夜 桜


めめ→しょっぴー→? side





『めめがそばにおってくれたから、俺はまた前を向いて生きてける気がするわ。
今も昔も俺の背中を押してくれるめめにはほんまに感謝してる。ありがとう、めめ。

めめが辛い時は俺にもめめの背中を押させてな』

青い海を背に、喉から手が出るほど欲してやまなかった愛しい人の優しい微笑み。

康二と付き合ってから半年、俺と康二の関係は出会った頃よりもさらに深いものとなり、俺は毎日がとても幸せだった。

なぜなら、康二は常に俺の隣で笑顔でいてくれたからだ。 

満面の笑みは満開の桜のごとく、常に俺の心を魅了し、春の陽射しのような思いやりの心は初めて出会った時からポカポカと俺を満たし、俺にとって康二はなくてはならない”対”のような存在。

『めめ、愛してんで』

「うっ、あ……!康二っ! 」

康二と出会って十四年。
俺の頭の中で色んな康二が頭に流れる。

初めてキミのバックについて踊るとき。

キミは緊張や不安で挫けそうな俺を励ましてくれ、キミのその逞しい姿に何度も踏ん張ることが出来た。

キミは大先輩にも関わらず誰に対しても分け隔てなく平等で、関西に行った時は多くのメンバーがキミの周りに集まり、キミの仲間である彼らが酷く羨ましかった。

『また会おうな!』

そして、その約束が同じグループのメンバーとして叶った時。

これからキミと同じ時を共有出来ることに俺は喜び、キミと過ごす時間に想いを馳せた。

そんな俺とは裏腹にキミの瞳はどこか儚げで……

それ以来、キミがいかに繊細で儚い存在なのか知ることになる。

関西Jr.を仕切っていたキミの震える姿、涙する姿のギャップに驚くとともにキミのことは俺が守ってあげなくてはならないと真っ先に使命感に駆られた。

『目黒君、いつもありがとうな』

マンションまで送り届け、寂しそうに別れを告げるキミは散り際の別れを惜しむ桜のようだ。

『気を付けてな!また明日っ』

後ろ髪を引かれて振り返れば、俺に大きく手を振る愛しいキミ。

俺はそんなキミをこの腕の中に閉じ込めたいと心が奮え……

後にもっと早くにそうしていれば良かったのにと強く後悔することになる。

『めめっ!大好きやで!結婚しよ?』

それが冗談でもどれだけ嬉しかったか。

キミと会うたび高鳴る鼓動はいつも破裂寸前。
キミと出会ってから俺の毎日は色艶やかなモノとなり、キミは俺の人生を輝かせる宝石だ。

そのきらめきに心を奪われ続け、俺だけの人にしたいと思った時。

俺の願いはすでに叶わぬものとなっていた。

『めめ、俺はもう大丈夫。いつも逆方向なのに送ってくれてごめんな』

『え?俺は大丈夫だよ。むしろ康二とこうやって話すことが息抜きだし』

『……やっぱり、だいぶ痩せたな。疲れとるんやろ?これからはこの時間もゆっくり休んでや。俺はもう大丈夫やから』

『……うん、分かったよ』

ベストコンビ賞を受賞してしばらく経った後、康二は急によそよそしくなり、俺だけではなく他のメンバーとも徐々に距離を置くようになる。

俺はこの時、微笑む康二に強く突き放された気持ちとなりかなり戸惑ったが、その言葉の意味はすぐに分かった。


『しょっぴー誕生日おめでと。

……俺、翔太のことめっちゃ好きやで』

『ありがと。やっと名前で呼んでくれたね。
俺も康二のことめっちゃ好き』

まさか、俺がモタモタしている間に他の人間に
そして、男で同じグループのメンバーである翔太君に康二を奪われるなんて思ってもみなかった。 

さらに翔太君は康二に他のメンバーと親しくするなと牽制をしたのだ。

康二への想いを知っている翔太君は俺に気をつけるようにと。

信じ難い事実。
この身を焼き尽くす嫉妬。

気が狂いそうになりながらも、その後のライブをよく何食わぬ顔で無事に終わらせることが出来たと何度も大袈裟に自分を褒め称えた。

そうでもしないと、
俺は康二を——してしまいそうだったから。

『……奪われたんだ。翔太君に康二を』

『ふぅん。だから最近康二君のことをまるで汚いものを見るような目で見てたんだね』

『ッ』

兼ねてから康二のことを相談していたラウールにこの目で捉えたものを告げれば、ラウールは呆れたように溜息を吐く。

『もっと早く告白してればそのポジションはめめのものだったかもしれないのに……翔太君もなかなかやるねぇ』

『あぁっ、くそっ!!』


どうしようもない苛立ちに両手で頭を掻く俺を尻目に

『……やっぱ、ライバルはめめだけじゃなかったんだ』

ラウールはボソッとなにか呟いた。

お門違いだが、あんなに側にいた俺よりも翔太君に”ココロ”の全てを奪われた『君』に憎しみを抱いた俺にはなに”一つ”聞こえておらず、キミのいない俺の世界に残るのは”虚無”のみ。

だから、そこからは表向きいつも通りの俺を演じ、頭の中では常に翔太君からどう康二を奪い返すか……

そればかり考えていたが、翔太君と付き合っている影響なのか、あれだけメンバーに甘えていた康二はそれがなくてもなんだか毎日が幸せそうだった。

『康二、ちょっと話したいことがあるんだけど』

『ごめんな、めめ。この後急ぎの予定があんねん。また次会えた時でもええか?』

『忙しいのにごめんね、他の人に相談するよ』

『ほんまにすまんな』

どう接触しようとしても、好きな人には一途な康二は翔太君を不安にさせないように、のらりくらりと俺を露骨に交わしていく。

まさに暖簾に腕押し。

そんな日々が続き、俺は康二が幸せならそれでいいじゃないかと少しずつ思えるようになる。

その代わりグループ加入前後の俺を頼っては笑顔を見せて甘えてくれた康二を心の中に飼い始め、その記憶と共にいることで己を慰めていた。

『めめ、大好きやで!』

『俺もだよ康二、好きだ。愛してる……』

何度も康二を忘れようと、他の誰かと付き合ってみたものの俺の心に住みついた向井康二は俺を手放してはくれず、この想いが消えることはないのだと気付いた時。

俺は一生康二を想って生きていくと心に決めた。

そして、そんな生活を九年続けた惨めな俺に転機が訪れる。




「俺はもう二度と康二と会うことはない。

だから、康二のことを頼んだ。お前が康二を幸せにするんだ。いいな、目黒」

「……俺はっ、俺は康二を傷つける事しか出来ないっ」

子どものように泣きじゃくる俺を翔太君は先程とは打って変わり強い眼差しで見つめ、スッと立ち上がる。

「俺は別の形で康二の幸せを見守る。
でも、康二の隣にはお前が必要だ。

もう一度頼む。康二とメンバーの幸せが俺の唯一の生き甲斐なんだ。俺の為にもテレビの向こう側でいつも笑っていてくれよ?」

俺を見下ろし、今までに見たことのない笑顔で告げる翔太君に臆病な俺は最後まで頷くことが出来なかった。






翔太side


「すぅ……」

「……康二、これ以上傷付くな。お前に涙は似合わない」

体全体に巻かれた痛々しい包帯。
涙で腫れきった目の下にはくまが出来ている。

今の康二は俺が別れを告げた後の康二に逆戻りし、そんな康二を前に俺は胸が張り裂けそうだった。

——愛おしい、俺の全てをかけて幸せにしたいと思える人。

初めてなんだ。
これ以上ないくらい愛せる人に出逢えたのは。

細くスラッとした康二の右手をそっと取る。

『翔太の手ほんまに冷たいわ〜っ!よし、俺が温めたる!』

その手は冷たく、記憶の中のよく絡めあった手とはまるで違うもののようだ。

「康二、愛してる、愛してるよっ……」

「…………」

康二の手に縋るように頬を寄せ、涙が溢れる。

『俺も翔太を愛してる。翔太が俺の全てやから離れんといてな?』

『あぁ、約束する』

『絶対やで?』

交わした約束を果たすことは出来なかったが、俺の愛は変わらずに今もお前だけのものだ。

「運命を感じたんだ。

康二はちっぽけな俺が世界一幸せにしたいと思える大切な人。俺の心にはいつも笑顔のお前がいる。

なぁ、康二。お前の世界は俺が守るから、お前の周りには頼もしい仲間がいるってことを忘れるなよ。

……だから、康二。今度こそさようならだ」

「…………」

手の甲に口付け、名残惜しくもその手をベットの上へと戻す。

月明かりに照らされた康二の姿をこの目に焼き付け、

あぁ、前にもこんなことがあったなと。

ふと笑が漏れる。

その時は今みたいに清々しい気持ちではなく、康二の想い人への嫉妬で気が狂いそうだったが。

「桜は散る、そしてまた春に咲く。
お前もまた咲いてくれるだろ?俺の康二」

頬を伝う涙は止まらない。
でも、最後くらいは康二に俺の笑顔を見せたかった。

目を閉じ、ドアを振り返る。
そうして一歩進んでゆく。

———俺たちは別々の道を歩むんだ。 

パタンと静かに閉まったドアの先で君はきっと泣くのだろう。


「……くぅッ、翔太っ!俺も愛してる……」

最後にもう一度だけ強く抱きしめて欲しかった。

消せない想いの終着点はどこにあるのか、
なぁ、誰か教えて。

夜なのに明るい空を反射する俺のスマホは笑顔の俺と翔太を写すことはもう二度となかった。


続く
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