夜 桜



「しょっぴー、そういう言葉は奥さんになる人にこれから毎日言わなあかん」

一日たりともかかさずに、康二に飽きるほど囁いた。

可愛い、愛してる、俺には康二しかいないよ
と。

俺が康二以外の人間に愛の言葉を投げかけてもお前は平気なのか。

……俺がそう思えるのは今も向井康二ただ一人だけなのに?

「なぁ」

「ん?」

「康二のさ、気になってる奴ってどんな奴」

俺と別れて一年間。
俺だけじゃなく、メンバーとも距離を置いていた康二。

そんな康二を射止めたのはどんな男だろうか。

きっと俺以上に強気で男らしい人物なんだろう。

「俺が人生で初めて全力で守ってあげたいと思った人」

「………」

だが、康二から返ってきた言葉は俺の予想とは相反するものだった。

今まで俺に姫のように守られ、囲われ、愛され続けた向井康二が守ってあげたいだって?

一体誰を?

下唇を噛み、醜く歪む俺の顔を康二はしっかり見据える。

「守られるばかりの向井康二はもう卒業や。俺も誰かを支えられる強い男になるって決めたから」

「………っ!」

震える握り拳を必死で抑える。

康二をこんな風に変えた人物への、狂おしいほどの憎しみと果てのない喪失感に立っているのもやっとだ。

「しょっぴーがこの十年俺をたくさん幸せにしてくれたように俺も誰かを幸せに出来る人間になりたいんよ。ほんまに今までありがとう。そして、婚約者と末長くお幸せにな」

「康二っ……」

ゆっくりとソファーから立ち上がり、俺の肩に手を乗せ微笑む康二を俺は引き止めることが出来なかった。

伸ばしかけた手が宙に止まる。

なぜなら、もう向井康二の中に渡辺翔太の姿はどこにもないと確信してしまったから。 

「くそっ!!」

拳を握り、やり場のない怒りを壁に叩きつけ、俺の脳裏に浮かぶのは結婚相手の女の俺を嘲笑う姿。

『翔太さん。私、知ってるのよ。同じグループのメンバーの向井康二さんと長い間付き合っているんでしょ?』

『だったらなんなの?』

俺が昔から通っている美容外科のオーナーの娘でもあるこの女はどうやら俺のことが好きらしく、会う度に俺に色目を使い、うんざりするほど愛を囁いてきた。

だが、それも今までは軽く受け流していたが、

……今回ばかりは違った。

康二との交際がメンバーにすらもバレぬよう慎重に付き合っていたというのにこの女ときたらそれをどこで知ったのか。 

『私と結婚してくれないなら、向井さんが同性愛者であることをマスコミにリークする』

『その時は康二の相手は俺だと名乗り出るよ』

そんな脅しには乗らない。
そして、俺は別に康二との関係が世間にバレても構わなかった。

むしろ、この先誰かに康二を奪われる心配が無くなるのだから好都合だ。 

口角を上げて笑う俺に女はさらに、にんまりと笑って見せた。

『私ね、翔太さんが知らない向井さんの過去を知ってるの。これは流石に翔太さんでも庇えないんじゃないかしら』 

女から語られた康二の過去に俺は絶句し、

そして、決意する。

俺が康二のこの先の”未来”を守っていくと。

『……アンタと結婚するよ。だから、康二のことは今後一切マスコミにリークするんじゃねーぞ。これが世間に出回れば俺はお前をただじゃおかない』

『約束するわ。それにしても翔太さんこの十二年で本当私好みの顔になった。これからはこの顔を毎日見ていられるのね』

殺意を持って凄む俺の表情などものともせず、女は俺の頬を撫でてうっとりと微笑んだ。

———ああ、吐き気がする。


康二side



「…………」

休憩室のカウンターからボーッと外を眺める俺の頬に冷たいものが当たる。

「つめたっ 」

「康二、おはよう。
あと朝ごはんご馳走様。今日も美味しかったよ 」

「あっ、めめ。おはよう。先に出てってごめんな」

振り返れば今まさに俺の脳内におり、会いたかっためめの姿があった。

「……しょっぴーと話したの?」

背後で俺の右肩に手を乗せ、不安そうに俺の顔を覗き込むめめ。
早くこの顔を俺が安心させ、笑顔でいっぱいにしてやりたい。

「うん。俺は大丈夫やから、幸せになってって言えた」

「そっか……それなら良かった」

めめの右手に自身の手を重ねて、軽く握るとめめは柔らかく微笑み、俺の額にキスをする。  

「めめっ、誰が見てるかわからん場所でこんなことしたらアカンって!」

「ごめん、つい康二が可愛くて」
 
「もう、心臓に悪いわ〜。からかわんといてや」

「はははっ、康二顔真っ赤!ほんと可愛いー!」

「めめ〜っ!!」

口角を大きく上げてめめは笑い、逞しく長い腕で俺を包みこむ。

力強いその腕の温もりと首筋に当たるめめの吐息に、俺は改めてめめの笑顔が大好きなんやと実感する。

これからもこうしてめめと共に笑い合って生きていきたい。





めめside

「ごめんな、めめ。俺やることがあるから先に行くな」

「…………すぅ」

俺に語りかける柔らかな声に俺は狸寝入りを決め込むことしか出来ない。

薄目を開いて見た扉を開ける康二の背中は広く、もうなんの迷いもなかった。


俺は康二が早くから起きて作ってくれた朝食を噛み締め、その後は急いで仕事へ行く準備をする。

「(早く康二に会いたい)」

万が一、翔太君が康二とよりを戻したいなんて言っていたらどうしようかと不安が過り、俺は前日から予約していたタクシーへと急いで乗り込む。  


「………康二どこにいるの」

数十分で着いた事務所にはまだ朝早いこともあり、出社しているのは恐らく康二と翔太君だけ。

二人は交際してから、事務所に来るのはいつも揃って朝一番だった。

付き合っていた当時、寄り添い合い親密に話す二人の姿を思い出し胸がザワザワする。

「…………」

俺が急ぎ足で康二の姿を探していると、休憩室で頬杖を付きボンヤリ遠くを見つめる康二の姿があった。

「(康二、なにを考えているの?)」

彫刻のように整った美しい横顔に思わず見惚れ、そして直ぐ様俺以外の何に心を奪われているのか、胸が掻き乱される。

俺は冷蔵庫から持ってきたミネラルウォーターを鞄から取り出し、康二の頬に当て声を掛けた。

「康二、おはよう。
あと、朝ごはんご馳走様。今日も美味しかったよ 」

「あっ、めめ。おはよう。先に出てってごめんな」

振り返った康二の顔色は悪くはない。

「……しょっぴーと話したの?」

俺が康二の肩に手を乗せれば康二は温かい手を重ね、

「うん。俺は大丈夫やから、幸せになってって言えた」

「そっか……それなら良かった」

俺に優しく微笑む。
その表情に胸が高鳴り、ここが事務所であることを忘れ、前髪の分け目から覗くおでこに俺は思わずキスをする。

「めめっ、誰が見てるかわからん場所でこんなことしたらアカンって!」

俺の唇が触れた場所を押さえた康二は一気に茹で蛸状態となり、昔から俺の心をくすぐるのが上手い康二の存在が俺を自然と笑顔にさせる。

「ごめん、つい康二が可愛くて」

「…………ッ!!!?」

ふと、顔を上げれば窓に反射して大きく目を見開き、その場に凍りつく人物が……
 
「もう、心臓に悪いわ〜。からかわんといてや」

「はははっ、康二顔真っ赤!ほんと可愛いー!」  

「めめ〜っ!!」

康二を後ろから思い切り抱き締め、康二の肩口に自分の顔を埋めてほくそ笑む。

般若のような顔で下唇を噛み締め、拳を震わせる翔太君。

まさか、俺に康二を奪われるなんて思ってもみなかったのだろう。

恋敵の苦痛で歪む表情ほど愉快なものはなく、この時ほど笑いが止まらなかったことはない。




三月末。
卒業ライブが行われ、涙ながらの別れを迎えた翔太君。

これ見よがしにファンの前で俺に見せつけるように康二に熱い抱擁を交わし、そしてライブ終了後に通路で俺を睨んできたので、

「しょっぴー、結婚おめでとう。康二はこの先俺が幸せにするから安心してね」

「…………」

最後にとびきりの勝ち誇った顔をプレゼントしてやった。

翔太君の苦虫を噛み潰したような顔で、俺を見る姿を一生忘れない。


——そして、八人体制となったSnow Manは暖かな春に新年度を迎える。


「もう気付いてると思うんやけど……
俺、めめのことが好きや……」

真っ赤な顔で俺の膝に跨り、涙目で俺を見下ろす康二の扇状的な姿に俺は唾を飲み込む。

翔太君が卒業し、まだうっすら物思いに耽る康二に俺は酒でも飲もうと自宅に招いたのだが、康二は久しぶりの飲酒ですぐに酔っ払ってしまい、あろうことか俺の上に跨ってきた。

「めめは俺のことまだ好きでいてくれてるん……?」

康二は目を逸らすことは許さないというように俺の頬を両手で挟み、ちょこんと首を傾げる。

あとちょっとで俺の唇と康二の唇が触れ合ってしまうほど、距離が近い。

「……あー、これはやばい」

これまで見たことのない康二の色香を纏った姿に俺は悩殺され、心臓の動きがとてつもなく早くなるのがわかり、康二から視線を逸らす。

「なぁ、めめ聞いてるん?」

返答の無い俺に不貞腐れ、康二の問う口調が強くなる。

「……聞いてる。あのさ、昨日今日で消えて無くなるほど俺の康二を好きって気持ちは軽くないよ」

俺の頬を挟む康二の熱い手に自身の手を重ね、康二の目をジッと見つめる。

———俺が昔からどれだけお前に恋焦がれていたか、これから俺の一生をかけて、その身に叩き込んでやるから。

覚悟して?

続く
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