夜 桜
ラウside
「康二君、起きてたんだね。おはよう」
「ラウか……おはよう」
一応ノックはしたが、康二君はドアを開けた先で窓の外の雲をボーッと眺めていた。
そして、俺の声に気付きゆっくりとこちらに顔を向ける。
「こないだはみっともない所を見せてごめんな……驚いたやろ?」
「ううん。実は僕さ、康二君と翔太君が付き合ってるのを割と早い段階で知ってた」
どうしてもマネージャーに外せない予定があり、オフである俺が康二君とめめの様子を見るように頼まれた。
まぁ、俺は康二君もめめも大好きだから、別にマネージャーからお願いされなくても今日は二人の元で過ごす予定だったのだ。
返ってタイミングが良かった。
マネージャーがいない方が康二君とめめと深い話が出来るから。
「そうか……」
康二君は驚くこともなく、目を伏せ笑う。
……本当に痛々しいな。
正直好きな人のこんな姿を見ているのは辛い。
でも、俺自身じゃ康二君を幸せに出来ないことは彼と出会った思春期の頃からとうに気付いていた。
「うん。だから、僕で良ければ翔太君の話も聞くよ。康二君の気が向いたら話してね?」
「……ラウ、気を使わせてごめんな。ありがとう」
——だからこそ俺は貴方を幸せに出来る人を見定め、常に日陰から貴方の笑顔を見守ることにしたんです。
「今日はね、康二君にコレを届けて欲しいと頼まれて来たんだ」
「かき寄せ?」
「うん、関西メンバーみんなからだよ 」
康二君とめめのことは世間には仲間割れではなく、表向き階段を使用した演技の練習中の不慮の事故だと世間に公表されている。
ファンや業界からも二人を心配する声が多く、もちろん康二君の後輩たちも、然り。
面会謝絶の為、康二君に会いに来れないメンバーにノートにたくさんのメッセージを書いてもらった。
……俺が康二君の為に出来るのはこれくらい。
「……三冊も?」
翔太君と別れ傷心中の彼は正直無反応だろうなと思ったが、意外にもかき寄せに食い付いてくれた。
そりゃ、幼い頃から苦楽を共にした大切な人たちだから仕方ないけど、なんか妬けちゃうなぁ。
「みんな凄く心配してたけど、書いてあるメッセージは何故だか康二君のボケとかツッコミのセンスがないとか、またキャラ変した?とかばっかで一個一個読んだら笑って傷に触るから、もう少し体が落ち着いたら見てみて」
「……ふっ、読まなくてもなにが書いてあるか想像つくわー」
口角だけを上げて笑う康二君。
翔太君と別れ、めめと付き合う前の康二君は仕事の時以外は魂の抜けた人形のように誰も寄せ付けなかったが、今は少し違う。
『隠しててごめん。俺さ、デビューして間もない頃から康二のことが好きで、俺から告白して十年付き合って……だけど、みんなも知っての通り、俺に好きな相手が出来て康二のことを捨てたんだ』
つい最近まではその言葉の意味通り、翔太君を心変わりをして康二君のことを捨てたクソ野郎だと思っていた。
『康二のことは心から愛してた。
でも、それ以上に愛しいと思える人に会ってしまった。
運命を感じたんだ。
俺の全てをかけて、なにがあっても守りたいと思える大切な人に。
だから、俺は嫁と別れることも康二と寄りを戻すこともない。
そして勝手な頼みだが、康二のことを今度はお前たちメンバーで支えてやって欲しい』
だけど、めめから康二君とあの女に確執があったことを聞き、結婚を決めてまで康二君を守った翔太君をカッコいいと思ってしまった。
あの台詞の中の運命を感じた相手は間違いなく康二君のことで、彼は今でも康二君のことを愛しているんだ。
そして、自信のない俺とは違い、自らの手で康二君を幸せにし、守り抜いた男の中の男。
今回は自分が悪者になることで、腫れ物に触るように康二君に近寄ることが出来なかったメンバーに康二君のことを託した。
俺は翔太君が『役目』をつくってくれたおかげで今、好きな人の側にいることが出来る。
今度は他の誰かじゃなく、俺が彼の笑顔を取り戻すんだ。
「康二君のいないポジションを関西メンバーみんなが狙ってるよ」
「安心し。俺の代わりが簡単に誰かに務まるほど、今まで楽な仕事はしてへんって」
俺はいつまでも目の前の彼にとって弟のような存在なのだろう。
康二君が気を使って話をしていることに俺は少しだけムッとした。
「だよね。そういえば康二君なにか必要なものある?」
「いや、特には」
またそうやって遠慮をする。
「え〜!?お願いっ、康二君!僕にもなにかさせてよー!」
何も出来なかった子どもの頃とは違う。
俺ももう歴とした大人だ。
どんなことでもいいから、康二君に頼って欲しかった。
「そやなぁ……めめと階段から落ちた時に俺のスマホが壊れてしもて、連絡手段がなんにも無くて困っとるな 」
大袈裟に頬を膨らませる俺に康二君は少し考え、視界に入った窓際の棚に置かれた自身のスマホを見てこれだとばかりに俺を見る。
「……じゃあ、とりあえず僕がスマホを用意しようか?」
「お願いしてもええか?」
「もちろん!喜んで引き受けさせていただきます」
俺は使命を与えられ、亀裂の入った康二君のスマホを康二君越しにしっかりと視野に入れた。
「それとな、これはラウだから頼めることなんやけど……」
言いにくそうに、口籠る康二君から俺は
”とあるもの”を受け取った。
そして、俺だから頼めるんだと。
康二君の特別なお願いに俺は心が舞い上がる。
「わかった。じゃあ、今から行ってくるね。今日はマネージャー来れないけど、康二君は一人で大丈夫?」
この様子だとなにか間違いを起こすことはないだろうが、念の為、聞いた質問に康二君から思いもよらない答えが返ってきた。
「俺は一人じゃあらへんのやろ?隣の部屋に俺に怪我をさせたいうて罪悪感でいっぱいのしょぼくれためめもおるしな」
「そうだね。でも、康二君にはもっと睡眠が必要だよ?」
……今の彼に必要なもの、
そう。それは心の安息だ。
「寝るくらいしか、やることあらへんからな。ゆっくり待ってんな」
「は〜い。じゃあ、康二君また!」
大きなあくびをし、目を擦る愛らしい康二君に俺が思わず微笑めば康二君も少しだけ笑い手を振ってくれた。
それが凄くこそばゆくて、その笑顔を永遠に見ていたいと思った。
だからこそ、康二君を二度と悲しませることがないように俺は今後全力を尽くすと心に誓う。
そして、康二君の病室を後にし隣の病室のドアをジッと見つめる。
ドアの先には自分を責めては毎日涙を流し、一緒にいるのが常だった友の姿。
「(腑抜けためめの存在は今の彼には相応しくない)」
桜の木は腐朽しやすい。
だからこそ、桜を絶やす悪い菌は排除しなければならない。
俺はめめの部屋を背にし、目的達成の為に颯爽と歩き出す。
一等地に佇むマンションのとある部屋の前。
カチャリ
「うわっ、本当に開いた……」
当たり前だ。
彼から預かったのは彼の家のカードキー。
コンシェルジュがいながら、玄関のドアの解錠にはナンバーの入力とカードキーの差し込みが必要で、厳重なセキュリティはまるで三月末までの康二君の心のようだと思い返す。
「……お邪魔します」
開かないはずはないのに、重いロックが外れる音に俺はなんだか歓迎されているような気分となり、ドキドキしながらドアノブを引く。
「あー……康二君のいい匂いがする」
デビュー当時はよく面倒見の良い康二君の部屋に遊びに来ていたが、康二君が翔太君と付き合ってからは中々お邪魔する機会もなくなり、さらに康二君は引っ越す回数も多いから、この部屋に来るのは初めてだ。
新鮮な気持ちと、昔から変わらない康二君の香りに心が浮き足立ち、一足だけ綺麗に揃えて並ぶ康二君のスニーカーすら愛おしく、玄関から先に中々進めない。
だけど俺の独り言は止まることを知らない。
「本当センスいいなぁ、康二君とめめの愛犬ちゃんとここで一緒に暮らしたい」
飼い主であるめめ、
そして今やめめよりも多くの時間をともにしている俺以上に、康二君のことが大好きなめめのワンちゃん。
それは俺が家で康二君の出演する番組を見ていると、尻尾を振るほどだ。
あまり人には懐かない女の子で、俺でさえも何年かはめめの家に遊びに行く度によく吠えられていた。
半年前までは相思相愛な男女にヤキモキしたが、動物にも愛される康二君を今は誇りに思う。
「くうっ、家庭的だな〜!結婚したらめちゃくちゃ尽くすんだろうな 」
怪我をして入院をした為、しばらく家に帰れてはいないが康二君の家は整理整頓がキッチリとされていて、さらにインテリアや家具もこだわりがありお洒落で綺麗だ。
トイレや浴室、キッチンを小さな子どものように探検し、康二君の住処を堪能する。
あぁ、まるで康二君に包まれているよう。
でも、
「今の康二君がここに一人で帰ってきたら、寂しいだろうな 」
大きな観葉植物とレトロなレコードプレーヤーが置かれた木目調のリビング。
恐らく恋人となっためめでさえもここに来たのは数えるほどだろう。
『ラウ帰るん?俺が気になるなら、俺もすぐ帰るし。ここにおったらええやん』
玄関の扉が開き、めめの家の玄関先で靴を履く俺を康二君が申し訳なさそうに見下ろす。
『なに言ってんの?邪魔なのは俺の方でしょ。あとね、俺はめめの家に遊びに来てるんじゃなくて、康二君の幸せそうな顔を見にきてるんだよ』
康二君の到着を知らせるチャイムが鳴り、俺が帰り支度をし、玄関のドアが開く瞬間が好きなんだ。
なぜか?それは貴方の愛する人を待ち侘びる表情を少しだけ垣間見ることが出来るから。
『え?』
俺の言葉に驚く康二君と
『…………』
『ふふふっ!』
『なんで笑ってるん?』
早く帰れという背後から感じる圧力に思わず声を出して笑ってしまう。
『いや、なにも?僕からのお願い。康二君はこれからもめめの隣でたくさん笑っていて。 じゃあ、康二君おやすみ』
『……あぁ、お休みラウ。気ぃつけてな』
二人が付き合ってからめめの家は二人の愛の巣となる。
俺はそれによりめめの家に遊びに行く機会もかなり減り、めめが康二君の恋人になってからは康二君が本来の明るさを取り戻したので俺はそれだけで満足だった。
俺を見送る時にやんわりと微笑む康二君が好きなんだ。
「誰だって一人は寂しいよね」
……ここはきっと、康二君が翔太君と愛し合った場所。
翔太君が来るのを何度も待ち侘び、迎えた場所。
『新しい引っ越し先どないしよー』
『俺と一緒に暮らせばいいじゃん。というかそろそろ一緒に暮らしてよ』
『……せやなぁ』
めめと康二君の会話を思い返す。
俺がいるにも関わらず、それが自然なことのように二人は俺に気にせずソファーに並びあってイチャイチャする。
めめの熱烈な視線に真っ赤になる康二君。
『(いいなぁ……)』
リビングの端でめめの愛犬ちゃんと戯れながら、少女のような康二君と率直な想いを告げられるめめの関係が酷く羨ましかった。
あの嫉妬深いめめのことだ。
言葉にはしないが、康二君の家にはあまり来たがらなかったであろうことは安易に想像出来る。
「……意外だ。もっと康二君が撮った写真を飾ってるかと思ったのに」
“Koji Corner”とお洒落な木のプレートがぶら下がった駄洒落の効いた康二君の自室のドアを開ければ、その部屋は思っていたよりもシンプルだ。
康二君と二人で撮った写真をいくつも飾るめめとは違い、康二君の自室には恋人のいる形跡は全くない。
彼は写真撮影が趣味で、めめと付き合い始めてからはしばらく手にしていなかったカメラも持ち歩くようになり、俺らの写真をたくさん撮ってくれた。
「もちろんめめとの思い出もデータに残ってるよね。カメラにも」
そして、携帯にも。
康二君はめめと付き合う際に再スタートだと、電話番号はそのままにスマホを新しく買い替えた。
康二君の枕元にあったものにはこの半年間のめめとの時間がたくさん詰まっている。
『パソコンにバックアップを取ってると思うねん。スマホに連絡先を入れて欲しい』
康二君からお願いされたこと。
俺が新しく購入した機種に康二君の過去を詰め込むこと。
「電源オッケーあとはパスワード。あれ?違うな」
康二君が教えてくれたパソコンのパスワードは”0621”
しかし、パスワードはエラーとなる。
これは恐らく……
「06216……
やっぱり。めめのスマホと同じパスワードだ。
めめには悪いけど、康二君にはもう辛い想いをして欲しくないんだ」
俺は康二君のパソコンからめめと恋人であった時間を全て消去し、新たな機械に入れたのは一つ前のデータ。
俺の手の中にある画面には白い歯を見せてとびきりの笑顔を見せる翔太君と康二君の姿。
もちろんパスワードは”062115”
分かりやすくてとても彼らしい。
俺と付き合ったら”062127”だろうか?
なんて、妄想をする。
「あとは大丈夫かな?」
パソコンの中をくまなくチェックし、めめを片っ端から削除していく。
辛い過去をボタン一つで簡単にデリート出来れば、人は苦しむこともなくなるのにね……
人間というのは本当に複雑だ。
「これは……」
そして、一つ気になるファイルがあるが、これにはなぜか触れてはいけないと直感が働いた。
康二君の頼みを快く引き受けたが、これには大きなリスクが伴う。
「…………」
俺は手の中にあるスマホを注視する。
そこには先程見た幸せそうな翔太君と康二君の姿。
例え隠していてもそれはすぐに分かること。
「これを渡せば康二君は
確実にもう一度壊れる」
ふと、視界の端に入った本棚に並ぶ黒く分厚いアルバムが目に入る。
その色を見て思い出す人物はただ一人。
引き抜いたアルバムの表紙の下には小さく
“Meguro Koji Corner”
とオレンジのマーカーで書かれ、中にはこの上なく幸せそうで間違いなく恋人同士のめめと康二君の姿があった。
「……僕はこの笑顔が欲しい」
写真に映る康二君をそっと撫で、大切な記憶を頭の中で甦らせる。
そう。
忘れることのないあれは十二歳の桜の舞う季節。
小学校の卒業のお祝いで春休みに連れて行ってもらった大阪旅行。
『ほんま綺麗やなぁ!』
関西でも有数の桜の名所に彼はいた。
同じ年頃の青年たちに囲まれ、大きな声を出してライトアップされた桜に一際喜ぶ青年はどんな桜にも引けを取らないまさに『圧巻の大輪の花』
『康ちゃん声でかいわ!桜が散ってまう』
『あほ!俺の声だけで散るなら通天閣だって崩れるわ!』
『(わぁ、すごくカッコいい)』
目鼻立ちが整っていて、ルックスはいいのに元気で明るく少しアホっぽいギャップが返って華があるなと幼いながらに思った。
そして、
『…………』
『綺麗だ……』
仲間たちが先をゆく中、ただ一人。
弱々しい灯にうっすらと照らされた桜を切なげに見上げる美しい横顔に無意識に声が漏れた。
青年はそんな俺に気付き、
『……ん?もしかして、俺のことか?おおきに』
白い歯を見せてクシャッと微笑んだ。
その姿に目が離せなくなり、俺は青年に魅了された。
『やっぱり、綺麗』
『にいちゃんも整った顔しとるな。ハーフか?』
『うん』
見上げる俺の頭を撫で、青年は俺とお揃いやと笑う。
『ねぇ、あれ向井康二君じゃない?』
『えっ、どこ!?』
『やば!じゃあな、にぃちゃん』
『さようなら』
遠くから聞こえる女性の声に青年は俺の肩をポンと叩き、走り去る。
『カッコいい男の子だったわね』
『うん。向井康二君って言うんだって。僕もああいう人になりたい』
母とその背中を見送り、夢が芽生える。
この後どうやら有名人?である彼を調べてこれが本当の事務所への入所のきっかけだと康二君に教えてあげたら、康二君は笑ってくれるだろうか。
まさか同じグループのメンバーとして
初恋の人と
ともに過ごすことになるとはこの時は思っても見なかったけど。
「……今度は俺が康二君を幸せにするからね」
めめ。
康二君ってすごくモテるよ。
それこそ女の子だけじゃなくて男にも、
ね。
続く
ご挨拶にて色々反省……苦笑