夜 桜




「……康二、今日も遅いからここで寝ていきな」

向きを変え、めめに正面から抱きしめられた俺はその胸に身を委ねる。

温かいめめの体温が心地良く、少し早いめめの胸の鼓動に俺は聴き入った。

「……うん」

頷く俺にめめは口角を緩ませる。
例え俺が帰ると言っても、めめは俺を帰す気はないやろな。

「良かった。俺はシャワーを浴びてくるから、康二はゆっくりしてて」

「……ん、」

俺と視線を合わせて微笑み、いつになく優しい声色のめめは俺の額にキスをし名残惜しそうに俺から離れ、寝室を後にした。

「……めっちゃ、ドキドキした」

久しぶりに感じる胸の高鳴りに俺の思考は停止寸前や。

めめが恋人を大切にする男やとわかってはいたものの、実際にそれを目の当たりにするとあまりの甘さに脳内がとろけそうやった。

お昼はめめに愛されている人物が心底羨ましいなんて思ったりもしたが、それがまさか俺やったなんて。

「(めめに好いてもらえて嬉しい……)」

今日のめめの行動全てが失恋で傷付いた俺を癒す為だけじゃなく、好きな相手を思っての言動だったのだと思い返すとめめがすごく愛おしい。

めめは誰にでも手を差し伸べるのではなく、俺のことが好きやから、あんなに献身的に支えてくれたんやね。

まだめめの気持ちに応えることは出来ひんけど、めめの想いに気付かせてくれたラウには改めて感謝をしなければ。 

そして、しょっぴーにも。
俺はもう大丈夫やから、安心して欲しいと伝えたい。












「はぁ……」

冷たいシャワーを浴び、火照る体を落ち着かせる。

さっきまで俺の腕の中に康二がいたと思うと、このまま昇天するんじゃないかというくらい心が高揚していた。

「…………ふっ」

昨晩から俺の前で何度も涙を流し、潤んだ目で俺を見つめる康二の姿が猛烈に可愛く、そんな康二を俺が優しく包んで守ってあげたくて……

『しょっぴー、行かないで……』

なんて思いながらも、眠りながら他の男の名前を呼ぶ康二をめちゃくちゃにしてやりたい衝動に駆られ昨晩も俺は中々寝付けなかった。

さらには康二に懐き、容赦なく康二に甘えた俺の愛犬にまで嫉妬する始末だ。
ペットは飼い主に似るというが、そんなところまで似たら俺は困ってしまう。

正直まだ失恋により心の傷が癒えたばかりの康二に想いを告げる気はなく、長期戦を覚悟していたが、ラウの機転により渡辺翔太に奪われた康二が本来いるべき場所、目黒蓮の腕の中にようやく帰ってきたのだ。

「ははは!」

計画が上手くいき、俺は笑いが止まらない。
俺は十年前の翔太君との会話を思い出す。






「めめ、康二とのコンビ大賞受賞おめでとう」

あれは康二とベストコンビ大賞を受賞した後の翔太君と二人仕事の時のこと。

俺は愛する康二とめめこじとして賞を受賞出来たことがこの上なく幸せで、それは側から見てもわかるほどだったのだろう。

そんな俺に翔太君が楽屋で祝いの言葉をかけてくれた。

この時は兄のように慕っていた翔太君の気持ちが純粋に嬉しく、俺はつい康二への気持ちを翔太君が恋敵であることを知らずに相談してしまったのだ。

「ありがとう翔太君。俺さ、実は康二に告白しようと思ってる」

「え?」

俺の言葉に翔太君は驚き、固まる。

「康二のこと本当に好きなんだ。やっぱ、男同士で気持ち悪いかな?」

「いや、気持ち悪くなんかない。……想いはちゃんと伝えるべきだと思う。頑張れよ」

康二が俺どころかメンバーとも距離を置くようになったのはちょうどこの会話の後で、背中を押してくれた翔太君にまさか全てを奪われるとはこの時の俺は思いもしなかった。




「そういえば最近、康二君変わったよね?俺たちにあんまり触ってこなくなったし、ふっかさんも露骨に付き合いが悪くなったって言ってた」

「やっぱりそうだよな。康二になんかあったのかな……」

俺の家に遊びに来ていたラウが撮り溜めていたメンバーの出演する番組を眺め、カメラに映し出された康二を見て呟く。

「ねぇ、もう告白するって言ってから二ヶ月くらい経つけど、まだ康二君に告白してないの?」

お菓子をポリポリと摘みながら、ラウールは俺を見て呆れている。

「俺はお前みたいに若くないの。中々勇気が出ない上に、さらに最近やたらと避けられて告白なんて出来るわけない」

俺がこんな情けない一面を見せられるのはグループで唯一歳下のラウールで、恋をしたことが無いのにこいつは恋愛のテキストのように俺の恋の悩みに対して的確だ。

「もしかしたら康二君、恋人が出来たのかもしれないね」

「は?!康二に限ってそれは絶対にない」

すぐに俺に引っ付く康二は甘えん坊で泣き虫で、女の子と付き合う姿が全く想像出来ない。
断言する俺にラウは肩をすくめる。

「康二君ってすごくモテるよ。それこそ女の子だけじゃなくて男にも」

「ふーん。俺以外にも、もの好きな男がいるんだ」

この時は破茶滅茶な向井康二を受け入れられる人間はこの世で唯一俺くらいだと過信していた。

「……自分で言ってて恥ずかしくない?
まぁ、後悔しないようにね」

「はいはい、心配すんなって」

苦笑いするラウールの肩を叩きながらも、テレビの画面に映った康二にどう告白するか俺は頭を悩ませる。




「しょっぴー誕生日おめでと。

……俺、翔太のことめっちゃ好きやで」

「ありがと。やっと名前で呼んでくれたね。
俺も康二のことめっちゃ好き」

「(は…………?)」

翔太君の誕生日に行われたコンサート。
着替えのグループとMCのグループで別れ、俺がトイレから楽屋に戻ろうとした時。

人気のない階段の方で聞こえた声に何気なく顔を覗き込むと、そこには愛を囁き、抱き合う俺の想い人である向井康二と今日の主役であり、俺の想いを知るはずの渡辺翔太がいた。

俺は自分の目を疑い、もう一度二人の姿を捉えようと思ったが、それが出来なかった。

なぜなら、一瞬見えた俺以外の男に抱かれ、幸せそうに微笑む康二の姿を視界に入れることを体が拒否したから。

奪われた。
翔太君に俺の康二を。

この時、沸々と怒りが湧き上がり、
俺の中で何かが崩壊した。

『康二君ってすごくモテるよ。
それこそ女の子だけじゃなくて男にも。

後悔しないようにね』

ラウールの言葉が頭を過ぎる。

「はっ、俺以外にも康二を好きなもの好きがいたんだな」

それも同じグループのメンバーの中に。

奪われたなら、奪い返せばいい。
どうせあの男のことだ。
すぐに康二に飽きて、手放すだろうと当時は思っていた。

だけど、意外にも渡辺翔太一筋の康二のガードが固く、毎日幸せそうな康二を見ていると俺の予想は大きく外れ、二人の交際は長きに渡り順調で、いつしか俺の付け入る隙はもうないのだと、俺は康二への想いにそっと蓋を閉じた。

しかし、いくら蓋をしても湯水のように内側から湧き上がる康二への想いは十ニ年経ってもどうにもコントロールが効かず、俺の精神を蝕んで行く。

———目黒川はめめの川やね!

そうして春が来て夜桜を見る度に俺はあの頃、俺の隣で泣いて、笑って、俺の胸に縋り、俺を大好きだと言った康二の面影をふらふらと探し出す。

しかし、俺の愛している康二はどこにもいない。
途方に暮れ、康二との思い出深い目黒川沿いのバーに柄にもなく立ち寄り、そこで俺は一人の女性と出逢う。

——それは渡辺翔太が通う美容外科のオーナーの娘であり、翔太君の結婚相手となる女だ。

この女はとても強欲で強かで、いかにも翔太君が若い頃好きだった、繊細な康二とは真逆のタイプの女。

翔太君に気のある女は俺がSnow Manの目黒蓮であると気付くと俺に近付き言った。

——どうすれば翔太さんを私のものに出来る?

と。





それから二年が経ち、

翔太君のラジオのメッセージで涙を流す康二に俺の想いを伝えるにはまだまだ時間がかかるかと俺は焦がれたが、思いの外ことが上手く進んだ。

ただ、一つ。
今日知ったのは

俺はずっと、渡辺翔太に向井康二を横取りされたと思っていたが実はそれが違ったということ。

康二が目黒川で翔太君と付き合ったのはベストコンビ大賞を受賞する前だと言っていた。

それならあの時、俺の背中を押すのではなく正直に康二と付き合ってると言ってくれれば良かったのに。

告白しても、翔太君に真実を告げられたとしてもどちらにせよ玉砕だ。

やつはそれを分かっていて、俺に頑張れと言ったのだ。

「ま、振られたところで俺が康二を諦めるわけがないけどね」

シャワーを止め、俺は熱い湯船に身を委ねる。

『俺のことを諦めないで欲しい』

康二は俺の気持ちには今すぐ応えられないと言っていたが、俺を見つめる康二の目は俺のことを心から好きだと訴えていた。

「あ〜っ、俺の康二……マジで可愛すぎる」

一分一秒たりとも俺の頭から離れない、愛おしい住人はいつだって俺をおかしな方向に狂わせる。

俺はどうしたってニヤける顔を引き締める為、何度も熱い湯で顔を洗い流した。

———康二はもう俺の手の中だ。

この先、康二に甘い蜜を与え続けて
俺がいなければ生きていけないようにしてあげるね。

俺はずっと康二の隣にいるし、
今も昔も変わらず、康二を愛し続けると誓うよ。

康二をもう絶対に離さないから。

「翔太君、好きでもない女とどうぞお幸せに」

早く康二の前から消えてくれ。
そして、二度とその姿を俺たちの前に現すな。

美しい桜を引き立てるのは

雲一つない青空じゃなく、

漆黒の夜空なんだから。



「…………」

俺の十四年越しの片想いを知った康二が寝室で俺を待っている。

俺の知る彼はうぶで鈍感で弟気質な性格だからか、周りから愛されるのが常で恋愛感情にはかなり疎い。

一筋縄では行かなかったが、今頃目黒蓮の寵愛を一身に受けていることを知り、ベッドの上で真っ赤になって転げ回っているに違いない。

そんな康二を想像してはまたも口元が緩む。

俺はきっと今宵も康二の隣で悶々とし、眠れぬ夜を過ごすのだ。


「ぐぉおおっ」

「……キスするぞ、こらっ」

俺が意気揚々と寝室に戻れば今日一日疲れたのか、酷く安心した顔で盛大ないびきをかいて眠る康二の姿。

俺が不貞腐れ、ムニっと頬を摘めば、

「うーん……めめ、結婚しよ」

「……うわぁ」

昔、康二がふざけて俺に言っていたプロポーズの言葉。

どうやら向井康二の脳内に住みついていた悪い住人はどこか遠くへ引っ越し、代わりに目黒蓮が転居してきたみたいだ。

「ねぇ、康二。早く俺と幸せになろうよ」

「ん〜」

これから俺が康二を全力で幸せにするよ。
だから、早く俺だけの人になって。

月明かりの下で毎晩飽きることなく眺めていた康二と二人で写る大切な写真。

康二がまたカメラを構えてくれる日は近いだろう。
その時は康二だけにしか見せない俺の特別な笑顔をたくさん見せてあげるからね。

康二と同じ香りの寝室には今日も康二が眠っている。

俺は康二の横に寝そべり、壊れ物を扱うようにそっと康二を抱きしめて目を閉じた。

———やはり、康二が隣にいると安心する。

長いことぼっかりと空いていた心の隙間が埋まり、寂しさやもどかしさ全てがどこかに吹っ飛んだ。

俺の長きに渡った片想いも終わりが近付き、今日は数年ぶりによく眠れるかもしれない。


続く
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