さぁ、今こそ!
「……ん?ん!?」
車がゆるやかに停車し、ドアが静かに閉められる音に目が覚める。
重い眼を開き、視界に入るのは朝日でオレンジに照らされた見事な雲海。
一体ここは何処なのか、驚いた俺はいつの間にか倒された助手席のシートから体を起こし、見たことのない絶景に目を見張る。
確かめめと休暇を取り、めめがいいところに連れて行ってくれると夜中に車で出発して……
「そう言えばめめがおらへん 」
俺が辺りを見渡せば、めめは車から少し離れたところで缶コーヒーを飲みながら雲海を眺めていた。
ここが何県で東京からどのくらい離れているのかはわからないが、めめがここまで一睡もせずに俺を
連れてきてくれたことはよう分かる。
「めめは本当かっこええな」
秋の早朝は肌寒く、俺の膝の上に掛けられた毛布に心が温まり、それを体に纏って少しの間、朝日を浴びるめめに視線を奪われた。
あたりに人はおらず、俺は静かにドアを開け、めめに気付かれないようにそっと忍び寄り、背後から抱きついてみた。
「おはよう康二」
「なんや、気付いてたん? 」
めめは俺が抱き付いても驚かず、不貞腐れる俺にふふっと笑みを漏らす。
「康二って独特の気配があって、声を聞かなくても近くにいるとすぐに分かるんだ」
背中に回した腕を缶コーヒーの持っていない手で優しく撫でられ、柔らかな声で放たれたその言葉の意味を考える。
「……それってどういう意味?」
「内緒」
……これはめめも俺と同じ気持ちでいてくれてると、期待してええんやろか?
でも、
『気になってる人?いないよ。まぁ、いつかは結婚もしたいけど今はまだ一人でいたいかな』
少し前に聞いためめの本心に、俺の心は酷く騒ついた。
一人でいたいはまだわかる。
しかし、いつかは結婚したいと言っためめ。
こんなん俺が例え想いを打ち明けたところで、めめに気まずい想いをさせるだけやん?
せやから、俺はめめの相棒としてただ側にいられるだけでええと思ってたのに。
めめの考えていることがわからず、俺は胸が締め付けられる。
「……俺、雲海って初めて見たんけど綺麗やね」
「夜は夜景が見えて、また違った景色が見れるらしいよ。というか山の中は本当寒いな。康二こっち来て」
そんな感情をめめに悟られぬように、俺がめめの背中から景色を覗き込めば広大な山々が見え、いかに自分のめめに対する想いがちっぽけなものかを思い知る。
俺が目を細めて景色を眺めていると、くしゃみをした薄着のめめが俺を自身の前へと引き寄せ、背後から俺を抱きしめた。
「めめ……っ」
「あー、あったけー。
……今年もあと二ヶ月で終わっちゃうね」
戸惑う俺を気にも止めず、首筋に当たるめめの吐息に俺の心臓が活発に動き出し、さらに右手の指にめめの右手の指が絡められ、俺は固まることしか出来へん。
「っ〜、あっという間やったな」
めめと二人きりの時間が甘過ぎて溶けてしまいそうな中、俺はなんとか声を絞り出す。
「康二、この休みはたくさん楽しもうね」
「う、ん……っ!」
首筋をチュッチュと啄まれ、感じたことのない刺激に俺が身を捩ればめめはさらに俺を強く抱きしめ、二人の体が密着する。
「……離すのは名残惜しいけど、次の場所に行こうか」
「…………」
真っ赤に染まった俺の顔を見てめめはクスッと笑い、先に車へと歩き出す。
休みの間、こんなことばかりされたら心臓が持たない。
手を握られ、抱きしめられただけでこんなにもドキドキして死にそうになるんやったら、
「(めめに全てを曝け出した時、俺は一体どうなってまうん!?)」
俺が息が上がり、過呼吸を起こしたのは山頂で空気が薄いからという理由だけではない。
——俺を焦らして遊んで楽しむめめのせいや!!
「……オーベルジュ?」
「あ、知ってた?」
山道を走らせてたどり着いた先は山奥にひっそりと佇むオーベルジュ。
有名な建築家が設計した建物は自然と調和し、洗練されたモダンなデザインで、以前どこかの番組で目にしたことのある地方や郊外の宿泊の出来るリッチなレストランや。
その地域の食材で作られた料理に舌鼓を打ち、さらに限定の離れには露天風呂などもあり、ここはまさに大人の隠れ家。
「一回来てみたいと思ってた……」
ここで俺はめめに抱かれんのやと改めて実感し、俺はその場に立ち尽くす。
「どこに行こうか調べてる時に見つけて、康二が好きそうだなって思ったんだ。はい、こっちは康二の荷物ね」
惚ける俺を他所にめめはテキパキとトランクから荷物を下ろし、俺の横にキャリーケースを運ぶ。
「旅支度もしてくれたん?」
「サプライズで驚かせたくてさ。着替えは俺のだけど、下着は康二のサイズに合わせて買った新品のやつだから安心して 」
整理整頓や身支度が苦手なめめが俺のために色々と用意をしてくれたのだと思うと、心が温まり涙が溢れそうやった。
「めめ、おおきに。この段階でもうすごく嬉しい。けど、この休みは俺がめめのために色々する予定やなかった?」
めめに運転をしてもらい、絶景を見せてもらい、着替えの準備や宿泊先の予約まで。
俺ばかりが至れり尽くせりでなんだか申し訳なくなっていると、
「ん?俺はこの後、康二の体を隅々まで堪能するよ?それこそ康二の足腰が立たなくなるまで、ね」
「…………」
だから、いい思いをした後はたくさん俺を悦ばせてね?
と、見たことのないくらい満面の笑みでそう言われ、俺の顔が引き攣る。
笑顔の裏には羊の皮を被った狼が垣間見え、めめは俺を逃す気はないんやと改めて悟った瞬間やった。
「すごいな……」
広々とした客室は天井が高く、日本の和を意識しながらも硬すぎない柔らかなデザインが特徴で、鳥の囀りだけが聞こえる都会にはない酷く落ち着いた空間やった。
「ご飯はここでも食べられるし、それぞれ違った別の個室でも食べられるから、康二が食べたい場所で食べたい物を選ぶといいよ」
「…………」
部屋だけでも圧巻やのに、出される料理は世界でも有名な日本の料理人がプロデュースし、他の客室からかなり離れたこの部屋にはなんと露天風呂だけではなく、寝湯やサウナ、水風呂までが兼ね備えており、なんとも贅沢な空間に俺は言葉を失う。
「まずは朝食を食べて、その後一緒にお風呂に入ろ?康二は朝軽めだよね」
「お、おぅ」
不慣れな場所にめめは臆することなく、俺の荷物も一緒に中へ運び、備え付けの電話で朝食を注文する。
予想を遥かに超えた休暇に俺は今更やけど、場違いなんやないかと額から変な汗が出る。
「そういえばここ珈琲メーカーもあるんだ。 久々に康二が淹れた珈琲を飲みたいな」
「任せとき!」
そんな俺を察したのかめめは珈琲メーカーを指差し、俺に珈琲を強請る。
大の得意分野をお願いされたことで、俺はめめをようやく俺の力で喜ばせられるんやと気を取り直し、腕を捲って心を込めてめめに珈琲を淹れた。
「パンケーキって久しぶりに食べたんだけど、美味しいよね」
「せやな。照兄が幸せそうな顔して食べる気持ちがわかるわ」
朝食は日本ならではの小鉢や焼き魚が付いた和食、注文してから焼く贅沢なパンケーキのセット、焼きフカヒレの上湯ソースとアワビのお粥などから選ぶことが出来、俺とめめはこの土地の特産品でもあるフルーツがたくさん乗ったパンケーキを選んだ。
ふわふわで軽めの食感なのに、口の中に印象を残すパンケーキは絶妙な焼き加減で、さらに程よく添えられた生クリームは酸味のある果物と相性抜群でいくら食べても飽きがこない。
俺が淹れた珈琲をめめは「美味いね」と何度もお代わりし、リラックスした表情のめめに俺も自然と笑みが漏れる。
「……着替えは俺が用意しておくから、めめは先に風呂に入ってき」
「じゃあ、お言葉に甘えて。
康二もちゃんと来るんだよ?」
正直めめとはもう何十回も風呂やサウナに入っているが、めめの裸には今だに慣れず、俺は直視することが出来ない。
そして、今までは裸を見せることになんの抵抗もなかったが、めめが俺のことを”ソウイウ目”で見ていると知った今。
めめに体を見せることがとてつもなく恥ずかしく、抵抗がある。
しかし、そんな俺の考えはめめにはお見通しで、めめは俺に釘を刺すことを忘れずに露天風呂へと歩き出す。
「ど、どないしよ〜」
軽快な足取りで表へ出るめめに俺は頭を抱え、必死で深呼吸をする。
めめside
「はぁ……気持ちいいな」
さすが日本屈指の名湯と言われる天然温泉の掛け流しだけあって、体に蓄積された疲労がすぐに抜けていくのがわかる。
ただ、疲れが取れている理由はそれだけではない。
張り詰めた精神が軽くなっているのは、間違いなく客室の中でしどろもどろになっている康二のおかげだ。
「ははっ!康二、本当可愛すぎ」
正直、ここまで意識をされると俺もそろそろ我慢の限界なのだが、普段見ることの出来ない康二をもっと堪能したかった。
そして、普段見ることの出来ない康二と言えば、だ。
『体が熱くて熱くてたまらへん……
なぁ、お願いめめ。俺を抱いて』
「……ッ!」
去年初めて見た康二の欲情する姿が脳裏に過ぎり、俺の腹の下が急激に重くなる。
『めめ、もっと触って……早く!』
あの出来事から康二は俺の性の対象となり、淫らな康二をおかずに毎晩、何度も自身の欲望を解放した。
康二は酔っ払って覚えていないが、俺にずっと抱かれたいといった康二の尻穴に俺のモノを挿れたら彼はどんな反応をするだろうか?
それだけでなく、康二の薄くぷっくりとした唇に吸い付き、飽きるほど舌を堪能し、全身にキスを贈れば康二はどう鳴くのだろうか……
数えきれないほど想像したことを今日、康二本人に実現出来るという事実に俺の体は燃え盛る炎のように熱くなる。
「…………」
このまま露天風呂に入って康二を待っていたら、逆上せてしまうと思った俺は寝湯へと場所を移し、露天風呂とはまた違った心地よさに目を閉じる。
正直、一睡もせずにここまで運転をしたから睡魔が限界を迎えていた。
「……遅いよ。待ちくたびれて風邪引くかと思った」
「……すまん」
どれくらい寝ていただろうか。
ピチャピチャと小さくお湯の跳ねる音に俺は目を覚ます。
隣にはバスタオルを女子のように纏った康二の姿。
どうやら寝湯で体の半身をつけて眠る俺が風邪を引かないようにお湯を掛けてくれていたらしい。
「隣にいたなら起こしてくれればいいのに」
別に怒ってはいないが、たまに現れる厄介な康二をいじめたい欲求が顔を出し、不機嫌を装った俺は康二との関係を一つ進めることにした。
「寝ずに運転してたやろ?眠いんかな思って…… 」
申し訳なさそうに俯く康二に俺は少しばかり胸が痛んだが、これを利用しない手はない。
「許さない。でも、俺のお願いを聞いてくれたら許してあげる」
「な、なに!!」
期待に顔を上げた康二に俺はニッコリと微笑み。
「康二から俺にキスをして」
「え…………」
俺は寝転びながら自身の唇を指差し、康二にキスを強請る。
初めてではないが、康二の過去からは俺とした口付けの記憶は消えており、康二が戸惑うのは当然のことだ。
「ほら」
「お願いめめ、目閉じて……」
俺がわざと目を細めて、康二に行動を施せば康二の顔がクシャッと歪み、そんな表情も可愛いなんて思いながら、俺は康二に言われた通り目を閉じる。
ふにっ
「…………」
「………ッ!?」
震えながら重なった康二の唇は一年前の初めてしたキスの感触を鮮明に思い出させ、俺はそれに堪らなくなって康二の唇にキツく吸い付く。
突然のことに驚いた康二が俺から離れようとするのを俺の手で頭を押さえ付けて逃さないようにする。
「…………」
「ふぁ……っ、ふ、ぅん!めめっ!!」
角度を変えて康二の唇を飽きることなく味わう。
しかし、この体制ではキスがしにくく、俺は康二の頭から手を離し、起き上がった。
「……康二の唇って甘いんだね」
「何言って……」
瞳を潤わせ、酸欠により赤くなった康二を見下ろし、俺が舌舐めずりをすれば康二はそんな俺から目を逸らす。
「康二、俺の上に座って」
「……わかった」
有無を言わせぬよう俺が強く指示すれば康二は体に巻いたタオルを強く握り、あぐらをかいた俺の上へと跨った。
……さぁ、密着した体にあたる熱は一体どちらのものなのか。
間違いなくわかるのは今、この瞬間、
康二は俺のことを、俺は康二のことしか考えていないということだけだ。
———俺はただただ康二が欲しくて限界だった。
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