デビュー十年目


——♩——♩——♩

康「来たな」 

「うん」

俺の家の冷蔵庫にかろうじてあった食材で康二が作ってくれたおにぎり、豆腐となめこの味噌汁、ほうれん草のごま和えを平らげて、歯を磨き身支度を整えた頃。 

マネージャーから到着の電話が鳴る。
俺も玄関にかけていた康二とお揃いの黒のジャケットに腕を通し、左手の薬指にゴールドのリングを嵌めた。

康「よし、行こか」

俺のリングが嵌められた左手を康二がギュッと握り、俺の唇にキスをする。

「行ってきますのチュウだね」

夢に見ていた行為が現実になると、嬉しさよりも歯痒さの方が勝る。  

そんな俺に康二は男前の顔でニカッと笑い、

康「これから毎日したる。行くで」

俺の手を引いて玄関の扉を開けた。


「おはようございます」

「どういうことだ」

康「マネージャーただいま。昨日タイから帰ってきたで」

お揃いの黒のジャケットを着て、満面の笑みでマンションから出てきた俺と康二にマネージャーが露骨に顔を歪める。

康二はそんなマネージャーに臆することなく、俺の手を引き車に乗り込んだ。

「とりあえず、まずは事務所に寄るぞ」

康「よろしく頼むわ」

全てを察したマネージャーが他のメンバーが待つ事務所へと車を走らせる。

「………」

事務所に着くまでの道のり、果てしなく感じる無言の空間。

窓の外を見つめる康二と指を絡めて握り合った手。

マネージャーを前にしても意外なことに康二の手に震えは無かった。



康「さっくん。おはよう!久しぶりやな」

佐「康二ー!おかえりー!お土産はー?」

康「たくさん買ってきたで」

事務所の駐車場で真っ先に会った佐久間君はタイに行く前から、他のメンバーに比べて康二と会えていなかったこともあり、ハグをして康二との再会を喜んでいる。

ただ、喜んでいるのは康二との『再会』だけではない。

佐「めめもおは〜!っていうか今日お前らお揃いじゃん!?」

「おはよう。本当朝からテンション高いね」

そんな佐久間君に俺はもちろん面白くないが、そこは態度には出さず、わちゃちゃし出す俺らをマネージャーが早く中に行くぞと施す。


ラ「康二君おかえりー」

深「またタイ人らしくなって帰ってきたな」

康「タイ人らしくってなんやねん!」  

阿「めめもおはよう〜。めめまた康二と服被ってんじゃん!」

舘「また悪目立ちしてんなー、お前ら」

「俺が康二と合わせて来たんだよ」

どうやら俺らが最後だったらしく、タイから帰ってきた康二にメンバーがわらわらと寄っていく。    

俺がその端っこで、康二に群がるメンバーを腕を組んで見ていると舘さんと阿部ちゃんが俺の隣にやって来た。

阿「めめは本当に康二が好きなんだね」

「まぁね」

舘「……?」

阿部ちゃんの他意のない言葉に、俺はいつもは「別にそんなことないけど」と返すのだが、肯定する俺に舘さんが首を傾げた。


康「あのな、みんなに話したいことがあるんやけど」

康二がタイのお土産を配り、土産話も落ち着いたところで康二が俺の隣に来て、場を仕切り直す。  

渡「改まってなんだよ?」

みんなが康二の結婚報告を今か今かと待ち侘び、期待を込めた視線を康二に送り、マネージャーは無機質な表情でそれを見ていた。

俺は康二の手が震えているんじゃないかと心配したが、それは余計な心配だったようだ。

康「俺、めめと付き合ってんねん!」

岩「康二、おめでとー!……え?」

深「……ん?めめ???」

康二が俺の左手に指を絡め笑顔で言い放つ。

康二の明るい声に結婚報告と勘違いし、リーダーとして一番最初にクラッカーを鳴らす予定だった岩本君の手が止まる。

「「 ……えっと、どういうこと???」」

思いもよらぬ康二の発表にその場にいるメンバー全員が急な展開について行けず困惑し、それを見ていたマネージャーが額に手を当てた。

康二はその様子を見て、慌てるわけでもなく、むしろこの状況を楽しんでいる。

「ハハッ!」

その姿を見て俺も吹き出し、康二の右手を強く握り返した。

佐「なんだよ〜!タイから帰って来ていきなり冗談かよ〜」

ラ「ビックリさせないでよね、というかさ、康二君は俺たちに他に言うことあるでしょ?」

俺がいつものように高い声を上げて笑い、康二の俺たちが付き合っているという報告を冗談だと思ったメンバー。

——冗談じゃない、康二は俺のモノだってみんなに教えてあげる。  

康「わっ、」

チュッ、

俺は隣にいる康二を強く引き寄せ、メンバーとマネージャーのいる前で康二の唇を奪い、

康「めめっ、」

唇を吸われ、まさかみんなの前でキスをするとは思っていなかった康二が俺を勢いよく引き剥がすが、俺は康二の視界を遮るように、もう一度康二を頭ごと強く抱きしめ言った。

「康二の結婚の話はマネージャーの誤解だった。

それで、康二は俺の恋人になったから、みんな康二に触らないでね」

「「え、えぇーーーっ!?!??」」

康「……っ、」

雄は雌を守る為に強く、逞しくあるべきだ。
康二だけに負担をかけさせない。

一昨日から何度も康二の前で涙を流した俺だが、俺が強い男だということを康二に再認識させたかった。

驚くメンバーを他所にマネージャーが咳払いをし、冷静に言い放つ。

「もうすぐ撮影の時間だ。みんな準備をしろ。

そして、撮影が終わったら向井、目黒、岩本、あと深澤も一緒に会議室に来るように」

康「………」

目「はい」

深「えっ、俺も?」

岩「……わかりました。みんな行こう」

まだ状況を理解来ず、動揺するメンバーをリーダーの岩本君が手を叩いて仕切り直し、メンバーはゆっくりと部屋から出ていく。

阿「話しはまた後で聞くから」

舘「行くよ」

立ち尽くす俺を阿部ちゃん、康二を舘さんが優しく背中を押し一緒に歩き出す。

ここから十分程の撮影現場まで車内はお葬式のように静まり帰っていたが、現場では俺たちはもうプロだ。

何事も無かったかのように、誰一人俺と康二の交際宣言に動揺する気持ちを態度に出すものはおらず、いつものSnow Manを演じた。


「お前たち、あんなことをしてどういうつもりだ?」

撮影が終わり、その後の予定は全員で新曲の振り付け練習。

今朝、名前を呼ばれたメンバーが会議室に集まり、議長席に座るマネージャーが険しい表情をして口を開く。

康「まず、照兄とふっかさん驚かせてごめんな」
 
康二は向き合って座る岩本君とふっかさんに頭を深々と下げる。そんな康二に俺も一応頭を下げた。

深「さっきまで、康二がA子さんと結婚するって、みんなで喜んでたのに今度はめめと付き合ってるって言われて本当ビックリしたわ」 

康 「それもゴメン。俺の言葉足らずでなんかマネージャーに勘違いさせたみたいで」

チラッと康二が右横に座るマネージャーを見るが、そんな康二の視線にマネージャーは微動だにせず、康二の前に座る岩本君が今のでなにかを察したのか、ゆっくりと話し出す。 

岩「目黒が康二を好きなのはなんとなく気づいてたけど、康二もめめのこと本気で好きだったんだな」

康「俺は誰かれ構わず引っ付くから、結構分かりにくかったやろ?でも、俺もめめのこと出会った時からずっと好きやねん」

岩本君とふっかさんは突然交際宣言をした俺たちを責めることはせず、やんわりと話す二人に康二はテヘッと笑う。

深「……めめは昔に比べてだいぶ態度に出なくなったけど、めめが康二を好きなことはみんな気付いてるよ。だから、マネージャーから康二の結婚の話が出た時、めめが真っ先にお祝いしようって言い出して、実はみんなでかなり心配してた」

「……色々とバレてたんだね。迷惑かけてごめんなさい」

岩「迷惑なんかじゃないって。仲間なんだから、心配するのは当然のことだろ」

俯き、謝る俺に岩本君はくしゃっと笑い、向かいにいるふっかさんが俺の肩をトントンと叩く。

二人の優しさが身に沁み、改めて俺はSnow Manに加入出来て良かったと実感した。

「それで、今後のことはどうするんだ?」

だが、せっかく温まり始めた部屋の空気がマネージャーの一声で一瞬で凍り付く。

俺は隣にいる康二の手を握り、マネージャーの鋭い視線に臆することなく視線を返す。

「俺と康二の関係をもう誰にも隠したくないです」

康「せやから、俺とめめが付き合っていることを世間にカミングアウトしたい」

康二が俺の手を強く握り返してくれた。
俺は今後なにがあってもこの手を絶対に離さないと決めている。

———もし仮に、上からグループの脱退を命じられたとしてもだ。

「………」

ジーっとマネージャーに感情の無い瞳で見つめられ、沈黙が訪れる。

岩「マネージャー、俺たちは別に向井と目黒が付き合っていてもなんの問題もありません」

深「はい。だから、二人の交際を認めて上げて下さい!」

マネージャーの視線から俺たちを守るように岩本君とふっかさんが声を上げ深々と頭を下げる。

「はぁ、なんなんだよお前たちは」

二人のその姿にマネージャーは大きく溜息を吐き、頭を抱えた。

康「……えと、ごめん」

康二はデビュー当時からこのマネージャーのことを尊敬し、兄のように慕っては俺が羨むくらい頼りにし何でも相談していた。

俺たちSnow Manがここまで世界的なアーティストになれたのは献身的なマネージャーの支えがあってからこそ。

でも、康二は七年前のあの日からマネージャーとわだかまりを抱えていて、それは側から見てもわかるくらい、まともに口も聞いていなかったのだが、数年ぶりに見るマネージャーの頭を悩ませる素の姿に康二は思うことがあったのか、申し訳なさそうに眉根を寄せた。

蚊の泣くような康二の小さな声にマネージャーは顔を上げ、

「あのな、向井、目黒。認めるかどうか決めるのは俺じゃないし、世間に公表するかどうかはメンバーと社長を交えて話をしろ 」

康「はい」

「わかりました」

七年前の騒動で一時期は解散も危ぶまれ、事務所や俺たちSnow Manの存続の為にマネージャーは寝る間も惜しんで、あちこち駆け回り頭を下げて尽力してくれた。

「それと、」

今ならわかる。
マネージャーもあの時、俺たちに恋心を諦めろと告げるのはすごく辛かったのではないかと。

なぜなら、

「俺が言えたことではないが、二人ともおめでとう。長年の想いが実って本当に良かったな」

目尻を下げて優しく微笑むマネージャーも俺たちSnow Manの成功だけじゃなく、幸せを願ってくれているからだ。

康「…っ、マネージャーありがとう」

久しぶりに康二が人前で涙を流す。

俺の脳内に昨日康二が話してくれたことが頭に過ぎる。

七年前。
俺の誕生日に俺に告白した結果がどうであれ、そのことを康二は真っ先にマネージャーに相談しようと心に決めていた。

だけど、死刑宣告のような事実を聞かされ、さらに尊敬するマネージャーにも俺への恋心を否定され、拒絶された気持ちになってしまったのだと。

涙を両手の甲で拭う康二にハンカチを手渡し、背中をさするマネージャーはまるでお母さんのようだ。

「もう俺たちや社長が口を出さなくても、お前らは自分たちでしっかりやっていけるだろ?俺は打ち合わせがあるから、失礼する」

岩「お疲れ様でした」

マネージャーが立ち上がり、俺たち四人は深々と頭を下げる。

「あ、向井と目黒は佐久間と阿部とよーく話をするように」

岩「え」

深「あっ」

ドアの前で思い出したように立ち止まり、振り返るマネージャーの発言に岩本君とふっかさんが動揺する。

その二人の様子にマネージャーはしてやったりの顔をして去って行く。

康「さっくんと阿部ちゃんってどういうこと?なんでいきなり二人の話が出てくるん?」

「……さぁ」

頭にクエスチョンマークを浮かべる康二に二人は焦り、岩本君はふっかさんと顔を合わせ衝撃的な事実を発表する。

岩「康二、めめ落ち着いて聞いてくれ。多分、あの二人もデキてる」

康「いや、それは無いやろ。あの二人彼女おるし」   

「…………」

が、すぐさまそれを康二が否定した。

さっくんは毎回露骨に惚気てくるし、阿部ちゃんとはよく彼女のプレゼント選びに付き合うしと、康二がありえへんと言い切る。

そんな康二にふっかさんはさらに気まずそうに口を開く。

深「俺たちも確信は持てないんだけど、多分それはカモフラージュなんじゃないかと…」

康「え、ほんまに…?」

「……あー、あの二人ならありそう」

佐久間君と阿部ちゃんはSnow Manの中でも強かで、本当に計算高いメンバーだ。

康「照兄とふっかさんも知らんのにマネージャーは気付いてたんか。すごいなぁー」

康二がえー、へーっと言葉を漏らしマネージャーの感の鋭さを褒め称える。

岩「まぁ、とりあえず新曲の振り付けが終わったら、またみんなで話をしよう」

「わかった。岩本君もふっかさんも本当にありがとう」

康「まだ迷惑をかけてしまうけど、よろしく頼むな」

深「いいってことよ」

気を利かせた岩本君とふっかさんは立ち上がり、手を振り会議室を出る。

「康二、大丈夫?」

康「思ってたよりは、な」

隣にいる康二はまだ頭の中で情報処理をしているのかなんとも言えぬ表情で笑った。

「そっか、」

俺の視界に康二の右手にあるマネージャーの紺色のハンカチが入る。

康「めめ?」

繋いだ手をぎゅっと握り、

「俺、康二のことちゃんと守れてるかな」

康「おぅ、頼もしくてめっちゃカッコよかったで」

また、惚れ直したと康二は俺の頬にキスをし、俺の頬が餅のように伸びる。


デビューから十年。
俺たちの関係は変化して行く。

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