夜 桜


「よっと……、ふぅ」

「康二くん松葉杖だいぶ慣れてきたね」

年が明け、俺たちSnow Manはデビューからもう間もなく十三年を迎える。

俺の体はリハビリを重ね、順調に回復はしているが、グループに復帰するにはまだ少し時間がかかりそうや。

新年を迎えて忙しい中、ラウールは暇を見つけては俺に会いに来てくれ、リハビリに付き合ってくれたり、話し相手になってくれたりとなにかと寄り添ってくれている。

正直去年まではしょっぴーが脱退したグループには戻らないと決めてたんやけど、ラウールの献身的な支えにいつしか早く仲間の待つグループに戻りたいという気持ちが芽生え、それにより激痛を伴うリハビリにも必死で耐えることができた。

……そして、なによりも俺の心を一番に突き動かすのが

『康二は一人じゃないよ、だって康二を支えるたくさんの仲間がいるから』

深い闇の底に堕ちた俺の手を優しく引っ張り上げてくれた、めめの側にいたいという気持ちやった。

あの後、病院の通路で言葉もなく二人で抱き合い、分け合ったのはきっと”果てのない寂しさ”だったはず。

『……康二、病室に戻ろう』

『……うん、っ、』

ひとしきり泣いた後、寒さで体が震える俺に気付いためめが俺から離れた瞬間、俺は心にぼっかりと穴があいたようなやるせない気持ちとなり、それをやり過ごすため俺は松葉杖に手を伸ばすが、右肩に強い痛みを感じて思わず顔を顰める。

『松葉杖まだ慣れてないんでしょ?俺が部屋まで連れてくから』

『え……わっ!』

それを見ためめは俺の脇の下と膝下に手を差し込み、退院したばかりやというのに俺を軽々と抱き上げ、突然のことに驚いた俺はめめの首にしがみつく。

『…………』

『(俺が痩せたから、申し訳ないと思ってるんやね)』

一瞬悲しげに伏せられた視線に自責の念に駆られためめの感情を読み取ってしまい、胸がツキリと痛む。

と、同時に以前にもめめに抱き抱えられたことがあるのではないかというほど、めめにお姫様抱っこをされることになんの抵抗もなく、俺の脳内に色々な疑問が浮かんでいった。

『……なにかあった?』

病室のドアを開き、俺をそっとベッドに下ろすめめ。

俺はそんなめめから離れ難く、めめの首に回した手を離せずにいると、めめは遠慮がちに俺の背に手を回して穏やかな声で俺に問う。

『……ただ寂しくなってもうただけ』

『今は年の瀬で忙しいけど、ラウだけじゃなくみんなで康二に会いに来られるよう頑張るから』

背中を撫でる大きな手、めめから香る俺の部屋と同じお香の香りにどうしようもないほどの懐かしさを感じ、それに安心した俺は瞳を閉じる。

『めめもちゃんと会いに来てな』

『……うん』

俺の言葉に先程同様めめは俺を苦しいくらい強く抱きしめ、目頭が熱くなっていく。

胸の中でポワポワと生まれる感情はきっと翔太と別れた寂しさや孤独から生まれたものではないんやろなと、どこか遠くで静観している自分がいた。

——やって、めめに触れられ、こんなにも胸が高鳴るんは俺がめめに特別な感情を抱いているからやろ?



「…………」

リハビリに没頭していた俺がふと顔を上げれば、窓から見える景色はいつの間にか真っ暗なものとなり、今は何時やろかと時計に視線を移す。

——もうすぐめめの仕事が終わる時間。
今日もめめは俺に会いに来てくれるやろか?  

……入院していた期間は長く、めめも多くの仕事が溜まっており、面会時間内に俺に会いに来ることは出来なかったが、めめはどんなに仕事の終わりが遅くとも、退院して以来毎日病院の前まで来て外から手を振ってくれるのだ。

その姿がふと脳内によぎり、早く今日もめめに会いたいと心が騒めく。

「……康二くん?疲れちゃった?」

急に立ち止まった俺の顔をラウが心配そうに覗き込み、俺は慌てて首を振る。

「大丈夫やで!ちょっと考え事してたんよ」

「もしかして、なにか辛いこと……?」

眉を垂れ下げ、入院してからいつも俺の心内を率直に尋ねてくれるラウ。 

正直腫れものでしかない俺をこんなに気に掛けてくれることがめちゃくちゃありがたかった。

十も下やけど、弟というよりは同じ大人として俺はラウをかなり頼りにしている。

「ちゃうよ。

……ラウ、いつもありがとうな。ラウが定期的に俺んとこに来てくれてほんまに感謝しとる。
俺はいい仲間に恵まれとるんやなって」

改めてラウールの目を見て伝えれば、ラウは屈託のない笑みを浮かべ俺を包むように抱きしめ、俺の耳元で囁いた。

「康二くん……大好きだよ。

今度は僕が康二くんのことを守るから」

「え……?」

最後に小さく呟いた言葉が聞き取れず、俺がラウを見上げれば

「向井さーん、お部屋に戻る時間ですよ」

「はーい」

リハビリの時間は終了し、担当の看護師さんが俺を迎えに来た。

「僕はこの後、夜の撮影シーンがあるからこのまま帰るよ。病室まで行けなくてごめんね」

「あ、いや、大丈夫やで。撮影頑張ってな」

申し訳なさそうに顔の前に手を合わせ、俺の頭を撫でるラウ。

ラウは三十代手前になって元々あった色気が増し、俺もラウと同じハーフやけどラウは190cmを越える長身でトップモデルとしても活躍し、さらに堀の深い顔立ちでもあるため日本のみならず世界各国の様々な界隈から注目を浴びていて、それは実は年内にハリウッド映画の主演も決まっているほど。

にも関わらず、ラウはいまだに女性と交際したことがなく、メンバーも逆に「ラウも恋愛の一つや二つしたっていいんだぞ」とみんなで心配をしている。

「また来るからね!」

「だいぶアメリカナイズされてきたなぁ」

俺との別れを惜しむようにおでこにキスをされ、まるで俺はラウールの彼女にでもなった気分となり、しょっぴーと付き合ってから、他のメンバーとスキンシップを取ることはなくなっていたが、向井康二という人間はもともと度が付くほどの寂しがりやで甘えん坊、そして、メンバーと触れ合うことが大好きやったことを思い出す。

さっくんやあべちゃんはまだ俺の体に触れることに遠慮をしているが、ラウは昔以上に感情を身体で表現するようになり、俺にはそれが心地良かった。

何度もこちらを振り返りながら、手を振るラウールに自然と笑みが溢れ、俺は痛む体に鞭を打ちながら松葉杖を使いこなし自室に戻る。

……ラウの次はめめが来る番やね。










「……正直、康二くんに会いに来てる場合じゃないんじゃない?」

「ほっといてくれ」

病院の正面玄関の前で鉢合わせた人物は俺の顔を見るなりげんなりとした表情を浮かべる。

俺が勝ち誇ったような顔で笑えば、めめは大きなため息を吐いた。

めめが退院して以来、毎日康二くんに姿を見せに来ていることを俺も知っている。

……もちろんその日にしょっぴーが康二くんを訪ねてきたことも。

そう仕向けたのはこの俺だから。

俺が用意したスマホにパソコンに入っている古いデータを移行して欲しいと康二くんに頼まれた時、俺は康二くんのパソコンのデータを全てUSBに移していた。

そして、康二くんの部屋では開けなかったファイルの中身を自宅で解明し再生すれば、その中にある画像や音声、直視できない事実に俺は絶句し、次第に生まれたのは康二くんを陵辱し、いまだに苦しめる人物への怒りや憎悪、加虐心。


『綺麗だ……』

『……ん?もしかして、俺のことか?おおきに』

『やっぱり、綺麗』

『にいちゃんも整った顔しとるな。ハーフか?』

『うん』

『俺とお揃いやな』

目を閉じればいつだって鮮明に思い出す。
十六年前に初めて見た桜の木の下で屈託なく微笑む、桜よりも美しく儚げな青年はその日以降、俺の瞳の裏に棲みつきなにをするにも康二くんが理由になった。

だから、康二くんの今後の人生で脅威となるものは俺が全て排除し、彼の笑顔は未来永劫俺が守っていくと。

「ねぇ、もし仮に康二くんの記憶が戻った時、お前の存在がまた康二くんを傷付けることになるって、わかってる?」

低い声で呟き、睨む俺をめめはさらに鋭い眼差しで睨み返す。

そう、目の前にいるこの目黒蓮も今や康二くんの笑顔と心を壊した人間。

かつての親友は今や敵だ。
康二くんに片想いをしている気持ちを密かに共有し、康二くんが渡辺翔太と別れた後は俺の代わりに康二くんを幸せに出来るのはこの世で目黒蓮しかいないと勝手に思い込んだ。

その予想は間違いではなく、めめは康二くんに笑顔を取り戻してくれた。

でも、今は彼の心をいつ脅かすかわからない時限爆弾。

「今の康二は”俺”個人じゃない。 
”俺達”を必要としてる。
俺は康二を愛してるからじゃなくて、同じグループのメンバーとして康二を支えるために来た。

……もし康二の記憶が戻ったときには俺は康二の前から消える」

「今の康二くんは去年や一昨年の康二くんとは違う。どんなに辛くとも、しっかり前に進もうとしてる。
今度はこの僕がそんな康二くんを支えるだけじゃなくて、幸せにするって決めた。

僕は康二くんのことが好きだから。

出来ることなら、めめには今すぐ康二くんの前から消えて欲しいんだ」

吐く息は白く、肌に当たる空気は冷たく、
痛いくらい骨の髄まで冷えては途端に人肌が恋しくなる。 

……これだから冬は嫌いだ。

彼の心は一体何度こんな感覚を味わったのだろうか。

この先の人生、もう二度と美しい心が冷えることのないよう、孤独を感じることがないよう、俺が常に康二くんの心を癒し、温めてあげるんだ。

「そんなに俺を敵視しなくても俺はもう康二と恋人同士には戻れない。お前はお前の形で康二を愛せばいい。

……それとも康二に愛される自信がないのか?」

哀れみの目で俺を見上げるめめ。
そして、放たれた言葉に

「っ、うるさい!!お前だって、あの女がいなかったら康二くんに見向きもされなかったくせに!!」

頭に血がのぼったのはその言葉が図星だったからだろう。

……めめの家の玄関のチャイムを鳴らし、めめが迎えてくれるのを待ち侘びる康二くんの恋をする少女のような顔。

めめの「一緒に暮らそう」という言葉に顔を真っ赤に染めてさ、

俺では彼をあんな表情にすることは出来ない、俺では彼を幸せにすることは出来ない



なぜなら渡辺翔太と付き合う前の彼は僕に


——ラウはいつまでも汚れのない真っ白で純粋な俺の天使でいてな。

ラウの世界が、ラウ自身がもし汚れてしまいそうな時は俺が、

俺がラウの”視る世界”をまっさらなものに塗り替えたるから


康二くんが好きで、好きで、この想いが康二くんを『兄』として慕っているのではなく、ただの『憧れ』じゃなくて、一人の男として康二くんを愛していると俺は幼くも気付けたというのに。

彼は俺を『弟』として『守る』べき存在としか見ていなかった。

「(そして、康二くんは弟でもなく、守る対象でもなく、十五歳の俺に透明だった頃の自分を投影してた)」

俺じゃ、
俺なんかじゃって思ってた。

でもそんなのは俺の心がまだガキであった頃の話だ。

「…………」

俺の怒鳴り声に黙り込み、空を見上げるめめ。

その視線の先にいるのは他の誰でもない、俺とめめが外で話していることに気付いた康二くん。

「俺はいつまでも子どもじゃない。 綺麗なだけの世界じゃあの人を守れない。あの人を守るためなら俺はなんだってするって決めたんだ」

「ラウー!めめーっ!!もしかして喧嘩しとんの?」

周囲に気を遣いながら叫ぶ康二くんに俺とめめは笑顔を貼り付け、お互い首を横に振りながら両手で手を振る。

「俺が出来なかった分、ラウ。今度はお前が康二を幸せにしてくれ。

俺は康二が幸せでいてくれればそれでいい」

手を振るためにあげた左肩を僅かに押さえ、めめは穏やかな視線をこちらに向ける。

「めめに言われなくても僕は康二くんに絶対辛い想いをさせないし、もう二度と涙を溢させない」

正直、彼と同じ傷を抱えためめが羨ましい……

めめと階段から落ちた時、翔太くんと別れた記憶、めめと付き合っていた記憶だけじゃなく、穢された過去すらも全て消えてしまえば良かったのに。

俺にはわかるんだ。
例え記憶を無くしても、貴方はまた引っ張られていく。

——康二、大丈夫だよ

そう囁く彼の低く、耳に馴染む声に。

俺はね、デビュー前の康二くんの心が磁石のようにめめに惹かれていたのをよく知ってるよ。

「それなら良かったわ〜!」

「……康二、だいぶ元気になったな」

現に今も病室から俺らを見下ろす愛おしい人の眼には目黒蓮しか映っていないのだから。

「……っ、」

でも、その事実にめめは気付いていない。
出来ることなら、あの頃のように気付かずにいてくれたらと願う。

——俺が昔の翔太くんのように康二くんの心を完全に掻っ攫うまでは、ね……

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