夜 桜


「…………」

やはり昨晩あまり眠れていなかったのか、真っ直ぐで単調な道なりにめめが眠りに落ちた。

俺は眠気防止にめめと話す為に無音にしていたラジオの音を少しだけ上げた。

運転に集中しながらラジオを聴き流していると、番組がエンディングを迎え、ふと思い出す。

『みなさんこんばんは。渡辺翔太の翔んで渡って、うわぁw 始まりました。えー、私、渡辺翔太がですね、四月一日でSnow Manを卒業することになりまして、この番組も今回で最終回となりますが』

「…………」

この時間のこのチャネルはしょっぴーのラジオの時間や。

一瞬、チャンネルを変えようとナビに手を伸ばしかけたが、やめた。


『僕がSnow Manとしてデビューして十二年めとなり、四十歳という節目を今年に控え、新たな人生を歩みたいと思っていてですね、新年度のスタートである四月一日を選ばせていただきました』

「…………」

嫌というほどこの身に染み付いたしょっぴーの声、話し方。

『デビューまで、多くの困難や苦悩があり、何度も事務所を辞めようと思いました。でも、僕の周りにはいつも支え合える仲間がいてくれた。それが九人になってからはさらにその絆が強くなり、この十三年間は毎日が賑やかで楽しく、そんな家族のような、恋人のような、時にはライバルのような、かけがえのないメンバーに出逢えて僕は本当に幸せでした。Snow Manとして笑い合った日も、涙を流した日も、日本のトップアイドルとして切磋琢磨して過ごした日々は僕の一生の宝物です』

「……っ、」

しょっぴーの別れの挨拶に一粒の雫が頬を伝う。

……この涙は別れた恋人への未練の涙やない。
同じメンバーとして別れを惜しんで流す涙や。

ファンやスタッフへの感謝の気持ちを込めた挨拶の後、しょっぴーからメンバー、一人一人にメッセージが贈られる。

『向井康二へ。

デビュー前、関西ジュニアとして関西で先陣を切り、みんなから慕われ愛される自分には無いカッコいい君の後ろ姿に俺は密かに憧れていました。

そして、Snow Manに加入したばかりの頃。
実は男の癖に泣き虫で甘えん坊で繊細な一面があると知った時、俺は関西にいた時の康二とのギャップにそれはもうイチコロで、俺が康二を守ってあげたいと思いました。

面倒見が良く、カメラが好きでおしゃれで料理も出来て、多趣味な康二。そしてなにより得意なことは誰かを笑顔にさせること。

そんな康二に俺は毎日たくさん笑わせてもらったし、康二の世界にいつも引き込まれてた。
誰かを楽しませて喜ぶ、屈託のない康二の笑顔が俺は一番好きです。出逢った当初、俺が全力で守ってあげたいと思った向井康二は俺の意に反して、これまでの渡辺翔太というちっぽけな男を大きく成長させてくれた唯一無二の存在です。

康二の太陽のような明るさはいつも俺を元気づけてくれました。いつまでも体に気を付けて、温かい太陽でいて欲しいなと思います。

康二はどんなことも一人で抱え込んでしまうところがあるけれど、康二は一人じゃないということを絶対に忘れないでいて欲しい。

テレビの向こう側で俺はいつも康二を見守っています。 

康二に出逢えて本当に良かった。心から感謝してます。ありがとう』

しょっぴーが話している間、走馬灯のように流れるしょっぴーと過ごした時間。

最初は泣き虫な俺に戸惑いや苛立ちを隠さないしょっぴーの態度に、しょっぴーが俺の存在を毛嫌いしているのではないかと思い怖かった。

でもそれはあとから聞いた話では弱虫な俺への態度やなくて、不器用な自分に対しての感情であり、ほんまはいつも影から俺を心配して声をかける機会を伺っていたのだ。

そんなしょっぴーがまさかあんなに俺にデレデレで、毎日愛してると耳元で囁いてはキツく抱きしめてくれる甘々な男になるやなんて。

まぁ、当時の俺が知ったらビックリするやろな。

しょっぴーに告白されてからは一緒にいることが当たり前で俺のギャグにいつも高い声を出して馬鹿笑いするしょっぴーが俺はほんまのほんまに大好きで、しょっぴーを笑顔にするのが俺の日課やった。

出逢った当初、一人じゃなにも出来なかったしょっぴーは俺と一緒に料理や家事をやって行くにつれ少しずつやけど、自炊や掃除、洗濯も自分で出来るようになっていき、それはメンバーにもなにがあったのかと驚かれた程。

そして、ヤキモチ焼きで実は俺よりも寂しがり屋なしょっぴーは俺と会える日は毎日俺を逞しい胸の中に閉じ込め、たくさんの愛を囁いてくれた。

「康二、世界中の誰よりも愛してるよ」

——俺はそんな彼の声が一番好きやった。



「っ、く…………!」

メンバーに向ける表向きの言葉やけど、俺の事を話す時はどのメンバーのメッセージよりも一番に優しい声色で、そして、俺にはわかる。

しょっぴーがなんとか、ギリギリのところで涙を押し殺して俺に言葉を紡いでいることを。

———しょっぴーも俺との日々を思い出しながら、話してくれてたんやね。

なぁ、しょっぴーは俺と出逢って、俺と付き合ったことを後悔してないって思ってもええんやろか?

別れを告げられ、あんなに愛してくれたけど、ほんまはちゃんと結婚して、子どもを産んで育てて……

しょっぴーは俺とは出来ない普通の生活を送りたかったんやなと。 

しょっぴーの結婚相手がずっと羨ましく、なぜ自分は男で生まれたのかと何度も問うた。

しょっぴーは俺と別れてからも俺のことをずっと気にかけてくれたけど、俺はしょっぴーと付き合っていたことも別れたことも他のメンバーに悟られないよう、いつも通り振る舞っていたつもりやった。

でも次第に無理が祟り、心が平静を保てなくなり俺はしょっぴーだけではなく、メンバーやマネージャーとも少しずつ距離を置くようになる。

好きな人が出来た。
その人と結婚したい。

次の春にはSnow Manを脱退すると聞かされた時。

しょっぴーは俺を正直鬱陶しいと思ってるんやないかと思い込んだ。

そりゃ、十年付き合った男と別れて結婚してからも 同じグループのメンバーとして活動していくのは嫌やろなと。

でも、今の俺にはしょっぴーの心がわかる。

ボロボロと涙が溢れて、隣で眠るめめを起こさないように俺は必死に嗚咽を堪えた。

互いが誓った永遠は叶わなかったけど、俺もしょっぴーに出逢えてほんまに良かったで。

この先もしょっぴーの人生がどうか、幸せであるように。

昨日までそんなことを思える余裕はひとかけらもなかったけど、今はただ、ただ、しょっぴーが生涯の伴侶と笑顔で暮らせることを願う。

「…………すぅ」

「……俺のメッセージだけ、めちゃくちゃ長いやん」

深い眠りについためめをチラリと見て、起こしてあげれば良かったかと迷ったが、きっと泣いている姿をめめに見られたらまた心配されてまう。

ハンカチで涙を拭い、運転に集中する。

めめ、ごめんな。
大好きなメンバーである渡辺翔太との別れを今だけは一人で惜しませてな。

もう、俺はめめのおかげで大丈夫やから。
後ろを振り返らず、前だけを向いて生きる。

きっと、来週の卒業ライブでしょっぴーを俺は笑顔で見送ることが出来るやろ。



「めめ、起きて。めめの川に着いたで」

「……目黒川ね。ごめん、俺めちゃくちゃ寝てた」  

今日のメインである夜桜見物の目的地に到着し、車を近くのパーキングに停車させ、ぐっすり眠っているめめをゆすり起こす。

めめの名字が付いたこの川を俺は目黒川ではなく、めめの川と呼んでおり、めめと夜桜を見ていた当時はなんか馬鹿っぽいからその呼び方辞めてと言われていた。

寝ぼけ眼を擦りながら、ぼんやりとツッコむめめの姿が無性に可愛いくて俺は思わずニヤけた。

しばらく手にしていなかったが、手元にあったらカメラに納めたいくらい愛らしい。

「途中でしょっぴーのラジオが流れて、メンバー全員に感謝の気持ちを言うてたで。起こそうかと思ったんやけど、イケメンがよだれを垂らして、あまりにも気持ち良さそうに寝てたから俺一人で聴き入ってもうたわー」

「……へー。康二のことだから、しょっぴーのメッセージに大号泣しちゃったんじゃないの?」

揶揄う俺にめめから特大の仕返しが来る。
実はあの時めめが起きていたのではないかと俺は一瞬ドキッとしたが、いびきをかいて寝てたから多分大丈夫やろ。

「……別に泣いてへんよ」

めめを起こす前に車のミラーで目が腫れていないことを確認したし、あのメッセージでしょっぴーへの想いを完全に断ち切ることが出来た。

「康二が泣く時は俺が胸を貸すからね」

「……おぅ、これからよろしく頼むわ」

ライトアップされた幻想的な満開の桜を窓越しに背にし、微笑むめめの存在はどこかに散って消えてしまいそうな程、儚く……

そういえば昔、めめと一緒に夜桜を見た時も今と全く同じ表情をしていたことを思い出す。

……めめはその心に何を抱えているん?






「今日はラウール達が帰ってくるから、少し歩いたら帰ろうか」

「何度も言うけど、今日一日ありがとうな。めめと一緒におったら身も心もめっちゃ楽になったわ」

桜の見頃を迎えているが、時間帯が遅いせいか目黒川の遊歩道は人もまばらで歩きやすい。

「康二が元気になってくれて俺も嬉しいよ」

めめに頭を撫でられ、俺は立ち止まる。

———この先、俺もめめを支えられるようになる為にはめめにも心を開いてもらわなあかん。

その為にはまず、俺も心の扉を開いてしょっぴーとのことを話すべきや。

「あんなあ俺、めめに聞いて欲しいことがあんねん」

「なに?」

見上げるめめの顔は穏やかで、きっと俺がなにを言っても受け止めてくれるだろう。

「歩きながら、聞いてな 」

「うん」

改めて俺がゆっくりと歩き出すとめめは俺が話しやすいように俺の半歩後ろをついて歩く。

めめの細かな気遣いに胸が暖かくなる。
めめは本当に優しすぎや。

「ビックリさせたらごめんな。みんなには秘密にしてたけど、実は俺去年の春までしょっぴーと付き合ってた」

「…………うん」  

「もしかして気付いてた? 」

「いや……わかんなかったけど」

静かに相槌をうつめめの表情を確認する勇気は俺にはまだなかった。

「でもな、ちょうど去年の今ごろしょっぴーに他に好きな人が出来て俺ら別れてもうたんや。めめも知っての通り俺はそれで精神的にめちゃくちゃ参ってた」

「……康二はさ、しょっぴーとどれくらい付き合ってたの」

「恋人として十年一緒におったな」

「十年も………?」

十年もの間しょっぴーとの交際を隠していたことに怒ったのか、それとも男同士で付き合ってたなんて気持ち悪いと思われたか……

なんとなく問いかけるめめの声が冷たくなったような気がして、俺は勇気を出してめめを振り返った。

「めめと俺がベストコンビを受賞する少し前くらいやな。しょっぴーから告白されて付き合うた」

「そんなに長く付き合ってたんだ……。
それならしょっぴーの結婚はかなり辛かったでしょ」

真っ直ぐ見つめためめの顔は怒っているような、悲しんでいるような、困っているような全てに捉えられる表情で……。

「俺はさ、めめが完全復活させてくれたから、もう大丈夫!あと、しょっぴーへの未練は今日で断ち切れたし、今はしょっぴーには結婚相手と幸せになって欲しいって本気で思ってんねん」

俺はそんなめめを安心させたくて、口に大きく弧を描き微笑んで見せた。

「そっか……康二はもう恋はしないの?」

切ない恋の痛みを知る、俺とめめ。

「それはまだなんとも言われへんけど、好きになれる相手がおればその恋を大切にしようと思ってる。

その時はめめに一番に伝えるから。
だから、めめも頼りない俺やけどなんでも相談してな」  

めめの両手を取り、ギュッと握る。 

この大きな手は昔と同じように温かい。

めめの痛みを共有し、少しずつ緩和出来ればええな。

「…………」

「めめ?」

至近距離でめめにジッと見つめられ、時が止まる。

そして、向かい合っためめの顔が俺の左肩に落ち、

「……康二、しょっぴーとのこと打ち明けてくれてありがとう。俺もなにかあった時は必ず康二に話すから。その時は胸を貸してね」

「もちろんや!」

めめの両手を包んでいた手をめめの背に回せば、めめがキツく抱き返してくれた。

しょっぴーと付き合った十年。
離れていためめとの距離が一気に縮まった。


続く
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