夜 桜


「めめは移動出来てええな。俺なんて寝たきりでトイレは尿瓶と看護師さんに手伝ってもろうてするんやで。この歳にもなって嫌やわぁ」

「……俺のせいでごめん」

マネージャーから元気がある時は康二の部屋に顔を出すように言われ、一度目は俺が康二を不幸のどん底に突き落とした罪悪感で断ったが、それが康二直々の頼みだと言われてしまえば俺に断る権利などない。

相変わらず頭に包帯を巻き、寝たきりの康二は見るからに痛々しく、それなのに暖かな朝日を背に俺に冗談を言って笑う。

康二をそんな姿にさせたのは間違いなくこの俺で、そして、去年の春に翔太君と別れた時とは少し違う康二の様子に俺は戸惑い、俯く。

「他のメンバーは忙しいし、マネージャーやっていつまでも俺らに付き合ってるわけには行かんへんやろ?そうなると俺の話し相手はめめしかおらへん」

「……そうだね」

低い声で頷く俺に康二は溜息を吐き、苦笑いをする。

「俺が夜中叫んでたもんやからごめんな。めめも寝れてないやろ?」

こちらを見て申し訳なさそうに謝る康二と目を合わせることが出来ずに俺は下を向きながらゆっくり首を振った。

「大丈夫だよ。康二がどれだけ辛い思いをしてるか知ってるから」

去年、翔太君と別れてからの康二は魂が抜けたもぬけの殻状態で誰がどう頑張っても元の康二に戻すことは出来なかった。

それは康二が俺たちと接触することを頑なに避けていたからだ。

そして、一昨日は翔太君にあんなに泣いて縋っていたのに、今はどういう心境の変化があったのだろうか。

俺がぼんやりと考えていると、次に康二から放たれた言葉に俺の時が止まる。

「……ラウがな毎日SNSでメンバーのこととか、色々連絡くれんねん」

「ラウが……?」

……SNSで連絡?
なぜ?康二のスマホは俺と階段から落ちた時に壊れ、電源が入らなかったはず。

そんな中、ラウールとどうやって連絡を取り合っている?

ドクン、ドクンと胸が鳴り、額からは冷や汗が流れ、俺はゆっくりと顔を上げる。

「あぁ、ラウがスマホを用意してくれてな」

「…………、」

見上げた先の窓際の棚には壊れた康二のスマホ、そしてラウールによって新しく用意された最新の機種が並んで置かれている。

中の連絡先やデータはどうしたのか、そして今真っ先に康二が気になっているだろう”あの件”はもう既に知っているのだろうか……

バクバクと心臓が動き、俺が胸に手を当てれば康二の新しいスマホがパフっと音を立て最新の投稿を通知し、俺はすかさず光る画面を注視する。

「あっ、ラウから昨日の収録の写メが送られてきたで」

「(トップ画面は俺との写真でも、翔太君とのものでもない……)」

康二のスマホの画面は初期設定のままで、どうやら前の携帯からデータを移行したわけではないようだ。

だから入院している間、康二が俺と付き合っていた過去を知り、苦しむことはない。

しかし、今はスマホ一つあればなんでも簡単に調べられる時代だ。

翔太君が誰と結婚したのかを知った時。
康二はまた壊れてしまうだろう。

「なぁ、めめ。俺らも早う元気になって、グループに戻らんとやな」

「そ、うだね……」

俺と康二、そして翔太君のいない画面に映るメンバーを穏やかな表情で見つめる康二に俺は目を奪われる。

俺が君を笑顔にすることはもう出来ない。
さらに俺が今後グループに戻ることもない。

——なぜなら俺は康二を傷付ける存在でしかないのだから。

「もうすぐご飯の時間やな。今日の朝ごはんはなんやろ〜。病院食って美味ないってみんな言うけど俺は意外と食べれんねん」

触れたくて触れたくて堪らない、世界でただ一人の俺の愛しい人。

「食欲があるみたいで良かったよ」

……君が少し無理をして俺に話していることは長年君を見てきた俺にはわかっている。

出会った瞬間からどれだけ君をこの視界に入れ、恋焦がれたか。

本当はこの先の君の人生も俺が幸せにしたかった。

でも、君はあの頃と違ってもう一人じゃない。
君の周りには俺じゃなくとも多くの仲間がいる。

「おっ、来たな!」

康二の部屋に朝食が運ばれれば、もちろん俺の部屋にも同じものが用意される。

「……じゃあ、康二またね」

「おぅ、後でな!」

康二の前に朝食が並べられ、俺は看護師さんに会釈をし、自分の部屋に戻るために車椅子の向きを変え、振り返る。

力無く微笑めば、康二も明るく見送ってくれた。

……その瞳に俺と恋人同士であった頃の光は宿っていなかったけれど。

「じゃあ、今日はマネージャーさんがいらっしゃらないので食事のお手伝いをさせていただきますね」

「よろしゅうたのんます」

「…………っ」

怪我をした康二の世話をする年配の看護師さんにまで嫉妬するなんてどうかしている。

俺にはもうそんな権利もないのに。








「っ、うっ、あ……!!」

「…………」

草木も眠る丑三つ時。
康二のすすり泣く声が聞こえる。

俺はゆっくりと時間をかけて起き上がり、なんとか車椅子に腰を下ろす。

マネージャーがいない今、康二は一人だ。
こんな俺でも誰かが康二の側にいてやらなければ。


「ふっ、うっ!しょっぴーっ、俺を一人にしないで……」

康二の泣き声に胸が大きく痛み、俺が康二の部屋の前へと移動し、ドアの取手に手を伸ばしかけた時。

「康二君。翔太君じゃないけれど、僕がいるよ。
だから、康二君は一人じゃないよ」

「(ラ、ウ…………!!)」

よく聞きなれた男の声に俺の頭に血が上る。

なぜなら、俺ですら聞いたことのない柔らかな声で康二を宥めるのは俺の一番の恋の相談相手であるラウールで、昨日も康二にスマホを届けたというのに奴は俺のところには来ず、現に今もラウールがここに来ていた事を俺は知らない。

……康二がまた精神的に不安定になることをわかっていながら、ラウールはなぜ康二に携帯を用意したのか。

そして今、康二がラウの胸の中にいると思うと俺の醜い嫉妬の炎がゆらゆらと燃え上がる。

「くっ、う…、ら、う……!!」

「泣きたいだけ泣きな。康二君の苦しみは僕が全部受け止めるから」

俺はその言葉の中にラウールが康二に特別な感情を抱いていることを読み取ってしまい、激しい憎悪に苛まれる。

「はっ……!」

その役目は本来この俺のはずなのに……っ。

三月に康二に子守唄を歌ったことを思い出し、胸が酷く締め付けられる。

康二の心のような透き通った海も、
一度見たものの心を掴んで離さない康二と同じ桜も、
俺たちが好きな康二のメンバーカラーである下町の公園の夕焼けも

恋人である俺が康二と築き上げた大切な思い出で、それが俺じゃない誰かが康二のパートナーとなり、役割になっていくなんて許せなかった。

「っ、う……!!」

悔しさに涙が溢れ、俺は康二の部屋を通り過ぎ自分の病室とは逆方向にある階段の前へと車椅子を進めた。

——愛してる、誰よりも。
俺の命に変えても惜しくない初恋の人。

君の笑顔に何度も救われ、君がいるから俺は俺になることが出来た。

「(泣くな。思い出せ……!
康二の幸せが俺の幸せだろう!?)」

震える拳を下唇を強く噛むことで必死に抑え、抱えたやるせない想いを過去の自分が何度も言い聞かせた言葉でなんとか掻き消す

「ううっ、あぁあ……!!」

しかし、そんなことは簡単には行くはずもなく、

俺も康二を丸ごと忘れられたら楽になれるのに。

なんて、空想に意味はない。  

だって、

例え俺が向井康二の存在を忘れたとしても俺はまた

きっと、君に恋に落ちるから。







  
康二side


“元Snow、Man 渡辺翔太!妻である美容クリニックの社長令嬢が妊娠か”


「……やっぱりな」

手元にあってもこれだけは調べることを避けていたのに。

スマホというのは便利すぎるが故に時に不便や。

ラウールが帰り、病室で一人ボーッとしていた時。

不可抗力で流れてきた情報に俺は溜息を吐く。

“あなたが私の大切な叔母様を奪ったように、あなたの大切なものをいつか私も奪う”

「奪われたなら、奪い返したる……俺にはもう守るものなんてないんやから」

幼き日の思い出したくもない蛇のような女の顔と言葉を思い出し痛む頭を押さえる。

悪夢が続き、さらに辛い現実に打ちのめされ、眠れぬ日々が続き、俺の心と体はもうとっくに壊れてんねん。

……きっと、翔太のいないSnow Manに俺が戻ることは二度とない。

『康二、愛してる、愛してるよっ……』

「……俺も翔太を愛しとる。お願いやから、俺のために苦しまんといて」

涙を流しながら俺に別れを告げた翔太。
冷たい手から感じた、翔太の心の温かさ。


——翔太のいない世界は俺にとってなんの価値もないんやで。

せやから、その温もりをなんとしてでも俺の元へ取り戻す。

まだ薄暗い秋の早朝。
昨日とは打って変わり、外は冷たい雨がザァザァと降っている。

「……ッ、」

その雨を見ては突如頭の片隅になにかが浮かび、それはとても大切なことのような気がしたが、思い出すのは難しかった。

ただ、間違いなく分かるのは俺があの女の玩具であった過去以上にそれが思い出したくない”記憶”であるということ。

『……康二、俺には康二だけだよ』

「ん……っ、」

胸を突き刺すようなどんよりとした感情に苛まれ、それを払拭するように何度も何度も耳元で囁かれた、甘い言葉を再生させれば、俺の下半身は急激に重くなる。

「あっ、はぁ……ぅ、ん…!」

ピンと勃ち上がった自身に耐えきれずに手を伸ばし、脳内で愛しい人に触れられる想像をしながらゆっくりと固く張り詰めたモノを慰めていく。

久しぶりの自慰なのかそれはとても甘美で、死に際の俺の心を真っ白に染めていく。

「あぁっ、気持ちいっ……!ふぁ、ん…」

しかし、イくにはなんだかもの足らず、
左手が何度も疼いて収縮する尻穴へと伸びていき

「……え?」

俺は自分の行動に固まる。

——なぜ、俺は自分の尻に指を突っ込もうとしているのか。

そして、触れた穴の周辺に違和感を覚える。

「…………俺、誰かとSEXしたんか?」

翔太は俺を汚したくない、痛い思いをさせたくないと、付き合って十年。

俺が何度求めても頑なに挿入することはなく、キスやフェラだけで俺を気持ちよくさせてくれた。

もちろん俺は翔太とちゃんとSEXがしたかったし、身も心も全て翔太でいっぱいにして欲しかったんやけど、いつしかそれが渡辺翔太なりの愛し方なんやと納得し、満足もしていたはず。

……なのに、今。
ただ前を触るだけじゃ物足りない。

「もっと欲しい……」

大きなモノで貫かれ、奥を抉られぬ快感を俺はなぜだか知っている。

「んっ、アッ、あぁっ!!……っ」

指を一本突き立て押し進めれば、俺のナカは喜びの声を上げ、もっともっとと、口を開いて禁断の場所へと指を招いていく。

俺の肛門は俺の指を二本、三本となんの抵抗もなく飲み込んでいき、感じたことのない刺激に俺の声が大きくなり慌てて口をつぐむ。

「欲しい。もっと大きて太くて固い……」

どれだけ腕を伸ばしても俺の指では最奥まで触れることは叶わず、俺はもどかしさに眉根を寄せた。

誰かはわからない、でも間違いなく俺は誰かに抱かれ、この身に快感を叩き込まれており、頭がスパークするような気持ちよさを知っている。

その歯痒さを埋めるように俺は自分の竿を力強く擦り上げ、なんとか快感を得る。

『康二、可愛い。……もっと俺の腕の中でたくさん鳴いて』

『康二のココも正直だね。俺のを締め付けて離さない』

『康二、好きだよ。世界中の誰よりも俺が康二を一番に愛してる』

「っく……だ、れなん?」

『忘れないで。俺がいつも康二のそばにいるよ』

……俺の翔太じゃない。

甘くゆっくり囁く声、優しく触れる指。
しかし、その持ち主を俺は知らない。

でも、体は熟知している。

『康二、一緒にイこう……ッ、』 

「やっ、ぁあぁあッ……!! 」

……奥に放たれる白くドロっとした液体の熱さを。

「はぁ、はぁ……」

久々に迎えた絶頂。

右手に放たれた精子を俺はなんの迷いもなく己の尻に塗り込み、さらなる快感を求めてナカを必死で蹂躙した。

——痛みも、怒りも苦しみも、なにもかも忘れるくらい気持ちよくなりたい。

この日の早朝。
俺は飽きることなく自慰を繰り返しては、何度も達し、それにより心も体も満たされたのか、外が明るくなる頃には久々に深い眠りにつくことが出来た。

『お休み、康二。明日もよろしく』

「…………」

なぁ、俺のおでこに優しくキスをするアンタは誰なん?

……俺を愛してるんやったら、俺が消えてなくなる前に早う見つけて?

続く
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