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夜 桜


「嘘…………なによ、コレ」

「玄関で立ち尽くしてどうした?体が冷えるだろ」

冬の寒さがより一層厳しくなった十二月半ば。
結婚してから八ヶ月が経つ俺の身重の嫁はA3サイズの茶封筒に入った封筒の中身を見て体を震わせ、その場に立ち尽くす。

「しょ、翔太さん……」

背後から郵便物を覗き込んだ俺に嫁は焦ったのか、
嫁の手から滑り落ちた無数の写真が広い玄関へと散らばる。

「……っ、康二」

絨毯のように広がった”ソレ”は全て幼い頃の康二の写真であり、

しかも見るに堪えない、
ベッドの上で陵辱されている姿ばかり——

それを視界に入れた瞬間、
俺はその場に立っていられず、吐き気を催した。








「……じゃあ、俺は先に退院してSnow Manに戻るよ」

約二ヶ月に渡る入院生活。
本来ならば打撲や複雑骨折で全治三ヶ月の入院のところ、俺の体は驚異的な回復を見せ、さらに歯を食いしばりながら死に物狂いでリハビリをしたことで、年内にグループに復帰することになった。

それが出来たのは俺の心友だと思っていたが、実は恋敵であったラウールの


『いつまでもメソメソしてんなよ。
一番に傷付いてるのは紛れもなく康二くんだろうが。
さっさと退院して、ちゃんとグループに復帰して、いい加減康二くんのそばから離れてよ』

なんて、一言があったからだ。
こいつは康二にスマホを持たせて以来、俺にこんな露骨な態度を取るようになった。 

この入院期間康二のことを献身的に支えていたのは間違いなく目の前にいるラウールで、言っていることは一つも間違っちゃいない。

……正直、退所を希望していたが俺が今この瞬間グループを抜ければ、康二はきっと自分を責めてしまう。

「あぁ、ファンもめめの復帰を喜んどる。
めめ、俺の分まで頼んだで?」

荷物をまとめて、俺がマネージャーと一緒に康二に挨拶に来ると康二はフィンガートレーナーをしながら笑顔で俺を迎えてくれた。

「……康二も早く帰ってきてね 」

「……もちろんや!みんなが俺の帰りを待ってるんやから、俺も頑張らないとやな!」

入院生活でだいぶ痩せ細ってしまった康二の体。
俺と目を見てしっかりと話してくれる康二に俺の心は幾分か救われていたが、康二をこんな姿にした俺が康二を一人残して退院するなんて正直厚かましいにもほどがある。

康二を傷付けた後ろめたさは一切消えることはなく、大きな”罪”として俺はそれを死ぬまで抱えて生きていくのだ。

「康二にこんな大きな怪我をさせてしまって、本当に申し訳ない……」

「目黒さん……」

自分が康二のそばにいてはいけない人間だと分かっている。

だが、この期に及んで康二と離れたくないと心が喚いて、俺の頬にはボロボロと涙が溢れていき、それを見たマネージャーが俺の背中にそっと手を当てた。

「めめ、こっち来て」

そして、嗚咽を堪えて泣く俺の姿を見て康二はやんわりと微笑み手招きをする。

「……っ、わっ!?」

さらになんとか一歩進んだものの、康二に近づくことを躊躇った俺の背中をマネージャーが軽く押し、

「……ずいぶん情熱的やな」

「ち、ちが!今のはマネージャーが!! 」

「はて、なんのことでしょうか?」

俺は康二の胸の中に飛び込み、康二は俺を真綿で包むように優しく抱きしめた。

「済んでしまったことはどうしようもない、ほんまに俺に悪いと思ってるんやったら、俺の穴は俺が戻るまでお前が埋めるんや、めめ」

「こ、じ…… 」

久しぶりに感じる康二の温かな体温。
俺はずっと康二に触れたかった。
この世界で誰よりも一番に愛している、かけがえのない存在。

……今でも二人で階段から落ちたことを鮮明に思い出す。

俺の存在を拒絶しながらも俺を庇った細い腕、薄い胸板、徐々に冷たくなっていく体温。

あの時、もう二度と康二に会えなくなってしまうのではないかと、恐怖で体が震え康二の無事を必死で叫んだ。  

「応援しとるよ」

「っ、うっ、ぁぁあぁ……!!
康二っ!康二!!!俺、本当にごめんっ!!!」

この先、触れることは叶わないと思っていた康二の温もりに駄目だと分かっていても俺は縋り付くことをやめられなかった。

『……じゃあ、めめが辛い時は俺にもめめの背中を押させてな』

春に二人で海に行き、康二が言ってくれた言葉を思い出す。

その言葉通り君は今、生きて俺の背中を力強く押してくれる。

——好きなんだ、ずっと。
どんなことがあっても康二を忘れることなんて俺に出来るわけがない。

「そんな泣くほど後ろめたいんやったら、俺が元気になったら美味しい海鮮でも食べに連れて行ってや〜」 

「え……」

俺の背中を撫でながら陽気な声を出す康二を俺は思わず見上げ、

「約束やで?」

「う、ん!!約束するっ、だから康二も早く元気になって戻ってきてね……!!」

カッと舌を鳴らしてはにかむ姿に、俺は康二とマネージャーがドン引きするくらいまた涙を流す。

俺が好きになった君をまたこの目で見ることが出来た。 

誰よりも優しく、努力家で人の痛みに敏感な康二。

朽ちてなどいなかった。
彼の美しさは消えることなく、まだその心に健在している。

だから、俺は俺で君を振り返りながらも
先を歩いて生きていかなければならない。









康二side

「…………」

俺の入院着に涙の跡を残して去っためめ。

俺はめめの背中を撫でた自分の手を眺めて首を傾げる。

めめが俺の胸に飛び込んできた瞬間、頭の中でなにかが過った。

しかし、それよりも抱きしめためめの体温を心地良く感じる自分、そして何故だかめめを離したくないと思う自分がいたことに俺は酷く驚く。

ここ最近、会えば必ず抱擁を交わすようになったラウールにそんな感情を抱いたことは一度もない。

「うーん……」

じゃあなぜ、めめを腕の中に閉じ込めた時、あんなにも胸が痛んだのか……

俺は忘れてしまった記憶になにかヒントがあるのではないかと目を閉じて頭の中で必死で記憶を呼び覚まそうとするが、

「……なんにも思い出せへんな 」

ここ二年ちょっとの記憶がなくなり、しばらく経つが俺は何一つ思い出せずにいた。

ラウールから渡されたスマホのアルバムには翔太と俺の写真ばかりが並び、他のメンバーはあまり写っていない。

正直翔太と付き合ってから、翔太を不安にさせないように極力メンバーとの接触も避けていたはず。

それゆえに

『向井さんと目黒さんは演技の練習をしていました。そこで目黒さんが階段を踏み外し、向井さんが庇ってこんな大きな怪我に……』

マネージャーから説明された怪我のきっかけがなんだか腑に落ちずにいた。

俺は翔太と別れた後、どうしたんやろ?
きっと俺の性格を考えれば翔太との別れに大きく傷付き、さらに周囲と距離を置いたはず。

そして、今でもこんなに翔太のことが好きで、胸が苦しいのに……
俺はこんなにも愛している翔太の存在を忘れることが出来たんやろか。

「…………はっ」

画面の中で屈託なく微笑む俺と翔太。
彼は俺を守るために好きでもない女と結婚し、子を儲けた。

ラウの用意してくれたスマホでその事実を知ってからは翔太を失った虚無感と望まぬ選択をさせてしまった罪悪感に苛まれる日々が続き、俺はやり場のない気持ちを必死で振り払ってはまた頭の中で考えて……

そんなことを永遠と続けていると、
窓の外はいつの間にかオレンジの夕日が沈みかけ、訪れるのは漆黒の世界。

空気が凍てつく、厳冬。
日が落ちるのもだいぶ早くなった。
俺はこのオレンジと黒の境目が嫌いや。

「……怖い」

なぜならそれを見ていると、とてつもない不安に駆られるから。

今日はラウールは来れない。
マネージャーもめめに付き添っていて、俺はこの病室にただ一人。

「(お願いやっ、誰か……!!一人は怖い!!助けてっ……!!) 」

俺の体は途端に大きく震え出し、それをなんとか抑えようと自分の体をキツく抱きしめるが、そんなものにはなんの意味もなく、俺はいつまでこの孤独に堪えなければならんのかと涙を流した時、

——ガラッ

「康二……」

病室の扉が開き、切なげに眉を寄せ俺を見る人物。

俺が歩けるならば、真っ先に駆け寄り、
彼の胸に飛び込んだだろう。









「翔太……」

「俺がいないとお前は本当に泣き虫なんだな」

驚く俺に翔太はゆっくりとこちらに歩み寄る。

「……そういう翔太やって泣きそうやんか」

俺の目に溜まった涙をそっと拭う翔太に俺は夢でも見ているのかと、心がぐしゃぐしゃとなり抑えきれない涙で視界が歪んだ。

「康二、お前に涙は似合わないよ……お願いだから笑ってくれよ」

悲しそうに俺を見下ろす翔太。
俺が辛い時、寂しい時。
いつも俺の隣にいて、俺を支えてくれた俺の一番大切な人。

喜びもこの世界の美しさも”全て”を共有した人。

「翔太のおらん世界で俺が笑えるわけあらへんやん……かっ」

「…………」

翔太の腰に手を回し泣き付けば、翔太は俺の頭を優しく撫でてくれる。

長年この体に馴染んだ久しぶりに感じる感触にどうしようもなく心は弾み、神経全てが翔太に集中していく。

「会いたかった、翔太……!!」

きっと、翔太も俺と同じ想いで来てくれたのだと思った。

しかし、

「……康二、前にも言ったが俺とお前が元の関係に戻ることはない」

「え……」

見上げた翔太の瞳に写るのは俺に対する愛しさではなく、苦しみで……

「復讐したい気持ちは分かる」

「は……復讐?」

正直、翔太がなにを言いたいのかよく分からず俺は翔太を見上げたまま固まった。

「でもこれは俺が決めた人生なんだ。
俺はもう康二と恋人同士にもSnow Manにも戻れない」

「ちょっと待って、なんのことやか……」

秋に受けた身の引き裂かれるような死刑宣告をなぜまた今ここで受けなければならないのか、俺は突然のことに狼狽し翔太から離れようとするが、翔太は俺の肩を逃さぬようにがっしりと掴む。

「今だから言えるが、俺はSnow Manでいることに体力的にも年齢的にも限界を感じていた。でも、お前の隣にいるためにはSnow Manで居続けなければならなくて……」

なぁ、翔太なにを言ってるん?

「……だから、あの女と結婚したんか」

「お前を守るため、そしてグループから逃げたかった自分がいたのも事実だ」

力無く放たれた言葉にあるのはただ、ただ、終わりのない海に堕ちていくような感覚だけ。
あんなに大好きやった翔太の声がどこか遠くに聞こえる。

「そうか」

「だから、康二がどれだけ苦しい想いをしてきたか、百も承知の上で大女優K子のことやクリニックのことを世間に公表するのはやめて欲しい。

……この通りだ」

俺の肩から手を離し、真っ直ぐに頭を下げる翔太。

……あぁ、翔太には俺じゃない、
守りたいものが他にあるんやね。

今目の前にいる翔太はもう俺の知っている翔太やない。

「……別に世間に公表なんてせえへんよ。
もちろん俺やってあんなおぞましい事実を他に知られたくないしな。

でも嫁にはちゃんと言っとき。

今ある幸せが崩れることを恐れるなら、端から人を陥れる真似はするもんやないでってな」

キッと翔太を睨み、鼻で笑う。
所詮お前の俺に対する愛はそんなもんやったんやな。

正直ガッカリや。

「本当にすまない…… 」

小さく放たれた声に

俺は一度目を閉じその後、満面の笑顔を貼り付ける。
俺には笑っていて欲しいと言ったな。
お前のお望み通り、俺、笑顔でいたるわ。

その代わり、

「別に。しょっぴーが謝ることちゃうやろ?
けど、もう俺の前に二度と姿を現さんといて」

「……分かった、早く康二の体が良くなることを心から祈ってるから」

しっ、しっと手を振り払う俺に翔太は病室を後にする。

彼がどんな顔をして退出したかなんてもう別にどうでもええわ。

「…………」

翔太が帰り静まり返った病室。
音のない俺のセカイ。

今、無性に誰かに会いたかった。

「せや、隣にめめがおるやん 」

そういえば松葉杖を上手く使えば少しだけ移動が出来るようになったことをまだめめに教えていない。

「器用やなって褒めてもらいに行こ」

看護師さんに見つかったら「まだ一人で歩いちゃ駄目ですよ!」と叱られてまう。
でも、いい大人がいつまでも尿瓶じゃ恥ずかしいやんか……

めめならそんな俺を笑ってくれるやろうと、俺はなんとか自分の病室を出て、隣のめめの病室の扉を開いた。

「……めめ?」

やけど、そこにめめはいない。

それはそうや。
めめは今日のお昼に退院したんやから。

「俺、なにしとん?ほんまにあほやなぁー」

真っ暗で無機質な空間を前にして俺の体は脱力し、病室の入り口に座り込む。

もうなにもかもどうでもいい。
苦しい、辛い、悲しい、寂しい
俺を助けてくれる人など、どこにもいない。

『康ちゃん、私がいるじゃない』

「……うるさい」

『あなたを永遠に愛しているわ』

「やめろっ、やめてくれ……!!」

『あの世であなたを待ってるわ』

「うっ、う、うわぁぁあ!!」

絶望に打ちひしがれる俺の首にまとわりつく悪魔の囁きに俺は髪を振り乱す。

俺はいつも一人。
俺も幸せになりたい。

「(だけど、俺は幸せにはなれ)」

「……康二、こんなところにいたら風邪引くよ」

病室の窓から覗く満月を見て、俺の心もどうか照らしてくれとヒカリに手を伸ばした時。

「……めめ、どこ行ってたん?」

背後からふわりと肩にかけられためめのコートからは俺がよく知るお香の香りがうっすらと漂い、懐かしい香りに胸が痛んだ。

「……康二が泣くときは俺が胸を貸すよ」

しゃがみ込み俺に視線を合わせるめめの目は幼い我が子を見守る親のように優しく、お昼に俺の腕の中で泣きじゃくっていた人物とはまるで大違いや。

そして、どこかで聞いたような台詞と、
とんとんと自分の胸を軽く叩くめめに俺は吸い寄せられるようにめめに飛びついた。

「俺をもう、一人にしないで……っ!!」

「康二は一人じゃないよ、だって康二を支えるたくさんの仲間がいるから」

泣き出しそうな顔をし、俺をキツく掻き抱くめめの体温、香り、力強さにガチガチに張り詰めていた俺の心は解されていき、この温もりをずっと手離したくないと思った。

「め、めっ……!!」

「うん……」

俺の肩に涙の粒が落ちる。
めめ、どうして泣くん?
復帰してなにか辛いことでもあったんか?

めめの涙に俺の心はギュッとなり、脳内に一つの言葉が浮かぶ。

——守られるだけではなく、俺が守るんやと。

お昼にめめを腕の中に迎え入れた瞬間、
浮かんだのは確かに強い想いやった。

——白のように見えていた花は近くで見れば薄紅の桜。

しっかりとそこに存在しているのに、どうして今まで霞んで見えていたんやろか。

続く
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