室と広いウォークインクロンゼットがあって〜、洗面台も二人暮らし向けに二つあるだろ〜』
「「何度もお邪魔してるので知ってます」」
しどろもどろになる先輩に目黒と俺のツッコミがハモる。
つまり、先輩が言いたいのは……
『お前ら二人で一緒に暮らすのはどうかな〜って?俺、仕事中だから後はお前ら二人で話し合って決めて!本当ごめんな〜』
「「………」」
どこかで見た漫画の様な展開だなと思い、俺は逃げるように通話を切った先輩に深い溜息をつく。
「なんか、Fが勝手な奴でごめんな。とりあえずこの件は一度保留にしておくから、結果が決まったらまた僕に連絡をしてね」
「いえいえ、こちらこそ。あとは目黒と話し合って早いうちに決めさせていただきます」
「すいません、失礼します」
騒動に巻き込まれたオーナーに俺は深々と目黒は軽く頭を下げ、マンションのエントランスロビーを後にする。
「で、どうすんの?」
「俺は諦めきれへんし、目黒が諦めてや」
ここまで車で来ていた俺はマンションの近くのパーキングに停めていた車の助手席に目黒を乗せて、話し合う事にした。
コイツと向かい合って珈琲を飲むなんて死んでもゴメンやった。
「俺もどうしてもあそこがいい。もうさ、話しても拉致が開かないし、二人でルームシェアすればいいじゃん 」
「………」
いかにもマイペースな目黒からルームシェアの提案が出てくるのは以外や。
しかし、大嫌いな相手と一つ屋根の下で暮らすんは俺には地獄に落ちたもの同然で、それは死んでも嫌やった。
やけど、目黒も引く気はないし、ここで目黒に譲ればあの人気物件の最上階が次いつ空きが出るかはわからないし、空いたところで入居のチャンスが回ってくるとは限らない。
あのマンションに住むにはもう目黒蓮と一緒に暮らすしか選択肢はないと来た。
「……わかった、目黒と一緒に住む」
苦渋の選択やけど、俺は唇を噛み締め目黒の提案に了承した。
ルールその1
互いのテリトリー、共同スペースは綺麗に保つ。
共同スペースの掃除は当番制。
ルールその2
自分のことは自分でやる。
洗濯物や食器などの洗い物を放置しない。
ルールその3
他人を家に上げない。
ルールその4
タバコは室内では吸わない。
ルールその5
互いの部屋には入らない。
ルールその6
家賃、光熱費、水道代、管理費は折半。
「めんどくせぇ〜」
「ある程度のルールは必要やろ」
入居開始日の朝。
先に家に入っていた俺が書いたルール表を真っ先に見て目黒が心底嫌そうな顔をする。
きっと、この男は予めルールを提示しないと部屋は散らかり、女を家に連れ込んで好き放題するだろう。
他にも色々付け加えたかったが、あまり細かすぎるのもどうかと最低限のものにとどめた。
「じゃ、ルールを守る代わりに右の部屋もらっていい?」
「ええよ」
ルールを守ってくれるなら、それくらいお安い御用や。
目黒は早速部屋に入り、鞄から何か取り出し、部屋に置いてすぐにリビングに戻ってきた。
「康二は今日オフだっけ?」
「あぁ。俺は今日一日自分の部屋を整えるわ。目黒は仕事やろ?いってらっしゃい」
「……行ってきます」
リビングに積んである段ボールを自分の住処となる部屋に入れながら、俺は目黒の問いに答える。
少し間が空いた後に目黒が小さな声で挨拶をし、家を出て行く。
「はぁ〜っ、この短い時間だけでもしんどいわー」
あの男とこれから共同生活を送れるのか、心底不安だが、ベランダから見える東京の街並みと真下に見える森林公園、そして何より俺好みの間取り。
これから始まるここでの新生活に俺の心は少しだけ浮ついていた。
「あっ、もうこんな時間やん」
段ボールの中身を夢中で片付けていたら、気付けば日は暮れ、夕方の五時。
盛大に腹が鳴り、そういえば今日はまだ何も食べていないことを思い出す。
「今日はなににしよか」
冷蔵庫は備え付けのものがあるが、肝心の中身が無い。
毎日自炊をしている俺は近くのスーパーに買い出しに行く事にした。
無性にカレーが食べたくなり、人参、じゃがいも、玉ねぎ、カレーのルーや豚肉をかごにどんどん詰め込んで行き、俺はふと考える。
「冷蔵庫にどこまで物を入れてええんやろ?」
目黒が自炊をするとは思えないが、とりあえず今日は最低限の買い物だけにしておく事にした。
「スーパーと直結してるんはほんま便利やな」
最後に米を買い、新たな自宅へと帰る。
「ただいま」
と言っても誰もいないが。
まずは多めに米を炊く。
残った分は忙しい時にチンして食べられるように粗熱を取ってから、ラップに包んで冷凍する。
野菜を洗って皮を剥き、豚肉をフライパンで炒め、なんやかんや終えて、カレーを弱火で煮込み、その間にお風呂を入れておくことにした。
俺の部屋にはベッドやデスクなどの家具が運び込まれているが、なんとなく覗いた目黒の部屋にはまだなにも荷物が無く、唯一置いてあったのは今朝窓際に置いていったであろうなんの変哲もない鏡のみ。
「今日はここには帰ってこないやろな 」
その方がええ。
出来ればずっと帰ってこないで欲しいが、帰って来なければいるのは女の所。
そう思うのは同じアイドルグループのメンバーとしてあかんやろ。
そんな事を考えていると、ガチャリと玄関のドアが開いた。
「(げっ、帰ってきた……)」
スタスタと足音が近付き、俺は顔を顰める。
「……そんな露骨に嫌そうな顔しないでよ。ただいま」
気まずそうに俯く俺に目黒は溜息を付く。
「……仕事お疲れさん。おかえり。えーと、目黒のベッドは明日届くんやったけ?今日はどうするん?」
「この後、細かい荷物が届くから、それを受け取ってから今日はラウールの家に泊まるよ。……康二の夕飯はカレー?いいね 」
すんすんと鼻を鳴らし、俺が作ったカレーを覗き込む。鍋の中で湯気を立て食欲を掻き立てるカレーに目黒の口角が少しだけ上がる。
そんな目黒を見て何を思ったのか俺は
「時間があるなら、一緒に食べるか?」
「……いいの?」
目黒の驚く顔に、俺自身も驚く。
ついさっきまで顔を合わせるのも嫌だった相手をご飯に誘うなんて……
リビングは共同スペースやから、ソファーやテーブルはまだ無く、前の家で使用していたものは自室に置いてある。
目黒はカウンターテーブルの椅子にジャケットを置き、俺の横に立つ。
「なんか手伝う?」
「皿に自分が食べる分のご飯をよそってくれへん?」
「わかった 」
我儘自己中男の目黒蓮が手伝うことはないかと聞いてくるなんて意外だ。
俺はカレーを右手で混ぜながら目黒蓮に皿を渡し、返ってきた皿の上のご飯の量の少なさに眉を寄せた。
「なに遠慮してんねん。もっとよそえ 」
目黒はよく食べる。
きっと、お米や材料費を気にして少なめに盛ったのだろう。
「じゃあ、遠慮なく 」
俺が皿を目黒に突き返すと、目黒は皿に盛れるだけの量のご飯を盛り、俺はその上に肉の割合多めにルーをかけ、スーパーで見つけた珍しい形状のレタスにトマトやきゅうり、ツナにコーン、ゆで卵を乗せたサラダを目黒に手渡す。
目黒がウォーターサーバーで二人分の水を淹れ、カウンターテーブルに並べた。
「 「いただきます 」 」
俺も自分のカレーを用意して、目黒と二人でカウンターテーブルに着席し、手を合わせてカレーを食べる。
「……美味しい」
「それは良かった 」
目黒は俺が作ったカレーに何度も美味しいと呟き、あっという間に平らげた。
仕事で一緒にご飯を食べたことはあるが、目黒とこうして二人で食事をしたことがなかった俺はなんだか不思議な気分やった。
「米もいっぱい炊いたから、お代わりあるで」
「……いいの?」
「ふっ……!ええよ。たくさん食べて」
先程と同じ様に問う目黒に俺はおかしくなって吹き出す。
目黒がお代わりをし、冷凍しようと思っていた米も無くなり、二日目こそが美味いカレーも当日で完売や。
「ふむ」
綺麗な炊飯ジャーと鍋を見てなんとも気持ちが良い。
「康二、カレーご馳走様。すごく美味しかった。ありがとう。片付けは俺がやるから、康二は座ってて」
カレーで使った鍋を洗おうと、お湯を張る俺の横に立ち、目黒は後片付けを申し出る。
目黒が意外にも常識や礼儀があった事に俺は驚いた。
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