夜 桜



「潮風が気持ちいいね」

「めめ、ここまで運転ありがとうな」

首都高速に乗っためめはどうせなら普段行けないような遠方の海へ行こうとかなり思い切り、なんと車の移動だけで三つの県を跨いでしまった。

「いいよ。お昼は康二に海鮮ご馳走してもらうから」

「もちろんや。この辺まで来たら、魚もめちゃくちゃ美味いやろな」

ここに来るまでの道中、菜の花や桜が所々で咲き誇り、その景色はまさに春爛漫。

その花々はほんの数時間前まで俺の中で苦い失恋の記憶を鮮明に甦らせ、見るのも嫌やったのに今は違う。

「康二、疲れてない?」

「全っ然、むしろ今が一番調子ええで」

どこに行っても長閑な景色が続き、恋人と別れてから家に引き篭もってまともに出掛けていなかった俺の体調をめめがこまめに気にかけてくれる。

やけど、高速のインターを通過し各所で花を咲かせる黄色とピンクのコントラストが視界に入る度、めめが一体どこまで連れて行ってくれるのかと俺の心は浮き足立った。

春は出会いと別れの季節だけではなく、行楽シーズンでもあるのだ。

「ほんまに誰もおらんな」

「まだ春休み前だからね」

片道200kmの道のりを約二時間かけて来た海は平日ということもあり、まだ賑わいを見せるには早く人っ子一人おらん。

先程見た、陽気な菜の花と桜とは対照的な透明度の高い綺麗な海と雲一つ無い空の青さに心が洗われ、だだっ広く白い砂浜を穏やかな気持ちでめめとゆっくり歩く。

「俺、海って好きなんだよね」

「今日は水着の綺麗なお姉さんはおらんけどな」

「いや、そういう理由ちゃうわ!」

めめと二人で適当なところに腰を下ろし、朝淹れたまだ温かいコーヒーを飲みながら他愛のない話をする。

冗談を言えるようになった俺に喜び、めめにしては珍しい関西弁のツッコミが返ってきた。

ここ一年仕事以外で誰かとここまで会話をすることがなく、車内でもそうやったけど、めめと話題が途切れずにここまで話せるのが意外やった。

「ほんま落ちつくな」

「だね」

水平線を眺め、めめとボーッとしているとまるでこの世界にめめと二人だけになったような錯覚に陥る。

「…………」

「なあに」

横目でチラッとめめの表情を伺うと、俺の視線に気付いためめが首を傾げる。 
その瞳は言いたい事があるなら、なんでも聞くよと言いたげで俺は意を決して話を切り出す。

「……しょっぴーが来月結婚するやろ。めめはさ、そういう相手はおらんの?」

俺の問いにめめが俯く。

「……俺には叶わない恋だとわかってても、ずっと好きな人がいるんだ。他の人を好きになろうと何度も努力もしたけど全然駄目で、今は俺がその人を忘れることはこの先もないなって思ってる」

めめは立てた膝に顎を乗せ、押しては引いて行く緩やかな波を見つめ静かに語った。

「めめも好きな相手がおったんやね。
……正直めめにそこまで想われる相手が羨ましいわ」

めめの寂しげな視線。
めめの中にも俺と同じように一秒たりとも消えない人がおるんや。

俺はめめが自分にも他人にも誠実な人物であることを知っている。

もちろん浮気なんて絶対にしないし、家族やメンバーどころか周囲の人間、自然、生き物もとても大切にする。

俺がSnow Manの加入が決まり、慣れない環境で精神的に参ってしまった俺を献身的に支えてくれたのもめめで、現に今もこうして惜しみなく俺に手を差し伸べてくれていて……

めめの優しさが身に沁み、めめの存在に大きく救われているのだ。

だから、俺は目黒蓮の彼女や妻となる人は例えめめがトップアイドルであることを除いたとしても、世界一幸せな人間になれると保証が出来る。

めめはそれ程までに芯を持った熱い男や。

———永遠を信じていた自分。

でも、人の心は良くも悪くも変わることを知り、怖くなった。

「俺はね、康二。好いた相手にはどんな形でも幸せになってもらいたいんだ」

「………っ」

海を眺めていためめの視線が俺へと移り、切なげに微笑むめめに胸が痛む。

めめにこんな表情をさせるめめの想い人はどんな人なんやろ。 

そして、めめはその人にいつから片想いをしてるんやろか……?

きっと俺よりも遥かに長い時間、めめは実ることのない恋に焦がれているはず。

俺とは違い、結婚願望のあるめめなら引くて数多やろに。

一途な恋愛観は昔から変わっておらず、めめが俺を暗闇の底から引っ張り出してくれたように、俺も叶わぬ恋の痛みを抱えるめめを癒してあげたい。

めめのことはこの先ずっと、なにがあっても
信じ続けられると確信出来たから。 

「康二は……」

言いかけてめめの言葉が詰まる。
俺の恋愛事情は聞いても良いことなのか迷うめめに俺はゆっくりと呼吸を繰り返し、口を開く。

「実はな俺、去年のちょうど今頃大失恋をしたんや」

「……それが原因でずっと調子を崩してたの?」
 
俺の話にめめがまるで自分のことのように心配をしてくれる。

誰かに相談すれば、みんな親身に俺の話を聞いてくれるんやけど、いつになっても聞き手のこの表情に俺は慣れず、相談すること自体が相手に迷惑を掛けてるんやないかと申し訳なくなってしまうんや。

でも誰に相談することなく、なんでも一人で抱え込むんは俺の昔からの悪い癖だ。この性格が長い間失恋を引きずっていた原因で、めめがそれに気付かせてくれた。

「俺の全てを捧げてもいいと思える相手で、それこそ出会いが必然やと感じる程に愛してた。俺もめめと同じようにこの先もそいつのことを想いながら生きて行くんやろなって思っとったんやけど」  

「……うん」

十年愛しあった彼の一年前の別れの言葉が脳内で再生される。

『康二ごめん。
好きな人が出来た。
俺さ、その人と結婚したいと思ってる。

康二のことは本当に大好きだった。
でも、それ以上に愛しいと思える人に出会ってしまった。

———運命を感じたんだ』

これは毎朝嫌という程、悪夢として出てくるあの日の別れに決別する為の儀式や。 

空を舞う二羽のかもめを眺めて、俺は自分の胸に手を当て心の中で何度も唱えた。

忘れることは怖くない。
失う事を恐れるな。  

しょっぴー。

俺にはしょっぴーしかいないと思い込んでいた。

しょっぴーと別れてから俺は孤独やと。

でも、俺の周りにはちゃんと手を差し伸べてくれる人がいる。 

いつだって俺は一人じゃない。 

この先も変わらない過去にしがみつくのはもう辞める。 

俺も次に進みたいねん。

「めめの支えでそいつとのことは過去のことやと割り切って、今はメンバーのみんなと楽しい人生を送りたいって思っとる。さっきまで死にたいって思っとったけど、めめがそばにおってくれたから、俺はまた前を向いて生きてける気がするわ。

今も昔も俺の背中を押してくれるめめにはほんまに感謝してる。ありがとう、めめ」

俺の少し照れが混じった感謝の言葉にめめは優しく微笑み、隣にいる俺の肩に腕を回して、俺の頭をそっと自分の左肩に乗せさせた。

「これからも康二が辛い時は俺が康二の背中を押すよ。だから康二、昔みたいにもっと俺に甘えてよ」

「……っ!」

まるで彼氏のようなめめに不覚にも胸がときめく。

「……じゃあ、めめが辛い時は俺にもめめの背中を押させてな」

俺もめめには幸せになってもらいたいから。
と俺が呟くと、めめは寄り添う俺の頭に自分の顔を擦り寄せた。

「……一緒に幸せになろ」

「……うん」


その後は地元の新鮮な海鮮の美味さにめめと感動し、めめの好きな釣りが出来る大きな水族館に行き、SAでB級グルメを堪能して、めめと目一杯はしゃいで遊んだ。

しょっぴーと何度もこういうデートを重ねたが、めめと浜辺で話してからはこの一年、一秒たりとも頭から離れなかったしょっぴーが脳内に出てくることは驚くことに一度も無かった。

そうして、あっという間に日が暮れる。

「康二って本当運転上手だよね」

片道約200kmの道なりを帰りもめめに運転してもらうのはさすがに気が引けて、目黒川までは俺が運転を申し出た。

「運転してる時間って、運転だけに集中出来るから好きやねん。でも、久しぶりの運転やから少しドキドキしてる」

「また二人で運転交代して、あの海を一緒に見に行こうよ」

「うん。楽しみやな」

夜間ということもあり、交通量が多い東京都内に比べて地方は分岐も少なく、高速道路でもかなり走りやすい。運転に集中しながらめめとの会話を楽しむ。

「(……俺が一瞬でも、悲しい気持ちにならないよう、今日はめめがいっぱい話してくれた) 」

今日一日めめがたくさん気遣ってくれたことが嬉しく、それにより心の奥底に沈んでいた向井康二本来の性格がひょっこりとめめの前に姿を現わし、昔みたいにめめに甘えたり、スキンシップを自然と取れるようになっていた。

俺が触れるとめめは目を細めて笑い、俺を軽く引き寄せてはハグをしてくれる。

めめのがっしりした男らしい体躯。
デビュー当時、俺が引っ付けばめめは嫌がらずに俺をその長い腕ですっぽりと包んでくれ、俺にはそれが守られてるようで心地良く、あの頃は隙あらばめめにくっついていた。

蘇る懐かしい感覚。
今日の夜明けまで誰かと深く関わっていくことがとてつもなく怖かった。  

もう二度と傷つきたくなかったから。

だけど、今。
人は一人では生きてかれへんのだと改めて実感する。


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