デビュー十年目


康「まずはお昼を食べよか」

康二は車を横浜中華街の近くのパーキングに停め、簡単な変装をして車から降りる。

「買い物はいいの?」

元々、康二が佐久間君と行く予定だったのはランドマークタワー。

きっと、佐久間君と話がてら俺の誕生日プレゼントを買いに行こうとしていたのだろう。 

上着を羽織る俺の横に並んだ康二に何気なく尋ねると、康二がそっぽを向いて言った。

康「……買い物はいい。今俺が欲しいのはめめと二人だけの時間やから」

「康二、好きだよ 」

康二の言葉に胸が高鳴る。

俺達の隣には大型車が停まっていて、歩道からはちょうど死角になっていた。俺は人通りが無いことを確認し、堪らず康二を抱き寄せた。

康「俺も……蓮が好き」

うっすら紅潮した頬に、さらに上目遣いで俺の腕の中にいる康二に見つめられ俺は理性を必死に保つ。

まだ明るい日中の繁華街、誰に見られるかわからない背徳感。

これまで何度も何度も想像した、康二とする恋人らしいこと。

「恋人同士っていいね」

康「なんかこそばゆいな」

互いに見つめ合い、このまま康二の唇にキスをしたい衝動に駆られるが、俺はそれをグッと堪えて康二のおでこに唇を押し当て、そして康二の両手に指を絡めた。

「手は繋げないから、今だけ握らせて」

康「……うん。めめ指輪つけたんやね」

康二が俺の右手の薬指についているお揃いの指輪を見て微笑み、絡めた指を強く握り返してくれる。

俺の康二は笑う姿がとてつもなく可愛い。
康二は出会ってからずっと、太陽のような笑顔で俺を幸せな気持ちにさせてくれた。

「支障のない時はなるべくつけてるよ。康二はいつもの場所?」

康「無くしたら嫌やねん。俺もちゃんといつもの場所についとるよ」

「俺は康二の指輪になりたい」

そしたらいつも康二と、一緒にいられるのに。
俺の言葉に康二はせつなげに俯く。

康「めめ、今日はいっぱい楽しもうな」

「うん。恋人らしいことたくさんしよ 」


まずは中華街で小籠包や肉まん、北京ダックなどの定番グルメを康二と食べ歩きしながら堪能した。

週末で人が多く、木の葉を隠すなら森の中。
康二と二人で歩いていても意外と目立たなかった。

「うわ、康二本当顔ちっさ」

康「パリッとしてて、スパイシーやな。どんな万能調味料を使うてるんやろ?めめも食べてみて」  

中華街の人気グルメの鶏排を持つと、康二の顔がいかに小さいことか。
大きな鶏排を差し出され、俺は康二がかじったところをあえて食べる。

「上手いね。多分、この癖になる味は向井康二かな?」

康「なに上手いこと言ってんねん!」

今日は朝一から仕事で、結構お腹が空いていた俺は康二と分け合うことにより、色んな物が食べられた。

こういうのすごいカップルって感じがするな。

康「めめ、次は俺が出すで」

俺はショルダーから財布を出そうとする康二の手を止め、康二の頭にポンと手を置いた。

「康二は運転してくれてるんだから、今日は全部俺に出させて」

康「じゃあ、素直に甘えさせてもらうな」

康二が白い歯を見せてニカッとはにかむ。

「(本当はデビューした頃のようにもっと甘えて、もっと頼ってもらいたいんだけどね)」

これからずっと、ドロドロに溶けてしまうくらい康二のことを甘やかしたい。   

康「お腹もいっぱいになってきたな。めめはなんかしたいことある?」

康二に上目遣いで見つめられると、俺の口元はその愛らしさにどうも緩んでしまう。

次はデザートに康二を食べたいなんて、

溶かしているようで溶かされてるのは俺の方か。



康「今日は風が冷たいな」

まだ時間がある為、俺と康二は山下公園を通りみなとみらいまで散策することにした。

やはり晴れた日の週末とあり、カップルやファミリーが多い。

「ほら、これ使って」 

海から来る潮風に康二が身を縮こませ、俺はいつもカバンに入れているグレーのマフラーを取り出し、康二の首に巻いた。

康「これ俺があげたマフラーやん」

「冬は毎日持ち歩いてるんだ 」

どんなに寒くてもなるべく身軽でいたい俺は薄着でいることが多く、いつだかの冬、あまりにも寒すぎてくしゃみを連発した俺に康二がこのマフラーを巻いてくれた。

「本当は俺が康二を抱きしめて、温めてあげたいんだけどね」

周りのカップルは体を密着させ、スキンシップを取っている。

俺にはそれがすごく羨ましかった。

康二が男だから、今はここで抱きしめられないのではない。

俺たちがアイドルだから出来ないんだ。

康「……めめはほんまに歯の浮くような台詞メーカーやな」

「俺がこんなこと言うのは康二だけだよ」

マフラーに顔を埋めて康二は照れを隠す。

それから、ゆっくりとしたスピードで他愛のない話をしながら、横浜を散策しているとあたりは薄暗く、気付けば桜木町まで歩いていた。

そして、俺が過去にドラマの撮影をした見覚えのある歩道橋を見上げては康二がわざとらしく反応する。

康「あっ!ここは俺の大好きな二人が手を繋いだ浮気現場やないか」

「ははっ、ちなみにどっちの方が大好き?」

康「……それ言わせるん?弟と恋人やで。めめの方に決まってるやん」

俺は康二に意地の悪い奴やと悪態をつかれ、当時のことを思い返す。 

弟と言われた彼は康二のことが本当に大好きで、撮影の合間や番宣の間、関西にいた時の康二は自分を見つけてくれただけではなく、いかに自分を可愛がってくれたかと、毎日のようにマウントを取られ、俺よりも長い時間を康二と過ごし、そんな康二の寵愛を受けた彼に俺はかなり嫉妬していた。

だけど今、康二の愛を一身に受けているのはこの俺。

そして、彼以上に長い時間を俺はこれから康二とともに過ごすのだ。

苦い思い出の残る歩道橋を見上げ、俺は勝ったとほくそ笑んだ。

「ね、あの歩道橋の上で手を繋ぎたい」

康「えぇっ、人も多いし厳しいやろ」

歩道橋の階段の前で立ち尽くす俺たちをチラチラとすれ違った若い女性二人が振り返る。

「あっちも二人だし、声かけてみる?」と言う声に、どうやら目黒蓮と向井康二だとは気付かれてはいないようだ。

「やっぱ無理か」

ドラマの再現をして、ここでの記憶を康二で塗り替えたかった。

少し残念がる俺に康二は明るい声で言う。

康「その代わり、観覧車に乗らへん?」

背後から近付く女性を俺は視覚に捉えて、

「いいね!じゃあ、キャビンに乗って行こう!」

康「え!?ちょっ、いきなりなに!?」

康二のナイスな提案に俺は康二の手を繋いで走り出した。

今騒がれたら、せっかくの初デートが台無しだ。

ずっと夢に見ていた康二とのデート。
この時間を誰にも邪魔されたくない。




康「ハァ、ハァ……なんでいきなり走り出したん?俺らめちゃくちゃ悪目立ちしてたで 」 

「なんか若い女の子が近づいて来たから、思わず逃げちゃった」

息を切らす康二は走らなくても、上手くかわせたやろ!と怒る。

「おかげで手を繋げたじゃん」

康「……めめのやることなすこと予想外なことばっかで、思考が全然追い付かへん」

康二は近くにあるベンチに座り、息を整える。
目の前に見えるライトアップされた夜のみなとみらいが俺の心を掻き立てた。

今、すごく楽しい。

「予測不能なデートの方がワクワクしない?チケット買ってくるから座って待ってて」

小さな子どものようにはしゃぎ出す俺に康二も嬉しそうだ。

康「ん、頼んだで。蓮」






「え……」

俺がチケットを買って急いで康二の元へ戻ると、そこには一人の綺麗な女性が康二の隣に座り、康二と親しげに話をしていた。

康「めめ、おかえり」

立ち尽くす俺に康二は気付き、手招きをする。
ゆっくりと近付く俺に会釈する女性はまさに康二が好きそうな茶髪のゆるいパーマに特徴的なタレ目を生かしたナチュラルメイクの細身の女性。  

……どこの誰だかわからないけど、二人で並ぶと彼氏と彼女みたいだ。

「こんばんは。目黒さん」

康「めめ、この人はA子さん。実はな近くでA子さんのアート展が今日から始まってんねん。今日はオープニングレセプションでA子さんもみなとみらいに来てたんよ」

「A子さん初めまして。目黒蓮です」    

「二人の話は康二君から聞いていて、交際本当におめでとうございます 」

A子さんは俺を見て優しく微笑み、そして耳打ちした。

俺には無い、可愛いらしく耳馴染みのいい凛とした声。 

康「あっ、A子さん手に絵の具が付いてるで」

康二はA子さんの白く細い手に絵の具が付いていることに気付き、ウエットティッシュを差し出した。

「ありがとう。でも、油性だから中々落ちなくて」

「…………」

仲慎ましい二人のやりとりを見て、もちろんA子さんにも恋人がいると分かってはいるが、胸の中で沸々と湧き上がる感情に舘さんの言葉を思い出す。

『側から見て康二とA子さんがあまりにも自然な関係で、お似合いだったから、A子さんの想い人の気持ちに偶然気付いた時、俺が二人を引き合わせた』

俺は改めて恋のライバルである舘さんに感謝をする。
確かにこの二人は舘さんの言う通りお似合いだ。

舘さんがA子さんと想い人を引き合わせなかったら、康二とA子さんはいずれ本当に結ばれていたかもしれない。

あの舘さんもこんな気持ちで二人を見ていたのか……。

これは結構キツいな。 

「あっ、これね、康二君から頼まれた物だよ。今日渡せて良かった」

立ち尽くす俺に気付いたA子さんが大切に布に包まれた長四角のボードのような物を康二に渡す。

康「A子さんおおきに」

「……っ!」

それを大切に受け取った康二は酷く穏やかで、俺が今まで見たことのない表情をしている。
 
中は恐らく絵だろうか?

———A子さんって、康二のこんな表情まで引き出せるんだね。

恋人のいる相手にまでドス黒い感情が渦巻き、俺は自分の心の余裕のなさに笑った。

「実はね、今日私の恋人も来てくれてるの。康二君、宮舘君に改めてお礼を伝えて欲しい。そして、康二君と目黒さんも末永くお幸せにね」

康「A子さんほんまにありがとうな。A子さんも幸せに。また個展の件で連絡するな」

手を振り走り去って行く、A子さんを遠くで待つ女性はよく舘さんと料理番組で共演している、今をときめくダンスボーカルユニットの一人だ。
彼女はA子さんとは対照的な高身長で積極的でリーダーシップのある女性。

原色のモード系の格好がかなり目立っていて、芸能人であることを全く隠さずに堂々としている。

「かっこいいな……」

康「めめ、A子さんがいてビックリしたやろ?驚かせてごめんな。早くキャビン乗ろ」

思わず呟く俺の声は康二には聞こえておらず、俺は康二に背中を押されキャビンのゲートへと歩みを進める。



「ほら、康二」

俺たちはたいして並ばずに運良く、エアーキャビンに乗ることが出来た。

康「めめ、ありがと、うわっ?!」

動くキャビンに俺が先に乗り込み、A子さんから貰ったプレゼントを大事に抱える康二へ俺は手を差し出す。

その上に手を重ね康二がキャビンに乗り込み、俺はドアが閉まったのを確認してから、自分の胸に康二を強く抱き寄せた。

その拍子でカツンと絵が落ち、パタンと倒れる。
それを合図に俺は康二の唇を奪い、舌を捩じ込んだ。

康「めめ?っ!う、んっ!!」 

「…………」

突然の口付けに驚き、康二は俺の胸を強く押し返した。

康二に抵抗され、俺はキャビンの床に落ちたA子さんからのプレゼントを見下ろす。

A子さんが描いたであろう絵に俺が負けているようで、なんだか面白くない。

俺から離れて冷ややかな視線を察した康二が恐る恐る口を開く。

康「……もしかして、めめ嫉妬しとる?」

「……してるよ。A子さんにもその絵にも。なんか俺ばっかりが康二のこと好きみたいでイライラする」 

康「………」

俯く俺を黙って見つめる康二。 

「なんか言っ」 

沈黙に耐えきれず俺が顔を上げると、突然康二にギュッと抱きしめられた。

康「めめ、ほんまかわええっ……!」

「え?なに 」
 
小さな子どもにするようにわしゃわしゃと頭を撫でられ、俺はこの状況についていけない。

康「ヤキモチって究極の愛情表現やな」

さらに目を輝かせて言う康二に俺は若干引きながら、頷く。

「う、うん?でも、康二はヤキモチなんて妬かないでしょ」

康「さっき、俺の方が康二のこと好きみたいって言うたよな。これ、開いて見てみぃ」 

床に落ちたプレートを康二に手渡され、俺がキャビンの椅子に腰掛け布を捲ると、そこには全てを焼き尽くすような目の覚めるくらいくっきりとしたオレンジで描かれた炎がキャンパスの左上に、そしてその右下には全てを飲み込む果てのないブラックホールが描かれていた。

「……もしかしてこれ康二が描いた絵? 」 

オレンジと黒。
俺たちのメンバーカラー。

康「裏も見て」

俺の問いに康二が満面の笑みで頷く。

「2024/2/16/ K.M 狂炎……?」

康 「左の炎は俺の当時の嫉妬心。右はめめと叶わない恋をしてる自分の見えない不安と俺の全てを飲み込むめめをブラックホールに例えたってとこやな」

「………… 」

額縁を裏返し、俺は改めて康二の描いた絵を見る。 
濃いオレンジで描かれた炎の存在は真っ暗なブラックホールにも引けを取らない。

六年前の俺の誕生日に康二が燃え上がるほどの嫉妬をしていたって?

俺は康二の気持ちが形となって現れたこの絵から、目が離せない。

康「あの、めめ。そんなに上手くないから、あんまりじっくり見ないでや 」

食い入るように絵を眺める俺に康二はしどろもどろになる。

「いやすごく上手で、思わず引き込まれたよ。だけど、どうしてA子さんがこれを?」

康「めめへの想いを言葉で伝えられないなら、絵で表現すればいいってA子さんが教えてくれてな。
試しに描いてみたんやけど、描き終えたらなんか恥ずかしくなって、捨てようと思っとったら、A子さんがこの気持ちを自分に預からせて欲しいって。
それで、今日A子さんに時間があったら、あの時の気持ちを俺のここに返したいんやけどってお願いしたんや」

康二はトントンと自分の左胸を叩く。

「そっか……」

実はさっきA子さんに会った時、康二が今日ここに来たのは俺の誕生日プレゼントを買う為じゃなく、本当はA子さんのアート展の為の予定で、それを俺が急遽ついて来たことにより康二がA子さんと会う約束を変更したのではないかと勝手に勘違いをし、俺は気落ちしてしまっていた。

康「めめ。俺やって一人の人間やで。
めめほど表には出さへんけど、今もこの絵の炎みたいにめめに近付く人間に嫉妬したり、このブラックホールみたいに突然未来が見えなくて不安になったりもするんやで」

三十代になって、どんどん大人になっていく康二に俺は寂しくなっていた。

昔みたいに可愛くめめぇ〜!と呼んで欲しいし、スキンシップもたくさん取って欲しい。
康二が不安な時は俺が手を握って、支えてあげたい。

だけど、あの時より大人になった康二の本質は今も全く変わってないと知り俺は安堵した。

「康二もこの絵を描いた頃と何も変わってないんだね。ねぇ、康二。この絵俺が貰ってもいいかな?」

康「別にええけど、これがめめの誕生日プレゼントやないからな?」

「この絵は康二の気持ちでしょ?大切にする」

康「ありがとう」

康二の気持ちを俺の胸の中に大切に抱き込むと、康二は先程A子さんの前で見せた穏やかな笑みを浮かべ、俺は気付く。

康二はA子さんから貰った絵にではなく、帰って来た自分の心を優しく出迎えていたのだと。

そして、俺はこの絵は向井康二だけではなく、

「目黒蓮」自身でもあると思った。

今までの人生、どんなに素晴らしい絵を見ても特になにか感じたことはなかったが、俺は康二と結ばれた日に康二が話していたことを思い出す。

『A子さんの絵は片想いしてる自分のやり場のない想いをぶつけたものなんやって。だから、彼女の絵はめめに対する俺の気持ちと同じもののように感じた』

まさに俺の康二以外の存在を全て焼き尽くしてやりたいという嫉妬心と康二を俺の中に吸い尽くせたらいいのにという重い独占欲がこの絵にピタリ当てはまり、さらに俺たちのメンバーカラーである、オレンジの炎と真っ黒なブラックホールが一つのキャンパスに俺の誕生日に「共演」したのだ。

KとM。

俺だけが康二のことを好きだなんて考える必要は全く無かったのに。

「(馬鹿だな、俺)」

本来はこのキャビンからみなとみらいの夜景を康二と身を寄せ合いながら、堪能する予定だった。

だけど、俺は康二の心の中という普段覗くことの出来ない景色を眺めることができ、さらにこの絵により康二との心の距離がグッと近付いた気がした。

康「時間が経つのはほんまあっという間や。最後は観覧車やね」

「てっぺんで康二とキスしたいな」

俺は康二の絵に丁寧に布を巻き直し、大切に抱える。

康「ど定番のデートやな」

ドアが開き、今度は康二が笑顔で手を差し出す。
俺は康二の手をしっかりと握り、そのままゲートまで手を繋いで歩いた。

———握り返された手をこの先も一生離さない。


最後はコスモクロックでみなとみらいの夜景を一望し、俺たちは観覧車のてっぺんでしっかりとキスをし、康二の運転で帰った後はみんなの想像にお任せしたい。

続く。


キャビンはまだ乗ったことがないので、想像でごめんなさい!
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