——キミガイナ イセカイ
「違う、違う、違う!!あー、もう!!!!
なんて言ったら分かってもらえるん!??」
「…………」
ベシッ!と音が鳴るくらい強く床に叩きつけられた冊子。
この数年で耳に馴染み切った大好きな関西弁で怒鳴られることにより……神経がすり減るどころか心はとうに壊れていた。
まるで愛する人に存在全てを否定されているような、そんな錯覚が常に付きまとう。
ねぇ、康二。
本当の”オレ”はどこ??
——キミガイナ イセカイ
『……向井さんがスキー場で雪崩に巻き込まれ、遭難しました』
「……嘘だ」
涙ぐむマネージャーの声に耳に当てていたスマホがゴトッと音を立てて落ち、まるで絶望の淵に立たされたかのような気分だ。
受け入れがたい事実に体はガクガクと震え、息が出来ない。
『目黒さん?目黒さん!聞こえてますか!?お願いです!返事をして下さいっ……!!』
電話越しに何度も叫ぶマネージャーの声にハッとし、気を抜けば倒れてしまう体を叱咤し、俺は無機質な機械を拾うために腰を曲げて手を伸ばす。
「……もしもし、康二は本当に雪崩に……?」
『雪崩が起きる数時間前にはホテルにチェックインしていて夜になってもホテルに戻って来ていないということと、雪崩が起きたコースに行く向井さんの姿を目撃した人が何人かいて……目黒さんは向井さんと一緒ではなかったんですね……』
なんとか言葉を紡ぐマネージャーの話を聞くたび、俺の胸は引き裂かれ、さらにマネージャーの最後の一言により、まるで鈍器で強く殴られたかのような衝撃が頭に走る。
「俺は……直前に監督やドラマのメンバーと夕食の予定が入っ、て……康二にはまた今度一緒にスノボに行こ、って……」
飲み込めない現実に俺も上手く言葉を紡ぐことが出来ず、目からは涙がボロボロと流れ落ちていく。
『そうでしたか……とにかく今も捜索は続いていますが、大雪のため捜索が難航していて、これ以上雪が降り続く場合は中止になる場合もあるようです』
「そんな……!マネージャー、俺も行くっ……!行って康二を探す!!」
雪崩は前日のお昼に発生し、康二が雪崩に巻き込まれていたとしたらもう十二時間以上も経っている。
例え雪崩に巻き込まれていなかったとしても、気温は0度を下回るマイナス何度という雪山。
……生きている確率の方がはるかに低い。
『僕たちもその一報が入ってから現地に向かう予定でしたが、あまりの大雪と雪崩の二次災害が起こる可能性が高く……スキー場に行く道は今、封鎖されています』
「嘘……どうしよ」
電話越しに鼻を啜るマネージャーに俺の顔はくしゃっと歪み、天地がひっくり返るような感覚に俺はとうとう立っていられなくなり、康二のお気に入りのソファーへその身を預けた。
“このソファーな、いい感じに沈むねん!めっちゃ気持ちええやろ?ほんまよく眠れるから、リラックスしたい時はもっぱらここや”
こんな時に宝物を見つけた子どものように「いい買い物が出来た! 」と喜ぶ恋人の無邪気な姿、そして「康二がリラックスする場所は俺でしょ? 」とソファーにまで嫉妬していた自分が甦る。
“めめ、今日はな少し疲れてもうた……なぁ、よしよしして”
ソファーに腰掛ける俺の膝に飛び込み俺をジッと見つめて甘えてくれる姿が可愛いくて、そんな日は思う存分愛を囁いては溶けてしまうんじゃないかというくらい康二を甘やかした。
『僕たちは向井さんが生きていることを願うことしか出来ません』
「…………」
やるせなく放たれたマネージャーの言葉に漏れそうになる嗚咽を口に手を当て必死で堪える。
何も出来ず、ただ愛する人の無事を祈ることしか出来ない己を責める。
『目黒さんも向井さんが心配でいてもたってもいられないと思いますが、くれぐれも現場に近付かないようにと社長から言付かっております。
……それと、このことは混乱を招くため、報道にも向井さんの実名を出さないように抑えています。目黒さん以外のメンバーもまだ知りませんので、ご内密にお願いします』
「……う、ん…っ、マネージャーも大変だと思うけど、康二を……っ」
『僕もとても不安ですが、また元気な向井さんに会えると信じています。
だから、目黒さんも自分を責めることは絶対にしないで下さい。では、また連絡します』
プツリと通話が切れ、無音となった空間で始まるのは自問自答。
——なぜ、康二は俺との約束を待たずに一人でスノボに行った?
昨晩あんなにも深く愛し合ったのに、伏せられた写真立ての意味は……
“明日は俺とスノボ行く約束だったやろ?なんでいつもそう自分勝手なん”
“はぁ……ドラマで一緒の先輩に誘われたら断れないって康二もわかるだろ?スノボはまた別の日に行けばいいじゃん”
「え……」
突如、俺の脳裏に流れ込む情景。
“それ何回め?俺はめめが嫌がるから先輩や後輩からの誘いも出来るだけ断ってるやん。なのになんでお前はそう自分勝手やの?”
“仕方ないだろ。この厳しい世界で生き残っていくためには付き合いが大切なんだから”
“……めめほんまに変わってもうたな”
「なんだ……これはっ、」
俺の言葉に悲し気に歪む康二の表情にナイフで抉られたような痛みが生まれ、俺は混乱する。
——嫌だ、康二……違うんだ!そんな顔しないで……
“はっ……!もうこの話はやめようぜ。
……ねぇ、康二。久しぶりに会えたんだから早くヤらせてよ”
——やめろ……そんな言葉を康二に吐くな。
“やっ……!!”
“可愛い。康二、愛してるよ”
——汚い手で俺の康二に触れるな!!
“い、やっ……めめ!いややっ!!”
“愛してる、ずっと好きだよ”
——うるさい!お前は”俺”じゃない!!
“は、ぁっ、康二気持ちいいよ……っ!
やっぱり俺には康二が一番だ”
「う、う、うわぁああ!!!違う!!違うんだ康二っ!! 」
俺が放った言葉と恐らく目にした肩に残る赤い痕に康二は全てを諦め、ソッと目を閉じ”オレ”の行為を静かに受け入れた。
こぼれ落ちていく一筋の涙に気付くことなく、
“オレ”にされるがまま。
「可哀想に……。
目黒くんはね、まだ完全に”役”になり切れてないだけ。
“役”は演じるんじゃないの。
憑依するの」
広いベッドの上で相手役の女と裸で向き合う”オレ”は
……康二にとっては同じ『目黒蓮』でしかないんだ。
「……いつから俺はおかしくなった? 」
俺はこれまでどんな言葉を康二に吐いて、どんな態度を取ったのだろう。
役になり切れず、関西で活躍する名監督に他の俳優陣や女優陣、スタッフの前で何度も何度も怒鳴られ、これまで色々なドラマや映画に出演してきたが、こんな経験は初めてでいつの間にか自身を保てなくなっていた?
「さよなら、めめ」
「違うっ、康二……っ、違うんだ!!」
もし、康二の身に何かあればそれはきっと
俺 のせい。
「…………」
「ソッチへ行ってはだめ」
「え?」
「だって、あなたはまだ———だから」
雪が降りしきる中、吸い込まれるように白い山頂を目指し一歩踏み出した俺を冷たい手が引き止める。
「あー、まさか雪女?死後の世界で見るんが雪女なんてな…… 前世はSnow Manって名前のグループやったからかな?」
「ふふふ」
雪のように白く透き通った肌、切れ長の瞳。
白い髪に赤く映える唇。
ニッコリ微笑む妖怪?はなぜやろう?あまりにも美しすぎて、ビビリな俺でも不思議と怖くはなかった。
「雪女のお姉さんはめっちゃ別嬪さんやけど、俺の好きな奴は男やから魅了されへんのよ。あっ、俺の好きな奴もな結構な国宝級のイケメンやで」
「……失礼な人ね。そんなことを言われたのは初めてだわ。すぐさま凍らせるわよ」
眉根を寄せる顔がなんとなくめめに似てる気がして、このお姉さんがめめと並んだら、現世ではそれ以上に美しいものなどないだろうなと思った。
まぁ、ここは死後の世界や。
めめと雪女が並ぶことなんてありえへん。
「きっと、めめの浮気相手もお姉さんのように綺麗な人やったんやろな」
ジッと見つめる俺に雪女はクイッと片方の口角を上げて微笑む。
「気になる?」
これまたどこかで見たような顔だ。
「……別に?」
今更知ったところでな。
なにも死んだ後まで嫌な思いをしたくない。
「じゃあ、私と行きましょう」
「俺は向井康二。よろしゅう頼んます」
引かれる手に女の子って柔らかくて気持ちええんやな、現世でもっと味わっておけば良かったと思うことで、とっくに抱く必要のない罪悪感を打ち消す。
「ムカイ、コウジさんね……よろしく」
やはり微笑む姿が何処となくめめに似てる。
「なぁなぁ、俺天国に行ける?」
だからか俺は雪女に親近感が湧き、めめに話していたような感覚で雪女に色々と問いかけることが出来た。
「さぁ、どうかしら?」
「雪崩に飲まれて早くに死んでもうて家族やメンバー、友達にファンにほんま申し訳ないわ〜」
「口数の多い人ね……雪でも突っ込んでやろうかしら。現世に未練はないの?」
振り返り問う雪女の真剣な眼差しに俺は一瞬ドキッとする。
「別に……人間はいつか死ぬしな」
「……いつの世も生と死は必ず存在し、魂はまた巡る。ムカイさんは運命を信じる?」
不思議な雪女とともに俺は銀世界を彷徨う。
「俺は運命なんて信じない」
君がいない世界で。
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