デビュー十年目
康「なっ…?!!」
気付けば康二を掛けているソファーに押し倒し、康二の細い両手首を俺の左手で康二の頭上に押さえ付けていた。
そして、康二が持っていた康二専用のタンブラーが音を立てて床に転がっていき、さらに俺はいきなりのことに驚く康二を逃さないように康二の上に跨った。
康「痛っ、めめっ!ちょっ、なにするん?!これ以上アホになったらどうしてくれんのや!」
「ははっ…!」
勢いよく倒したせいでソファーに頭をぶつけた康二が涙目で怒る。
今ので康二の酔いも覚めたようだ。
緊張感のないツッコミについ俺もいつもの条件反射で思わず、笑ってしまう。
「康二が結婚するなんて俺、聞いてないけど」
だけど、このまま康二のペースに合わせるつもりはない。
緩んだ口元をキツく正し、俺を見つめる康二に目線を近づけた。
康「そりゃ、誰にも言うてへんからな。
でも、それを言うたら俺もめめに恋人がいるなんて聞いてへんけど?」
きょとんとした顔で悪びれもなく言うもんだから、言われた言葉の意味を真っ先にシャットダウンするように先程と同様、笑って誤魔化したかったが今度はそれが出来なかった。
———康二の誰にも言っていないという言葉に
自分の顔が凍てつく。
康二は恋人が出来たら、真っ先に周りに自慢するタイプだ。
そして、きっとそれを一番初めに俺に教えてくれると何故だか勝手に思い込んでいた。
俺は康二の特別じゃなかったのだ。
恋人にはなれずとも、康二の一番近くにいる親友でありたかった。
だから、今……そのことにとてもショックを受けている。
だけど、康二は気付いていないと思っていた俺の左手の薬指に嵌めたリングの存在を気にしている。
もしかして、康二もやきもちを妬いてくれているのだろうか?
あぁ、もう感情が滅茶苦茶だ。
「……なんで、俺だけには言ってくれなかったの」
現実を突きつけられ目の前が真っ暗になり、言葉が震える。
自分で聞いておきながら、その答えは聞きたくないという矛盾。
至近距離で目を合わせられない俺を康二はジッと見つめて言った。
康「何年も大切にしていた恋やから。誰にも言いたくなかってん。めめやってそうなんやろ」
真っ直ぐ言い放たれ、息が詰まる。
「……言いたいことはそれだけ?」
俺の心はとっくに限界を迎えていた。
康二の顔にポタポタと水滴が落ちる。
その様子を康二は特に動ずることもなく、ただ見ていた。
こんな俺を前にしても康二があまりにも冷静で、なんだか自分が惨めになる。
俺は今まで押さえていた感情を堪えきれず、康二にぶつけた。
「……ねぇ、俺は康二に出会ってからずっと康二のことが今も好きなんだよ? このリングだって、俺が康二と揃えたモノだってわかるでしょ……」
康「………」
初めて紡ぐ、番組や企画のやらせじゃない。
康二に対する本当に好きって気持ち。
涙を流して、嗚咽を漏らす俺から康二は目線を逸らす。
返ってくる答えはわかっている。
いつからか、康二は
康「ごめんな、めめ」
A子さんと出会ってからそれが口癖になっていたから。
ここまで来たら、引くに引けない。
「……ごめん、康二」
康「んっ!……め、めっ、やめっ」
やるせない気持ちを打ち消すことは俺には出来ず、もうどうにでもなれと康二の唇を奪った。
必死に顔を逸らす康二の薄い唇を追いかけ、抵抗の声を上げる為に開かれた口内に迷わず俺の舌を侵入させる。
康「んんっ……ふー!ふー!」
康二は手足をバタつかせ逃げようとするが、いくら鍛えても体格や力は俺の方が大きい。
俺が康二を守るんだ、いつでも康二に「ほんま、めめは格好ええな」って言ってもらいたくて鍛えた体が悲しいかな、このタイミングで役に立つなんて。
守るどころか今、康二を組み敷いているのはこの俺だ。
「………」
康「ふっ、……はぁっ、や、め……んッ」
好きな人とするキスはなんて甘美なのだろう。
今まで共演してきた女優たちとのキスは無機質なもので、気持ちが高揚することなんて、これまで一度だって無かった。
……康二も彼女とキスをする時はこんな気持ちなのだろうか。
勝手にした余計な想像が俺をさらに嫉妬で狂わせる。
康「め、めぇ!……ふぅ、ん、ッッ!ンンっ、くる、し…ッ、てぇ!」
抵抗することを諦めた康二がされるがままになり、必死に息を吸う。
俺は康二の両腕を掴む左手はしっかり押さえたまま、唇を離した。
康「はぁっ、はぁっ……」
息苦しさで潤む目にうっすら赤く染まった頬、俺の唾液でさらに艶が出る唇。
「こうじ……可愛い」
康「っ、そんな見るなや…!」
普段見ることの出来ない、康二の色香を纏う姿にゴクリと唾を飲んだ。
初めて見る康二の姿に俺は目が離せない。
まじまじと見つめる俺を康二はりんごのような赤い顔で睨み返すが、ズボンの中で俺の局部が大きく膨れ上がっていることに気付き、さらに頬を紅潮させ顔を逸らす。
あぁ、本当、可愛いやつ。
「そんな照れなくても、康二のも勃ってるよ」
康「っ、アホっ!口に出して言うな!」
「ははっ!」
恥ずかしさでどうにかなってしまいそうな康二が愛おしくて、康二のツッコミやボケにいつものように反射的に笑ってしまう。
そうだ。これがいつもの俺たちなんだ。
「………」
康「……めめ?」
笑い声を上げ、その後いきなり動かなくなった俺の顔を康二が心配そうに覗き込む。
ここで、やめなければ。
今ならまだ引き返せる。
スッと目を閉じ、浮かぶのは
『ありのままのめめで、ええんやで』
そう微笑む康二の姿だった。
「っ………」
康「………めめ、なんでまた泣くん? 」
康二が悲しげに俺を見る。
溢れる涙が止まらない。
人前で泣くなんて俺のプライドが許さないはずなのに。
康「めめ、」
なのに、なのにっ、
康二の首下に光るリングを見た瞬間、最後の最後、ギリギリまで張り詰めていたピアノ線がプツリと切れた。
いつだって、お前の前では俺は自分をコントロール出来ないんだ
「康二、悪いけど、俺のものになって」
康「は!?ってちょ、ふっ、んッ、やぁっ…やめ…」
康二の舌に強引に俺の舌を絡めて舐め取り、吸い付き堪能し康二の口内を俺の唾液でいっぱいにした。
康「つめ…っ、ァ、ンン……ッ!!」
康二が二人分の唾液を口の端から垂らし、俺とのキスに意識がいっている間、康二のシャツの中に空いている右手を忍び込ませる。
普段から冷え性な俺の冷たい手に身を捩らせて、逃げようとする康二のプクリと膨れ上がった乳首をキュッと摘むと、俺の下にいる康二の腰が大きく跳ねた。
「康二って、感じやすいんだね」
知り合って十四年。
初めて見るその姿は今まで見てきたどんなにエロいものよりも淫らで、俺はそんな康二をまたも注視する。
康「……やっ、かましいわ。というかそろそろ腕痛いから離してくれへんか」
「やだ。離したら逃げるでしょ。俺は康二が好きなんだよ?今、康二を逃すわけない」
息を整え、睨む康二に俺はムッとし、康二の両手を捕える力を強めた。
逃さない、彼女の元には絶対に返さないと、怒りが最上級になるのを感じた。
康「ほんまに痛いって!!めめ、逃げへんから、早く手ぇ、離してや。跡になってまう」
痛みに大きく顔を顰め、声を上げる康二に俺は思わず掴んでいた手を離してしまう。
「あっ、」
手を離した直後、康二に体を強く押し返されると思ったが、
ギュッ
康二が俺の背中に両腕を回し、
下からキツく俺を抱き込んだ。
「……康二?」
康「めめ、そんな大事なことはもっと早く言うてや」
耳元に重なる吐息がくすぐったい。
俺は康二の言葉の意味を理解出来ず、そして康二から抱きしめられている今この状況にすら俺の思考は追いついていない。
「今のどういうこと?」
康二の顔を見ようと上体を起こそうとするが、ダメだと言わんばかりに康二が俺を抱きしめる腕に力を加え、ポソっと言葉を紡ぐ。
康「……あんな、俺もめめのこと出会った時からずっと好きやで」
「…え!??って、ちょっと、康二?」
予想外の言葉に上体を起こそうとするが、やはり康二が俺を抱きしめる腕に力を込める。
康「最後まで聞きや。俺もな、めめのこと好きやねん……」
年内には結婚すると言っていた想い人が自分のことを好きだという。
衝撃の事実に康二の目を見て、真意を確かめたいのにそれが許されない。
康「でも、俺らは男同士でメンバー内の恋愛はタブーやろ。めめのこと好きでもどうにもならんって、めめの隣におってもずっと苦しかったんや」
「………うん」
ゆっくりと説明する康二の声は少し震えている。
緊張しいの康二の手を握って包んであげたいのに、康二はまだそれを許してくれない。
康「……そんな時に出会ったんが、A子さんなんや。
たまたま舘さんとアート展を見に行った時に、馬鹿デカい白いキャンパスに己を解放する姿に惹かれて、思わず話しかけてしもた」
「………」
思いがけず出てきたA子さんにもだが、その話の途中で出てきた舘さんの名前に眉間に皺がより、長年の感で顔を見ずとも俺の嫉妬を空気で察したのか、康二が俺の背中をポンポンと叩く。
康「話してみたら、A子さんの絵は片想いしてる自分のやり場のない想いをぶつけたものなんやって。だから、彼女の絵はめめに対する俺の気持ちと同じもののように感じて……気付いたら俺もめめのことを彼女に相談してた。A子さんならよう分かってくれると思ってな」
それで、片想い同士くっついてしまったのだろうかと俺はヒヤリとする。
康「実はな、あの騒動が世間に出る前にマネージャーから目黒のことは諦めろって言われたんや。だから、そん時にめめに対するこの気持ちは絶対に隠し通すって決めた」
数日前、康二の結婚の話を聞いた後のマネージャーの鋭い視線を思い出した。
俺たちが隠しているつもりでも、あの人はメンバー以上に俺らのことをよく見ていて。
そして、俺たちのことを俺たち以上によく考えてくれている。
あの眼差しは嫌悪や軽蔑でないことは俺たちだってちゃんとわかっているのだ。
ただ、それにより康二も俺と同じ長い期間、同じく叶わぬ恋に胸を焦がしていた事実に切なくなる。
「俺も同じ時期にマネージャーに康二のことは諦めろって釘をさされたよ」
その時は関係ないだろうと思っていたが、アイドルとして加速していくSnow Manを自分のスキャンダルで汚すことは出来なかった。
何故なら、その想い人でさえもSnow Manの一員なのだから。
愛する人のこれからの未来を奪うことなんて出来ない。
その考えのせいで俺と康二の互いの想いの距離はいつまでも縮まることはなく、むしろ離れていくばかりだった。
康「でも、こうしてめめの気持ちを知ったら、もう我慢なんて出来へんよな」
そっと、体を押し返されてようやく康二の目と俺の目が見つめ合う。
「そんなの、俺だってそうだよ……」
愛おしいものを見る柔らかい眼差し。
それはありのままでいいと言ってくれたあの時と同じ、全てを包み込むような真綿のような笑顔。
俺の欲しくて、欲しくて止まなかった康二が今ここにいる。
俺たちは深く抱き合い、キスをした。
長年の二人の想いがピタリと重なり合い、康二はソファーに腰掛けた俺の膝に俺と向き合う格好で跨り、何度もキスをせがんで来る。
互いの舌を引き抜いてしまうのではないかというほどキツく舌を絡め、目がトロンとした康二に流されてこのまま続きをなんて思っていたが、
康「う…んッ!ふ、ぁ……めめ…?」
いいや、話はまだ途中だ。
パッと康二の体を押し返す俺を康二は不安そうに見やる。
「……康二。A子さんとの結婚はどうするんだよ」
康「A子さんとはそもそも付き合ってへんって」
「へっ?」
思っても見なかった解答に間抜けな声が出て、さらに俺の間抜けな顔に康二が笑う。
康「去年、どこかでA子さんと俺が付き合ってると噂を聞いて、勘違いしたA子さんの片想いの相手がA子さんに気持ちを伝えたんやて。そこで二人は無事ゴールイン。相談役の俺はお役目終了ってわけや」
「いや、六月に康二とA子さんが結婚するってマネージャーがみんなに……」
数日前に聞いたマネージャーの話と噛み合わず、俺はどちらが本当なのか戸惑う。
康「あいつら最後の最後まで性根の悪いマネージャーやな。
“June bride”
結婚は出来へんけど、A子さんの想いが報われたお祝いにな俺の写真とA子さんのアートで来年の六月に企画展を盛大にやろうって言う話しなんやけど、だいぶ話盛られたな」
盛ったというかかなり省略したというか……
「じゃあ、タイには結婚の報告に言ったんじゃなく……」
康「だから、家族でじいちゃんたちに会いに行っただけやって」
まだ戸惑う俺に康二はしれっと言い放つ。
「でも、さっきひ孫の話したら、なんや結婚の話知ってたんかって……」
康「ごめんな、めめ。
あれはちょっとした俺の意地悪や。
だって、めめがここに指輪をつけてるから……俺も妬いてもうた。それでめめの勘違いと俺の嘘の偶然が重なったな」
康二は俺の左手に指を絡め、人好きのする笑顔でニカっと笑う。
「……はぁ〜っ。
お前さ、俺の気持ちに気付いてたんだろ?なのに、俺にも恋人がいるとかそういう冗談やめてくれよ本当。俺がこの五日間どういう気持ちで過ごしたかわかる?」
右手を頭に当てて、ソファーの背もたれに脱力しで溜息をつく俺の薬指に光るゴールドのリング。
康二はそれを愛おしそうにそっと撫でた後、再度自分の右手を俺の左手の上に重ね、ギュッと指を絡める。
俺を見下ろす康二の顔がしたり顔で、ものすごく嬉しそうだ。
康「そう怒らんといてーな。
俺もめめにめちゃくちゃ会いたくて一日早く帰ってきたんやで」
「……俺もめちゃくちゃお前に会いたかったよ、バーカ」
俺に抱きつき、頬を擦り寄せてくる康二に今度は俺の頬が緩む番だ。
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